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英語で日本が亡びるとき――英語民間試験は何をもたらすか(3)

英語教育(2020/02/15) OECD学力調査、 PISA 2013・2018、小学校英語、「ザルみず効果」、大学入試「民営化」、愚民化政策としての英語教育

OECD成人学力調査2013
資料 OECD学力調査 PISA2013 国語力(16-24歳
資料 OECD学力調査 PISA2013 国語力(16-65歳)


 私は前々回のブログ(2020/01/29)で次のように書きました。

ただし今回ひとつだけ言っておきたいのは、安倍内閣・文科省が今のような英語教育政策を続けているかぎり、日本人の英語力は向上しないだけでなく、日本の子どもや若者の国語力も限りなく劣化していくということです。文科省の指導要領は私の言う「ザルみず効果」しか産まない英語教育政策だからです。・・・
 ところが、この私の主張を裏付けるかのように、昨年12月3日、経済協力開発機構(OECD)は、世界79か国・地域の15歳約60万人の生徒を対象に、2018年におこなった学習到達度調査(PISA)の結果を公表しました。そこでは、日本は「読解力」が15位となり、前回15年調査の8位から後退しているのです。


 これを受けて、さらに私は前回のブログ(2020/01/29)で、日経新聞に載っていた、もうひとつの学習到達度調査(PISA)の図表「上位になった国・地域」を紹介しつつ、次のように述べました。

 これを見ると、中国、シンガポール、マカオが上位3位を占め、香港、韓国が含めれば上位10位をアジア勢が占めていることが分かります。マカオや香港は本来は中国の領土ですから、中国、韓国がトップ層に進出し始めていることが分かります。
 つまり、日本がアメリカの言いなりになって、中国や韓国に経済制裁をおこなったり、大手メディアを使って反中国・反韓国の感情を煽り立てているうちに、いつのまにか経済的にも学力的にも、これらの国に追い越されつつあるわけです。


 私は拙著『英語で大学が亡びるとき』(明石書店2015)を著したとき、その第3章第2節「アメリカの大学は留学するに値するか」で、まず最初に「OECD成人学力調査2013から――アメリカ学生の学力は最底辺、日本は最上位」と題して、冒頭の図表を掲げました。
 ご覧のとおり、16-24歳の若者だけに絞った場合、日本人の読解力は、フィンランドに次いで2位でした。ところが16-65歳まで年齢の幅を広げると、日本人はフィンランドを抑えて、堂々の1位でした。
 ということは、年寄りの方が読解力が高いということです。逆に言えば、若い世代の学力が劣化しつつあることになります。これは2013年の調査ですが、それが2018年になると、年齢の異なる調査とは言え、15歳の読解力は、ついに15位にまで転落しました。
 繰り返しになりますが、前回15年調査の8位からさらに後退しているのです。私に言わせれば、この結果はなるべくしてなったというべきでしょう。
 「安倍内閣・文科省が今のような英語教育政策を続けているかぎり、日本人の英語力は向上しないだけでなく、日本の子どもや若者の国語力も限りなく劣化していく」という私の予言どおりの結果でした。
 ところが文科省は、この結果を真摯に受け止めるのではなく、「PISAは15年調査で、紙に手書きで解答する方式からパソコンで入力する方式に変更しており、日本の生徒は機器の操作に慣れていないことが影響した可能性がある」として次のような方針を打ち出しています。

今後、情報を精査して自分の考えをまとめて発表したり、多様な文章を読んで生徒同士で話し合ったりする授業に力を入れる。デジタル時代に対応した学力を伸ばすため、小中学校の児童生徒1人あたり1台のパソコンを配備することも目指す。


 つまり、小学校に英語教育や道徳教育やプログラミング教育を導入して、国語力や数学力を育てることから生徒の時間や精力を奪おうとしているのです。これでは英語教育やプログラミング教育の土台となる基礎学力(国語力や数学力)は育ちようがありません。
 まして道徳教育を必修化して点数までつけるというのですから、開いた口が塞がりません。いま道徳教育が必要なのは子どもではなく、公文書を改ざんしたり廃棄して自分の犯した罪を逃れようとする安倍晋三氏および安倍内閣の面々ではないでしょか。
 台湾出身で日本国籍を取得した評論家の金美齢女史も、『週刊新潮』2019年12月19日号(132頁)で次のように述べています。

私は大学で英語を教えていたことがあるのですが、その経験から言っても、外国語を操る能力は母語のそれに正比例します。日本語ができなくて英語ができるわけがない。日本人として生まれ日本で暮らしていて、日本語がろくにできないのに英語ができるなんて絶対にあり得ません。小学3、4年生から英語をやったって身につくはずがない。まずは国語をしっかりと学び読解力をつけなければ、英語だって上達しません。


 つまり金女史は、小学校英語を、まさに私の言う「ザルみず効果」としてしか位置づけていないのです。
 数学者でお茶の水女子大学名誉教授の藤原正彦氏も、『文藝春秋』2020年1月号の巻頭論文で、私と同じことを主張しているので驚きました。
 というのは、藤原氏は、小学校英語を「国民のエネルギーの壮大な無駄使い」と述べつつ、「『英語教育』が国を減ぼす――大学入試改革は産業界主導の愚民化政策である」と題した、10頁にも及ぶ論文を次のように結んでいるのです。

 これほど無駄で、実害のある「グローバル人材育成」は愚民化政策と言って過言でない。反日的とも言える愚策に十年余りも政府や経済界が拘泥するのには訳がある。
 二〇〇一年に成立した小泉竹中政権の頃から、半ばアメリカによる洗脳と強要により、日本は新自由主義に大きく舵を切った。規制緩和、規制撤廃などを合言葉に、人、カネ、モノが自由に国境を越えるグローバリズムにのめりこんで行った。
 互いを思いやるという日本型社会に、競争と評価という世知辛いシステムが導入され、人々は生き残るため、我が国になかった自己中心主義や金銭至上主義に傾いた。そして政府は、グローバリズムでの敗者とならぬよう、デフレ不況克服という課題もあり、経済至上主義を政治の基軸に据えるようになった。
 当然の成行きとして、経済界の発言権がそれ以前に比べ格段に高まった。とりわけ、小泉竹中内閣の時代から、規制を作り守るのは官僚ということで、官叩きや官外しが始まり、代りに首相直下の経済財政諮問会議や規制改革会議などが、外交、国防を除く多くの政策の大綱を決めるようになった。各省庁はそれらをつつがなく実行する機関に成り下がった。
 そしてこれら内政を決定する、最強力な会議のメンバーのほとんどは、経済人、および新自由主義に染まったアメリカ帰りのエコノミストであった。この時以来今日に至るまで、官邸直属の会議による内政主導が続き、その主たるメンバーも経済界によって占められてきている。例えばここ二十年間の大きな教育改革のほぼすべては、専門性のある文科省でなく、いわば教育の素人である経済界の提起したものであったと言える。
 彼等にとって教育とは、大学を出てすぐに役立つ有能なグローバル戦士の育成なのである。英語、IT技術、プレゼンテーション技術といった小手先技術を小中高大で掲げたのはそのためだ。これでは文学者も芸術家もノーベル賞科学者も出なくなる。教育とはむしろ、「グローバリズムが決して人間を幸福にしない」「経済より大切なものがある」といったことを分かるだけの教養や情緒を持つ人間を育てることなのだ。


 金女史の主張も藤原正彦氏の主張も、すでに私が一貫して主張してきたことですから、内容にとくべつ目新しいものはありません。
 しかし、金女史も藤原氏も、どちらかと言えば右派系と目されている人物です。とくに金女史はウィキペディアによれば「安倍晋三の支持者として知られ、“ばあや”を自称する」人物だそうですし、『文藝春秋』もどちらかと言えば右派系の月刊誌です。
 そのような人物が安倍内閣の文教政策を痛烈に批判していることに、私は大きな意義を見出しました。
 とりわけ上記の藤原論文の結びは、小泉竹中内閣と新自由主義を痛烈に批判しているのですから、まるで山本太郎の演説を聴いているような気分すらしてきます。
 このような流れを考えると、安倍内閣と現文科省の命もそう長くはないのかも知れないと思えてきます。また是非そうあって欲しいと願っています。

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