「ヒラリー・クリントンとは誰か」その後、読者からの反響(3)

2009年6月28日の軍によるクーデターで
国外追放されたホンジュラス大統領マヌエル・ゼラヤ(左)

ゼラヤ大統領2 ホンジュラス、ベルタ・カセレス2
2016年3月3日に自宅で銃殺された、
ホンジュラスの先住民・環境保護運動家ベルタ・カセレス(右)


 以下では、前回のブログで紹介したFさんからいただいたメールに、簡単なコメントだけを付記させていただきます。

(1)「先生は2009年ホンジュラスのクーデタに触れておられますが、ヒラリーの関わりを告発していた人権活動家Berta Caceresも今年3月、ホンジュラスの自宅で殺されています。ご存知かもしれませんが、Clinton Body Count というサイトを見ますと、ビルの州知事時代、ビルの大統領選挙前後、 ヒラリーの大統領選挙前に死者が集中しています。」


 上記の「Clinton Body Count というサイト」は、いただいたメールで初めて知りました。衝撃的でした。リビアの体制転覆から11か月後の2012年9月11日、アメリカの領事館と「別館」が攻撃され、クリストファー・スティーブンス大使を含むアメリカ人4名が殺されました。でも私は、そのようなサイトの存在を知りませんでした。
 ヒラリー国務長官による黙認の下で、ホンジュラスでもゼラヤ大統領がクーデタで国外追放されたあと、新しい政権は抗議し抵抗するひとたちを大量に殺害しています。Fさんの指摘されている先住民の女性活動家ベルタ・カセレスもそのひとりでした。
Before Her Assassination, Berta Cáceres Singled Out Hillary Clinton for Backing Honduran Coup 「暗殺される前に、ベルタ・カセレスは、ホンジュラスのクーデターを理由に、ヒラリーを指弾」
https://www.democracynow.org/2016/3/11/before_her_assassination_berta_caceres_singled
 このように中南米では暴力・殺害が荒れ狂っていますが、しかしクリントン夫妻で、さらに問題なのはハイチの扱いです。これについてもふれたいことは多々あるのですが、どんどん伸びていきそうですので、断念します。以下を御覧ください。
Haiti: How Bill and Hillary Clinton Wrecked an Entire Country
「クリントン夫妻はどのようにしてハイチを破壊したか」

http://www.globalresearch.ca/haiti-how-bill-and-hillary-clinton-wrecked-an-entire-country/5556817

(2)「空港や街角には、カダフィの巨大な肖像画しか掲げられておらず、独裁者であることは疑いの余地がありませんが、町の人の表情に、思ったことを言えない恐怖感はなく、リビア人ガイドはよくカダフィをからかう冗談を言っていました。」「また、イスラム原理主義を危険視したカダフィは、原理主義者を山に追い詰め、一網打尽に殺戮した、とガイドが説明してくれました。絨毯爆撃された山は数十年経っても禿山のままでした。」


 最近ますます明らかになっていることは、アメリカやNATO軍はイスラム原理主義者を傭兵として使い、カダイフィ大佐を惨殺したことです。そして、その原理主義者が今ではシリアで破壊と殺戮を繰りかえしているのですが、アメリカもフランスもNATO軍も、表ではISISと戦うと言いながら、実態は密かに支援しているという事実です。
 カダフィ大佐はイスラム原理主義者を放置すると、こういう事態になることをじゅうぶん承知していたから徹底的に殲滅しようとしたのですが、アメリカとNATO軍が設定する「飛行禁止区域」のため、目的をはたすことが出来ませんでした。
 ですから、リビア国内でFさんを案内してくれたリビア人ガイドが「町の人の表情に、思ったことを言えない恐怖感はなく」「よくカダフィをからかう冗談を言っていました」の姿からは、カダフィ=独裁者というイメージは想像しがたいものがあります。
 いまEU諸国では「プーチン=独裁者=ヒトラーの再来」というイメージがばらまかれているようです。また今度のアメリカ大統領選挙でも、「トランプ=独裁者プーチンの回し者」というイメージが、ヒラリー女史や大手メディアによって大宣伝されましたが、カダフィ=独裁者というイメージも、似たり寄ったりだったのではないかと思います。
 ですから、「イスラム原理主義を危険視したカダフィは原理主義者を山に追い詰め、一網打尽に殺戮した」と説明してくれたガイドも、カダフィがイスラム原理主義者を殲滅してくれたことを自慢したくて、「数十年経っても禿山のまま」になっている「絨毯爆撃された山」を案内したのではないかと推測しました。
 (これもあくまで推測ですが、ガイドが案内時に使ったのは、「殺戮」ということばではなく、恐らく「殲滅」といったことばだったのではないでしょうか。)
 さもなければ、「公開で鞭打ちの刑や斬首の刑を実行して恥じない」サウジアラビアなど王制独裁国家のように、リビアもずっと以前にイスラム原理主義の国になっていたでしょうし、現に、現在のリビアは混乱の極致です。

(3)「水パイプラインはまだ部分的でしたが、あちこちにパイプが置かれ、工事が進んでいました。砂漠のガソリンスタンドでも水洗トイレがあり、水が出ました。水パイプライン網がカダフィのライフワークだった、なんて、西側メディアが取り上げたことがあるでしょうか。今、遺跡や水パイプライン、あれだけ豊かに暮らしていた人々はどんな状態になっているのか、考えると胸が痛みます。」


 私は外国旅行をするとき、その国の民度・生活水準の高さを、公園などにある公共のトイレで測ることにしています。
 一般的に民度・生活水準の低い国は、水洗ではなく、しかも悪臭が立ちこめていました。このような汚いトイレであるにもかかわらず入り口では番人がいてお金を取るのです。
 私は5~6年前にギリシャのアテネとトルコのイスタンブールを訪れましたが、国会議事堂の目の前にある有名なシンタグマ広場のトイレは、やはり水洗ではなく、しかも悪臭が立ちこめていて、入り口では番人がいてお金を取っていました。このような状態はイスタンブールでも同じでした。
 世界的な観光都市であるアテネやイスタンブールでさえ、このような状態だったのに、Fさんが訪れたリビアでは、「砂漠のガソリンスタンドでも水洗トイレがあり水が出た」というのですから、いかにリビアが進んだ国だったがよくわかるはずです。
 このブログの最後尾に「カダフィ大佐が遂行しつつあった世界最大の灌漑事業」の地図を載せてありますが、このような壮大な事業が進展しつつあったのに、それをアメリカとNATO軍は無残にも破壊してしまったのです。
 次のサイトを見ていただければ、灌漑地図だけでなく、カダフィ大佐の著書『緑の書』の説明もあります。カダフィの目指した人権や民主主義がどのようなものだったかの片鱗を知ることができるように思います。
Ten Things You Didn't Know About Libya Under Gaddafi's So-called Dictatorship
「みんなに知ってほしくない、いわゆる『独裁者』カダフィとリビアの、10の事実」

https://urbantimes.co/2014/05/libya-under-gaddafi/
 また上記のサイトには、カダフィ打倒の隠された真の理由「金本位制を土台としたアフリカ統一通貨」についても詳しい説明があります。これを許せば、ドルを基軸とした世界支配が揺らいでしまいますから、これはアメリカとしてはどうしても許せない事態だったのでしょう。
 一般的には進歩的と目されていたフランス社会党のオランド政権も、リビアを猛爆する先頭に立っていたことは本当に悲しいことでした。もっともイギリスの労働党政権も、ブレア首相がアメリカと一緒になってイラク侵略の先頭に立っていたのですから、「いずこも同じ秋の風」と言うべきかも知れません。
 それにしてもイラク戦争に反対していたフランスはどこへ行ったのでしょうか。当時のフランスは保守政権だったはずなのに、アメリカの言いなりになりませんでした。これではサルコジが大統領になっていたほうが、まだましだったかも知れないと言いたくなります。

 簡単なコメントで終わるつもりだったのに書き出したら止まらなくなってしまいました。まだまだ書きたいことが残っているのですが、12月2日に和歌山で予定されている講演準備も、そろそろ始めなければならないので、Fさんには申し訳ないのですが、ここで一端、筆をおかせていただきたいと思います。


リビアのカダフィ大佐が遂行した世界最大の灌漑事業
https://urbantimes.co/2014/05/libya-under-gaddafi/
リビア、カダフィ、灌漑計画



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Author:狐狸庵居士(田舎の国立大学を2010年に定年退職)

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