「戦争は国家の健康法である」余話 ― 東京都議選、北朝鮮ミサイル避難訓練、そして「準戦時体制」下にある日本

国際教育(2017/07/05)、クリール委員会、ランドルフ・ボーン、エドワード・バーネイズ、広報会社の聖書となった『プロパガンダ』、安倍昭恵と巨大広報会社「電通」

プロパガンダ教本 プロパガンダ


 先日やっと、チョムスキーの新著『アメリカン・ドリームの鎮魂歌:富と権力を一極集中させる10の原則』(Requiem for the American Dream:The 10 Principles of Concentration of Wealth & Power)の最終稿=訳注を出版社に送付しました。
 それで、いよいよこれで一息つけるかと思っていたら、左の肘から手首まで異常な湿疹が出てきて、全体が赤く膨れあがり腕が棒のようになっただけでなく、痛いやら痒いやらで仕事になりませんでした。
 そいうわけで前回のブログを書いてから早くも2週間が経ってしまったにもかかわらず、今に至ってしまいました。書きたいことは下記のように山積しているのに体が言うことをききません。
<今後の課題>
1 なぜ今、RT(RussiaToday)の視聴が必要なのか
2 鈴木孝夫・平田オリザ『下山の時代を生きる』(平凡社、2017)の書評
3 拙著『英語で大学が亡びるとき』(明石書店、2015)の書評にたいする感想
4 文科省「高校生のための学びの基礎診断(仮称)」にたいする意見・批判
5 ワークショップ2017『寺島メソッド 英語アクティブラーニング』の案内
 このような症状が出たのは、翻訳の疲れで免疫力が低下していたところへ湿疹の引き金になるようなものに手を出した(たとえば庭の雑草取りで毒虫にふれた)せいかもしれないと思っています。
 それはともかく、今日やっと少し元気が出てきたので、ブログに取りかかろうとしていたところ、東京都議選で安倍自民党が惨敗したというニュースが入ってきました。
 そこで、当初は江利川春雄先生(和歌山大学)から拙著『英語で大学が亡びるとき』にたいする書評(『新英語教育』6月号)をいただいていたので、御礼を兼ねて、その書評にたいする私のコメントを書くつもりでいたのですが、急に予定を変更して、前回のブログ「戦争は国家の健康法である」(その3)の続編を書きたいと思うようになりました。
 というのは、1ヶ月以上も前のことですが、私が主宰する国際教育総合文化研究所の研究員(高校教師)から、「北朝鮮のミサイルにたいする避難訓練について職員会議で校長から説明があった」との便りがあり、それにたいするコメントを、私は研究所掲示板「研究仲間」で次のように書いていたからです。
 

**さん、会費納入ありがとうございました。同封の手紙に次のような文面がありましたので皆さんにも紹介させていただくことにしました。
 <北朝鮮も、かなり心配な状況ですね。茨城県だけではないかと思いますが、県内全校に、「弾道ミサイルが飛んで来たら」の文章がでて、職員会議で説明がありました。といっても、窓から離れろくらいなのですが。>
 北朝鮮が日本を攻撃する場合は、日本国内の米軍基地か、さもなくば日本の国内にくまなく散在している原発基地でしょう。安倍政権がアメリカの言いなりになって北朝鮮への挑発を続けていれば、キム・ジョンウンの堪忍袋の緒が切れて、原発への攻撃ということになるかもしれません。
 しかし米軍基地あるいは原発基地のいずれが攻撃されても、学校での避難訓練はほとんど意味を成しません。ですから政府がこのような通達を教育委員会を通じて全国の学校に配布しているとすれば、北朝鮮を口実に改憲(=壊憲)および日本の軍備を強化する世論づくりに使っているとしか考えられません。
 皆さんの学校でも職員会議でこのような通達・文書が紹介されて話題になっているのでしょうか。研究員・準研究員の皆さんからの情報を、ぜひ寺島または「研究仲間」に送ってほしいと思うようになりました。どうかよろしく御願いします。
<追伸> 
 以前に紹介したブログ(2017/05/14)のタイトルは下記のようになっていますが、実は北朝鮮問題を論じたものです。併せてご覧いただければ幸いです。
* ボブ・ディラン「戦争の親玉」、パティ・スミス「民衆には力がある」:ハワード・ジン『肉声でつづる民衆のアメリカ史』からみた世界
http://tacktaka.blog.fc2.com/blog-entry-293.html


 私は上記で、安倍内閣が文科省を使って、教育委員会経由で、北朝鮮のミサイルにたいする避難訓練の通達を全国の学校に出している理由を次のように書きました。
 「ですから政府がこのような通達を教育委員会を通じて全国の学校に配布しているとすれば、北朝鮮を口実に改憲(=壊憲)および日本の軍備を強化する世論づくりに使っているとしか考えられません。」
 しかし今から思うと、文科省がこのような通達を出したのは、もうひとつの理由があって、それは森友学園や加計学園などの問題で窮地に追い込まれている安倍内閣が、国民の怒りや不満を国外の「仮想敵」へとそらすための戦略として、北朝鮮ミサイルの避難訓練を使っているということです。
 以前のブログでもふれたことですが、アメリカで「911事件」が起きたとき、当時のブッシュ大統領の支持率は史上空前の低さで低迷していました。ところが「911事件」が起きてブッシュ大統領が報復を声高に叫び始めた途端、支持率は急上昇しました。
 同じことは安倍内閣についても言えるように思います。隣の韓国では朴大統領の不正疑惑にたいして韓国民衆の怒りが沸騰して、ついに朴辞任・新大統領誕生に至っています。
 安倍氏の学園問題をめぐる不正疑惑は朴女史の不正疑惑に勝るとも劣らない大きなものですから、韓国の例から考えれば、いまだに安倍内閣が存続していること自体が、本当は奇怪というべきでしょう。
 にもかかわらず安倍内閣が存続してきたのは北朝鮮のおかげであり、ミサイル発射を利用して「準戦時体制」をつくりあげて世論を誘導してきたからだと私は思っています。野党も、まんまとその誘導に載せられ、効果的な反撃ができていませんでした。
 この間の事情をランドルフ・ボーンは(前回のブログでも紹介したように)次のように述べていました。

・・・国家の主要な行事が戦争であるとするなら、防衛と侵略という純粋に不毛な目的のために、国家は、国民から活力の大部分を吸いとらねばならない。国家は、国民の活力をできるだけ多く浪費すること、あるいは消失させることに熱中する。・・・
 戦争は「国家の健康法」である。国家が戦時下にあるときにのみ、近代社会は意見の統一を見る。戦時下でのみ、国家は、単純で無批判な愛国主義的献身と協力的奉仕を得ることができ、うまく機能するのだ。それこそ国家を愛する者がつねづね理想とするものだ。
要するに、国家は、一つの社会集団内部の独裁的・恣意的・強制的・好戦的な暴力のすべてを代表する。近代的で自由な創造的精神つまり生命・自由・幸福の追求を求める気持にとって、それは不快きわまりないすべての複合体である。(『肉声でつづる民衆のアメリカ史』上巻538頁)


 ランドルフ・ボーンは上で、「国家が戦時下にあるときにのみ、近代社会は意見の統一を見る。戦時下でのみ、国家は、単純で無批判な愛国主義的献身と協力的奉仕を得ることができ、うまく機能するのだ。それこそ国家を愛する者がつねづね理想とするものだ。」と述べていますが、この「戦時下」こそ、いま安倍内閣が北朝鮮を利用してつくりあげようとしている「準戦時体制」なのです。避難訓練はその格好の道具です。
 私は研究所の掲示板「研究仲間」で、「北朝鮮が日本を攻撃する場合は、日本国内の米軍基地か、さもなくば日本の国内にくまなく散在している原発基地でしょう。・・・しかし米軍基地あるいは原発基地のいずれが攻撃されても、学校での避難訓練はほとんど意味を成しません」と書きました。
 ところが同じことを、最近、長周新聞(2017年6月21日)は、もっと詳細に紹介しました。つまり私の予想どおり、避難訓練は都会地や原発地帯を避け、ミサイルなどで狙われるはずもない片田舎だけでおこなわれていたのでした。

・・・こうして緊張状態がつくり出されるなかで、国内では3月に秋田県が男鹿市で「X国」(北朝鮮)の弾道ミサイル着弾を想定した訓練を実施したのを皮切りに、避難訓練がたけなわとなってきた。4月に内閣官房が都道府県の防災危機管理担当者を集めて訓練を実施するよう号令をかけたのを受けて、5~6月にかけて青森県、山口県、山形県、広島県、新潟県などが実施した。今後、静岡県や長崎県も計画している。
 しかし、実施した自治体を見ると、青森県はむつ市大秦浜町、山形県は酒田市西荒瀬地区、広島県は福山市、新潟県は燕市、福岡県は吉富町と大野城市などで、北朝鮮が「標的にする」といっている在日米軍基地を抱える自治体や原発立地自治体での開催は皆無である。農漁業を基幹産業としている山口県の阿武町にいたっては、北朝鮮なり「X国」が狙うような施設もなければ住民もおらず、まともに考えると攻撃側にとってはミサイルの浪費にしかならない。むしろ戦争になれば都会人の疎開先に選ばれるであろう地域といえる。ところが、現実的な視点や意見が憚られるような勢いで、小さな田舎町において「国民の生命を守るため」の訓練が実施され、物いえぬ雰囲気で住民を動員していく。
 山口県の場合、北朝鮮が名指ししており、もっとも標的になる可能性が高いのは米軍基地のある岩国市だ。朝鮮半島情勢がもっとも緊迫した時期には、岩国市内の行政関係者のなかにも緊張が走っていた。しかし、今月27日に予定されている岩国市での訓練は、午後3時に市全域を対象に防災行政無線で情報伝達訓練をおこなうだけで、住民を動員した避難訓練は予定していない。(後略)


 このように安倍内閣は、「原発や米軍基地があるから標的にされる」という世論が広がることを避けつつ、行政主導で国民を戦時体制に組み込むために、「X国のミサイルが落下した」と想定した住民避難訓練を、田舎の自治体を中心に実施させてきたのです。
 ところが、これに飽き足りない安倍内閣は、なんと驚いたことに、最近は、3億6000万円もの税金をつぎ込んで、全国の民放43局、全国の新聞70紙までも総動員した「準戦時体制」づくり、大がかりな世論工作をおこなうまでになっています。
 この間の事情を長周新聞(2017/06/28)は、「政府のミサイル対応CM」と題したコラム記事「時評」で次のように伝えています。

 内閣官房と消防庁が23日から、全国の民放43局で「弾道ミサイル落下時の行動」の政府公報CMを開始し視聴者を驚かせている。新聞でも70紙の朝刊ヘー斉に「Jアラートで緊急情報が流れたら、慌てずに行動を」と題する四段ぶち抜き広告を掲載した。
 CMも新聞広告も赤や黄色で派手に目立たせ、「国民保護サイレン」が鳴ると「頑丈な建物や地下に避難する」「物陰に身を隠すか、地面に伏せて頭部を守る」「口と鼻をハンカチで覆う」などと大まじめに呼びかけている。
 そもそもミサイルが着弾すれば、頭を抱えて伏せても身は守れないことはだれでもわかる。しかもどこから飛んできてどこへ着弾するかもわからないため、どこが物陰かも判断のしようがない。いくら「慌てずに行動を」と呼びかけても「国民の生命」が守られる保証はまったく無い。
 ミサイル問題でいえば、内閣官房主導で「X国のミサイルが落下した」と想定した住民避難訓練を田舎の自治体を中心に実施させている。
 これは「原発や米軍基地があるから標的にされる」という世論が広がることを避けつつ、行政主導で国民を戦時体制に組み込むためだった。今回のCMや広告も、メディアあげて「仮想敵国」の脅威を煽り、国民のなかで戦時動員の機運を醸成することが狙いである。
 さらにこのCMや広告に安倍政府は3億6000万円もの税金をつぎ込んだ。内訳はCM制作費と放映費で1億4000万円、新聞広告で1億4000万円、ウェブ広告で8000万円。ばく大な税金を投じメディアを手なずけていく仕掛けも露呈している。


 先に3回にわたって連載したブログ「戦争は国家の健康法である」(1~3)でも紹介したように、アメリカでは戦争を忌避する国民を第一次世界大戦に参加させるため、政府は「クリール委員会」をつくって世論工作をおこないました。
 ところが安倍内閣では、内閣官房と消防庁が合同で一種の「クリール委員会」をつくって世論工作をおこないました。
 また、この裏では巨大広告会社・電通が「影のクリール委員会」を形成していたのではないかと私は邪推しています。なにしろ安倍氏の妻・昭恵氏(父は森永製菓社長松崎昭雄)は、結婚するまでは電通の新聞雑誌局に勤務し、結婚も上司の紹介だったそうですから、この「プロパガンダ」プロ集団を安倍内閣が利用しないはずがないからです。
 アメリカ国民を第一次世界大戦に動員するにあたって、のちに有名な著書『プロパガンダ』を書いたエドワード・バーネイズは、ウッドロウ・ウィルソン大統領のもとで「クリール委員会」に参加し世論工作で大きな成果を上げることに貢献しました。その功績を認められたバーネイズは、1919年に開かれたパリ講和会議にも参加しています。
 そして国内外においていかに多くの大衆が、政府の掲げる「民主主義」というスローガンによって、いとも簡単に揺さぶられたかを自分の目で見たバーネイズは、プロパガンダモデルは平時においても利用できると考えるようになりました。それを理論化したのが著書『プロパガンダ』だったのですが、これは当然、大手広告代理店・電通のバイブルにもなっているはずです。
 それはともかく、北朝鮮のミサイル問題を利用して、安倍内閣が日本を「準戦時体制」にもちこみ、改憲と軍備強化の世論づくりに利用しているだけでなく、加計学園などの問題で窮地に追い込まれている内閣の延命策としても、避難訓練が利用されてきたことだけは確かでしょう。こうすれば国民の怒りや不満を国外の「仮想敵」へとそらすことができるからです。
 しかし都議選を見るかぎり、この安倍内閣の戦略は必ずしも成功しなかったようです。東京都民も隣の韓国民衆の闘いから学んで、安倍内閣に鉄槌を加えることを選んだのでしょうか。もしそうだとすれば、絶望しかけていた日本にも、まだ救いはありそうです。
 私が、3回連載のブログ「戦争は国家の健康法である」の続編(余話)を書きたいと思った所以(ゆえん)です。


<註1> 都議選の結果は、小池百合子氏のプロパガンダ「都民ファースト」に東京都民が騙(だま)された可能性も大いに残されています。というのは「アメリカ・ファースト」を掲げたトランプ氏の、大統領当選後の言動は、選挙運動で掲げていた政策やPCR氏が絶賛した就任演説の内容を、次々と裏切るものになっているからです。

<註2> ランドルフ・ボーンの研究者は日本にいないのかと思っていたのですが、検索してみると次の二人の論文が見つかりました。
*大西哲2010「ランドルフ・ボーンとその時代」流通経済大学『社会学部論叢』20-2::3-20
http://ci.nii.ac.jp/els/contentscinii_20170705041510.pdf?id=ART0010568022
*前川玲子2010「戦争と知識人」(ランドルフ・ボーン: 翻訳と解題)『英文学評論』82: 59-91
https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/135364/1/ebk00082_059.pdf
*前川玲子2015「偶像の黄昏」(ランドルフ・ボーン: 翻訳と解題)『英文学評論』87: 99-128
https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/198495/1/ebk00087_99.pdf


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「戦争は国家の健康法である」その3

国際教育(2017/06/13)、ランドルフ・ボーン、クリール委員会、「戦争は国家の行事であって国民の行事ではない」「国家の主要な行事が戦争であるなら・・・」

フィリピン大統領ドゥテルテ「アメリカに援助を求めた覚えはない」
ドゥテルテ大統領


 前回のブログを書いてからあっという間に1週間が経ってしまいました。こうしているうちに世界情勢も刻々と変化しています。
 昨日は出版社Dsicover21の社長である干場弓子さんが拙宅を訪れ、チョムスキーの新著『アメリカン・ドリームの死を悼む:富と権力を一極集中させる10の原則』(Requiem for the American Dream:The 10 Principles of Concentration of Wealth & Power)の翻訳・出版を今後どうするかの相談をしました。
 現在のアメリカ、その素顔を(とくに日本の若者に)知らせるためにも、何とか8月中に出版したいとの意向が、社長さんからひしひしと伝わってきました。
 ところが今のアメリカを見ていると、トランプ大統領の迷走ぶりは相変わらずで、大統領というのは財界・金融界やCIAやペンタゴンといった「闇の政府」の傀儡(かいらい=操り人形)ということがよくわかります。
 というのは、ヒラリー女史を次の大統領にするということは「闇の世界」では既定の事実だったのですが、その作戦が失敗すると、次はトランプ大統領をどうすれば意のままに操れるか、操ることが難しいのであれば大統領罷免工作をどう推進するかにエネルギーが注がれているように見えるからです。その一番分かりやすい例がサウジアラビアとカタールへの対応ではないでしょうか。
 トランプ氏は、大統領に当選する前は「湾岸のイスラム王制独裁国家がISISなどのテロ集団に資金援助をしているとして、その筆頭にサウジアラビアをあげていたのですが、今は手のひらを返したように態度を豹変させて、サウジとは巨額の武器場売契約を結びつつ、他方で、カタールという小さな王制独裁国家だけにテロ国家の罪を着せようとしているからです。
 これを見ていると、トランプ氏が今のところ、自分の首をつなぎ止めるため、「闇の国家」の指示どおりに動いていることが、よく分かります。
 カタールという国も、アメリカ(やイスラエル)の指示に従って、ISISを支援していたことは事実だったとしても、同じイスラム王制独裁国家のなかでは全くの小国ですし、アメリカ「911事件」の実行犯の大半がサウジアラビア人であったこと、資金源でも人員面でも、ISISの最大の支援国家が大国サウジであったことは、今では世界中で知れ渡っている事実です。
 ですから、シリアなど中東における殺戮の罪をカタールという小国だけにおっかぶせようとする試みは、アメリカ政府やそれに同調する大手メディの知的レベルと世界中にさらけ出したという意味では、記念碑的なできごとでした。
 このような動きのなかで、ブログ「戦争は国家の健康法である、その1」を読んだ読者から次のようなメールが届きました。

寺島先生
 ブログの更新ありがとうございます。ボーンの論文は原文でも味わいたいです。次の更新も期待しています。
 トランプの180度の転換は、本当に怖いです。まだ、ヒラリーがそのまま大統領になったほうがましだったかもと思えてきます。
 Deep Stateは、自分たちが望んでいる戦争への空気作りを、「トランプの人間性のせい」に巧妙にすり替えている気がしてなりません。
 ただ、私がまだよくわからないのは、先日のロシアにイスラム国の情報をばらしたことなど、なぜ、いまだにトランプたたきが止まらないかです。
 まだ、トランプの転向具合は彼らにとっては合格点ではないのでしょうか?よくわかりません。
 それとサウジアラビアの動きも不穏です。アジア各国訪問と、フィリピンやアフガニスタンの不穏な動きが関連しているようで、怖いです。


 いただいたメールには、「ボーンの論文は原文でも味わいたいです。次の更新も期待しています」という文言があり、私に対する最高の「お褒めの言葉」として受けとめさせていただきました。
 それはともかく、上記では、「私がまだよくわからないのは、先日のロシアにイスラム国の情報をばらしたことなど、なぜ、いまだにトランプたたきが止まらないかです」という質問が書かれています。
 ロシアと協力して「イスラム国」というテロ集団を放逐することは、トランプ氏の選挙公約のひとつだったのですから、大統領に当選したらロシア当局とテロ集団について情報交換することは当然のことであって、何の問題もないことです。
 これを何か問題があるかのように騒ぎ立てている勢力(&大手メディア)は、どうしても大統領罷免にまでもっていきたいのでしょう。この間の事情を詳しく解説しているのがプリンストン大学名誉教授のステファン・コーエン氏(Stephen Cohen)です。
* Dems crippling Trump's plans to cooperate with Russia out of own ambitions
「トランプがロシアと協力する計画を挫折させようとする民主党の野望」

https://www.rt.com/shows/sophieco/388910-trump-scandal-russia-us/(19 May, 2017)

 このインタビューは全文が文字起こしされていますので、聞き取りが苦手な人でも、読むちからさえあれば、その趣旨が理解できます。会話力ではなく読解力がいかに大切か、この一事だけでも分かるのではないでしょうか。
 ところで、上記のブログ読者のもうひとつの疑問は「それとサウジアラビアの動きも不穏です。アジア各国訪問と、フィリピンやアフガニスタンの不穏な動きが関連しているようで、怖いです」というものでした。
 いまISISが、ミンダナオ島マラウイ市を占拠してフィリピンを第2のシリアにしようとする動きに出ていることは(そして裏でサウジを使いながらそれを支援しているのが、アメリカだということも)、この事件が起きたのが、ドゥテルテ大統領がロシアを訪問し、プーチン大統領会談している最中だったことでも分かります。
 ドゥテルテ大統領が、アメリカによる中国封じ込め政策に従わないで、急速にロシアに近づきつつあるのを、どうしても阻止しなければなりません。そのための最上の政策がフィリピンを不安定化させることです。その片棒を担いでいるのが相変わらずサウジアラビアです。この間の事情については下記の論考を御覧ください。

* Path to Hell: Daesh in the Philippines is a US Project
「地獄への道: フィリピン国内のダーイシュはアメリカのプロジェクト」

http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2017/06/post-0557.html(邦訳)
https://www.strategic-culture.org/news/2017/06/08/path-hell-daesh-philippines-us-project.html(原文2017/06/08)

 アメリカにとっては、中国やロシアに近づきつつあるフィリピンを不安定化させることは、中国封じ込めにとっても好都合ですし、フィリピンの内乱が続けば武器の販路がますます広がるわけですから、まさに一石二鳥です。
 ところがここでアメリカはさらなる高等戦術に出ました。フィリピン政府を援助しISISと闘うためと称して特殊部隊をマラウイ市に送り込んだのです。しかしドゥテルテ大統領は「アメリカに助けを求めた覚えはない」と述べています。

* Duterte claims ‘never approached’ US for help in battle against Islamist militants
「ドゥテルテ大統領いわく、イスラム戦士に対する戦いで『アメリカに助けを求めた』覚えはない」

https://www.rt.com/news/391843-duterte-us-special-forces-marawi/ (11 Jun, 2017)

 シリアでは「ISISと戦うため」、アフガニスタンでは「タリバンと戦うため」と称して、アメリカは軍隊をシリアに侵攻させ、アフガンでは15年以上も駐留する戦略に出ています。同じことをフィリピンでも狙っているのでしょう。
 このようなアメリカのやり方を見ていると、勝手に他人のコンピュータに入り込んで頼みもしないのに「Windows10」に変えてしまったマイクロソフトを思い出してしまいました。おかげでWindows7を使っていた私は、大変な被害を蒙りました。
 自分の利益のためには手段を選ばないアメリカ流の戦略・戦術は、どこの分野でも共通なのではないかと思わされた次第です。

<註> フィリピン大統領ドゥテルテ氏の関連発言には次のようなものがあります。
* ‘West is just double talk, I want more ties with Russia & China’
「西側の言動はまさに二枚舌だ。だからロシアや中国と手をつなぐ方がよい」

https://www.rt.com/news/389105-duterte-west-russia-visit/(21 May, 2017)
* ‘US, EU meddle in other countries & kill people under guise of human rights concerns’
「米国もEUも、人権を口実に他国に干渉して、人殺しをしている」

https://www.rt.com/shows/rt-interview/389163-philippines-duterte-interview/(22 May, 2017)


 このようなやりかたで、現在の世界情勢・アジア情勢にかんする私の見方・考え方を説明していると、いつまでたっても肝心のランドルフ・ボーンの論文「戦争は国家の健康法である」の最終回に行き着かなくなってしまいます。
 そこで、まだまだ語りたいこと説明したいことが残っているのですが、今はそれを断念して、『肉声でつづる民衆のアメリカ史』(明石書店、2012)に載せられているボーン論文の下記紹介をもって、取りあえず今回のシリーズを終わりにしたいと思います。



戦争は国家の健康法である(下)
ランドルフ・ボーン


 戦争は国家の行事であって国民の行事ではない。じっさい、戦争は国家の主要な行事である。このことは、どれだけ強調しても、しすぎることはない。戦争はきわめて人為的なものである。集団の喧嘩好きというものが、素朴かつ自然発生的に暴発したものではない。 戦争は伝統的宗教と同じほど原始的である。
 戦争は軍事体制なしには存在しえないし、軍事体制は国家組織なしには存在しえない。戦争には太古からの伝統と遺伝形質があるが、それは国家に長い伝統と遺伝形質があるからにすぎない。しかしこの二つは、分かちがたく機能的に結合している。
 戦争に反対する運動をおこなえば、国家に反対する運動にならざるをえない。また伝統的形態における国家の息の根をとめることなく、戦争の息の根を止めることはできない。そんなことは期待できないし、保証もできない。
 国家は国民ではない。だから国家は、国民を傷つけることなく修正できるし、廃止さえできる。それどころか国家の支配が終われば、国民が本来もっている生活向上力が解き放たれる。
 国家の主要な行事が戦争であるとするなら、防衛と侵略という純粋に不毛な目的のために、国家は、国民から活力の大部分を吸いとらねばならない。国家は、国民の活力をできるだけ多く浪費すること、あるいは消失させることに熱中する。
 戦争とは、命を奪い、命を失わせる諸力の巨大な複合体であること、これを否定するものは誰もいないだろう。国家の主要な行事が戦争であるなら、破壊をうみだす能力と技術を結合・開発することに主要な関心をもつのは当然だ。
 これは、実際的にも潜在的にも、敵を殺害するだけでなく、国民を殺害することを意味する。というのは、諸国家の集合組織のなかに一つの国家が存在することは、それ自体、国民をつねに戦争と侵略の危険の下におくことを意味する。だから、国民の活力を軍事的追求へと分散させることは、豊かで創造的な国民生活の向上を自らの手で打ち壊すことになるのだ。……

 要するに、国家は、一つの社会集団内部の独裁的・恣意的・強制的・好戦的な暴力のすべてを代表する。近代的で自由な創造的精神つまり生命・自由・幸福の追求を求める気持にとって、それは不快きわまりないすべての複合体である。
 戦争は「国家の健康法」である。国家が戦時下にあるときにのみ、近代社会は意見の統一を見る。戦時下でのみ、国家は、単純で無批判な愛国主義的献身と協力的奉仕を得ることができ、うまく機能するのだ。それこそ国家を愛する者がつねづね理想とするものだ。
 しかしながら、近代の共和国は、民主的理念という隠れ蓑なしには戦争に突入できない。独裁制と致死的好戦性という古い概念だけでは、国民を戦争に動員できないのだ。
 とすれば、戦争意図を達成するために国家の理想の復興が必要になるわけだが、そうであれば民主的形態に戻るしかない。すなわち外交政策の民主的な統制、戦争にたいする民主的な渇望、とくに民主主義と国家の同一視など、このような過去の確信の下に戻ることである。
 しかし昔の確信に戻ったとしても、国家がいかに悔い改めていないかは、治安維持法や旧態依然の外交政策によく示されている。連合国の民主主義の中で、先見性ある民主主義者たちが第一に要求したのは、秘密外交の廃止ということだった。
 というのは、戦争を可能とさせたものは、国家間のさまざまな秘密協定によるものだったからだ。すなわち民衆の支持がほとんどない同盟、民衆の全く知らないうちにつくられた同盟、あるいは民衆が半分も理解していないのに秘密のうちに条約や協定の段階に達していた約束などである。
 戦争になってはじめて拘束力のある約束だったことが明らかになったものが少なくない。だからこそ、民主的思想家たちは次のように主張してきたのだ。
 「このような有害な秘密外交の裏舞台が破壊されないかぎり、戦争はほとんど避けようがない。このような裏舞台のせいで、国家の主権や財産や成年男子が、白地小切手というかたちで相手の同盟国に譲渡されてしまう。そして戦争が起きたとき、その小切手は現金に換えられる。だから、国民すべての命にかかわる協定は、政府ではなく国民のあいだで結ばれねばならない。少なくとも国民の代表によって、国民の全面的な監視のなかで結ばれねばならないのだ。」
(下線は寺島。『肉声でつづる民衆のアメリカ史』上巻524ー526頁)


<註1> この最終回を読むと、わずか32歳で夭折したランドルフ・ボーンの才気をますます感じざるを得ません。私は「戦争は国家の健康法である」という言い回しに初めて接したとき、その切れ味の鋭さに思わずタジタジとした記憶が残っています。この最終回でも、その鋭さは増すことはあっても鈍ることはありませんでした。たとえば、今回の冒頭に出てくる「戦争は国家の行事であって国民の行事ではない。じっさい、戦争は国家の主要な行事である」という言い回しも、アメリカという国の本質を見事に言い当てていて、思わずうなってしまいました。

<註2> 第一次世界大戦当時のアメリカでは、「クリール委員会」のような組織を使って、大学までも巻き込む国家総動員体制が求められました。ボーンが学んだ名門コロンビア大学でさえ、この総動員体制に協力させられました。
 コロンビア大学のバトラー総長は「自らのために、国のために、コロンビア大学のために、戦争への奉仕にいそしむ」ことを皆に勧めましたし、コロンビア大学では学生の軍事訓練も行われました。ボーンの友人だった英文科の教員ヘンリー・W. L. デイナは反戦集会に参加して解雇されるという事件も起きました。
 安倍政権は現在、莫大な防衛研究費を餌にして、大学でも軍事研究に協力するよう執拗に迫っています。日本学術会議の会長でさえ、これに同調する動きを見せていますから、非常に深刻な事態だと言えます。


「戦争は国家の健康法である」その2

国際教育(2017/06/05)、ランドルフ・ボーン、ジョージ・クリール、クリール委員会(アメリカ広報委員会)、プロパガンダ、パブリック・リレーションズ(PR)

クリール委員会委員長ジョージ・クリール、          ドイツ兵の残虐性を宣伝するのポスター
Creel.jpg クリール委員会ポスター

 安倍内閣の推進する「共謀罪」が衆議院で強行採決され、日本がアメリカ軍の指揮の下で戦争できる体制がますます強固になってきました。
 アメリカのDeep State「闇国家」は、トランプ大統領を目下の家来として使いながら、北朝鮮や中国を口実とした戦争を着々と準備しているように、私には見えます。
 G7やEUの会議で露呈されてしまいましたが、いまアメリカは世界で孤立しつつあります。このような状況を一挙に解決してくれるのが戦争です。
 アメリカの、911事件を口実としたアフガニスタンへの爆撃と、大量破壊兵器を口実としたイラク侵略も、ブッシュ大統領の支持率が最底辺に落ち込んだときに始まりました。そしてアメリカ国民も大手メディアもこれを熱狂的に支持し、それに反対する人たちは「国賊」扱いされました。
 実はアメリカの第1次世界大戦にたいする参加も、同じような戦術が駆使されました。国民の大多数は欧州大陸で始まった第1次世界大戦にアメリカが参戦することに反対でした。そこで国内の世論を誘導すべく立ち上げられたのが、ウィルソン大統領が設立した政府広報機関クリール委員会でした。
 これはアメリカ政府として初の専門職・知識人による広報集団・宣伝扇動機関で、ジャーナリストのジョージ・クリール (George Creel)を委員長としていたため「クリール委員会」とも呼ばれています。この委員会にはアメリカを代表する有名知識人も総動員され、当時のアメリカを代表する哲学者・民主的教育者として名高かったジョン・デューイまでも、この委員会にからめ取られていきました。
 コロンビア大学で学びデューイを師として尊敬していたランドルフ・ボーンが、苦渋の決断の結果、勇気をもってデューイを批判し恩師と袂(たもと)を分かつ道を選んだことは、前回のブログで紹介したとおりです。30代の若いボーンが、デューイを批判した論拠は、論文「国家-戦争は国家の健康法である」に鋭く かつ完膚なきまでに展開されていて、ボーンの才能に驚嘆せざるをえません。ボーンの夭折は本当に残念極まりないものでした。
 とりわけ今号で紹介する次の部分を読んでいただければ、いま正念場を迎えている「共謀罪」の本質がみごとに展開されていて、皆さんも驚かれるのではないでしょうか。

 このように、戦争が始まると、国家の内部で衝突がおこる。戦争は追う者と追われる者のあいだのスポーツになる。心理的魅力という点では、国外で敵を攻撃するよりも、国内で敵を追及するほうが重要になる。国家は凄まじいほど全力で異端者を抑圧する方向へすすむ。
 国家は異端者狩りで沸き立ち、それは確実に持続する。平和主義者、社会主義者、敵性外国人に、国家の手で激しいテロリズムが実行される。そして敵と関係があるとされる人物や運動には、表には出ないが持続的な迫害が加えられる、「国家の健康」であるべき戦争は、すべての有産階級と一般民衆を一体化し、そこからはみ出した人々を法律の保護外におく。





戦争は国家の健康法である(中)

ランドルフ・ボーン

 戦争、少なくとも強力な敵にたいして民主主義国が遂行する現代の戦争は、その国に必要なほとんどすべてを達成してくれるように思われる。それは燃えたぎる理想をかかげる政治家なら、誰でも手に入れたいと望んでいるものだ。
 ほとんどの市民は、もはや政府に無関心ではいられない。それどころか政治的な体の各細胞は生命と活動に満ちあふれる。我々はついに、あの(理想として心に描いてきた)集団主義的共同社会を完全に実現させることになるのだ。そこにはともかくも「一人がみんなのために」という価値観がある。
 戦時体制の国では、あらゆる市民が自分を全体に一体化・同一化し、それを認識することによって限りなく強くなったと感じる。集団主義的共同社会の目的と願望は、戦争の大義に全身全霊を捧げる個人のなかに息づき、社会と個人のあいだを妨げる区別はほとんど消し去られる。
 戦争中、個人は社会とほとんど同一になる。個人は飛び抜けた自信、つまり自分の理念と感情がすべて正しいという直観をいだく。その結果、個人は反対者や異端者の弾圧にさいして無敵の強さを発揮する。集団主義的共同社会の力を背後に感じるからだ。社会的存在としての個人が、戦時にその典型を達成したかにみえる。
 アメリカ国民が、このような集団的な献身、このような犠牲と労働を、たとえ世界に示すことができたとしても、それは宗教的衝動からではない。アメリカ国民が、自分の財産と生命を注ぎこんだり、国民のお金と人員を徴集するといった、国民の反感を買う強制的措置まで承諾したとしても、それは普通教育のような世俗的善や自然の征服のためでもない。
 そうではなく、それは自衛の戦争という攻撃をするためなのだ。それなしには、「民主主義」という困難な大義をアメリカ国民が支持することもないし、これまでにない最高水準の集団活動に達することもないだろう。
 労働者階級の人々は、少なくとも自分は「知識人」「重要階級」に属しているとは思っていない。むしろ、そのような階級を見習って上昇に努めているのだが、国家という象徴的なものに振り回されないので、「知識人」「重要階級」からは悪評が高い。言い換えれば、労働者階級は「知識人」「重要階級」ほど愛国的ではないのだ。彼らにとっては権力も栄光も無縁だからだ。
 戦時の国家は彼らに退歩の機会を与えない。彼らは社会的に大人として扱われたことがなかったから、大人として扱われる機会を失い、子どもに戻ることはないからだ。
 労働者は、一九世紀の産業体制のときと同じように、徒弟奉公で鍛えられ従順にしつけられていれば、喜んで御国(おくに)のために出征して戦ったかもしれないが、彼らは国家にたいしてそのような「親にたいする子としての感覚」は全く持っていない。普通なら「年長者」を前に非常に強力に作用する、「愚者」対「知者」の感覚さえももたない。
 労働者は、産業的農奴制のなかで毎日を暮らしているので、名目上は自由だが、実際には機械生産体制に束縛された階級だ。資本家体制は自分の所有物ではないから、自分の生産物の分配にわずかな発言権すらもない。ときにはストライキなどの公的に認められていない脅迫手段を用いて雀の涙ほどの分け前をもらえるだけだ。徴兵制度はこのような農奴制とさして変わりはない。
 労働者階級は軍事的企てに参加はするが、「知識人」「重要階級」のような熱狂に煽られて赴おもむくのではない。「知識人」「重要階級」の本能が戦争を強力に煽(あお)っているだけだ。それどころか労働者は、嫌悪感をもって戦地に赴(おもむ)くのだ。それは、彼らが企業に入り働きつづけるときにもつ嫌悪感(けんおかん)と全く同じ嫌悪感だ。
……
 このように、戦争が始まると、国家の内部で衝突がおこる。戦争は追う者と追われる者のあいだのスポーツになる。心理的魅力という点では、国外で敵を攻撃するよりも、国内で敵を追及するほうが重要になる。国家は凄まじいほど全力で異端者を抑圧する方向へすすむ。
 国家は異端者狩りで沸き立ち、それは確実に持続する。平和主義者、社会主義者、敵性外国人に、国家の手で激しいテロリズムが実行される。そして敵と関係があるとされる人物や運動には、表には出ないが持続的な迫害が加えられる、「国家の健康」であるべき戦争は、すべての有産階級と一般民衆を一体化し、そこからはみ出した人々を法律の保護外におく。
 勤労市民・労働者階級は、このような「一体化」につよく抵抗し、すでに見たように、心理的にも、このような流れに距離をおく。だからこそ世界産業労働者組合(IWW)のような団体は容赦(ようしゃ)なく追求され弾圧されるのだ。しかしIWWの抵抗は、国内の団結を乱す原因なのではなく、政府の弾圧政策の結果にすぎない。迫害は労働者の反抗心を増大させ、摩擦を減らすどころか増強するだけだからだ。……
(下線は寺島。以下、次号に続く。『肉声でつづる民衆のアメリカ史』上巻521ー524頁)


<註1> クリール委員会は、アメリカ国外の敵国を悪魔化するために国民にたいして徹底的な「プロパガンダ」「宣伝洗脳工作」がおこないました。
 たとえば、アメリカ国民のドイツに対する敵意を増幅させるため、ドイツ兵を「野蛮なフン族のアッティラ(注:フン族の王)」として描き出し、漫画や新聞報道でもドイツ兵の残虐性をことさら強調するものが氾濫していました。
 この手法は「イラク戦争」まで引き継がれていて、現在のシリアや北朝鮮にたいする攻撃も、「アサド大統領=独裁者」「北朝鮮=気の狂った国」という描き方であり、基本的には何も変わっていません。

<註2> クリール委員会の正式名称は、アメリカ政府・広報委員会(CPI:Committee on Public Information)ですが、この委員会に参加して、有名になった人物にエドワード・バーネイズがいます。彼は第2次世界大戦後、「プロパガンダという技術をプロパガンダする」目的で、『プロパガンダ』という本を出版しました。
 これは今では、W・リップマン『世論』と並び、広告関係者必読のバイブル的な存在となっていますが、嘘をついてアメリカ国民を第一次世界大戦へと引きずり込んだ悪いイメージが「プロパガンダ propaganda」という用語に定着してしまったため、リップマンは後に「プロパガンダ」の代わりに「パブリック・リレーションズ」(PR:Public Relations)という用語を使うようになりました。



「戦争は国家の健康法である」その1

国際教育(2017/05/30)、サウジアラビア、イスラム王制独裁国家、死の商人、軍事安保複合体、「闇の国家DeepState」、鈴木孝夫、ランドルフ・ボーン

33歳で夭折したランドルフ・ボーン(Randolph Bourne)
ランドルフ・ボーン 仮題『肉声でつづる民衆のアメリカ史』上


 トランプ政権は相変わらず迷走し続けています。トランプ大統領がDeep State「闇の国家」の言いなりになって、外国旅行の最初に選んだ国がサウジアラビアとイスラエルだったにもかかわらず、国内では「ロシア・ゲイト」を口実にしたトランプ叩きが弱まる気配が一向に見えないからです。
 トランプ大統領がG7に参加する途上で外国旅行の最初に選んだ国サウジアラビアは、隣国イエメンを爆撃し莫大な難民と大量の死者を生み出しているだけでなく、シリアで蛮行を重ねているイスラ原理主義テロ集団ISISの裏の支援者として、知る人ぞ知る有名なテロ国家・王制独裁国家です。
 ところがトランプ氏は、今回のサウジ訪問で、このサウジアラビアと今後十年間で $350 billion(10億ドル✕350=3500億ドル)の武器売買の契約を結びました。しかも、そのうちの $110 billion(10億ドル✕110=1100億ドル)は初年度の支払いで、Deep State「闇の国家」(=金融街・軍事産業、軍事安保CIAペンタゴン複合体)のふところに入ってくることになっているそうです。
 この金額は前大統領オバマ氏が二期八年で達成した「約 $115 billionにものぼるサウジへの武器売買」を一気に超えてしまう金額です。しかも、このオバマ氏が達成した成果は、過去にも例のないほどの巨額な武器取引だったというのですから、トランプ氏が「死の商人」として達成した成果が、いかに巨大なものだったかが分かります。
*Trump’s Art of the Deal in the Middle East: Selling wars and terrorism
「武器とテロを売りまくる、中東におけるトランプ氏の商売技術」
https://www.rt.com/op-edge/389462-trump-israel-palestine-saudi-war/

 トランプ氏は大統領に当選する前は、ヒラリー・クリントンの選挙戦で「サウジこそが中東における殺戮の元凶である」として、サウジアラビアやイスラエルを支持するヒラリー女史を、口を極めて非難してきたはずですが、今ではその姿勢を一八〇度転換させて「闇の国家」の指示に従うようになりました。
 これはCIAによる暗殺またはクーデターから逃れるための、やむを得ない方向転換だったのかも知れませんが、冒頭にも述べたとおり、それにも関わらず、トランプ叩き・トランプ追放の勢い・矛先は、止みそうにありません。中東その他における武器売買と戦争の継続は、それほど金融街と軍事産業、軍事安保複合体にとって、美味しい商売なのでしょう。
 ところが日本の安倍政権も憲法九条を投げ捨て、原発や武器を輸出することで経済界に奉仕しようと懸命です。国民は貧困化するばかりで購買力がないのですから、「原発や武器の輸出によって他国のひとが死のうが、国民の税金で支援された原発産業や兵器産業が儲かりさえすればよい」というように、大きく方針転換を図っていると考えた方がよいのかも知れません。かつて朝鮮戦争で日本が景気回復したように、第二の朝鮮戦争を期待して、共謀罪の準備をしているとも考えられます。


 ところで前回のブログでは、「しんぶん赤旗」が拙訳『肉声でつづる民衆のアメリカ史』に載っている、ボブ・ディランの歌「戦争の親玉」、パティ・スミスの「民衆には力がある」を利用しながらで、素晴らしいコラム記事を書いていることを紹介しましたが、丁度そのころ、私が尊敬している鈴木孝夫先生から『下山の時代を生きる』(平凡社、2017)が届きました。
 封筒を開けてみると平田オリザ氏との共著の新書が入っていて、しかも鈴木先生の自筆による署名で「謹呈」と書いてあり、そのうえ同封してあった便箋には次のような文面がしたためられてあったので、なおさら感激しました。大先生から直接に謹呈本が届くだけでも感激してしまうのに、そのうえ便箋に次のようなお褒めの言葉が眼に飛び込んできたのですから、感激の二乗・三乗でした。

「前略、このたび同封いたしました対談本を出しました。今年で九十歳になりましたが色々な考えが浮かんでくるので中々死ぬヒマがありません。
 先生方の訳された『肉声でつづる民衆のアメリカ史』を少しずつ読んでいますが、大学のアメリカ文学研究者たちは、このような本を読んでいるのかなと思います。
 先生方の御健闘を心から期待いたしております。早々
平成二十九年五月一〇日、鈴木孝夫
寺島隆吉、美紀子様」


 鈴木先生の名著『言葉と文化』(岩波新書、1973)を読んで以来、私にとって鈴木先生は雲の上の人物として尊敬するだけの存在でした。
 そのような大先生から直接に謹呈本をいただくだけでなく、拙訳『肉声でつづる民衆のアメリカ史』を読んでいただいていると知っただけでも本当に光栄なことです
 その鈴木先生から、「先生方の訳された『肉声でつづる民衆のアメリカ史』を少しずつ読んでいますが、大学のアメリカ文学研究者たちは、このような本を読んでいるのかなと思います」という感想をいただき非常に誇らしい気持ちになりました。
 と同時に、複雑な思いも浮かんで来ました。というのは鈴木先生のことばから、「大学のアメリカ文学研究者たちは、この訳書に載せられているような事実を、ほとんど知らずに文学をやっているひとが少なくないのではないか」という声が聞こえてくるような気がしたからです。
 拙著『英語教育が亡びるとき:「英語で授業」のイデオロギー』(明石書店、2009)、『英語で大学が亡びるとき:「英語力=グローバル人材」というイデオロギー』(明石書店、2015)を出したとき、私は「英語読みのアメリカ知らず」ということも書きましたが、鈴木先生のことばから、ふとそのことを思い出してしまったからです。
 そういう意味で、今回のブログでは、『肉声でつづる民衆のアメリカ史』(上下2巻)のなかでも、上巻第14章に載っているランドルフ・ボーンの論文「国家」を、特に紹介したくなりました。
 というのは、トランプ大統領のサウジ訪問と巨額の武器売買、さらには平和憲法を放棄して原発や武器を外国に売りつけようとする安倍政権の姿勢のなかに、民衆の死を踏み台にして戦争で大もうけとをしようとする「死の商人」の臭いが強く漂ってくるように思ったからです。
 ランドルフ・ボーンは、友人チャールズ・ビアード[歴史家・政治学者]やジョン・デューイ[哲学者・思想家]が第一次世界大戦を支持したという理由で二人と交際を断ち、一九一八年に若くして他界した天才的作家で社会評論家なのですが、彼が他界したときに発見された未刊行の論文が「国家」でした。
 私は、この論文を読んだとき、その論文の各所に「戦争は国家の健康法である」というフレーズが散りばめられていて、その用語・文句を眼にしたとき、雷に打たれたような衝撃を受けたことを、今でもありありと憶えています。政府・国家を支配している金権・特権階級がなぜ戦争をしたくなるのか、その謎がみごとに解明されているような気がしたからです。
 為政者にとっては、自分たちの失策で景気が低迷し庶民が貧困にあえいでいるとき、そして庶民が政府・特権階級に不満をつのらせているとき、そのような暗い雰囲気や庶民の不満・憤りを一掃する最良の手段が、戦争だったのです。まさに為政者にとって「戦争は国家の健康法」なのでした。
 ボーンは、デューイを代表者とする当時の「進歩的知識人」と袂を分かったとしても、また学会や知識人の世界から追放されることになろうとも、自身の主張を貫こうとしたのでした。以下では、少し長いので、このボーンの論文を数回に分けて紹介したいと思います。味読していただければ幸いです(ただし下線は寺島による)。



戦争は国家の健康法である(上)

ランドルフ・ボーン


 宣戦布告がなされた瞬間……国民大衆は、ある種の精神的錬金術にかけられてしまい、宣戦布告は自分の意志で自分がおこなったのだと確信する。そして、少数の反抗者を除き、自ら進んで体制に同調し、強制され、生活環境すべてにおいて錯乱に追いこまれることをよしとするようになる。その結果、政府が何かを計画したとき、それに同意しないものは誰であれ破壊するという工場へと自ら変身する。市民は政府への軽蔑の念と無関心をすて、政府目的に自らを一体化し、自分が軍隊にいたときの記憶や象徴をすべて蘇らせる。人々の想像力をとおして国家はふたたび威厳ある存在をとりもどす。愛国主義が支配的感情となると、本来あるべき人間関係に、ただちに強烈で絶望的な混乱をうみだす。それは、人間社会で現に存在し、あるいは将来もつべき人間関係を破壊するのだ。……

 戦時には、国家の理想が明確な救済にまで高められ、奥に潜んでいた態度や性向を露わにする。軍国主義化していない共和国では、平時には国家の意味はうすらぐ。戦争は本質的に国家の健康法だからである。戦時に国家は蘇るのだ。国家の理想とは、権力と影響力が領土内のすみずみにまで及ぶことである。教会が人間の精神的救済の媒体であるように、国家は人間の政治的救済の媒体とみなされる。その理想とするところは、政体構成員の全員に豊かな血液が行きわたることである。また団結の緊急性が最高度にたかまり、同一化の必要性が全く疑問の余地ないものと見なされるのは、まさに戦時においてである。国家とは、攻撃的であれ防衛的であれ、組織された他の民衆にたいして、同じように組織され行動に追い込まれる民衆の組織なのだ。その際、防衛にいたる事件が恐ろしいものであればあるほど、組織はますます団結を固め、集団構成員におよぼす力はますます高圧的・強制的になる。戦争は、目的と活動の波を、集団の最下層や最末端にまで徹底していく。戦争は、軍事的攻撃あるいは軍事的防衛という中心目標にむかって、社会の全活動を迅速に結びつけ、平時にはどんなに努力しても到達できなかった存在へと国家を変貌させる。このとき国家は、人々の仕事や態度や意見の、容赦ない調停者と決定者になる。不況は吹っ飛び、相互の反目は消え、不格好であろうともゆっくりと、しかし今までにない加速度と一体感をもって、大きな目的にむかって進んでいく。J・P・ジャックスの忘れ難いことばで言えば、まさに「戦時下の穏やかさ」へむかって進んでいくのだ。……

 戦争は国家の健康法である。戦争は、抑えがたい勢力を統一性へと動員する。集団意識を欠く少数の集団や個人をむりやり服従させ、政府への熱烈な協力者に変身させるのだ。その際、政府の諸組織は厳罰をさだめて執行する。少数派は脅迫されて沈黙に追いこまれるか、巧妙な説得の過程をとおして、ゆっくりと思想を変更させられる。ときには実際に転向させられているとは気づかない場合すらある。しかし、完全な忠誠、完全な統一という理想は、実際には決して達成されない。というのは、強制という素人仕事をさせられる階級[知識階級]は、それを飽きずに熱心におこなうが、往々にして彼らの熱意は、転向の代りに反抗を強めるだけの働きをするばあいが多いからだ。少数者は口をきかなくなり、その意見は厳しさや皮肉を強めるだけだ。とはいえ一般に言えば、戦時中の国家は、感情の統一を獲得し、国家的価値観という点でも、理想的な頂点に達することは疑いない。これは、戦時以外のいかなるものさえ産みだしえないものだ。こうして、忠誠という「国家への不可解な献身」は、心が生み出す重要な人間的価値となる。それ以外の、芸術的創造、知識や理性、美や生活向上といった価値は、ほとんど異議なく、ただちに犠牲にされる。国のために「素人転向工作員」という役を自ら買ってでた重要な階級・知識人は、そのような馬鹿げたことのために上記の価値を自分で犠牲にするだけでなく、ほかのすべてのひとにまで同じ犠牲を強制することになる。
(次号に続く、『肉声でつづる民衆のアメリカ史』上巻519ー521頁)


<註1> 鈴木孝夫・平田オリザ『下山の時代を生きる』については、いずれゆっくり書評を書きたいと思っています。とりわけ平田オリザ氏の意見が鈴木先生と微妙な食い違いを見せている点が、私にはとりわけ興味深く感じられました。

<註2> 大統領が部下であるべきCIA(「闇の国家」)によって暗殺される可能性があることは、元政府高官PCR氏(Paul Craig Roberts)による下記の簡潔な論説で知ることができます。
*JFK at 100 — Paul Craig Roberts、「JFK生誕百周年」 
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2017/05/jfk-a27a.html(邦訳)
http://www.paulcraigroberts.org/2017/05/24/jfk-100-paul-craig-roberts/(英語原文、2017/05/27)

<註3> PCR氏は、「ワシントンとイスラエルは平和に対する脅威だ」「ワシントンは世界覇権を求めており、イスラエルは中東での覇権を求めている」と述べ、下記でその理由を詳しく述べています。
*Truth Has Become Un-American 「真実は反米と化した」
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2017/05/post-b8f1.html (邦訳)
http://www.paulcraigroberts.org/2017/05/23/truth-has-become-un-american/(英語原文、2017/05/23)



ボブ・ディラン「戦争の親玉」、パティ・スミス「民衆には力がある」: ハワード・ジン『肉声でつづる民衆のアメリカ史』からみた世界

国際教育(2017/05/14)、Dylan "Masters of War"、Smith "People Have the Power"、狂人理論、マケイン上院議員、韓国大統領・文在寅(ムン・ジェイン)

仮題『肉声でつづる民衆のアメリカ史』上  仮題『肉声でつづる民衆のアメリカ史』下


前回のブログで「私の休筆宣言」を書いてから(2017/04/07)1ヶ月半になります。

昨日やっとチョムスキーの新著『アメリカン・ドリームの死を悼む:富と権力を一極集中させる10の原則』(Requiem for the American Dream:The 10 Principles of Concentration of Wealth & Power)の翻訳を終わりました。

まだ訳文を推敲しなければならない仕事が残っているのですが、FC2のブログは更新をしばらく怠ると、さまざまな宣伝がトップ頁に出てきて、読者に迷惑をかけてしまうことが分かりました。

そこで当初は翻訳の完成原稿ができあがるまで「休筆」することを宣言したのですが、そうも言っていられなくなりました。今も左腕の肘が痛風で膨れあがり痛みがあるのですが、何とか頑張って、この原稿を書いています。

さて世界情勢ですが、フランス大統領選挙ではオランド大統領(フランス社会党)の直系であり財界とのつながりも強いマクロン氏が、「中道」のふりをして、しかもEUの特権階級と大手メディアの全面的な支持を得て、当選しました。

大手メディアは、ル・ペン候補がプーチンから支援を得ているとか極右であるとかの大宣伝をしましたから、構図としてはアメリカ大統領選挙のときと同じなので、あのようなどんでん返しがフランスでも起きるのではないかと期待するひともいたのですが、フランスとEUの支配層は同じ失敗を繰りかえすまいと大奮闘した成果がマクロン当選となりました。

しかしトランプ大統領が「闇の政府」Deep Stateに抗しきれず迷走を続けていますから、ロシアとEU、ロシアと米軍・NATO軍は一触即発の状況にあり、いつ核戦争・第三次世界大戦になるか分からないという状況では、ロシアとの友好関係を重視するル・ペン候補の当選が世界平和にとって望ましいことは理の当然であるようにみえます。その意味では、フランスの左翼・リベラルも、アメリカと同様、完全に死んだと言えるでしょう。

しかし、ただひとつ救われたことは、韓国の大統領選挙で「共に民主党」の文在寅(ムン・ジェイン)氏が新大統領に選出されたことです。これまでの韓国はアメリカの言いなりになって北朝鮮にたいする軍事演習をくりかえしてきただけでなくTHAADミサイルという超強力な攻撃兵器が配備され、ここでも一気に核戦争・第三次世界大戦への危機が高まりました。

この危機に関しては、アメリカでは、「ロシアとの核戦争も辞さない」「核戦争で脅かせばプーチン大統領もシリアに対する姿勢を変えるだろう」と息巻いて、超タカ派で知られているマケイン上院議員でさえ、「このまま北朝鮮を追い詰めると『窮鼠(きゅうそ)猫をかむ』のことばどおり、本当にキム・ジョンウンは核兵器を使うかも知れないと恐れたのでしょう、トランプ大統領に「外交交渉を優先せよ」と進言したというのですから、事態がいかに深刻だったかが分かります。

「アメリカは狂人のように暴力的な国だからいつ何時どのような攻撃を加えてくるか分からない」という、いわゆる「狂人理論」を武器にして、これまでアメリカは常に、あちこちの国を脅迫し服従させてきました。その「狂人理論」のお株をキム・ジョンウンに奪われて慌てふためいているのが、それを最も声高に叫んできたマケインなのですから、まるで漫画のような話です。しかし逆に言えば、それほど核戦争が目前に迫っていたとも言えます。

マケイン上院議員の発言について詳しくは下記のRTニュースを御覧ください。
‘Very last option’: McCain skeptical about preemptive strike on N.Korea
「北朝鮮を先制攻撃するのは最後の最後の選択:マケインは先制攻撃に懐疑的」

https://www.rt.com/usa/386683-mccain-preemptive-strike-korea-trump/

先述のとおり、幸いにも韓国では北朝鮮との融和的関係を重視する文在寅(ムン・ジェイン)氏が新大統領に選出されました。これでやっと東側の緊張関係は緩和され、核戦争・第三次世界大戦への危機は一時的に遠のきました。これはまさに平和を望む韓国民衆の勝利と言うべきでしょう。

ところで先日、知人から添付のような記事が届きました。「しんぶん赤旗に興味深いコラム」を見つけたからというのです。そこでは拙訳『肉声でつづる民衆のアメリカ史』(明石書店)を素材にした見事な論が展開されていて、感銘しました。

このような短い記事を書くのに、上下2巻にわたる高価な大冊を購入され、それを読破されたうえで素晴らしいエッセイを書かれた記者の筆力と情熱に、何か感動すら覚えました。そこで以下にそれを写真版(Jpeg)で紹介したくなりました。

しかも北朝鮮やシリア中東その他で、アメリカ・NATO諸国、そして湾岸王制独裁国家による戦乱と殺戮が続いているときだけに、このエッセイは、単にボブ・ディランのノーベル賞受賞という話題を大きく超えた、視野の広がりと鋭さを感じさせられました。

この記事の最期は次のように結ばれています。。

同書に載るディラン氏の曲は、軍需産業を皮肉った「戦争の親玉」です。スミス氏の曲は「民衆には力がある」。夢を実現するのは結束だ、私たちは世界を変革できる、と励ます歌詞です。不屈の民衆の運動に根ざすとき、文化は偉大な力を発揮し、歴史をつくる営みとなります。


まるで韓国の大統領選挙を思い起こさせるような結びではないでしょうか。それに比べて日本政府のアメリカ追随ぶりには本当に胸が痛みます。



赤旗20170408「こちら経済部―「パンクの女王」の励まし」『肉声でつづる民衆のアメリカ史」



<註1> ボブ・ディラン「戦争の親玉」、パティ・スミス「民衆には力がある」は下記で視聴できます。
Bob Dylan - Masters of War - lyrics
https://www.youtube.com/watch?v=exm7FN-t3PY (動画3分)
Patti Smith - People Have The Power
https://www.youtube.com/watch?v=pPR-HyGj2d0 (動画5分)

<註2> フランスでは「極右」として特権階級および大手メディアから総攻撃を受けているルペン候補について、アメリカの元政府高官PCR(ポール・グレイグ・ロバーツ)氏の見解を下記で読むことができます。
* Only Marine Le Pen Represents France
「フランスを代表しているのはマリーヌ・ルペンのみ」
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2017/05/post-aa00.html(和訳)
http://www.paulcraigroberts.org/2017/04/26/marine-le-pen-represents-france/(原文)

 またマクロン候補について、もっと詳しく知りたい方は、下記の記事をご覧ください。
* 5月7日の選挙でフランスの時期大統領はオランドの後継者で巨大資本の奉仕者であるマクロンに
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201705090000/




迎春2017―- 激動・激変する世界、混乱・混迷を深めるアメリカ

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 昨年は、正月早々から義母が救急車で緊急入院することから始まり、それ以来、入退院を繰りかえしながら、ついに6月11日に他界しました。
 入院するたびに悪くなっていくので、安保徹氏の言う「医療が病いをつくる」を実感する日々でもありました。ディサービスに復帰できるまでに回復していた時期もありましたから、なおさら、その思いが募りました。
 他方、これと並行して『寺島メソッド 英語アクティブラーニング』の出版をすすめていたので、編集会議、原稿集め、加筆修正の要請、初校・再校・三交・念校などが切れ目なく続き、その合間に入院している義母への見舞いを兼ねた毎日の看護も重なって、本当に疲労困憊した1年でもありました。
 最終的に『寺島メソッド 英語アクティブラーニング』が出版されたのが11月20日で、その直前まで「再念校」をせざるを得ず、それが終わった後は、12月2日に予定されていた和歌山講演(「高英研」和歌山市支部)への準備に追われました。
 実はその前に思いもかけず「しんぶん赤旗」から『英語の帝国』(平田雅博、講談社)の書評依頼があり、11月30日の締切を講演後の12月5日まで延ばしてもらえるようお願いせざるを得ないという突発的な出来事もありました。
 もうひとつの突発的な出来事は、長周新聞から「先生の『ヒラリー・クリントンとは誰か』上・下(11月2日・4日)の反響が大きかったので、2017年新年号の記事もぜひお願いしたい、締切は12月13日ではどうでしょうか」という依頼があったことでした。
 もうすでに疲労が極致に達していたので断ろうかと思ったのですが、編集部からの強い要請に屈して、「締切を12月末日にしてもらえるなら」という条件で引き受けることになってしまいました。「NOといえない日本人」の典型です。
 こうして昨年は、最後の最後まで仕事に追われることになり、ついに喪中の葉書すら書く余裕がなくなってしまいました。
 そういうわけで、「謹賀新年2017」ではなく「迎春2017」という題名のハガキをつくり、せめて元旦当日に届いた年賀ハガキに応えることにしました。これが本日のブログで紹介する新年の挨拶状ということになります。
 前回のブログを載せた日付を確かめると、2016年12月15日になっていましたから、もう1か月近くにもなっています。私のブログを待っておられた方には本当に申し訳なく思っています。
 しかし、元旦当日は届いた年賀状の返礼をつくるのに追われ、翌日はその宛名書きに追われ、さらに昨日は長周新聞新年号の原稿校正に追われていましたので、私の窮状に免じて、何とかお許しをいただければ有り難いと思います。
 いずれにしても良いお年をお迎えください。



プーチンとは誰か―― 『戦争プロパガンダ10の法則』

国際教育(2016/12/15)): アンヌ・モレリ『戦争プロパガンダ10の法則』、ナオミ・クライン『ショック・ドクトリン』、シャロン・テニソン「素顔のウラジミール・プーチン」


すでにウクライナ東部ルガンスク市だけで250人もの一般市民が殺されているルガンスク市
250 civilians killed in Ukraine's Lugansk during last two months – OSCE


 日本では、ロシアのプーチン大統領が来日するというのでいろいろな意味で大きな話題になっています。アメリカでも、トランプ氏が次期アメリカ大統領に選ばれたにもかかわらず、相変わらず大手メディアもオバマ政権も、「トランプはロシアの操り人形だ」「トランプ氏はロシアからのハッカー攻撃で大統領になることができた」という主張をくずしていません。
 アメリカ金融街・アメリカ特権階級(いわゆる「ネオコン」の勢力)は、あらゆる口実を使って選挙を無効化して、何としてもトランプ氏を大統領の座から引きずり下ろそうとしているのでしょう。
 ロシアとプーチン大統領を悪魔化して、ロシアを戦争に引きずり込みたい勢力にとっては、「ロシアと手をつないでテロリスト=イスラム原理主義勢力を打ちのめすべきだ」と主張するトランプ氏が大統領になってもらったら困るわけです。シリアの大都市アレッポに平和が訪れてもらった困るわけです。
 *Peace in Syria - it's the last thing the US wants
  「シリアにおける平和――アメリカが絶対に望まないこと」
そこで今回のブログは、プーチンの来日を機会に、「プーチンとは誰か」を書こうと考えたのですが、すでに書いた記事を読み直していたら、いま読んでもまったく古くなっていないように思いましたので、以下に再録させていただくことにしました。ご了解いただければ幸いです。

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平和研究(2014/07/21)

 イスラエルによるガザ攻撃が激化する中で、今度は内戦地帯のウクライナ東部上空でマレーシアの民間航空機がミサイルで撃墜され乗客全員が死亡するという事件が起きました。
 イスラエル政府による「民族浄化」は世界中で良識ある人々の反発と抗議の声を呼び起こしましたが、ウクライナ政府による「民族浄化」は今のところ世界の良識ある人々の関心から遠く離れたところにあるようです。
 それどころか、事件直後にオバマ政権は、これはロシアに支援されたウクライナ分離主義者たちの仕業と断定する声明を発表しました。しかもそれを証拠づける盗聴記録まで提出するという手際の良さです。
 しかし、この盗聴記録は幾つかの録音音声をつなぎ合わせただけのずさんなもので、何の証拠にもならないことがすぐに分かりました。その他にもウクライナ政府が答えるべき多くの疑問が出されています。
Unverified tape released by Kiev presented as ‘proof’ E. Ukraine militia downed MH17
Malaysia MH17 crash: 10 questions Russia wants Ukraine to answer(ウクライナ政府が答えるべき10の疑問)

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 そもそもロシアや反キエフ勢力にとって、マレーシアの民間航空機を撃墜して何の利益になるでしょうか。ロシアをウクライナの内戦に引きずり込みたいとねらっているアメリカやNATO軍に、ロシア攻撃への攻撃の口実を与えるだけです。
 他方でアメリカはベトナム戦争のときのトンキン湾事件を見れば分かるように、自分で自分の軍艦を攻撃しておきながらそれを相手のせいにして戦争を始める国であることは、これまでに幾つも実証済みのことです。
 ですから、嘘をついて始めたイラク戦争のとき結局はブッシュ氏が大恥をかいたように、今度もオバマ氏が大恥をかくことになるだろうと私は予測しています(その根拠となる資料は英文のものが多いので、ここでは割愛します)。
 イラクに大量破壊があるという理由で戦争を始めたアメリカ、アサド政権が化学兵器を使ったという口実でシリア爆撃を開始しようとしたアメリカのことですから、今度のことも、オバマ氏の言い分を本気にしたひとはアメリカ人以外にはあまりいなかったかも知れません。
 それでもアメリカの忠実なプードル犬として行動する政府をかかえる国では、大手メディアも政府見解と大同小異のことが多いので、日本人も一般のアメリカ人と同じ感覚で現在の事態を見ているのではないでしょうか。そこで参考のために今のところ日本語で読める記事として「マスコミに載らない海外記事」の下記翻訳をあげておきます。
Paul Craig Roberts「経済制裁と旅客機と」
Tony Cartalucci「“ロシアのウクライナ侵略”を待ち望むNATO」(2014年7月15日)

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戦争プロパガンダ10の法則

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 アンヌ・モレリ『戦争プロパガンダ10の法則』(草思社、2002)という本の中で、戦争したいひとたちは「敵の指導者は悪魔のような人間だ」と相手を悪魔化することが常道だと述べています。
 確かにそのとおりで、イラク戦争のときはフセイン大統領を、リビア爆撃のときはカダフィ大佐を、シリア攻撃ではアサド大統領を悪魔化して、アメリカは戦争を始めたり反乱軍を支援したりしました。
 そして今のウクライナ危機では、すべての原因をプーチン大統領に負わせることがアメリカ政府の戦略であり、大手メディアもこれに同調してきました。
 確かにプーチン氏はオバマ氏に憎まれても仕方のない理由が幾つもあります。
 その第一がエドワード・スノーデンの亡命を一時的であれ認めたことでしょう。アメリカの恥部を暴露し続けるスノーデン氏をかくまい続けているのですから、オバマ氏にとっては腸(はらわた)が煮えくりかえる思いだったに違いありません。
 またロシアがシリアのアサド政権を説得して「化学兵器の引き渡しと廃棄」を約束させたことも、アメリカによるシリア爆撃の口実を完全に失わせることになり、これもオバマ氏のとっては実に屈辱的なことでした。
 さらにオバマ氏を怒らせた最大のものは、最近ブラジルでおこなわれたばかりのBRICSサミットだったかも知れません。ロシアや中国が中心になって、IMFやWB(World Bank)とは別の金融機関を独自に設立すると発表したからです。 
 オバマ氏は、これまでにもロシアにたいする経済制裁を何度も発動してきたのですが、プーチン氏はこのような攻撃にもひたすら耐え続けて、国内では支持率が高まっているのに反して、オバマ氏の国内での支持率は減る一方だからです。
 しかも上記のような世界銀行ができれば、これまでのような経済制裁もあまり効果がなくなります。だからこそ、プーチン氏を悪魔化することはオバマ氏にとっては、緊急かつ必要欠くべからざる作業だったとも言えるでしょう。

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 実を言うと、私は今までプーチン氏をあまり好きではありませんでした。元大統領ブッシュ・シニアはCIA長官だったので、同じようにKGB出身のプーチン氏に好感が持てなかったのです。
 またプーチン氏がチェチェンの独立運動を弾圧するやりかたも、当時、BSドキュメンタリーを見ているかぎりでは、かなり残酷なもので、これも私の印象をかなり悪くしていました。
 しかし、アメリカとNATOがリビアにたいして残酷な攻撃を加えるころになってから私のロシアにたいする見方が少し変わってきました。プーチン氏が、アメリカにたいしてものを言うべきときにはきちんとものを言える人物だと分かったからです。
 私がプーチン氏にたいして決定的に見方を変えるようになったのは、シリアの化学兵器にたいする氏の対応と、アメリカからの反発を覚悟しながらもスノーデン氏を亡命者として受け入れるようになってからです。
 ウクライナ危機についても、オバマ氏がロシアを軍事力や経済制裁で脅迫してもそれを外交力で切り抜けていくプーチン氏の対応は、私の目から見るとなかなか見事だと思えました。ロシア議会が「武力を行使することも選択肢に入れろ」とプーチン氏に要求しても、その議決をとりさげるよう要請したことに、それはよく現れています。シリアの化学兵器にたいするオバマ氏の対応と正反対です。
 またナオミ・クライン『ショック・ドクトリン』(岩波書店、2011)を読んで、さらに気づいたことがあります。それは、旧ソ連が崩壊して、そこにアメリから乗り込んできた新自由主義(弱肉強食資本主義)がロシア経済をズタズタに引き裂き多くの失業者や自殺者を出したあと、その経済を立て直して現在のレベルまで引き上げたのがプーチンだったということです。

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Sharon Tennison sm
Sharon Tennison 女史
http://www.globalresearch.ca/who-is-vladimir-putin-why-does-the-us-government-hate-him/5381205

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 もう一つ紹介して置きたいのが『アジア記者クラブ通信』2014年6月号です。ここに載っていた次の記事で私は今まで知らなかったプーチン像を発見しました。
「プーチン登場の意義と背景―戦争を仕掛ける米国の闇の権力への果たし状」
(『通信』16-20頁)
 この記事の英語原文は下記にあります。
The Real Vladimir Putin(05/05/2014)
 ただし、調べてみると、このなかで紹介されているシャロン・テニソン女史の小論「素顔のウラジミール・プーチン」は下記からの引用でした。
RUSSIA REPORT: PUTIN
by Sharon Tennison、April 21, 2014
 アメリカ人であるテニソン女史は 、1980年代の初期、冷戦の最中に、米露の緊張関係を少しでも和らげようと起ち上げた市民団体Center for Citizen Initiativesの創立者です。 この記事は30年以上ロシアに在住して活動してきた彼女が、自分の知り得たかぎりでのプーチン像を語ったもので、私には初めて知る事実も少なくありませんでした。
 彼女はソ連が崩壊してから2年後の1992年に、サンクトペテルブルグで市役所の職員だった若きプーチンと初めて出会っています。それから、どのように彼と交流し、どのように彼への見方が変わってきたのかを詳細に述べています。
 「ソ連崩壊後、汚職の臭いのしない初めての大統領」という彼女の記事は、私のプーチン像を大きく変えてくれました。
 さらに調べてみたら、ほぼ上記とほぼ同じものが、「プーチンとは誰か」「なぜアメリカ政府は彼を憎むのか」と題名を変えて下記にも転載されていることが分かりました。
Who is Vladimir Putin? Why Does the US Government Hate Him?
Global Research, May 08, 2014
 この記事を読むと、欧米(そして日本)の大手メディアがいまだに「ロシア=ソ連」「プーチン=スターリン」という既成イメージを土台にして記事を書いていることがよく分かります。アメリカ政府の広報官と何も変わらないのです。

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 しかし私はいまだに、プーチンという人物を「十分に知っている」と言えるほど、知っているわけでもありません。
 とはいえ、映画監督オリバー・ストーンが「羊の皮をかぶった狼」と呼び、消費者運動の旗手ラルフ・ネーダーが「稀代の詐欺師(conman)」と呼んでいるオバマ大統領よりは、プーチン氏のほうがはるかに信頼できる人物であることだけは確かでしょう。
 また前回のブログで紹介したとおり、チョムスキーが「戦争犯罪・超国際犯罪の世界的指導者だ」と呼ぶアメリカよりも、ロシアの方が危険な国家ではないことも、確かだろうと思っています。
America Is the World Leader at Committing ‘Supreme International Crimes’(2014/07/09)
 ですから、チョムスキーが「世界を脱アメリカ化せよ」「世界を "アメリカという脅威" から救え」と呼びかけているのを読むと、「言われれば本当にそのとおりだ」と思うのです。そのほうが、はるかに世界は安全な場所になるからです。
翻訳チョムスキー「世界の脱アメリカ化」(2013/11/05)
翻訳チョムスキー「世界を "アメリカという脅威" から救う」(2014/02/07)

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 ノーベル経済学賞を受けたジョセフ・E・スティグリッツ氏も、最近ブラジルでおこなわれたばかりのBRICSサミットでIMFや世界銀行に代わる新しい金融機関が提案されたことを歓迎すると述べました。これも「世界の脱アメリカ化」のあり方のひとつでしょう。
Nobel Economist Joseph Stiglitz Hails New BRICS Bank Challenging U.S.-Dominated World Bank & IMF
 世界銀行の上級副総裁およびチーフエコノミストでもあった氏が、自分の体験をとおしてドルが支配する世界の悪を知ったからでしょうか。氏の著書『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』(徳間書店、2002)の題名がそれをよく示しています。
 ところが安倍政権は相変わらずアメリカの指し示す方向のみに付き従い、「脱アメリカ化」どころか、「グローバル人材を育成せよ」と叫びながら、大学から英語以外の外国語を駆逐し、共通教育や専門科目まで「英語でおこなう」という「英語一極化」の教育政策を推進しています。
 これでどうして「多極化」「脱アメリカ化」しつつある世界を乗り切っていけるのでしょうか。これでは日本の未来はありません。アメリカが世界中で拡大する紛争・戦争に、Cannon Fodder「砲弾よけの兵士」として使われるだけでしょう。

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<註> 『戦争プロパガンダ10の法則』
(1)我々は戦争をしたくない。
(2)しかし、敵側が一方的に戦争を望んだ。
(3)敵の指導者は悪魔のような人間だ。
(4)我々は領土や覇権のためではなく、偉大な使命のために戦う。
(5)我々も誤って犠牲を出すことがある。だが、敵はわざと残虐行為におよんでいる。
(6)敵は卑劣な戦略や兵器を用いている
(7)我々の受けた被害は小さく、敵に与えた被害は甚大。
(8)芸術家や知識人もこの戦いを支持している。
(9)我々の大義は神聖なものである。
(10)この戦いに疑問を投げかける者は裏切り者である。


ジョン・ピルジャー「タリバンを育てたアメリカ」その3

国際教育2016/09/30、ジョン・ピルジャー、タリバン(神学生)、ムジャヒディン(聖戦士)、アフガン人民革命1978、ズビグニェフ・ブレジンスキー、「サイクロン作戦」

カーター「人権」大統領とブレジンスキー(写真中央)
brzinskiCarter.jpg
http://www.bibliotecapleyades.net/sociopolitica/sociopol_brzezinski06.htm


前回と前々回のブログで、ジョン・ピルジャーの論考を紹介しながら、英語教育の現場で、ノーベル平和賞受賞者マララの受賞演説を使うことの意味を考えてきました。
 前回のピルジャーの論考を読むと、次のような驚くべき事実が「ムジャヒディンとタリバンの誕生」の裏に隠されていたことが分かります。

(1)王制独裁国家を革命によって放逐して生まれた新生世俗国家アフガンの問題点は、この革命に旧ソ連が関与した事実はなかったにもかわらず、それをソ連のしわざだとして、アメリカは政権転覆をはかった。
(2)旧ソ連はいわゆる「共産主義国家」だから、改めて「悪魔化」する必要はなかった。アメリカでは共産主義を「悪の権化」とする宣伝が行きわたっていたからである。だから喜劇俳優として有名だったチャプリンすら共産主義者としてアメリカから放逐された。
(3)今ではノーベル平和賞の受賞者として「人権大統領」と呼ばれているジミー・カーターが、実は、アフガニスタンで最初の世俗的非宗教的な進歩政権(つまりイスラム原理主義に基づかない政府)を打倒する秘密工作にゴーサインを出した。
(4)この秘密工作の立案者ズビグニェフ・ブレジンスキー国家安全保障問題担当補佐官の本音は、アフガンの進歩政権が打ち出す政策が成功したならば、それが近隣諸国の「前例となる可能性」があり、アメリカにとって脅威になると考えられたからだった。
(5)ブレジンスキーの計画は、中央アジア全体にイスラム原理主義を広げることでソ連を「不安定化させ」、彼が回想録に書いている言葉でいえば、「ムスリムの反乱」を創りだすことだった。
(6)カーター大統領が秘密転覆工作を許可したのは、一九七九年七月三日であり、ソ連がアフガンの進歩的政権から要請を受けてアフガニスタン侵攻したのは、それから六か月後のことだった。こうしてソ連はブレジンスキーの罠にはまり、崩壊の一因となった。
(7)つまり、ソ連がアフガンを侵略したから、アメリカが原理主義勢力(ムジャヒディン諸派)を支援したのではなかった。大量の資金援助・武器援助と軍事訓練を受けた原理主義勢力に耐えかねてアフガン政府がソ連に援助を要請したのだった。
(8)一九八六年にCIA長官ウィリアム・ケーシーは、パキスタン情報機関ISIが世界中から若者を募集してアフガニスタンの「聖戦」に参加させるという計画の実施を支援した。一九八二年から一九九二年までの間に十万人の若者がパキスタンで訓練された。
(9)パキスタンでは、CIAと英国のMI6によって「イスラム聖戦士」の訓練キャンプが運営され、英国のSAS(陸軍特殊空挺部隊)が未来のアルカイダやタリバンの戦士たちに爆弾製造技術を初めとして、さまざまなテロ技術を訓練した。
(10)ニューヨークのブルックリンにあるイスラム大学でリクルートされた学生は、ヴァージニア州のCIAキャンプで準軍事的な訓練を受けた。これは「サイクロン作戦」と名づけられていた。

 以上のような事実は日本の大手メディアで全く報じられることはありませんでしたから、多くの日本人はその事実を知りません。恥ずかしながら、この私もピルジャーの本『世界の新しい支配者たち』を読むまでは、知らなかった事実が多くありました。
 たとえば、アフガンの政権転覆のため、イスラム聖戦士の勧誘と訓練がパキスタンの情報機関ISIによっておこなわれ、それにCIAだけでなく英国の情報機関MI6とSAS(陸軍特殊空挺部隊)が関わっていたことです。
 これは、英国がアメリカの番犬(プードル犬)と化していることを彷彿とさせるものでした。かつての大英帝国が今はアメリカの手下として働いているわけで、かつての大日本帝国が今はアメリカの番犬になっている実態とイメージが重なってきます。
 もっと驚いたことは、「サイクロン作戦」と名付けられた軍事訓練で、ニューヨークのブルックリンにあるイスラム大学で勧誘された学生が、ヴァージニア州のCIAキャンプで準軍事的な訓練を受けたという事実でした。アメリカは国内で仕入れたテロリストをアフガンに輸出していたのです!
 今もシリアでは、外国(サウジアラビアを初めとする湾岸の独裁王制国家およびアメリカとNATO諸国)から次々と原理主義集団や特殊部隊が送り込まれていて、それにアサド政権が耐えかねてロシアに支援を要請して新しい展開が始まっているわけですが、これもロシアをシリア内戦に引きずり込んで崩壊させる作戦の一環かも知れない、との疑いも出てきます。
 当時のアフガニスタンでは、原理主義集団一派の頭目、たとえばグルブディン・ヘクマティヤルのような男たちは、CIAから数百万ドルを受け取り、「大麻の取引」と「ベール着用を拒んだ女性の顔に酸をかけること」を特技としていたにもかかわらず、彼は、一九八六年、ロンドンに招かれて、サッチャー首相から「自由の戦士」として賞賛されていたのです。
 これもアメリカやNATO諸国のいう「人道主義的介入」「人道的軍事主義」の実態がいかなるものであったか、それを如実に示す例のひとつですが、同じことはシリアでも展開されました。化学兵器でシリア国民を残酷に殺傷しておきながら、その責任をアサド政権になすりつけるという離れ業を演じています。(イラクの大量破壊兵器と同じように、この嘘もすぐに暴露されてしまいました。)
 それはともかく、一九九二年、人民民主党政権が最終的に崩壊したとき、西欧のお気に入りの軍閥の首領グルプディン・ヘクマティヤルは、アメリカが供給したミサイルの雨をカブールに降らせ、二千人を殺戯し、他の派閥も最終的に彼が首相となることを承認しました。
 こうして、人民民主党政権が続いた一九七八年から一九九二年の間に、ワシントンは四〇億ドルをムジャヒディン(イスラム聖戦士)の各派に注ぎ込んだのでした。
 ちなみに、一九八九年にソ連軍がアフガニスタンを撤退した後になっても、アメリカはパキスタンを拠点にして、原理主義集団にさまざまなテロ技術の訓練を続け、ソ連が崩壊したのは一九九一年のことでした。
 そして、ソ連からの援助を失った人民民主党政権が最終的に崩壊したのは、ソ連崩壊の翌年、すなわち一九九二年で、政権最後の大統領モハメッド・ナジブラーの末路は、ピルジャーによれば、次のような、ひとをゾッとさせるようなものでした。公開処刑による惨殺です。
 「人民民主党の最後の大統領、モハメッド・ナジブラーは、国連総会に対して必死に助けを求め、カブールの国連施設の敷地内に避難した。ナジブラーは、一九九六年にタリバーンが政権を樹立するまで、その国連施設にとどまっていた。タリバーンは、このナジブラーを街灯に縛り首にした。」

<註> 私がアフガンを訪れたのは、二〇〇三年の八月二〇~三〇日のことでした。ちょうどアメリカによる空爆が終わってアフガンに一時的な平和がもどってきた時でした。元UNESCO職員だった千葉氏(学会理事、国際基督教大学ICU教授)が企画・引率した日本国際理解教育学会のスタディツアーに参加したのです。
 そのとき、千葉氏の教え子が、国連総合開発計画(UNDP:United Nations Development Programme)の職員として、アフガンの首都カブールの事務所に勤めているというので表敬訪問しました。話が偶然タリバン政権が出来る前のことに移ったとき、「ここで当時の大統領ナジブラーが縛り首にされたんですよ」という説明がありました。
 その頃の私は、アフガンがたどってきた歴史に疎くて、何のことかよく分からなかったのですが、いまピルジャー記者の上記説明を読んで、そのときのことがありありと記憶によみがえってきたのでした。私のアフガン訪問記は下記にありますので。興味がある方は参照ください。

アフガニスタン訪問記(1) 8月20-21日
http://takalab.web.fc2.com/afgan20030820.pdf
アフガニスタン訪問記(2) 8月23-25日
http://takalab.web.fc2.com/afghan2international3education031025.pdf
アフガニスタン訪問記(3) 8月26-29日
http://takalab.web.fc2.com/afghan3.pdf


 もうひとつ私がここで特筆しておきたいのは、ムジャヒディンと呼ばれるイスラム原理主義集団をつくりあげたブレジンスキーが、その結果として、アフガンだけでなく中東一帯(ひいては現在のNATO諸国)の、現在の混乱状態をつくりあげた責任をまったく自覚していないことです。
 たとえば、ブレジンスキーは、「アフガンのイスラムはワシントンが作り上げた」ことを認めつつ、フランスの「ラ・ヌーヴェル・オブゼルヴァチュール紙」(一九九八年一月十五~二十一日)のイタビューに答えて次のように語っているのです。

 Q: ソ連が、軍事介入はアメリカのアフガニスタンへの秘密工作と戦うために正当であると名言した時、だれもその言い分を信じなかった。しかし、それは基本的に真実を含んでいたのですね。今、何か後悔するところはないのですか?
  ブ: 何を後悔しろと? 秘密作戦はすばらしいアイディアだった。結果として、ソ連をアフガンの罠へと引き寄せたのだ。それを後悔しろと? ソ連が公式に国境線を越えた日に、私はカーター大統領へ、こう手紙を書いた。「今、ソ連に彼らのベトナム戦争を始めさせるチャンスを得ました。」事実、それからほぼ10年に渡って、モスクワは自国の政府の手に負えない戦争を遂行しなければならなくなった。対立はソ連帝国を混乱におとしいれ、最終的に崩壊をもたらした。
 Q: イスラム原理主義を支持したことも、未来のテロリストに武器と助言を与えたことも後悔していないのですね。
 ブ: 世界史にとって、一番大事なのは何か。タリバンと、ソ連帝国の崩壊のどちらが大事だ? 訳のわからんイスラム教徒と、中央ヨーロッパの解放・冷戦の終結のどちらだ?
 http://www.ne.jp/asahi/home/enviro/news/peace/blum-J


 アメリカとNATO軍がユーゴ爆撃を開始し(一九九九年二月二十四日)たくさんの死傷者を出して、ユーゴは解体に追い込まれたのですが、ユーゴスラビアを「悪魔化」する宣伝が一九九二年から始まっていたことは、以前の下記ブログで紹介しました。
「戦争が先、口実は後 ―― 元ユーゴスラビア大統領ミロシェヴィッチへの無罪判決は何を語っているか(続)」 http://tacktaka.blog.fc2.com/blog-entry-270.html (2018/09/14)
 このユーゴの場合と同じように、アフガンの場合もソ連が軍事侵攻したから、アフガン民衆の抵抗運動を支援するために、イスラム原理主義集団を傭兵として組織し、戦闘に従事させたわけですが、「秘密工作は成功した。そのどこが悪い?」とブレジンスキーは強弁しています。
 何度も言いますが、「戦争がさき、口実はあと」なのです。戦争を起こしアメリカの世界制覇を実現するのが目的であり、戦争の口実はあとでつくられるのです。というよりも、戦争をおこすための口実づくりは、その五年も一〇年も前から始まっているのです。先にも述べたとおり、ユーゴスラビアを「悪魔化」する宣伝は七年前の一九九二年から始まっていました。
 ブレジンスキーは、彼のいう「訳のわからんイスラム教徒」が、その後、タリバンとなり、女性でも大学に行ける国を作り始めていたのに、それを真っ向から破壊したこと、彼がサウジアラビアなど中東の王制独裁国家だけでなく東アジアなど世界各地から若者を勧誘した原理主義集団のなかに、有名なビン・ラディンも入っていたことはまったく眼中に入っていないようです。
 「一九八六年にCIA長官ウィリアム・ケーシーは、パキスタン情報機関ISIが世界中から若者を募集してアフガニスタンの「聖戦」に参加させるという計画の実施を支援した。一九八二年から一九九二年までの間に十万人の若者がパキスタンで訓練された。」(ピルジャー)
 もっとも、ビン・ラディンは、CIAの要員であったらしいこと、ブレジンスキーが計画し組織したイスラム原理主義集団は、のちに「アル・カイダ」と呼ばれるものになるわけですが、これも実は、イギリスのロビン・クック元外相によれば、「CIAから訓練を受けた「ムジャヒディン」のコンピュータ・ファイルであり、戦闘集団ではない」ということは、今では少しずつ世間に知られるようになってきています。
 たとえば櫻井ジャーナル(2016.06.20)は次のように書いています。

 現在、アメリカが「穏健派」扱いしているアル・カイダ系武装集団だが、2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターとワシントンDCの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃された(9/11)直後、ジョージ・W・ブッシュ政権は「アル・カイダ」なるものが実行したと断定、「テロリスト」の象徴にした。
 しかし、イギリスのロビン・クック元外相が指摘したように、「アル・カイダ」とはCIAから訓練を受けた「ムジャヒディン」のコンピュータ・ファイル(*1)であり、戦闘集団ではない。アル・カイダはアラビア語で「ベース」を意味、「データベース」の訳としても使われている。つまり、傭兵の登録リストだ。そうした意味で、ダーイッシュも実態は同じ。
 リビアで地上軍の主力だったのはアル・カイダ系武装集団のLIFG(*2)だったが、シリアの場合はアル・ヌスラが中心。ただ、リビアのムアンマル・アル・カダフィ体制が2011年10月に倒された直後から戦闘員と一緒に武器/兵器をシリアへ運んでいるので、実態は同じ。つけられたタグが違うだけだ。アメリカ軍の情報機関DIA(国防情報局)で2012年8月に作成された報告書(*3)によると、アル・ヌスラはAQIがシリアで活動するときに使う名称にすぎない。

(*1)http://www.theguardian.com/uk/2005/jul/08/july7.development
(*2)http://www.telegraph.co.uk/news/worldnews/africaandindianocean/libya/8407047/Libyan-rebel-commander-admits-his-fighters-have-al-Qaeda-links.html
(*3)https://www.judicialwatch.org/wp-content/uploads/2015/05/Pg.-291-Pgs.-287-293-JW-v-DOD-and-State-14-812-DOD-Release-2015-04-10-final-version11.pdf


 つまり私がここで言いたかったのは、以上のような事実を見れば分かるように、アフガンやパキスタンで、タリバンが跋扈(ばっこ)して女子教育を脅かしているのは、実はタリバンのせいではなく、アメリカが元凶だということです。
 そのことを抜きに授業でマララの国連演説やノーベル賞受賞演説をとりあげることは、二重の意味で危険性を伴うということです。
 第一は、アフガニスタンではアメリカが育てたムジャヒディン(それ軍撤退のあと内乱となり、彼らの一派がタリバンになる)が、アフガンでは人民民主党政権のもとで女性でも大学に行けるようになっていた事実を覆い隠す役割を果たす危険性があるということです。
 第二は、アメリカが育てたイスラム原理主義勢力が人民民主党政権を崩壊させ、そのあとに、グルブディン・ヘクマティヤルのような男が首相になることを認めてアフガンを引き払ったのです。
 ピルジャーは先の翻訳でも紹介したように、次のように書いていました。
 「ワシントンは地球上でもっとも残虐な狂信者の一部とのファウスト的な取引を始めたのだった。グルブディン・ヘクマティヤルのような男たちがCIAから数百万ドルを受け取ったのである。ヘクマティヤルの特技は、大麻の取引と、ベール着用を拒んだ女性の顔に酸をかけることだった。」
 ところがマララ演説を教材にすることは、このような事実を逆に描き出すことになりかねません。このような残虐な勢力と戦うためにアメリカとNATO軍はアフガンに駐留し、無人爆撃でテロリストを攻撃しているのだという筋書きが、無意識のうちに生徒の脳裏にすり込まれていく恐れがあるからです。
 もちろん優れた英語教師ならば、このマララ演説を逆に利用することによって、いま世界が置かれている現実を鋭く見抜く生徒を育てる最高の機会にするかも知れません。しかし現場教師が置かれている労働環境は極めて厳しく、以上で述べてきたような事実を調べたり、そのような資料をつくって配布する時間的ゆとりがほとんどありません。
 この私の紹介した翻訳、そしてこの私の拙い(つたない)解説が、そのためのささやかな資料として役立つことを願ってやみません。
 
<註1> 国際教育総合文化研究所「寺島研究室HP」には次の資料も載せてあります。時間と興味がある方は、ぜひ覗いてみてください。
Peaceful Tomorrows(編)、岩間龍男・寺島隆吉(訳)『アフガニスタン 悲しみの肖像画:米国の爆撃による罪のない民間人犠牲者たち』の出版解説、

<註2> フランスの「ラ・ヌーヴェル・オブゼルヴァチュール紙」による、カーター元大統領の国家安全保障問題特別担当補佐官だったジノビエフ・ブレジンスキーへのインタビュー(1998年1月15~21日)の翻訳全文は下記に載っています。
ブレジンスキー氏 「アフガンのイスラムはワシントンが作り上げた」



ジョン・ピルジャー「タリバンを育てたアメリカ」その2

国際教育2016/09/30、タリバン(神学生)、ムジャヒディン(聖戦士)、アフガン人民革命1978、大統領補佐官ズビグニェフ・ブレジンスキー、「サイクロン作戦」

 ズビグニェフ・ブレジンスキー
ブレジンスキーブレジンスキー&ビン・ラディン
(右側写真) 銃を持つビン・ラディンと並んで立つ、ブレジンスキー
http://www.bibliotecapleyades.net/sociopolitica/sociopol_brzezinski06.htm


 前回のブログでは、1978年にアフガンで王制独裁国家を倒す革命が起きたことを紹介しました。それは、ピルジャーによれば、「あらゆる意味で幅広い人民の革命」でした。そして新しい政権のもとでは次のような明るい光景が広がっていました。
 「女子でも皆、高校にも大学にも行けた。どこにでも行きたいところに行き、着たいものを着ることができた……。喫茶店にでも行けたし、金曜日には最新のインド映画を見に映画館に行くことも、最新のヒンドゥー語の音楽を聴くこともできた。」
 「新政権は貧困地域には無料医療を導入した。強制労働は廃止され、大規模な識字運動が開始された。女性たちとっては、これまでに聞いたことのないような前進だった。一九八○年代後半には、大学生の半数が女性となった。アフガニスタンの医師の四〇パーセント、教員の七〇パーセント、公務員の三○パーセントは女性になった。」
 これを革命以前の次のような状態と比べてみてください。
 「部族主義と封建制のもとで、平均寿命は三五歳、幼児の三人に一人は死亡した。識字人口は、人口の九パーセントだった。」
 しかし、できたばかりの新政権は、「男女平等、宗教の自由、少数民族への権利、農村における封建制の廃止など、これまでは認められていなかった諸権利の承認を含む新しい改革計画」を発表したのでした。
 その結果として現出したのが冒頭で紹介したような明るい光景でした。ところが、アメリカが育てあげたムジャヒディン(聖戦士)と呼ばれるイスラム原理主義集団が、新政権と戦って勝利し始めると、一転して次のような暗い光景が広がり始めたのでした。
 「ムジャヒディーンが勝利し始めると、こうしたことすべてが悪いことになった……。教師を殺し、学校を燃やした……。私たちは怯えた。こうした人たちのことを西欧が支援していたのは滑稽だし、悲しいことだった。」
 では、アメリカは何故どのようにしてムジャヒディンを育て上げ、彼らにどのように資金援助や武器援助をしたのでしょうか。以下のピルジャー記者の説明をよく読んでいただきたいと思います。



「イスラム原理主義集団を育てたアメリカ」(下)
(ジョン・ピルジャー『世界の新しい支配者たち』岩波書店、2004:194-200頁)

人民民主党政権の問題は、ソ連の支援を受けていた、ということだった。その中央委員会はスターリニスト的ではあったが、西欧で言われていたような「傀儡政権」ではなかったし、当時の西側のプロパガンダが主張したようにソ連に支援されたクーデタでもなかった。カーター大統領時代のサイラス・バンス国務長官が回想録のなかで、「クーデタにソ連が関与したという証拠は何もなかった」と認めている。
 カーター政権のもう一人の実力者だったズビグニェフ・ブレジンスキー国家安全保障問題担当補佐官は、アメリカのベトナムにおける屈辱を挽回する必要があったと考えており、ポスト・コロニアルの解放運動の前進は、世界中どこでもアメリカに対する挑戦となったと考えた。そのうえ、アングロ・アメリカは、中東と湾岸における最良の取引相手だった王制独裁国家イランを、「防衛する」必要があった。アフガニスタンが人民民主党のもとで成功したならば、それが「前例となる可能性」があり、脅威になると考えられた。
 一九七九年七月三日、アメリカの世論にも議会にも知られないまま、カーター大統領はムジャヒディーン(聖戦士)として知られる部族グループを支援するために五億ドルの秘密工作計画を許可した。その目的はアフガニスタンで最初の非宗教的な進歩政権を打倒することだった。冷戦時代の神話とは逆に、ソ連のアフガニスタン侵攻とは何の関係もなかった。ソ連がアフガニスタン侵攻したのは、それから六か月後のことだった。
 実際、ソ連がアフガニスタンに対して決定的な行動に出るのは、部族主義義的、宗教主義的な「テロリズム」に対応するためだったということをすべての証拠が示している。ちょうどアメリカが二〇〇一年一一月の侵攻を正当化するときに使った「テロリズム」と同じ類いのものだった。[したがってソ連のアフガニスタン侵攻が悪であれば、同じようにアメリカによるイラク侵攻は非難されねばならなかった。]
 ところが、一九九八年のインタビューのなかで、ブレジンスキーはアメリカの役割についてワシントンが嘘をついていたことを認めている。
 「歴史の公式解釈では、ソ連軍がアフガニスタンに侵攻した後の一九八○年にCIAがムジャヒディーンを支援したことになっている……。しかし実際には、今日まで秘密にされてきたが、まったく逆だった。」
 一九七九年八月に、カブールの米大使館は次のように報告している。
 「アメリカによるムジャヒディーンの支援によって、アフガニスタンの将来の経済的、社会的改革がどのように遅れようとも、(人民民主党政権の)消滅によって、アメリカに大きな利益がもたらされるだろう」

 こうして、ワシントンは地球上でもっとも残虐な狂信者の一部とのファウスト的な取引を始めたのだった。グルブディン・ヘクマティヤルのような男たちがCIAから数百万ドルを受け取ったのである。
 ヘクマティヤルの特技は、大麻の取引と、ベール着用を拒んだ女性の顔に酸をかけることだった。彼は、一九八六年、ロンドンに招かれて、サッチャー首相から「自由の戦士」として賞賛された。人民民主党政権が続いた一九七八年から一九九二年の間に、ワシントンは四〇億ドルをムジャヒディーンの各派に注ぎ込んだ。

 ブレジンスキーの計画は、中央アジア全体にイスラム原理主義を広げることで、ソ連を「不安定化させ」、彼が回想録に書いている言葉で言えば、「ムスリムの反乱」を創りだすことだった。ブレジンスキーの壮大な計画は、パキスタンの独裁者、ジヤ・ウル・ハック将軍の、この地域を支配したいという野望とも合致した。
 一九八六年にCIA長官ウィリアム・ケーシーは、パキスタンの情報機関ISIが世界中から人をリクルートしてアフガニスタンのジハードに参加させるという計画の実施を支援した。一九八二年から一九九二年までの間に十万人のイスラム兵士がパキスタンで訓練された。
 作戦要員は、最終的にはタリバーンやオサマ・ビン・ラディンのアルカイーダに加わることになる(タリバーンとは「神学生」「神学校の生徒・学生」を意味している)。
 ニューヨークのブルックリンにあるイスラム大学でリクルートされた学生は、ヴァージニア州のCIAキャンプで準軍事的な訓練を受けた。これは「サイクロン作戦」と名づけられていた。
 他方、パキスタンでは、ムジャヒディーンの訓練キャンプが、CIAと英国のMI6によって運営され、英国のSAS(陸軍特殊空挺部隊)が未来のアルカイーダやタリバーンの戦士たちに爆弾製造技術を初めとして、さまざまなテロ技術を訓練していた。これは、一九八九年にソ連軍がアフガニスタンを撤退した後になってもずっと続いていた。

 一九九二年、人民民主党政権が最終的に崩壊したとき、西欧のお気に入りの軍閥の首領、グルプディン・ヘクマティヤルは、アメリカが供給したミサイルの雨をカブールに降らせ、二千人を殺戯し、他の派閥も最終的に彼が首相となることを承認した。
 人民民主党の最後の大統領、モハメッド・ナジブラーは、国連総会に対して必死に助けを求め、カブールの国連施設の敷地内に避難した。ナジブラーは、一九九六年にタリバーンが政権を樹立するまで、その国連施設にとどまっていた。タリバーンは、このナジブラーを街灯に縛り首にした。


 翻訳の紹介はここまでです。ただし上記の翻訳は、読みやすくするため、私による改訳改行を加えてあります。
 次回のブログでは、以上のピルジャー論考を元にして、マララ演説を英語教育の教材として使うことの意味を、もういちど考えてみたいと思います。


ジョン・ピルジャー「タリバンを育てたアメリカ」 その1

国際教育2016/09/29、ジョン・ピルジャー、タリバン(神学生)、ムジャヒディン(聖戦士)、王制独裁国家アフガン、アフガン人民革命1978、アフガン人民民主党(PDPA)

ジョン・ピルジャー
ピルジャーとウィキリークスの創始者アサンジ

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*ジョン・ピルジャーとジュリアン・アサンジは、二人ともオーストラリア国籍で英国在住
(アサンジは、ロンドンのエクアドル大使館に亡命したが英国政府によって幽閉状態に追い込まれている)



 いま英語教育の現場では、タリバンによって頭を撃ちぬかれたマララ・ユスフザイさんのノーベル平和賞受賞演説(&国連演説)が検定教科書にも採録され、教材として使われています。
 つい先日も知り合いの英語教師から「マララ演説を授業で使いたいのだが何かアドバイスを」というメールをいただきました。
 しかし、彼女の演説が教材として使われることは、ひとつの危険性を伴います。
 というのは、彼女の演説が広まれば広まるほど、アメリカに主導されたNATO軍がアフガニスタンに居座ること、アメリカが無人爆撃機Droneで民間人を殺戮していることが、あたかも正当であるかのように若者の頭脳に定着しかねないからです。
 事実、アメリカがイラクを侵略したときも、リビアを爆撃し破壊したときも、そして今はシリアに介入する口実としても、チョムスキーの言う「人道的軍事主義」が使われているからです。ユーゴスラビアにたいする爆撃・解体のときも全く同じだったことは、先のブログで紹介したとおりです。
 その一方で、肝心のアメリカがムジャヒディン(聖戦士)というの名のイスラム原理主義者集団を育て上げ、それが後のタリバンとなり、今は「イスラム国」と名乗りながら、シリアで破壊行為・残虐行為を繰りかえしていることは、大手のメディアでは、ほとんど紹介されていません。
 そこで以下では、世界的に著名な調査報道記者ジョン・ピルジャーの論考を紹介して、皆さんの参考に供したいと思います。
 これを読んでいただければ、アメリカが「911事件」を口実にして攻撃する以前のアフガニスタンがいったいどのような国だったのか、それを破壊するテロリスト集団をどのようにしてつくりあげたのかが、よく分かってもらえるのではないかと、考えるからです。
 そして、このような視点を教師がもっていないかぎり、あるいは教師が参考資料としてこのような事実をも提示しないかぎり、、いつのまにかマララ演説はアメリカ賛美の教材として生徒の頭脳に定着していくでしょう。

<註> ジョン・ピルジャーについては、以前のブログ「ユーゴの空爆と解体、元ユーゴスラビア大統領ミロシェヴィッチへの無罪判決は何を語っているか」も参照ください。
http://tacktaka.blog.fc2.com/blog-entry-269.html



「イスラム原理主義集団を育てたアメリカ」(上)
(ジョン・ピルジャー『世界の新しい支配者たち』岩波書店、2004:194-200頁)


 イラクが九・一一に関わりがあったという、もっとも重要な「証拠」は、ツインタワーへの自爆ハイジャッカーのリーダーとされているモハメッド・アタがチェコ共和国でイラクの情報部員と会ったというものである。
 英国の新聞によれば、その情報部員は、「下級情報部員」(『ガーディアン』紙)から、「中級」(『インディペンデント』紙)、「上級」(『フィナンシャル・タイムズ』紙)、さらには「バグダッドの情報機関のトップ」(『タイムズ』紙)にまで昇進している。このうち『フィナンシャル・タイムズ』紙だけが「会合は実際にあったのかどうか」、あったとしても、「それがツインタワーの破壊と何らかの意味で関係があったのかどうか」について疑問を提起している。BBCの『ニュースナイト』では、外務省詰めのマーク・アーバンが、「サダム・フセインが発射を計画しているミサイル」に関しての「秘密情報」があったと伝えている。
 これとは逆に「イラク・コネクション」の疑わしさがトップニュースになることはなかった。『デイリー・テレグラフ』紙だけが、二〇〇一年一二月一八日に、モハメッド・アタはチェコ共和国に入国したことはなかったと、チェコ警察が否定していることを報道した。二〇〇二年二月五日の『ニューヨーク・タイムズ』紙が、「およそ十年間にイラクがアメリカに対する何らかのテロ行為に関わったという証拠をCIAは入手していないし、サダム・フセイン大統領がアルカイーダに化学兵器あるいは生物兵器を提供したことはないとCIAは確信している」と報道したときにも、あるのは沈黙だけだった。
 無視というのはもっとも悪質な検閲である。アフガニスタンに関する多くの報道のなかで、この世界でもっとも貧しい国のひとつをアメリカが攻撃することを正当化したのは、邪悪なタリバーンを想起させる強力なイメージだった。基本的な人権を否定され、テントのようなブルカをまとった女性たちの写真は、世界に女性への迫害を訴えた。タリバーンの誕生と狂信的なジハード(聖戦)をつくりだすにあたってアングロ・アメリカンが果たした役割について、大手メディアが言及することはめったになかった。この忘れ去られていた社会が、この数年間、異常な時代を経験したことへの言及もなかった。このことを理解していれば、ブレアの言う「人権と文明の価値のための戦争」を本当の文脈のなかに置くこともできただろう。

 一九六〇年代に、アフガニスタンでは解放運動が起こった。その中心になったのはアフガニスタン人民民主党(PDPA)で、ザヒール・シャー国王の独裁支配に反対し、一九七八年、ついに国王の従兄弟、マハメッド・ダウドの政権が打倒された。それは、あらゆる意味で幅広い人民の革命だった。
 『ニューヨーク・タイムズ』紙は、カブールにいた多くの外国人ジャーナリストがインタビューしたアフガニスタン人の誰もが、このクーデタを喜んでいると言っていると報じた。『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙は、「新しい国旗に敬意を表するために一五万人が行進した・・・。参加者は心の底から感激しているようだった」と報じた。『ワシントン・ポスト』紙は、「アフガニスタン国民の新政権への忠誠は疑いの余地がない」と書いている。
 新政権は、男女平等、宗教の自由、少数民族への権利、農村における封建制の廃止など、これまでは認められていなかった諸権利の承認を含む新しい改革計画を発表した。一万三千人以上が獄中から釈放され、警察のファイルが公式に焼却された。
 部族主義と封建制のもとで、平均寿命は三五歳、幼児の三人に一人は死亡した。識字人口は、人口の九パーセントだった。新政権は貧困地域には無料医療を導入した。強制労働は廃止され、大規模な識字運動が開始された。女性たちとっては、これまでに聞いたことのないような前進だった。一九八○年代後半には、大学生の半数が女性となった。アフガニスタンの医師の四〇パーセント、教員の七〇パーセント、公務員の三○パーセントは女性になった。
 実際、この変化は極めて急激だったので、その恩恵を受けた者は今でもありありと、それを記憶している。二〇〇一年九月にタリバーンから逃れた女性の外科医、サイーラ・ヌーラニはこう語っている
 「女子でも皆、高校にも大学にも行けた。どこにでも行きたいところに行き、着たいものを着ることができた……。喫茶店にでも行けたし、金曜日には最新のインド映画を見に映画館に行くことも、最新のヒンドゥー語の音楽を聴くこともできた……。ムジャヒディーンが勝利し始めると、こうしたことすべてが悪いことになった……。教師を殺し、学校を燃やした……。私たちは怯えた。こうした人たちのことを西欧が支援していたのは滑稽だし、悲しいことだった。」

(次回「その2」に続く)

<註> 上記の翻訳は、読みやすくするため、寺島が改訳改行を加えてあります。


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