アリゾナ州の惨状とチョムスキー講演、そして日本

米国老舗の月刊誌Harper’s Magazine 2010年7月号に、Tea Party in Sonora: For the Future of GOP Governance, Look to Arizona.という記事が載りました。Democracy Now!(Thursday, July 15, 2010) は、この記事の筆者Ken Silversteinに、次のようなインタビューをしています。

「ソノラのティー・パーティー: アリゾナ州は共和党右翼急進派政策の実験場」
http://www.democracynow.org/2010/7/15/tea_party_in_sonora_ken_silverstein

この記事を私流に要約すると次のようになります。
* アリゾナ州は移民政策だけでなく様々な問題の実験場になっている。
* 右翼的な民衆運動ティーパーティーが実質的なアリゾナ州の与党である。
* 共和党が全国的な権力を取り戻した際には、「米国は、アリゾナ州がすでにそうであるような、右翼の砂漠とでもいえるものになっていく可能性がある。

これを視聴していて、まず思い浮かんだのがチョムスキーの下記講演でした。

チョムスキー20100420「政治の中枢は機能不全、ラジカル・イマジネーション(根源的想像力)の火を再び燃え上がらせよう」
http://www42.tok2.com/home/ieas/chomsky20100420_centercannot_hold.pdf

というのは、チョムスキーは2010年3月におこなわれた上記講演のなかで、アリゾナ州の事態を既に予言していたからです。

チョムスキーは、ジョセフ・アンドリュー・スタックという人物が自分の所有する小型飛行機をテキサス州オースティンの国税庁事務所ビルに突入させるという自爆事件から、上記の講演を始めています。

そして、民衆の期待を背負って大統領に当選したはずのオバマ大統領が、その期待を裏切る政策を次々と実施し、今では米国地方選挙では民主党どころか共和党の公認候補すらも脅かす戦闘的右翼勢力Tea Party Movementが大きく票を伸ばしたり当選したりするという事態が生まれていることを紹介しています。

チョムスキーは、ジョー・スタックの遺書を紹介しつつ、この自爆事件を単に「狂人の妄動」と嘲笑するのではなく、共和党どころか民主党に絶望した民衆の「怒りの大きさ」「絶望の深さ」を示すものとして、これを正しく分析しておかないと、重大な事態になりかねないと述べています。

その理由を簡単に要約すると次の諸点になるでしょう。
* ドイツは1930年代に「世界で最も民主的な憲法を持ち、世界で最も高度な文化を誇っていた」にもかかわらず、いとも簡単にヒトラーに政権を譲ってしまった。
* 米国では民衆の武装集団Tea Partyの運動が民衆の武装集団Militiaとも連動して、無視できない広がりを見せている。
* したがって民主党も共和党も政府も民衆の怒りや絶望を放置したまま財界の要求にのみ従った政策を続けていると、1930年代にドイツが犯したと同じ誤りを犯しかねない。

チョムスキー講演の面白さ・分析の鋭さは、私の拙い要約では、とても伝えきれませんので、ぜひ上記の翻訳全文を読んでいただきたいと思います。この論文は、米国の現状を、目覚ましい経済成長を遂げている中国の現状と重ね合わせながら説明しているところなど、読んでいてハッとさせられる箇所が数え切れないくらいありますが、時間のないひとは先に紹介したジョー・スタックに絞ってまとめた短い論文がありますので、これだけでも読んでいただければと思います。

チョムスキー100518「ラスト・ベルト(斜陽工業地域)の怒り」
http://www42.tok2.com/home/ieas/chomsky20100511rustbelt.pdf

<註: 国税庁ビルに飛行機で自爆攻撃を仕掛けたジョー・スタックは、不思議なことに、911事件の犯人と違って「テロリスト」扱いされていません。ここにも米国のいわゆる「二重基準ダブルスタンダード」ぶりが如実に表れています。ちなみにチョムスキーは、911事件は「戦争」ではなく「犯罪」であるとして、アフガン攻撃を厳しく批判しました。>

チョムスキー講演の紹介で話しが横道に逸れてしまったので、本題のアリゾナ州の惨状に話しを戻します。

このインタビュー―では、Tea Party のスローガンが「税金で金融界を救済する政府を拒否し、納税拒否または減税要求をする」ことを基本としているため、アリゾナ州が財政難に陥り、公教育や年金など様々な社会保障の削減に乗り出していること、それどころか州議会の建物を初めとして州庁舎を次々と売り払い、その建物を民間から賃借りして議会を開いているなど、信じがたい惨状が展開されています。以下にその一部だけを紹介しておきます。

KEN SILVERSTEIN: Well, they’ve taken all of these desperate steps, because the state, as I mentioned, is completely bankrupt. They have this enormous budget deficit that they have to cover up, and so they’ve taken all sorts of steps to just generate money and throw it into the budget hole and say, "OK, we’ve balanced the budget." So, yeah, they sold off the capitol building, and now they’re leasing it back, which, of course, over the long run is going to cost the state far more than simply maintaining the property. And they’ve sold off dozens of state buildings. They’ve talked about—I don’t think they’ve actually sold off any prisons, but they were talking about privatizing the state prison system, including at one point there was talk of, you know, maximum-security prisons, and even the prisons that hold death row prisoners, they were going to privatize those.

上記では刑務所までも売り払って民営化する話も出てきますが、「政府の赤字を解消するためには民営化しさえすればよい」との論調が日本でも根強いだけに、このアリゾナ州の対応は、今の日本の現状ともそっくり重なってきます。庶民には「増税」、富豪・大企業には「減税」という政策も米国と同じです。

終わったばかりの参議院選挙の結果を見ていると、不況の真っ直中で政府も2大政党も信用できず、どこに生活を立て直す活路を見出せばよいのか、途方に暮れている日本民衆の現状も、米国と瓜二つと言えるのではないでしょうか。

(少し前にマツダの自動車工場に自分の車を乗り付けて、「自爆」しようとした派遣社員がいましたが、その姿とジョー・スタックの「自爆」とが、私には重なって見えてきますが、これは私の「眼の錯覚」でしょうか。)

アリゾナ州の惨状で紹介したいことは他にも色々あるのですが、既に長文になりすぎているので、残りは割愛させていただきます。時間があれば読解力ブラッシュアップを兼ねて、ぜひ下記原文にも挑戦してみてください。。

"Tea Party in Sonora": Ken Silverstein of Harper’s Says Arizona is Laboratory for Radical GOP Policies
http://www.democracynow.org/2010/7/15/tea_party_in_sonora_ken_silverstein

<追記>

拙著『英語教育が亡びるとき』では、「英語読みのアメリカ知らず」「真の米国を知るために英語を」「日本を第2の米国にしないためにこそ英語を学ぶ」「そのためには英会話よりも先ず英語の読解力を」と主張しましたが、この記事がその傍証になれば幸いです。

ただし、拙著で繰り返し指摘したとおり、「読解力のブラッシュアップを兼ねて英語原文に挑戦してみてください」と言われても、なかなか現場が忙しすぎて自己研修の時間が取れないことが最大の問題だと考えています。

非常勤または常勤講師の採用による授業のやりくり、負担増ばかりが増える「少人数学級」の押しつけといった教育政策をやめさせ、クラスサイズの縮小と正規教員の採用人数増加を求める運動が、今ほど求められているときはないでしょう。(と同時、これは雇用を増やし、景気回復の一助にもなるでしょう。)

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チョムスキー曰く「赤字の恐怖を押しつける」

カナダのトロントで開かれていた「G8/G20サミット」が6月27日、大きな抗議行動の中で閉幕しました。「国家財政の赤字を半減する」ことだけを合意し、世界中を経済危機に陥れた金融機関に対する規制は放置されたままです。

これに対してノーベル経済学賞を受賞したスティグリッツ(米国コロンビア大学教授、彼はIMFの暴行に抗議して世界銀行上級副総裁を辞任したことでも有名)は、Democracy Nowの次の記事にもあるとおり、「景気が悪化しているときに、赤字削減を国民に押しつける政策は、ますます景気回復を遅らせるだけ」と述べています。

G20 Leaders Agree to Cut Government Deficits in Half by 2013
http://www.democracynow.org/2010/6/28/headlines#2
June 28, 2010 | Headline

Inside the G20 summit, world leaders agreed to a controversial goal of cutting government deficits in half by 2013. Economists say such a move could usher in sizable tax increases and massive cuts in government programs, including benefit programs such as Social Security and Medicare. The Nobel laureate economist Joseph Stiglitz criticized the G20 agreement, saying, "There are almost no successful cases of countries cutting back on their expenditures as a way of getting out of the kind of economic downturn." Meanwhile, world leaders at the G20 failed to come to an agreement on setting new global rules for big banks or imposing a new across-the-board global bank tax.

天才的言語学者チョムスキーは米国外交政策の批判者としても有名ですが、2010年3月21日のLeft Forumでおこなった講演「The Center Cannot Hold: Rekindling The Radical Imagination」で、政府・財界は「小さな政府」を標榜しながら「赤字財政の恐怖」を国民に煽り立て、教育や福祉や医療を切り捨てていく口実に使ってきたと,鋭く批判しています。下記に翻訳を載せてありますので、詳しくはそちらを御覧ください。

チョムスキー「政治の中枢は機能不全ー根源的想像力(ラジカル・イマジネーシヨン)の火を再び燃え上がらせよう」
http://www42.tok2.com/home/ieas/chomsky20100420_centercannot_hold.pdf
(上記の講演は非常に長いので、そのエッセンスを短くまとめた論文が下記のものです)
チョムスキー「ラスト・ベルト(斜陽工業地域)の怒り」
http://www42.tok2.com/home/ieas/chomsky20100511rustbelt.pdf

同じことは、カナダの著名な女性評論家ナオミ・クライン(『ブランドなんか、いらない――搾取で巨大化する大企業の非情』(はまの出版, 2001年/新版, 大月書店, 2009年)で一躍、世界に名を馳せた)も、先のDemocracyNowのインタビューで次のように述べています。

Naomi Klein: The Real Crime Scene Was Inside the G20 Summit
http://www.democracynow.org/2010/6/28/naomi_klein_the_real_crime_scene
(1)G8/G20サミットの「国家財政の赤字を半減する」と決定を口実に、医療や年金や失業手当を削減し、金融危機のツケを国民に払わせようとしている。
(2)いま必要なのは、「税金を使って金融界を救済し、その金融界の大ボスに途方もない給料とボーナスを保障することではなく、世界経済を混乱に陥れた金融界への「規制」と「課税」である。

You know, I don’t believe—maybe some of the leaders intend on keeping—making good on this promise, but, on the other hand, they can hide behind this promise as the excuse to do what a lot of them want to do anyway, and say, you know, "We have no choice; we made this commitment."

And what that communiqué said was that there wouldn’t even be a measly tax on banks to help pay for the global crisis that they created and also prevent future crises. There wouldn’t be a financial transaction tax, which could create a fund for social programs and for action on climate change. There wouldn’t be a real action to eliminate subsidies for fossil fuel companies that have also created so many social and environmental costs around the world, as we see with the BP disaster.

今日(2010/07/11)は参議院選挙の投票日ですが、自民党も民主党も「財政赤字を切り抜けるためには消費税増税もやむなし」という点では一致しているようです。だから大手メディアも消費税増税を当然の前提としながら「今回の選挙は争点が見えにくい選挙だ」という解説を繰り返しています。

しかし、これでは国民は他の野党がどのような政策を持っているか知りようがありませんし、争点を見えにくくしているのは大手メディアそのものではないか、という主張が出てくるのもやむを得ないでしょう。

民主党は「事業仕分け」と称して、学術研究費など、攻撃しやすいところ削りやすいところから削っていますが、上記のチョムスキー論文を読んでいただければお分かりのように米国が1930年代の金融危機を乗り切る方向として先ず第1に提起したのは、財政赤字をものともせず政府が積極的に大きな事業を興し国民を豊かにすることでした。

ところが民主党の政策は、「事業仕分け」と称して、国民の生活を切り詰めることが基本です。軍事費とりわけ米軍基地の費用は「聖域」として「事業仕分け」の対象になっていません。しかし米軍基地の費用を、「借りている側」ではなく「貸している側」が払っている国は、世界中どこを探しても日本しかありません。

カナダのトロントで開かれた今度のサミットの警備は、前回の米国ピッツバーグで開かれたときの費用$100 million に対して、 $1 billionも掛けたそうで、それを知ったカナダ国民の怒りが抗議行動にも大きく反映されていると、ナオミ・クラインは述べています。日本の米軍基地にかける費用も同じような観点で見直す必要があるのではないでしょうか。

Naomi Klein: The Real Crime Scene Was Inside the G20 Summit
http://www.democracynow.org/2010/6/28/naomi_klein_the_real_crime_scene

As a point of comparison, at Pittsburgh G20 summit, the price tag for security was $100 million. So you went in less than a year from a $100 million price tag to $1 billion price tag for security, with no explanation. And as Canadians started to learn about this, they became rightfully very, very angry.

また金持ち減税に貢献した累進課税の「改悪」を元に戻すだけで大きな財源が生まれますし(これについては下記の論文をお読みください)、EUが今度のサミットで要求したような金融界への「規制」と「課税」で、全く新しい財源も出てきます。しかし大手メディアを見ている限り(チョムスキーの言う「メディア・コントロール」が貫徹しているので)、このような発想の転換はかなり難しいように思われます。

論文: 「税金の変遷ー消費税の増税は必要か」 
http://www42.tok2.com/home/ieas/article090205shohizei.pdf
資料1: 法人税率の推移・税収増減額_
資料2: 所得税・個人住民税所得割の税率構造の推移
資料3: 所得税(国税)、社会保険料、消費税の平均実効負担率

<註>
上記の「資料」については下記を参照。
http://www42.tok2.com/home/ieas/selftalk.html
また「抑止力」としての米軍基地、「北朝鮮問題」と米軍基地については、チャルマーズ・ジョンソンやノーム・チョムスキーの論文がありますので、ここでは割愛します。下記を御覧ください
http://www42.tok2.com/home/ieas/translation_index.html)
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国際社会の巨大かつ醜悪な「いじめ」―イスラエルによる「自由船団」襲撃によせて

文科省も教育委員会も「いじめ」を放置するなと声高に叫んでいます。しかし世界的規模でおこなわれているパレスチナに対する「いじめ」については、不思議なことに、日本ではほとんど問題にされていません。

 むしろ英語教育界では岐阜県出身の杉原千畝を教材にした副読本が話題になることはあっても、現在イスラエルがおこなっていることを問題にしている記事は,残念ながらほとんど眼にすることはありません。

 しかし、最近(2010年6月1日(火))イスラエルがおこなった「自由船団」フリーダム・フローティラに対する残虐な攻撃ほど、この「いじめ」を典型的に示す事件は、今までになかったのではないでしょうか。

 封鎖状態にあるガザ地区への援助物資を満載した6隻に乗船している無防備のひとに、重武装したイスラエルの特殊部隊が海と空から襲いかかったのです。しかも、この6隻にはノーベル平和賞の受賞者など著名人も少なからず含まれていました。

 ところがオバマ大統領はイスラエルの蛮行を糾弾する発言をついに最後までしませんでした。これでは世界的規模の「いじめ」がなくなるはずはありません。「いじめ」をめぐる子どもの言動と同じように、日本政府を初めとして周りの取り巻きはボスの言動を見ながら自分の行動を決めるわけですから。

 しかし、この事件を機に民衆レベルでは確実に流れが変わりつつあります。というのは、米国加州オークランド港では港湾労働者がイスラエル商品の荷揚げを拒否する運動に参加していますし、同じ動きは欧州にも広がり始めているからです。これについては、ベトナム戦争時の司法長官だったラムゼー・クラーク氏が代表を務める反戦団体ANSWERの下記呼びかけを御覧ください。

http://answer.pephost.org/site/News2?news_iv_ctrl=-1&abbr=ANS_&page=NewsArticle&id=9677

 実は(米国在住のユダヤ人を初めとして)イスラエルに対する世界の世論が大きく変わり始めたのは、イスラエルが(ガザを封鎖することだけに飽きたらず)ガザ地区住民に対する総攻撃を始めた2008年12月28日からだと言ってよいでしょう。この総攻撃は3週間にもわたって継続され、オバマ大統領の就任演説直前に見事に(?)中止されました。

 この攻撃の残虐ぶり、そしてオバマ大統領の就任演説直前に攻撃を中止した意味については、下記のチョムスキー論文をぜひ御覧ください。

チョムスキー090119 「すべての野蛮なものたちを絶滅せよ」
http://www42.tok2.com/home/ieas/Chomsky-yaban091208.pdf

 自分自身がユダヤ人でありながら(あるいは「だからこそ」)チョムスキーがイスラエルに対して抱いた憤りの強さが、論文の行間からひしひしと伝わってきます。イスラエルにとってパレスチナ人は、単なる「けもの」「虫けら」に過ぎなかったのだということが、この標題「すべての野蛮なものたちを絶滅せよ」によく表れているのではないでしょうか。

 ところで、上記の攻撃がイスラエルに対する世論を確実に変えつつあることは、下記の番組DemocracyNowJapanを見てもよく分かります。

イスラエルに対するボイコットは有効か?
http://democracynow.jp/submov/20100304-2
米国急進派ノーマン・フィンケルスタイン
http://democracynow.jp/submov/20100323-2

 イスラエルによる「フリーダム・フローティラ」攻撃について解説するつもりが、かなり横道に逸れてしまいました。今回の事件についてチョムスキーは下記に訳出した短い声明しか発表していませんが、この事件に対するチョムスキーのイスラエルに対する怒りの強さは、前回の事件以上のものがあります。

チョムスキー100611「フリーダム・フローティラ(自由の船団)の脅威」 
http://www42.tok2.com/home/ieas/chomsky100611freedomflotila.pdf

 それは声明の行間からも強く伝わってきますが、それよりももっと驚かされるのは、こんなに短い文章の中に、「パレスチナ問題の本質」「米国が果たしてきた役割」が見事に書き尽くされているという点です。唯々、脱帽するのみです。
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