エジプトの民衆蜂起から何を学ぶか(3)―英語教育の目的と方法を問い直す

インターネットの独立メディアDemocracyNowを毎日のように視聴・購読しながら、今度の「エジプトの民衆蜂起」を追いかけてきて思ったことは、英語を「読む力」「聴く力」の大切さ・重要さです。

日本というEFL環境では、英語を「話すこと」「書くこと」は、一般の平均的日本人にとって、ほとんど重要な意味をもちません。なぜなら周りに英語で話しかけねばならない対象者がいるわけでもありませんし、メールで英語を書くといっても、相手が日本人では、その必要性・必然性がないのですから、よほど相互の動機が強くない限り「英語学習」としても長続きしません。

ところが「読む」「聴く」という行為は、「英語で知りたいこと」「英語でしか知り得ないこと」が自分にありさえすれば、日本のようなEFL環境でも、十分に実用的な意味をもちますし、英語学習としても長続きします。

高校生だった頃の私は、「できない英語教師の歩み」(『英語にとって教師とは何か』あすなろ社/三友社出版)でも書いたことですが、英語学習が苦痛で仕方がありませんでした。熟語や単語をどれだけ覚えても「ザル水効果」で、語彙が蓄積していきません。細切れの入試問題は、私にとって英語に対する嫌悪感をいっそう強める効果しか持ちませんでした。

高校教師をしていた頃も、つまらない教科書を「統一進度・統一テスト」で教えることを強制されていたので、英語を教えることに本当の喜びを感じることができませんでした。誰もが行きたがらない定時制高校に異動し、教科書が役立たない環境に置かれたとき、初めて自由に教えることができる喜びを感じることができました。

大学教師になって「教えることの自由」は少しは広がりましたが、昨今は「実用英語」一点張りで、共通教育の授業も統一教科書を使ったりTOEICの受験準備をさせることを強要する風潮が強まり、学生も教師も学ぶこと・教えることに情熱を失い始めています。TOEIC受験を全学生に強制する大学も少なくありません。

ところが退職した今、英語に対する嫌悪感は全くありません。それどころかエジプト情勢が気になって、DemocracyNow!を毎日、視聴しないと心が落ち着きません。耳で聴いても分からないところがあれば、「文字起こし」したもの(transcript)で確認します。そしてエジプトの若者たちの勇気ある犠牲的行動(そして今や中東一円に広がっている民衆の活動)に涙したり励まされたりしています。

しかも Democracy Now! の報道は一般の大手メディアでは絶対に教えてくれない内容を私たちに伝えてくれます。だから毎日、DemocracyNow! の視聴(そして読解)は絶対に止められないし、それが苦痛どころか、新しい世界が毎日のように広がっていくので、知的興奮の連続といってよいかも知れません。

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たとえば、昨日(2月18日)のDemocracy Now! によれば、アメリカ=ウイスコンシン州では州知事が、「公務員労働者の団結権やストライキ権を剥奪する」「抵抗自治体があれば、市であろうが町であろうが州兵を出動させても鎮圧する」と宣言しました。

いまエジプトでは、禁止されていた労働者の団結権が、やっと認められようとしているのに、いまアメリカは全く逆の方向に動こうとしているのです。

オバマ氏も、軍事費は拡大しながら、既に政府職員の賃金は5年間凍結することを宣言し、平和運動する活動家を「テロリスト」として強制捜査に乗り出しています。

他方で、ペルシャ湾岸の国バーレーンでは、民衆が血に染まりながらも民主化を要求しています。しかし今のところ、オバマ政権には、これを弾劾する姿勢は全く見られません。エジプトの時と同じく、沈黙を守っています。アメリカの巨大な軍事的拠点(第5艦隊の停泊地)だからでしょう。

「街頭は民衆の血に染まっている」 バーレーン警察、数百人の民主化運動デモに対し残虐な夜間攻撃
http://www.democracynow.org/2011/2/17/people_are_bleeding_in_the_streets

しかし、ウィスコンシン州の民衆・労働者の闘いも、エジプトの闘いに励まされて、必ず勝利するでしょうし、そうあることを願っています。

いずれにしても、このような世界情勢やアメリカ情勢を教えてくれるのは、いま流行の「会話ごっこ」ではありません。それどころか会話熱が盛んになればなるほど英語力は低下していくでしょう。

なぜなら、覚えてはすぐ忘れるような会話フレーズの暗記にエネルギーの大半が奪われますから、ますます(独立メディアのニュースなどを)読む力・聴く力が低下していくからです。それは同時に正しいアメリカ理解から学習者を遠ざけていきます。
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註: 英語の「読解力」「聴解力」が向上すれば、「話すこと」「書くこと」は、その必要が生まれたときに(「読解力」「聴解力」を土台に)何時でも大きく向上させることができます。そのメカニズムについて説明していると長くなりますので、ここでは割愛しますが、興味がある方は、拙著『英語教育が亡びるとき』の末尾に関連する文献一覧を掲げてありますので、そちらを御覧ください。

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ところでDemocracyNow! を視聴していて、気づいたことが幾つかあります。それは英語の発音は、「基本的にはローマ字読みでよい」し、アクセントも「どこか一カ所を強く発音すればよい」、すなわち「名詞は単語の前部、動詞は単語の後部」にアクセントを置いて発音すれば通じる英語になるということです。

この番組では、さまざまな国の人にインタビューをしたり、さまざまな国の人を招いて登場させたりしていますが、ヨーロッパの人たちは平気で単語を「ローマ字読み」で発音していますし、それを気にしているようすは全くありません。

私がカリフォルニア大学ヘイワード校で日本語を教えていたときに友達になったスペイン出身のスペイン語教師も、スペイン語訛り丸出しで「アメリカの学生は高校レベルの知識すら持っていないで大学に入ってくる。教師をやめたい」とこぼしていました(まるで今の日本の大学を彷彿させるような愚痴ですが、20年も前のことです)。

またアクセントについても、一般に英語を母(国)語としない人たちは、「名詞は単語の前部、動詞は単語の後部」にアクセントを置いて発音していて、全く気にするようすはありませんでした。

毎日のようにカイロの「自由広場」に出かけていって抗議活動を続けているという高齢の女性(80歳、精神科医)も、DemocracyNow! のインタビューでは、いわゆる標準英語を聞き慣れているものには奇異に聞こえるところにアクセントをおいて話しているのですが、話している内容があまりに凄いので、むしろそちらの方に関心が吸い取られてしまいます。


ナワル・エル・サーダウィ「私たちの希望は日に日に大きくなる」
http://www.democracynow.org/2011/2/11/our_hope_increases_day_after_day

それどころか、Amy Goodman 自身も、インタビューの中で、「独裁者」dictatorの発音を、単語の前部(di-)にアクセントを置いて発音していて驚かされます。

確かハワード・ジンも、私がいま翻訳している『Voices of a People's History of the United States』を劇場でDramatic Readingするときに、前部(di-)にアクセントを置いて音読していたように記憶しています。

ところが、私が高校教師だった頃、教科書に飽き足りなくて「投げ込み」自主教材として使ったチャップリンの名画『独裁者』では、繰り返し繰り返し、dictatorという単語が出てくるのですが、チャップリンはアクセントを単語前部に置いていません。

必ず後部(-ta[tor])に置いて発音しています。これは動詞dictateのアクセントが後部にあるので、それを引き継いでいるのでしょう。

このような現実を見ると、私たちの発音指導はもっと緩やかでよいのだということを改めて認識させられます。そして同時に、「『英音法の幹』さえ押さえれば、発音指導は終わったも同然」と私たちが主張してきたことの正しさに、改めて自信を持つことができました

(私たちの音声指導について興味があれば、拙著『英語にとって音声とは何か』その他を御覧ください)。

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もう一つ DemocracyNow! を視聴して気づいたことがあります。英語は(他の言語でも同じでしょうが)単文だけでも、伝えたい内容があれば、十分にひとを動かすことができるということです。

というのは、前回のブログでも書いたことですが、エジプトの民衆蜂起では、青年の「抗議の焼身自殺」を契機に、若者が巨大な力を発揮しました。しかし、その中で若い女性たちが非常に大きな役割を演じたことも、ほとんど大手のメディアでは紹介されていません。

エジプト蜂起の火付け役となったアスマ・マフフーズとユーチューブのビデオ
http://www.democracynow.org/2011/2/8/asmaa_mahfouz_the_youtube_video_that

26歳のエジプト人活動家アスマ・マフフーズは、2011年1月25日にタハリール広場に集まって、ホスニ・ムバラクの“腐敗した政府”に抗議するよう人々に求めるビデオをインターネット上に投稿しました。



まず最初の投稿は1月18日でした。エジプトではFacebookで投稿する場合も、自分が誰であるか分からないようにするのが普通ですが、親ムバラク派による暴行の危険性があるにもかかわらず、彼女は、スカーフで顔を隠さず、画面上で堂々と、かつ必死に訴えています。

彼女の感動的な呼びかけは、最終的にエジプトの蜂起を奮い立たせることに大きく貢献しました。彼女はアラビア語で呼びかけているのですが、DemocracyNow! による翻訳は後述のようになっています。

これを読むと、チュニジアの「焼身自殺」を受けて、エジプトでも既に4人も抗議の「焼身自殺」をしていることが分かります。

次に彼女は、「女性である私は、タハリール広場に行き、一人で立ちます。そして私は横断幕を掲げます。たぶん人々はいくらかの敬意を表してくれるでしょう」と訴え、この自殺を「精神病」「変質者」だと非難する声に対して「議事堂前で油をかぶるなど、誰が好きこのんでやるものがいるか!恥を知れ!」と憤っています。

そして最後に、「私は1月25日に広場に行き、腐敗と現政権に対してノーと言います。皆さんが誇りを持っているならば、そして人間として尊厳をもってこの国で生きたいなら、私たちと一緒に広場へ行き、あなたの権利、私の権利、あなたの家族の権利を主張してください」と訴えています。

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Four Egyptians have set themselves on fire to protest humiliation and hunger and poverty and degradation they had to live with for 30 years. Four Egyptians have set themselves on fire thinking maybe we can have a revolution like Tunisia, maybe we can have freedom, justice, honor and human dignity. Today, one of these four has died, and I saw people commenting and saying, "May God forgive him. He committed a sin and killed himself for nothing."

People, have some shame.

I posted that I, a girl, am going down to Tahrir Square, and I will stand alone. And I'll hold up a banner. Perhaps people will show some honor. I even wrote my number so maybe people will come down with me.

No one came except three guys—three guys and three armored cars of riot police. And tens of hired thugs and officers came to terrorize us. They shoved us roughly away from the people. But as soon as we were alone with them, they started to talk to us. They said, "Enough! These guys who burned themselves were psychopaths."

Of course, on all national media, whoever dies in protest is a psychopath. If they were psychopaths, why did they burn themselves at the parliament building?

I'm making this video to give you one simple message: we want to go down to Tahrir Square on January 25th. If we still have honor and want to live in dignity on this land, we have to go down on January 25th.

We'll go down and demand our rights, our fundamental human rights.

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ご覧の通り、ほとんどが単文の積み重ねであり、単語も難しいものはほとんどありません。にもかかわらず、これだけ深いことを、これだけ力強く表現できるのです。しかし、このような力は「会話ごっこ」からは決して生まれません。そのことを英語教育者は、もっと真剣に考えなければならないのではないでしょうか

その意味でも、ぜひ上記に示してあるURLにアクセスして、彼女の映像とスピーチに直接ふれていただきたいと思います。そうすれば、話されている言語がアラビア語であっても、彼女の誠実さ・真摯さ・思いの深さは,十分に伝わってくるのではないでしょうか。

その上で上記の英文を「読解」や「表現よみ」の教材として使えば、生徒の眼の輝きは全く違ってくるのではないかと考えます。

なお、彼女は1月25日の前夜、もう一度つぎのような投稿を寄せ、やはり顔を隠さず必死に訴えています。そして、この映像は、瞬く間にエジプト中に伝播され、25日の集会を成功に導きました。

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It's now 10:30 p.m. on January 24th, 2011. Tomorrow is the 25th, the day we've been waiting for, the day we all worked so hard for.

The most beautiful thing about it is that those who worked on this were not politicians at all. It was all of us, all Egyptians. We worked hard.

Children no older than 14, they printed the poster and started distributing it after prayers. Old people in their sixties and seventies helped, as well.

People distributed it everywhere they could—in taxis, at the metro, in the street, in schools, universities, companies, government agencies. All of Egypt awaits tomorrow.

I know we are all nervous right now and anxious, but we all want to see tomorrow's event happen and succeed.

I'd like to tell everyone that tomorrow is not the revolution and is not the day we'll change it all. No, tomorrow is the beginning of the end.

Tomorrow, if we make our stand despite all the security may do to us and stand as one in peaceful protest, it will be the first real step on the road to change, the first real step that will take us forward and teach us a lot of things.

Our solidarity in planning is a success in itself. To simply know that we must demand our rights, that is success.

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彼女は上記で、「明日の集会が成功するか否か、それがエジプトの未来を決定する」と、前回の訴えに勝るとも劣らぬ調子で、まだ見ぬ集会参加者に、祈るような思いで訴えています。

そして彼女は言います。明日の集会が成功すれば、それはエジプトを30年間も支配してきた独裁体制の「終わりの始まりになる」"tomorrow is the beginning of the end"と。しかし、彼女には、たとえこの集会が成功しても前途には幾多の困難が待ち受けていることも分かっていました。

だからこそ、この集会が大成功であっても、それは単に「終わりの始まり」にすぎないのでした。このような情熱と見通しを、私たちは大いに学ばなければならないでしょう。また、それこそ私たちが(英語教育でも)生徒・学生に伝えなくてはならないことではないでしょうか。
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エジプトの民衆蜂起から何を学ぶか(2)―「英語読み」の「アメリカ知らず」

エジプトの民衆蜂起はムバラク退陣というかたちで一応の勝利を得ました。1月28日(金)のカイロにおける「解放広場」の集会から「18日後」のことでした(Tahrirはアラビア語で「解放」という意味だそうです)。

前回のブログを上海からの帰路で走り書きをしながら、私の頭に真っ先に浮かんだのは「これは『世界を揺るがした10日間』に匹敵する事件になるかも知れない」という思いでした。つまり「世界を揺るがす18日間」になるという予感です。

1917年に起きたロシア革命のようすを生き生きと描いたのが、著名な報道作家ジョン・リードによるルポルタージュ『世界を揺るがした10日間』ですが、私には上記の民衆蜂起がロシア革命に匹敵する重要な世界史的事件になるのではないかという予感がしたのです。

この『世界を揺るがした10日間』(岩波文庫、1957は、私が大学に入学したばかりの教養部時代に「岩波百冊の本」の中の一冊に入っていたもので、これを読んでいると、ロシア革命の燃えるような民衆の動きと情熱が、文章から溢れ出てくるような気がして、夢中になって読んだ記憶があります。
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註:当時の学生は、私のように理科系であっても、文学や哲学どころか社会科学の本もたくさん読んでいました。私も駒場寮で生活している中で、そのような雰囲気に大きな影響を受けました。今の学生には、そんな雰囲気がほとんど感じられません。非常に悲しいことですが、大学が実用主義ばかりを追い求め、予備校化・専門学校化しているので、学生だけを責めるのも酷な話でしょう。

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それはともかくとして、今度の民衆蜂起を「ベルリンの壁の崩壊」になぞらえて論評している人も少なくありません。確かに「ベルリンの壁の崩壊」はソ連を初めとする東欧諸国を崩壊させ、世界を揺るがす事件になりました。しかし、この背後にはソ連のゴルバチョフによるペレストロイカ(改革)とグラスノスチ(情報公開)という大きな動因がありました。

しかも「ベルリンの壁の崩壊」がもたらした東欧諸国の崩壊は、一党独裁体制の終焉をもたらしたものの、他方でロシアを典型とする「貧富の拡大」と「暴力・自殺・路上生活者などの増大」をもたらしただけで、民衆の生活向上にほとんど役立ってきませんでした。アメリカ流の弱肉強食を旨とする経済体制が、もろに導入されたのですから、これも当然の結果だったのかも知れません。

では、ロシア革命のもたらしたものは何だったのでしょうか。確かにスターリン体制という残酷な側面があったことは事実ですが、他方で社会主義が掲げる「経済的平等」「貧困からの解放」は世界を席巻し、アメリカもその対抗上、さまざまな社会福祉政策や労働法規の整備に乗り出さざるを得ませんでした。

しかし、ソ連の崩壊は「社会主義の敗北」「資本主義の勝利」だとして、今まで東欧諸国との対抗上、維持してきた一定の福祉政策や労働者の権利は、その後は「新自由主義経済政策」の導入というかたちで縮小・解体の一途をたどって現在に至っています。それは日本でも、「首切り自由な派遣労働者制度の導入」を典型例として、さまざまな歪みをもたらしています。

チュニジアを発端とした今回の民衆蜂起も、ムバラク独裁政権がアメリカの言いなりになって極端な「新自由主義の経済政策」を導入した結果、下層民衆どころか、中産階級までもが貧困に喘ぐことになったことが、大きな背景になっていました。

今度のカイロ「自由広場」での運動を担ったのが、30代以下の若者たちだったが、そのことをよく示しています。報道映像を見ていると、若い医者までも参加して驚かされましたが、考えてみれば、現在のアメリカでも路上生活の追いやられている医者が少なくないことを考えれば、これも当然と言えるでしょう(堤未果『貧困大国アメリカⅡ』)。

「我々は自らの血で歴史を書き変えているのだ」エジプト人医師が語るムバラク辞任まで抗議が続く理由
http://www.democracynow.org/2011/2/9/we_are_writing_history_by_our

そう言えば、チュニジアの民衆蜂起のきっかけとなった「焼身自殺」の若者も、大学卒であるにもかかわらず、市場の野菜売りしか仕事がありませんでした。先のブログでも紹介しましたが、それすらも警察から嫌がらせを受ける始末でした。
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註: ロシア革命は、アメリカを典型とする資本主義社会に、人間社会の崩壊をくい止める「タガ」をはめる一定の役割を果たしたわけで、だからこそ、この「タガ」を外そうと、ヨーロッパ列強は誕生したばかりのソ連に対して、執拗に干渉戦争をしかけました。日本の「シベリア出兵」も、この一環だったと見てよいでしょう。
 この意味で、チョムスキーが、ソ連の崩壊を「偽りの社会主義は崩壊し、これから真の社会主義が誕生するための芽生え」だと評価していることも、念頭においておくことは無駄ではないと思います。)

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今回のエジプトにおける民衆蜂起(これを「エジプト革命」と呼ばない理由については後述するつもりです)の意義について簡単に述べるつもりが、書いているうちにどんどん長くなっていって困っています。

しかし、私がこんなことを書きたくなったのは、私の主催する英語教育の研究会のメンバーが、今回の民衆蜂起にあまり関心がなく、関心があっても、ほとんどその意義が分かっていないように感じられたからでした。

そのことは、このブログへのアクセス数にもよく表れています。というのは、私が下記の記事を書いたときには、アクセス数がその日のうちに100を超え、思わず眼を疑ったからです。

毎日新聞の「英語でOC授業をする」という誤報
http://pub.ne.jp/tacktaka/?entry_id=3444777

ところが、次の「エジプトの民衆蜂起から何を学ぶか(1)」は、投稿した日のアクセス数が60程度だったのです。

私が世界史に残る大事件だと思って、上海から帰宅する時間も惜しんで書き続けた記事、そのアクセス数が、英語教育に関する記事の半分以下というのは、何とも形容しようのない気持ちになりました。

しかし、私のブログの読者が、「英語に興味・関心があるひと」に多いとすれば、上記のことは、私が拙著『英語教育が亡びるとき』で大略、次のように書いたことを傍証するもののように思えて、複雑な気持ちになりました。

<「英語または英語教育に興味・関心があるひと」は、「英語や英会話には興味をもつが、英語を道具として人間や世界を知ることに、あまり関心がないひとが少なくない」、これを中野好夫氏は「英語バカ」と呼び、英語とはそういう不思議な魔力をもっているから、よほど心して取りかからねばならない、と述べている。>

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私は上記のことを拙著では「英語読みのアメリカ知らず」とも言い換えています。というのは、「英語に興味・関心があるひと」は、「英会話や英語そのものに興味をもつが、英語を道具として世界やアメリカの現実を知ることに、あまり関心がないひとが少なくない」と思うからです。

その典型例が月刊『英語教育』の特集でした。同誌はかつて、「いかにオバマ演説が素晴らしいか」を解説する特集を組んだことがありますが、それを読んで見ると、その演説を絶賛・礼賛する論考はあっても、それがいかに欺瞞に満ちているかを分析している記事はひとつもなかったからです。

ただ一つだけ「オバマ氏に対する批判もある」と書いている論説があったので、興味を持って読んだのですが、なんと驚いたことに、その論者は「アメリカにはオバマ氏を社会主義者だとして批判するの右派勢力もいる」と述べているだけなのです。

オバマ氏が大統領選挙で一番多くの献金をもらったのはウオール街からだったことを、この論者は全く知らないようでした。だからこそオバマ氏は、その御礼として、アメリカ国内だけでなく世界中を金融危機に追い込んだ張本人を、財務長官に任命したのでした。

その結果、国民の税金で救われたはずの金融界は、いま国民が一層の貧困生活を強いられているにもかかわらず、金融危機以前よりも高額の給料とボーナスを手に入れています。他方で、金融危機に追い込まれた民衆は塗炭の苦しみに追い込まれて、私が定年退職する直前に訪れたギリシャでも、国家破産の寸前にまで追い込まれていました。

このようなオバマ氏を、「社会主義者と呼ぶものもいる」と形容するだけで、それに対する疑問や批判を何一つ紹介できない英語(教育)研究者とは、いったい何なのでしょうか。当代随一のシェークスピア研究者と称されていた中野好夫氏に、「東大教授」という、人も羨む地位を投げ捨てさせたものは、いったい何だったのでしょうか。
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註:チョムスキーは「アメリカという国は,企業社会主義の国だ。なぜなら巨大企業や巨大金融業は国民の税金で救済されるからだ」と述べています(『チョムスキーの教育論』明石書店)。オバマ氏も、"too big to fail" という理由でウオール街に奉仕しているわけですから、その意味では確かに「社会主義者」と言われてもしかたがないでしょう。

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ムバラク体制が崩壊すると、パレスチナのガザ地区を包囲して生きた牢獄にしようとする壁の一角が崩れますから、イスラエルが必死になってムバラクを支えようとするのは当然ですが、しかし、それ以上にムバラク体制を支えてきたのが、アメリカでした。

アメリカのエジプトに対する軍事援助は、世界の一二を争う巨額なものです。カイロ「自由広場」に集まった民衆を襲撃するのに使われた武器も、すべてアメリカ製でした。ですから、本当にエジプトの民衆を助けて民主主義を実現したいのであれば、オバマ氏は「援助」という介入から手を引きさえすればよかったのです。

ところがオバマ氏は「秩序ある移行(orderly transition)が望ましい」と言っただけで、ムバラク支持の民衆を装った国家警察や軍事警察が、民衆を殺傷しても静観する姿勢を崩しませんでした。恐ろしいことにムバラクが刑務所の囚人を解き放って「自由広場」を襲撃させたときも、オバマ政権の基本姿勢は変わりませんでした。、

ヒューマンライツ・ウォッチの報告:ムバラク政権の弾圧による死者は300人 大量拘束と虐待の恐れも
http://www.democracynow.org/2011/2/9/human_rights_watch_300_deaths_massive

オバマ政権のねらいは、ムバラク氏の任期が満了する9月まで彼を支え、その間に善後策を講じる時間稼ぎをすることでした。そのことは、オバマ氏が派遣したエジプト特使フランク・ウィズナーの経歴を見れば、火を見るよりも明らかです。

「帝国の仲介者」:オバマ政権のエジプト特使フランク・ウィズナーがムバラク政権存続を支持
http://www.democracynow.org/2011/2/7/the_empires_bagman_us_ambassador_frank

彼は、「エジプト軍と経済開発庁への助言を行い、ムバラク政権のために欧米で訴訟や仲裁に携わったこと」を公言する元エジプト大使であり、派遣されてからもムバラク大統領支持を表明していました。

つまり、今度のムバラク政権の崩壊は、オバマ氏が世間知らずの「民主主義の理想」を振りかざしてムバラクを見捨てたから実現したものではなく、若者が痛ましい「焼身自殺」を契機に「非暴力直接行動」に乗りだし、それを多くの民衆が支持し行動する中で実現したものでした。

ですから、オバマ氏があたかも初めから若者たちの行動を支持していたかのように振る舞うのは、「どうしてもムバラクを[任期切れの9月までは]支えきれない」と、最終的に決断した後のことでした。

前回のブログでチョムスキーが「独裁者を最後まで裏から支え、どうしても支えきれなくなったときに、それを切り捨てて見事に転身する。これがアメリカの歴史が示す一貫した原理である」と言っていることを紹介しました。これを絵に描いたように証明してくれたのが、オバマ氏の言動でした。


ロバート・フィスク「オバマが民衆に手を差しのべない事こそが悲劇だ」― エジプト蜂起に対する米国のレトリックと行動のギャップを語る
http://www.democracynow.org/2011/2/9/the_great_tragedy_is_obama_chose

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これは、かつての南ベトナム政府や韓国の、うち続く独裁政権で歴然としています。南ベトナム政府や韓国では、支えきれなくなったらクーデターで次々と首をすげ替え、それでも支えきれなくなったら、容赦なく切り捨てるという、みごとな転身ぶりをアメリカは示してきました。この途中で韓国のような痛ましい「光州事件」が起きたのです。

今回のカイロの「自由広場」でも、若者を中心としたエジプト民衆は、自分の命を省みず、広場を死守することを選び、勝利しました。しかし「光州事件」の場合は、米軍によって裏から支持された韓国軍は、光州市民の全市一体となった団結と抵抗を無惨に押し、屍体の山を築きました。今回のカイロ「自由広場」でも同じ結果になりはしないか。それだけが私の最大の気がかりでした。

しかしエジプト民衆は勝利しました。この勝利はロシア革命と違って、職業革命家が指導したものではありません。言ってみれば,若者の「手作りの運動」が創り出したものです。そして世界中の「抑圧されている人たち」に「変革は可能だ」というメッセージを発しました。だからこそ私は「これはロシア革命に次ぐ、あるいはそれ以上の意味をもつ蜂起だ」と考えたのです。

ただしムバラクは去っても、イスラエルに支持され、米軍やCIAと密接な関係を保ってきた人物(オマール・スレイマン)が副大統領となり、軍部が今のところ最高権力機関となっています。ですから、民衆の願いが本当に実現されるかどうかは、まだ未知数です。私が「エジプト革命」と呼ばずに、「エジプトの民衆蜂起」と呼んだ所以です。

「オマール・スレイマンはCIAの手先、エジプトの拷問責任者」
http://www.democracynow.org/2011/2/11/omar_suleiman_the_cias_man_in

それでも、この「エジプトの民衆蜂起」が世界中の若者や民衆に与えた影響は計り知れないものがあります。その証拠に、今や中東全体に民主化の嵐が吹き荒れ広まっています。

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最近、アメリカ=ウイスコンシン州では,州知事が「公務員労働者の団結権やストライキ権を剥奪する」「抵抗自治体があれば、市であろうが町であろうが州兵を出動させても鎮圧する」と宣言しました。

民衆蜂起の結果、いまエジプトでは、禁止されていた労働者の団結権が、やっと認められようとしているのに、いまアメリカは全く逆の方向に動こうとしているのです。

オバマ氏も、軍事費は拡大しながら、他方で政府職員の賃金「5年間凍結」を宣言しました。そのうえ、平和運動の活動家を「テロリスト」として、強制捜査に乗り出すことすら始めています。

もうひとつだけオバマ氏の珍妙さをあげるとすれば、ペルシャ湾岸の国バーレーンでは、民衆が血に染まりながらも民主化を要求していますが、2月18日(金)の記者会見では、オバマ氏はイランを非難しながら、バーレーンについて、口をつぐんで全く言及しませんでした。アメリカの巨大な軍事拠点になっているからでしょう。

「街頭は民衆の血に染まっている」 バーレーン警察、数百人の民主化運動デモに対し残虐な夜間攻撃
http://www.democracynow.org/2011/2/17/people_are_bleeding_in_the_streets

大手メディアには、「イラン革命は中東全体をイスラム原理主義の国に転換しかねない」との論調も見られますが、こうなると、「英語読みのアメリカ知らず」は、英語(教育)関係者だけではなかったのか!と、暗然たる思いにさせられます。

これでは、命をかけて民主化のために闘ってきた彼ら彼女らにたいして、あまりにも失礼ではないでしょうか。「世界を揺るがした18日間」で死者は300人を超えているのですから。

また、独立メディアを通して、カイロ「自由広場」から連日のように届けられてきた若者たちの声を追ってきたものにとって、この運動が「ムスリム同胞団」が主導したものでないことは明々白々たる事実だからです。


「街頭にいる人々こそが英雄」:フェースブック活動家のワエル・ゴニムが語るエジプト刑務所からの12日ぶりの解放
http://www.democracynow.org/2011/2/8/the_heroes_are_the_ones_in

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エジプトの民衆蜂起から何を学ぶか(1)―「非暴力直接行動」の意義

いま、2月7日(月)ですが、上海から名古屋空港へ向かう飛行機の中でこれを書いています。
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上海にいる間もエジプトで起きている政変のニュースが気になって、パソコンにつないだインターネットでDemocracy Now!の報道を追いかけてきましたが、カイロのTahrir広場を埋め尽くした民衆が、何とかムバラク政権からの攻撃をはね除け、広場を死守したもようで本当にホッと胸をなで下ろしているところです。

Day of Departure: Massive Demonstrations Across Egypt Aim to Oust Mubarak. Sharif Abdel Kouddous Reports Live from Cairo
http://www.democracynow.org/2011/2/4/day_of_departure_massive_demonstrations_across

2月4日は金曜日でイスラム教徒が礼拝をする日ですから、この日に礼拝を終えた民衆がTahrir広場の集会に参加するかどうかは、この闘いの山場でした。ですから、ムバラク政権側では、その前に広場を埋め尽くす民衆を何とか撃退したいと思っていました。

その手段として利用したのが、刑務所の囚人に釈放する条件として広場で独裁政権打倒を叫ぶ民衆をナイフや棍棒などで襲撃させることでした。

もう一つの方法は国家警察に民衆の服装をさせて、やはりナイフや棍棒で広場の民衆に襲いかからせることだったのですが、逆に民衆に取り囲まれて、国家警察であることを暴露されてしまいました。

Video Report on the Battle for Tahrir: An Inside Look at How Pro-Democracy Activists Reclaimed Tahrir Square After Attacks by Mubarak Forces
http://www.democracynow.org/2011/2/4/video_report_on_the_battle_for

というのは、エジプト独裁政権は、民衆の抵抗を防ぐために、「国民はすべて常時、IDカードを身につけていなければならない」として、警察国家と化しているので、つかまえた「反ムバラク派」のふりをしていた暴徒も、実は公安警察の一員だったことが暴露されてしまったのでした。

ムバラク政権が、このTahrir広場の民衆を排除する際に取ったもう一つの手段は、報道関係者をまず広場から排除することでした。ですから、金曜日の礼拝日に先立って、ムバラク政権は広場に結集する民衆を排除する前に、そこにいる外国の報道関係者をまず徹底的に排除する必要がありました。

というのは、広場の民衆に暴行をふるっている場面を撮影されたり、ことばや映像で世界中に報道されたのでは、世界中からの非難がムバラク政権に集中する恐れがあるからです。

そんなわけで金曜日の礼拝日が来る前に、エジプトのメディアはもちろんのこと、外国のメディアの多くが攻撃の対象となり、殺される外国特派員も出てくるような大惨事となりました。エジプトの国営放送では「外国のメディアがTahrir広場の民衆を扇動しているから、健全な国民は広場に行くな」と呼びかけていました。

Eliminate the Witnesses: Committee to Protect Journalists Criticizes Mubarak’s Policy of Attacking and Silencing Journalists in Egypt
http://www.democracynow.org/2011/2/4/eliminate_the_witnesses_committee_to_protect

しかし、米国の最も保守的で、むしろ従来はムバラク政権(およびムバラクと大の仲良しであるイスラエル政府)を指示してきたFOXテレビの記者すら襲われるようになったのでは、さすがのオバマ大統領も、ムバラク大統領に引導を渡さざるを得ませんでした。

しかし、それをはっきりと明言するのではなく「平穏な政権移行が望ましい」と表現でしたから、エジプト民衆は失望を隠しきれないようすでした。

虐殺の目撃者: ムバラク支持勢力が反政府デモ隊に発砲を始めたタハリール広場からのレポート
http://www.democracynow.org/2011/2/3/eyewitnesses_to_a_massacre_reports_from

カイロの鎮圧で逮捕、殴打されるジャーナリストと人権活動家たち
http://www.democracynow.org/2011/2/3/eyewitnesses_to_a_massacre_reports_from

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日本ではあまり知られていませんが、ムバラク政権が独裁政権であることはアラブ世界では周知のことでした。

「独裁政権」というと、日本人はまず、イラクのフセイン政権や、北朝鮮のキム政権を思い浮かべますが、エジプトのムバラク政権下では、この30年間まともな選挙がおこなわれていません。政府の認める条件を満たさない限り、野党の立候補すら認められてこなかったからです。

ところがオバマ氏は、アラブ諸国で唯一の「民主主義国」としてエジプトを選び、カイロで、有名な「アラブ世界との融和」を訴える演説をおこないましたが、その舌の根も乾かないうちに、イスラエルによるガザ地区の封鎖やガザ地区援助船フローティラへの武装攻撃を黙認し、多くのアラブ市民を失望させてきました。

ガザ地区への封鎖は、イスラエルによる海と陸の封鎖が続いていたとしても、エジプト国境から陸路で援助物資を運び込めば、医療品さえまともに届かない現状を打破できるはずなのですが、ムバラク政権はイスラエル(と米国)の意向を尊重し、エジプト側の国境を開けようとはしてきませんでした。

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アメリカがエジプトのような独裁国家を支援してきたことは、あまり知られてきませんでしたが、もっと知られてこなかったのは、サウジアラビアとの関係ではないでしょうか。

サウジアラビアは王制国家で、今まで選挙らしきものすらおこなわれてきませんでした。ところが不思議なことに、アラブの世界でアメリカと最も友好的な関係を結んでいるのが、このサウジアラビアとエジプトでした。

ですから「イラクに民主主義を」というのが、「大量破壊兵器の存在」という嘘が露呈した後の、イラク戦争の口実でしたが、もし本当にアラブの世界で民主主義を実現したいのであれば、なぜ友好国であるエジプトやサウジアラビアから着手しなかったのかが、問われてきます。

そのほうが、相手は友人なのだから、武力を使って民主主義を強制しなくても、説得と納得で実現できたはずだからです。

しかし、アメリカはエジプトの独裁政権に民主主義を伝授するのではなく、この30年間、大量の武器や戦車や戦闘機を供与し続けてきました。そしてその武器が民主主義を求める民衆運動の弾圧に使われてきました。

アイマン・ザワヒリというひとは、ビンラディンに続く「アル・カイダ」のナンバー・ツーと言われている人ですが、名門カイロ大学医学部を卒業したにもかかわらず、貧困にあえぐエジプト民衆を救うべく政治に転じた経歴の持ち主です。しかしエジプトでは弾圧の嵐で、獄中生活を送った結果、「アル・カイダ」にたどりついたと言われています。

もしエジプトが、民意を反映させる選挙ができる「まともな民主義国」であったならば、アイマン・ザワヒリという人物も生まれなかったでしょう。

911事件で米国マンハッタンのツインタワーを攻撃したとされている犯人たちのほとんどは、サウジアラビア人でしたが、一人だけエジプト人がいました。不思議なことに日本では、ツインタワーを攻撃した人物として詳しく紹介されたのは、このモハメド・アタという人物だけでした。

(彼らサウジの若者がアメリカを攻撃した理由の一つが、サウジの王族が贅沢三昧の生活を送っているにもかかわらず、米国がそんな政権を支援し、米軍基地をイスラム教の聖地近くに米軍基地を築いたことにあったと言われています。)

モハメド・アタも名門カイロ大学を優秀な成績で卒業した後、ドイツの工科大学建築学科大学院に留学しています。その彼がアメリカに敵意を持つようになったのも、エジプトの独裁政権下ではカイロの古代建築が崩壊するするまま放置されていることにたいする憤りだけでなく、民衆の悲しみに対してムバラク政権が、ほとんど何の関心も払っていないことにたいする怒りだったと言われています。
(『テロリストの軌跡―モハメド・アタを追う』朝日新聞アタ取材班、2002)

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ここからは、2月7日(月)、中部国際空港から帰宅途中の電車の中で書いています。
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今度のエジブトにおける民衆蜂起の直接的なきっかけになったのは、チュニジアの青年が独裁政権の政策に抗議して焼身自殺を図ったことにありました。

エジプト拠点の政治評論家「チュニジアからの第一の教訓は、革命が可能ということ」
http://www.democracynow.org/2011/1/18/egypt_based_political_analyst_the_first

チュニジアではエジプトと同じような独裁政権が、エジプトと同じくらいの長期間にわたって(約30年間)恐怖政治を続けてきたのに対して、これまたエジプトと同じく米国政府が、金と武器を援助しながらその独裁政権を支えてきたというのですから、本当に驚いてしまいます。

それはともかくとして、チュニジアのエリート大学を出た人間すら就職口が見つからず、やむを得ず始めた野菜売りの仕事すらも禁止されたことに対する抗議として、若者が選んだ方法が、自ら油をかぶり、それに火をつけて焼身自殺することでした。

イスラム教というと「自爆テロ」という強いイメージがありますが、爆弾を抱えて敵陣で自爆し、一般市民まで巻き添えにする「自爆テロ」よりも、この「焼身自殺」という、一般市民を巻き添えにしない「自死」という方法のほうが結果として、相手にとって「より強い攻撃」になったことが分かります。

これはガンジーが英国によるインドの植民地化にたいする抵抗運動のとして採用した「非暴力直接抵抗運動」のひとつの形態だと思われますが、ベトナム戦争のときにその有効性は既に実証済みのことだったように思います。

というのは、南ベトナムの独裁政権に対する抵抗運動として仏教徒たちがとった手段が、チュニジアの青年がとったのと同じガソリンを浴びておこなう「焼身自殺」でした。

この場合は、米国の支援を受けながら、「南ベトナム解放戦線の活動家を拷問・虐殺する」南ベトナム軍事独裁政権にたいして、南ベトナム仏教徒の高僧が日時と場所を指定して「焼身自殺」することが続き、その衝撃的な映像が全世界に流れました。

それが南ベトナム軍事独裁政権に対する抵抗運動を国内で強めるきっかけを創り出しただけでなく、米国の侵略政策にたいする疑問を米国市民に抱かせ、反戦運動を米国全土に広げる最大の要因の一つになったわけです。
(ロックグループのRage Against the Machine は自分のアルバムに,この焼身自殺の写真を使っています。)







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今回のチュニジアにおける青年の焼身自殺も、同じ衝撃をチュニジア国内で同じ効果を持っただけでなく、米国による外交政策(独裁政権への援助)にたいする疑問を全世界に投げかける効果を持ちました。

そして、このチュニジアにおける青年の焼身自殺に触発されて、エジプトでは年配の弁護士がやはり「焼身自殺」というかたちでムバラク独裁政権にたいする抗議を表明し、それが一つの契機になってエジプトの若者の間にも「ツイッター」や「フエイスブック」を通じて、「抵抗運動」の呼びかけがエジプト全土に広がり、現在の状況をつくり出すことになったわけです。

フアン・コールが語るチュニジア暴動「労働運動、インターネット活動家、地方労働者が牽引する一般大衆の革命」
http://democracynow.jp/dailynews/11/01/18/3

大手メディアの報道を見ていると、「ツイッター」や「フエイスブック」が今回の蜂起をつくりだしたかのように言われていますが、「焼身自殺」という「非暴力直接抵抗運動」が、「自爆テロ」という「暴力的直接抵抗運動」よりも巨大な力をもったという分析が皆無であることに、私は大きな疑問と問題を感ぜざるを得ません。

米国のような世界最強の軍事力を持つ国に支援された独裁国家(これにはイスラエルも含みます)を相手に闘う場合、「自爆テロ」という「小さな暴力」を使って抵抗しても、相手は「戦車」「武装ヘリコプター」「無人爆撃機」「バンカーバスター」「黄燐弾・劣化ウラン弾」などの超近代兵器で攻撃してくるわけですから、勝てるわけがありません。

小さな暴力的な抵抗、すなわち「自爆テロ」、貧弱な性能しか持たない「ロケット弾」で、巨大な軍事国家=米国に支援されたムバラク独裁政権(&ユダヤ教原理主義国家イスラエル)にささやかな抵抗を試みたとしても、市民を巻き添えにした暴力的抵抗は、相手に反撃の口実を与えるだけで、ほとんど何の効果も生んできませんでした。

ところが、今回のチュニジアやエジプトの運動は、全く別の抵抗運動が可能であることを、改めて全世界に明示しました。

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以下は、自宅に到着した後、寝室にパソコンを持ち込み、引き続き、思い浮かぶことを書いていますので、論旨があちこち揺れ動きますが、お許しください。
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このようなことを考えると、米国によるイラク戦争がいかに無意味だったかということが改めて明らかになったような気がします。

もともと「大量破壊兵器の存在」という嘘で塗り固められた戦争でしたが、その嘘が暴露されたあとは「独裁政権イラクに民主主義をもたらす」という口実でイラク戦争は継続されました。しかし、チュニジアやイラクの現状を見れば、民主主義をもたらすのに外部からの武力介入は全く必要ないことは歴然としています。

それどころか独裁者フセインを育ててイラン=イラク戦争をけしかけたのは、そもそも米国だったのですから、「独裁政権イラクに民主主義をもたらす」というイラク戦争の口実も全くの嘘だったことは初めから分かっていたことでした。

そもそも、まともな選挙をすれば6割の人口を占めるシーア派の人たちが政権を握ることが分かっていたからこそ、2割の人口しかいないスンナ派のフセインにお金と武器を援助しながら独裁政権を支えてきたのです。

ですから、イラクの独裁政権を倒して民主主義をもたらすために必要だったのは、外部から干渉したり援助したりすることを、アメリカがやめることだけだったのです。

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エジプトのムバラク政権に対しても、米国は、現時点では(2月7日)軍事援助をやめると明言していません。オバマ氏が言っていることは「穏健なる政権の委譲・移行」のみです。そのことがカイロにおける惨事を延長・拡大することにつながってきましたし、今もそのことが続いています。

これでは米国のCIAやイスラエルのモサドといった情報機関と緊密な連絡をとりながら、拉致・拷問を取り仕切ってきたオマル・スレイマンを副大統領に任命したムバラク政権が、かたちを変えて温存されるだけでしょう。だからこそ今もカイロのTahrir広場で抵抗運動が続いているのです。

政府の譲歩案発表後も高まるムバラク政権への退陣要求
http://www.democracynow.org/2011/2/7/protests_demanding_mubarak_to_resign_grow

チョムスキーは「米国の外交政策は、独裁者を次々とすげ替えながら独裁政権を援助し、どうしても独裁政権を支えきれなくなったときは、それを投げ捨てて、新しく誕生した民主政権を初めから支持してきたかのように、みごとな変身を遂げることを特徴としてきた。したがってエジプトでも同じことをするだろう」と述べていますが、南ベトナムや韓国の独裁政権の転変ぶりは、まさにチョムスキーが言うことをまざまざと実証してきました。

ノーム・チョムスキー「私の覚えている限りこれは最も注目に値する蜂起だ」
http://democracynow.jp/dailynews/11/02/02/4
Noam Chomsky (Part 2): “This Is The Most Remarkable Regional Uprising That I Can Remember”
http://www.democracynow.org/blog/2011/2/2/part_2_noam_chomsky_this_is_the_most_remarkable_regional_uprising_that_i_can_remember

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それにしても、カイロのTahrir広場にずっと寝泊まりしながら抵抗運動を続けているひとたちに対して尊敬と感嘆の念を禁じ得ません。

彼らが帰宅できる日、彼らに安寧の日々が、一刻も早く訪れることを強く願っています。しかし、そのために私たちに出来ることは何なのでしょうか。

そんなことを強く思いながら書いているうちに、またもや長いブログになってしまいました。どうかお許しください。
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Author:狐狸庵居士(田舎の国立大学を2010年に定年退職)

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