もう一つの京都大学事件(その6)--石 剛 『日本の植民地言語政策研究』(明石書店、2005)

英語教育(2014/10/29)
石 剛 2005

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さて、私は以前のブログ:「法人化」された国立大学の未来――京都大学の「国際化断行」は何をもたらすか(2013.9.21)で次のように書きました。

上記のメールでは、「そればかりでなく、"会議や各種書類の英語化の推進" までも謳われている」とありました。外資系企業ならいざ知らず、いったい誰のために会議を英語でおこない、書類まで英語化しなければならないのでしょうか。

『チョムスキーの教育論』で述べられている「家畜化としての教育」がこれほど露骨に顕在化した例は他にないのではないかと唖然としました。こんな案を上意下達に提示されて誰も反対するひとが京大にはいなかったのか!?そう思っていたら下記のような動きが京大にも存在していたことを知りました。

「外国人100名雇用」計画に対する反対声明
― 京都大学「国際高等教育院」構想に反対する人間・環境学研究科教員有志
http://forliberty.s501.xrea.com/archives/587

「滝川事件」で学問の自由と大学の自治を問いただした京都大学(1933)、「京大天皇事件」で象徴天皇のあり方を問いただした京都大学(1951)は今も健在と知り、少し安心しました。上記の反対声明は下記の文言で終わっています。

<案のなかには、今後「会議や各種書類の英語化の推進」を図るという内容まで含まれているが、なぜ日本にいながら、全体の割合のなかでは少数派の外国人に合わせおもねって、日本人があえて議論の劣勢となるような、あたかも植民地政策を思わせるような状況作りを強制しなければならないのか。あまりにも露骨に英語を崇拝して屈従しようとする総長の態度は、愚の骨頂である。>


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上記の<京都大学「国際高等教育院」構想に反対する人間・環境学研究科教員有志>の声明では、次のような強い怒りが表明されています。

今後「会議や各種書類の英語化の推進」を図るという内容まで含まれているが、なぜ日本にいながら、あたかも植民地政策を思わせるような状況作りを強制しなければならないのか。


これを読んでいて私の頭にすぐ浮かんだのは、石 剛『日本の植民地言語政策研究』(明石書店、2005)という本です。

この本は題名でもすぐ分かるとおり、日本が台湾、満州国、さらには中国本土を植民地にしていったとき、そこで展開された日本語教育・植民地言語政策を詳細に研究したものです。

著者=石剛氏の母語は中国語なので、朝鮮における日本語教育については十分に展開されていませんが、台湾、満州国、さらには中国本土でおこなわれた言語政策(第2-3章)を読むだけでも、アメリカが日本で展開している英語教育がどのような意図で展開されているのかが、逆によく分かるように思いました。

たとえば日本が、清朝最後の皇帝=愛新覚羅溥儀[あいしんかくら・ふぎ、満洲語発音はアイシンギョロ]を「執政」のちには「皇帝」として祭り上げ、中国東北部でつくりあげた傀儡国家「満州国」については、同書第2章で次のように書かれています。

官庁用語をはじめ、公用語においては、二言語併用制の政策をとりながらも、官吏には、関東州および満鉄沿線の日本側の学校などで日本語教育を受けたことのある人が多く、とくに高層官僚には、日本留学組が多く起用されたため、日本語は大手を振って官庁用語として通用した。次のような報告からもその一端がうかがえる。

<新京に於けるインテリ層などに於ては、殆ど日本語一本建で進んでゐるのが通例である。例へば、満洲国語研究会などに於ては、日系の委員と満系の委員とが殆ど同数であるが、さうした委員会では、すべて日本語だけで取り運ばれて行く。また、各官庁の会議なども殆ど日本語だけで行はれてゐる。さうした会議などで、日本語を満語に翻訳するなどといふ必要は毫もない。>

官庁用語、とくに政権の中枢では、日本語の勢力はその政治的力と比例していることがわかるのである。しかしこれは同時に、上層部での言語運用の実態と民衆の言語生活とのあいだに、亀裂と隔たりが大きく生じたゆえんでもある。(前掲書50頁)


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中国の元朝がモンゴル人によってつくり上げられたと同じように、清朝は満州人によってつくりあげられた国ですから、清朝滅亡後に「清朝の復活・満州族の再興」をひとつの口実にして、日本は愛新覚羅溥儀を満州国「執政」(のちには「皇帝」)に祭り上げました。

ですから、満州国の正式な言語は「満語」でしたが、実質は日本の傀儡国家ですから、日本語は大手を振って満州国を闊歩していました。ですから、<新京に於けるインテリ層などに於ては、殆ど日本語一本建で進んでゐるのが通例である>という状態でした。

ここで「新京」とあるのは今の吉林省長春市で、当時は満州国の首都でした。当時のようすを報告した文書の「新京」を「京都」と読み替え、さらに「満州国語研究会」を「京都大学理事会・教授会」などといった語句に入れ替えると、次のような文章になります。

京都に於けるインテリ層などに於ては、殆ど英語一本建で進んでゐるのが通例である。例へば、京都大学理事会・教授会などに於ては、日系の委員と英系の委員とが殆ど同数であるが、さうした委員会では、すべて英語だけで取り運ばれて行く。また、各種会議なども殆ど英語だけで行はれてゐる。さうした会議などで、英語を日本語に翻訳するなどといふ必要は毫もない。


上記では元の文章を生かして、「英系の委員」すなわち「英語人」と「日系の委員」すなわち「日本人」を「ほとんど同数」としてありますが、今度の京都大学における採用人事では、「英語人」は全職員のなかの圧倒的少数派になるはずです。

だとすれば、上記の有志声明で次のような強い怒りが表明されているのは、いわば当然とも言えるわけです。これは当時の心ある満州人の嘆き・怒りでもあったでしょう。

なぜ日本にいながら、全体の割合のなかでは少数派の外国人に合わせおもねって、日本人があえて議論の劣勢となるような、あたかも植民地政策を思わせるような状況作りを強制しなければならないのか。あまりにも露骨に英語を崇拝して屈従しようとする総長の態度は、愚の骨頂である。


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ところで、私は以前のブログ [もう一つの京都大学事件(3)― 「教育と国家の家畜化」「日本の半永久的依存」の起源" (2013.10.4)] で次のように書きました。

・・・とはいえ最近では、この「英語教育プログラム」はもうひとつの意味を持ち始めています。というのは、それは、「英語」という商品、「英語母語話者」という商品を日本に輸出するという、経済的価値も持ち始めているからです。

最近のアメリカは製造業のほとんどを海外に移してしまっていますから、今や輸出するものがあまりなくなってきています。ですから、TOEICやTOEFLどころか英語教師までも輸入してくれるという日本の政策は、財政赤字に苦しむアメリカにとって、これほど好都合なことはありません。

TOEFLの受験料が約2万円だということを考えただけでも、このような商品を日本人の全受験生に強制することによって、どれだけの収入がアメリカにもたらされるか、どれだけの血税が湯水のようにアメリカに流れ込むかは、容易に理解できるはずです。これが、財政赤字を口実に消費税を値上げしようとしている、我が日本政府の政策なのです。

この状況は、かつて英語教育の改善を口実に、全国の公立学校にALT(外国語指導助手)を無理やり買わされたときと酷似しています。実をいうと、いまや日本の学校に隈(くま)なく配置されているALTは、教育の論理からうまれたものではなく貿易摩擦を解消するためにアメリカから無理やり輸入させられたものでした。

これについては、すでに拙著『英語教育原論』(137-138頁、227-220頁)で述べたので、これ以上、詳述しません。


上記で「英語」という言語、「英語話者」という外国人が、輸出入できるひとつの「商品」になっていることに注目していただきたいと思います。私は上記の叙述に続けて次のようにも書いています。

日本は今まで、「年次改革要望書」というかたちで、アメリからさまざまな要求を呑まされてきました。「郵政民営化」はその典型例です。

ですから京都大学の「外国人100名雇用」計画のような、「国立大学における外国人教師の大量輸入」も、裏でアメリカからの強い圧力があったのではないかと疑っています。

しかしそれを実証する材料が今の私にはありません。したがって、「TOEIC、TOEFL、および外国人教師(恐らくそのほとんどはアメリカ人)の輸入」については、私の仮説にとどめておきたいと思います。しかし次のような事実だけは頭にとどめておく必要があるでしょう。

<事実1> 日本全国に配置されているALTは、教育の論理からうまれたものではなく貿易摩擦を解消するためにアメリカから無理やり輸入させられたものだった。これがALTの輸入に文科省だけでなく外務省・総務省もからんだ理由である。


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今まで述べてきたような、「英語」や「英語話者」を輸出入のできる一つの商品だとする考えは、非常に奇異に感じられるかもしれません。

私もディヴィッド・グラッドルの『英語の未来』(研究社、1999)という本を読むまでは、そういう考えがあることを想像だにしていませんでした。しかしこの本は、ブリティッシュ・カウンシル(British Council)が次のようなテーマで、グラッドルに研究させたものだったのです。

大英帝国がかつての輝きを失い、今や「イギリス語」の威信さえ「アメリカ語」に奪われつつある現在、この「イギリス語」の未来をどう考えたらよいのか、「イギリス語」の商品価値はいつまで続くと考えたらよいのか。


それ以来、私は「英語」や「英語話者」が輸出入のできる一つの商品だという考えにあまり違和感を感じなくなりました。というよりも、今までとはまったく違った視点で英語教育を考えるようになりました。

ところが、『日本の植民地言語政策研究』を読んでいたら、すでに戦前の日本でも、「英語」や「英語話者」を輸出入のできる一つの商品だとする考えがあったことを知って、小さな衝撃を受けました。

というのは、『日本の植民地言語政策研究』第2章(102-103頁)に、中国における「日本人教習」すなわち「日本語を母語とする日本語教師」は、「最盛期に六〇〇名を数え、日本で『我が国輸出品の一つ』と呼ばれるほどだった」と書かれていて、さらに次のような説明があったからです。

 大規模な教員派遣は一九〇五年からはじまり、日本語をはじめ、各教科の「日本教習」が中国に「招聘(しょうへい)」され、小学校から大学まで各種の学校で教えるようになり、多いときは一年に数百名送る年もあった。

 その裏には、当時の駐清公使内田康哉や小村寿太郎外相らの中国側に対する熱心な働きかけがあった。かれらは、欧米諸帝国との拮抗関係をつよく意識して、日本が教育および文化的な分野においてもすすんで影響力を発揮し、「清国教育の実権は欧米に委ねるべきに非ず、断然日本がこれを握るべきだ」と主張している。いうまでもなく、それまでの欧米の在華勢力を駆逐し、日本がとって代わるのがそのねらいだった。

 またその背景に、清朝が、日本をモデルに学制と教育の改革を行おうとしたこともあった。清朝は一九〇二年から一九〇五年にかけて科挙制を廃止し、一九〇二年に「欽定学堂章程」、一九〇四年に「奏定学堂章程」を発布して、一九〇五年に学部を創設した。そして、一九〇二年の京師大学堂の再開をきっかけに、かつての総教習マーチィンが解雇され、その代わりに例の服部宇之吉ら日本人教習が招聘された。これは日本が教育分野で確実にその勢力を増大させたことの一つの象徴的な出来事である。


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上記の叙述から、日本語をはじめ各教科の「日本教習」(すなわち日本語人)が中国へと大量に輸出され始めたのは、1905年すなわち日露戦争で日本が勝利してからだということが分かります。

アジア人がヨーロッパ人と戦って勝利したというので東アジアどころかイスラム圏の中東諸国でも日本の威信が一気に高まったときでした。私がアフガニスタンを訪れたときも現地のひとが日露戦争のことを知っていて驚かされました。

それはともかく、この日露戦争を契機に、清国は日本をモデルに学制と教育の改革を行おうとしました。それが日本人教師の大量輸入につながりました。それは同時に、「清国教育の実権は欧米に委ねるべきに非ず、断然日本がこれを握るべきだ」とする日本政府の強力な裏側での圧力と併行していました。

このような経過を見ていると、日本がアジア太平洋戦争でアメリカに敗北し、アメリカによる占領と同時に(あるいは講和条約の締結後も)英語と英語人が大量に輸入された状況と酷似していることがよく分かるのではないでしょうか。

かつての清国では、"大規模な教員派遣は一九〇五年からはじまり、日本語をはじめ、各教科の「日本教習」が中国に「招聘」され、小学校から大学まで各種の学校で教えるようになり、多いときは一年に数百名を送る年もあった" とありますが、今の日本は,この比ではありません。

というのは、いまや京都大学のみならず日本全国で、"英語をはじめ各教科の「英語人」が日本に「招聘(しょうへい)」され、小学校から大学まで各種の学校で教えるようになり、多いときには1年に数千名(それどころか数万?)がアメリカから輸入されるようになっているからです。

たとえば、主に英語母語話者を日本に「招聘」するJETプログラム(The Japan Exchange and Teaching Programme)の大半は「外国語指導助手ALT」ですが、これだけでも、2006年度には5,508人にも達し、その大半はアメリカから来日しています。こうしてALTは世界で最大の語学指導を行う「招致」事業となっています。

つまりALTだけでも世界で最大の「英語人」輸入事業になっているのです。このほかに全国の大学や英会話学校で採用されている英語教師を含めて考えれば、「英語」および「英語人」がいかに巨大な輸出入商品になっているかが、よく分かってもらえるはずです。

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しかも、この輸入された「英語」「英語人」が、英語力=研究力だけでなく英語力=洗脳力としても大きな役割を持たされていたことは、ブログ(2013.9.30)「もう一つの京都大学事件(2)― 松田武『戦後日本におけるアメリカのソフト・パワー:半永久的依存の起源』(岩波書店2008)」で書いたとおりです。

このことを考えると、京都大学の「外国人100名雇用」計画(これはさらに150人が追加されて総計250人になる予定)は、単に「人間の輸出入問題」として片付けることのできない重大な問題をはらんでいるように思われます。これについては、すでに長くなりすぎていますので、次回にゆずります。
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内部告発者エドワード・スノーデンが「サム・アダムス賞」を受賞! 他方で緊迫する日本の「機密保全法案」!!

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スノーデン氏に「サム・アダムス賞」を手渡す、元NSA, CIA, FBI, DOBの高官たち

http://rt.com/news/rt-whistleblowers-snowden-prize-983/
http://www.democracynow.org/2013/10/14/edward_snowden_is_a_patriot_ex
Edward Snowden (3rd R) alongside UK WikiLeaks journalist Sarah Harrison (2nd R) and the US whistleblowers (L to R) Coleen Rowley (FBI), Thomas Drake (NSA), Jesselyn Raddack (DoJ) and Ray McGovern (CIA)

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本当は「もう一つの京都大学事件(5)」の続編を書きたいのですが、いま安倍内閣が画策している「特定秘密保護法」が緊迫した情勢を迎えています。

そこで、やむなく予定を変更して、内部告発者スノーデン氏が受賞した「Sam Adams賞」と、今にも閣議決定されようとしている「秘密保護法」について書きたいと思います。

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さる2013年10月9日(水)、ロシアに臨時亡命しているNSA(国家安全保障局)内部告発者エドワード・スノーデン氏が数ヶ月ぶりにモスクワでカメラの前に姿を現しました。

サム・アダムス賞(Sam Adams Award)の授賞式に臨むためです。

この賞は、CIAを退職した人たちが結成したSAAII「情報機関の高潔さを求めるサム・アダムスの会(Sam Adams Associates for Integrity in Intelligence)」から内部告発者に授与される賞です。

この賞をたずさえてモスクワを訪れたのは、いずれも有名なNSA、CIA、FBIなどの元高官4人です。しかも彼らはいずれも内部告発者としてアメリカ政府から厳しい追及を受けた人たちばかりでした。

以下はその氏名です。

レイ・マクガバン(Ray McGovern、元CIA分析官) ベトナム戦争時に内部告発者となった同僚のCIA職員Sam Adamsを記念してアダムス賞を創設した人物の一人。

コリーン・ロウリー(Coleen Rowle、元FBI捜査官) 911事件におけるFBIの失敗を内部告発して、2002年にサム・アダムス賞最初の受賞者となった。彼女は同時に、その年のタイム誌「Person of the Year」にも選ばれた。

トマス・ドレイク(Thomas Drake、元NSA高官) 911事件のあとブッシュ大統領が合州国憲法をふみにじる大規模な盗聴活動を開始したことを内部告発し、スパイ防止法違反で逮捕されたが、最終的に無罪をかちとった。2011年に受賞。

ジェスリン・ラダック(Jesselyn Radack、元司法省DOJ倫理顧問) いわゆる「アメリカン・タリバン」として有名になったJohn Walker Lindhが、弁護士も逮捕状もなしの軍事裁判を告発した。2011年にドレイク氏と同時受賞。上記のドレイク氏の無罪をかちとった弁護団の一員でもあった。

なお、ウィキリークスの創設者であり、今はイギリスのエクアドル大使館に亡命中のジュリアン・アサンジ(Julian Assange)も、2010年に同賞を受賞しています。

スノーデン氏がロシア経由で南米に亡命しようとしたとき(またロシアで一時亡命せざるを得なくなったときにも)大きな援助の手を差しのべたのが、ウィキリークスでした。

またブログ冒頭で紹介した写真で、スノーデン氏の右隣にいる女性がウィキリークスから派遣されたサラ・ハリソン(Sarah Harrison)で、この事件のためアサンジ氏だけでなく彼女もオバマ氏からしつこく付け狙われる運命になりました。

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<註> さらに時間のある方は下記のブログおよび翻訳も参照いただければ幸いです。
元CIA高官レイ・マクガバンは語る「拷問は間違った情報を手に入れる最良の方法」
http://pub.ne.jp/tacktaka/?entry_id=4769248
http://www42.tok2.com/home/ieas/McGovern.html
 また、サム・アダムスという人物、および「サム・アダムス賞」についてはレイ・マクガバン氏による下記HPに詳しい説明があります。
Sam Adams Award
http://raymcgovern.com/sam-adams-award.html

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スノーデンの「サム・アダムス賞」授賞について語る、4人の元アメリカ政府高官 (中央は司会者)

http://rt.com/news/rt-whistleblowers-snowden-prize-983/
Whistleblowers Jesselyn Radack, Thomas Andrews Drake, Ray McGovern and Coleen Rowley (L to R) and presenter Kevin Owen (C) in RT’s studio in Moscow

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ところで、「スノーデンを今年度のノーベル平和賞に!」いう声が世界の各地から聞こえていたのですが、ノーベル賞選考委員会は化学兵器禁止団体OPCH(The Organization for the Prohibition of Chemical Weapons)に平和賞を授与しました。

オバマ大統領はイスラエルと一緒になってシリア爆撃を声高に主張していたのですが、国連査察団による検証結果が出ないうちに爆撃しようという動きに、世界の世論は大きく反対に傾いていました。

それどころかアメリカ議会でも、共和党の議員のなかですら爆撃反対の声を上げるものが出始め、評決をとっても賛成が得られそうにない状況になっていました。

そこへ、シリアを説得して「化学兵器廃棄」という助け船を出したのがロシア大統領プーチン氏でした。こうしてオバマ大統領は「議会で否決される」という屈辱をプーチン氏によって救われ、かろうじて面子(めんつ)を保つことができたのでした。

その結果、中東一円に戦火が拡大しかねないイラク爆撃、そして莫大な難民が発生して手のつけようのない状態になる恐れがあったイラク爆撃、これを回避させたプーチン氏にノーベル平和賞を!という声も出始めていました。

というのは、オバマ氏が国内どころか世界中の政府・企業・国民を盗聴していることが、スノーデン氏の内部告発で明らかになり、亡命先を求めて途方にくれていたスノーデン氏に臨時亡命を認めたのもプーチン氏だったからです。

しかし、ノーベル選考委員会は、スノーデン氏にもプーチン大統領にも(あるいは米軍の犯罪を暴露したマニング氏にも)平和賞を授与せず、化学兵器禁止団体OPCHに平和賞を授与しました。

こうしてOPCHはいまシリアの化学兵器廃棄にとり組んでいますが、中東で核兵器と化学兵器の両方をもつイスラエルがまったく免罪されたままシリアやイランだけが「武装解除」に追い込まれていく事態は、中東民衆の誰をも納得させていません。

「これを機会に中東一帯を核兵器および化学兵器の禁止地帯にしろ、それはシリアやイランも賛成していることだ」とチョムスキーは主張しているのですが、国連はそのような方向に動かずシリアやイランの「武装解除」だけを求めています。

つまり今度のノーベル平和賞の授与は、イスラエルやアメリカの望む方向を後押ししただけでした。こうして今度の授賞は、またもやノーベル平和賞の政治性を浮き彫りにしただけに終りました。

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トマス・ドレイク氏(元NSA高官)と、ジェスリン・ラダック女史(元司法省・倫理顧問)

http://rt.com/news/snowden-award-wikileaks-video-093/

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ところで「サム・アダムス賞」の授賞式およびレセプションの会場は明らかにされていません。というのは、場所が明らかになると、オバマ氏得意の拉致・誘拐・暗殺が可能になり、スノーデン氏の身に危険が及びかねないからです。

現在のオバマ政権がどれほど腐敗しているかは、この一事だけでも歴然としています。

しかし元CIA高官が口を揃えて言っていることは、それでもスノーデン氏のおかげでアメリカ国内だけでなく、国際的にもアメリカのスパイ行為に抗議する大きな声があちこちで出始めているということです。

いま、ブッシュ大統領のときに「愛国者法案」に強く賛成した共和党議員でさえ、NSAの無差別な盗聴行為・スパイ行為を規制すべきだと言い始めています。これをジェスリン・ラダック女史は‘Snowden effect’「スノーデン効果」と呼んでいます。

‘Courage is contagious’: Whistleblowing Fantastic Four talk ‘Snowden effect’ on RT
http://rt.com/op-edge/snowden-russia-whistleblowers-courage-003/

ところが、日本は世界の流れと逆方向に向かって流れ始めています。安倍内閣は公明党も道連れにしながら、オバマ氏に見習って、日本をアメリカ流の監視国家にしようとしているのです。

戦前のような、治安維持法と特高(特別高等警察)が闊歩した暗黒社会に引き戻したい、これが安倍氏の願う方向のようです。

なぜなら消費税が増税され、さらにTPPが導入されれば、貧富の差は極点に達し、99%の民衆が反乱=「世直し一揆」に立ち上がるであろうことは、十分に予想されるからです。それを事前に封殺するためには、国民の「知る権利」「表現の自由」に強い縛りかけておかなくてはならないからです。

いまアメリカでは、「平和運動」「環境運動」「消費者運動」の活動家すら「テロリスト」として扱われ監視の対象になっていることを思い起こしてください。情報公開法(FOI:Freedom of Information Act) や内部告発者保護法(Whistleblower Protection Act)がある「自由の国アメリカ」でさえ、この状態であることを思い起こしてください。

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<註> 創価学会の初代会長・戸田城聖は、創価学会の前身=創価教育学会をつくりあげた牧ロ常三郎とともに、戦前、治安維持法によって投獄されました。このことを今の公明党はどう考えているのでしょうか。今の「特別秘密保護法」は、公明党・創価学会にとって、自らの墓穴を掘っているとしか考えられません。

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しかし先述のとおり、スノーデン氏を初めとする勇気ある内部告発者のおかげで、‘Snowden effect’「スノーデン効果」という新しい風が、世界中で吹き始めています。

Noam Chomsky: Imperial Power on the Decline
http://www.zcommunications.org/america-s-imperial-power-is-on-the-decline-by-noam-chomsky

ジェスリン・ラダック女史はDOJ司法省を追い出された後、政府の説明責任を追求する団体(GAP: Government Accountability Project)を起ち上げ、「内部告発者を守る運動」の先頭に立っています。

ですから、日本で今もっとも求められているのは、GAPのような「内部告発者を守る組織」であり、内部告発者を顕彰する「サム・アダムス賞」なのです。

そして、そのために真っ先に立法しなければならないのは、徹底した「情報公開法」や「内部告発者保護法」です。決して「特別秘密保護法」(実は「機密保全法「治安維持法」)ではありません。

というのは、TPPはアメリカの国会議員ですら内容を知らされていない秘密に満ちた協定ですし、北朝鮮の「脅威」を口実に、アメリカから買わされる巨額の軍事兵器など、日本政府としては、国民に知られては困る内容があまりにも多すぎるからです。

DemocracyNow!(2013/10/04)は次のようなインタビューを載せています。

「企業版トロイの木馬」
オバマが推進する秘密主義のTPP貿易協定は米国の法律書き換えにつながる

http://democracynow.jp/dailynews/13/10/04/1
http://www.democracynow.org/2013/10/4/a_corporate_trojan_horse_obama_pushes

いずれにしても、平和憲法改悪を目指し、かつアメリカの巨大多国籍企業、巨大軍事産業に奉仕する安倍内閣としては、この「特別秘密保護法」はどうしても通過させねばならない法律であることは確かでしょう。

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今回のブログでは、この法案についても詳しく書く予定だったのですが、もう長くなってきましたので、割愛させていただきます。下記情報をぜひ御覧ください。

秘密保全法に反対する全国の運動・集会
http://nohimityu.exblog.jp/20851299/
秘密保全法資料 - NPJ News for the People in Japan(2013/10/20)
http://www.news-pj.net/siryou/himitsuhozenhou/
特定秘密保護法案に反対する日弁連会長声明(2013年10月03日)
http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/statement/year/2013/131003.html
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もう一つの京都大学事件(5)―『現代世界で起こったこと、ノーム・チョムスキーとの対話1989-1999』日経BP)

英語教育(2013/10/12)
チョムスキーとの対話、現代世界で起こったこと

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前回のブログで、ナンシー・スノー『プロパンガンダ株式会社:アメリカ文化の広告代理店』(明石書店、2004)が次のように述べていることを紹介しました(下線は私が付けたものです)。

 文化事業のコンサルタントとして、私は、世界各国からやってきたゲストたちの世話をする機会をたびたびもった。彼らの全員が親米派となる資質をそなえているわけではなく、なかには、明らかに強烈な反米感情の持主であることを理由に選ばれた人たちもいる

 だが、それにもかかわらず、こうした海外からの訪問客を説得してアメリカ合衆国の国益と外交政策を支持してもらうために、アメリカの納税者から集めた数百万ドルもの資金が彼らの「接待費」として支出されてきたのである。

 エリートに反発を覚える向きもあるというのに、USIAが教養あるエリート層を宣伝活動の対象としているのは、利権誘導に力を発揮する一握りの有力者に照準を絞るときに宣伝効果が最大になると考えられているからである。

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上記で非常に興味深かったのは、「彼らの全員が親米派となる資質をそなえているわけではなく、なかには、明らかに強烈な反米感情の持主であることを理由に選ばれた」と書かれていたことでした。

このような「明らかに強烈な反米感情の持主」も選ばれたのは、二つの理由があると思います。一つは明らかに反共右派だと思われているひとたちばかりを招待すれば、「アメリカは私たち日本人を洗脳・煽動するために文化活動をしているのではないか」と疑われる恐れがあるからです。

藤田文子(2003)「1950年代アメリカの対日文化政策―概観」(『津田塾大学紀要』35巻:1-18頁)という論文にも、次のような叙述があって驚かされました。というのは、岩井章といえば左派的労働運動の指導者として非常に有名な人物だったからです。

アメリカの対日心理作戦は日本の各界の指導者への働きかけを重視したが、人物交流プログラムは,その重要な手段のひとつだった。[中略] 1955会計年度に、フルブライト交流計画とスミス-マント法に基づく人物交流計画の双方で渡米した日本の指導者と専門家は542人だった。そのなかには、総評の書記長に選ばれたばかりの岩井章を含む総評と全労の労働組合代表者11人もいた。(前掲書7頁)


また他方では、明らかに左派だと分かっている知識人を招待したとしても、それがまったくの無駄金に終わるとも限りません。というのは、すでに前々回のブログでも書きましたが、土屋由香(2013)「アメリカ情報諮問委員会と心理学者マーク・A・メイ」『インテリジェンス』13号:15-29)には次のような事例も紹介されているからです。

〔事例6〕社会党右派の顧問を務めていた大学教授への支援
 この教授が英語学習のためにUSISに接触したことをきっかけに日本語を話せるUSIS職員との間に友好関係が築かれ、社会党の左右統合の際には新しい党綱領を共同で英訳した。
 この教授はUSISとイギリス大使館の計らいで英米両国に派遣され、帰国後は両国について多くの著作を発表したほか、反共主義を唱えた思想家シドニー・フックの著作を日本語に翻訳した。
 思想的な不一致を越えた人間関係が日米協力に結びついた例として「マーク・メイ報告」はこの事例を高く評価している。


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ナンシー・スノーを読んでいて私の頭に浮かんだもうひとりの人物がいます。それは元東大教授(教育学部)藤岡信勝氏で、彼は左派的な教授として有名でした。

また氏は、板倉聖宣氏が開発した理科教育の方法である「仮説実験授業」「授業書方式」を、社会科教育に取り入れて教材開発をしている人物としても知られていました。

ところが在外研究でアメリカに行き、帰国したとたんに(私の目にはそのように映りました)、「自由主義史観研究会」「新しい歴史教科書をつくる会」「全国教室ディベート連盟」などをつくって、今までとは180度ちがった活動を始めました。

この氏の転向が在外研究とどのような関係があったのか分かりません。しかし帰国したとたんに今までの価値観とは正反対の活動を始めたので、私は何らかの関係があったのではないかと疑っています。しかし、それを立証する材料がないので今のところ私の仮説の域を出ません。

とはいえ、「ディベート」というアメリカ仕込みの、今まで日本で実践されたことのない討論方法を教育現場に持ち込み、その手法を使って「南京虐殺は本当に存在したのか」などとという「自由主義史観研究会」の主張を大々的に展開し始めたことは、非常に興味深い注目すべき事実だと思います。

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東京大学教育学部で9年間同僚だった元学部長の佐藤学氏が、『世界』1997年5月号の座談会「対話の回路を閉ざした歴史観をどう克服するか?」で次のように発言していることも、私の仮説の傍証になるかもしれません。

藤岡氏は1991年に文部省の在外研究員として渡米するにあたって「アメリカの教室におけるナショナリズムを、文化人類学の方法で研究して1年で学位論文を書く」と言っていたが、挫折して帰国。「自虐的な日本人ということが語られるのはその頃からです。けれども、僕から見ると、彼のほうがよっぽど自虐的です。ロシアやアメリカの陰謀説に自分自身の歴史や日本の歴史を重ねてしまっている。戦後の日本人の一部が抱き続けた報復感(ルサンチマン)と屈辱感が凝縮して表れていると思えてしかたがない」[出典:WikipediaJapan]


また、もうひとつ注目すべき事実に、「新しい歴史教科書をつくる会」をめぐる内紛があります。2002年2月から、アフガン戦争をめぐるアメリカへの評価などをめぐって反米色を鮮明にする理事待遇の小林よしのり氏や理事の西部邁氏と対立し、小林氏らが退会したという事実です。ここでも、藤岡氏がアメリカから帰国して親米に転向したことが分かります。

ですから私は、藤岡氏のアメリカ滞在中に何が起きたのか、それを知りたいと思っています。 文科省による在外研究であったとしても、ふつう在外研究には受け入れる大学が必要だからです。そこですぐに浮かんでくる疑問は次のようなものです。

Q1:藤岡氏を受け入れた大学はどこの大学か。受け入れた研究者は誰だったのか。
Q2:その大学や研究者を藤岡氏はどうして知ったのか、あるいは誰に紹介されたのか。
Q3:藤岡氏はアメリカで研究できるだけの英語力をどのようにして身につけたのか。
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<註> 私がQ3のような疑問をもったのは、既に土屋由香氏の論文で紹介したような〔事例6:のような事件があったからです。御承知のように、この社会党右派の顧問を務めていた大学教授がアメリカの文化工作に引き込まれたのは、英語学習のためにUSISに接触したことがきっかけでした。

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話が少し横道にそれたので、元のナンシー・スノーの『プロパンガンダ株式会社』にもどります。先に引用した箇所の続きは次のようになっています。

 著名な理論言語学者で、最近はアメリカを批判する政治的発言で注目を集めているノーム・チョムスキーも次のように述べている。
 「教養のない人よりある人を対象にしたほうが宣伝の効果が高まるのは、一つには教養人のほうが活字に触れる機会が多いため、その分、多くの宣伝メッセージを受け取るからである。
 「もう一つの理由は、彼らが管理的な仕事をしていたり、マスコミ関係者や学者だったりするため、宣伝機関の代理人として一定の権能をもって行動するということだ。そして、彼らは、宣伝機関が彼らに信じてもらいたいと思うことを信じる。
 「概して、彼らは特権的エリート層の一部であり、権力の座にある人々の関心と認識を共有している。」


このチョムスキーの発言でとくに注目を引いたのは次の箇所でした。

彼らが管理的な仕事をしていたり、マスコミ関係者や学者だったりするため、宣伝機関の代理人として一定の権能をもって行動するということだ。そして、彼らは、宣伝機関が彼らに信じてもらいたいと思うことを信じる。


これを読んでいて私の頭に真っ先に浮かんだ人物がオバマ大統領でした。以下にその理由を説明します。

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オバマ氏と言えば「シカゴで地域運動をしていた黒人が大統領になった」というイメージがありますが、彼は実はハーバード大学ロースクール[法科大学院]を卒業し、のちにはシカゴ大学ロースクールの講師として、合衆国憲法を講義していた学者でもありました。

ですからアメリカ支配層からすれば、「あの有能な黒人活動家を自分たちの側に抱き込むことができれば」と考えたとしても、何の不思議もありません。そして、その作戦は見事に成功しました。

しかも彼を支配層の側に引き込む大きな役割を果たしたのがハーバード大学ロースクールではなかったのか、と私は考えています。というのは、チョムスキー『現代世界で起こったこと:ノーム・チョムスキーとの対話 1989-1999』(日経BP、2008)に次のような説明があるからです。

ここでチョムスキーは、体制に逆らう人間をエリート大学に送り込んで「家畜化」する方法について述べているのですが、それには「さりげない管理方法」「露骨な管理方法」のふたつがあるとして、前者については次のような例をあげています。

まず、さりげない方法から見ていきましょう。例をひとつあげます。私はペンシルバニア大学を卒業したあと、ハーバード大学の「ソサエティ・オブ・フェローズ」というプログラムに進みました。ここはエリートの教養学校のようなところで、ハーバードやイェールの教授になることの意味や、正しいワインの銘柄や適切な発言の内容など、いろいろなことを教わります。ハーバードの施設をどこでも自由に利用でき、やることといえば週に一回夕食会に顔を出すだけです。そうしたければ、好きなだけ研究に打ちこむこともできます。しかし、この本当の存在意義は仲間同士で交流し、正しい価値観を新入生に教えこむことです。(前掲書392頁)


上記の下線部は私がつけたものですが、ここでチョムスキーは、ハーバード大学の本当の存在意義が新入生に「正しい価値観」を教え込むことにあったことを知って驚いた自分の体験から語り始めています。

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「実はもっとずっと重要な事例もあって、それはエリート校の役割をいっそう明らかにしています」と言いつつ、チョムスキーが次に紹介しているのが、ハーバード大学ビジネススクールの導入した「労働組合プログラム」です。

たとえば、一九三〇年代はアメリカで大規模な労働争議と労働紛争が起きた時代で、国内の実業界は恐れおののいていました。(中略)この動きを覆そうとする多大な努力が払われたのですが、そのひとつにハーバード大学が導入した「労働組合プログラム」があります。

労働運動で活躍している若者で次の年に支部長に選ばれそうな青年をビジネス・スクールの寮に入れて、学生や教授たちと交わらせるのです。そしてエリートの価値観や考え方を身につけさせ、「私たちの仕事は力を合わせて働くこと」「私たちはみな運命共同体」などというスローガンを教えこみます。

こうしたスローガンは必ず二枚舌で、世間一般に対しては「私たちは運命共同体、経営陣と労働組合は協力し、和の精神で共同事業に取り組んでいる」などと宣伝します。そのかたわらで、企業は労働者に対して激しい階級戦争を仕掛けます。どれだけ成果を上げたのかきちんと調べたわけではありませんが、組合の活動家を自分たちと交流させて懐柔する試みが大成功したのはたしかです。

このやり方は、私がハーバードの教育システムで身をもって経験したのと瓜二つでした。


私は先に、「ロックフェラー報告書『人物交流計画』にそって渡米した日本の指導者のなかに、総評の書記長に選ばれたばかりの岩井章を含む労働組合代表者が11人もいた」ことを紹介しました。これはアメリカ国内でおこなわれていたことを国外で実施したにすぎなかったことが、上記の説明でよく分かるのではないでしょうか。

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さていよいよ最後に紹介するのが、オバマ大統領が在籍していたハーバード大学のロースクールです。

彼はシカゴで地域活動をしていた後、ロースクールに入学し、その年の暮れに「ハーバード・ロー・レビュー」の編集長に、2年目にはプレジデント・オブ・ジャーナルの編集長に選ばれています。

そのハーバード大学ロースクールについて、チョムスキーは次のように述べているのです。

もうひとつ、二〇年ほど前にハーバード・ロースクールに通っていた黒人の公民権運動家から聞いた話を紹介しましょう。このエピソードからは別の形の圧力が明らかになると思います。

彼の話によると、ハーバード・ロースクールに来る学生たちは、最初は長髪でバックパックを背負い、「公共事業法を専門にして世界を変える」などと意気込んでいる、これがロースクール一年生のときです。それが半年たって春になると、ウォールストリートの法律事務所のリクルーターが、条件のいい夏休みのアルバイトの勧誘にやって来ます。

そこで学生は「ちょっとくらいヒゲをそってネクタイと背広姿になってもいいか。あんな割のいいバイト、やらないわけにはいかないからな」と言って面接のために身なりを整え、アルバイトの契約をします。そしてひと夏をニューヨークで過ごして秋にもどってくるころには、ネクタイとジャケットに身をつつみ、すっかり従順になって、イデオロギーも一八○度転換している、というのです。人によっては、ここまで変わるのに二年かかることもあるそうです。(前掲書394頁)


上記のような作戦がオバマ氏についてもみごとに成功したのではないか、と私は強い疑いをもっています。というのは、大統領としての氏の「業績」、あの悪名高いブッシュ氏をもしのぐ悪行の数々は、それ以外に説明のしようがないのではないかと思うからです。

日本の大手メディアの多くは、すでに「家畜化」されてしまっているので、大統領としてのオバマ氏の「業績」、あの悪名高いブッシュ氏をもしのぐ悪行の数々をほとんど報道していません。ここでその詳細を説明したい誘惑に駆られるのですが、長くなりすぎるので割愛させていただきます。

いずれにしても、京都大学の「外国人100人雇用」計画や、TOEFLを入試や卒業試験に使いながら日本の若者をアメリカに留学させようとする安倍内閣の政策が、何か別の狙いがあるのではないか ― と私が疑っている理由が、上記の事例で少しは理解していただけたのではないでしょうか。

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なお最後にひと言。

田中美佳子氏が訳出した『現代世界で起こったこと:ノーム・チョムスキーとの対話1989-1999』の原題は下記のとおりです。
Understanding Power: The Indispensable Chomsky

この原題を忠実に和訳するとすれば『権力を理解する:必読チョムスキー』のようなものになるはずです。あるいは『権力との闘い方:チョムスキー理解の必読書』といった題名にしたほうが、チョムスキーの真意が読者によく伝わるのではないでしょうか。

しかし、このような題名ではあまりに強烈すぎるというので出版側に自己規制がはたらいたのではないかと想像します。ここにも「自己家畜化」の典型例をみる思いがします。せっかく数々の民衆集会でチョムスキーが参加者と対話した膨大で貴重な記録が、このような抽象的な題名をつけられて皆の注目をひかないまま埋もれてしまうことが残念でたまりません。
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もう一つの京都大学事件(4)―『プロパンガンダ株式会社:アメリカ文化の広告代理店』(ナンシー・スノー、明石書店2004)

英語教育(2014/10/08)
プロパンガンダ株式会社 64950
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話が少し横にそれたので、ロックフェラー機密報告書の「英語教育プログラム」にもどります。前回のブログで引用したあとの段落では、さらに次のようなことが書かれています。

日本人は生活のあらゆる部分において英語の学習を受け入れる傾向があるので、英語教育の分野には潜在的に大きな可能性が認められる。事実、英語学習のクラスが、日本人の英語教育の要望に応える形で、合衆国情報教育局の文化センターに開設された。


ここでも英語教育は「洗脳力」として大きな可能性を秘めていることが(「機密」報告書であるだけに)赤裸々に語られています。つまり、「日本人は生活のあらゆる部分において英語学習を受け入れる傾向があるので英語教育の分野には潜在的に大きな可能性が認められる」というわけです。

現在の日本における「英語教育熱」を考えると、この報告書が1951年のものではなく2013年のものではないかと思えるほどです。

さらに、この機密文書は次の段落で、全国の主要都市に開設された「アメリカ文化センター」でおこなわれた「英語学習のクラス」が、日本のさまざまな分野ならびに各地域の代表者を標的にして展開されたことを報告しています。

大都市部の文化センターでは、英語学習のクラスは、公務員、教師、ビジネスマン、市民団体のリーダー、学生、それに政府の指導者などのグループに分かれて行われた。


占領期の日本ではCIE(民間情報教育局)の図書館が札幌から熊本まで23カ所に開設されていましたが、それが講和条約後には14カ所の「アメリカ文化センター」に整理統合されました。しかも「センター」の大きな活動のひとつが「英語学習のクラス」でした。

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ところで、「生活のあらゆる部分において英語学習を受け入れる」という日本人の性向を利用して、「表向きは英語教育法の改善を手助けする」するふりをしながら、「実際には、"健全なアメリカの理念" を日本社会に浸透させる」ことが、アメリカ文化センターのねらいだったことは、以前のブログで述べたとおりです。

私は能登半島の片田舎で生まれ育ちましたから「アメリカ文化センター」などというものの存在をまったく知りませんでした。しかし妻は金沢で育ちましたから(しかも義父は高校の英語教師でしたから)「アメリカ文化センター」の存在をよく知っていて、しばしば出入りしていたそうです。

上述の報告書では、大都市部の文化センターでは、「英語学習のクラスは、公務員、教師、ビジネスマン、市民団体のリーダー、学生、それに政府の指導者」などのグループに分かれて行われたとありますから、義父もみごとにアメリカ文化センターのねらいどおりになったと言うべきでしょう。

しかも義父は、「英語が分かるためには聖書も読まねばならない」と聖書研究会にも出入りするようになり、のちにクリスチャンになりました。ですから、英語学習をつうじて「健全なアメリカの理念を日本社会に浸透させる」という「アメリカ文化センター」のねらいどおりの軌跡を描いたとも言えるわけです。
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<註> アメリカ軍が日本を占領していたとき、総司令官マッカーサー元帥はできれば昭和天皇をキリスト教に改宗させたいと思っていたようで、その詳細は鬼塚英昭『天皇のロザリオ』上下2巻(成甲書房2006)に記されています。マッカーサーにとっては「健全なアメリカの理念」の極致がキリスト教だったのでしょう。

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こうして、「公務員、教師、ビジネスマン、市民団体のリーダー、学生、それに政府の指導者」など日本のさまざまな分野の代表者を、「英語学習のクラス」で育て上げた成果は次のようなかたちで花開いたとロックフェラーは報告しています。

 そのような英語教育プログラムの成果の表れとして、五一名の日本の指導者が一九五三会計年度末に、三ヵ月間のアメリカ視察訪問のための奨学金の受給者に指名された。彼らは、日本の各地域ならびにさまざまな分野の代表者であった。

 同年、アメリカ合衆国における大学院留学のために、フルブライト=スミス=マント奨学金が七五名の学生と青年指導者に支給される一方、一五〇名の学生と青年指導者には渡航費のみの奨学金が同じ目的のために支給された。(162-163頁)


このようにして日本のさまざまな分野の代表者が、「英語教育プログラム」を通じてアメリカに送り込まれました。

つまり「英語教育プログラム」はロックフェラー機密報告書で述べられていた次の五つの計画案と、実に見事に連動していたわけです。

第一は、東京に文化センターを設立すること、
第二は、東京と京都に学生を対象とする国際会館を設立すること、
第三は、国の指導者および学生を対象とする人物交流計画を継続すること、
第四は、徹底した英語教育プログラムを実施すること、
第五は、資料交換プログラムを実施すること


とくに上記の第一「文化センター」と第四「英語教育プログラム」が、第三「国の指導者および学生を対象とする人物交流計画」に直結していたことに注目していただきたいと思います。

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ここですぐに思い出されるのが、ナンシー・スノー『プロパンガンダ株式会社:アメリカ文化の広告代理店』(明石書店、2004)という本です。

そもそもアメリカの「対外文化政策」(実は「対外文化工作」)のために設置されたのがアメリカ情報庁(USIA:US Information Agency)であり、それを実現するために世界76カ国に設置されたのが、アメリカ情報局(USIS:US Information Service)でした。

では東京のUSISにどんな活動をさせたらよいか、これを研究させ報告させたのが、ロックフェラー機密報告書であり、五つの計画であったわけです。

そのワシントン本部 USIAに勤務していたナンシー・スノーが、自分の体験をもとにして書いたのが『プロパンガンダ株式会社』という本でした。

京都大学の左翼勢力を一掃するため若手研究者をアメリカに送りこむ計画が立てられたことは以前のブログで紹介しましたが、この本を読むとアメリカの「対外文化政策」がどのような狙いでおこなわれてきたのかが分かり、改めて愕然とさせられます。

以下に『プロパンガンダ株式会社』で目をひいた箇所を引用しながら、若干の解説を加えることにします。

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<註> 一般の研究書ではUSIA、USISは「アメリカ広報文化交流庁」「アメリカ広報文化交流局」という訳語が与えられています。
しかし上記は "US Information Agency" "US Information Service" の略語なのですから、「アメリカ情報庁」「アメリカ情報局」と訳すべきでしょう。もともとこの組織・部局はアメリカの情報戦・心理戦略の一環としてつくられたものです。
 にもかかわらず、Informationを「広報文化交流」と訳すのは、アメリカの真の意図を覆い隠すものであり、このような訳語をあててきたアメリカ研究者の「自己家畜化」を示す一例ではないでしょうか。"Ministry of War" を「陸軍省」と訳してきた姿勢と似ています。


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さて、彼女(ナンシー・スノー)は「人物交流計画」における「標的母集団」について次のように述べています。


 当たり前のことだが、宣伝というのは相手がいなければ成り立たない。USIAが具体的にどういった人々を宣伝の対象とするかは、宣伝担当者の政治イデオロギーによって決まる。

 もっとはっきり言えば、USIAは、実業家や専門職など、アメリカを世界のリーダーとみなすと予想される上流階級出身のエリートを主なターゲットにする。

 USIAに目をつけられた人たちは、たとえば国際ビジター・プログラムのようなあご足付きの訪問旅行に合衆国政府のゲストとして参加することが多い。

 こうしたかたちで実際にアメリカを訪れる人々は、USIAの目から見た標的母集団、すなわち、すでに将来を約束されているか、この先有力者となる可能性があり、比較的高学歴で、政治的・経済的意思決定において一定の役割を果たしている人たち全体の、おおむね10ないし20パーセントに相当する。

 彼らのほとんどは、ジャーナリストや編集者、学士院や芸術院の会員、企業経営者で、いずれも三週間のアメリカ訪問から恩恵を受けると思われる人たちである。(前掲書61-62頁)


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<註> あごあし‐つき【顎足付(き)】とは、食事代(=顎)と交通費(=足)を先方が負担すること。「顎足枕つき」とも言うが、「顎足つき」だけで宿泊費(=枕)も含意されているのが普通。

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上記で分かるとおり、まず「標的」になるのは知識人、とりわけ大学の研究者です。私が先に、愛媛新聞の記事を通じて「もうひとつの京都大学事件」を紹介したとき、固有名詞としては古川幸次郎および高坂正顕の2氏しか分かりませんでした。

古川幸次郎文学部教授、高坂正顕教育学部教授ら保守派とされる若手教授陣を米国に順次派遣するなどして反共派に育て、帰国後はこれら反共派がUSISと接触を続けるとともに、各学部の主導権を握り、左派封じ込めに成功したとしている。


しかし松田武『戦後日本におけるアメリカのソフト・パワー:半永久的依存の起源』を読んでいたら(291-292頁)、「標的とされた」もっと多彩な人物が固有名詞であげられていて驚きました。

 法学部の若くて前途有望な香西茂(こうざいしげる)助教授は国際法の専門家で、当時、ロックフェラー財団から社会科学助成金を付与されて、特別研究のために合衆国で研究していた。

 京都大学を訪れたロックフェラー財団のスタッフは、法学部を説得して、まだ人事が未補充となっていた法学講座とその教授ポストを、アメリカ合衆国から帰国した後の香西助教授に宛がうことを堅く約束させた。その結果、国際関係学と政治学の先駆的な講座が、京都大学法学部に開設されることになった。

 また、同じ法学部の道田信一郎教授は、ケイヴァーズ・フォード助成金を付与され二年間、ミシガン大学とハーヴァード大学に留学し、日本に帰国したばかりであった。そこで、未補充となっているもう一つのイギリス法講座をアメリカ法講座に転用し、そこに道田教授を宛がう合意も成立した。

 さらに三名の研究者、つまり、アメリカ海事法専門の川又良也教授、フルブライト助成金を受けた行政法専門の園部逸夫教授、それにその当時、アメリカ合衆国で研修中の研究者(名前不明)が、それぞれの分野に配属されることにより、それ以降はアメリカ人の客員教授が不要になった。

 このようにアメリカ合衆国からの助成金によって、京都大学の法学部は、未補充の講座をアメリカ研究分野の草分け的な活力ある講座へと転用することができた。

松田氏は上記に続けて、「以上は法学部の例をあげたのだが、アメリカ合衆国の助成金は、京都大学の四つの学部、すなわち、文学部、教育学部、法学部、経済学部の間で、学際的なアメリカ研究ができるようになり、小さなステップではあったが、重要な手助けをしたのである」と結んでいます。

この文学部の例が吉川幸次郎であり、教育学部の例が高坂正顕であったことは、すでに紹介したとおりです。いずれにしても、これはまさに「プロパンガンダ株式会社」の巨大な勝利ではなかったでしょうか。
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しかし、ここまで書いてきて大変なことに気がつきました。

それは「もうひとつの京大事件」と違って、今度の京都大学「外国人100名雇用」計画は、わざわざ日本人をアメリカに送り込んで、「洗脳」してから日本に送り返す手間がまったく省けるということです。

今度はアメリカが奨学金を出さなくても京都大学すなわち文科省のお金(つまり私たちの血税)で彼らを雇用するわけですから、一石二鳥なわけです。アメリカにとってこんなに美味しい話はないでしょう。

ナンシー・スノーは上記引用に続けて、さらに次のように述べています(下線は私が付けました)。

 文化事業のコンサルタントとして、私は、世界各国からやってきたゲストたちの世話をする機会をたびたびもった。彼らの全員が親米派となる資質をそなえているわけではなく、なかには、明らかに強烈な反米感情の持主であることを理由に選ばれた人たちもいる

 だが、それにもかかわらず、こうした海外からの訪問客を説得してアメリカ合衆国の国益と外交政策を支持してもらうために、アメリカの納税者から集めた数百万ドルもの資金が彼らの「接待費」として支出されてきたのである

 エリートに反発を覚える向きもあるというのに、USIAが教養あるエリート層を宣伝活動の対象としているのは、利権誘導に力を発揮する一握りの有力者に照準を絞るときに宣伝効果が最大になると考えられているからである


しかし、もう十分に長くなってきたので、この解説は次回にしたいと思います。
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もう一つの京都大学事件(3)― 「教育と国家の家畜化」「日本の半永久的依存」の起源

英語教育(2013/10/04)
土屋由香66069_mid 松田武 アメリカのソフトパワー
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前回のブログで、松田氏の前掲書『戦後日本におけるアメリカのソフト・パワー: 半永久的依存の起源』が、ロックフェラーの機密報告書の「英語教育プログラム」について次のように解説していることを紹介しました。

 年二回ワシントンに報告されるアメリカ大使館広報・文化交流局の評価報告書は、ロックフェラーの意見に沿う形で、英語教育プログラムのもつ潜在的な可能性を強調した。
     この報告書によれば、英語教育プログラムは、表向きは英語教育法の改善を手助けすることであるが、実際には、健全なアメリカの理念を日本社会に浸透させる道が、このプログラムによって、約束されるというのであった。

 続けて評価報告書は、資格のある英語教育専門家が日本に滞在していれば、教科書の執筆ならびにアメリカ合衆国の選定教材を日本に紹介する際に、折ある度に彼らは影響力を行使することができ、しかも長期にわたって影響を及ぼしつづけることができる、と述べた。


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上記でまず注目されるのは、ロックフェラーの機密報告書が「英語教育プログラムのもつ潜在的な可能性」を強調して次のように述べていることです。

英語教育プログラムは表向きは英語教育法の改善を手助けすることであるが、実際には健全なアメリカの理念を日本社会に浸透させる道がこのプログラムによって約束される。


私の言う「英語力=洗脳力」「国家の家畜化」をこれほど見事に要約して見せている文言は、他にないのではないでしょうか。

そもそもロックフェラー3世がダレス特使の文化問題顧問として日本に派遣されたのは、トルーマン大統領が1951年4月に「心理戦略本部」(PSB:Psychological Strategy Board)を創設したことに由来しています。

ですからロックフェラーの機密報告書「英語教育プログラム」も、日本にたいする心理戦すなわち「いかにして日本を『属国』『半永久的な米国依存の国』にするか」という戦略の一部として提案されたものでした。

しかし、そのような意図をあからさまに表に出しては成功するものも成功しなくなります。教育学で言う「AさせたいならB指示せよ」です。だからこそ「表向きは英語教育法の改善を手助けする」というかたちを取ったのです。

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とはいえ最近では、この「英語教育プログラム」はもうひとつの意味を持ち始めています。というのは、それは、「英語」という商品、「英語母語話者」という商品を日本に輸出するという、経済的価値も持ち始めているからです。

最近のアメリカは製造業のほとんどを海外に移してしまっていますから、今や輸出するものがあまりなくなってきています。ですから、TOEICやTOEFLどころか英語教師までも輸入してくれるという日本の政策は、財政赤字に苦しむアメリカにとって、これほど好都合なことはありません。

TOEFLの受験料が約2万円だということを考えただけでも、このような商品を日本人の全受験生に強制することによって、どれだけの収入がアメリカにもたらされるか、どれだけの血税が湯水のようにアメリカに流れ込むかは、容易に理解できるはずです。これが、財政赤字を口実に消費税を値上げしようとしている、我が日本政府の政策なのです。

この状況は、かつて英語教育の改善を口実に、全国の公立学校にALT(外国語指導助手)を無理やり買わされたときと酷似しています。実をいうと、いまや日本の学校に隈(くま)なく配置されているALTは、教育の論理からうまれたものではなく貿易摩擦を解消するためにアメリカから無理やり輸入させられたものでした。

フィリピンも日本に輸出するものがなく、人間すなわち看護師を買ってもらおうと必死ですが、英語教師の場合、アメリカが必死になって売り込まなくても日本政府は大金をはたいてアメリカから買おうとしているわけです。これについては、すでに拙著『英語教育原論』(137-138頁、227-220頁)で述べたので、これ以上、詳述しません。

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日本は今まで、「年次改革要望書」というかたちで、アメリからさまざまな要求を呑まされてきました。「郵政民営化」はその典型例です。

ですから京都大学の「外国人100名雇用」計画のような、「国立大学における外国人教師の大量輸入」も、裏でアメリカからの強い圧力があったのではないかと疑っています。

しかしそれを実証する材料が今の私にはありません。したがって、「TOEIC、TOEFL、および外国人教師(恐らくそのほとんどはアメリカ人)の輸入」については、私の仮説にとどめておきたいと思います。

しかし次のような事実だけは頭にとどめておく必要があるでしょう。

<事実1> 日本全国に配置されているALTは、教育の論理からうまれたものではなく貿易摩擦を解消するためにアメリカから無理やり輸入させられたものだった。これがALTの輸入に文科省だけでなく外務省・総務省もからんだ理由である。

<事実2> いまアメリカでは国家財政が破綻して、政府機関の一部閉鎖が2013年10月1日から始まり約80万人の職員が自宅待機に入った。この影響は、まず弱者・貧困者の生活を直撃し、これが長引けばいずれ全国民に及ぶことは確実だ。
http://rt.com/usa/us-government-shutdown-effects-550/

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いずれにしても、英語教育を改善するためと称して、いま高校や大学で「英語で授業」「外国人による授業」が叫ばれていますが、ロックフェラー報告書を読めば、その本音が別のところにあるのではないかと強い疑いが出てきます。

つまり安倍内閣の「教育再生実行会議」が提案している「教育改革プログラム」は、アメリカの要求に従ったものであるだけでなく、財界の意見を代弁しているものにすぎないのではないかという強い危惧をおぼえるのです。というのは「第3次提言」は経済同友会が2013年4月にまとめた「提言」に酷似しているからです。

つまり、今まで各企業が必要な社員には自前で英語教育をしていたのに、そのお金が惜しくなったので税金を使って学校教育でやらせようということです。この点については毎日新聞のインタビューでも述べましたので詳述しません。

「論点: 英語の授業どうあるべきか」
http://www42.tok2.com/home/ieas/interview130531english_teaching.pdf

しかし「福祉にあてる財源がなくなってきたから消費税を値上げする」と言いながら、実質的には「それを企業減税にまわそうとしている」今の政府の姿勢を見ているかぎり、私は自分の仮説・危惧の正しさをますます実感しつつあります。

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ところで、ロックフェラー報告書「英語教育プログラム」は、次の段落で、さらに次のように述べています。

資格のある英語教育専門家が日本に滞在していれば、教科書の執筆ならびにアメリカ合衆国の選定教材を日本に紹介する際に、折ある度に彼らは影響力を行使することができ、しかも長期にわたって影響を及ぼしつづけることができる。


これも英語力=洗脳力であることを露骨に述べています。外国人教師が教科書の執筆や教材の選定によって「折ある度に彼らは影響力を行使することができ、しかも長期にわたって影響を及ぼしつづけることができる」と述べているのですから。

たとえば、英語学習の本には元大統領ケネディの演説がよく取りあげられています。しかし、このような教材を使っているかぎり、アメリカの美化と「民主主義の旗手」という神話だけが日本人の頭脳に深く定着していくだけです。

というのは、ピッグス湾事件[キューバにたいしておこなわれた国家テロ]やベトナム戦争の本格介入[化学兵器Agent Orangeなどが使われ500万人の死者を出した] がケネディの承認のもとでおこなわれたことを誰も知らずに、英語学習が進行するからです。

同時にこれは、京都大学の「外国人100名雇用」計画が何をもたらすかを如実に示しています。教材の執筆・選定は彼らの意のままになる可能性があるからです。しかも採用される100名は、外国語科目の英語だけでなく、教養科目のあらゆる分野にわたるわけですから、事態はもっと深刻です。

そのうえ、「2020年までに専門学部でさらに150人規模 (先述の100人とは別)の外国人教職員を雇うことが言われているため、最終的には教養共通科目の半数を超える」と予想されているのですから、「教育の家畜化」という点で、その影響力たるや巨大なものになります。

なぜなら追加される150人規模の外国人教師は、他のところで専門科目を担当しつつ「高等教育院」の教養共通科目も担当するようになるのでしょうから、その影響力は教養科目どころか、専門科目のあらゆる分野におよぶことになります。これは「教育の家畜化」「国家の家畜化」という点で由々しき事態と言うべきでしょう。

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ここで想起しておきたいのは、ロックフェラー報告書が提言した第3の「人物交流計画」について松田氏が述べている次のような事実です(前掲書235頁)。

 アメリカは、将来のアメリカ学会を育てるために、スタンフォード大学など一流の大学から毎年5名ずつの教授を東京大学におけるアメリカ研究セミナーに送り込んだ。
 1950年から1956年までの全ての期間をつうじてロックフェラー財団は20万ドルのお金を注ぎ込み、そこに参加した日本人の学者・研究者は総勢593名にものぼったが、東京大学が出した額は毎年千ドルにすぎなかった。


つまり敗戦当初は、外国人教授の渡日費用・滞在費用のほとんどをアメリカが出していたのに、今度はそのすべてを日本が負担することになるということです。これでは、明治時代に当時の帝国大学が高い費用を払って外国人教師を雇っていた頃に逆行することになってしまいます。

当時の帝国大学には日本語による高等教育の教科書もなく、それを教える日本人教師もいませんでしたから、これは仕方がない処置であったでしょう。しかし夏目漱石がイギリスから帰国して東京帝国大学で教える頃には、すでに日本語による教科書で、日本人が高等教育を担うことができるまでに、日本は大きく変化していました。

にもかかわらず、よりにもよって、次々とノーベル賞受賞者を輩出し、アジアの諸国が驚嘆のまなざしで日本を見つめているときに、なかでも取りわけ多数の受賞者を出している京都大学が今になって発展途上国と同じ行動を取り始めたのですから、何ごとが起きたのかと、愕然としているに違いありません。

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しかも、ここで雇われる外国人教師は、京都大学の計画書を見るかぎり、日本人教師のポストを奪うかたちで輸入されます。「定年退職したあとの空きポストを外国人教師にあてる」と書かれているからです。

いま文科省は大学への交付金を毎年のように削り続けています。ですから、外国人(その多くはアメリカ人)を雇うために、多くの日本人が仕事を失うのです。日本人の税金が大量に使われ、そのお金は外国人教師の懐に入ります。

これでは、今でさえ博士課程を出ても就職口がなくで困っている若い研究者の未来を、さらにいっそう暗くすることに貢献するだけでしょう。

米軍基地のために「思いやり予算」がたっぷりと使われ、他方で財政難という理由で消費税が値上げされ、同時に日本人の医療や福祉などの予算が削られていくのと、その構造が似てはいないでしょうか。

これは「英語を公用語にする」を売り物にしている民間企業にとっても事情は同じです。いま日本は深刻な就職難なのに、採用されるのは「英語の母語話者」または「英語のできる外国人」ばかりということになれば、「これは日本企業なのか!?」ということになるでしょう。

日本人に雇用を提供しない企業など、私たちにとって何の意味があるのでしょうか。これでは安倍氏の言う「日本をとりもどす」どころか、「日本を売り渡す」ことになってしまいます。「日本をとりもどし」「美しい日本」を築くためには「地産地消」であり「日本人の、日本人による、日本人のための企業」であるはずです。
 
他方、「英語ができる」ことを売り物にしているアメリカ帰りの日本人を採用しても、「空気が読めない日本人」では国内の営業を妨害するだけの存在になりかねません。『週刊現代』(2013年4月27日号)に「英語ができて仕事のできない若手社員たち」という特集記事が載ったことがありますが、さもありなんと納得しました。

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<註> ノーベル医学生理学賞の受賞者・山中伸也教授に対する京都大学新聞のインタビューは次のような文言で終わっています。
―最後に京都大学の学生に向けてメッセージをお願いします。
「京都大学は日本人ノーベル賞受賞者を多数輩出し、特に自然科学系ではほとんどと言えるほどです。このような大学で20代前後の若い時間を過ごせることは、自身の今まで努力の結果とも言えますが、幸運なことです。これを最大限生かして、いま京大に在籍している学生の中からたくさんの研究者が出てくることを期待しています。」
http://www.kyoto-up.org/archives/1676 (2012.10.16)

しかし、このブログで以前にも述べたように、京都大学が英語にうつつを抜かすようになれば、ノーベル賞の受賞者が激減するかゼロになってしまうでしょう。その理由については後のブログでゆっくり展開するつもりです。
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