翻訳:チョムスキー「ヨーロッパ福祉国家の解体」、ギリシャから世界の夜明けが始まる!?
‘Dying out of poverty!’ Thousands gather for anti-austerity rally in Athens
「貧困から抜け出したい!」 アテネで新政府を支持し、反「緊縮政策」を求めて大集会

http://rt.com/news/229875-greece-debt-rally-peaceful/(February 06, 2015)
欧州ではギリシャに若い指導者ツイプラスを首相とする新しい左派政権が誕生し、それが飛び火してスペインでも左派政権が誕生しそうな状況なので、EU幹部は戦々恐々としています。というのは、この勢いが続けば通貨ユーロから脱退する勢力がEU全体に広がっていく恐れがあるからです。
またはツイプラス首相は、明確にEUのロシアにたいする経済制裁やウクライナのクーデター政権にたいしてもNOの姿勢をとっていいますから、アメリカの言いなりになって、クーデタによって成立したウクライナのキエフ政権を支えてきたEUやNATOにとっても、これも非常に頭の痛い話です。
それはともかく、そもそもギリシャにこのような左派政権が誕生したのは、EUがアメリカ流の経済運営を導入し、厳しい緊縮財政(austerity)をギリシャ、スペイン、イタリアなどに強制し、その結果、失業が蔓延し自殺者が相継ぐ状態になったからに他なりません。たとえばギリシャでは「自殺率が35%」も増加、「毎日ひとり」の割合で自殺しています。
Greek austerity has caused more than 500 male suicides – report(April 21, 2014)
Austerity to blame for 35% suicide surge in Greece – research(February 04)
いま安倍政権は「国家成長戦略」と称して、「英語の授業は英語で!」「大学入試にTOEFLを!」などと、狂ったように英語熱をかきたてています。「日本の停滞は私たちが英語を話せないからだ」というわけです。
しかし「国民の英語力」と「国家の停滞」は、基本的には何の関係もありません。いまヨーロッパがこのような状態に追い込まれているのは言語政策の結果ではなく、間違った金融政策で国家財政を破綻させ、そのつけを「緊縮政策」というかたちで国民に尻ぬぐいさせた結果でした。
アメリカに端を発した金融危機が欧州全体を揺り動かしただけでなく、EUによるアメリカ流の経済運営が各国を貧困の極致に追い込んだのです。その結果、南欧の各国はIMFなどからお金を借りる条件として厳しい「緊縮財政」を強いられることになったのですが、この政策は庶民の医療や社会保障を根こそぎ壊滅させています。
そのことを、チョムスキーは以下のインタビュー「ヨーロッパ福祉国家の解体」で明確に述べています。2012年の論考ですが、いまこそ読み直してみて欲しい論考だと思い、再掲する次第です。
<註> 現在の安倍政権がとっている「量的緩和政策」(quantitative easing)は、表面的には「緊縮財政」(austerity)と違うように見えますが、「庶民増税」「金持ち・大企業減税」→「庶民の医療や社会保障を根こそぎ壊滅させる」という点では、本質的には同じものです。その意味で、ギリシャが、このような政策と闘う若くて力強い新政権を、総選挙で誕生させたことは、私たちに未来への大きな希望をいだかせるものでした。これは同時にウクライナのクーデター政権に未来がないことの証明にもなっているように思います。
ギリシャの新首相ツィプラス ノーム・チョムスキー


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ヨーロッパ福祉国家の解体
Unraveling the Welfare State
ノーム・チョムスキー (December 23, 2012)
https://zcomm.org/znetarticle/unraveling-the-welfare-state-by-noam-chomsky/
<EUROPP編集者による前書き>
スチュアート・A・ブラウンStuart A Brownとクリス・ギルソンChris Gilsonとの2回のインタビューの第1回目である。ノーム・チョムスキーは、ヨーロッパの「専門的技能家による官僚政治」(technocratic governance)がなぜユーロ圏の緊縮経済政策が危機を解決できないのか、ギリシャやフランスのような国々でなぜ極端な右派勢力が台頭するようになったのか、を論じている。
質問:ヨーロッパで少数の専門的技能家集団(テクノクラート)が政治を取り仕切っていることは、欧州民主主義にとって何を意味するのでしょうか?
チョムスキー:その問題点は2つあります。まず第1に、少なくとも民主主義を信じるのであれば、そんなことはあってはならないことです。第2に、彼らが追い求めている政策はヨーロッパをさらにさらに深刻な問題へと追い込むことになるだけです。不景気のさなかに緊縮財政を強いるという考えは、まったく意味をなしません。とくにヨーロッパ南部の諸国では問題がいくつもありますが、とくにギリシャでは、成長を減少させるよう国に強要すれば問題が減るどころか逆効果です。なぜならGDPに比して負債が増加するだけだからです。それが彼らのやってきた政策なのです。
スペインはまた別のケースです。スペインの財政が崩壊するまでは、政府は実際うまくやってきました。財政は黒字でした。問題は色々ありましたが、財政破綻は政府ではなく銀行が引き起こしたものです。その中にはドイツ銀行もありました。ドイツ銀行はアメリカの銀行と同じスタイル(サブプライム住宅ローンsubprime mortgages)でお金を貸していました。そこで金融制度が崩壊し、その後、緊縮財政がスペインに課されました。それは最悪の政策です。失業を増大させ、成長は減少させます。政府は銀行と投資家を救済していますが、それが中心であっては解決策にはなりません。
ヨーロッパには景気刺激が必要です――IMFさえもその立場に賛同しています――そして景気を刺激する方策はいくらでもあります。ヨーロッパは豊かなところです。ヨーロッパ中央銀行には利用可能な準備金がたくさんあります。しかしドイツ連邦銀行はその準備金を使って景気刺激策をとるのを嫌っています。投資家がそれを好まないからです。銀行はそれを嫌っていますが、それが追求すべき政策なのです。アメリカの経済新聞の書き手たちすら、それに同意しています。ヨーロッパが政策を変更しなければ、さらに深刻な不況に突入するだけです。
EU委員会は来年の経済予測にかんする報告書を公表したばかりですが、その予測はひどい低成長と失業の増加です。これこそが主要な問題です。それは非常に重大な問題です。失業は一世代の人びとを破壊してしまいます。それは些細な問題ではありません。それはまた経済的な観点から言っても論外です。人々が失業に追い込まれたら、人間的な意味でも非常に重大ですが――個々人にとって大変な災害ですが――経済的観点から言っても極めて有害です。要するに、利用されていない資源が多く残されているのですから、それを経済の成長・発展のために活用すべきだし、それは可能なのです。
いまヨーロッパでとられている政策に何か意味があるとすれば、次のような仮定をするしかありません。つまり、彼らの目的は「福祉国家を弱体化し、あわよくば解体してしまおう」ということにあるという仮定です。しかもそのことを実際に語っているひともいるのです。ヨーロッパ中央銀行頭取マリオ・ドラギMario Draghiはウォールストリートジャーナル紙とのインタビューで言いました。「ヨーロッパの社会契約は死んだ」、と。彼はその方向を支持してそう言ったわけではありませんが、それこそ、その政策が何をもたらすかを示しています。恐らくまだ完全には「死んで」いないでしょう。誇張してそう言ったのでしょう。しかし攻撃に晒(さら)されていることだけは確かです。
質問:ギリシャやフランスのような国々における極端な右翼の台頭(たいとう)は、ユーロ危機が示す別の側面なのでしょうか?
チョムスキー:全くそのとおりです。ギリシャではそれが顕著ですが、フランスでも最近しばらく起きていることです。それは反イスラムの人種差別に基づいています。実際フランスでは、それ以上のレベルに達しています。多くのことが起きているのに(それは私にとっては驚くべきことなんですが)、全く議論もされていません。今日、フランスがユダヤ人を国から追いだし、どこかへ移動させはじめた、と考えてみてください。彼らが攻撃され抑圧され貧困に追いやられて不幸になるような場所へと追い出すのです。そんなことをすれば世界中から非難の声が湧き上がり大騒動になることは想像に難くありません。しかし、まさしくそれが今フランスのやっていることなのです。ユダヤ人に対してではなくロマ人に対してです。ロマ人は、あの当時、ユダヤ人とほとんど同じ扱いを受けました。彼らはホロコーストの犠牲者でした。その彼らがいま、ルーマニアとハンガリーへと強制的に追い出されています。彼らの行く手には惨めな将来が待っています。しかし、これについて公に語られることはほとんどないのです。それは極端な右派勢力のことではなく、フランスの世論全体がそれを良しとしているのです。驚くべき現象ではないでしょうか。
しかし、極右のひろがりはヨーロッパにとっては脅威です。ドイツも似たような現象が現れています。たとえば、ドイツにはネオナチ集団があります。彼らは自分たちのことを「ネオナチ」とは呼びませんが。それはいま組織化を進め、[第2次世界大戦時の連合国による] ドレスデンの爆撃を非難し、25万人が殺されたと主張しています。実際の数字の10倍です。確かにドレスデンの爆撃はほんとうに犯罪でした――大犯罪です――が、ネオナチ集団が言っている意味とは少し違います。
目をもう少し東に転じて、たとえばハンガリーはどうでしょうか。ちょうど先週、極右のジョッビク党Jobbik partyの議員ゾルト・バラス Zsolt Barathが恥ずべき演説をしました。そのなかで彼はユダヤ人がハンガリーの政策を決める地位についていると非難しました。「われわれは奴らのリストを作り、奴らの人種を判別して、このガンを取り除かねばならない」等々です。ご存じのように、私は老齢ですので、1930年代に起きたことを個人的にも明確に記憶しています。しかし、それが何を意味するのかは皆が知っています。そういうことがヨーロッパの大部分で起こっているのです――たいてい最初は反イスラムの人種差別からきています――そしてそれは恐ろしい現象です。
質問:近い将来、ヨーロッパがその危機を解決するのを、見ることができるでしょうか?
チョムスキー:いま、ユーロ圏はその問題をただ先延ばしにしているだけで、いわゆる "kicking the can down the road" です。問題となる「缶」を、行く道の先に蹴っ飛ばしても、その問題(缶)は消えてなくなるわけではないからです。重大な問題はいくつもあります。ユーロ圏は概して明るい進展があったと思うのですが、その約束された未来の土台を掘り崩すような政策がおこなわれているのです。私が思うに、さらなる政治統合があるべきだということは広く合意されていると思います。しかし加盟国が自国の通貨を統制できないまま緊縮財政だけが課されるという体制は、維持が不可能です。経済危機に陥ったらどの国でもやっているような方策を実施できないときに緊縮財政だけが課されるというのは、まったく有り得ない状況ですから、何らかの対象が必要です。
ヨーロッパが苦しんでいるのは、ある程度は相対的に人道的だったことからきていることも、認識されるべきです。ヨーロッパと北アメリカを比較してみるならば、北米自由貿易協定NAFTAが設立されたときに、統一通貨は概略のところ[ドルでおこなうこと]で合意されていましたが、それはヨーロッパとはまったく違ったかたちでなされたのです。
ヨーロッパでは、貧困国がEUに加盟する前に、その国の生活水準を上げるための真剣な努力がなされました。その国を改革したり、補助金を与えたり、その他のいろいろな施策がなされました。その結果、貧困国が加盟しても豊かな国々の雇用や生活水準が打撃を受けることはなかったのです。それが統合に向かうにあたっての比較的人道的な方法なのです。
アメリカで全く同じようなことを提案したのは、アメリカ労働運動でしたし、また連邦議会調査局でさえ同じ提言をしました。しかしいつのまにか、そのような方策は投げ捨てられました。ヨーロッパのような努力がなされないまま、メキシコはNAFTAによって統合されたのです。それはメキシコ人にとっては大いなる不幸をもたらすものでしたが、同時にアメリカとカナダの労働者にとっても大変な害をもたらすものでした。ヨーロッパはそれと同じこと[新自由主義的経済運営]でいま苦しんでいるのです。
<註> 関連する拙訳として下記のものがあります。New York Timesに載せられた論考です。
Stucler & Basu 20130513 「緊縮政策は殺人行為だ― 医療・福祉への1ドルは、3ドルの経済成長をもたらす」
このなかで、経済学者デイビッド・スタックラーと医師・疫学研究者サンジェイ・バスは、緊縮財政が何をもたらしたのか、逆に医療・福祉への投資が何をもたらすのかを生々しい具体例を示しながら説明しています。
たとえば、このたびの緊縮財政の結果、欧州と米国で自殺者が1万人以上、うつ病患者は最大で100万人増加しました。公衆衛生費が40%削減されたギリシアでは、HIVの感染率が200%上昇し、1970年代以来初めてマラリアが発生しています。
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