翻訳 「緊縮政策は殺人行為だ― 医療・福祉への1ドルは、3ドルの経済成長をもたらす」

ブロキュパイBlockupy、欧州中央銀行ECB、緊縮財政Austerity、国際教育(2015/03/24)
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巨大な浪費、ECB新築ビルの建設過程


 このたびの緊縮財政の結果、欧州と米国で自殺者が1万人以上、うつ病患者は最大で100万人増加しました。
 公衆衛生費が40%削減されたギリシアでは、HIVの感染率が200%上昇し、1970年代以来初めてマラリアが発生しています。
 このような情勢のなか、3月18日、ドイツのフランクフルトで緊縮政策Austerity に抗議する大規模なデモ「ブロキュパイBlockupy」がおこなわれました。
 これは、IMFや欧州中央銀行が各国民衆に押しつけている「医療・福祉・教育などの大幅削減」を阻止(Block)し、莫大な金をかけてつくられたフランクフルトの新本部ビルを包囲・占拠(Occupy)して抗議の意志を表そうとするものでした。
 この緊縮財政の強行で大量の失業者が路上に放り出され、アメリカやヨーロッパで多くの自殺者を生み出すことになりました。まさに「緊縮政策は殺人行為」なのです。
 緊縮財政から景気回復は期待できません。医療・福祉・教育などの大幅削減されれば国民の購買力はますます減退するからです。 むしろ逆に「医療・福祉への1ドルは、3ドルの経済成長をもたらす」のです。
 以下に紹介するのは、そのことを立証する研究で、New York Timesに掲載されて大きな反響を呼んだものです。
 ところが今の安倍政権は、中東には大金をバラ捲いて「人質斬首事件」の原因をつくっておきながら、国内では医療・福祉・教育などの大幅削減です。
 すでに介護にたいする予算は削減されつつありますし、将来は風邪を引いて病院に行っても保険を適用しない政策をおこなおうとしているのです。
 風邪は万病の元です。これでどうして「まっすぐ景気回復」(=自民党の選挙ポスター)ができるのでしょうか。

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<註> 現在の安倍政権がとっている「量的緩和政策」(QE: Quantitative Easing)は、表面的には「緊縮財政」(Austerity)と違うように見えますが、「消費税・庶民増税」「金持ち・大企業減税」→「庶民の医療や社会保障を根こそぎ壊滅させる」という点では、本質的には同じものです。その意味で、ギリシャが、このような政策と闘う「若くて力強い新政権」を総選挙で誕生させたことは、私たちに未来への大きな希望をいだかせるものでした。これは同時に、アメリカが裏で画策したウクライナのクーデター政権に未来がないことの証明にもなっているように思います。なぜなら、この政権は、IMFから巨大な借金をしてEU加盟をめざすものだからです。

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ドイツのフランクフルト、ECB本部を包囲しようとする民衆
blockupy.jpg

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緊縮政策は殺人行為だ
How Austerity Kills
By David Stuckler and Sanjay Basu
nytimes.com/2013/05/13/
http://www.nytimes.com/2013/05/13/opinion/how-austerity-kills.html?_r=0
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今月はじめ、イタリアのチビタノーバ・マルケ(Civitanova Marche)という海辺の町で3人の自殺が報じられた。アンナ・マリア・ソプランジ(Anna Maria Sopranzi、68歳)とロメオ・ディオニシ(Romeo Dionisi、62歳)という夫婦は、妻の年金、月額約500ユーロ(約650ドル)で生きのびようと奮闘しており、家賃の支払いが滞(とどこお)っていた。

イタリヤ政府の緊縮予算で退職年齢が引き上げられたため、ディオニシ氏(元建設作業員)はイタリアで言うesodatiとなった。セイフティネット(社会的安全網)のない貧困者に陥ってしまった老齢労働者のことだ。4月5日、彼と妻は隣人の車に許してくれと置き手紙を残し、家の物置で首つり自殺をした。ソプランジ夫人の兄、ギウセッペ・ソプランジ(Giuseppe Sopranzi、73歳)はこの知らせを聞いて、アドリア海で入水自殺した。

失業と自殺の相関関係は19世紀以来ずっと見られたことだった。職を探している人は職に就いている人の倍も自殺する傾向にある。

アメリカでは、自殺率は2000年以降、徐々に上昇してきていたが、2007-9年の景気後退の期間およびその後、飛躍的に上昇した。新著『いのちの経済学――緊縮政策はなぜ殺人行為なのか』“The Body Economic: Why Austerity Kills”の中で私たちが述べているように、2007年から2010年に4750人の「過剰」自殺が発生した。これまでの傾向から予測できないほどの、大量の自殺者だ。空前の失業を経験した州で、自殺率が著しく増大したのである。自殺による死は2009年には自動車事故による死を超してしまった。

もし自殺が経済的不況の避けられない結果だとすれば、これはまさに世界大不況(the Great Recession)による別の側面と言えるだろう。しかし実際はそうではない。健康保険と社会保険の予算を削減したギリシア、イタリヤ、スペインのような国は、ドイツ、アイスランド、スウェーデンのような国よりも、健康面ではるかに惨状を呈しているからだ。後者の国々は社会の安全網(セイフティネット)を維持し、緊縮政策よりも景気刺激策を選択した国だ。(ただしドイツは緊縮政策の利点を説いて回っている――他国にたいしては。)

国民医療と政治経済学の研究者として、私たちが愕然としているのは、政治家たちが負債と赤字について果てしなく議論し、自分たちの決定がどのような犠牲を生み出すかにほとんど関心が無いということだ。私たちが過去10年間、世界中から膨大な資料を収集して発見したことは、世界大恐慌(the Great Depression)からソビエト連邦終焉へ、さらにアジア金融危機へ、そして現在の世界大不況(the Great Recession)へ――という経済的打撃が、私たちの健康にいかに影響をおよぼすのか、ということだった。私たちが発見したのは、経済が揺らいだからといって、人々が必ず病気になったり死んだりするわけではないということだ。分かったのは、財政政策が生死に関わっているということだ。

最悪の事例がギリシアだ。ギリシアでは国民医療が破滅の危機に瀕している。国民の健康予算が2008年以来40%も削減されたからだ。これは、いわゆるトロイカ――国際通貨基金IMF、欧州委員会EC、欧州中央銀行ECB――が設定した赤字削減目標を達成しようとした結果であり、2010年の包括的緊縮政策として実行されたものである。こうして約3万5000人の医師、看護師、その他の医療従事者は職を失った。それは病院の待ち時間を長くし医薬品の高騰をもたらし、その結果、ギリシア人は日常的に病院へ行き予防医療を受けることを避けるようになった。こうして重病になってから病院へ行くから、逆に入院費が急増した。幼児死亡率は40%上昇した。また新たにHIV感染したものは2倍以上となった。[失業者が麻薬に手を出し] 静脈注射による麻薬の使用が増えた結果であるが、それは注射針交換プログラムの予算が削減されたこととも大きく関わっていた。そのうえ、防蚊噴霧プログラムが南部ギリシアで削減されてからは、マラリアの症例が1970年代以来はじめて深刻な数が報告された。

他方、2008年に国家経済の規模と比べると空前の金融危機を経験したが、アイスランドは国民の健康危機を回避した。3大商業銀行が破綻したあと、負債総額は急上昇し、失業は9倍に増大し、通貨クローネの価値は暴落した。アイスランドは1976年以来、ヨーロッパのなかでIMFによる救済措置(ベイルアウト)を求めた最初の国となった。しかしIMFが要求するとおりに銀行を救済したり予算削減をする代わりに、アイスランドの政治家たちは急進的な措置を講じた。すなわち、緊縮政策の諾否を国民投票にかけたのだ。2010年と2011年の2度の国民投票で、アイスランド人は、一気に完全な緊縮政策を実施するというよりは、外国の債権者に少しずつお金を返していくという方向を、圧倒的多数で選択した。ギリシアが崩壊に向かって揺れ動いている一方で、アイスランドの経済は大いに回復した。誰も医療保険を失わず、輸入医薬品の価格が上がっているときでさえ医療への道を絶たれなかった。自殺の深刻な増加もなかった。昨年、最初の国連「世界幸福度」報告はアイスランドを世界で最も幸福な国のひとつに評価した。

ギリシアとアイスランドの構造的差異を指摘して私たちの意見に疑義を唱えるひともいるだろう。ユーロ圏の一員であるというギリシアの地位が、通貨切り下げを不可能にし、IMFの緊縮政策要求を拒絶する政治的余地をほとんどもたなかったのだと。しかし、その対照的な違いこそ、経済危機は必ずしも国民の医療危機を伴うわけではない、という私たちの主張を立証するものだ。

この両極端の中間にあるのがアメリカである。当初は、2009年の包括的経済刺激策がセイフティネット(社会的安全網)を支えた。しかし、かなり高い自殺率だけでなく、国民の健康状態が悪化していることなど、危険な徴候がいくつかある。抗抑鬱剤の処方が急上昇したし、75万人(とくに失業中の若者)が大酒を飲むように変化していた。500万人のアメリカ人は景気後退の中で健康保険への道を失った。失業か、あるいはコブラ法(the Cobra law)の下で保険に手を伸ばす余裕がなくなったか、あるいはその資格を失ったためだ。こうして人々は重病になる前に医者を訪ねることが減った。その結果、救急治療室に駆け込まざるを得なくなるまで医療にかかるのを遅らせることになったのだ。(オバマ大統領の医療保険法は、補償を拡大しているが、それすら遅々としたものにすぎない。)

<訳註> コブラ法 (COBRA:The Consolidated Omnibus Budget Reconciliation Act of 1985)

2013年3月1日に始まった850億ドルの「歳出削減」 “sequester” は、年末までに概略60万人におよぶ妊婦、新生児、幼児のための栄養摂取用補助金を削減することになっている。公営住宅予算は今年20億ドル近く削減される予定だ。一方で1400件の家が差し押さえを食らってさえいる。疾病(しっぺい)管理予防センターは、昨年の真菌性髄膜炎の勃発といったような伝染病にたいする国の主要防衛機関なのだが、その予算でさえ少なくとも180億ドル削減されつつある。

緊縮政策が致命的であるという私たちの仮説を検証するために、私たちは他の地域と他の時代の資料を分析した。ソビエト連邦が1991年に解体した後、ロシア経済は崩壊した。貧困は急上昇し、生活は予想どおり落下し、とくに若年労働者ではひどかった。しかし、このことは元のソビエト領のすべてで起きたわけではなかった。ロシア、カザフスタン、バルト諸国(エストニア、ラトビア、リトアニア)は自殺、心臓発作、飲酒に関わる死において最悪の増加を経験した。ジェフリー・D・サックス(Jeffrey D. Sachs)とローレンス・H・サマーズ(Lawrence H. Summers)のような経済学者たちに唱導された経済的「ショック療法」“shock therapy”を採用した国々だ。

ベラルーシ、ポーランド、スロベニアのような国々は、もっと違った、漸進主義的アプローチをとった。ジョセフ・E・スティグリッツ(Joseph E. Stiglitz)のような経済学者たちや元ソ連の指導者ミハイル・S・ゴルバチョフ(Mikhail S. Gorbachev)に唱導されたやり方だ。これらの国々は統制経済を段階的にゆるやかに民営化したので、大規模な民営化と解雇を選択した近隣諸国よりも、健全な結果を見たのだ。大規模民営化と解雇は、深刻な経済的・社会的混乱をひきおこしただけだった。

ソビエト連邦の崩壊と同じく、1997年のアジア金融危機は、格好の研究事例だ。それは実質的に自然の実験室となったからだ。タイとインドネシアは、IMFに強要された厳しい緊縮計画に屈服し、大規模な飢餓と伝染病による大量の死者を生み出した。その一方、マレーシアは、IMFの忠告に抵抗し、国民の健康を維持した。2012年、IMFはアジア金融危機の取り扱いについて正式に謝罪した。IMF勧告で生じた損害は、彼らの見積もりでも、かつて推測したものの3倍だった可能性があるという。

 アメリカが世界大恐慌(the Depression)を経験していることも教訓的である。というのは大恐慌のあいだも、[ニューディール政策のおかげで] アメリカの死亡率は約10%下がったからだ。自殺率が急上昇したのは、株式市場が崩壊した1929年から、フランクリン・D・ルーズベルトが大統領に選ばれた1932年までの期間だけだった。
 しかし、その自殺の増加すら、医療・衛生状態の改善による死亡率の減少および交通死亡事故の急激な減少によって相殺され、おつりが来るほどだった。前者は結核・肺炎・インフルエンザなどで死亡するひとの減少で、「疫学的前進」“epidemiological transition” と呼ばれるものであり、後者の交通事故の減少は貧困のため車を買えなくなったからだった。
 アメリカの歴史的なデータを比較検証してみると、ニューディール政策で一人あたり100ドルを支出すると、肺炎で死ぬのが10万人あたり18人減少し、乳児死亡率は正常出産児1000人にあたり18人減少し、自殺率は10万人あたり4人減少する。

私たちの研究が示唆しているのは、医療公衆衛生プログラムに1ドルを投資することは、経済成長に3ドルを与えるのと同じであるということだ。医療への投資は景気後退のときに命を救うだけではなく、景気回復に拍車をかけることになる。この発見が示唆していることは、以下の三つの原則が経済危機にたいする対応策として有効だということである。

第1に、国民に被害を与えるな。もし緊縮政策が臨床実験における薬物治療のようにテストされていたならば、もうとっくの昔に中止されていただろうということだ。致命的な副作用があるからだ。どの国も、疫学者と経済学者を擁した無党派の独立した健康責任庁(Office of Health Responsibility)を確立すべきだ。財政金融政策の健康への効果を評価するためだ。

第2に、失業を伝染病のごとく扱え。失業は、鬱病、不安、アル中、自殺志向の主要原因である。フィンランドとスウェーデンの政治家は、「活気ある労働市場の育成事業」に投資することによって、鬱病と自殺を防止するのを助けた。この事業は、最近失業した人々に的を絞り、彼らに素早く職を見つける手助けをするというものだ。それは経済純益をもたらすことにもなった。

最後に、景気の悪いときほど、医療公衆衛生に投資を拡充せよ。「1オンスの予防は1ポンドの治療に匹敵する」という決まり文句は図らずも真実だ。伝染病を制圧するのは予防する以上に莫大な費用がかかる。ニューヨーク市は[予防費用を惜しんだがゆえに] 1990年代半ば、薬剤耐性結核の勃発を制圧するため10億ドルを費やすことになった。耐性結核菌は、市が低所得の肺結核患者に安価なジェネリック薬品を保証しなかったことから起因したものだった。

緊縮財政の犠牲になるのは人間の命なのだということを認識するのに、経済主義者(an economic ideologue)となる必要はない。私たちは実際そうではない。私たちは過去の貧困な政策決定を無罪放免にしているわけでもないし、万人の債務免除を要求しているわけでもない。財政政策・金融政策の正しい配分を見出すことは、アメリカとヨーロッパの政策立案者の責任なのだ。私たちが見つけ出したのは、緊縮政策――それも社会・医療支出にたいする厳格で即時・無差別な削減――は自滅的であるだけでなく、致命的だ、ということだ。

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<原註> ディビッド・スタックラー(David Stuckler)は、オックスフォード大学社会学の上級研究指導員、サンジェイ・バスー(Sanjay Basu)は、スタンフォード大学医学部の助教授で予防研究センターの疫学者。彼らは『いのちの経済学――緊縮政策は殺人行為だ』の共著者である。
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<訳註> この翻訳は単独で寺島研究室HPにも掲載しておきました。 
http://www42.tok2.com/home/ieas/AusterityKillingPeople.pdf
 なお上記のスタックラー&バスー論文に関連するものとして、下記のチョムスキー論文があります。併せて読んでいただければ幸いです。
チョムスキー 「ヨーロッパ福祉国家の解体」

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翻訳:チョムスキー「アメリカのテロリズム、長く恥ずべき歴史」

テロ国家アメリカ、ノーベル平和賞選考委員会、選考委員会委員長の解任、平和研究(2015/03/14)


 私は前回のブログで次のように述べ、チョムスキーの論考ふたつを紹介しました。

「以上で、ロシアで起きたネムツォフ暗殺事件のニュースを聞いて、私の頭に浮かんだことの記述を終わります。本当は下記のチョムスキー論考についても翻訳して紹介したかったのですが、ここで力が尽きました」
(a) アメリカのテロリズム、長く恥ずべき歴史
The Long, Shameful History of American Terrorism
(b) ウクライナを強引にEUや NATOに引きずり込まないことが平和への道
After Dangerous Proxy War, Keeping Ukraine Neutral Offers Path to Peace with Russia


 今やっと時間に少しゆとりが出来て、(a) の「アメリカのテロリズム、長く恥ずべき歴史」を訳出することが出来ましたので、以下で紹介させていただきます。
 ただ、チョムスキーは(a)の論考の最後で下記のように「無人爆撃機DRONEについては余りにも有名すぎて、さらなる説明を必要としないだろう」と述べています。

これに対して、もうひとつの要因をつけ加えたほうがよいだろう。オバマによる世界最大のテロ作戦、つまり「世界的規模の“テロリスト”暗殺計画」のことだ。無人爆撃機(drone)と特殊部隊による無差別の爆撃と殺戮が“アラブ民衆の怒りを生みだしてきたこと”は、余りにも有名すぎて、さらなる説明を必要としないだろう


 しかし、これについては大手メディアが詳しく報じないので日本人の多くは知らないのではないかと思います。そこで、これについて述べたチョムスキーインタビューの、該当箇所のみを訳出して、(a)のあとに補足追加しておくことにしました。併せて読んでいただければ幸いです。

「イスラム国ISISの勃興はアメリカの責任だ」
To Deal with ISIS, U.S. Should Own Up to Chaos of Iraq War & Other Radicalizing Acts


 なお、オバマ政権は、ウクライナのクーデターだけでなく、すでに2009年にはホンジュラスのクーデターにも手を出しています。そして最近ではベネズエラのクーデターにも手を出していたことが暴露されました。これについてもチョムスキーは下記のインタビューで、これを厳しく批判しています。

「経済立直しに苦闘しているベネズエラの、政権転覆工作を、アメリカはやめるべきだ」
As Venezuela Struggles to Fix Economy, U.S. Should Stop Trying to Undermine Its Gov't


 このようにオバマ氏は「ノーベル平和賞の受賞者」でありながら、その行動の実態は、悪名高いブッシュ元大統領よりも、はるかにこえるものです。
 そのためでしょうか、2015年3月3日、「ノーベル平和賞委員会委員長が解任された。委員会史上初めてのことだ」という衝撃的ニュースが世界に流れました。
 元ノルウェー首相でノーベル平和賞委員会委員長トールビョルン・ヤーグラン氏は、退出する際、「もしバラク・オバマ大統領が、賞を返してくれたら“実に素晴らしい”ことだ」と述べたそうです。
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2015/03/2009-57de.html


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アメリカのテロリズム、長く恥ずべき歴史
ノーム・チョムスキー
『In These Times』2014年11月3日
http://www.chomsky.info/articles/20141103.htm


 世界公認の事実。米国は世界一のテロ国家であり、米国もそれを自慢にしている。

 それがニューヨークタイムズ紙10月15日のトップニュースの大見出しとなるべきだったが、もっと穏便な題名になっていた。
 「秘密のテロ支援にかんするCIAの調査研究は、シリアの反政府勢力を支援することにたいする懐疑論を増幅させた」
 その記事は、米国による最近の秘密工作が有効だったのか否かをCIAが再検討したことについて報じたものだ。不幸にも秘密工作で成功したものは極めて稀だったので再検討が必要だというのが、ホワイトハウスの結論だったという。
 その記事によれば、バラク・オバマ大統領はCIAに「資金や武器を供給したりして反乱が成功した国があるのか」を調査してくれと頼んだが、大したものが出てこなかったので、今後も秘密の支援を続けるかどうか躊躇している。

 そのニューヨークタイムズ紙の記事は、冒頭で「裏支援」の実例として三つの国に言及している。すなわち、アンゴラ、ニカラグア、キューバである。じっさい、いずれの事例も米国によっておこなわれた巨大なテロ作戦だった。
 当時の南アフリカ共和国(以下「南ア」とする)はアンゴラを侵略していた。ワシントンによれば、南アは、世界で“もっとも悪名高いテロリスト集団”のひとつ、ネルソン・マンデラのアフリカ民族会議から自国を防衛していた。1988年のことだった。
 そのときまで、レーガン政権は、アパルトヘイト(人種隔離体制)を支援する、世界でただ一つの国だった。下院の経済制裁決議まで踏みにじって南アとの貿易を増大させた。
 その間、ワシントンは南アに協力して、アンゴラのテロリスト集団に不可欠な軍事支援を提供した。ジョナス・サビンビ(Jonas Savimbi) が率いるUNITA(アンゴラ全面独立民族同盟)という集団だ。
 しかも国際監視団によって注意深く監視された自由選挙でサビンビが完敗し、南アが支援を止めた後でさえ、米国はサビンビに軍事支援をつづけた。ザビンビは「権力をひたすら追い求め、自国民にひどい不幸をもたらした怪物」であった。これはイギリスのアンゴラ駐在大使マラック・グールディング(Marrack Goulding)の言葉だ。
 その結果はおぞましいものだった。1989年の国連調査によれば、アンゴラなど隣国諸国における南アの略奪行為は1500万人の死をもたらした、南ア国内で何が起きていたのかは、言うまでもないことだ。キューバ軍は最終的に南アの侵略者たちをアンゴラから追い払い、不法占領されていたナムビアからも撤退させた。米国だけが怪物ザビンビを軍事支援しつづけたのだ。

 キューバでは、1961年のピッグス湾侵略が失敗に終わった後も、ジョン・F・ケネディ大統領は、キューバに更なる「地球規模の恐怖」"the terrors of the earth" をもたらすために、殺人的破壊的な作戦 [マングース作戦 (Operation MONGOOSE)]を開始した。この「地球規模の恐怖」という言い方は歴史家アーサー・シュレジンジャーの言葉で、彼はケネディの親しい仲間であり、彼が著したロバート・ケネディの準公式の伝記の中にあるものだ。しかもロバート・ケネディ[ジョン・F・ケネディの弟、当時は司法長官]はキューバにたいするテロ戦争を指揮する責任を割り当てられていた。
 キューバに対する残虐行為はそれはひどいものだった。そのマングース作戦は、軍事訓練を施した亡命キューバ人をキューバ本土に派遣して破壊活動を実施させ、またCIAを中心にカストロ暗殺計画、キューバ侵攻作戦の計画立案を進めていた。このキューバ侵攻作戦の準備は1962年10月20日に完了する予定であった。
 今では、この作戦が、ロシアの首相ニキータ・フルシチョフがキューバにミサイルを配備した一つの理由だったと学問的には認められている。またそれが、核戦争で世界を破滅させかねない「キューバ危機」を引き起こすことになった。国防長官ロバート・マクナマラは後に、もし私がキューバ人かソビエト人だったら、私だって「米国の侵略を予期して何らかの防衛策[核ミサイルを配置するなど]を講じただろう」と認めた。

 アメリカのキューバに対するテロリスト攻撃は三〇年以上も続いた。キューバ人の犠牲はもちろん大変なものだった。犠牲者たちの声は、米国ではめったに聞かれないのだが、カナダの学者キース・ボウレンダー(Keith Bolender)の研究によってはじめて詳細に報告された。2010年刊の『アメリカに対峙するもう一つの世界からの声:キューバに対するテロ行為の口述歴史』(Voices From the Other Side: An Oral History of Terrorism Against Cuba)である。
 長期にわたるテロ戦争の被害は、破壊的な禁輸措置・通商禁止でさらにふくれあがった。この通商禁止は世界中からの批判を無視して今でも続いている。今年(2014年)10月28日、国連は、二十三度目のことだが、「キューバにたいして米国がおこなっている経済・貿易・金融の封鎖を終える必要性」を支持する決議を採択した。投票は188対2(米国とイスラエル)だった。3つの国が棄権したが、それは米国の属国である太平洋の小さな島嶼国だった。
 ABCニュースによれば、キューバにたいする通商禁止には今では政府高官のなかにも反対がある。なぜなら「もはや役に立たない」からだ。(そこでは、ヒラリー・クリントンの新著『むずかしい選択』が引用されている)。またフランス人学者サリム・ラムランニ(Salim Lamrani)も、彼の2013年の著書『対キューバ経済戦争』のなかで、キューバに与えた巨大な損失、キューバ人に対するひどい犠牲について再検討している。

 米国によるニカラグアへのテロ行為は、ほとんど言及するに及ばないほど世界的に知られた事実だ。ロナルド・レーガン大統領のテロ戦争は、1986年、国際司法裁判所(World Court)から厳しく批難された。そして米国にその「不法な武力行使」を終了し、実態に見合った賠償金を支払えと命じた。
 ところがワシントンは、それにたいして戦争をエスカレートさせることで応え、1986年の「すべての国は(それはつまり米国のことを意味しているのだが)国際法を遵守すべし」と呼びかけた国連安全保障理事会決議にも拒否権を発動した。国際司法裁判所の判決が出されたのと同じ年だ。
 [註:World Courtとは、常設国際司法裁判所the Permanent Court of International Justice の俗称。オランダの The Hague にある。]

 もう一つのテロリズムの実例は、今年(2014年)11月16日に25周年記念が催されることになっているイエズス会司祭の暗殺である。このときエルサルバドルの首都サンサルバドルでは、エルサルバドル軍のテロ部隊によって6人のイエズス会司祭が暗殺された。このテロ部隊は米国によって武装され訓練され、軍の最高司令官の命令で、イエズス大学に乗り込み、司祭たちと目撃者たちを殺した。そのなかには彼らの家政婦や娘も居たのだ。
 この事件は1980年代の中央アメリカにおけるテロ戦争の頂点をなすものだった。だがその影響は、“不法入国者”というかたちで、いまだに今日でも新聞の第一面を飾っている。しかし彼らが大挙して“不法入国”するのは、その大虐殺の結果から逃げだした結果なのだ。それが今度は米国から国外追放されている。彼らは廃墟となった自国に送り返されても、運がよいものしか生きのびることが出来ない。

 ワシントンはテロを生み出すことにかけては世界一だということが、また新しく明らかになった。元CIA分析官ホール・ピラー(Paul Pillar)が、シリアにおける「米国の爆撃が民衆の怒り・憤慨を引き起こすことになっている」と警告しているからだ。この爆撃が、ジャブハト・アル=ヌスラ(Jabhat al-Nusra)やイスラム国(the Islamic State)といったジハード組織を、さらに強化することになるというのだ。彼らは、「この爆撃をイスラムに対する戦争だと描くことによって、昨年からの分裂・不和を修復して米国の介入に反対する協同行動を取る」ことが可能になるからだ。
 これが米国の作戦がもたらした結果であるということは、今では誰しも衆知の事実だ。米国のテロ戦争が、ジハード(聖戦)をアフガニスタンの片隅から世界の大部分に広げるのに貢献したのだ。
 聖戦主義がもっとも恐ろしいかたちをとって現れているのが、イスラム国家(the Islamic State)、すなわちISISだ。それはイラクとシリアの大きな領域に残忍なカリフ制度を樹立した。
「このような組織をつくりあげた最大の功労者は米国だ」と元CIAの分析官で、中東問題の著名な解説者グラハム・フラー(Graham Fuller)は述べている。彼はさらに次のように言い添えている。「米国はISISをつくりあげる計画は立てなかったかもしれないが、中東における破壊的な介入とイラクにおける戦争がISISを誕生させる基本的原因だった」
 これに対して、もうひとつの要因をつけ加えたほうがよいだろう。オバマによる世界最大のテロ作戦、つまり「世界的規模の“テロリスト”暗殺計画」のことだ。無人爆撃機(drone)と特殊部隊による無差別の爆撃と殺戮が“アラブ民衆の怒りを生みだしてきたこと”は、余りにも有名すぎて、さらなる説明を必要としないだろう。
 これが、私たちが恐怖をもって熟考すべき、アメリカのテロの歴史なのだ。




イスラム国ISISの勃興はアメリカの責任だ
To Deal with ISIS,U.S. Should Own Up to Chaos of Iraq War & Other Radicalizing Acts

エイミー・グッドマン:
 「聖戦士ジョン」"Jihadi John" として知られるイギリス人について新しい情報が出てきました。それについてもっとお尋ねしたいんですが。イスラム国(the Islamic State)の斬首ビデオに登場する人物です。その男をイギリス警察はモハメド・エンワジ(Mohammed Emwaz)だと確認しています。
 警察によれば、その男はクウェート生まれの26歳で、子どもの時にイギリスに引っ越してきて、ウエストミンスター大学でコンピュータサイエンスを学んでいました。 [キューバのグアンタナモ刑務所に収容されている無実の囚人を釈放させるために活動している]CAGEという団体によれば、エンワジは少なくとも4年間、イギリス治安機関から嫌がらせ・拘留・国外追放・脅迫などの攻撃を受け、さらにはスパイになれと執拗に強要されたそうです。
 それによって、彼は正常の生活を送ることができませんでした。エンワジはMI5(イギリス軍事情報局第5部)に拘留され、彼の言うタンザニアへのサファリ休暇について尋問を受け、困った彼は、2009年にCAGEに助けを求めてきました。
 エンワジは2010年、クウェートへの帰国を禁じられたあと、次のように書いています。「私には仕事が待っていたし、結婚することになっていた。しかし今はロンドンで囚人のように感じている。ただ檻の中に入っていないというだけだ。」
 2013年、クウェートへの3度目の帰国を禁じられた後、エンワジはロンドンの家を離れ、結局シリアに行くことになった。
 記者会見でCAGEの研究代表アシム・ケレシ(Asim Qureshi )は、エンワジについての記憶に残っていることを話した。もうひとりのイギリス人、マイケル・アデボラジョ(Michael Adebolajo)と比較しながら、次のように語っていました。ちなみにアデボラジョは2013年にロンドンでイギリス兵士ひとりにナイフで切りつけて殺した人物です。

アシム・ケレシ:
 残念ながら実に難しい話です。こんなことを言うと非難を受けるかも知れませんが、彼は非常に申し分のない若者でした。本当に素敵な若者でした。なぜ彼が聖戦士ジョンになっていったのかという、その軌跡を想像するのは困難ですが、私たちに理解できない軌跡というわけではありません。
 私たちはマイケル・アデボラジョも知っています。ふたたび言いますが、私が出会った人物は、ご存じのとおり、私のところに助けを求めてやってきました。自分が追い込まれた体制の中で自分の状況を何とか変えようと模索して、やってきたのです。
 私たちはいつになったら学ぶようになるのでしょうか。我々がある人たちを「のけ者・よそ者」扱いすれば、その人々は必ずや疎外されたと感じ、どこか他のところに居場所(たとえばISISのようなところ)を求めるものなのだということを。

エイミー・グッドマン:
今のは、CAGEの研究代表アシム・ケレシです。これに対してご意見を。ノーム・チョムスキーさん。

ノーム・チョムスキー:
 彼(CAGEの研究代表アシム・クレシ)の言っていることはもっともです。シャルリー・エブドの犯罪を犯した人たちにしても同じです。彼らもまた抑圧され暴力を受けてきた体験があるのです。またアルジェリア出身という背景もあります。アルジェリアで、フランスが関わった90年代の殺人的戦争(*)が直接的な背景です。彼らはひどく抑圧された地域で生きてきたのです。そしてそれ以上に酷いことがフランスの生活でもあるのです。[*アルジェリア内戦、「暗黒の10年」と呼ばれた、1991-2000年]
 だから、いわゆるジハーディ・ジョンについて新しい情報が出てきている、というわけです。イギリスの新聞を読むと、別の情報も出てきます。ただし私たちの多くはそれに注意を払ったりはしません。
 たとえば、ガーディアン紙は2,3週間前、イエメンの少年についての記事を載せました。彼は14歳かそこらだったと思います。彼は無人爆撃機ドローンで殺されました。そして殺される少し前に、ガーディアン紙は彼にインタビューしていました。
 彼の話では、彼の両親と家族も攻撃で殺されました。その少年は、両親や家族が一発の攻撃で焼き殺されるのを、目の前で見ました。私たちアメリカ人は斬首の映像を見て動転したり怒ったりしています。しかし、イエメンに住むひとたちは、無人爆撃機のロケット弾で自分たちの父親が目の前で焼き殺されていくのを見せつけられているのです。
 少年は言いました。私たちはみんな絶え間なく続くテロという状況の中で生きています。10フィートしか離れていないところにいる人が、いつ突然ふき飛ばされて死ぬかも分からないんです。それが私たちみんなの生活なんです。
 それがイエメンに住む彼らの生活なのです。パリ周辺のスラムに住んでいるような人々[たとえばシャルリー・エブド事件の犯人]や、今回の場合では、比較的特権階級の人物[たとえば聖戦士ジョン]でも厳しい抑圧にさらされてきたのですが、そのような人々もみなイエメンの実態について知っているのです。それについて私たちアメリカ人は知らずにすますことも可能ですが、他の人はみな知っているのです。
 私たちアメリカ人は、さも残酷なことであるかのように斬首について話しています。しかし米国支援のイスラエルによるガザ攻撃によって、たとえばシェジャイヤ近隣のように攻撃が最も凶暴だった地点では、人々はただ首を刎ねられるだけではなかったのを、多くの人々は知っています。
 体はズタズタの断片になって飛び散りました。その後、人々がやってきて、死体の断片を拾い集め、もともとそうであったひとだと分かるようにつなぎ合わせようとするのです。このようなことがガザでは起きているのです。
 それは世界のひとたちにたいへんな影響力を及ぼします。これらのすべては巨大な影響力があるのです。ただ単に記述されるだけでないのです。そして私たちが真剣にその問題に対処することを望むなら、私たちはそのような影響力を無視することはできません。それが、実際にISISといったかたちで反応している人々の、背景の一部なのです。
─────────────────────────────────────── 
<註> 下記の翻訳は単独で寺島研究室HPにも掲載してあります。
チョムスキー20141103 「アメリカのテロリズム、長く恥ずべき歴史」
http://www42.tok2.com/home/ieas/translation_index.html
http://www42.tok2.com/home/ieas/Chomsky20141103LongShamefulHistoryofAmericanTerrorism.pdf


関連記事

モスクワにおけるネムツォフ暗殺事件―アメリカは事件を起こすためには味方をも殺す?

プーチンの悪魔化、マイダン広場の狙撃手、チャベス政権転覆、ディボドーの虐殺事件 (2015/03/05)

アメリカは建国以来その歴史のうち93% が戦争
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http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2015/02/93---1776239222.html



 プーチンの政敵だとされている人物ボリス・ネムツォフが、よりにもよってモスクワのクレムリン近くで射殺されました。翌日にプーチン反対集会をひかえていた矢先のことでした。
 このニュースを聞いて私の頭に真っ先に浮かんだことは、そんなことまでしてロシアを戦争に引きずり込みたいのだろうか、そこまでしないとアメリカはプーチンのロシアを戦争に引きずり込めなくなっているのだろうか、ということでした。
 というのは、アメリカがウクライナでクーデターを起こして親米政権をつくりあげたとき、その騒乱の大きな引き金になったのが、キエフのマイダン広場に集まっていた人たちを何者かが射殺した事件でした。
 このクーデターの実働部隊はネオナチと極右勢力でしたから、この射殺事件もクーデターを起こしたいと思っていた勢力の側によって計画されたものであることは、充分に考えられることでしたが、その直後におこなわれた調査でもこのことが報告されています。
「エストニアのウルマス・パエト外相がEUに報告」
 このクーデターで出来た親米政権が東ウクライナの住民から公用語としてロシア語を話す権利を奪う法律をつくろうとしたので、それに対する激しい抵抗運動が起きました。それを弾圧する口実として使われたのが、マレーシア航空機の撃墜事件でした。
 この撃墜も最初は「ロシアから供給された地対空ミサイルだ」とされ、アメリカもNATOもそれをロシア攻撃の口実として使おうとしましたが、調べれば調べるほど、どうも実行犯はクーデター政府の側(空軍戦闘機2機)であることが濃厚になってきたので、この話題は今やマスコミから消えてしまいました。
 代わりに出てきたのが、「ロシア軍がウクライナ領に侵入してきて東ウクライナの反政府勢力を支援している」という口実でした。アメリカとNATOに支援されたキエフの政府軍が東ウクライナの民兵と闘って負けるはずがないのに劣勢なのは、ロシア正規軍が戦車に乗って国境を越え、民兵を支援しているからに違いないというわけです。
 しかしアメリカは超高解像度のスパイ衛星を持ち、「アラビア砂漠を走る車内のテロリスト幹部の顔までも識別して、無人機による正確な暗殺ができること」を自慢にしているのですから、ウクライナ国境を越えるロシア正規軍や戦車を識別しその証拠写真を世界にバラ捲くことも出来たはずなのに、それもできずに地団駄を踏んでいます。
 それどころかEUの中でもウクライナの内紛がロシアにたいする経済制裁をもたらし、それがEU経済の混乱に拍車をかけています。それだけでなく、アメリカとNATOが主導する戦争政策にのせられていては、再びヨーロッパ全体が戦乱の渦に巻き込まれかねないという雰囲気が出てきました。
 そこでロシア、ドイツ、フランス、ウクライナの首脳がベラルーシの首都ミンスクに集まり、アメリカ抜きの徹夜の交渉で、やっとウクライナの停戦協定がまとまりました。
 しかし、かつてソ連をアフガニスタンの戦争に引きずり込み崩壊させたのと同じ道を、ロシアに歩ませようとしているアメリカやNATOにとって、これは非常に困った事態です。そこで次の事件を起こさなくてはなりません。そこで企画されたのがモスクワにおけるネムツォフ氏の暗殺事件だったのではないか。
 これが暗殺ニュースを聞いたときに私の頭に真っ先に浮かんだことでした。
 というのは自分の政敵が集会を開こうとしているときに、その人物を暗殺して得るところはプーチン氏にとって何もないからです。しかも自分の支持率が85%で最高であるときに、支持率が5%しかないネムツォフ氏を殺して、何の意味があるでしょうか。相手を殉教者として英雄化する口実を与えるだけです。
 ところがアメリカのニューヨークタイムズ、ドイツのシュピーゲルを初めとする欧米のいわゆる一流メディアは、これまでもプーチン氏を悪魔化する記事を書いてきていましたが、今度の事件でも、あたかもこの暗殺の裏にプーチンがいると言わんばかりの記事を書き連ね、これを日本のメディアも受けついでいます。
 一流紙の新聞記者と言えば一流大学を出た秀才の集まる場所であるはずなのに、なぜ私が上記で書いてきたような疑問が頭に浮かばないのでしょうか。浮かんでも自己規制して書かないのでしょうか。書いてもボツにされてしまうのでしょうか。
 化学兵器によってシリアの一般市民が虐殺されている写真やニュースが全世界に流されたときも同じ現象がおきました。
 国連の化学兵器監視団がシリアに到着したときアサド大統領がわざわざ化学兵器を使って自国民を殺してみせることは常識では考えられないのに、大手メデイアはアサドの仕業だとして、アメリカや欧米諸国による「反乱軍支援」を正当化しました。
 ところが、この化学兵器の使用者こそ、アサド政権にたいする反乱軍だったことを暴いて見せたのも、実はプーチンでした。
 アメリカやNATO諸国は、リビアのカダフィ政権を転覆したあと、次の政権転覆の目標として狙っていたのがシリアのアサド政権でしたから、プーチンは自分たちの行く手を阻むどうしようもない人物であり、何とかして処理しなければならない人物として眼に映ったことでしょう。
(しかし、このアサド政権にたいする「反乱軍」こそ、イスラム原理主義に支配された勢力、「イスラム国」の土台になった勢力でした。)
 
 ところで私が以上のように述べてきたからといっても、ネムツォフ暗殺がCIAによるものだと断定しているわけではありません。その可能性があると言っているだけです。
 そのような疑いをいだかせるものが、アメリカの歴史には多すぎるのに、その検証なしに、一方的にプーチンを悪魔化するのはやめるべきだと言っているにすぎません。
 ベネズエラで2002年4月11日にCIAの支援を受けた軍部によるクーデターが発生し、チャベス大統領は軍に監禁されましたが、このきっかけになったのも何者かが群集を見下ろす位置から身を隠して発砲し、犠牲者はすべて頭を狙い撃ちされた、という事件でした。
 このクーデター時、RCTVを含む民間テレビ4局は、チャベス派の狙撃兵による反チャベス派への銃撃事件を捏造し、繰り返し報道したのですが、あとになってRCTVのグラニエル最高責任者はクーデター派のこの陰謀に直接加担していた事が判明しています。この事件について詳しくは下記を御覧ください。
「チャベス政権~クーデタの裏側」
 このように権力者が何かの事件を起こしたいときに味方をも殺して引き金にするということは、アメリカ史では珍しくありません。
 アメリカ国内での例をあげさせていただければ、ハワード・ジン『肉声でつづる民衆のアメリカ史』(明石書店)に、有名な「ディボドーの虐殺事件」についての記録があります。以下にその一部を引用します。

 ルイジアナの黒人と白人の砂糖労働者は、1886年に労働騎士団の支部を結成しはじめた。しかし彼らが組織したストライキのいくつかは、スト破りの導入と暴力で破られた。
 1887年に黒人が大半を占める一万人の労働者が、砂糖大農園主に1日当り1ドル25セントの賃金要求を提出したが、それを蹴られたので、砂糖大農園の労働を放棄した。
 (中略)そのような事態に直面した農園主は、殺してでも黒人を服従させようとした。そこで州兵を撤退させて暗殺部隊を導入する計画をたてた。州兵が宿営地にむけて出発するや否や、黒人殺害の準備が始まった。
 … 黒人がいつもどおり静かで、挑発に乗らないことが分かったので、虐殺の口実を捏造(ねつぞう)しようとした。…
 その時がきた。火曜の夜、パトロール隊が仲間の隊員二人、ゴーマンとモーレイソンを撃ち殺して、「戦闘、戦闘準備だ!黒人が白人を殺しているぞ!」と叫び声を発した。これだけで十分だった。
 あとでシュリーヴポート市のゲリラだと判明した男たちは、ルイジアナ州北西部の町ウォシタとレッドリバーの「黒ん坊」殺害計画についても熟知した連中だった。最古かつ最精説のラフルシュ軍の支援をうけ、前進しながら家々や教会に繰り返し一斉射撃をくわえた。また見つけ次第、黒人を狙(ねら)った。
 日刊紙は「七人を殺害、六人が負傷」と報じたが、ことの成り行き全体を目撃した者の話では、三五人を下らない黒人が即死だったという。足の不自由な男性と盲目の女性までもが撃たれ、子供と白髪の老人すら急襲された!
 黒人は抵抗しなかった。彼らは殺害が思いも寄らないことだったので抵抗できなかったのだ。(同書386-387頁)


 以上で、ロシアで起きたネムツォフ暗殺事件のニュースを聞いて、私の頭に浮かんだことの記述を終わります。本当は下記のチョムスキー論考についても翻訳して紹介したかったのですが、ここで力が尽きました。

(a) アメリカのテロリズム、長く恥ずべき歴史
The Long, Shameful History of American Terrorism
(b) ウクライナを強引にEUや NATOに引きずり込まないことが平和への道
After Dangerous Proxy War, Keeping Ukraine Neutral Offers Path to Peace with Russia

 上記(a)でチョムスキーは、キューバにたいする残酷なテロ行為から最近の「イスラム国」に至るまで、アメリカのおこなったテロの数々が紹介されています。また(b)ではアメリカが強引に押し進めているウクライナ内戦が一歩まちがうと核戦争・第3次世界大戦になる危険性を秘めていることを、キューバ危機と比較しながら論じています。
 チョムスキーによれば、アメリカの科学誌「原子力科学者会報」(the Bulletin of the Atomic Scientists)の有名な「世界終末時計」(Doomsday clock)では、アメリカのウクライナにたいする対応は終末時計の針を「世界の終末3分前」にまで進めてしまったそうです。ところが安倍政権はこのような危険な国と集団的自衛権の条約を結び、アメリカと行動を共にしようとしているのです。

 最後になりましたが、最近のプーチンおよびロシア情勢に関する情報を以下に集めておきました。参考になれば幸いです。それにつけても<櫻井ジャーナル>や<メディアに載らない海外記事>を書いている両氏の読解力・情報収集力には感心させられます。

<櫻井ジャーナル>
* 米国の手先だと知られたネムツォフは、露国で影響力はなく、プーチンに命を狙われる理由もない(2015.03.04)
* ネムツォフ殺害でもロシア国内は混乱せず、米国に対して抱いていた幻想が消えかかっている可能性(2015.03.01)
「ロシア政府がウクライナへ軍事介入している証拠」を持っていたら、ネムツォフは殺されなかった(2015.02.28)
* 駐露米大使館へ大使として赴任したマクフォールに、挨拶に行ったひとりが、射殺されたネムツォフ(2015.02.28)
* 西の傀儡だったエリツィン時代に副首相を務めた親米政治家がモスクワで射殺されて利益を得る西側(2015.02.28)
<マスコミに載らない海外記事>
Paul Craig Roberts * ワシントンがロシアに対し暗殺戦術を使うだろうと予測していたプーチン大統領 (2015年3月1日)
Stephen Lendman * ネムツォフ暗殺: 反プーチン偽装作戦 (2015年2月28日)
Eric Zuesse * “残忍な悪魔、ウラジーミル・プーチン” アメリカ によるエセ戦争プロパガンダ“大成功” (February 26, 2015)
Finian CUNNINGHAM * キエフに武器を与える「アラブという裏口」を見いだしたNATO (25.02.2015 )
WashingtonsBlog * アメリカは、その歴史のうち93% が戦争。1776年以来の239年のうち222年間 (2015年2月23日)


<註1> 沖縄・辺野古の緊迫した情勢については、『イデオロギーとしての英会話』の著者として有名な元津田塾大学教授ダグラス・ラミス氏(Douglas Lummis)の下記報告を御覧ください。
* 緊急事態の沖縄 (Okinawa: State of Emergency)
氏は津田塾大学を退職後、沖縄に移住して平和運動に専念しています。

<註2> 安倍内閣の日本人を「英語漬け」にする政策については下記の拙論を参照していただければ幸いです。
*「英語で授業」が進行させる「一億総白痴化」 (『新潮45』2014年9月号:47-51)
ただし集団的自衛権のもとでは、いま英語が最も求められているのは自衛隊員かも知れません。自衛隊は「米軍の弾除けCannonFodder」としてアメリカ軍の指揮下に入るので、指揮・命令はすべて英語でおこなわれるからです。


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