黒人教会の殺害事件ーアメリカに吹き荒れる銃暴力、広がるネオナチ・右翼過激派

銃暴力(Gun Violence)、南部最古の黒人教会、「テロリスト」の定義、ネオナチ・極右過激派、アメリカ理解(2015/06/28)
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アメリカにおける銃暴力による死傷者
*死傷者(毎年平均、全年齢) 10万8476人、うち死者32,514人
*死傷者(毎年平均、0ー19歳) 1万7499人 、うち死者2,677人
*死傷者(毎日平均、全年齢) 297 人、うち死者89人
*死傷者(毎日平均、0ー19歳) 48人、うち死者7人
出典:Key Gun Violence Statistics
http://www.bradycampaign.org/key-gun-violence-statistics
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アメリカで広がるネオナチ・極右勢力の暴力
犯罪大国アメリカ 銃暴力 ネオナチや極右勢力
http://rt.com/usa/270142-white-americans-terror-threat/

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 さる2015年6月17日午後9時過ぎに、白人至上主義の若者ディラン・ルーフが、サウスカロライナ州チャールストンの歴史的黒人教会内で銃を乱射し9人を殺害し、複数を負傷させました。
 事件が起きたとき被害者たちは「エマニュエルAME(アフリカン・メソジスト監督派)教会」で聖書勉強会に出席していました。被害者には、同教会の牧師で同州上院議員を務めるクレメンタ・ピンクニー師、およびその姉妹も含まれます。
 6月20日に見つかった「最後のローデシア人」(The Last Rhodesian)というウェブサイトには、南部連合〔南北戦争で敗北した南部諸州の同盟〕の史跡で撮られたルーフの写真と、彼が書いたと思 われる約2500 字の決起の理由を説明した犯行声明文が掲載されています。
 その場で犯行をやめさせようとして生き延びた目撃者の話では、ディラン・ルーフは「この教会が黒人にとって歴史的にも由緒ある教会だから攻撃場所として選んだのだ。ニューヨークの黒人街ハーレムで黒人をたくさん殺しても意味がない。黒人は白人女をレイプしている。このままではアメリカは黒人に乗っ取られてしまう」という意味のことを言ったそうです。
 「マザー・エマニュエル」として知られる同教会は、ボルティモア以南の黒人教会としては最も古い歴史をもっています。この教会は19世紀はじめにその基礎が築かれ、その設立にはデンマーク・ヴィーシーという名の、後に奴隷蜂起を組織したとして処刑された解放奴隷も関わりました。同教会は1820年の奴隷蜂起の際に焼き落とされ、1872年に現在の場所に再建されました。
 ところが、アメリカの大手メディアも、この事件を報道するのに「テロリスト」ということばをいっさい使っていません。
 アメリカ政府が自ら掲げている「テロ」の定義からすれば、白人至上主義の若者ディラン・ルーフの行為は明らかに「テロ」そのものですが、不思議なことにFBI長官もこの事件の犯人を「テロリスト」と呼ぶことを拒否しています。<註1、2>
 黒人やイスラム教徒が何かをすれば必ず「テロリスト」と呼ばれるのに、白人が大量殺戮をしても「心に病をもった若者」といった表現が使われるだけだと、ペンシルバニア大学のアンシア・バトラー助教授(宗教学・アフリカ学)は『ワシントンポスト』紙の下記論文で憤っています。<註3>
 要するにアメリカ政府に抗議したり敵対する人々は「テロリスト」と呼ばれるわけです。自然環境保護運動の活動家すら、FBIによって監視され、「環境テロ活動」「環境テロリスト」と呼ばれるアメリカですから、当然のことかもしれません。(ところがネオナチや極右勢力は、どうも愛国者として扱われるようです。)

ところで、この銃乱射事件を受け、オバマ大統領は 次のように銃規制への行動を国民に呼びかけました。<註4>

これまでにも同じようなことを何度も言わねばなりませんでした。アメリカでは今までにも、このような町で、このような悲劇をあまりにも多く体験してきました。この事件の全容はまだ分かりませんが、分かっていることがひとつあります。それはまたもや無実の人たちが殺されたということです。このようなことが起きるひとうの原因は、ひとを傷つけたいと思っているひとに銃が簡単に手に入るということです。今は喪に服すときですが明らかにしておかねばならないのは、このような大量殺戮がほかの先進国では決して起きていないということです。ほかの先進国では、こんなに頻繁に、このような事件は起きていないのです。

  しかし、この演説を聴いて私はオバマ氏の厚顔ぶりにやや唖然としました。イラク、アフガニスタン、リビア、シリア、イエメン、ウクライナ(とくに東ウクライナ)などにすむ民衆には、このオバマ氏の演説はどのように響いたでしょうか。
 オバマ氏は上の演説で、「この事件の全容はまだ分かりませんが、分かっていることがひとつあります。それはまたもや無実の人たちが殺されたということです」と言いました。
 中東や東ウクライナなどでは、大統領命令によって、無実のひとが無人爆撃機で大量に殺されているのですが、どうもオバマ氏の目には、そのような大量殺戮は存在しないかのようです。
 オバマ氏も司法長官だったエリック・ホルダー氏も「暗殺リストおよびその証拠を出す必要はない」「テロリストでないという証拠は、殺されなかったという事実だけだ」「無人機で殺された人はテロリストだったからだ」という驚くべき発言をしています。
 チョムスキーは「無実の人をひとり暗殺すればテロリストは10人増える」という趣旨の発言をしていますが、オバマ氏はこのような事実を無視して(あるいは放置して)国民に銃規制を呼びかけているのです。しかも自分は外国に大量の爆撃機や重火器を売りまくっているのですから、信じがたい言動と言わねばなりません。
 さらにオバマ氏は上記の演説で、「このようなことが起きる一つの原因は、ひとを傷つけたいと思っている人間に銃が簡単に手に入るということです」と言っています。
 しかし、いま大きな話題にのぼっているIS[イスラム国]の残虐行為を裏で支援しているのはイスラエルやサウジアラビアなどの王政独裁国家ですが、その国に武器を売りまくっているのはどの国なのでしょうか。
 イスラエルがパレスチナのガザ地区を何度も猛爆撃して大量殺戮をおこない、病院や学校までも破壊して広い地域を瓦礫に変えました。アメリカ寄りの国連でさえ戦争犯罪と言い始めました。が、この爆撃機や重火器を提供しているのはアメリカです。
 最近でもサウジアラビアがイエメンを猛爆して同じような大量殺戮をおこないましたが、サウジに最新鋭の爆撃機を提供したり空中給油をしているのもオバマ政権です。オバマ氏は、イエメンにアメリカ国籍のひとが多く取り残されているにもかかわらず、彼らを脱出させるのではなく、サウジの攻撃を支援し続けました。
 ウクライナのクーデターを裏で支援し、ウクライナ政府軍のネオナチや極右勢力が東ウクライナで殺戮を繰り返していても、オバマ政権はそれを知らないふりをして米軍特殊部隊を大量に送り込んでウクライナ政府軍の訓練を続けました。

 このような事実を書き連ねるときりがないので、このへんで止めたいと思いますが、サウスカロライナ州チャールストンの黒人教会における殺戮事件にかかわって、ここで一つだけ書いておきたいことがあります。
 それは、オバマ氏やFBI長官が犯人を「テロリスト」と呼ばなかっただけでなく、国内のネオナチや極右勢力を放置してきたという事実です。これはオバマ氏がウクライナにおけるネオナチや極右勢力を放置してきた事実とぴったり符合するものです。
 オバマ政権はイスラム教徒だけに焦点をあてて監視していますが、「ニュー・アメリカ研究センター」の新たな研究によれば、2001年9月11日以降の非イスラム教徒によるテロ事件は19件なのに対し、イスラム教徒によるものはわずか7件でした。極右・白人至上主義者による殺害者数は、イスラム過激派によるそれを大幅に上回っているのです。<註5>
 それどころか、元FBI国内対テロ専門捜査官のマイク・ジャーマン氏(ニューヨーク大学法科大学院ブレンナン司法センターのフェロー)は、アメリカ国内のネオナチや極右勢力を長年にわたって調査してきたが、その報告はすべて握りつぶされただけでなく、結局はFBIを辞めざるを得ないように追い込まれたと言っています。<註6>
 考えてみれば、第二次大戦が終わった後、アメリカ政府は多くのナチ信奉者をアメリカに移住させて利用してきましたから、今さら驚くことはないのかもしれません。アメリカは、戦後の日本でも、戦犯として巣鴨刑務所に収監させられていた人物を牢獄から引っ張り出して首相の座につけ、傀儡政権をつくり戦後の占領政策に協力させました。今はその孫が首相になっています。<註7>

 オバマ氏は先にも紹介したように、チャールストンの黒人教会における殺戮事件にかかわって「今は喪に服すときですが明らかにしておかねばならないのは、このような大量殺戮がほかの先進国では決して起きていないということです。ほかの先進国では、こんなに頻繁に、このような事件は起きていないのです」とも述べています。
 オバマ氏が「ほかの先進国では、このような大量殺戮が、こんなに頻繁に起きていない」というのは、まさにその通りです。元大学教授で今は退職して講演や執筆活動で忙しいジョン・コーズィ氏は下記の論文<註8>で次のように述べています。

アメリカ合州国は暴力によって身ごもり、暴力によって養育された。アメリカ人は暴力に手を染めているだけでなく、暴力を楽しんでさえいる。
 殺人はアメリカで毎日平均87回も起きている。戦争のためアフガニスタンに行くほうが、シカゴで暮らすより危険ではない。 ローマ人は殺人を観劇するためコロシアムに出かけたが、大都市のアメリカ人は窓の外を眺めるだけでいい。 かつて野球はアメリカの国技だったが、温和で退屈なスポーツなので、アメカンフットボールのような、選手の脳を破壊するほど獰猛なスポーツに取って代わられてしまった。
 暴力映画は「アクション映画」と呼ばれ、映画館とテレビを支配している。子どもたちもビデオ殺人ゲームを楽しんでいる。

  コーズィ氏は上で「殺人はアメリカで毎日平均87回も起きている」と述べているのですが、「銃暴力予防のためのブレイディ・キャンペーン」という組織による最新の調査では、銃暴力による死傷者は毎年平均108,000人以上(正確には108,476人)で、そのうち死者32,514人ですから、確かに、このような先進国は世界のどこを探してもアメリカ以外には見つからないでしょう。<註9>
 しかし、「ほかの先進国では、このような大量殺戮が、こんなに頻繁に起きていない」というオバマ氏のことばを聞いて私の頭に浮かんだもうひとつのことがあります。それは、このオバマ氏のこのことばを次のように言い換えて、それをそのままオバマ氏に献上したらどうかということです。
    世界中でどこを探しても、「ほかの先進国で、このような大量殺戮を、こんなに頻繁におこなっている国はない」
 それは、次のように質問してみれば「アメリカが世界を破壊と殺戮の場に変える主役」だったことが一目瞭然となるからです。
Q1:アメリカが「大量破壊兵器」という嘘を根拠にイラク戦争を始めなかったら、今の中東の混乱・破壊・殺戮は生まれなかったでしょう。
Q2:アフリカで最も豊かな世俗主義国家であったリビアを爆撃し、リビアを破壊しなかったらなかったら、いまヨーロッパに大量に流れ込んでいる難民はいなかったでしょう。
Q3:アメリカが、世俗国家シリアの反政府軍(イスラム過激派)を支援しなかったら、「イスラム国」などという超過激なイスラム原理主義国家は誕生していなかったでしょう。
Q4:アメリカがイスラエルの蛮行を軍事面でも財政面でも支援していなければ、パレスチナ「ガザ地区」で起きているような惨劇・戦争犯罪は起きていなかったでしょう。
Q5:アメリカが裏で仕組んだウクライナのクーデターを起こさなかったら、パレスチナのガザ地区に匹敵するような惨劇は東ウクライナで起きなかったでしょう。

 アメリカが(ときにはクーデターすら起こして)支援する中南米の独裁国家からの難民が、大量にアメリカへなだれ込んできているを見れば分かるように、このような問いは半ば無限に続けることができます。
 チョムスキーが次のような諸論文で、アメリカが「世界平和にとって由々しき脅威」であることを、何度も繰りかえし論じている理由も、これらのことからも明らかでしょう(以下はすべて拙訳です)。

チョムスキー20141103 「アメリカのテロリズム、長く恥ずべき歴史」
チョムスキー20141020 「世界の誰もが知っている:アメリカは世界最強=最悪のテロ国家だ」
チョムスキー20130104 「世界平和への由々しき脅威:アラブの民衆が最も恐れているのは誰か」
チョムスキー20130503 「ボストンマラソン爆破事件とテロ国家アメリカの過去・現在・未来」
チョムスキー20120903 「なぜアメリカとイスラエルは世界平和にとって最大の脅威なのか」

  ところがいまアメリカは、ヨーロッパでは「ウクライナ問題」を口実にしてロシアを相手に、そしてアジアでは「尖閣列島や南沙諸島」を口実にして中国を相手に、新しい戦争を始めようとしています。
 しかもこれらの戦争でロシアを相手に戦う兵士はNATO軍であってアメリカ兵ではありませんし、中国を相手に戦うのは自衛隊であってアメリカ兵ではありません。こうして第2次世界大戦のときと同じように、アメリカは、ほぼ無傷で世界の大国として生き残るつもりです。
 チョムスキーはこれらの事態を指して「今や『終末時計』の針は3分前にまで迫った」と言っています。にもかかわらず我が国の首相は、アメリカに協力するために「戦争放棄」の憲法を捨て、着々と「戦争法規」を整備しています。沖縄における米軍の辺野古基地移転は、そのために「粛々」と実行されているのです。


NOTES(註)
1 「典型的なテロ事件」、ルーフをテロリストと呼ばないFBIは、白人による暴力を無視するのか?
"A Classic Case of Terrorism": Is FBI Ignoring White Violence by Refusing to Call Roof a Terrorist?
http://www.democracynow.org/2015/6/22/a_classic_case_of_terrorism_is
2  FBI長官JAMES COMEが、ルーフを「テロリスト」と呼ばない理由および「テロ」の定義は次の通りです。しかし、この定義からするとルーフは明らかにテロリストです。
"I wouldn't say so, because of the way we define terrorism under the law. Terrorism is an act of violence done or threatened to—in order to try to influence a public body or the citizenry, so it's more of a political act. And again, based on what I know so far, I don't see it as a political act."
http://www.democracynow.org/2015/6/22/a_classic_case_of_terrorism_is
3 「黒人や褐色人は『テロリスト』『凶漢、ごろつき』と呼ばれるが、白人は『心の病』と呼ばれるだけ?」
Shooters of color are called ‘terrorists' and ‘thugs.' Why are white shooters called ‘mentally ill'?
http://www.washingtonpost.com/posteverything/wp/2015/06/18/call-the-charleston-church-shooting-what-it-is-terrorism/
4 「繰り返される大量虐殺に世論は銃規制へ動くか?」
"It is in Our Power to Do Something": After Another Massacre, Will Public Mobilize for Gun Control?
http://www.democracynow.org/2015/6/19/it_is_in_our_power_to 
5 「911以降の、右翼過激派による暗殺者数の統計」
Deadly Attacks Since 9/11
http://securitydata.newamerica.net/extremists/deadly-attacks.html
この統計によれば、極右・白人至上主義者による殺害者数は、イスラム過激派によるそれを大幅に上回り、約2倍の48名にものぼっています。毎年4名の勘定になります。
6 「米国は右派テロを無視?9.11以降イスラム聖戦士よりも白人過激派に殺害された犠牲者の方が多い」
Does U.S. Ignore Right-Wing Terror? More Killed by White Extremists Than Jihadists Since 9/11
http://www.democracynow.org/2015/6/25/does_us_ignore_right_wing_terror
7 「隣に住んでいるナチス、いかにしてCIAとFBIはナチ戦犯に隠れ家を提供したか」
The Nazis Next Door: Eric Lichtblau on How the CIA & FBI Secretly Sheltered Nazi War Criminals
http://www.democracynow.org/2014/10/31/the_nazis_next_door_eric_lichtblau
「隣に住んでいるナチス、いかにしてアメリカはヒトラーの部下にとって安全な避難所となったか」>
Part 2: Eric Lichtblau on "The Nazis Next Door: How America Became a Safe Haven for Hitler's Men"
http://www.democracynow.org/blog/2014/10/31/part_2_eric_lichtblau_on_the
8 「暴力、それはアメリカの生活様式だ」(Violence: The American Way of Life)
http://www42.tok2.com/home/ieas/ViolenceTheAmericanWayOfLife.pdf
9 BradyCampaign「銃暴力の統計」
Key Gun Violence Statistics
http://www.bradycampaign.org/key-gun-violence-statistics
この統計によれば、アメリカで銃によって殺されている人は、コーズィ氏の言う87人ではなく、毎日89人に増えています。



<追記> いまアメリカで激増しているのは、ネオナチや極右勢力の銃暴力と同時に、白人警官による丸腰の黒人を銃で殺す事件です。そのなかには、公園で12歳の男の子が玩具の銃で遊んでいたら、そこに車で乗り付けてきた警官が車から降りて2秒も経たないうちに銃で撃ち殺す(しかもそばにいた姉の女の子が救いに駆けつけたら、その姉も逮捕されてしまった)という事件など、言語を絶する事例があまりにも多く、まるで時計が1960年代の公民権運動以前に巻き戻されたような感があります。しかし、これらの事例について詳しくふれるゆとりが今はありません。ただ一言だけ言っておきたいのは、このような事件が「黒人大統領」の下で激増していることです。これは「悲劇」と言うべきなのでしょうか「喜劇」と言うべきなのでしょうか。


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翻訳 ダグラス・ラミス「沖縄は緊急事態だ!」

沖縄、辺野古、普天間飛行場、「平等負担の会」、平和研究、国際理解(2014/06/14)


 いまアメリカは世界で大きく言えば「三つの戦い」を展開しています。
 一つは中東でイエメンからイラク、シリアに至るまで無人爆撃を繰りかえしながら各地を瓦礫に変えています。イエメンを瓦礫の地に変えているのはサウジアラビアですが、このサウジに高性能爆撃機やクラスター爆弾(国際的に禁止されている残虐兵器)を提供しているのもアメリカです。
 もう一つはウクライナで表向きは停戦協定を結びながら、実質はアメリカがウクライナ政府軍に武器や戦車などを提供してウクライナ東部のドンバス地方を攻撃させているのもアメリカです。政府軍の実働部隊はネオナチ・極右勢力で、アメリカが特殊部隊を送り込んで軍事訓練をほどしています。
 このウクライナ情勢はチョムスキーが「核戦争3分前」と言っているくらいに緊迫した情勢にあるのですが、日本の大手メディアはそれについてほとんど報道していません。左翼あるいはリベラルと言われている新聞でも、ウクライナ危機をつくり出したのはロシアだとして、裏でクーデターを仕組んだアメリカに言及することはほとんどありません。
 最後は中国近海、とりわけ魚釣島を舞台にした中国包囲網で、中国を攻撃するための実働部隊として自衛隊を利用するために、いまアメリカは日本政府に圧力をかけ、戦争法規を急ピッチで完備させようとしています。TPPも中国包囲の一貫であることを安倍首相はアメリカ議会で公に認め、その締結に全力をあげると宣言しました。
 このたびの総選挙で沖縄の小選挙区すべてにおいて政府与党勢力が全敗したにもかかわらず、安倍首相が「粛々と作業を進める」と言って、アメリカ軍の辺野古基地移転を頑として取り下げようとしないのは、上記のような背景があります。
 しかし「民主主義」というのは「民意を尊重する」ということですから、それを堂々と踏みにじって恥じない安倍政権は、いまや「独裁的ファシズム政権」に変質しつつあると言っても過言ではありません。このまま事態が推移すれば、沖縄がとるべき道はイギリスのスコットランドが掲げているのと同じように「独立」しかなくなるでしょう。
 ところで沖縄現地の辺野古では、基地移転の工事を阻止するために、地元の住民が連日のように、陸と海の双方で体をはって警察や海上保安庁職員と闘っています。その生々しいようすを、アメリカ人学者ダグラス・ラミスが沖縄からの現地レポート「沖縄は緊急事態だ!」を書き、本土やアメリカの心あるひとに支援を訴えています。
 いま私の主宰する研究所の研究員から、その翻訳が届きましたので以下に紹介させていただきます。このレポート(檄文)が書かれたのは2月18日ですが、アメリカ海兵隊の垂直離着陸輸送機オスプレイが5月17日にハワイで墜落し多数の死亡者を出している今、ラミス氏のレポートが新たな意味をもって甦ってきたように思います。
 ベトナム戦争時に元海兵隊員だったダグラス・ラミス氏が、津田塾大学を退職したあと沖縄に移住し、非常勤講師を勤める傍ら反戦平和運動をおこなっている姿に(1936年生まれですから、やがて80歳です)、私はある種の感動をおぼえています。名著『イデオロギーとしての英会話』(晶文社, 1976年)も、私にとっては忘れがたい本です。

<註> アメリカが三つの地域(中東、東欧・ウクライナ、中国近海)を中心として世界中で展開している汚い戦争については、その分析の根拠をいちいち明記しませんでしたが、それらについては私の今までのブログおよび下記サイトを御覧ください。
http://www42.tok2.com/home/ieas/translation_index.html
チョムスキー 「世界の誰もが知っている:アメリカは世界最強=最悪のテロ国家だ」 
「櫻井ジャーナル」
「マスコミに載らない海外記事」



沖縄は緊急事態だ!
C.ダグラス・ラミス
The Asia-Pacific Journal、2015.2.18
https://zcomm.org/znetarticle/okinawa-state-of-emergency/

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警官との衝突でけがをした女性
辺野古Injured_woman

沖縄北部辺野古の米軍海兵隊キャンプ・シュワブのゲート前で、一つの看板に、座り込みが220日に及んだことが示されていた。その隣で、老人が、「沖縄を差別するな!」と書かれた幟(のぼり)を掲げて立っていた。「これはどこの組織からもらったものでもない。俺が自分の金で作ったんだ」と彼は言った。「これなんだ。これが問題なんだ」と彼は思い詰めたように私に言った。

幟(のぼり)に書かれた文字「「沖縄を差別するな!」は、沖縄の反基地運動がこの15年ほどに潜り抜けてきた激変を象徴している。それは大きな考え方の変化であり、それが現在の大きな政治的再編に導き、それが今度は、現地で起きているすさまじい政治的対立に、ますます影響を及ぼしつつある。

簡単に言えば、長年このかた沖縄の政治は、反戦反基地の革新派と、人数は少ないが金持ちの保守派との対立だった。金持ちはお金が入ってくるのだったら基地のことを気にかけない。その後1995年沖縄の女子小学生が米軍兵士3人に集団暴行され、島中が怒りの炎に燃えあがった。保守も革新も参加して、全沖縄抗議集会が開催された。130万人の人口で約7万人の参加は、膨大な人数だった。アメリカと日本政府は、何かしなければいけないと覚悟した。

彼らが思いついたのは、沖縄中部、人口密集地域の宜野湾市中心部にある普天間海兵隊航空基地閉鎖を約束することだった。人々が喜んだのは、1日だけだった。その翌日、航空基地が県外に出て行くのではなく、北部の名護市辺野古村に移転するだけだと知ることとなった。喜びは、怒りに変わったのだ。

その時から、ほぼ20年が経過した。普天間飛行場が開いている間、これまで反基地抗議運動が、新しい基地建設を阻止してきたのだ。当時しばしば繰り返し聞かれたスローガンは、「沖縄は日本領土の0.6%しかないのに、在日米軍基地の74%が存在している」だった。興味深いことに、これは反戦スローガンではないことだ。それは沖縄の全ての米軍基地撤去を要求しておらず、露骨に不平等な扱いに対する抗議だった。この不平等な扱いが沖縄人の意識を変えたように、これは反基地活動家の考え方にも変化をもたらした。沖縄人の熱烈な平和主義に、彼らが日本の植民地(又は、日本と米国の二重植民地とも言われるが)として扱われているという意識が加わり、それがますます大きくなっている。「差別」という用語は、政治的用語には入っていなかったが、みんなの考え方の中心におかれたのだ。この情況を把握する方法の変更が、保守派にも反基地運動に参加する扉を開け、そして多く者が、保守派陣営を割って参加したのだ。みなが差別されているとき、侮辱されていることを免れる保守派はいないのだ。

抗議運動を推し進めるもう一つの要因は、この新しい基地計画が、大量の土砂とコンクリートを大浦湾に捨てるからだ。そこは、沖縄と日本の最後の原生珊瑚の楽園で、絶滅危惧種ジュゴンを含む何千という希少海洋生物の豊かな生息地でもあるのだ。革新派のみならず多くの保守派も、その計画の悪辣な破壊に本当に心を痛めていた。徐々に新しい連帯が形成され、これはイデオロギー的には革新陣営抱いていたほど純粋ではないが、政治的にさらに力強いものとして登場した。

2010年に在職中の保守派知事仲井眞弘多は、彼の主席アドバイザーのひとり、当時那覇市長の翁長雄志に「もし次の選挙で反基地の立場をとらなかったら、選挙で負ける」と言われた。従って彼は自分の立場を変えて、海兵隊空軍基地を辺野古に移転しないで、本土へ移すべきだと言った。それで彼は選挙に勝つことができた。4年間この気むずかしい老人は、辺野古での新たな基地建設に反対して、見事にやってのけた。その後、彼の任期の終わり頃、突然意見を変え、基地移転の許可を出した。この彼の選挙公約への裏切りによって、その約束を説得した翁長那覇市長を含めて大勢の怒りが渦巻いた。2014年に行われた次の選挙で、翁長氏は反基地の立場で仲井真氏に対抗して立候補し、約10万票差で彼を打ち負かした。翁長氏の歴史的勝利の少し前、反基地派の名護市長も、安部晋三政権による猛烈な支援にもかかわらず再選された。さらに、衆議院選挙で、沖縄の基地賛成派候補4人が全員が、小選挙区で見事に敗れた。沖縄の選挙民が、新たな基地建設に反対の意思を示したことは、極めて明白であり、繰り返し行われた意識調査でも証明された。

日本とアメリカ政府は、この圧倒的な沖縄人の新基地反対の意思を無視することに決めた。安部首相は、選挙は基地建設になんら影響はないと繰り返し述べた。それは、沖縄に対する政府の政策が、深い差別によって打ち立てられていると考える者を説き伏せるために計算された行動のように思えた。そして今、私たちは現在に至る。建設準備の現場は、衆議院選挙中は中断されていたが、1月15日に再開された。沖縄ではその伝統的難題がいま試されている。つまり「有無を言わさぬ勢力」が、「動かしがたい対象」に出会う時、何が起こるのか。

「動かしがたい対象」の側では、まず最初に、1月15日から1週間に7日、24時間続けられているキャンプ・シュワブ第1ゲート前の座り込みがある。この示威行動の目的は、基地建設に関連したトラック本部への搬入を阻止して、それが失敗したら、工事を遅れさせることだ。「有無を言わさなぬ勢力」の側では、2台に分乗した機動隊がいて、トラックの正面にデモ隊が座ったり、横たわったりするとき、彼らを引きずり出し、退去させることが彼らの仕事だ。夜は昼間よりデモ隊が少ないため、今やほとんどのトラックが、ちょうど夜明け頃、または時には真夜中でも入ってくる。デモ隊は、ビニルシートとポールで、脆くて漏れるテントをつくり、そこで彼らは寝たり、あるいは、とにかく寝ようと試みる。それはひどいもので、特に夜に雨が降ったときは惨めだと聞いている。それにもかかわらず多くの人々が、そこで何日も寝泊まりした。座り込みをしている人々のほとんどは、中年かお年寄りで、70歳や80歳代の人々もいる。これは、彼らがほとんど退職していて、毎日自由にそこへ行けるからでもあるが、さらに沖縄戦を耐え抜き、戦争や、戦争に結びつくもの全てに深い恐怖や嫌悪がある世代だからである。辺野古基地に対するこの闘いは、この世代の沖縄人の最終的な意思表示であり、歴史的な遺産であると言っていいだろう。

第2の対決は、大浦湾で起こっている。そこはキャンプ・シュワブに隣接し、新しい空港予定地だ。ここで日本の海上保安庁沿岸警備隊が、非常に広大な地域をオイルフェンスと呼ばれる一連の大型浮具を張り巡らした。これは多分海でオイル漏れを抑えるために使われるものだと思われる。そして彼らは、そのフェンスの中へ入らないように命じた。毎日12人かそれ以上の抗議者たちがシー・カヤックに乗り込み、フェンスの周りを行ったり来たりしている。ある者は建設を阻止しようとしてフェンスを乗り越えたりするのだ。

彼らを阻止するために、政府は沿岸警備隊のカッターや高速モーターボートの大群を配備した。カッターは船首をみな建設現場に向けて並んでいて、まるでGreat White Fleet(訳注:白い大艦隊=1907年~09年、ルーズベルトがアメリカの新興海軍力を誇示するために、世界一周巡航に派遣した白塗りの艦隊)のようである。これは抗争中の尖閣諸島/钓鱼岛群岛問題で中国と大きな対決場面になったときに送ったのと同じ部隊を、これらのシー・カヤック隊を追跡するために派遣したのかも知れない。海岸から見ると、それはまるで沖縄がまさに侵略されるかも知れないように見える。これらの堂々とした白いカッター(white cutters訳注:coast guardに属する軽武装の沿岸警備用の小型船)からけたたましい何十隻かの黒いゴムの双発高速ゴムボートが出てくる。それぞれ逞しそうな、ヘルメットをかぶった沿岸警備隊員を乗せている。身体は救命胴着や様々な装備をつけて、ある者はスキューバ・ダイビング用のタンクや足ひれを付けて、抗議側が泳ごうとしたらすぐ飛び込めるように準備していた。
カヤック隊はオイルフェンスを乗り越える技術をマスターした(背を反らせて舳先を海上に上げ、強く漕いでフェンスに乗り上げ、それから身を乗り出して、カヤックを滑り込ませる)。しかし乗り込んだ人々は、すぐさまこれらの巨大な水生の虫けらどもの一群に取り囲まれてしまう。「安全確保のための適切な警備」と彼らは説明するが、彼らがカヤック隊をカヤックからたたき出し、背後から跳びかかり、彼らの頭を水中に沈める行為の説明にはなっていない。それはまた、なぜ彼らを海岸から4km離れた所に連れて行き、珊瑚礁より遥か沖で、彼らのカヤックを外洋に捨て去り、戻れるものなら戻ってみろと言うのか、説明がつかない。カヤック隊の人数が不足して、力負けするけれど、彼らを追い出すためにとても多くのエネルギーが費やされるので、あまり仕事が進まず、彼らは大きな阻止力の主役となっている。そして政府が抗議側に対抗するために組織した巨大な勢力は、政府がいかに彼らを恐れているかという明白な指標である。しかし政府が10~45トンのコンクリートブロックを海に投げ入れ始めているので、建設を止めるための緊急性が増している。

だからカヤック隊もあきらめずに、毎日戻ってくる。


湾内での対決
辺野古canoes
  
第3の対決地点は知事庁舎だ。反基地革新派と反基地保守派の同盟で、座り込みやカヤック抗議行動を実行したのは主に革新派だが、知事庁舎をコントロールしたのは主に保守派だ。そしてこれらの保守派が反基地感情においてどれほど真剣でも、彼らはこの種の対決政治には慣れていない。ゆっくり動き、書類を整理して、普段通り働き、取引をするのが彼らの生活スタイルなので、彼らが新しい情況に適応することは難しことに気づいている。

翁長知事は彼の選挙の後すぐに、慣例に従って、首相と他の官庁を表敬訪問をするために上京した。そして彼らは翁長知事をホテルの部屋にとどまらせたまま、彼に会うことをきっぱり拒否したのだ。脅しに屈せず、彼は2度目の上京をしたが、会えたのは2・3の下級官僚だけだった。大多数の沖縄人は、これが翁長知事個人への侮辱のみでなく、沖縄人全体への侮辱であると判断した。その侮辱が意味するところは、翁長氏の反基地公約が地滑り的勝利をおさめたとしても、阿部政権による政治的意志は、それは顧慮に値しないという扱いを受けるということだった。東京は直ちに過去5年連続増加していた沖縄予算を4.6%削減し、3340億円にすることを明確にした。

現在、翁長知事が直面している大きな問題は、空港施設建設に関する防衛省の大浦湾埋め立て許可申請に対して、前知事の公式承認をどうするかということである。日本の法律では埋め立ては県知事の承認なしでは行うことはできない。そして仲井真前知事がそれを承認した。そして日本の法律では、知事はすでに許可されたものを失効させたり、撤回したりする力を持っている。失効は、結婚の破棄のようなものだ。つまり過程に法的不備があったので、関係は一度も成立しなかった。つまり結局あなたは一度も結婚しなかったということだ。撤回は離婚のようなものである。つまりあなたは法的には結婚した。しかし何か重要なことが変化して、今あなたはそれを終わらせる。埋め立て許可の場合、前者(失効)は法的根拠を持っており、より強力で、より決定的だ。しかし説得力のある方法で失効させるためには、まず全ての法的プロセスが、法律の専門家によって注意深く調査される必要がある。後者(撤回)は法律にもとづかず、むしろ知事の裁量でなされる政治的判断に基づく。それ故、直ちに行うことができるが、東京の政府によって無視される危険性も大きい。

知事は、法律専門家や環境問題専門家の委員会を設立した。埋め立て失効を本気で正当化するために、埋め立て許可の発行過程で、法的不備があったかどうかを調査するためだ。委員会の委員長は、この調査を完成するには6月末までかかると言っている。それはとても長い期間で、カヤック隊が毎日の海の闘いを続け、座り込み隊が24時間の監視を続けられるか心配だ。さらに大浦湾の貴重な珊瑚の楽園の破壊がすでに始まっていて、7月までに珊瑚がどれくらい残っているかわからない。だから工事撤回命令を直ちに出すように、知事に大きな圧力がかかっているのは、まったく当然のことなのだ。しかしこれに対して、たとえそのような命令が出されたとしても、東京の政府がそれを無視するだけだ、ということはありそうなことだ。これまで知事がしてきたことを彼らが全て無視してきたのだから、その可能性がある。このことは、カヤック隊と座り込み隊がどんなことがあっても抗議活動を続けなければならないことを意味する。それに加えて、もし失効命令が7月に出されたとき、いま撤回命令を出すことが、法廷では有効でなくなってしまう、という弁護士の意見もある。

これを書いている時点で、この厳しいジレンマがどれほど解決されるかはっきりしない。しかしキャンプ・シュワブで抗議する者たちの負担が、すぐ軽くなるという見込みは余りない。

私が住んでいる那覇から、辺野古の座り込みに行くバスが毎日出ている。それは観光バスなので、マイクがある。そして1時間半の旅は、かなり面白い政治討論の場になっている。先週私がそのバスに乗っていたとき、ひとりの女性が「とにかく何が起ころうとも、私たちはこの闘いに勝たなければならない。もし私たちが勝てなかったら、それは沖縄の終わりだ」と言っておられた。多くの人々がそう感じている。この闘いは違うんだ。東京の政府は、これまでの方法、つまり、お金、裏取引、約束破り、分割支配が通用しないとわかり、あらゆる正面攻撃を、沖縄や、それを支持し、信じる者達に仕掛けてきた。彼らはこの勇敢で独立精神豊かな人々を、今度ばかりは打ち破ろうと狙っているようだ。政府側は失敗するか、それに近い結果になると私は思う。

もしこの記事の読者で、この危機にある沖縄の人々へ支援をしたいとお考えの方がいたら、あなた方にできる様々なことがある。まず、あなた方の声を上げることができる。マイクや手紙やプラカードやビラなどで、誰かと個人的にそれぞれ可能な方法で声を上げることができる。もし国外に住んでいるのなら、あなた方の声を日本大使館や領事館に行って、または通りの外から届けることができる。もしあなたがアメリカに住んでいるなら、あなたの考えを国会議員や下院軍事委員会委員長や米軍海兵隊司令官や大統領(正確には苦情処理担当)に知らせることができる。(もしあなたがアメリカ政府の人に接触できるなら、現在の方針を続けると、彼らが沖縄へ出入りする権限を全面的に失う現実的な危機があるということを彼らに気づかせられるかも知れない。私は全くかまわないのだが、彼らにはもう少し慎重に自分たちが何をしているかを考えさせる刺激になるかもしれない。確かに普天間基地を移転する最高の場所は、アメリカ本土なのだから)。もしあなたが日本に住んでいて、可能なら沖縄に行って、自分でその情況を見て、そしてさらには座り込みに加わることができる。

そしてもしあなたが沖縄の外に住んでいる日本国民なら、あなたはもう一つの極めて強力な武器をもっている。全ての沖縄運動の中心的な命題は、米軍基地の不平等な分布(75%が小さな沖縄にある)が正しいことではなく、差別的であるということなのだ。いま沖縄と連帯する行動は、この命題「沖縄を差別するな」に連帯して行動することだ。そして連帯する簡単な方法は、自分の住んでいる地域で「平等負担の会」を結成し、米軍基地を好きではないが(少なくとも日本の世論が米軍基地を日本の外へ移転させることを支持するまでは)沖縄の負担を軽減するために普天間海兵隊航空基地を自分の地域に受け入れる用意があると宣言するのだ。このような宣言が、辺野古に基地を押しつける政府の理由、すなわち「どこも普天間基地を受け入れるところはない」という口実を打ち砕く効果を持つ。そしてこれが沖縄人の運動を非常に元気づけることになるのだ。

もちろん他の行動もたくさんある。もしあなたが沖縄を支援したいと思ったら、今がその時なのだ。


ダグラス・ラミスは元沖縄の米国海兵隊員、現在は沖縄に在住して、沖縄国際大学講師、著書に『ラディカル・デモクラシー』、その他、日英両語で書かれた著書が多数。Japan focusの寄稿・編集者者であり、津田塾大学の元教授。


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国際成人力テスト、SSH(スーパー・サイエンス・ハイスクール)、「見る眼、観察眼」を育てる、英語教育(2015/06/03)

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OECD国際学力調査 「読解力でも数学力でも最底辺のアメリカ」

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 安倍首相が米国議会で、「TPPは経済問題だけではなく安全保障の問題でもある。だから日本はこの交渉妥結を目指し全力を尽くす」と英語で演説し話題を呼びました。
 しかし心ある識者の中には、これは「まともな独立国」の首相がとるべき姿勢なのかと心を痛めたひとも少なくなかったのではないでしょうか。
 というのは、国家元首が外国で演説をする場合、一歩譲って英語に堪能であったとしても、自分の国の言葉でおこなうことが「国家の品格」を示す最良の方法ではないかと思われるからです。

 しかしよく考えてみると、アメリカ議会で英語演説する安倍氏の姿は、いま政府・文科省が推進している文教政策をみごとに反映していたのだとも考えられます。
 というのは、安倍氏が強力に推進しているのは、「中高の英語の授業を、英語でおこなう」「TOEFLを大学入試にする」「留学生を倍増し、12万人にする」「大学の一般教育の授業も外国人教員をやとって英語でおこなう」という政策だからです。
 しかしTOEFLは、アメリカ留学を目指すひとのための資格試験です。にもかかわらず、自らの指導要領を無視して、外国がつくった問題を日本の大学入試に利用しろと言うのですから、私たちの頭は混乱してしまいます。
 今まで「指導要領から逸脱するような問題は出題するな」と厳しく指導してきたのは文科省だったのではないでしょうか。
 さらに、OECDの「国際成人力テスト」でアメリカの若者が最下位を占めている事実を知ると、そのような国へ我が国の若者を大量に送り出そうとするのは、何のためなのかという新しい疑問がわいてきます。
 というのは、『ニューヨーカー』誌(October 23, 2013)によれば、OECDが16~24歳の若者を対象に22カ国の学力調査をした結果は、アメリカが最底辺の位置にいることを示しているのです[ただし「問題解決能力」は、ロシアを含めた20カ国の調査です]。

Numeracy(数学的能力):イタリア21位、アメリカ22位で最下位
Literacy(読み書き能力):イタリア22位、アメリカ21位
Problem Solving(問題解決能力):ポーランド19位、アメリカ20位で最下位
出典「アメリカの衰退を測る三つのグラフ」 
Measuring America’s Decline, in Three Charts


 しかも上記の調査結果は、実は16歳から65歳までの「国際成人力テスト」の1部なのですが、この全年齢の「成人力テスト」では、日本は世界トップなのですから、わざわざ何のために小学校から英語漬けの生活を強要されなければならないのかという疑問が、ますます強くなります。(別掲グラフ参照)
 それどころか、せっかく「世界一」と言われている学力すら、英語学習のためにそのエネルギーを奪われ、どんどん転落していくのではないかという恐怖さえおぼえます。海外で武者修行したいのであれば、日本で博士号を取り自分の研究テーマが明確になってからでも遅くありません。
 日本は博士課程まで世界最高レベルの教育を日本語で教授できるのに、しかも留学しなくてもノーベル賞を受賞する優れた研究者・科学者を次々と生み出しているのに、なぜ学部レベルの段階で学生をアメリカにまで送り込んで英語で苦労させなければならないのか。全くのエネルギー浪費になってしまうでしょう。
 白川英樹氏も山中伸弥氏も、アメリカに行ったのは博士号を得てから研究員として渡米したにすぎません。白川氏に至っては、氏が研究員としてアメリカに行くきっかけになったのは、氏の研究の素晴らしさに惚れ込んだペンシルベニア大学のマカダイアミッド氏が白川氏を共同研究者として招待したからでした。
 何度も言いますが、私が調べた限り、日本のノーベル賞受賞者で小さいときから英語学習に熱中したひとは皆無ですし、益川敏英氏をみれば分かるように、そのほとんどは留学すらしていません。大学院を出ていないので修士号すらもっていない田中耕一氏もイギリスに出かけていますが、子会社のKratos社への出向であって留学ではありませんでした。
 これらの事実は、科学力と英語力の関係をみごとに示しているように思います。アメリカの大リーグで活躍しているイチローも英語ができたから渡米したわけではありません。

OECDの国際学力テスト
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/3936.html


 かつて「ジャパンasナンバーワン」と言われていた経済力が、「ジャパン・バッシング」のなかで今は衰退の一途をたどっています。それと同じように、「英語漬け」という新しい「ジャパン・バッシング」のなかで、「世界一」と言われている「数学的能力」や「読み書き能力」すら衰退させられていくのではないか、と思うのです。
 というのは、アメリカによる絨毯爆撃で全土が灰燼に帰した日本を不死鳥のように甦らせ、「ジャパンasナンバーワン」と言わしめるまでに経済成長させたのは、いま流行の「英語で授業」といったコミュニケーション重視の英語教育を受けたひとたちではありませんでした。むしろ旧態依然たる読解中心の英語教育をうけたひとたちでした。
 これはノーベル賞の受賞者についても言えます。
 世界中から「なぜ日本から次々と受賞者が出てくるのか」と驚嘆の目で見つめられているのですが、歴代受賞者の経歴を調べてみても、英語学習に熱を上げた(まして小学校から)形跡は全く見られません。
 それどころか小中学校時代は思いっきり遊んでいるひとが多いのです。高校や大学でもスポーツ部で汗を流しているひとも少なくないことに驚かされます。たとえばノーベル化学賞(2000)を受賞した白川英樹氏は、高校卒業まで岐阜県高山のなかで育ったことが自分の「見る眼」「観察眼」を育てたとして次のように言っています。

 小学校3年生のときに満州から引き揚げてきて岐阜県の高山に住みついた。それから中学,高校とちょうど10年間,高山にいたことは相当大きな影響があるだろうと思うんですね。
 自然の中に身を置くことが好きだったものだから,山をほっつき歩いて,昆虫採集や植物採集に夢中になっていた。昆虫採集にしろ,植物採集にしろ,ともかくよく見ていないと見逃してしまう。...そういうところで「何でもよく見る」という習慣が培われたのではないかと思います。(中略)
 だから,直感的に,失敗するはずのない実験がなぜ失敗したのかというのが一つあった。それと,失敗した状態をとにかく見なければ,ということでよく見てみると,今までの状態とは明らかに違ったということですね。(『応用物理』第77巻、第8号、2008:906頁)

 ここで白川氏は「失敗するはずのない実験がなぜ失敗したのかというのが一つあった。失敗した状態をとにかく見なければ,ということでよく見てみると,今までの状態とは明らかに違った」と言っていますが、ノーベル賞はこの失敗からうまれたと氏は言っているのです。
 この氏のコメントはノーベル賞を受賞したときに受けたインタビューで次のような質問を受けた答えとして出てきたものでした。

先ほどお話しになった,膨潤したぼろぼろに近い固まりの膜が本当にいいものにつながるというところ,普通はなかなか食いつきませんよね。ほったらかしてしまうケースが多い。白川先生はそこにずっと目を向けて,見逃さず入っていかれるところがあると思うのですが,子どものころの教育なり,お父さんお母さんや学校の先生の影響なり,あるいは自然環境なり,何かあるのでしょうか。(同上906頁)

 ここで質問をした吉野勝美氏(島根県産業技術センター)は、「膨潤したぼろぼろに近い固まりの膜が本当にいいものにつながるというところ,普通はなかなか食いつきませんよね。ほったらかしてしまうケースが多い」のに、白川先生は「それを見逃さず入っていかれた」。そのような力はどこで培われたのかと尋ねているのです。
 それにたいする白川氏の答えは次のようなものでした。

昆虫採集は仲間と一緒に行くことはあっても,どれ一つとして学校で習うとか,先生に教えてもらったということがない。自分で,あるいは友だちを通していろいろなことを学んでいく。昆虫採集にしろ,植物採集にしろ,ともかくよく見ていないと見逃してしまう。そういうところで「何でもよく見る」という習慣が培われたのではないかと思います。(同上906頁)

 つまり、失敗した実験の結果として出来た「膨潤したぼろぼろに近い固まりの膜」、ふつうだったら単純な失敗だとして「ほったらかし」にするようなものに注目して、その原因をさぐろうとしたところからノーベル賞につながる研究がうまれたと言っているのです。しかもそれは少年時代に野山をかけめぐり昆虫採集や植物採集に熱中した生活が「何でもよく見る」という習慣を培ったと言っているのです。
 このように白川氏の少年時代は「自然に溶け込み自然と遊ぶ」ことに費やされたのでした。英語塾に通うような少年時代ではなかったのです。もし少年時代から英語塾に通い、ひたすら英会話のフレーズを覚えることに費やされていたら、ノーベル賞を受賞する白川少年に育つことはなかったでしょう。
 同じことは他の多くの受賞者についても言えることです。私が調べたノーベル科学賞の受賞者はいずれも、小学校時代は遊びに大きな時間を割き、高校大学時代はスポーツに汗を流しているひとが少なくないのです。しかも、ノーベル賞受賞につながる研究の多くは失敗から生まれています。2002年のノーベル化学賞を受賞した田中耕一氏の場合も同じでした。(『生涯最高の失敗』朝日新聞社)
 ノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥氏にしても、部活動で柔道に打ち込んでいた氏は足の指や鼻などを10回以上骨折した経験からスポーツ外傷の専門医になろうと整形外科医をめざしたのですが、手術が不得手で他の医師が30分で終わる手術に2時間かかり「ヤマナカではなくジャマナカ」と言われ、病院を退職して大学院「薬理学教室」に入り直したのでした。
 この「薬理学教室」で失敗した実験が山中氏に新しい研究テーマを与えてくれたのでした。そして大学院修了後、博士号を得てサンフランシスコ大学グラッドストーン研究所の研究員として渡米したのですが、そこでも実験に失敗しています。しかし、その失敗した実験がさらなる研究テーマを生み出し、それが帰国後のノーベル賞を受賞する研究へとつながっていったのです。(山中伸弥, 益川敏英『大発見」の思考法』文春新書)


 もうひとつ彼らに共通しているのは「数学が好きだった、得意だった」ということです。彼らが好きだったのは「英語学習」ではなかったのです。国語・日本語は「読み書き能力」の基礎となる「自然言語」だとすれば、数学は自然を読み解く「人工言語」だからです。
 化学や物理学であれば当然、数学が好きだっただろうし得意だっただろうと想像できますが、柔道に打ち込み最初は外科医をめざした山中伸弥氏でさえ、「数学は大好きだった。勉強というよりも、パズルのような感じで、難しい問題を解くのが趣味だった」(同上54頁)、「益川先生の前で言うのもなんですけど、私、数学の才能はけっこうあったんじゃないかと思います(笑)」(57頁)と言っているのです。
 ところが、文科省は何を間違ったのか、「スーパーサイエンス・ハイスクール」(SSH)という制度をもうけて、これに応募した学校に補助金を出すということを始めました。そして科学技術や理科・数学教育を重点的におこなう高校を指定する制度であるはずなのに、じっさい指定校になった高校の教師に尋ねてみたら、英語で理科の授業をおこなうことが強力に推進され、英語教師までもがそれにかり出されているというのです。
 しかも莫大な予算が付き、その予算を消化するためにも「英語圏」に修学旅行や研修旅行が企画され、その企画立案や現地校との連絡のため、英語教師が振り回されるという事態も生まれています。こうして高校の英語教師は、自分の授業だけでも「英語で授業」をすることに疑問や悩みを抱えているのに、理科の授業にまでかり出されて疲れ切っているという話が伝わってきました。
 私が主宰する研究所の研究員がいる学校でも「英語の教師」という理由だけで「スーパーサイエンス・ハイスクール」の事業にかり出されているというので、「理科の教師たちが勝手に手を上げてそのプログラムに立候補したのだから、理科教師に任せておけばよいではないか」と助言したのですが、校長の面子もあり「学内の協力体制」という一言で押さえつけられ、反対できる余地がほとんど残されていないとのことでした。
 文科省の「英語力=国際力、英語力=研究力、英語力=経済力」という考え方が、京都大学の「国際化を断行する大学」「共通教育の半数近くを英語でおこなう」という方針につながっていったことは今や広く知られた事実ですが、それが「スーパーサイエンス・ハイスクール」というかたちで今や高校教育までも大きく歪めつつあることは、私にとって大きな驚きでした。
 私の研究所の研究員が勤務する学校も、「スーパーサイエンス・ハイスクール」のプログラムの一環としてハワイに研修する企画を立て、その連絡係として英語教員が駆り出されています。ところが「スーパーサイエンス・ハイスクール」を念のためにウィキペディアで調べてみたら、「制度への批判」という項目で次のようなことが書かれていて驚かされました。

国立天文台普及室長の縣秀彦はSSH指定校からすばる望遠鏡の見学要請を受けた際、望遠鏡のあるハワイ島のマウナ・ケア山(標高4205m)は16歳未満の登頂が禁止されている山であるにもかかわらず一部の高校の連絡や準備が不十分であったという経験を引いてSSHの教育活動に「科学技術系人材の育成」という本来の目的だけではなく、「学校の面目や先生の個人的な動機」が介在していると事業に疑問を呈した。またSSHは指定された一部の高校に予算を集中させる制度であるため、教育の機会均等の観点から好ましくなく「SSHの隣の高校にも理科好きの生徒はいるのですから」と予算を全国の科学館や博物館の充実に向けたほうがよいと指摘した。(朝日新聞 2007年(平成19年)7月1日)

 これは2007年の記事です。今は2015年ですから8年近くも前から、このような英語圏だという理由だけでハワイが選ばれることが続いているわけです。真の理科教育とかけ離れた事業が、莫大な費用をかけておこなわれているのです。
 ウィキペディアによれば、「2007年(平成19年)度予算では約14億4443万円、2010年(平成22年)度予算では約20億6500万円、2011年(平成23年)度予算では約24億400万円が配分されており、増額傾向にある」そうですから、血税の壮大な無駄づかいと言うべきでしょう。

 自然科学を読み解くための言語は「数学」です。その裏には文章をきちんと読み解くための基礎学力としての「国語」があります。にもかかわらず、英語学習だけを重視し、授業を英語でおこなうことが理科教育を大きく飛躍させるという考え方をこのまま進めていけば、韓国の二の舞になることは眼に見えています。
 「我が国から一刻も早くノーベル賞を!」ということで韓国は英才学校をつくり英語による授業を強力に推し進めてきていますが、いまだにノーベル賞受賞者は誕生していません。それどころか、「日本では母語・母国語で博士課程まで教育をできるから次々とノーベル賞受賞者が誕生している」という深刻な反省すら生まれ始めています。(『英語教育原論』明石書店)。
 深い思考は母語・母国語でおこなわれます。これはノーベル賞受賞者もはっきり認めていることです。山中伸弥・益川敏英両氏の次のことばを、文科省は今一度かみしめてみるべきではないでしょうか。

 益川:名古屋大学の教養の二年の時に、数学コンクールというのがあった。いくつか問題が出されて、いい成績を取ると、先生が小遣い銭から鉛筆六本とノートを買ってくださる。
 山中:それ、今だったら小学校の運動会の景品ですよ(笑)。時代を感じますね。
 益川:その時、出された問題が六題あって、五題は解けたの。でも、最後の一つがどうしてもわからない。「n点がある。そのうちの任意の二点を取って直線を引けば、必ずその直線上に、もう一点がある。このような条件であれば、すべての点は一直線上にある。それを証明せよ」とこういう問題だったんだけど、友達同士で話し合っても、誰もわからん。夏休み中考えたんだけどわからなかった。しかし、実に簡単なことだったんだ。「n点」というのは、百個でも二百個でもなんでもいい、点が有限個あるということだ。この「有限」という言葉が重要なの。無限だったら、その例外はすぐみつかる。有限なものは最大とか最小が必ずある。だから、最大か最小というキーワードを探せばわかるはずだったのに、それがわからなかった。最終的には、「線と点の距離の最小」というのがキーワードなんですけどね。夏休みの終わりに先生から解答が発表された時には、もう、腹が立って腹が立って……。
 山中:益川先生が今おっしゃったことは、計算力よりも読解力、国語力が大事ということでもありますよね。
 益川:そう、科学の基本は国語ですよ。何にしてもすべて文章の言葉から入ってくる。読んでその世界が頭に思い浮かべられるかどうか。その力があれば、理解していける。そのあとは、吸収した知識を頭の中で思い描いて発展させていけるかどうか。数学は「計算するもの」というイメージがあるかもしれないけど、数式は基本的には言葉なんです。数式とは「かくかく、しかじかの関係がある」とか、「○○という事実を表わしている」ということを語っていて、そういうことを組み合わせて発展させていけば、答えになる。だから言葉が大事なんです。
 山中:国語力は全ての基本だと私も思います。(山中伸弥, 益川敏英『大発見」の思考法』文春新書、58-60頁)

 以上の事実が明らかにしていることは、科学力を育てるために英語教育に膨大な金と時間を注ぎ込むよりも、少年時代は五感を鍛えるために思い切り自然とふれあったり遊びや運動に熱中させる機会を与えること、そして基礎学力である「国語力」「数学力」を育てることに教育予算を投資することが重要だということです。「英語力」に投資するのは中学教育からで充分なのです。歴代のノーベル賞受賞者は、私たちにそのことを教えてくれているのではないでしょうか。
 

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