ギリシャの選択、アイスランド金融危機から何を学ぶべきか(4)―救うべきなのは国民であって大銀行や投資家ではない

国民投票Referendum、「大きすぎて潰せない」Too Big to Fail、トロイカ [EU、IMF)、欧ECB]、緊縮政策Austerity、国際教育(2015/07/30)
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 カナダ・オタワ大学の教授 Michel Chossudovskyは、ギリシャ情勢について、Global Research(2015年7月21日)で次のように論評しています。
 「ギリシャ議会による承諾は、国民投票におけるNOを覆した政府がギリシャ国民の意思に反して債務交渉をまとめる法的拘束力をもつのだろうか。ギリシャ憲法の下では議会も政府も2015年7月5日のギリシャ国民の投票を撤回することはできない。民主主義の下では、政府には、そもそもシリザ政権が提案した国民投票におけるNO投票を実施する責任がある。もしギリシャ国民の要求に答えるつもりがないのであれば辞職すべきだ。最高特別裁判所(AED)が国民投票の実施を承認していたことは注目に値する。だとすれば今はギリシャ国民が議会決定の合法性を問うことが重要だ。」
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2015/07/no-8af1.html
 上でチョスドフスキー教授は「ギリシャ国民の要求に答えるつもりがないのであれば辞職すべきだ」と言っているのですが、ツィプラス首相は辞職を選ぶのではなく自分に反対する閣僚をすべて首にしてしまいました。
 以下で紹介するように、ギリシャがアイスランドの教訓から学べば経済の再生も可能ですが、このままではギリシャの資産はすべて外国の企業や投資家に略奪され、国民は大量の難民となってヨーロッパに流れ込むことになるでしょう。日本でもTPPが通れば、程度の違いはあれ、似たようなことが起きます。しかし大手メディアはTPPの利益を言うことはあっても、決してその危険性をきちんと伝えようとしていません。
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連載
第一回:アイスランドが隆盛から凋落へといたる過程
第二回:IMFへの支援要請とネット預金「アイスセーブ」問題
第三回:国民が投票で政策を選択した
第四回:アイスランドから学ぶべきこと
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<註> ネット預金「アイスセーブ」は、アイスランドの民間銀行「ランズバンキ」が始めたネット預金で、6%を超える高金利を掲げていた。イギリスBBCがこれを「今最も有利な預金先」と報じたことも手伝って、ランズバンキの海外支店に申し込みが殺到した。これが問題の始まりだった。―これについては連載の第1回を読み直していただければ幸いです。
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第四回:アイスランドから学ぶべきこと

 アイスランドが金融危機に陥った最大の原因は、一九九〇年代と二〇〇〇年代初頭の急激な「金融化」にあった。当時の好調な経済は高リスクの投資に基づいたバブルであって、本当に役立つ商品・サービス・新技術を生み出すものではなかった。だがアイスランド人はだだ危機にのみ込まれるのではなく、それを賢く乗り切ることによって、危機を学びの場に変えた。
 そして今、本来の価値へ、実体経済へと舵を切ることで国を立て直そうとしている。二〇一二年、イギリス経済が保守派の緊縮政策の下で停滞を続けるなか、アイスランド経済は三パーセントの伸びを達成し、失業率も五パーセントを切った。そして同年六月には、予定よりも早く、IMFなどから借り入れた資金の返済も始まった。二〇〇八年以降に引き下げられた格付けも、二〇一二年二月には「異例の危機対応」が評価されて投資適格等級に引き上げられた。
 アイスランド政府のユニークな対応が「思いもよらぬ」経済回復につながったことは、IMFでさえのちに認めざるをえなかった(もっともIMFの場合、改革案が出されても、結局はまた以前のやり方に戻ってしまうという繰り返しなのだが)。アイスランドから得られた最大の教訓は、IMFの事後評価レポートの次の個所に示されている。
 「アイスランド政府は危機後も福祉国家としての根幹を守るという目標を掲げ、そのために福祉を堅持した。それをいかにして財政再建と両立させたかというと、まず歳出削減においては福祉を損なわないように配慮し、また歳入増加においては富裕層への増税を柱とした」。
 表現が硬いものの、要するに、福利のためにも景気回復のためにも社会保護制度が欠かせないと認めた内容で、これはIMFとしては画期的なレポートだった。
 もちろん、アイスランドのやり方を誰もが認めたわけではない。イギリスとオランダはアイスセーブの補償金の支払いを求め、歳出を削減してその分を支払いに回すようさまざまな圧力をかけつづけた。
 だがアイスランド国民は、二〇〇九年三月に続き、二〇一一年四月の二回目の国民投票でもこの支払いを拒否した。アイスセーブの海外預金者への返済に関する法案はその後何度も練り直されていたが、結局この二回目の国民投票でも六〇パーセントの国民が反対し、法案は通らなかった。
 英フィナンシャル・タイムズ紙が報じたように、アイスランドの人々は「銀行より国民を優先した」のである。その考え方はアイスセーブ返済問題のみならず、銀行の責任者の追及という形でも表れた。たとえば、グリトニル銀行の元CEOラルス・ウェルディングは違法ローンを提供した罪で起訴され、有罪になった。グリムソン大統領も、「アイスランド政府は国民を救済し、今回の金融崩壊の原因を作った銀行幹部を刑務所に送りました。つまり、アメリカや他のヨーロッパ諸国とは逆のことをしたのです」と述べている。
 欧米の大手銀行と同じように、アイスランドの主要銀行も「大きすぎて潰せない」と見なされていたが、アイスランド政府は潰れるに任せた。その決断が正しかったかどうかは、結果を見れば明らかである。多くのヨーロッパ諸国が苦しみつづけるなか、アイスランドは景気回復に成功したのだから。

図4-1 金融危機後のアイスランドとギリシャの歩み
緊縮政策、ギリシャとアイスランド160

 本書執筆中に、アイスセーブ問題はとうとう国際調停に持ち込まれることになった。二度目の国民投票の結果を受け、イギリスとオランダが欧州自由貿易連合(EFTA)の調停に委ねたのである。それでもアイスランド政府は態度を変えず、極端な緊縮策を退け、社会保護制度を維持することによって国民の命と健康を守りつづけた。
 アイスランド国民は銀行が無謀な投資に走るのを手をこまねいて見ていたわけだが、その投資が招いた事態の収拾に当たっては傍観することなく、国民全員が参加して方法を決めた。それを受けて政府も賢い選択をし、それ以上の被害が及ばないように国民を守りつつ、経済を立て直していった。〔二〇一三年三月に、EFTAはアイスランドに費用負担の義務はないとの判決を下した〕
 しかもそれだけでは終わらなかった。アイスランドは今回の経済崩壊から教訓を得て、再び国家破綻の危機を招くことがないように先手を打ち、憲法を改正した。改正案は二〇一一年七月に作成されたが、その方法もユニークだった。一般市民のなかから立候補して選ばれた二五人の代表が、インターネットを利用して広く国民の意見を取り入れて(クラウドソーシング)まとめたのである。
 主眼に置かれたのは、天然資源の管理強化と、政治家と銀行の癒着の解消だった。そしてこの改正案は、これまたインターネット上で二〇一二年一〇月に国民投票にかけられた。ソーシャルメディアのアプリケーションを利用して、改正案に関する六つの質問に答えるという方法で、国民の三分の二が草案を新憲法の土台とすることに賛成した。
 アイスランドが福祉を維持できたのは、政府が民主主義を第一とし、かつ国民が社会保護維持の意思を明確にしたからだった。その結果、アイスランドはよりいっそう強い社会になった。この章の冒頭で紹介した二〇〇八年一〇月六日のテレビ演説で、ホルデ首相は、「皆さん、最悪の場合、わが国の経済は銀行とともに混乱の渦に巻き込まれ、同家破綻という結果になるかもしれません」に続けてこう言っていた。
 「しかしながら、責任ある政府は、たとえ銀行制度が崩壊の危機に瀕しようとも、国民の未来を危険にさらすようなことはいたしません」。
 そのために、アイスランドは厳しい緊縮政策の道を歩まず、住宅支援や再就職支援、医療保険といった主要な制度を支えつづけた。
 わたしたち二人[註1] の助言が聞き入れられた成果だと言いたいところだが、そうではない。国民の命と健康を守るために必要なデータを見て、必要な措置を講じたのは、アイスランド国民自身だった。アイスランドを救ったのは神ではなく、アイスランド国民である。
 これとは対照的なのがギリシャで、その違いは図4-1にも表れている。次章ではそのギリシャで何が起きたのかを見ていく。ギリシャはECB(欧州中央銀行)とIMF(国際通貨基金)から厳しい緊縮策を課せられ、一時的に民主主義が犠牲にされ、その結果アイスランドとはまったく異なる道を歩むことになった。

(スタックラー&バスー『経済政策でひとは死ぬか― 公衆衛生学から見た不況対策』、pp.136-140)

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<註1> 原書『BODY ECONOMIC: Why Austerity Kills 』(邦訳名『経済政策でひとは死ぬか―公衆衛生学から見た不況対策』草思社2014)。共著者のひとりであるディビッド・スタックラー(David Stuckler)は、オックスフォード大学社会学の上級研究指導員、もうひとりの著者サンジェイ・バスー(Sanjay Basu)は、スタンフォード大学医学部の助教授で予防研究センターの疫学者。

<註2> 時間がある方は、下記の翻訳も併せて読んでいただければ理解が深まると思います。最初のものは、『BODY ECONOMIC: Why Austerity Kills』(『いのちの経済学―緊縮政策は殺人行為だ』2013)の著者がニューヨークタイムズに寄せた論考です。
「緊縮政策は殺人行為だ― 医療・福祉への1ドルは、3ドルの経済成長をもたらす」
チョムスキー「ヨーロッパ福祉国家の解体」



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ギリシャの選択、アイスランド金融危機から何を学ぶべきか(3)―国民が投票で政策を選択した

国民投票Referendum、ネット預金「アイスセーブ」、民間銀行「ランズバンキ」、トロイカ [EU、IMF)、欧ECB]、緊縮政策Austerity、国際教育(2015/07/26)

 ギリシャでは富裕層が新聞・テレビなどのメディアを独占し、トロイカの要求する緊縮政策を受け入れるよう大規模な宣伝を繰り広げました。これを評して「アメリカのFOXニュースさえも中立に見える」と言ったひとがいましたが、そのようなメディア攻撃にもかかわらず、ギリシャ国民は圧倒的多数でトロイカの要求にNO!を突きつけました。ところが驚いたことに、自分たちが呼びかけたはずのNO!を裏切って、ツィプラス首相はトロイカに屈服する法案を議会に提出してしまいました。連載(2)の末尾で、アイスランドの次期保健局候補だったグジョン・マグナッソンは、「IMFと吸血鬼の違いは何だと思う? 相手が死んだら血を吸うのをやめるかどうかってところだよ」と言っていますが、ツイプラス首相は、自分の交渉相手が吸血鬼よりも悪いということを知らなかったのでしょうか。これでは「急進左翼連合」というものに失望した民衆は、極右勢力へと流れていく大きな危険性があります。日本でも民主党に失望した結果、自民党極右政権が誕生してしまいました。しかし、ギリシャ国民がこのまま黙って引き下がるも思えません。彼らはアイスランドから大きな教訓を引き出すことができるのですから。その証拠に、いまギリシャでは強力な抗議運動が続いています。


連載予定
第一回:アイスランドが隆盛から凋落へといたる過程
第二回:IMFへの支援要請とネット預金「アイスセーブ」問題
第三回:国民が投票で政策を選択した
第四回:アイスランドから学ぶべきこと

<註> ネット預金「アイスセーブ」は、アイスランドの民間銀行「ランズバンキ」が始めたネット預金で、6%を超える高金利を掲げていた。イギリスBBCがこれを「今最も有利な預金先」と報じたことも手伝って、ランズバンキの海外支店に申し込みが殺到した。これが問題の始まりだった。―これについては連載の第1回を読み直していただければ幸いです。


第三回:国民が投票で政策を選択した

 大統領の拒否権発動にいたる流れは、一年以上前の国民の抗議デモから始まっていたと言っていいだろう。抗議デモは二〇〇八年末以降に繰り返し行われたが、次第に人数が増え、二〇〇九年一月にはとうとう三○○○人規模になり、機動隊ともみ合う騒ぎとなった。とはいえ、全体的に見れば穏やかなデモで、人々は鍋や釜をたたいて訴えたし、国会議事堂に向かって投げたのは火炎瓶ではなく、卵やトマト、あるいは履き古しの靴だった。彼らが求めたのは銀行破綻の、原因究明と責任者の引責辞任、事態を傍観していた内閣総辞職、解散総選挙などである。デモ参加者の一人はレポーターにこう述べた。「今ここに集まっているのは"活動家"や"過激派"ではありません。みんなごく普通の市民ですよ」
 デモ参加者が三〇〇〇人というのは少ないように思えるが、考えてみれば人口の一パーセントである。これがアメリカだったら三〇〇万人に相当する人々が抗議したわけで、ある議員がこう述べたのもうなずける。「抗議の声ははっきり届いています。国民が変化を求めていることはわかっています」。そしてその声に押されるようにして、その後内閣は崩壊し、ホルデ首相は辞任した。
 こうして国民の抗議の声が大きな流れを生み、二〇一〇年二月に中道左派政権が誕生し、続いて三月六日にはアイスセーブ問題への公的資金投入の是非を問う国民投票が行われた〔その是非は緊縮策受け入れの是非とも結びついていた〕。アイスランドで国民投票が行われたのは、一九四四年にデンマークからの独立を決定したとき以来のことである。リスクの高い投資や口座に手を出した銀行や投資家、預金者に対して、税金で補償する必要があるのか? そのために必要以上の予算削減までのまなければならないのか? この問いに対し、国民投票で九三パーセントがノーと答え、その結果アイスセーブの預金者保護に関する法案は退けられた。
 この投票の結果に対し、株式市場はすぐに否定的な反応を.示した。その背景には、一九世紀の思想家アレクシス・ド・トクヴィルが指摘した「多数派の専制」への危惧や、おなじみのミルトン・フリードマンの「経済は市場に任せるべきだ」といった考え方が働いていたに違いない。複雑な経済を理解できるのは一部の知識人だけであって、それを"怒れる群衆"の手に委ねてもうまくいかないと考えた人もいただろう。あるいは、緊縮策のように痛みを伴う政策は、それがいかに将来のために必要だと説いたところで一般市民には納得できないのだから、国民投票などに委ねるべきではないと考えた人もいるだろう。そうした考え方が正しいとすれば、国民に決定を委ねたアイスランドの政治家たちは舵取りを間違えたことになる。
 その一方で、アイスランド国民を後押しする声も寄せられた。たとえば、今回の世界的な経済・金融危機を事前に予測し、警鐘を鳴らしていたロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)のロバート・ウェイド(政治経済学)は、アイスランドのメディアに次のような意見を述べた。ニューディールのような公共事業政策にこそ金をかけるべきで、そうすればただ失業手当に頼るだけの人々が増えることもない。仕事に復帰できる人が多ければ多いほど、その人々が収入を消費に回して景気回復に一役買ってくれる。特に若い世代に関しては、失業が長引けば、一度も働いたことがないという一種の"失われた世代"が生まれかねないし、あるいは海外に移住したまま戻ってこなくなる恐れもある。また、人々を労働市場の外に追い出さないことが肝心で、企業も解雇ではなく、労働時間の縮小で対処するのが望ましい。さらに、政府は高齢者の基本的ニーズを満たすべく、年金を維持しなければならない。
 結局、アイスランドの有権者はアイスセーブ返済にもIMFの緊縮策にもはっきりノー(アイスランド語ではネイ)と言い、その選択の是非は現実の世界で試されることになった。彼らは正しかったのだろうか? それとも彼らはただ利己的な判断をしただけで、経済に暗く、間違った道を選んでしまったのだろうか? ウォール街やIMFが.言うように、緊縮政策という苦い薬をのむべきだったのだろうか?

(『経済政策でひとは死ぬか― 公衆衛生学から見た不況対策』草思社2014、pp.125-127)


<註1> 原書『BODY ECONOMIC: Why Austerity Kills 』(『いのちの経済学―緊縮政策は殺人行為だ』2013)
<註2> 時間がある方は、下記の翻訳も併せて読んでいただければ理解が深まると思います。最初のものは、『BODY ECONOMIC: Why Austerity Kills 』(『いのちの経済学―緊縮政策は殺人行為だ』)の著者がニューヨークタイムズに寄せた論考です。
「緊縮政策は殺人行為だ― 医療・福祉への1ドルは、3ドルの経済成長をもたらす」
チョムスキー「ヨーロッパ福祉国家の解体」


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ギリシャの選択、アイスランド金融危機から何を学ぶべきか(2)―IMFへの支援要請と「アイスセーブ」問題

ネット預金「アイスセーブ」、民間銀行「ランズバンキ」、トロイカ [EU、IMF、ECB]、緊縮政策Austerity、国際教育(2015/07/20)
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ティプラス首相の裏切りに抗議するギリシャ民衆
Greek, Athens
http://www.rt.com/news/310515-greece-bailout-protest-vote/
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連載予定
第一回:アイスランドが隆盛から凋落へといたる過程
第二回:IMFへの支援要請と「アイスセーブ」問題
第三回:国民が投票で政策を選択した
第四回:アイスランドから学ぶべきこと
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<註> ネット預金「アイスセーブ」は、アイスランドの民間銀行「ランズバンキ」が始めたネット預金で、6%を超える高金利を掲げていた。イギリスBBCがこれを「今最も有利な預金先」と報じたことも手伝って、ランズバンキの海外支店に申し込みが殺到した。これが問題の始まりだった。―これについては連載の第1回を読み直していただければ幸いです。
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第二回:IMFへの支援要請と「アイスセーブ」問題

 苦境に立たされたアイスランド政府は、二〇〇八年一〇月一四日にIMFに正式に支援を要請した。西欧の国がIMFに救済を求めるのは一九七六年のイギリス以来久しぶりのことだった。そしていつものように、IMFからは融資と財政緊縮策がセットになった支援プログラムが提示された。IMFは二一億ドルの融資の条件としてGDPの一五パーセント相当の歳出削減を要求してきた。
 一方、アイスセーブの国外預金者への返済については〔国内預金者に対しては、アイスランド政府がすでに全額保護を宣言していた〕、その後イギリスとオランダの政府が自国の預金者への補償を肩代わりし、アイスランドに対してその分の返済を迫っていた。EU諸国もこれを後押しし、速やかな返済がIMF支援の前提条件になるとの圧力をかけた。アイスセーブは民間銀行だったランズバンキ〔金融危機後の一〇月に国有化〕が運営していたものだが、それが今や国家の問題となり、アイスランドは税金を投じて返済を急ぐように求められたわけである。こうなると、IMFが求める緊縮策も、アイスランドにとっては経済回復のためというよりイギリス・オランダの預金者への返済のためという色合いが濃くなる。その後イギリス・オランダとの交渉でまとめられた返済計画は、二〇一六年から二〇二三年の七年間でアイスランドのGDPのおよそ半分に当たる額〔二〇〇九年べース。利息を含む〕を返済するというものだった。
 こうして、アイスランド国民は難しい問題を突きつけられた。一部のビジネスエリートが手を染めたギャンブルまがいの投資は、果たしてその国が、国民が、責任を負うべきものなのか。民間銀行のお粗末な投資判断は、果たして国民全体で尻拭いすべきものなのか。すでに述べたように、この国には一部の富裕層とその他大勢の国民との間に大きな格差が生まれていた。それだけに、これは深刻な問題だった。贅沢三昧に暮らしてきた富裕層が作った借金を、なぜその他大勢の国民が負担しなければならないのか。この国は一八万二〇〇〇世帯からなるが、そのうちおよそ一〇万世帯はリスクの高い投資とは無縁で、大きな負債もなかった。残りの世帯には何らかの負債があったが、たとえば一〇〇万ドルを超える規模の負債となると、該当するのはわずか二四四世帯である。つまりほんの一握りの人々が莫大な金額を動かしていたわけで、それにもかかわらず、国民全体がその結果に苦しむことになり、しかも負債まで背負わなければならないというのである。
 それだけではない。IMFは保健医療関連の予算を三〇パーセント削減せよと求めていた。IMFの予算削減の考えは、経済回復の鍵となる分野に優先的に予算を配分し、それ以外の分野を思い切って削るというものである。それ自体はいいのだが、問題は何が重要かという判断である。驚くべきことに、IMFのエコノミストたちは医療を"贅沢品"と見なしていた。もともとアイスランドは他のヨーロッパ諸国に比べて医療費支出の割合が高かったため、この分野は大幅に削れる、また削ることによって医療の民営化を促すこともできるとIMFは考えた。
 これに対し、二〇〇九年九月末、アイスランドの保健・社会保障大臣が、アイスセーブの返済優先の予算削減という大枠の考え方と、保健医療部門の削減幅が他の部門〔たとえば教育や軍事〕の倍以上であったことへの抗議を表明して辞任した。
 ちょうどその二〇〇九年九月に、オーストリアのバート・ガスタインで欧州ヘルスフォーラム〔欧州の保健政策会議〕が開催された。そのとき、わたしたちがよく知る研究者で、アイスランドの次期保健局長宜候補だったグジョン・マグナッソンはこんな冗談を言った。「IMFと吸血鬼の違いは何だと思う? 相手が死んだら血を吸うのをやめるかどうかってところだよ」

(『経済政策でひとは死ぬか― 公衆衛生学から見た不況対策』草思社2014、pp.119-121)

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<註> 時間がある方は、下記の翻訳も併せて読んでいただければ理解が深まると思います。最初のものは、『BODY ECONOMIC』の著者がニューヨークタイムズに寄せた論考です。
(1) 「緊縮政策は殺人行為だ― 医療・福祉への1ドルは、3ドルの経済成長をもたらす」
(2) チョムスキー「ヨーロッパ福祉国家の解体」


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ギリシャの選択、アイスランド金融危機から何を学ぶべきか(1)―アイスランドが凋落へといたる過程

トロイカ [欧州連合(EU)、国際通貨基金(IMF)、欧州中央銀行(ECB)]、緊縮政策Austerity、国際教育(2015/07/20)
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対照的な軌跡を描いたアイスランドとギリシャ
緊縮政策、ギリシャとアイスランド160
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 ギリシャの国民投票で圧倒的多数の国民がEUの緊縮政策(Austerity)にNO!を突きつけたにもかかわらず、NO!を呼びかけた政権そのものが裏切って、NO!を呼びかけた政策に合意してしまいました。ギリシャ国民の絶望感はいかばかりでしょうか。
 大手メディアは相変わらず、ギリシャの金融危機は国民が怠惰であり豊かな福祉政策にあぐらをかいているからだという嘘をつき続け、「ゴールドマンサックスというアメリカの巨大金融資本が当時のギリシャ政府に(EU加盟の際)嘘の会計操作を教えて泥沼に引きずり込んだのが、危機の発端だった」ことを報道していません。まして自殺者が激増している現実も。
http://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201507010000/
 このギリシャと全く対照的な軌跡を描いた国があります。それがアイスランドです。アイスランドも銀行や投資家が稼げるだけ稼いだ後、アメリカ発の金融危機がアイスランドを襲ったとき、国民は「銀行や投資家がかってに借金したものを、なぜ国民の税金で返さなければならないのか」と怒り、国民投票でNO!を突きつけました。そして今やアイスランドの経済は確実に回復しています。
 ですから、ギリシャ政府もアイスランドと同じ選択をすれば、つまりEUから脱退し独自通貨を発行しながら経済再建すれば、国民は救われたはずですが、NOを呼びかけたはずの政権が、トロイカ [欧州連合(EU)、国際通貨基金(IMF)、欧州中央銀行(ECB)] に屈服する道を選んでしまいました。漏洩された秘密資料ではIMF自身が「このままではギリシャは再建できない」と言っているにもかかわらず。
 以下に紹介するのは、アイスランドとギリシャが対照的な奇跡を描いたことを詳細に跡づけた研究(『BODY ECONOMIC: Why Austerity Kills 』『いのちの経済学―緊縮政策は殺人行為だ』)の一部です。邦訳書は『経済政策でひとは死ぬか― 公衆衛生学から見た不況対策』という題名で草思社から出版されています。そこで今後、四回にわたって、その第4章「アイスランド危機克服の顛末」の抜粋を紹介することにします。
 このまま安倍政権の経済政策が続けば、そしてTPPや戦争法案が可決・実行されれば、ギリシャを襲ったと同じ運命が確実に日本を襲うことになるだろうと思うからです。参考にしていただければ幸いです。   
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連載予定
第一回:アイスランドが隆盛から凋落へといたる過程
第二回:IMFへの支援要請とアイスセーブ問題
第三回:国民が投票で政策を選択した
第四回:アイスランドから学ぶべきこと
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第一回:アイスランドが隆盛から凋落へといたる過程

 アイスランドはユーロ圏外にあり、独自の通貨アイスランド・クローナを維持する誇り高い国だが、歴史的に見れば決して恵まれた国ではない。この島は最初アイルランド人の僧侶たちに発見され、次いでノルウェーのバイキングによって再発見され、やがてデンマーク人が入ってきて、二〇世紀初頭までデンマーク領だった。その後独立したものの、産業は主として漁業で、一九四〇年代まで西ヨーロッパで最も貧しい国の一つだった。まがりなりにも経済が成長しはじめたのは第二次世界大戦後のことで、それに一役買ったのは観光事業である。世界最大の温泉ブルーラグーンや、ゲイシールの間歇泉が人気となり、観光客が増えた。
 一九九〇年代半ばになると、漁業や観光に甘んじるのではなく、他の産業も育成して経済の拡大を図ろうという気運が高まった。このとき政府は他の小国や島々の例に倣い(たとえばケイマン諸島)、「オフショア金融センター」を目指すと決め、その後アイスランドは世界の最富裕層のためのタックスヘイブンヘと生まれ変わった。二〇〇〇年代初頭には商業銀行と投資銀行が融合し、通常の融資ではなく、高利回りの金融派生商品に投資して運用するようになった。同時にこのころ不動産バブルが発生し(東アジアが通貨・金融危機に見舞われる前と似たような状況)、首都レイキャビクでは大型ビルの建設ラッシュが始まった。関係者はレイキャビクを大都市にしょうと意気込み、「ドバイがやったことはレイキャビクにもできる」と胸を張った。
 しかしながら、実際にはこうした仕組み全体にリスクがあった。なかでも海外からの投資先として人気の高かった「アイスセーブ」には大きなリスクが潜んでいた。アイスセーブは民間銀行のランズバンキが始めたネット預金で、六パーセントを超える高金利を掲げていた。イギリスBBCがこれを「今最も有利な預金先」と報じたことも手伝って、ランズバンキの海外支店に申し込みが殺到した。
 するとその成功を見て、他の銀行も類似の高金利口座を設定して.預金獲得に乗り出した。特に目立ったのはイギリスからの資金流入で、高金利と安定性を見込んで三〇万人ものイギリス人が退職金などの預け先にアイスセーブを選んだ。さらにケンブリッジ大学の投資部門や、英国監査委員会(自治体を監査する独立機関)までもが多額の資金をアイスランドの銀行に移し、とうとうアイスランドの三大銀行(ランズバンキ、カウプシング、グリトニル)はそろって世界の上位三○○行にランクインすることになった。
 二〇〇七年初頭には、アイスランドは世界で五番目に豊かな国になり、一人当たり平均所得がアメリカを六〇パーセントも上回るほどになった。世界からは続々と、巨額の資金が流れ込み、その様子をエコノミストたちは「資金大流入」と呼んだ。豊富な資金のおかげで経済活動はますます活発になり失業率も二・三パーセントまで下がり、ヨーロッパの最低レベルを記録した。
 アイスランドの急成長は注目を集め、世界各国から高く評価された。ウォール・ストリート・ジャーナル紙もアイスランドの奇跡は「史上最大のサクセスストーリー」だと称賛し、レーガン政権の経済諮問委員を務めたアーサー・ラッファーも「世界はアイスランドを見習うべきだ」と発言した。
 だがアイスランドの実体経済は綱渡りのようなものでしかなかった。海外から巨額の投資を呼び込んだことで経常収支の赤字が拡大し、一九九〇年代の東アジアを思わせる状況となっていた。好景気も建設ラッシュも銀行の融資に支えられていたが、その銀行は海外の金融商品に投資しており、そのほとんどは高利回りを謳いながら、その裏に高いリスクが隠されたものだった(アメリカのモーゲージ証券など)。もちろんこの綱渡り状態に気づいた人がいなかったわけではなく、警鐘を鳴らす声は破綻の数年前から上がっていた。たとえば、「アイスランド経済は噴出寸前の間歇泉経済だ」と、言われるようになっていたし、二〇〇六年にはコペンハーゲンのタンスケハンクが「アイスラント間歇泉危機」というタイトルで報告書をまとめ、そのなかで、アイスランドは海外資金に依存しすぎていてまさに熱湯が噴出寸前だと警告した。二〇〇七年八月には、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)の政治経済学教授ロバート・ウェイドがアイスランドで公開講演を行い、この国の経済戦略がいかに危険なものかを説いたが、政界や財界は「人騒がせな人物」として切り捨てた。金融システムの専門家のロバート・アリバーも二〇〇七年と二〇〇八年にアイスランドを訪問し、「このままではあと一年ももたない」とアイスランド国民に訴えたが、財界はこれも無視した。政府の反応も同様で、"ゲイル"ことホルデ首相も二〇〇八年二月の時点ではこう述べていた。「アイスランド経済について、最近一部の国の新聞が否定的な見解を述べていますが、これには驚きを禁じえません。わが国の経済の見通しが明るく、景気は全般的に堅調で、銀行も健全であることは、あらゆる指標や予測から明らかです」
 ところが、そのわずか数カ月後にはリーマン・ショックの衝撃波がアイスランド経済に襲いかかり、財務大臣が「すべては水の泡となりました」と述べる事態となった。アメリカでバブルが発生したのは、住宅ローンをパッケージ化したモーゲージ証券(MBS)市場に巨額の資金が流れ込んだからだが、その一方で証券化プロセスが複雑になってリスクが見えにくくなり、健全性が失われ、バブルは崩壊した。アイスランドの銀行は資金の大半をそのアメリカのMBSと株式に投資していたため、アメリカのフォークロージャー危機とその後の株価大暴落に伴い巨額の資金を失った。アイスセーブの預金者たちは不安を感じ、預金を引き揚げはじめた。
 彼らの不安は的中し、預金解約の急増とアイスランド株式市場の大暴落によってアイスセーブは二〇〇八年十月に破綻した。アイスランド経済そのものも大きく揺らぎ、GDPは下降に転じ、失業率は上昇に転じた(二〇〇八年から二〇一〇年までにGDPは一三パーセント落ち込み、失業率は三パーセントから七.六パーセントへと跳ね上がることになる)。およそ四万人が住宅ローンを返済できなくなり、差し押さえも一〇〇〇件以上に上った。またGDP縮小と失業者急増によって歳入が減り、社会保護政策の維持も危うくなってきた。
 膨れ上がる債務に対処するため、アイスランド中央銀行はヨーロッパ諸国に助けを求めたが、思うような支援は得られなかった。投資のすべてを失った国に、いったい誰が喜んで資金提供するだろうか。支援どころか、敵意をあらわにした国もある。三〇万人もがアイスセーブに預金していたイギリスは、アイスランドがランズバンキの海外支店〔アイスセーブが主な業務〕の預金引き出しを停止すると、反テロリズム法を適用して英国支店の資産を凍結した。在英アイスランド人への風当たりも強くなり、なかにはアイスランド人だと思われることを恐れてフェロー諸島〔デンマークの自治領〕出身のふりをする人もいた。イギリスとアイスランドの関係は悪化し、一〇月一五日にはこの問題をBBCが取り上げ、《イキリスの思いもよらぬ新たな敵アイスラント》というタイトルで報道した。その報道のなかであるアイスランド人は、イギリス人から面と向かって罵倒されることもあり、「まるでテロリスト扱いです」とレポーターに述べている。
 一方、近隣国との間だけではなく、国内にも軋轢が生じた。国を破綻に追い込んだ一部の富裕層とそれ以外の人々の間の軋轢である。二〇〇八年にいたるまでの"アイスランドの奇跡"の過程で、人口の一パーセントにも満たない金融界・実業界のエリートたちに莫大な富が集中した。彼らはロシアの新興財閥のように振る舞い、最新のSUVを乗り回し、キャビアだの日本のマグロだのを堪能し、プライベートジェットまで所有するなど、豪勢な暮らしを満喫するようになっていた。また、彼らが強いクローナを武器に海外からどんどん資金を集めたため、アイスランドの対外債務は九兆五〇〇〇億クローナと、GDPのおよそ九倍にまで膨らんでいた。これは世界で二番目に高い比率である。ところがそのクローナが一ユーロ八○クローナ(二〇〇七年)から一ユーロ一八○クローナ(二〇〇八年)まで急落して経済は大混乱となり、煽りを食って三分の一以上の国民が住宅をはじめ、何らかの資産を失った。しかもアイスランド国民は、アイスセーブ破綻の後始末を税金という形で負担させられるという事態にも直面した。人々は怒りの矛先を政府に向け、平和だった小国は大きく揺れた。議事堂の前で繰り返しデモが行われ、人々は「政府は役立たずだ!」と叫んだ。また、失業率の急上昇に伴い、アイスランドの外国人労働者のなかで最も多いポーランド移民への圧力も高まった。こうした混乱のなか、映画製作者のヘルジ・フェリクソンはまさに今一つの国家が崩壊しようとしていると感じ、ドキュメンタリー映画『アイスランドに神のご加護を』の制作に着手した。(前掲書114ー119頁)

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<註> 時間がある方は、下記の翻訳も併せて読んでいただければ理解が深まると思います。最初のものは、『BODY ECONOMIC』の著者がニューヨークタイムズに寄せた論考です。
(1) 「緊縮政策は殺人行為だ― 医療・福祉への1ドルは、3ドルの経済成長をもたらす」
(2) チョムスキー「ヨーロッパ福祉国家の解体」


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元司法長官エリック・ホルダー、ウォール街と政界との「回転ドア」人事

「回転ドア」、the Revolving Door、元司法長官エリック・ホルダー、Eric Holderアメリカ理解(2015/07/09)
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U.S. Attorney General、Eric Holder
Holder.jpg
http://rt.com/usa/272050-justice-dept-possible-deal-snowden/

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 共同通信(7月6日)によれば、このたび司法長官を辞任したエリック・ホルダー氏は、司法省長官となる前の8年間に勤務していた法律事務所(コビントン&バーリングCovington & Burling)に復帰します。
 コビントン法律事務所の顧客リストには、バンク・オブ・アメリカ、JPモルガン・チェース、ウェルズ・ファーゴ、シティグループなど、金融危機における役割に対しホルダーが司法長官として訴追を怠った大手銀行の多くが含まれています。
 つまり、あれだけ世界を大混乱におとしれた金融危機の張本人は、誰一人として牢屋に入っていません。それどころか政府から手厚い資金援助を受け、経営者は倒産どころか巨額のボーナスを手にしています。
 いま世界中の話題になっているギリシャの金融危機も、もとをただせばアメリカの巨大金融会社ゴールドマンサックスが当時のギリシャ政府に不正な会計帳簿のしかたを伝授してギリシャ国債を食いものにしたことに端を発しています。ギリシャ国民は、そのつけをいま払わされているわけです。

 ところで、コビントンCovington法律事務所に勤務中のホルダーの顧客は、超富裕層への脱税指南で有名になったスイスの巨大銀行UBS、バナナなどの果物産業で有名なチキータ(元のユナイテッド・フルーツ)を含んでいます。
「UBSは脱税者名を開示せよ」ニューヨーク・タイムズ、2010年6月17日
http://www.worldtimes.co.jp/wtop/paper/html_fr10/sr100621.html
 アルベンス政権以前のグアテマラでは超富裕層が全人口の3%が国土の70%を所有しており、著しい貧富の格差がありました。しかしユナイテッド・フルーツ社は農園経営においてグアテマラの超富裕層と結託していました。
 グアテマラで1954年に新政権が誕生したとき新大統領アルベンスが選挙の公約どおり大規模な農地改革を実行しそうなのを見て、既得権益を失うことを恐れたユナイテッド・フルーツ社はCIAと手をつないでクーデターをおこない、その後に軍事独裁政権を据えました。

 それはともかく、エリック・ホルダー氏は、コロンビア大学ロースクールを卒業したあと、2001年にCovingtonに入社する前まで、コロンビア地区連邦検事などの司法畑を歩いてきたわけですから、これほど見事な「回転ドアthe Revolving Door」「公職と民間企業を行ったりきたりする」人事はないでしょう。
 ローリング・ストーン誌の辣腕ジャーナリスト、マット・タイビ氏は「銀行家の投獄を拒み続けた元司法長官エリック・ホルダー氏の人事は、われわれがこれまで目にしてきた中でも最大級の回転ドア人事だ」と言っています。
Matt Taibbi: Eric Holder Back to Wall Street-Tied Law Firm After Years of Refusing to Jail Bankers
http://www.democracynow.org/2015/7/8/eric_holder_returns_to_wall_street
 しかし、このような人物を司法長官に選んだのはオバマ氏ですから、これを見ただけでも今のアメリカ政界が、チョムスキーの言うように「胴体が一つで頭が二つ」の怪物であることがよく分かります。民主党であろうが共和党であろうが大差ないのです。
 エリック・ホルダー氏の「回転ドア」ぶりを見れば、しかもホルダー氏を任命した大統領がハーバード大学ロースクールを卒業し元シカゴ大学で教えた憲法学者だったのですから、アメリカ国民が政治に絶望しているのも無理はありません。

 しかしだからこそ、ギリシャの緊縮財政に反対する民衆運動はアメリカの国民に新しい希望を与えてくれたのでしょう。
 というのは、社会主義者を公言しているバーニー・サンダース上院議員(これまでは無所属)が民主党の大統領候補として立候補し、先週、ウィスコンシン州のマディソンで演説したとき、1万人以上の聴衆を集めたからです。
 この数は、ヒラリー・クリントンを追い抜いて、2016年の大統領選の候補者がこれまで集めた最大の聴衆数です。
 さらに今週の7月6日、サンダースはメイン州のポートランドで9000人の前で演説して、次のように述べています。そして、このサンダース氏の「緊縮政策反対」の立場は有権者の共感を呼んでいます。
 「ギリシャ国民が、貧困者、子供・病人・老人に対するさらなる緊縮に『ノー』と言ったことを称賛する。巨大な富と所得の大きな不平等があるこの世の中に、より多くの失業と苦しみではなく、より多くの仕事と収入を生み出す経済を作ろうとしているギリシャの取り組みをヨーロッパは支援するべきだ。」
A Socialist Surge in the U.S.? Bernie Sanders Draws Record Crowds, Praises Greek Anti-Austerity Vote
http://www.democracynow.org/2015/7/7/sen_bernie_sanders_self_described_socialist

 安倍政権は消費税を上げ、福祉・医療・介護などの予算を大幅に削減して、弱者に緊縮財政を強要する一方、富裕層や大企業には減税し、アメリカと一緒になって戦争するための軍事予算を拡大することのみに熱心です。
 私たちもギリシャの運動からエネルギーをもらう必要がありそうです。

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