続「時代は変わる」(その3)――チョムスキーが語る「サルバドル・オプション」「磔にされたエル・サルバドル」

国際教育(2016/01/27)、サルバドル・オプション、オスカル・ロメロ大司教、リオ・スンブルの虐殺、「穏健派」大統領ドゥアルテ、死の部隊、アトラカトル大隊

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私は前回のブログで、1980年代に軍による残虐行為がグアテマラで荒れ狂ったこと、その当時、グアテマラに調査に入り、そのような作戦を指揮した将軍ペレス・モリーナに現場でインタビューしたアラン・ネイアン(Allan Nairn)が、これについて次のように述べていることを紹介しました。

 いまISIS(イスラム国)が話題になっているが、グアテマラ軍がやったことは、まさにISISがやったのと同じ行為だ。そのような戦術・作戦があることを世界はISISのビデオを通じて、ようやく理解し始めている。
 首を切ったり、ひとを磔(はりつけ)にしたり、奴隷にしたり、集団レイプ(強姦)したり、市民を大量虐殺したり、といった残虐行為をISISは公然と誇示・自慢したりしている。
 他方、グアテマラ軍も彼らを訓練した米軍将校も、そのような残虐行為の遂行を隠し続けてきた。しかし実は彼らも、グアテマラで[主として先住民の部落で]ISISと同じ作戦を使ったのだ。
 彼らはそれを「サルバドール・オプション」 "Salvador Option." と呼んだ。これは今や世界中いたるところで応用されている作戦だ。
http://www.democracynow.org/2016/1/8/18_ex_military_guatemalan_leaders_arrested


 アラン・ネイアン氏には当時の取材を元にした『CIAと暗殺部隊』"C.I.A. and Death Squad"という著書があるのですが、氏によれば、「このような作戦は今やアメリカが世界中いたるところで用いている作戦だ」というのです。
 だからこそ、いま同じ作戦で中東が「殺戮と難民の荒野」となりつつあるわけです。ISISなる組織は裏でアメリカが育て上げたものだからです。それをトルコ、イスラエル、サウジアラビアといったアメリカの同盟国が資金その他の後方援助で支えています。

 ところで、前回ブログの<追記>でも指摘したとおり、グアテマラで虐殺行為を現場で指揮したペレス・モリーナは、スクール・オブ・ジ・アメリカズ(米州軍事学校)の卒業生です。
 この学校は米軍がラテン・アメリカ諸国の軍隊に対して、拷問や殺害の技術を訓練する悪名高い施設です。ジョージア州のフォートベニングにあり、現在は「国際協力のための西半球研究所」と改名していますが、実際は、アメリカとその利権を守るための拷問・暗殺学校のようなものです。
 このような過去を持つモリーナが、軍事独裁者リオス・モントの政権下で、反体制運動撲滅を、軍幹部として現場で指揮したのですから、グアテマラがチョムスキーの言う「虐殺の荒野」となったのも当然のことでした。
 しかし実は、このような作戦は、グアテマラだけでなくエル・サルバドルやニカラグアでも用いられ、とりわけエル・サルバドルの残虐行為は凄惨を極めたので、「サルバドル・オプション」と呼ばれるようになったのです。
 とはいえ、このような簡単な説明だけでは、エル・サルバドルでおこなわれた虐殺行為がどれほど凄惨なものだったかは、おそらく理解できないでしょう。そこで以下では、チョムスキー『アメリカが本当に望んでいること』(現代企画室)の第2章第2節「磔にされたエルサルバドル」を紹介することにします。
 これを読んでいただければ、「サルバドル・オプション」なるものが、いかに背筋が凍るような残虐な作戦であったかが、よく理解していただけるはずです(ただし和訳として一部不明な部分は寺島が改訳した)。
 前回のブログでも紹介したことですが、ユナイテッド・フルーツ社(現チキータ社)などの企業利益を守るために、アメリカは、このようなテロ行為を手段として、中米を支配してきたのです。
 最近のアメリカは「テロとの戦い」を声高に叫んでいるのですが、「テロterror(恐怖)」という手段で世界を支配してきたのは、実は当のアメリカであることが、このチョムスキーの叙述を通じて、すなおに納得できるのではないでしょうか。

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チョムスキー『アメリカが本当に望んでいること』
第二章第二節 (はりつけ)にされたエルサルバドル

 エルサルパドルでは、米国が擁立し支援している政府が、何年にもわたって弾圧や拷問、殺人を行なってきたが、米国内では関心をもたれなかった。エルサルバドルの状況はほとんど全く報道されなかったが、一九七〇年代後半に米国政府はいくっかの点に関心を向けるようになった。
 一つは、隣国ニカラグアの独裁者ソモサが国内での支配権を失いつっあったことである。これにより、米国は中米地域での軍事介入の基地を失いつつあった。二つめの問題は、それ以上に重大であった。一九七〇年代にエルサパドルで「民衆組織」といわれるもの―農民組合、共同組合、労働組合、教会の聖書研究会から発展した互助組織など―が成長した。これらが「民主主義の危機」をもたらしたのである。
 一九八〇年二月にエルサルパドルのオスカル・ロメロ大司教はカーター大統領に手紙を送り、エルサルパドルを支配していた軍事政権に軍事援助を行なわないよう嘆願した。彼は、米国からの軍事援助が「本当に基本的な人権の尊重のために」奮闘している「人々の組織に対する不正と弾圧を強化する」ために用いられていると述べた(これはもちろん、ワシントンにとってはニュースとはならなかった)。
 数週間後、ミサの最中にロメロ大司教は暗殺された。ネオ・ナチのロベルト・ダビッンンが(ほかの多くの虐殺に加えて)この暗殺にも関わっていると言われている。ダビッンンは現在エルサルバドルを支配しているARENA党(民族主義共和同盟)の「終身党首」であり、現エルサルバドル大統領のアルフレド・クリスチャニを始めとするARENA党の党員は、彼に血の忠誠を誓う必要があった。
 十年後、ロメロ大司教暗殺の記念ミサには、海外から多くの司教が参加したほか、何千もの農民や都市の貧しい人々が集まったが、その中で、米国の参加がなかったことは注目に値する。エルサルパドルの教会は、ロメロ大司教を聖人とする申請を正式におこなった。
 これらすべての出来事は、ロメロ大司教の暗殺者に援助を行ない訓練をほどこした米国ではほとんど紹介されなかった。「公式記録の新聞」であるはずの「ニューヨーク・タイムズ」紙は、暗殺について、それが起こった年にもそれ以降にも社説を掲げなかったし、また記念ミサに関しては社説はいうまでもなく記事すらなかった。
 ロメロ大司教が暗殺される二週間前の一九八〇年三月七日に、エルサルパドルでは戒厳令が出され、国民に対する戦争か(米国の支持と関与のもとに)本格的に始まった。最初の大規模な攻勢は「リオ・スンブルの虐殺」である。
 これはホンジュラスとエルサルバドルの軍隊が共同で行なったもので、少なくとも六百人が惨殺された。子どもたちは屶(なた)で切り刻まれ、女性は拷問されたうえで水中に沈められた。その後何日にもわたって、川では人体の切れはしがみつかった。教会関係者が虐殺を目撃していたため、情報はすぐに国外に伝えられたが、米国の主要メブィアは掲載価値なしと判断した。
 この戦争の最大の犠牲者は農民で、さらに、労働運動家や学生、聖職者など、人々の利益のために働いているという疑いをかけられたすべての人が狙われた。カーター政権の最後の年である一九八〇年には犠牲者の数は一万人にのぼり、レーガンが政権についた一九八一年には犠牲者は一万三千人に増えた。
 一九八〇年十月に、エルサルパドルの新しい大司教は、治安部隊が行なっている「無防備な一般市民を絶滅させる戦争」を非難した。その二ヵ月後に、米国が支持する「穏健派」ホセ・ナポレオン・ドゥアルテが軍事政権下で文民大統領に任命されたが、そのときにドゥアルテは、治安部隊を「政府転覆を押さえるために人々と共に勇ましく活動している」と褒め賛えた。
 「穏健派」大統領ドゥアルテの役割は、軍部支配の実情を隠してエルサルバドルに対する米国の軍事援助を維持することにあった。というのは、ロメロ大司教が殺されたあと米国籍の尼僧四人も軍に強姦され殺され、この事件に対しては米国内でも抗議の声があがったからである。エルサルパドル人を殺すのは許せるとしても、米国の尼僧を強姦して殺すことは情報捜査上としては明らかに不都合だというわげである。カーター政権とその調査委員会の指導に従って、メディアはこの事件を正面から扱うのを避け、軽く扱うに止(とど)めた。
 次いで登場したレーガンとその仲間たち、特に国務長官アレクサンダー・ヘイグと国連大使シーン・カークパトリックは、さらに一歩進んで虐殺の正当化をはかった。それでも、何年かのちに、裁判ショーを行なう意義があると認められはしたが、裁判ショーの裏で、残虐な軍事政権とその後ろ盾である米国政府は免罪となった。
 これらの虐殺を報道したはずだったエルサルバドルの独立系新聞は破壊されていた。それらにせよ財界寄りだったのであるが、それでも軍事政権にとっては独立し過ぎていたのである。軍事政権は、独立系の新聞が引き起こす問題を一九八〇年から一九八一年のあいたに解決した。すなわち、治安部隊を用いて一紙の編集者を暗殺し、別の新聞の編集者を亡命に追い込んだのである。いつも通り、これらの出来事については、米国の新聞では数語以上費やす価値はないとみなされた。
 一九八九年十一月には、六人のイエズス会司祭とその料理人および料理人の娘が軍隊に殺された。同じ週には少なくとも二十八人のエルサルパドル市民が殺されたが、その中には、ある有力な労働組合の委員長、大学の女性組織のリーダー、インディオの農業組合の九人のメンバ―、十人の大学生が含まれていた。
 AP通信社の特派員ダグラス・グラント・マインは、これに関して記事を書き、兵士たちが首都サンサルバドルの労働者が住む地域に侵入して六人の男と(おまけとして)十四歳の少年を壁に向かつて並ばせ射殺した様子を本社に送信した。マインは、殺された人々は「聖職者でも人権活動家でもなかつたので」「彼らの死はほとんど注目されなかつた」と書いたが、彼らの死だけでなく、マインの報告もほとんど注目を浴びなかつた。
 六人のイエズス会士を殺害したのは、米国が創設し、訓練し、武器を供給したエリート師団、アトラカトル大隊(the Atlacatl Battalion)であつた。この大隊は、一九八一年三月、米軍特殊部隊学校から十五人の対ゲリラ戦専門家がエルサルバドルに送り込まれたときに創設された。創設当初から、この大隊は大量虐殺に関与していた。ある米国の訓練士によると、アトラカトル大隊は「特別に残忍で……彼らに耳ではなく捕虜を取つてくるよう教えるのに苦労した」ほどであつた。
 一九八一年十二月に、アトラカトル大隊は、殺人と強姦、放火の祭典を行ない、千人以上の一般市民を殺害した。その後も、村への爆撃に参加したり、射殺や溺死などによつて何百もの市民を殺したりした。犠牲者の大多数は女性や子ども、老人であつた。
 アトラカトル大隊は、イエズス会士を殺害する直前に米国特殊部隊の訓練を受けていた。こうした「米国による訓練の直後に最悪の虐殺がおこなわれる」というパターンは、何度か繰り返された。
 米国政府のいわゆる「巣立ちつつある民主主義の国」エルサルバドルでは、十三歳の少年たちが貧民街や難民キャンンの掃きだめからすくい取られて、強制的に兵士にさせられる。彼らは、ナチス親衛隊から学んだの儀式によつて洗脳され、これを通して、暴力と強姦はもちろんのこと、しばしば性的および悪魔的性格をおびる殺害行為への道が準備されるのである。
 エルサルバドル軍の訓練の性質については、ある脱走者が述べている。彼は一九九〇年にテキサス州で政治亡命者として認められた。米国国務省は彼をエルサルバドルへ強制送還するよう要請したにも拘わらず。(彼の名はエルサルバドルの「死の部隊」 death squadsから守るために法廷で発表されなかつた。)
 この脱走者によると、徴兵された人々は、犬や禿鷹の咽を噛みちぎり、その首を捻り取って殺すよう強制され、また、兵士が反体制派の疑いをかけられた人々を拷問して殺害する場面―爪を剥ぎ頭を切り離して体をばらばらにし、切り取った腕で遊ぶといった場面―を見なくてはならなかった。
 また、アトラカトル大隊と関係の深い「死の部隊」の隊員だったセサル・ビエルマン・ホヤ・マルチネスは、「死の部隊」の活動に米国の軍事顧問とエルサルバドル政府が関与していることを詳細に述べている。ブッシュ政権は、彼を黙らせるためにあらゆる努力をし、人権組織の請願や彼に証言させるべきだという議会の要請にもかかわらず、マルチネスを(おそらくは死がまっている)エルサルバドルへ送還した。(イエズス会士の暗殺に対する証人も米国で同様に扱われた。)
 エルサルパドル式軍事訓練の効果については、エルサルバドルで仕事をしていたカトリックの司祭ダニエル・サンチアゴが、イエズス会の雑誌『アメリカ』の中で生々しく述べている。彼は、ある農婦の例をあげている。ある日その農婦は、家に戻ってきて、三人の子ども、母そして妹の胴体がテーブルを囲んでおり、テーブルの上のそれぞれの胴体の前には切り取られた頭が注意深く置かれ、さらに、あたかも「自分自身の頭を叩いているように」その上に手がのせられているという光景に出会ったのであった。
 エルサルバドル治安部隊の殺人者たちは、十八ヵ月の赤ちゃんの頭をきちんとテーブルに据えることができなかったため、手を頭に釘で打ちつけていた。テーブルの真ん中には血をたたえた大きなプラスチックの容器が、おいしそうに置かれていた。
 サンチアゴ師によると、このようなおぞましい光景は特に珍しくない。

 エルサルバドルでは、死の部隊はただ人々を殺すのではない。人々は切り刻まれ、頭は槍に剌されて目印のように置かれる。エルサルバドル特殊警察はただ男のはらわたを抉りだすだけでなく、切り取ったペニスを口に突っ込む。治安部隊はただ女性を強姦するだけでなく、子宮を体から切り取って顔に被せる。ただ子どもを殺すだけでは足りないので、肉が骨からそげ落ちるまで有刺鉄線にこすりつけ、それを親に強制的に見物させる。


 サンチアゴ師はさらに、教会が貧しい人々を組織化するために農民組合や互助組織を作り初めてから、こうした暴力が激増したことを指摘している。
 米国の対エルサルバドル政策はおおむね成功した。ロメロ大司教が予測したように、いまやエルサル。パドルの大衆組織は壊滅寸前となった。何万もの人々が屠殺され、百万を越す難民が生まれた。これは米国史上最も卑劣なエピソードの一つであるが、悲しいことに、これに匹敵するエピソードは他にも沢山ある。


<註> 拷問と暗殺を訓練する米軍の学校「スクール・オブ・ジ・アメリカズ(SOA:School of the Americas、別名“School of Assassin” 暗殺学校)」を簡潔に紹介する動画が下記にあります。
*動画「テロリストは誰?」約13分
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続「時代は変わる」(その2)――グアテマラ民衆運動の巨大な勝利、アメリカ支援の「残虐な戦争」と元軍幹部18人の逮捕

国際教育(2016/01/17)、調査記者アラン・ネイアン、元大統領リオス・モント&ペレス・モリーナ、元アメリカ国務次官補エリオット・エイブラムス、サルバドール・オプション、スクール・オブ・ジ・アメリカズ(米州軍事学校)
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元グアテマラ大統領ペレス・モリーナ
GUATEMALA, Perez Molina
https://www.rt.com/news/319649-perez-molina-guatemala-president-us/
「アメリカは俺が不要で邪魔になってきたから民衆をたきつけて逮捕に追い込んだのだ」と述べるモリーナ


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 最後に、あとひとつだけ「時代は変わる」の例として紹介したいことがあります。それは中米ニカラグアの動きです。
 というのは、アメリカが裏で支援してきた軍事独裁政権の下で約25万人が犠牲となった大量虐殺・強制失踪などを命令した元グアテマラ軍の幹部18人が逮捕されたというニュースが飛び込んできたからです。
 それをDemocracyNow!(2016/01/08)は、番組の冒頭に「グアテマラの元軍幹部18人逮捕 アメリカ支援の「汚い戦争」の人道に対する罪で」という見出しを掲げ、次のように述べています。

18 Guatemalan Ex-Military Leaders Arrested for Crimes Against Humanity During U.S.-Backed Dirty War
グアテマラ警察は、数十年におよぶアメリカ支援の「汚い戦争」の中でグアテマラ先住民の集落を攻撃し人道に対する罪を働いた容疑で、元軍幹部18人を逮捕した。この紛争時に約25万人が犠牲となったとされる大量虐殺・強制失踪を命令した疑いがかけられている。逮捕された元軍幹部の多くはアメリカの支持を受けていた。たとえば、マニュエル・ベネディクト・ルーカス・ガルシアは、米軍将校と密接に協力して、グアテマラ先住民マヤ人の集落がある高原地帯を攻撃するシステムを構築した。そこでは住民を斬首したり磔(はりつけ)にしたりするような手法が用いられた。本日はゲストとして調査報道記者で活動家のアラン・ネアンを迎えて話をきく。
http://www.democracynow.org/2016/1/8/18_ex_military_guatemalan_leaders_arrested


 上記では「米軍将校と密接に協力して」「そこでは住民を斬首したり磔(はりつけ)にしたりするような手法が用いられた」と述べられています。その当時、グアテマラに調査に入り、作戦を指揮した将軍ペレス・モリーナに現場でインタビューしたアラン・ネイアン(Allan Nairn)は、これについて次のように述べています)。

 いまISIS(イスラム国)が話題になっているが、グアテマラ軍がやったことは、まさにISISがやったのと同じ行為だ。そのような戦術・作戦があることを世界はISISのビデオを通じて、ようやく理解し始めている。
 首を切ったり、ひとを磔(はりつけ)にしたり、奴隷にしたり、集団レイプ(強姦)したり、市民を大量虐殺したり、といった残虐行為をISISは公然と誇示・自慢したりしている。
 他方、グアテマラ軍も彼らを訓練した米軍将校も、そのような残虐行為の遂行を隠し続けてきた。しかし実は彼らも、グアテマラで[主として先住民の部落で]ISISと同じ作戦を使ったのだ。
http://www.democracynow.org/2016/1/8/18_ex_military_guatemalan_leaders_arrested


 アラン・ネイアン氏には当時の取材を元にした『CIAと暗殺部隊』"C.I.A. and Death Squad"という著書があります。そのネイアン氏によれば、上記のような作戦は「サルバドール・オプション」 "Salvador Option" と呼ばれ、ブッシュ大統領がイラク侵略を開始したときに、イラクにも持ち込まれたそうです。
 このような残虐な作戦は、グアテマラだけでなくエル・サルバドルやニカラグアでも用いられ、とりわけエル・サルバドルの残虐行為は凄惨を極めたので、「サルバドール・オプション」と呼ばれるようになったのです。
 ところが驚いたことに、ネイアン氏によれば、「これはアメリカが世界中いたるところで用いている作戦」というのです。それをネイアン氏は上記の番組で次のように述べています。

彼らはそれを「サルバドール・オプション」 "Salvador Option." と呼んだ。これは世界中いたるところで応用されている政策だ。だがアメリカは未だにグアテマラほどには文明化されていないので、レーガン政権の高官エリオット・エイブラムスのような人物は被告席に座っていない。しかし彼は、グアテマラで今朝、囚人として判事の前に引き出された連中と同類なのだ。グアテマラの惨事を裏で計画していた人物こそエイブラムスだったからだ。
http://www.democracynow.org/2016/1/8/18_ex_military_guatemalan_leaders_arrested


 ネイアン氏はここでエリオット・エイブラムスという人物をとりあげています。グアテマラで、このような残虐行為がおこなわれたのは、レーガン大統領の頃でした。そのときの国務次官補がエリオット・エイブラムスでした。凡人には考えられないことですが、この「人権と人道問題」担当の国務次官補エイブラムスが、中米のグアテマラやエル・サルバドルで殺戮がおこなわれていたときの中心人物だったのです。
 だからこそネイアン氏は、「だがアメリカは未だにグアテマラほどには文明化されていないので」「エリオット・エイブラムスのような人物は被告席に座っていない」と述べたのでした。
 ところがネイアン氏によれば、このエイブラムスが、さらに驚いたことに、ブッシュ大統領の「中東問題最高顧問」となり嘘で塗り固められたイラク侵略にも荷担していたのです。こうして中東でも暗殺部隊を使って、ニカラグアやエル・サルバドルなど中米でおこなったのと同じ作戦を開始したのでした。
 しかし、グアテマラでは、そのような残虐行為をした人たちが今ようやく公の場で裁かれようとしているのです。ここまで到達するのに、30年以上もの歳月と、拷問・暗殺の恐怖を乗り越えて闘い続けてきた粘り強い民衆運動が必要でした。それをネイアン氏は同番組で次のように述べています。

これは民衆蜂起によってのみ政治的に可能だった。何十万もの人々が街頭に繰り出し、虐殺の指揮者ペレス・モリーナ将軍を大統領の座から引きずり下ろし、それが次の段階に進む情勢をつくり出した。だからこそ検察側もあえて元軍幹部18人までも起訴する気になったのだ。


 ネイアン氏の言葉でも分かるように、「何十万もの人々が街頭に繰り出す」ことになった民衆の巨大な闘いは、2015年9月、大統領の不逮捕特権を剥奪するよう議会に圧力をかけ、ついにペレス・モリーナは大統領を辞任せざるを得なくなったのでした。
  モリーナ大統領は、大虐殺がおこなわれていた当時(1980年代のなかば)、現場で指揮をとっていた軍の最高幹部の1人であり、そのときの大統領は軍事独裁者のリオス・モントでした。ではエフライン・リオス・モントとは、どんな人物だったのでしょうか。
 グアテマラでは1950年代に民主化改革が進みましたが、ハコボ・アルベンス大統領の土地改革がアメリカのユナイテッド・フルーツ社(現チキータ社)の資産に及ぶとアメリカが内政干渉に乗り出しました。そして1954年には軍上層部と組んでアルベンス政権を転覆させ親米独裁政権を建てました。その結果グアテマラは60年代から内乱状態に陥り、36年にわたりゲリラ戦争の時代が続きました。
 ここで登場するのがリオス・モントです。モントは1982年にアメリカの支援を受けてクーデターで権力を掌握すると、レーガン政権と密接な協力関係を結び、軍や民間自警団を動員して反体制派の撲滅に乗り出 しました。さらに共産ゲリラをかくまっているとしてマヤ系先住民の村々も襲撃し大規模な虐殺を引き起こしました。こうしてグアテマラ内戦の死者や行方不明者は25万人を超えると推定されています が、その多くがリオス・モント政権の18カ月に集中しているのです。
 しかし、そのリオス・モントに対し、グアテマラの裁判所は、ついに2013年5月、ジェノサイドと人道に対する罪で80年の刑を宣告したのです。
 ここに至るまでの長い道のりには活動家の地道な努力と国際的な支援がありました。とりわけ注目されるのは強い信念と並々ならぬ勇気を発揮した3人の女性の行動です。なにしろ、この国では軍や特権的財閥に立てつく者はたちまち惨殺されてきた歴史があるのですから。
 その3人とは、先住民活動家リゴベルタ・メンチュウ[ノーベル平和賞1992]、検事総長クラウディア・パス・イ・パス、判事[裁判長を務めた]ヤスミン・バリオスなのですが、民衆運動の巨大なうねりは彼女らを支え励まし、アメリカの妨害をもはねのけ、ついに独裁者に有罪判決を出させるに至ったのでした。
 それが今度は、リオス・モントおよびペレス・モリーナに引き続き、元軍幹部18人までが逮捕されるに至ったのですから、裏で虐殺を指導し手引きしたアメリカも狼狽し青ざめているに違いありません。
 この逮捕の意義について、アラン・ネイアン記者は次のように述べています。

 これはグアテマラにとって、ニュルンベルグ型裁判の始まりを示すものだ。
 ニュルンベルグ裁判は戦勝国の占領者が敗者を裁くものだったが、人道に対する罪を裁いたという点では同じだ。しかし違いは、今回の裁判は占領者による裁判ではなく、主権者が国内の司法制度に則っておこなわるという点だ。
 これは、声をあげて前進した虐殺生存者の英雄的行為がもたらしたものだ。同時に、埋められていた大量の虐殺死体とその遺骨を分析した法医学人類学者および弁護士や検察官たちの勇気ある行為がもたらしたものでもある。
 というのは両者とも、自分の命を危険にさらしながら、この虐殺事件を公の場に引きずり出し、その結果として、この国で最悪の殺人者たちを逮捕にまで追い込んだからだ。


 中南米はもちろん世界中を見渡しても、元国家元首が自国の裁判所で民族浄化(ジェノサイド)と人道の罪で裁かれるなどということは前代未聞で、しかも有罪判決が出たのは驚くべきことです。 [日本でもアジア太平洋戦争の戦犯者に死刑判決が下されたが、この裁判も戦勝国が敗者を裁くもので、国内の日本人主権者による有罪判決ではなかった。]
 このように巨大な軍事力をもつアメリカに支援され、莫大な金力・権力・武力に支えられた政権でも、30年以上も怯(ひる)まずに闘い続ける民衆の、圧倒的な非暴力抵抗運動を前にしては、ついに自分たちの仲間をかばい続けることができなくなったのです。次に裁かれるのはアメリカの番です。
 沖縄の民衆も、国内および国際的支援を受けながら、グアテマラ民衆のように闘い続ければ、、必ずや米軍基地撤去・辺野古移転阻止の闘いに勝利するものと信じています。情勢によっては、「残された道は独立という選択肢だけ」へと追い込まれるかも知れませんが、それでも最終的には必ず勝利するでしょう。今や「時代は変わり」つつあるのです。

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グアテマラimages グアテマラ  images
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<追記> グアテマラが民政に復帰したあと、2000年に軍を退役し愛国党をたちあげ、2011年に大統領となったペレス・モリーナは、スクール・オブ・ジ・アメリカズ(School Of the Americas米州軍事学校、別名“School of Assassin”(暗殺学校))の卒業生です。
 この学校は米軍がラテン・アメリカ諸国の軍隊に対して、拷問や殺害の技術を訓練する悪名高い施設です。ジョージア州のフォートベニングにあり、現在は「国際協力のための西半球研究所」と改名していますが、実際は、アメリカとその利権を守るための拷問・暗殺学校のようなものです。
 このような過去を持つモリーナが、軍事独裁者リオス・モントの政権下で、反体制運動撲滅を、軍幹部として現場で指揮したのですから、グアテマラがチョムスキーの言う「虐殺の荒野」となったのも当然のことでした。(いま同じ作戦で中東が「殺戮と難民の荒野」となりつつあります。)
 しかしモリーナが大統領の不逮捕特権を剥奪され辞任せざるを得なくなったのは、汚職事件であって民族浄化と人道に対する罪ではありませんでした。人道問題で起訴した場合、モリーナがグアテマラ軍の幹部として虐殺の指揮をとった人物だけに、アメリカ政府高官にまで司法の手が伸びる恐れがあったからではないでしょうか。
 RTニュース・スペイン語局の記者が、収監されたモリーナに刑務所で面談したとき、「アメリカは、俺が不要で邪魔になってきたから民衆をたきつけて逮捕に追い込んだのだ」と彼が述べた(*)のは、多分このような事情を反映しているのでしょう。
(*https://www.rt.com/news/319649-perez-molina-guatemala-president-us/


<註> グアテマラの闘いの歴史を簡単に知るための文献や動画(字幕付き)を次に紹介しておきます。時間があれば参照していただければ幸いです。
文献
チョムスキー『アメリカが本当に望んでいること』現代企画室
第2章第2節「磔にされたエルサルバドル」
第2章第4節「虐殺の荒野グアテマラ」
動画
グアテマラ次期大統領オットー・ペレス・モリーナの過去
2011/9/15(木)、再生9.5分
映画『グラニート』が描くグアテマラ集団虐殺に裁きを求める闘い
2011/9/15(木)、再生16.5分
グアテマラの元独裁者リオス・モントに歴史的判決下る
2013/5/13(月)、再生31分


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続「時代は変わる」(その1)――カタロニア独立運動の新展開とアメリカ大統領選挙で善戦するサンダース

国際教育(2016/01/16)、カタロニア独立運動、新首相カルレス・プチデモン、アメリカ大統領選挙、上院議員バーニー・サンダース

「社会主義者」を自認するサンダース
https://www.rt.com/usa/328689-sanders-leads-new-hampshire/
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 長周新聞に載った拙論「時代は変わる」 "The Times They Are a-Changin"を、前々回のブログ(2016/01/01)で紹介しました。そこで私は次のように書きました。

 先述のとおり、イギリスでもスコットランドの圧倒的多数が独立を目指して運動していますし、スペインでも一四〇万人を超えるカタロニアの人々が独立をめざす巨大な集会を開き、バルセロナ市内を埋め尽くしました。
 欧州では、このようにスコットランド、バルセロナ、そしてイタリアではベニスの独立運動がすすんでいるだけでなく、先にも紹介したように、イギリスの議会政治においても、大きな変化が起きています。
 党内最左派の人物、「鉄道の再国有化、教育費の無償化、シリアへの内政干渉反対」などを政策として掲げてきたコ―ビン氏が、イギリス労働党の党首として選ばれたからです。
 こうして、労働党の結党理念である社会主義に立ちかえるよう堂々と主張する人物が、党首に選ばれ、それを契機に復党するものが激増し今や党員数が四〇万人なったことは既に述べたとおりです。このようにイギリス民衆の意識は確実に変わりつつあるのです。
 また、これもすでに紹介したことですが、アメリカでも、社会主義者を自称するサンダース氏が民主党から大統領選に立候補し、各地の世論調査でヒラリー・クリントンを追い抜く勢いで快進撃を続けています。
 このようにイギリスでもアメリカでも、民衆の意識は確実に前進しつつあるのです。
 さらに、もう一つの新しい動きは、アメリカ追従の姿勢をとり続けてきたオーストラリアのアボット首相が、党内の党首選で敗北し、辞任に追い込まれたことです。安倍晋三首相を「最高の友人」と呼んで日豪の蜜月関係を築いてきた人物が敗北したのです。
 このように世界は変わり始めています。つまり、いま世界中の民衆が、財界寄りの権力政党・権力政治家にトコトン嫌気がさしているのです。
 ですから、何度も言いますが、もし安倍政権とアメリカ政府がこのような民意無視と自然破壊の姿勢をとり続けるならば、沖縄は独立を宣言せざるを得なくなるかも知れません。しかも世界の世論は多分それを支持するでしょう。今や沖縄とフクシマは世界中で注目の的になっているからです。

 いま沖縄では、米軍基地の辺野古移転を大きな争点のひとつとして宜野湾市長選が闘われようとしています(17日告示、24日投票・開票)。
 しかし政府側は「ディズニーランド」という「飴」と「裁判による恫喝」という「鞭」、つまり金力と権力で、これまでに示されてきた沖縄県民の圧倒的意思を強引に押しつぶそうとしています。
 これでは私が上記の拙論で危惧していた「沖縄独立」という動きがいっそう加速せざるを得なくなるように思われます。というのは、AFP通信(2016/01/11)は、「カタルーニャ議会、新たな州首相を選出 内部対立に終止符」という見出しで、次のように報じているからです。

 スペイン北東部カタルーニャ(Catalonia)自治州の議会は10日、新たな州首相にジローナ(Girona)市長のカルレス・プチデモン(Carles Puigdemont)氏(53)を選出した。内訳は賛成70票、反対63票、棄権が2票。
 カタルーニャでは昨年9月の州議会選挙で独立派の主要政党連合が勝利して以来、州首相の人選をめぐる内部対立が続いていたが、先週末になって[独立運動を推進してきた]アルトゥル・マス(Artur Mas)州首相が退陣を表明し、プチデモン氏を後任に指名したことで、再選挙の事態は土壇場で回避された。筋金入りの独立派一家出身のプチデモン氏が、州首相として組閣に臨む。

 このようにカタロニア議会では「筋金入りの独立派一家出身のプチデモン氏」が州政府の首相に選ばれたわけですが、これを受けて議会はさらに独立への動きを一歩進めようとしています。それを、DemocracyNow!(January 11, 2016)の記事は「カタロニア議会は独立派の新首相を選ぶ」という見出しで、次のように報じています。

Catalonia Lawmakers Elect New Pro-Independence Leader
 カタロニア議会は投票で新しい独立派の指導者を承認した。このことで、来る18ヶ月の間にスペインから分離するための動き・手続きが再出発することになる。新しい指導者カルレス・プチデモン(Carles Puigdemont)は独立した軍隊、中央銀行、司法制度を樹立する作業を始めるものと思われる。
http://www.democracynow.org/2016/1/11/headlines/catalonia_lawmakers_elect_new_pro_independence_leader

 同時にスペイン全体でも新しい動きがありました。
 すでに昨年12月20日に行われたスペインの総選挙で、民営化・規制緩和・社会福祉削減に強く反対する新興の左派政党「ポデモス(Podemos)」が事前の世論調査を上回る支持を集めました。50議席程度の獲得予想に対して69議席(票率20.7%)を得たのです。
 他方で中道右派の現与党 「国民党(PP)」が第1党の座を死守したものの、2011年の前回総選挙(186議席、同44.6%)から大幅に議席を失い、122議席(票率28.7%)という激減ぶりでした。
 このように「時代は確実に変わり始めている」のです。それを示すもうひとつの出来事が、アメリカ大統領選挙の動きです。
 自称社会主義者のサンダース氏が民主党から立候補し、ヒラリー・クリントン氏を相手に互角の闘いを演じていることは、拙論「時代は変わる」でも紹介しましたが、RTニュースによれば、互角どころか、ヒラリー女史を追い落とす勢いすらあるというのです。
 それをRTニュース(12 Jan 2016)は、「バーニー氏はニューハンプシャー州の世論調査で二桁のリード」という見出しで、次のように報じています。[ただし和訳は拙訳、以下すべて同じ]

Bernie gains double-digit lead on Hillary in New Hampshire
 バーモント州から無所属で選出の上院議員バーニー・サンダースは現在、民主党第一次予備選までに1ヶ月を切った世論調査で、同党の大統領候補であるヒラリー・クリントンを14ポイントも差をつけている。また氏は「草の根運動組織MoveOn.org」からも決定的に重要な支持を取り付けた。
 ニューハンプシャー州の有権者の半分以上53%が上院議員バーニー・サンダースを支持している。他方、クリントンは39%の支持しかない。これが火曜日に発表されたモンマス大学による世論調査の結果だ。
 この大選挙区ニューハンプシャーは、かつてはクリントンの票田であり、登録民主党員はもちろん老人や女性なども彼女を支持していた。これらの階層の多くはクリントンを支持し、昨年11月の調査では、クリントン支持は48%で、サンダースは45%だった。
 ところが「花崗岩の州」というあだ名をもつニューハンプシャーで、クリントンの地位は逆転し、今やサンダースの後を追いかける立場となってしまった。
https://www.rt.com/usa/328689-sanders-leads-new-hampshire/

 しかし、このままサンダース氏がクリントン女史を追い越して民主党の大統領候補になるかどうかは、予断を許しません。
 というのは大手メディアはサンダース氏の動きを無視したり、その主張を正しく伝えませんし、クリントン女史を支持する財界・金融界もサンダース氏が民主党の大統領候補になることを絶対に許さないだろうと思われるからです。
 とはいえ上記のような世論の変化はアメリカ民衆の願いを反映していることだけは間違いないでしょう。


<註> サンダース氏の国内政策は社会主義者を自認しているだけに民衆の願いに沿ったものですが、外交政策になるとクリントン女史とあまり変わらなくなるのが残念です。
 シリア問題についてもアサド大統領が独裁者だから辞めさせなければならないという点ではクリントン女史と同じです。違いは、サンダース氏がロシアと協力してテロ集団「イスラム国」を排除しなければならないと主張しているのにたいして、クリントン女史はアサド政権打倒を絶対に譲らないという点です。
 しかしロシアのプーチン大統領も言っていることですが、シリアの指導者はシリアの民衆が選ぶべきで、アメリカから指図されるいわれはどこにもありません。それどころかシリアで本当に開かれた選挙をすればアサド大統領が再選されることは、ほぼ間違いありません。
 アメリカには真のリベラルも真の左翼もいないとチョムスキーが嘆く理由は、こんなところにあるのかもしれません。



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書評『英語で大学が亡びるとき』

書評&教育原理(2016/01/03)、英語化=国際化、英語力=グローバル人材、世界大学ランキング、外国人教員100人計画


 前回のブログでも紹介しましたが、安倍晋三氏の地元で頑張っている地方紙「長周新聞」が、12月21日号の一面すべてを使って私の小論「時代は変わる」を掲載してくれました。
 しかし、それだけでなく同日付の文化欄では、拙著『英語で大学が亡びるとき:「英語力=グローバル人材」というイデオロギー』の書評も紹介してくれました。
 そこで今回は、その書評を以下に紹介させていただきます。ただし、このJPEG版では読みにくいという方は、下記のPDF版を御覧ください。
http://www42.tok2.com/home/ieas/bookreview20151221.pdf>



書評『英語で大学が亡びるとき』長周新聞20151221_convert_20160103111833
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「時代は変わる」 "The Times They Are a-Changin"

国際教育(2015/12/31)、沖縄独立?、カタロニアの独立運動、スコットランドの独立運動、イギリス労働党の新党首ジェレミー・コービン、アメリカ民主党の大統領候補バーニー・サンダース、


 安倍晋三氏の地元で頑張っている地方紙「長周新聞」が、12月21日号の一面すべてを使って私の小論「時代は変わる」 "The Times They Are a-Changin"を掲載してくれました。
 また同時に、同日付の文化欄で拙著『英語で大学が亡びるとき:「英語力=グローバル人材」というイデオロギー』の書評も紹介してくれました。
 (この小論は、本来は2016年の新年号用にと頼まれて書いたものですが、それがある日、突然、「書評と同日号に載せさせてくれ」という電話がか かってきて、しかも一面トップだと言われ困惑しましたが、どうしても断り切れずに、このような紙面になったものです。)
 以下では、まず小論「時代は変わる」 を紹介させていただきます。

<註>このJPG画像では見にくい・読みにくいという方は下記のPDF版を御覧ください。
「時代は変わる」(上).
「時代は変わる」(中).
「時代は変わる」(下)
寺島研究室「国際教育・平和研究」



「時代は変わる」長周新聞20151221(上)139
「時代は変わる」長周新聞20151221(中)138
「時代は変わる」長周新聞20151221(下)140


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