続・混沌を極めるアメリカの大統領選挙
トランプ支持の白人貧困層

https://www.rt.com/op-edge/344469-trump-protests-anaheim-albuquerque/
昨日のブログで、いま混沌を極めているアメリカの大統領選挙について簡単に紹介し、同時に長周新聞に載った拙論「続・世界に恥ずべきアメリカの選挙制度」のPDF版も載せました。
すると、「どうせ載せるのであれば続編だけではなく正編も載せておいた方が読者には助かる」との便りがありました。
そこで今回は、いま混沌を極めているアメリカの大統領選挙について若干の補足を加えたうえで、最後に拙論「世界に恥ずべきアメリカの選挙制度」のPDF版を掲載しておくことにします。
さて、私は前回のブログで次のように書きました。
クリントン女史が表向き優勢なのは、特権層の利益を維持するための「選挙人登録制度」や「特別代議員制度」など、不公正なアメリカの選挙制度によるところが非常に大きいからです。
はした金で買えるような安物を万引きしたという理由で黒人貧困層は刑務所送りになっています。
他方、摩訶不思議な金融証券をつくり上げて販売し、庶民を路頭に迷わせた張本人は、「大きすぎて潰せない」という理由で安楽に暮らせるどころか大金のボーナスをもらって、民主党政権の一員になっています。
それを手助けする役割をはたしてきたのがクリントン女史です。おかげで彼女は金融界で講演すると莫大な講演料をもらっています。
ですから、民主党の幹部のみならず財界・金融界にとってはクリントン女史は何としても大統領になってほしい人物です。その一方、財界から出てきたはずのトランプ氏は、貧困な白人層を支持基盤にしているだけに、財界・金融界が必ずしも自由に操れる人物ではなさそうだからです。
こうした状況で、共和党の幹部や財界・金融界のなかですら、クリントン女史が民主党の候補者になったときには、「トランプではなくクリントンを推す」と公言するものさえ出てくるようになっていました。
しかし共和党の特権階級にとって、ただひとつ困ったことがあります。クリント女史のメール問題です。彼女が国務省長官だったとき長官として許されている公的メールを使わずに、私的メールを使って多くのひとと闇のメールでやりとりをしてきたことが暴露されたからです。
公的なメールサーバーは盗聴されたりハッカーに侵入されたりするようなことがないよう厳重な壁が築かれていますが、私的なメールサーバーにはそのような補償は何もありません。ですから公的な職務に就いているひとが自分の公的職務を果たすときは私的メールを使用することは堅く禁止されています。これを自ら破っていたのがクリントン女史でした。
アメリカがNATO軍と一緒になってリビアの政権転覆をはかりカダフィ大佐を惨殺した後で、リビアのベンガジにあったアメリカ領事館で大使をふくむアメリカ人4名が殺されるという事件がありました。この一因として最近、問題になり始めたのが、クリントン女史が国務長官のときに使っていた私的メールです。このメールからベンガジ領事館の情報が漏れて、大使殺害につながっていったのではないかという疑いが出てきたからです。
国務長官が公的なメールサーバーを使わずに私的メールで外交問題のやりとりをしていたことそのものが重大な法律違反ですが、その行為がアメリカ人の命を危険にさらすどころか死に追いやったとすれば、これは明らかな重罪であり、即刻にも刑務所送りになるべきでしょう。それはマニング上等兵が米兵による民間人殺害を内部告発しただけで刑務所送りになったことをみれば明らかです。
マニング上等兵が暴露した情報は、米兵の戦争犯罪を内部告発しただけであり、その行為がアメリカ人を死に追いやるどころか米兵の命を危険にさらす恐れもないものだったことは裁判の過程でも明らかにされたにもかかわらず、マニング上等兵は35年にも及ぶ禁固刑を受けることになってしまいました。それに比べてクリントン女史の行為の危険性は誰の目にも明らかです。
"Significant Security Risks": State Department Says Clinton Broke Rules Using Private Email Server
http://www.democracynow.org/2016/5/26/significant_security_risks_state_department_says (May 26, 2016)
このような人物が堂々と大統領選挙に立候補できることが驚きです。このクリントン女史のEメール問題は、FBIが捜査中だそうですが、オバマ大統領がFBIに圧力をかけて彼女を守りきれば別ですが、さもなければ、捜査の進み具合によっては立候補を取り下げざるを得なくなる事態も出てきます。
また、たとえオバマ大統領がクリントン女史を守ろうとしても、トランプ氏が彼女のEメール問題を取り上げて攻撃を始めれば、大使を含む4人のアメリカ人が殺されているだけに、彼女を守りきれるかどうか分かりません。
「元CIA長官のデイヴィッド・ペトレイアスでさえ、同じEメール問題で辞任せざるを得なくなったのだから、クリントン女史の場合も、事態は予断を許さない段階に来ている」と、元CIA高官のマクガバン氏も述べています。
Ray MacGovern:
Hillary Clinton’s Damning Emails
https://zcomm.org/znetarticle/hillary-clintons-damning-emails/ (May 3, 2016)
ですから「アメリカ初の女性大統領」という宣伝で、大統領選挙の先頭を走り、共和党の中からすらもクリントン女史を推そうとする動きが出ている一方で、Eメール問題でトランプ氏がクリントン女史を攻撃し始めたら彼女が勝つ見込みがなくなるかもしれない、という動揺が共和党の内部から出始めています。共和党はいま大きなジレンマに追い込まれています。
他方、民主党の側はどうでしょうか。財界・金融界はもちろん民主党の特権階級はクリントン女史を支持していますが、ここでも「Eメール問題でサンダース氏がクリントン女史を攻撃し始めたら彼女が勝つ見込みがなくなるかもしれない」という不安・動揺が民主党の内部から出始めています。
しかも選挙運動が進めばすすむほどサンダース氏への支持は広がる一方です。貧困層に転落することが目に見えている若者層や貧困な有色人種は圧倒的にサンダース氏を支持しているからです。「選挙人登録制度」「特別代議員制度」などといったアメリカの不公正な選挙制度がなければ、サンダース氏がクリントン女史を追い抜いてすでに民主党の候補者になっていただろう、ということは段々と皆の目に見え始めているからです。
Ralph Nader:
Sanders Should Stay in Democratic Race, Is Only Losing Due to Anti-Democratic System
http://www.democracynow.org/2016/5/10/ralph_nader_sanders_should_stay_in (May 10, 2016)
かといって、民主党の幹部・特権階級は、今さらサンダース氏へと鞍替えするわけにもいきません。というのは、サンダース氏の政策は、「金持ち階級への増税」など、財界・金融界はもちろんのこと、民主党の特権階級にとっても受け入れることのできないものが多いからです。
こうして、サンダース氏を民主党の候補者として推し、トランプ氏と論戦させれば、トランプ氏を倒して民主党が勝つ可能性は極めて大きくなりつつあるのですが、それができないので民主党もまた、いま大きなジレンマに追い込まれています。
アメリカの大統領選挙を見ていると、いまアメリカは末期的段階に来ていると思わざるを得ません。
<註> 長周新聞(2016年4月2日号)の一面に載った「世界に恥ずべきアメリカの選挙制度」の写真版が読みにくい方は、そのPDF版が下記にありますので、そちらを御覧ください。
http://www42.tok2.com/home/ieas/ShamefulAmericanVotingSystem.pdf


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