ジョン・ピルジャー「タリバンを育てたアメリカ」その2

国際教育2016/09/30、タリバン(神学生)、ムジャヒディン(聖戦士)、アフガン人民革命1978、大統領補佐官ズビグニェフ・ブレジンスキー、「サイクロン作戦」

 ズビグニェフ・ブレジンスキー
ブレジンスキーブレジンスキー&ビン・ラディン
(右側写真) 銃を持つビン・ラディンと並んで立つ、ブレジンスキー
http://www.bibliotecapleyades.net/sociopolitica/sociopol_brzezinski06.htm


 前回のブログでは、1978年にアフガンで王制独裁国家を倒す革命が起きたことを紹介しました。それは、ピルジャーによれば、「あらゆる意味で幅広い人民の革命」でした。そして新しい政権のもとでは次のような明るい光景が広がっていました。
 「女子でも皆、高校にも大学にも行けた。どこにでも行きたいところに行き、着たいものを着ることができた……。喫茶店にでも行けたし、金曜日には最新のインド映画を見に映画館に行くことも、最新のヒンドゥー語の音楽を聴くこともできた。」
 「新政権は貧困地域には無料医療を導入した。強制労働は廃止され、大規模な識字運動が開始された。女性たちとっては、これまでに聞いたことのないような前進だった。一九八○年代後半には、大学生の半数が女性となった。アフガニスタンの医師の四〇パーセント、教員の七〇パーセント、公務員の三○パーセントは女性になった。」
 これを革命以前の次のような状態と比べてみてください。
 「部族主義と封建制のもとで、平均寿命は三五歳、幼児の三人に一人は死亡した。識字人口は、人口の九パーセントだった。」
 しかし、できたばかりの新政権は、「男女平等、宗教の自由、少数民族への権利、農村における封建制の廃止など、これまでは認められていなかった諸権利の承認を含む新しい改革計画」を発表したのでした。
 その結果として現出したのが冒頭で紹介したような明るい光景でした。ところが、アメリカが育てあげたムジャヒディン(聖戦士)と呼ばれるイスラム原理主義集団が、新政権と戦って勝利し始めると、一転して次のような暗い光景が広がり始めたのでした。
 「ムジャヒディーンが勝利し始めると、こうしたことすべてが悪いことになった……。教師を殺し、学校を燃やした……。私たちは怯えた。こうした人たちのことを西欧が支援していたのは滑稽だし、悲しいことだった。」
 では、アメリカは何故どのようにしてムジャヒディンを育て上げ、彼らにどのように資金援助や武器援助をしたのでしょうか。以下のピルジャー記者の説明をよく読んでいただきたいと思います。



「イスラム原理主義集団を育てたアメリカ」(下)
(ジョン・ピルジャー『世界の新しい支配者たち』岩波書店、2004:194-200頁)

人民民主党政権の問題は、ソ連の支援を受けていた、ということだった。その中央委員会はスターリニスト的ではあったが、西欧で言われていたような「傀儡政権」ではなかったし、当時の西側のプロパガンダが主張したようにソ連に支援されたクーデタでもなかった。カーター大統領時代のサイラス・バンス国務長官が回想録のなかで、「クーデタにソ連が関与したという証拠は何もなかった」と認めている。
 カーター政権のもう一人の実力者だったズビグニェフ・ブレジンスキー国家安全保障問題担当補佐官は、アメリカのベトナムにおける屈辱を挽回する必要があったと考えており、ポスト・コロニアルの解放運動の前進は、世界中どこでもアメリカに対する挑戦となったと考えた。そのうえ、アングロ・アメリカは、中東と湾岸における最良の取引相手だった王制独裁国家イランを、「防衛する」必要があった。アフガニスタンが人民民主党のもとで成功したならば、それが「前例となる可能性」があり、脅威になると考えられた。
 一九七九年七月三日、アメリカの世論にも議会にも知られないまま、カーター大統領はムジャヒディーン(聖戦士)として知られる部族グループを支援するために五億ドルの秘密工作計画を許可した。その目的はアフガニスタンで最初の非宗教的な進歩政権を打倒することだった。冷戦時代の神話とは逆に、ソ連のアフガニスタン侵攻とは何の関係もなかった。ソ連がアフガニスタン侵攻したのは、それから六か月後のことだった。
 実際、ソ連がアフガニスタンに対して決定的な行動に出るのは、部族主義義的、宗教主義的な「テロリズム」に対応するためだったということをすべての証拠が示している。ちょうどアメリカが二〇〇一年一一月の侵攻を正当化するときに使った「テロリズム」と同じ類いのものだった。[したがってソ連のアフガニスタン侵攻が悪であれば、同じようにアメリカによるイラク侵攻は非難されねばならなかった。]
 ところが、一九九八年のインタビューのなかで、ブレジンスキーはアメリカの役割についてワシントンが嘘をついていたことを認めている。
 「歴史の公式解釈では、ソ連軍がアフガニスタンに侵攻した後の一九八○年にCIAがムジャヒディーンを支援したことになっている……。しかし実際には、今日まで秘密にされてきたが、まったく逆だった。」
 一九七九年八月に、カブールの米大使館は次のように報告している。
 「アメリカによるムジャヒディーンの支援によって、アフガニスタンの将来の経済的、社会的改革がどのように遅れようとも、(人民民主党政権の)消滅によって、アメリカに大きな利益がもたらされるだろう」

 こうして、ワシントンは地球上でもっとも残虐な狂信者の一部とのファウスト的な取引を始めたのだった。グルブディン・ヘクマティヤルのような男たちがCIAから数百万ドルを受け取ったのである。
 ヘクマティヤルの特技は、大麻の取引と、ベール着用を拒んだ女性の顔に酸をかけることだった。彼は、一九八六年、ロンドンに招かれて、サッチャー首相から「自由の戦士」として賞賛された。人民民主党政権が続いた一九七八年から一九九二年の間に、ワシントンは四〇億ドルをムジャヒディーンの各派に注ぎ込んだ。

 ブレジンスキーの計画は、中央アジア全体にイスラム原理主義を広げることで、ソ連を「不安定化させ」、彼が回想録に書いている言葉で言えば、「ムスリムの反乱」を創りだすことだった。ブレジンスキーの壮大な計画は、パキスタンの独裁者、ジヤ・ウル・ハック将軍の、この地域を支配したいという野望とも合致した。
 一九八六年にCIA長官ウィリアム・ケーシーは、パキスタンの情報機関ISIが世界中から人をリクルートしてアフガニスタンのジハードに参加させるという計画の実施を支援した。一九八二年から一九九二年までの間に十万人のイスラム兵士がパキスタンで訓練された。
 作戦要員は、最終的にはタリバーンやオサマ・ビン・ラディンのアルカイーダに加わることになる(タリバーンとは「神学生」「神学校の生徒・学生」を意味している)。
 ニューヨークのブルックリンにあるイスラム大学でリクルートされた学生は、ヴァージニア州のCIAキャンプで準軍事的な訓練を受けた。これは「サイクロン作戦」と名づけられていた。
 他方、パキスタンでは、ムジャヒディーンの訓練キャンプが、CIAと英国のMI6によって運営され、英国のSAS(陸軍特殊空挺部隊)が未来のアルカイーダやタリバーンの戦士たちに爆弾製造技術を初めとして、さまざまなテロ技術を訓練していた。これは、一九八九年にソ連軍がアフガニスタンを撤退した後になってもずっと続いていた。

 一九九二年、人民民主党政権が最終的に崩壊したとき、西欧のお気に入りの軍閥の首領、グルプディン・ヘクマティヤルは、アメリカが供給したミサイルの雨をカブールに降らせ、二千人を殺戯し、他の派閥も最終的に彼が首相となることを承認した。
 人民民主党の最後の大統領、モハメッド・ナジブラーは、国連総会に対して必死に助けを求め、カブールの国連施設の敷地内に避難した。ナジブラーは、一九九六年にタリバーンが政権を樹立するまで、その国連施設にとどまっていた。タリバーンは、このナジブラーを街灯に縛り首にした。


 翻訳の紹介はここまでです。ただし上記の翻訳は、読みやすくするため、私による改訳改行を加えてあります。
 次回のブログでは、以上のピルジャー論考を元にして、マララ演説を英語教育の教材として使うことの意味を、もういちど考えてみたいと思います。


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ジョン・ピルジャー「タリバンを育てたアメリカ」 その1

国際教育2016/09/29、ジョン・ピルジャー、タリバン(神学生)、ムジャヒディン(聖戦士)、王制独裁国家アフガン、アフガン人民革命1978、アフガン人民民主党(PDPA)

ジョン・ピルジャー
ピルジャーとウィキリークスの創始者アサンジ

Pilger.jpg PilgerAssange.jpg
*ジョン・ピルジャーとジュリアン・アサンジは、二人ともオーストラリア国籍で英国在住
(アサンジは、ロンドンのエクアドル大使館に亡命したが英国政府によって幽閉状態に追い込まれている)



 いま英語教育の現場では、タリバンによって頭を撃ちぬかれたマララ・ユスフザイさんのノーベル平和賞受賞演説(&国連演説)が検定教科書にも採録され、教材として使われています。
 つい先日も知り合いの英語教師から「マララ演説を授業で使いたいのだが何かアドバイスを」というメールをいただきました。
 しかし、彼女の演説が教材として使われることは、ひとつの危険性を伴います。
 というのは、彼女の演説が広まれば広まるほど、アメリカに主導されたNATO軍がアフガニスタンに居座ること、アメリカが無人爆撃機Droneで民間人を殺戮していることが、あたかも正当であるかのように若者の頭脳に定着しかねないからです。
 事実、アメリカがイラクを侵略したときも、リビアを爆撃し破壊したときも、そして今はシリアに介入する口実としても、チョムスキーの言う「人道的軍事主義」が使われているからです。ユーゴスラビアにたいする爆撃・解体のときも全く同じだったことは、先のブログで紹介したとおりです。
 その一方で、肝心のアメリカがムジャヒディン(聖戦士)というの名のイスラム原理主義者集団を育て上げ、それが後のタリバンとなり、今は「イスラム国」と名乗りながら、シリアで破壊行為・残虐行為を繰りかえしていることは、大手のメディアでは、ほとんど紹介されていません。
 そこで以下では、世界的に著名な調査報道記者ジョン・ピルジャーの論考を紹介して、皆さんの参考に供したいと思います。
 これを読んでいただければ、アメリカが「911事件」を口実にして攻撃する以前のアフガニスタンがいったいどのような国だったのか、それを破壊するテロリスト集団をどのようにしてつくりあげたのかが、よく分かってもらえるのではないかと、考えるからです。
 そして、このような視点を教師がもっていないかぎり、あるいは教師が参考資料としてこのような事実をも提示しないかぎり、、いつのまにかマララ演説はアメリカ賛美の教材として生徒の頭脳に定着していくでしょう。

<註> ジョン・ピルジャーについては、以前のブログ「ユーゴの空爆と解体、元ユーゴスラビア大統領ミロシェヴィッチへの無罪判決は何を語っているか」も参照ください。
http://tacktaka.blog.fc2.com/blog-entry-269.html



「イスラム原理主義集団を育てたアメリカ」(上)
(ジョン・ピルジャー『世界の新しい支配者たち』岩波書店、2004:194-200頁)


 イラクが九・一一に関わりがあったという、もっとも重要な「証拠」は、ツインタワーへの自爆ハイジャッカーのリーダーとされているモハメッド・アタがチェコ共和国でイラクの情報部員と会ったというものである。
 英国の新聞によれば、その情報部員は、「下級情報部員」(『ガーディアン』紙)から、「中級」(『インディペンデント』紙)、「上級」(『フィナンシャル・タイムズ』紙)、さらには「バグダッドの情報機関のトップ」(『タイムズ』紙)にまで昇進している。このうち『フィナンシャル・タイムズ』紙だけが「会合は実際にあったのかどうか」、あったとしても、「それがツインタワーの破壊と何らかの意味で関係があったのかどうか」について疑問を提起している。BBCの『ニュースナイト』では、外務省詰めのマーク・アーバンが、「サダム・フセインが発射を計画しているミサイル」に関しての「秘密情報」があったと伝えている。
 これとは逆に「イラク・コネクション」の疑わしさがトップニュースになることはなかった。『デイリー・テレグラフ』紙だけが、二〇〇一年一二月一八日に、モハメッド・アタはチェコ共和国に入国したことはなかったと、チェコ警察が否定していることを報道した。二〇〇二年二月五日の『ニューヨーク・タイムズ』紙が、「およそ十年間にイラクがアメリカに対する何らかのテロ行為に関わったという証拠をCIAは入手していないし、サダム・フセイン大統領がアルカイーダに化学兵器あるいは生物兵器を提供したことはないとCIAは確信している」と報道したときにも、あるのは沈黙だけだった。
 無視というのはもっとも悪質な検閲である。アフガニスタンに関する多くの報道のなかで、この世界でもっとも貧しい国のひとつをアメリカが攻撃することを正当化したのは、邪悪なタリバーンを想起させる強力なイメージだった。基本的な人権を否定され、テントのようなブルカをまとった女性たちの写真は、世界に女性への迫害を訴えた。タリバーンの誕生と狂信的なジハード(聖戦)をつくりだすにあたってアングロ・アメリカンが果たした役割について、大手メディアが言及することはめったになかった。この忘れ去られていた社会が、この数年間、異常な時代を経験したことへの言及もなかった。このことを理解していれば、ブレアの言う「人権と文明の価値のための戦争」を本当の文脈のなかに置くこともできただろう。

 一九六〇年代に、アフガニスタンでは解放運動が起こった。その中心になったのはアフガニスタン人民民主党(PDPA)で、ザヒール・シャー国王の独裁支配に反対し、一九七八年、ついに国王の従兄弟、マハメッド・ダウドの政権が打倒された。それは、あらゆる意味で幅広い人民の革命だった。
 『ニューヨーク・タイムズ』紙は、カブールにいた多くの外国人ジャーナリストがインタビューしたアフガニスタン人の誰もが、このクーデタを喜んでいると言っていると報じた。『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙は、「新しい国旗に敬意を表するために一五万人が行進した・・・。参加者は心の底から感激しているようだった」と報じた。『ワシントン・ポスト』紙は、「アフガニスタン国民の新政権への忠誠は疑いの余地がない」と書いている。
 新政権は、男女平等、宗教の自由、少数民族への権利、農村における封建制の廃止など、これまでは認められていなかった諸権利の承認を含む新しい改革計画を発表した。一万三千人以上が獄中から釈放され、警察のファイルが公式に焼却された。
 部族主義と封建制のもとで、平均寿命は三五歳、幼児の三人に一人は死亡した。識字人口は、人口の九パーセントだった。新政権は貧困地域には無料医療を導入した。強制労働は廃止され、大規模な識字運動が開始された。女性たちとっては、これまでに聞いたことのないような前進だった。一九八○年代後半には、大学生の半数が女性となった。アフガニスタンの医師の四〇パーセント、教員の七〇パーセント、公務員の三○パーセントは女性になった。
 実際、この変化は極めて急激だったので、その恩恵を受けた者は今でもありありと、それを記憶している。二〇〇一年九月にタリバーンから逃れた女性の外科医、サイーラ・ヌーラニはこう語っている
 「女子でも皆、高校にも大学にも行けた。どこにでも行きたいところに行き、着たいものを着ることができた……。喫茶店にでも行けたし、金曜日には最新のインド映画を見に映画館に行くことも、最新のヒンドゥー語の音楽を聴くこともできた……。ムジャヒディーンが勝利し始めると、こうしたことすべてが悪いことになった……。教師を殺し、学校を燃やした……。私たちは怯えた。こうした人たちのことを西欧が支援していたのは滑稽だし、悲しいことだった。」

(次回「その2」に続く)

<註> 上記の翻訳は、読みやすくするため、寺島が改訳改行を加えてあります。


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戦争がさき、口実はあと――元ユーゴスラビア大統領ミロシェヴィッチへの無罪判決は何を語っているか(下)

国際教育(2016/08/28)、ノースウッズ作戦、ユーゴスラビアの爆撃・解体、コソボ解放軍(KLA)、イスラム原理主義集団、トルコとブラジルにおけるクーデター

サンパウロ、ブラジル
クーデターで辞職に追い込まれた元大統領の復帰を要求する子ども連れの母親たち

ブラジルのクーデターに抗議 元大統領ルセフ
https://www.rt.com/in-motion/358991-brazil-anti-temer-protest/  元ブラジル大統領ルセフ


 前回のブログでは、NATO軍によるユーゴ爆撃・解体、その歴史的経過、それにかかわってアメリカが裏でどのような役割を果たしたかを充分に紹介できませんでした。
 それが少し心残りだったので、櫻井ジャーナルその他から仕入れた知識を以下に紹介して、今後の国際情勢を読み解くための資料を提供したいと考えました。
 というのは、いまヨーロッパでは中東の戦乱から逃れてくるイスラム教徒をどう受け入れるかで大騒ぎになっているからです。フランスでは肌を露出しない水着を着て海水浴をする女性を遊泳禁止にする自治体まで現れました。
 かつては「肌を露出する絵画」でさえ描くことが困難だったヨーロッパで、今は「肌を露出しない」という理由で、イスラム教の女性が遊泳を禁止されるという漫画のような光景がヨーロッパで展開されつつあるのです。
 しかしイスラム教徒の移民問題は、アメリカが主導するNATO軍がアフガニスタン、イラク、リビア、シリアなどの政権転覆をはかり、それが何十万という死者を出し、何百万もの難民をうみだしたことが、根本原因になっています。
 そのさい常に政権転覆の口実になってきたのが「民衆を独裁者から救う」という人道主義的介入でした。そのような嘘と欺瞞に満ちた口実で中東諸国を廃墟と瓦礫に変え、混乱の局地に陥れたのが、アメリカNATO軍に先導・扇動されたEU諸国でした。
 ですからヨーロッパ諸国がイスラム教徒の移民を望んでいないのであれば、アメリカに荷担して中東の政権転覆工作をやめさえすればよいのです。ところがシリア情勢を見れば分かるように、いまだにドイツ、イギリス、フランスなどのNATO諸国は特殊部隊を派遣して裏でISISを支援する政策をやめようとしていません。
 そして、このような政権転覆工作の先導的モデルとなったのが、前回のブログでも紹介したように、コソボ紛争すなわちアメリカNATO軍によるユーゴスラビアの爆撃と解体でした。ですから、この経過をきちんとおさえておくことは、民衆が政府の嘘を信じるという同じ過ちを繰りかえさないために必要不可欠な作業ではないかと思うのです。
 前置きが長くなりましたが、櫻井ジャーナル(2014.08.30)はコソボ紛争について次のように述べていました。ユーゴスラビアに関する部分を四角い枠で囲んでおきました。



米英は世界を制覇するためにNATOを使っているが、その首脳会議を前に「ロシア軍の侵略」を宣伝
http://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201408300000/(櫻井ジャーナル2014/08/30)

 ウクライナ制圧はズビグネフ・ブレジンスキーの戦略に基づいているわけだが、現在、その戦略を実現するための暴力装置として機能しているのがNATOだ。そのNATOが9月4日から5日にかけてウェールズで首脳会議を開く。米英としては、ロシアと対決するということでNATOの意思を統一したいだろう。そうした中、「ロシア軍のウクライナ侵攻」なる話が叫ばれ始めた。

ブレジンスキーの戦略はソ連消滅後の1990年代に入ってまとめられ、1997年に『グランド・チェスボード』(日本語版は『ブレジンスキーの世界はこう動く』、後に『地政学で世界を読む』へ改題)というタイトルの本を出している。
 この本(原書)が出版された2年後、NATOはユーゴスラビアに対して全面攻撃を加えた。コソボのアルバニア系住民をユーゴスラビアから分離し、アルバニアと合体させようという西側のプランを実現するためだった。

 この攻撃ではスロボダン・ミロシェヴィッチ大統領の自宅が破壊されただけでなく、中国大使館も爆撃されている。この方法をロシアが採用したなら、ウクライナの東部や南部を分離、キエフを空爆してアメリカ大使館を破壊しても構わないということになる。
 中国大使館を爆撃したのはB2ステルス爆撃機で、目標を設定したのはCIA。ミサイルが3方向から大使館の主要部分に命中していることから、「誤爆」とは考えにくく、計画的な攻撃だった可能性が高い。
 当時、ドイツ外務省はミロシェビッチ政権がアルバニア人を追い出そうとしていると主張、秘密裏に「蹄鉄作戦」を計画しているとしていたが、証拠は示されていない。
 後にドイツ軍のハインツ・ロクアイ准将が語ったところによると、ブルガリアの情報機関が作成した報告を元にでっち上げた計画だったという。ブルガリアの情報機関はセルビアがKLAを撃破しようとしているという話だった。(David N. Gibbs, “First Do No Harm”, Vanderbilt University Press, 2009)
 ユーゴスラビアを攻撃する前、ウィリアム・ウォーカー元エル・サルバドル駐在大使はコソボの警察署で45名が虐殺されたという話を流している。ミロシェビッチ政権の残虐さを印象づけようとしたのだが、これは嘘だった。死者が出たのは警察側と西側を後ろ盾とするKLA(コソボ解放軍、UCKとも表記)との戦闘の結果で、その様子はAPの取材班が撮影していた。

 ユーゴスラビアを「悪魔化」する宣伝は1992年から始まっている。ボスニアで16歳の女性が3名のセルビア兵にレイプされたと報道されたのだ。
 記事を書いたのはニューズデーのロイ・ガットマンだが、本人はボン支局長で、バルカンの状況に詳しいわけではなく、クロアチアの与党、HDZ(クロアチア民主団)の副党首、ヤドランカ・シゲリを情報源にしていた。
 この人物はクロアチアの亡命者が創設したプロパガンダ組織CIC(クロアチア情報センター)のザグレブ事務所の責任者でもあった。
 シゲリは人権問題のヒロインとなり、1996年には人権擁護団体HRWが彼女を主役にしたドキュメント映画を発表。
 他方、レイプ報道で脚光を浴びたガットマンは1993年にセルビア人による残虐行為を報道してピューリッツァー賞を贈られている。ちなみにICRC(赤十字国際委員会)はセルビア人による組織的なレイプが行われた証拠はないとしている。


 その後、アメリカは偽情報を掲げながら他国を侵略していく。
 大きな節目になったのが2001年9月11日のニューヨークの世界貿易センターやワシントンDCの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)への攻撃だった。当時のジョージ・W・ブッシュ政権は即座にアル・カイダの反抗だと断定、オサマ・ビン・ラディンがいたとされるアフガニスタンを相手の交渉姿勢を無視して攻撃した。
 さらに、アル・カイダを弾圧していたイラク(存在しない大量破壊兵器)を先制攻撃、リビア(民主化運動弾圧という嘘)とシリア(民主化運動弾圧という嘘)を破壊するためにアル・カイダを使っている。そして、ウクライナはネオ・ナチを使ってクーデターを実行、東部や南部で民族浄化中だ。(以下、略)


 上記の櫻井ジャーナルの記事で二つのことに注目してほしいと思います。ひとつは何の関係もないはずの中国大使館を爆撃していることです。もう一つは、ユーゴスラビアを解体・再編するという計画がすでに1992年から始まっていることです。
 私の下記ブログで紹介したのは、アメリカがキューバのカストロ政権を転覆させるために立てた計画「ノースウッズ作戦」で「民間機の撃墜」「米国を目指す亡命キューバ人を乗せた船の沈没」など、民間人も平気で殺す作戦がたてられていた、ということでした。
http://tacktaka.blog.fc2.com/blog-entry-268.html
 ですから、アメリカNOTO軍が中国大使館を爆撃しても何の痛みも感じていないだろうと想像されます。アメリカにとって最大の仮想敵国は中国とロシアなのですから、このさい思い切りたたいておきたかったのでしょう。
 民間人の殺傷については、前回のブログで紹介したピルジャー記者の報告では次のような記述もありました。

 アメリカが自慢する「正確に誘導された」ミサイルは、ほんの幾つかを除けば、あとはすべて兵士や軍事施設ではなく市民や民間施設が、その攻撃対象になっていた。その中にはセルビアの首都ベルグラードにあるラジオ・テレビ放送局の新しいスタジオ群まで含まれていた。16人が殺され、その中にはカメラマン、プロデューサー、メーキャップ・アーチストなども含まれていた。イギリスのブレア首相は、その施設をセルビアの「司令部」だからと言って、死者を冒涜した。
https://www.rt.com/op-edge/356846-provoking-nuclear-war-media/


 アメリカのブッシュ大統領と一緒になって大嘘をつきながらイラクに侵略し、大量の死者を出し膨大な数の難民を生み出しても全く平気なブレア首相のことですから、ユーゴスラビア連邦共和国のひとつを構成していたセルビア共和国や国民など、眼中になかったのかも知れません。
 アメリカNATO軍による「人道的介入」と言っても、その「人道」のなかみは、この程度のものだったことを、私たちは肝に銘じておかねばならないでしょう。

 櫻井ジャーナルの上の記述で、もうひとつ注目していただきたかったのは、「ユーゴスラビアを解体・再編するという計画がすでに1992年から始まっていた」という事実です。それを櫻井ジャーナルは次のように書いていました。

ユーゴスラビアを「悪魔化」する宣伝は1992年から始まっている。ボスニアで16歳の女性が3名のセルビア兵にレイプされたと報道されたのだ。記事を書いたのはニューズデーのロイ・ガットマンだが(中略)クロアチアの与党、HDZ(クロアチア民主団)の副党首、ヤドランカ・シゲリを情報源にしていた。この人物はクロアチアの亡命者が創設したプロパガンダ組織CIC(クロアチア情報センター)のザグレブ事務所の責任者でもあった。ちなみにICRC(赤十字国際委員会)はセルビア人による組織的なレイプが行われた証拠はないとしている。


 つまりユーゴ連邦共和国のひとつボスニアで、セルビア人による組織的なレイプが行われた証拠はなかったにもかかわらず、もうひとつの共和国クロアチアのプロパガンダ組織の責任者でもあったシゲリ女史が嘘をばらまいたのでした。
 アメリカはバルカン半島に「新自由主義体制」をつくりあげるため、以前からユーゴスラビアの解体を望んでいました。あとは、どんな口実をつくりあげるかだけだったのです。1992年のレイプ報道は、その序の口に過ぎませんでした。
 本格的な爆撃は、イスラム原理主義集団=コソボ解放軍(KLA)なるものをつくりあげる時間が必要でしたから、「アルバニア人の虐殺」を口実にした1999年の爆撃まで待たなければならなかったのです。
 これは、2001年の「911事件」のあと、ブッシュ大統領はすぐにでもイラクを攻撃したかったのですが口実が見つからず、結局2003年まで待たざるを得なかったのに似ています。それでも最初の口実「サダム・フセインはビン・ラディンとつながっている」という嘘がすぐにバレてしまったので、次の口実「サダム・フセインは大量破壊兵器をもっている」という口実をつくりあげました。
 しかし、この嘘もバレてしまったので、最後は「フセイン大統領は独裁者だから、政権を転覆させてイラク民衆に民主主義をプレゼントする」というのが、最後の口実になりました。その結果は、どうだったのでしょうか。今やイラクどころか中東全体が内乱状態になり、死者と難民はうなぎ登りです(それが、いま欧州では「イスラム女性の水着を認めるかどうか」という喜劇につながっていることは冒頭で述べたとおりです)。
 つまり最初に「イラク政権の転覆」という目標があり、あとは「いかにそれを正当化するか」という口実探しが残っているだけなのです。言い換えれば民衆が信じ込みやすい「偽旗作戦」をいかにつくりあげることができるかに全力が注がれています。ユーゴスラビアの爆撃は、この偽旗作戦がまんまと成功した典型例でした。だからこそアメリカは、ピルジャー記者が言うように、これをモデルにして、次々と新たな侵略戦争に乗りだしていったのでした。

 しかし、いま極めて興味ある現象が生まれています。というのは2001年の「911事件」が「内部工作」だった可能性をヨーロッパの科学者が、このたび初めて論文にしているからです。
「形勢は変わりつつある: 公式説明こそ、今や陰謀論」
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2016/09/post-8d57.html
 また、この事件にサウジアラビアも関わっていたことや、ヒラリー女史が「クリントン財団」を受け皿として巨額の選挙資金をサウジアラビアから得ていることも、ウィキリークスで暴露されているからです。
 もうひとつ興味深いことは、アメリカの傀儡国家としてシリア転覆工作に荷担してきたトルコが、7月15日のクーデター未遂事件をきっかけとして、「これはアメリカが仕組んだものだ」として、オバマ政権がおこなってきた政権転覆工作のやりくちを暴露し始めたからです。
「グラハム・E・フラーよ、7月15日の晩、あなたはどこにいた?」
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2016/09/e715-5af2.html
 ブラジルでも、「清廉潔白な現職大統領が、汚職まみれの副大統領や議員によって辞職に追い込まれる」、という前代未聞のクーデターが起き、ブラジル全土が混乱状態です。しかし、これもアメリカが裏で仕組んだ工作だったことは、暗黙の了解事項でしたが、アメリカの操り人形だと思われていたトルコのエルドアン大統領が、「アメリカによるクーデター」を大声で叫び始めたのですから、実に興味ある展開と言うべきでしょう。

 それはともかく、アメリカは戦争を起こすためには手段を選びません。ですから中国との戦争についても、「どのような口実を用意するか」「どのような偽旗事件を捏造するか」を、私たちは注意深く見守らねばならないでしょう。それが「元ユーゴスラビア大統領ミロシェヴィッチへの無罪判決」から私たちが学ばなければならないことだと思うのです。


<註> トルコのクーデター未遂事件は、エルドアン大統領がアメリカの言いつけもあってロシアの戦闘機を撃墜したりしながら、イスラム原理主義集団ISISを裏で支援してきたのですが、それが行き詰まってきてロシアに急接近し始めたことが背景になっていると言われています。いま安倍政権も、アメリカの言いつけにしたがって中国との戦争準備にいそしむ一方で、最近はロシアにも急接近し始めています。トルコの例を見ると、安倍首相もエルドアン大統領と同じ軌跡をたどらないとは、誰も保証できないでしょう。


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狐狸庵居士(田舎の国立大学を2010年に定年退職)

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