アメリカ大統領選挙と、英語教材『ヒラリー・クリントンの就任(!?)演説』

アメリカ理解(2016/10/22)、予備選挙(primary)、党員集会(caucus)、選挙人登録制度、特別代議員制度(superdelegates)、有権者ID法(Voter ID Law)

英光社2017 「女性大統領ヒラリー演説」


 先日、英語教育の教材を販売する出版社6社から、共同で、2017年用の教材宣伝パンフを入れた封筒が届きました。なかを開いてみて驚きました。
 というのは英光社のパンフの冒頭に、「新刊」「全冊CD付き」「グローバル英語総合教材」と銘打って、ホワイトハウスの写真と次のような大きな文字の宣伝文句が、見開き2頁を飾っていたからです。

ヒラリー・クリントン大統領就任演説
Inaugural Address by Hillary Clinton


 まだ大統領選挙が終わってもいないのに、もうヒラリーが「アメリカ初の女性大統領」として紹介されているのです。上記の写真を御覧いただければお分かりのように、宣伝文句には次のような解説が付いています。

ヒラリー・クリントン(Hillary Clinton)は、中西部のイリノイ州生まれ。第42代アメリカ大統領Bill Clinton(在任1993~2001)の妻。女性として初めてのアメリカ大統領ですし、また夫婦とも就任するのも初めてです。娘にチエルシーさん。旧姓はHillary Rodhamです。日本でも人気が高く、親日家であり、来日した折に東京大学でタウンミーティングをしました。


 この教材をつくった英光社としては、結果を見るまでもなくアメリ大統領の選挙戦はヒラリーが当選するに決まっていると考えたのでしょう。一刻も早く他社を出し抜いて、この冊子を大学用教材として採用してもらおうと企画したに違いありません。
 アメリカの大手メディアを見ていると、ほとんどすべてがヒラリー支持で一致し、トランプ叩きに終始していますから(そして日本の大手メディアも、それと同じ報道をしていますから)、そう考えても当然とも言えます。
 しかし、少しでも注意深くアメリカの選挙情勢を見ていれば、ヒラリー優勢という報道がまったく捏造されたものであることは、民主党の対抗馬であったサンダース候補の主張がアメリカ国民の心を捉え、破竹の勢いでヒラリー女史を追い上げていたことでも明らかでした。
 しかもアメリカ各地で不正選挙がおこなわれ、それがサンダース候補の進路を阻んでいたことは、私のブログでも指摘したとおりです。
 ですから大手メディアがサンダース候補の主張を正しく伝え、民主党幹部による選挙の不正を大胆に暴いていれば、今の選挙戦はまったく違ったもの(サンダース対トランプという構図)になっていたでしょう。
 しかしサンダースの主張や民主党幹部による選挙の不正は、弱小の代替メディアによってしか伝えられてきませんでしたから(そして最終的にはサンダース候補が勢いを増しつつあった支持者を裏切るかたちで選挙戦を途中で降りてしまいましたから)、アメリカ国民には、最悪の選択肢しか残されなくなりました。
 つまり「ヒラリー対トランプ」「より悪いのはどちらか」という選択肢しか残されなくなったのです。
 日本人にとって一般的なイメージは、「民主党=リベラル、進歩的」「共和党=右翼、保守的」ですから、その進歩的陣営の代表であるヒラリー・クリントンのどこが問題かと思われるかも知れません。
 残念なことに、NHKを初めとする日本の大手メディアもそのような報道をしていますから、私の知っているかぎり、進歩的知識人と言われる大学教師もほとんど同じ認識です。この英光社の教材を編集した人物(鈴木邦成)も、調べてみると「物流エコノミスト、日本大学教授」という肩書きが付いていました。
 ヒラリー女史のどこか問題なのか、その詳しい説明をしていると長くなりますので、それについては次回のブログにゆずりますが、「ヒラリー・クリントンという人物は、大統領になったときには、世界平和にとって、ドナルド・トランプよりもはるかに危険な人物になるだろう」ということだけをここでは指摘しておきたいと思います。


ところで、この英光社の教材には、「ヒラリー・クリントン大統領就任演説」だけでなく、「オバマ大統領の広島での演説全文」まで収録されています。そして上記写真の最後に宣伝文句として、「またオバマの広島での歴史的なスピ―チ(2016.5.27)も貴重です」と書かれています。
 しかし、このオバマ大統領の広島演説はノーベル平和賞の受賞演説にまさるとも劣らぬ偽善的なものでした。それを私は物理化学者・藤永茂氏の言を引用しつつ、ブログで次のように書きました。
 

・・・・・藤永氏は上記の引用に続けて、「ノーベル平和賞を受賞することになったプラハ講演で、核廃絶を悲願としてきた日本人の心をメロメロにしてしまったバラク・オバマという人物が、政治家として「稀代の大嘘つき」「稀代のコン・マン」(コンフィデンス・マン=詐欺師)であることを、これほど冷徹な筆致で断定した文章は、ざらには見当たらないでしょう」と述べています。
 あの温厚な藤永氏が、オバマ氏のことを「稀代の大嘘つき」「稀代のコン・マン」と述べていて驚かされましたが、それほど藤永氏の怒りが大きかったことを、この言葉遣いが示しているように思います。
 ところが、日本の大手メディアは、このような怒りをオバマ氏にたいして示すことは、ほとんどありませんでした。むしろ、その逆だったのです。「広島を訪問するアメリカ史上初の大統領」というわけです。
*オバマとは誰か―「アメリカ大統領による史上初の広島訪問」を考える
http://tacktaka.blog.fc2.com/blog-entry-261.html (2016/05/21)


 ところが、英光社の編集部は、大手メディアの宣伝どおりに、オバマ大統領の広島演説を「歴史に残る名演説」として教材化し、間違った観念を学生の頭にすり込もうとしているのです。
 もちろん編集部は意図的にそうしているわけではないでしょうが、結果的に果たす役割は同じことです。むしろ「名演説を通じて英語を学ばせる最良の教材」という善意でやっているからこそ、逆に罪が深いとも言えるでしょう。
 というのは、意図的についた嘘というのは、「大量破壊兵器を口実としたイラク侵略」をみれば分かるように、意外と簡単にボロが出るものですが、本気で信じた嘘というものは、その本人からはボロが出にくいからです。
 これは、この本の編集者である鈴木邦成氏についても、同じことが言えるでしょう。たぶん鈴木氏も意図的に嘘をつこうと思ってこの教材を編集したわけではないでしょう。
 しかし、拙著『英語教育が亡びるとき――「英語で授業」のイデオロギー』で、私はしばしば「英語読みのアメリカ知らず」について言及しました。
 また有名な英文学者・中野好夫氏は、「英語大好き人間を『英語バカ』にする不思議な魔力」を英語という言語はもっている――という趣旨の発言をされたことがあります。
 上記のような教材を編集されるからには、鈴木邦成氏は英語がよくおできになるかただと思うのですが、私にはたぶん鈴木氏も同じ過ちに陥っているような気がします。
 というのは、英語関係の出版社としては老舗(しにせ)である研究社でさえ、やはり2017年度の教材として、下記のようなCD付きの教材を売り出しているからです。


研究社2017 「アメリカの名演説」


 ご覧のとおり、これにも、「俳優・政治家らの名演説を読んで聴いて、読解力・聴解力向上をはかろう!」という謳(うた)い文句で、ヒラリー・クリントンやバラク・オバマといった人物の演説が、みごとに収録されています。
 研究社という出版社は、もっと見識ある出版社だと思っていただけに、これは本当に残念なことです。
 このような状態が続くかぎり、日本は永遠にアメリカの属国状態から抜け出ることはできないでしょう。英語学習に打ち込めば打ち込むほど間違ったアメリカ観が刷り込まれていくのですから。


 とは言っても、「ヒラリー・クリントンとは誰か」「ヒラリーとはどんな過去を背負ってきた人物か」を説明しないかぎり、これまで私が述べてきたことは充分に納得してもらえないでしょう。
 そこで次回のブログでは、私の気力・体力が許すかぎり、この点について詳述したいと思います。一回では終わることができず連載になるかも知れません。


<註1> 下記のブログ「オバマとは誰か」については、その続編を9日後(2016/06/30)に書いています。併せて読んでいただければ、私の言っていることの趣旨をもっと理解していただけるのではないかと思います。
*オバマとは誰か―「アメリカ大統領による史上初の広島訪問」を考える
http://tacktaka.blog.fc2.com/blog-entry-261.html (2016/05/21)
*オバマ大統領の広島訪問、物理化学者・藤永茂氏いわく「稀代のコン・マン=詐欺師」
http://tacktaka.blog.fc2.com/blog-entry-265.html (2016/06/30)

<註2> 日本が敗戦したあとに占領軍として乗り込んできたアメリカは、「留学と英語教育」を武器として、京都大学をひとつの拠点としながら、日本人の洗脳工作に取り組みました。その経過を私は下記の拙著『英語で大学が亡びるとき』第2章第3節で詳細に紹介しました。
    「対日文化工作」としての英語教育―京都大学の「国際化」路線を、歴史的視点で再考する
 時間がある方は、上記の文献も参照していただければ有り難いと思います。そうすれば、今の日本が「英語で授業」という新指導要領に縛られたり、文科省の言う「国際化」という口実で、旧制帝国大学だけでなく、少なからぬ国立大学や私立大学が、専門科目や大学院どころか教養科目までも英語漬けにされている実状(その危険性)を理解していただけるものと思っています。




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ジョン・ピルジャー「タリバンを育てたアメリカ」その3

国際教育2016/09/30、ジョン・ピルジャー、タリバン(神学生)、ムジャヒディン(聖戦士)、アフガン人民革命1978、ズビグニェフ・ブレジンスキー、「サイクロン作戦」

カーター「人権」大統領とブレジンスキー(写真中央)
brzinskiCarter.jpg
http://www.bibliotecapleyades.net/sociopolitica/sociopol_brzezinski06.htm


前回と前々回のブログで、ジョン・ピルジャーの論考を紹介しながら、英語教育の現場で、ノーベル平和賞受賞者マララの受賞演説を使うことの意味を考えてきました。
 前回のピルジャーの論考を読むと、次のような驚くべき事実が「ムジャヒディンとタリバンの誕生」の裏に隠されていたことが分かります。

(1)王制独裁国家を革命によって放逐して生まれた新生世俗国家アフガンの問題点は、この革命に旧ソ連が関与した事実はなかったにもかわらず、それをソ連のしわざだとして、アメリカは政権転覆をはかった。
(2)旧ソ連はいわゆる「共産主義国家」だから、改めて「悪魔化」する必要はなかった。アメリカでは共産主義を「悪の権化」とする宣伝が行きわたっていたからである。だから喜劇俳優として有名だったチャプリンすら共産主義者としてアメリカから放逐された。
(3)今ではノーベル平和賞の受賞者として「人権大統領」と呼ばれているジミー・カーターが、実は、アフガニスタンで最初の世俗的非宗教的な進歩政権(つまりイスラム原理主義に基づかない政府)を打倒する秘密工作にゴーサインを出した。
(4)この秘密工作の立案者ズビグニェフ・ブレジンスキー国家安全保障問題担当補佐官の本音は、アフガンの進歩政権が打ち出す政策が成功したならば、それが近隣諸国の「前例となる可能性」があり、アメリカにとって脅威になると考えられたからだった。
(5)ブレジンスキーの計画は、中央アジア全体にイスラム原理主義を広げることでソ連を「不安定化させ」、彼が回想録に書いている言葉でいえば、「ムスリムの反乱」を創りだすことだった。
(6)カーター大統領が秘密転覆工作を許可したのは、一九七九年七月三日であり、ソ連がアフガンの進歩的政権から要請を受けてアフガニスタン侵攻したのは、それから六か月後のことだった。こうしてソ連はブレジンスキーの罠にはまり、崩壊の一因となった。
(7)つまり、ソ連がアフガンを侵略したから、アメリカが原理主義勢力(ムジャヒディン諸派)を支援したのではなかった。大量の資金援助・武器援助と軍事訓練を受けた原理主義勢力に耐えかねてアフガン政府がソ連に援助を要請したのだった。
(8)一九八六年にCIA長官ウィリアム・ケーシーは、パキスタン情報機関ISIが世界中から若者を募集してアフガニスタンの「聖戦」に参加させるという計画の実施を支援した。一九八二年から一九九二年までの間に十万人の若者がパキスタンで訓練された。
(9)パキスタンでは、CIAと英国のMI6によって「イスラム聖戦士」の訓練キャンプが運営され、英国のSAS(陸軍特殊空挺部隊)が未来のアルカイダやタリバンの戦士たちに爆弾製造技術を初めとして、さまざまなテロ技術を訓練した。
(10)ニューヨークのブルックリンにあるイスラム大学でリクルートされた学生は、ヴァージニア州のCIAキャンプで準軍事的な訓練を受けた。これは「サイクロン作戦」と名づけられていた。

 以上のような事実は日本の大手メディアで全く報じられることはありませんでしたから、多くの日本人はその事実を知りません。恥ずかしながら、この私もピルジャーの本『世界の新しい支配者たち』を読むまでは、知らなかった事実が多くありました。
 たとえば、アフガンの政権転覆のため、イスラム聖戦士の勧誘と訓練がパキスタンの情報機関ISIによっておこなわれ、それにCIAだけでなく英国の情報機関MI6とSAS(陸軍特殊空挺部隊)が関わっていたことです。
 これは、英国がアメリカの番犬(プードル犬)と化していることを彷彿とさせるものでした。かつての大英帝国が今はアメリカの手下として働いているわけで、かつての大日本帝国が今はアメリカの番犬になっている実態とイメージが重なってきます。
 もっと驚いたことは、「サイクロン作戦」と名付けられた軍事訓練で、ニューヨークのブルックリンにあるイスラム大学で勧誘された学生が、ヴァージニア州のCIAキャンプで準軍事的な訓練を受けたという事実でした。アメリカは国内で仕入れたテロリストをアフガンに輸出していたのです!
 今もシリアでは、外国(サウジアラビアを初めとする湾岸の独裁王制国家およびアメリカとNATO諸国)から次々と原理主義集団や特殊部隊が送り込まれていて、それにアサド政権が耐えかねてロシアに支援を要請して新しい展開が始まっているわけですが、これもロシアをシリア内戦に引きずり込んで崩壊させる作戦の一環かも知れない、との疑いも出てきます。
 当時のアフガニスタンでは、原理主義集団一派の頭目、たとえばグルブディン・ヘクマティヤルのような男たちは、CIAから数百万ドルを受け取り、「大麻の取引」と「ベール着用を拒んだ女性の顔に酸をかけること」を特技としていたにもかかわらず、彼は、一九八六年、ロンドンに招かれて、サッチャー首相から「自由の戦士」として賞賛されていたのです。
 これもアメリカやNATO諸国のいう「人道主義的介入」「人道的軍事主義」の実態がいかなるものであったか、それを如実に示す例のひとつですが、同じことはシリアでも展開されました。化学兵器でシリア国民を残酷に殺傷しておきながら、その責任をアサド政権になすりつけるという離れ業を演じています。(イラクの大量破壊兵器と同じように、この嘘もすぐに暴露されてしまいました。)
 それはともかく、一九九二年、人民民主党政権が最終的に崩壊したとき、西欧のお気に入りの軍閥の首領グルプディン・ヘクマティヤルは、アメリカが供給したミサイルの雨をカブールに降らせ、二千人を殺戯し、他の派閥も最終的に彼が首相となることを承認しました。
 こうして、人民民主党政権が続いた一九七八年から一九九二年の間に、ワシントンは四〇億ドルをムジャヒディン(イスラム聖戦士)の各派に注ぎ込んだのでした。
 ちなみに、一九八九年にソ連軍がアフガニスタンを撤退した後になっても、アメリカはパキスタンを拠点にして、原理主義集団にさまざまなテロ技術の訓練を続け、ソ連が崩壊したのは一九九一年のことでした。
 そして、ソ連からの援助を失った人民民主党政権が最終的に崩壊したのは、ソ連崩壊の翌年、すなわち一九九二年で、政権最後の大統領モハメッド・ナジブラーの末路は、ピルジャーによれば、次のような、ひとをゾッとさせるようなものでした。公開処刑による惨殺です。
 「人民民主党の最後の大統領、モハメッド・ナジブラーは、国連総会に対して必死に助けを求め、カブールの国連施設の敷地内に避難した。ナジブラーは、一九九六年にタリバーンが政権を樹立するまで、その国連施設にとどまっていた。タリバーンは、このナジブラーを街灯に縛り首にした。」

<註> 私がアフガンを訪れたのは、二〇〇三年の八月二〇~三〇日のことでした。ちょうどアメリカによる空爆が終わってアフガンに一時的な平和がもどってきた時でした。元UNESCO職員だった千葉氏(学会理事、国際基督教大学ICU教授)が企画・引率した日本国際理解教育学会のスタディツアーに参加したのです。
 そのとき、千葉氏の教え子が、国連総合開発計画(UNDP:United Nations Development Programme)の職員として、アフガンの首都カブールの事務所に勤めているというので表敬訪問しました。話が偶然タリバン政権が出来る前のことに移ったとき、「ここで当時の大統領ナジブラーが縛り首にされたんですよ」という説明がありました。
 その頃の私は、アフガンがたどってきた歴史に疎くて、何のことかよく分からなかったのですが、いまピルジャー記者の上記説明を読んで、そのときのことがありありと記憶によみがえってきたのでした。私のアフガン訪問記は下記にありますので。興味がある方は参照ください。

アフガニスタン訪問記(1) 8月20-21日
http://takalab.web.fc2.com/afgan20030820.pdf
アフガニスタン訪問記(2) 8月23-25日
http://takalab.web.fc2.com/afghan2international3education031025.pdf
アフガニスタン訪問記(3) 8月26-29日
http://takalab.web.fc2.com/afghan3.pdf


 もうひとつ私がここで特筆しておきたいのは、ムジャヒディンと呼ばれるイスラム原理主義集団をつくりあげたブレジンスキーが、その結果として、アフガンだけでなく中東一帯(ひいては現在のNATO諸国)の、現在の混乱状態をつくりあげた責任をまったく自覚していないことです。
 たとえば、ブレジンスキーは、「アフガンのイスラムはワシントンが作り上げた」ことを認めつつ、フランスの「ラ・ヌーヴェル・オブゼルヴァチュール紙」(一九九八年一月十五~二十一日)のイタビューに答えて次のように語っているのです。

 Q: ソ連が、軍事介入はアメリカのアフガニスタンへの秘密工作と戦うために正当であると名言した時、だれもその言い分を信じなかった。しかし、それは基本的に真実を含んでいたのですね。今、何か後悔するところはないのですか?
  ブ: 何を後悔しろと? 秘密作戦はすばらしいアイディアだった。結果として、ソ連をアフガンの罠へと引き寄せたのだ。それを後悔しろと? ソ連が公式に国境線を越えた日に、私はカーター大統領へ、こう手紙を書いた。「今、ソ連に彼らのベトナム戦争を始めさせるチャンスを得ました。」事実、それからほぼ10年に渡って、モスクワは自国の政府の手に負えない戦争を遂行しなければならなくなった。対立はソ連帝国を混乱におとしいれ、最終的に崩壊をもたらした。
 Q: イスラム原理主義を支持したことも、未来のテロリストに武器と助言を与えたことも後悔していないのですね。
 ブ: 世界史にとって、一番大事なのは何か。タリバンと、ソ連帝国の崩壊のどちらが大事だ? 訳のわからんイスラム教徒と、中央ヨーロッパの解放・冷戦の終結のどちらだ?
 http://www.ne.jp/asahi/home/enviro/news/peace/blum-J


 アメリカとNATO軍がユーゴ爆撃を開始し(一九九九年二月二十四日)たくさんの死傷者を出して、ユーゴは解体に追い込まれたのですが、ユーゴスラビアを「悪魔化」する宣伝が一九九二年から始まっていたことは、以前の下記ブログで紹介しました。
「戦争が先、口実は後 ―― 元ユーゴスラビア大統領ミロシェヴィッチへの無罪判決は何を語っているか(続)」 http://tacktaka.blog.fc2.com/blog-entry-270.html (2018/09/14)
 このユーゴの場合と同じように、アフガンの場合もソ連が軍事侵攻したから、アフガン民衆の抵抗運動を支援するために、イスラム原理主義集団を傭兵として組織し、戦闘に従事させたわけですが、「秘密工作は成功した。そのどこが悪い?」とブレジンスキーは強弁しています。
 何度も言いますが、「戦争がさき、口実はあと」なのです。戦争を起こしアメリカの世界制覇を実現するのが目的であり、戦争の口実はあとでつくられるのです。というよりも、戦争をおこすための口実づくりは、その五年も一〇年も前から始まっているのです。先にも述べたとおり、ユーゴスラビアを「悪魔化」する宣伝は七年前の一九九二年から始まっていました。
 ブレジンスキーは、彼のいう「訳のわからんイスラム教徒」が、その後、タリバンとなり、女性でも大学に行ける国を作り始めていたのに、それを真っ向から破壊したこと、彼がサウジアラビアなど中東の王制独裁国家だけでなく東アジアなど世界各地から若者を勧誘した原理主義集団のなかに、有名なビン・ラディンも入っていたことはまったく眼中に入っていないようです。
 「一九八六年にCIA長官ウィリアム・ケーシーは、パキスタン情報機関ISIが世界中から若者を募集してアフガニスタンの「聖戦」に参加させるという計画の実施を支援した。一九八二年から一九九二年までの間に十万人の若者がパキスタンで訓練された。」(ピルジャー)
 もっとも、ビン・ラディンは、CIAの要員であったらしいこと、ブレジンスキーが計画し組織したイスラム原理主義集団は、のちに「アル・カイダ」と呼ばれるものになるわけですが、これも実は、イギリスのロビン・クック元外相によれば、「CIAから訓練を受けた「ムジャヒディン」のコンピュータ・ファイルであり、戦闘集団ではない」ということは、今では少しずつ世間に知られるようになってきています。
 たとえば櫻井ジャーナル(2016.06.20)は次のように書いています。

 現在、アメリカが「穏健派」扱いしているアル・カイダ系武装集団だが、2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターとワシントンDCの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃された(9/11)直後、ジョージ・W・ブッシュ政権は「アル・カイダ」なるものが実行したと断定、「テロリスト」の象徴にした。
 しかし、イギリスのロビン・クック元外相が指摘したように、「アル・カイダ」とはCIAから訓練を受けた「ムジャヒディン」のコンピュータ・ファイル(*1)であり、戦闘集団ではない。アル・カイダはアラビア語で「ベース」を意味、「データベース」の訳としても使われている。つまり、傭兵の登録リストだ。そうした意味で、ダーイッシュも実態は同じ。
 リビアで地上軍の主力だったのはアル・カイダ系武装集団のLIFG(*2)だったが、シリアの場合はアル・ヌスラが中心。ただ、リビアのムアンマル・アル・カダフィ体制が2011年10月に倒された直後から戦闘員と一緒に武器/兵器をシリアへ運んでいるので、実態は同じ。つけられたタグが違うだけだ。アメリカ軍の情報機関DIA(国防情報局)で2012年8月に作成された報告書(*3)によると、アル・ヌスラはAQIがシリアで活動するときに使う名称にすぎない。

(*1)http://www.theguardian.com/uk/2005/jul/08/july7.development
(*2)http://www.telegraph.co.uk/news/worldnews/africaandindianocean/libya/8407047/Libyan-rebel-commander-admits-his-fighters-have-al-Qaeda-links.html
(*3)https://www.judicialwatch.org/wp-content/uploads/2015/05/Pg.-291-Pgs.-287-293-JW-v-DOD-and-State-14-812-DOD-Release-2015-04-10-final-version11.pdf


 つまり私がここで言いたかったのは、以上のような事実を見れば分かるように、アフガンやパキスタンで、タリバンが跋扈(ばっこ)して女子教育を脅かしているのは、実はタリバンのせいではなく、アメリカが元凶だということです。
 そのことを抜きに授業でマララの国連演説やノーベル賞受賞演説をとりあげることは、二重の意味で危険性を伴うということです。
 第一は、アフガニスタンではアメリカが育てたムジャヒディン(それ軍撤退のあと内乱となり、彼らの一派がタリバンになる)が、アフガンでは人民民主党政権のもとで女性でも大学に行けるようになっていた事実を覆い隠す役割を果たす危険性があるということです。
 第二は、アメリカが育てたイスラム原理主義勢力が人民民主党政権を崩壊させ、そのあとに、グルブディン・ヘクマティヤルのような男が首相になることを認めてアフガンを引き払ったのです。
 ピルジャーは先の翻訳でも紹介したように、次のように書いていました。
 「ワシントンは地球上でもっとも残虐な狂信者の一部とのファウスト的な取引を始めたのだった。グルブディン・ヘクマティヤルのような男たちがCIAから数百万ドルを受け取ったのである。ヘクマティヤルの特技は、大麻の取引と、ベール着用を拒んだ女性の顔に酸をかけることだった。」
 ところがマララ演説を教材にすることは、このような事実を逆に描き出すことになりかねません。このような残虐な勢力と戦うためにアメリカとNATO軍はアフガンに駐留し、無人爆撃でテロリストを攻撃しているのだという筋書きが、無意識のうちに生徒の脳裏にすり込まれていく恐れがあるからです。
 もちろん優れた英語教師ならば、このマララ演説を逆に利用することによって、いま世界が置かれている現実を鋭く見抜く生徒を育てる最高の機会にするかも知れません。しかし現場教師が置かれている労働環境は極めて厳しく、以上で述べてきたような事実を調べたり、そのような資料をつくって配布する時間的ゆとりがほとんどありません。
 この私の紹介した翻訳、そしてこの私の拙い(つたない)解説が、そのためのささやかな資料として役立つことを願ってやみません。
 
<註1> 国際教育総合文化研究所「寺島研究室HP」には次の資料も載せてあります。時間と興味がある方は、ぜひ覗いてみてください。
Peaceful Tomorrows(編)、岩間龍男・寺島隆吉(訳)『アフガニスタン 悲しみの肖像画:米国の爆撃による罪のない民間人犠牲者たち』の出版解説、

<註2> フランスの「ラ・ヌーヴェル・オブゼルヴァチュール紙」による、カーター元大統領の国家安全保障問題特別担当補佐官だったジノビエフ・ブレジンスキーへのインタビュー(1998年1月15~21日)の翻訳全文は下記に載っています。
ブレジンスキー氏 「アフガンのイスラムはワシントンが作り上げた」



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Author:狐狸庵居士(田舎の国立大学を2010年に定年退職)

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