偽旗報道(Fake News)を考える、その1――トランプ大統領の就任式にあたって

アメリカ理解(2017/01/23)、偽旗報道FakeNews、セス・リッチ、マイケル・フリン、国家安全保障局NSA(National Security Agency)、国防情報局DIA(Defense Intelligence Agency)


不審な死を遂げた民主党職員セス・リッチ(左)。彼がウィキリークスの創始者アサンジ(右)に情報を?
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http://yournewswire.com/wikileaks-seth-rich-leaked-clinton-emails/


 トランプ大統領の就任式をめぐって世論が沸騰しているようです。私が配信登録をしているOurPlanet-TVという独立メディアでも、その「メールマガジン」(2017年1月13日)の編集後記に次のようなコメントが載っていました。
 

何かとお騒がせなトランプ次期米大統領。11日に開かれた当選後初の記者会見で、CNNのリポーターからの質問を拒否。CNNを“Fake News”とまでこき下ろし、自身に都合悪い報道をするメディアに対する敵対心をあらわにしています。1月20日に控えている大統領就任式、オバマ大統領の就任式ではアレサ・フランクリンや、ビヨンセが登場し盛り上がりましたが、今回の就任式はミュージシャンにことごとく断わられて困っているようです…。さみし~い就任式になるのでしょうか。またトンデモ発言で自ら盛り上げそうですが。
 一方、退任間近のオバマ大統領は12日、ジョー・バイデン副大統領に米国で最高の栄誉「大統領自由勲章」をサプライズで授与。何も知らされていなかったバイデン氏が、涙を流して感激する映像からは、これまで築いてきたふたりの絆を感じ、じ~んとしてしまいました。ホワイトハウスのオバマ&バイデンの“Bromance=ブロマンス”(男同士の厚い友情を表す言葉)はネットでも度々話題になりましたが、もう見られないと思うと、寂しい!(高木)
http://melma.com/backnumber_122815_6473265/、発行日:1/13


 上記の編集後記を読むかぎり、執筆者の高木さんは、CNNという大手メデイアが今まで“Fake News”(偽旗報道)をしてこなかったという認識のようです。
 しかしCNNは他の大手メディアと同じく、「トランプはロシア大統領プーチンの操り人形だ」という根拠のない報道を繰りかえしてきたのですから、トランプ氏が "You are Fake News."と言って質問を拒否したのは、ある意味で当然のことでした。
 それとも高木さんは、CNNなど大手メディアが今回の大統領選では不偏不党の仮面をかなぐり捨てて「ヒラリー支持一色」「トランプ叩きに終始」してきた事実を知らないのでしょうか。これでは権力に媚びないことを表看板にして活動してきたOurPlanetという「独立メディア」の名に傷がつきはしないでしょうか。
 これは、高木さんの次のようなコメントにもよく現れています。
 「ホワイトハウスのオバマ&バイデンの“Bromance=ブロマンス”(男同士の厚い友情を表す言葉)はネットでも度々話題になりましたが、もう見られないと思うと、寂しい!」
 オバマ大統領がジョー・バイデン副大統領に米国で最高の栄誉「大統領自由勲章」をサプライズで授与したからといって、それを次のように述べるに至っては、「権力に媚びないはずの批判精神はどこに消えてしまったのか」と唖然としてしまいました。
 「何も知らされていなかったバイデン氏が、涙を流して感激する映像からは、これまで築いてきたふたりの絆を感じ、じ~んとしてしまいました。」 
 自民党の安倍首相が副総理の麻生太郎に、何かの栄誉賞をとつぜん授与したからといって、それを「男同士の厚い友情」を示したもの感激するというのは、たぶん自民党の支持者でさえ、単なるテレビ映りを意識した見世物としてしか受け止めないのではないでしょうか。
 まして「テロと戦い自由と民主主義を回復する」という名の下に、パキスタンやアフガニスタンで無人機よる殺人行為をくりかえし、殺された人の大半が無実の一般市民だったことにたまりかねて、ノーベル平和賞を受賞された少女マララから、「無人機よる殺人行為はやめてください」と強く抗議された人物が、それに積極的協力を惜しまなかったバイデン氏に「自由勲章」をおくるなどというのは、偽善以外の何ものでもありません。
 日本では左派=民主的陣営と見なされているはずのOurPlanet-TVでさえ、このような認識なのですから、普通の日本人がオバマ礼賛になっても仕方がないでしょう。日本の大手メディアはアメリカ追随の報道しかしないのですから、これも仕方がないとも言えますが、何度も言うように、権力に媚びず批判精神を貫くものとして設立されたはずの独立メディアがこのような状態では、日本の未来はどうなることかと気が遠くなってしまいます。

 私は、ブログを書いていても、時々このような絶望感に襲われることがあるのですが、それでも私が書いていることに何らかの反響があると元気が出てきて、72歳の老軀にむち打って何とか書き続けようという気になります。
 そのような反響のひとつが、既にこのブログで紹介した「フランス在住のFさん(女性)から届いた便り」でした。
*「ヒラリー・クリントンとは誰か」その後、読者からの反響(2)
http://tacktaka.blog.fc2.com/blog-entry-278.html
 このFさんからの便りにたいして、私が次のブログ=「ヒラリー・クリントンとは誰か」その後、読者からの反響(3)を書いたところ、再びFさんから昨年末に次のような便りをいただきました。

> 拝復、ご不幸がおありだったのですね。そんな中、お時間をとって返信してくださり、ありがとうございます。
> 私はFacebookをあまり信用していないので、これまで何も書いていませんが、最近、英語の情報に触れて知ったことを少しはシェアした方がいいのではないか、と思い始めました。
 ブログというのも面倒なので、今まで署名などのシェアしかしていないFacebookに思いきって書いてみました。オバマ大統領が始めた「ニセ情報」大宣伝を信じている人が少なからずいることが分かったためです。
 Facebookは確か、友人しか見られないと思いますので、以下、少し加筆したものを記載いたします。先生のご意見をお伺いできれば幸いです。
 先生は私より少しお年上であられるので、くれぐれもお体ご自愛くださり、良い年をお迎えくださいますように。


 この便りにたいして私は次のような返事を差し上げました。しかし新年になってもFさんに返事のブログを書く肉体的精神的ゆとりが生まれず、今に至ってしまいました。

 オバマ大統領が始めた「ニセ情報」大宣伝についての鋭い御意見、まったく賛同かつ感服しながら読ませていただきました。私も時間ができたらぜひ書いてみたいと思っていたテーマでした。
 今は長周新聞元旦号の原稿締切に追われていますので、これが終わったら是非とり組みたいと思っています。Fさんの意見を紹介しながら私見を展開できればと考えています。それまでお待ちいただければ有り難いと思います。
 今日は取りいそぎ御礼のみにて失礼します。


 しかし、トランプ大統領の就任式をめぐって、アメリカでは相変わらずFakeNewsが垂れ流され混乱が続いていますので、「OurPlanet-TVのメルマガと関わらせてFさんの意見を紹介しつつ私見を述べなくては」という強い思いが湧いてきました。
 そこで今回のブログではFさんが「Facebookに思いきって書いてみました」という記事をまず紹介し、それにたいする私の意見・コメントは次回に書くことにしました。
 私の意見は書き出すと長くなりそうですし、Fさんの意見は、私のコメントなしでも、それ単独で紹介する値打ちが充分にあるものと考えたからです。以下が、そのFさんの意見です。


 このところ、オバマ大統領は有終の美を飾るどころか、大変な醜態を見せている。今回の大統領選で、⑴ ロシアが情報をハッキングしてトランプを当選させた、⑵ 多くのニセ情報サイトが投票を左右した、という「言いがかり」が、オバマ大統領の仕事納めになろうとは。
 2008年秋、パリ民主党支持者会が催したオバマ・パーティーに参加し、徹夜で選挙結果を見守り歓喜したものとして、非常に残念に思う(ちなみに今年、フランス民主党支持者会はクリントン候補に決まった後、いっさい活動しなかった。サイトは更新されず、通常なら、トランプを落とそう、とキャンペーンするはずのサイトなのに)。
 面白いことに、オバマ大統領はロシアのハッカーの仕業にすることで、少なくともウィキリークスが流した情報は偽でなく本当であった、ということを認めている。また、アメリカ人がアホな差別主義者だからトランプに投票したわけではない、クリントンが敗北を喫したのは、多くの投票者がインターネットで、大メディアが流さない(クリントンに都合の悪い)「ニセ」情報を読んだためだ、と正しく分析しているのだ。
 正しい情報を流す幾多のサイト、独立メディアを、「ニセ情報」として何の根拠も示さずに糾弾するのは、根拠なく「イラクに大量破壊兵器がある」と言い募ってそれを「世界の常識」にしてしまい、戦争を開始したジョージ・ブッシュJrのやり方によく似ている。
 ワシントンポスト紙が中心になって作ったニセ情報サイト・リストを見た。いい加減なサイトも入っているのだろうが、私が信頼する経済学者PCRのブログ、ゴールドマンサックスの不正を暴いて有名になった反ウォールストリート的なブログ(筆者はウォールストリート内部の人たち)、欧米の大手新聞のほとんど(日本の新聞は入っていない)がサポーターとして資金援助しているウィキリークスまで入っているので驚いた。大統領選終盤になって、悪魔祓いや子供生贄などというあまりにも荒唐無稽な反クリントン・サイトが登場した時、これはインターネット情報全般の信頼性を傷つけるために意図的に作られたものではないか、という疑いを持ったが、オバマ大統領が「ニセ情報サイト」を声高に叫んで世論誘導し始めた今、私のカンは当たっていたのではないかと思う。
 クリントンの「不都合な真実」を暴露したのは、ロシアによるハッキングではなく、アメリカのインタリジェンスや内情を知る人たちだったと私は思っている。ウィキリークスのアサンジも「(ヒラリーと選対委員長ポデスタのeメールは)ロシアからではない、内部からのものだ」と答えている。民主党の投票担当セス・リッチがこの8月、背後から数弾撃ちこまれて殺された時、犯人につながる情報に対して2万ドルの賞金を出す、とウィキリークスが即座に発表したのは興味ふかい。
 警察は、何も盗られていないのに強盗殺人として単純に処理した。ウィキリークスのアサンジのインタビューを見たが、「リッチが情報源だったのか」と聞かれた時、「それには答えられない...が、情報源は身の危険にさらされている。それを守らなければならない」と苦し紛れに答えて、リッチが情報源だったと暗に認めた様子である。
 リッチはサンダース支持者だったので、民主党の候補者選出時に行われた不正に義憤を感じて情報を流し、生かしておけばもっともっと不都合な情報が流される、ということで殺されたのだろうか。
 インタリジェンスと一口に言っても、アメリカにはCIAのほか、軍の防衛インタリジェンス(DIA)、スノードンで知られるようになったNSAなど16組織もある。CIAは情報収集にとどまらず、隠密作戦を許され、アメリカの言いなりにならない他国政府の転覆などにも従事できるし盛大にやってきたが、DIAは、アメリカに対する軍事的な脅威を知るための情報収集を行う、どちらかというとストレートな情報機関だ。いち早くヒラリー支持を表明したCIAは、ロシアという敵がいてこそ存在意義がある機関だから、ロシアと戦いたいヒラリーを推すのは当然だった。
 一方のDIAは、イスラム国打倒よりアサド政権打倒を優先するオバマ大統領と衝突して、フリン長官が退任したように、シリア問題を解決するにはロシアと協力しあわなければならない、と考えるインタリジェンス関係者が他にもいたようだ。DIAかNSAのどちらかは忘れたが、実名、顔を出して元エージェントがビデオ・インタビューでこうした見解を述べるのを見たことがある。こういった人達からクリントンにまつわる「不都合な真実」が意図的に流された可能性はおおいにある。
 私がここで言いたいのは、根拠なしの「世論誘導」にはよくよく注意をはらわなければならない、ということだ。まずは疑ってかかろう。

 先に紹介したFさんからのメールには「私はFacebookをあまり信用していないので、これまで何も書いていませんが、最近、英語の情報に触れて知ったことを少しはシェアした方がいいのではないか、と思い始めました」とありました。
 これを読むと、「フランス在住でありながら英語の情報も読み解くことのできる素晴らしい女性」というイメージが浮かんできます。
 私は、フランス語どころか英語すらも自由に会話や読み書きできず、拙著『英語教育原論』(明石書店)でも書いたように、学生には「英語ができたら英語教師などしていない。英語が得意なら大学時代の友人・知人のように商社・外交官・新聞社などに就職している」と言い続けてきました。
 ですからFさんがFacebookで書かれたことはかなり高度で、「経済学者PCR」とか「インタリジェンス(情報機関)のDIA、NSA」など、用いられている用語については少し解説が必要だと感じました。そこで以下では、幾つかの用語の注釈のみに止めて、このFさんの意見にたいするコメントは、先述したように次回にしたいと思います。

<註1> 経済学者PCR
 Paul Craig Robertsは、元アメリカ政府高官(経済政策担当の財務次官補)。ウオール・ストリート・ジャーナルの元共同編集者。ビジネス・ウィーク、スクリプス・ハワード・ニュー ズ・サービス、クリエーターズ・シンジケートの元コラムニスト。彼は多数の大学で教えたこともあり、氏のブログは下記で読むことができます。
http://www.paulcraigroberts.org/
<註2> ワシントンポスト紙が中心になって作った「ニセ情報」サイトのリスト
 アメリカで発行部数第5位の新聞であるワシントン・ポストは、「偽ニュースを拡散させるロシアのプロパガンダサイト」として、200以上のウェブサイトの名を連ねたブラックリストについて報じました。このリストを作成したサイトPropOrNotについて、ワシントン・ポストは、「外交政策、軍事的、技術的背景を持つ無党派の研究者集団」によって開設されたものと説明していますが、どこの団体に所属する何という研究者グループであるかは伏せられていること、リストにウェブサイトを掲載する基準が不明瞭であることで、Glenn Greewaildなど著名な独立ジャーナリストから、「ワシントン・ポストの記事は恥ずべきものである」として批判されています。200のリストは下記で見ることができます。http://www.propornot.com/p/the-list.html
<註3> アメリカの情報機関NSA, DIA
 アメリカの情報機関として最も有名なのは悪評高いCIAですが、NSA(アメリカ国家安全保障局National Security Agency)は、通信傍受・盗聴・暗号解読などの「信号情報」活動を担当する国防総省の情報機関で、CIAよりはるかに巨大な組織です。ロシアに亡命しているスノーデン氏が、この機関がアメリカのみならず世界中の個人・組織を違法に盗聴していることを暴露して、その存在を知られることになりました。他方、DIA(アメリカ国防情報局Defense Intelligence Agency)も、国防総省の諜報機関ですが、軍事情報を専門に収集・調整する機関です。このたび、トランプ大統領によって国家安全保障を担当する大統領補佐官に指名されたマイケル・フリンは、元国防情報局長官でした。櫻井ジャーナルによれば、フリンは、「シリアのイスラム過激派を敗北させるよりもアサド政権の打倒を優先している」とオバマ大統領を批判し、解任されていました。http://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/20170109/

 このような解説・注釈を書いていると切りがなくなるので、ここで打ち止めにしますが、いずれにしてもFさんのFake Newsに関する論評は、冒頭でも述べたとおり鋭く的確で、ただ感服するのみでした。
 そこで次回のブログでは、これに付け加えるかたちで、「今度の大統領選挙で本当は何が争われたのか」「大手メディア、とりわけCNNは何を報道してきたのか」「Fake Newsの筆頭として声高に批判されたRT(Russa Today)とは何か」などについて書く予定です。
 それにしても、アメリカの大手メディアが報道していることを、OurPlanet-TVのような日本の独立メディアまでが、そのまま鵜呑みして報道していることは、非常に深刻な事態というべきでしょう。


 
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書評 『寺島メソッド 英語アクティブラーニング』―求められているのは外面的な「能動学修」ではなく、批判的創造力を培う「脳動学習」

英語教育(2017/01/16)、マケレレ原則、マケレレ(ウガンダ)、ブリテン連邦会議、「英語で授業」、「ザルみず効果」

書評『寺島メソッド_英語アクティブラーニング』『英語教育が亡びるとき:「英語で授業」のイデオロギー』016_convert_20170116231540


  文部科学省は2016年2月2日、「読む・聞く・書く・話す」の4技能をみる中学3年対象の初めての英語力調査結果速報を発表しました。
 しかし、中学卒業段階で英検3級程度以上の英語力を持つ生徒の割合を2017年度までに50%以上にするという政府目標に対し、4技能とも2~4割にとどまっています。
 文科省は高校3年生9万人を抽出した2回目の英語力調査も行い、その結果も発表しました。しかし、4技能いずれの平均点も、英検3級程度の水準で、高卒時に英検準2級程度以上を50%にするという政府目標とは大きな差が出る結果となりました。
 私に言わせると、これは初めから予想されていたことです。英会話に偏重した授業では、私の言う「ザルみず効果」に終わることは目に見えています。憶えても使う機会がほとんどない日本では、いくら暗記しても脳に蓄積されていきません。「ザルに水を入れても溜まっていかないのと同じです。
 まして「日本語を使わずに英語だけで授業をする」という指導要領に従っているかぎり、生徒は教師の話す英語の説明が理解できないまま、会話のフレーズを暗記することだけを要求されますから、きちんとした読解力や作文力が授業で身につくはずもありません。むしろ学力は低下する恐れさえあります。
 このような事実を文科省も自覚したのでしょうか。文科省は「中学校・高等学校における英語教育の抜本的改善のための指導方法等に関する実証研究に係る計画書等の提出について」という通達(2016年3月31日付け)を全国の大学に送付し、英語教育を改善する方策の提言を求めました。
 しかし拙著『英語教育が亡びるとき:「英語で授業」のイデオロギー』(明石書店、2009)でも詳述し、予想したように、英語学力の低下は「英語で授業」という方針がもたらした結果なのですから、最も簡単な解決策は、「英語で授業」という間違った方針をやめさえすればよいのです。
 ところが恐ろしいことに、文科省は新指導要領で、中学校でも「日本語を使わずに英語だけで授業をする」ことを、新しい方針として提示しました。これでは、ますます日本の英語教育は荒廃していくでしょう。
 しかし、「英語で授業」は、前回のブログ(2017/01/09、書評『英語の帝国』)でも指摘したように、大英帝国が植民地政策を維持するためにうちたてた「マケレレ原則」そのものなのですから、これでは、日本の「英語教育が亡びるとき」どころか、日本そのものが「亡びるとき」になりかねません。
 文科省は当面の方策なのでしょうか、「英語アクティブラーニング」ということを声高に言い始めました。しかし、「英語で授業」という方針を維持したまま、それに「英語アクティブラーニング」なるものをいくら重ねても、間違った土壌の上に豊かな果実が実るはずがありません。
 とはいえ、このような事態を放置しておくわけにもいきません。そこで明石書店のすすめに従って、私が主宰する研究所のメンバーで、それにたいする対案を提示することにしました。それが昨年11月末に出版された『寺島メソッド 英語アクティブラーニング』という本です。
 幸いにも長周新聞(2016/12/28)がその書評を載せてくれましたので、それを以下に紹介させていただきます。
 本当は「緊迫する世界、混迷するアメリカ」についても書きたいことは多々あるのですが、そんなことをしていたら紹介が時期遅れになりそうなので、「監修者まえがき」併せて、以下にその書評を紹介させていただくことにしました。ご了解いただければ幸いです。

監修者まえがき

 このたび山田昇司先生の編集で『寺島メソッド、英語アクティブラーニング』が出版されることになり、喜びに堪えません。
 山田さんとのつきあいは、私が岐阜大学に赴任し、1986年に「記号研」という英語教育の実践的研究団体を起ち上げて以来ですから、もうすでに30年近くになります。
 しかし山田さんが、大阪外国語大学を出るとすぐ、「日本語を使わずに」「英語だけで授業をする」ことに熱意を燃やして初任校に赴任した、熱血教師だったことを、最近になるまで知りませんでした。
 外大在学中に英検一級に合格し、在学中もなるべく英語を使うように努力されていた山田先生ですから、その英語力を使って、英語の授業も日本語を使わずにやってみたいと思われたのは、たぶん自然な流れだったのでしょう。
 しかし私が岐阜大学に赴任して「記号研」を起ち上げ、月例研究会で実践報告をしていただいていた頃には、「英語だけ授業をしている」という報告を聞いたことがなかったので、初任校では英語だけで授業をしていたという話を聞いたときには本当に驚きました。
 というのは、山田さんは初任校から異動した次の学校では授業がなかなかうまくいかず困っていたときだったからです。そのときちょうど、私が高校教師から大学教師になり岐阜大学で「記号研」を起ち上げたのですから、今から思うと「記号研」は、まさに「渡りに船」(あるいは「駆け込み寺」)だったわけです。しかし当時の私は、このことを知るよしもありませんでした。

 私がこのことを知るきっかけになったのは、2012年の暮れ、宮城県立高校の佐々木先生(本書第7章)から「新しい指導要領の研究指定校になり、近隣学校の英語教師を集めた研修会を開くので、講演に来てほしい」との依頼を受けたからでした。当時の私は体調が優れなかったのと広島大学で講演をする予定だったこともあり、残念ながらお断りせざるを得ませんでした。
 そこで、すでに高校から大学に異動していた山田先生にピンチヒッターを御願いしたところ、「私は講演などしたことがないから無理です」と一度は断られたのですが、「自分がたどってきた軌跡と寺島メソッドによる現在の授業について語ってもらうだけでよいと佐々木先生も言っています」「あらかじめ原稿を書いていって読み上げればいいんですよ」「心配なら講演原稿は私が援助します」と言って引き受けてもらったのです。
 こうして私は、英語教師として山田さんのたどってきた軌跡「英語と私」を読んで初めて、山田先生が初任校で、文科省が言い出す38年も前に、「英語で授業」の先行実践をしていたことを知ったのでした。この講演に至る経過と講演内容は、その後、一冊にまとめられて『英語教育が甦えるとき―寺島メソッド授業革命』になりました。
 幸いにも、この本は地道な売れ行きを見せました。文科省が「英語で授業」を言い出したので、それにどう対処してよいのか困っている先生方に、この本が何らかのヒントになったからではないでしょうか。拙著『英語教育が亡びるとき―「英語で授業」のイデオロギー』が一種の理論書であるとすれば、山田さんの本が実践書になり、その相乗効果だったのかも知れません。

 それはともかく、山田さんの『英語教育が甦えるとき―寺島メソッド授業革命』が堅実な売れ行きを見せたからでしょうか、今度は拙宅を訪れた編集部から「寺島メソッドの概論書を出してほしい」との要求が山田さんあてに出されてきたのです。山田さんも私も、これには大いに驚かされました。というのは実践書と違って概論書というのは非常に書きづらいものだからです。
 そこで私たちの方が困惑しているうちに時間がたち、今度は編集部から、「いま文科省では、英語だけでなく全科目に『アクティブ・ラーニング』を要求するようになった。ついては『寺島メソッドで始めるアクティブ・ラーニング』といったような内容で、寺島メソッドを紹介する本というのはどうだろか」という新しい提案が出されてきました。
 文科省が今頃になって「アクティブ・ラーニング」などと言い出すと、今まで自分たちが出してきた指導要領は生徒を能動的学習者にすることに欠けていたことになり、自分たちの非を認めるようなことになりはしないかと心配になったのですが、指導要領を改訂するたびに学力が低下していく現状を何とかくいとめようとする努力の一環として受け止めることにしました。
 そこで山田さんと相談したところ、「寺島メソッドが『記号研』発足以来めざしてきたのは、まさに文科省の言うアクティブ・ラーニングそのものでした。生徒が寺島メソッドで『能動学修』をし、それが見かけ上の華やかさだけでなく、頭脳も充分に活性化して『脳動学習』になっていることは、これまでの30年の実績で充分に証明されているのではないでしょうか」という返事でした。
 そして、「寺島先生の監修=指導と援助さえいただければ何とか頑張ってみます」という返事をいただいたので、やっと今回の出版に漕ぎつけることができたのでした。
 最初は山田さんの単著という企画で出発したのですが、それが編著になったいきさつについては、序章に詳しく書いてあります。結果として、このほうが良かったと思っています。
 次々と指導要領が変わるたびに、それに翻弄され、心も体も疲れ切っているであろう現場の先生方に、本書が少しでも希望と活力を与える「水源地」になることを願ってやみません。

 最後になりましたが、私たちの細かな要求にも丁寧に対応していただき、編集部の森さんには本当にお世話になりました。この場を借りて厚く御礼を申し上げたいと思います。
( 2016年10月18日)



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書評『寺島メソッド 英語アクティブラーニング』長周新聞2016年12月28日(2)


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書評 『英語の帝国』 ― 植民地化の言語政策を自ら求めた文科省

書評(2017/01/09)、マケレレ(ウガンダ)、ブリテン連邦会議、マケレレ原則、ロバート・フィリプソン『言語帝国主義』

赤旗書評『英語の帝国』
                       出典:「読書文化欄」『しんぶん赤旗』2016年12月11日
 

 前回のブログでは、昨年末は講演や書評などの新聞原稿に追われて、ブログを書くどころか喪中ハガキすらも出しそびれてしまったお詫びを書きました。
 上記に掲げたのは、出典にも示したように、『しんぶん赤旗』の求めに応じて書いた、その書評です。660字という制約があったため非常に苦労しました。短い記事を書く方がはるかに難しいことを改めて実感しました。
 たとえば書評で私は次のように書きましたが、実はマケレレ会議で確認された原則は三つではなく五つでした。しかし字数の関係で、どうしてもその全てを紹介することはできませんでした。

というのは、一九六一年にウガンダのマケレレで開かれたブリテン連邦会議で、次のような信条が確認され、イングランド語を「英語の帝国」として拡大していく際の原則とみなされるようになったからである。
「英語は英語で教えるのがもっともよい」
「理想的な英語教師は英語を母語とする話者である」
「英語学習は早いにこしたことはない」…


 とはいえ、この三つを紹介するだけでも、私が主張したかった次の論点は、何とか読者には納得していただけるのではないかと思って、残りの二つの紹介は断念することにしました。

不幸なことに、旧植民地を大英帝国の属国として維持するためにまとめられた諸原則が、いま日本で小学校から大学にいたるまで大手を振ってまかりとおっているのである。


 では「残りの二つ」とはどんな内容だったのでしょうか。『英語の帝国』(200頁)によれば、それは次のような二項目でした。

「英語に接する時間は長いにこしたことはない」
「英語以外の言語の使用は英語の水準を低下させる」


 これもまた、いま文科省が導入しようしている英語教育政策そのものです。「英語に接する時間は長いにこしたことはない」という間違った論拠に従って、来年度から小学校英語は三年生から導入され、五年生からは「教科化」されるからです。
 このような風潮が続けば、あと数年もしないうちに「三年生から導入してもあまり教育効果が見られないから一年生から導入すべきだ」という声が強くなることは目に見えています。
 あまり教育効果が見られないのは、導入時期の問題ではなく、小学校英語というのは、その性格上、私の言う「ザルみず効果」に終わるしかないからです。
 拙著『英語教育原論』第三章「小学校の英語教育を再考する」で詳述したように、日常的に使う場のない日本では、丸暗記を強要された単語や言い回しは、「ザルに水を入れる」のと同じく、脳に溜まっていかないからです。
 しかも英語を丸暗記するのに浪費された膨大な時間は、小学校における他教科の時間を削減させることにつながり、必然的にノーベル賞を生み出した基礎学力、国語力や数学力といった基礎学力を低下させることにつながるでしょう。
 また、「英語以外の言語の使用は英語の水準を低下させる」という原則をひとつの口実として、大学では第二外国語の学習は必修から外されてしまいました。実際、私が定年まで勤務していた大学では、主として工学部から「教養科目でドイツ語や中国語をやる必要はない。英語だけ使えるようにしてくれればよい」という強い声がありました。
 こうして、それに代わって登場したのが文科省の「専門科目や大学院までも英語で教えろ」という政策でした。そして、このような方向で「国際化」をはかる大学に巨額の補助金を出すという、間違った「国際化=アメリカ化」が、いま強力に推進されているのです。
 そして他方で、全国の国立大学への交付金は毎年のように削減され、今では非常勤や期限付きの教員が全教員の過半数を占める勢いになってきています。
 これで、どうして腰を落ち着けて研究や教育に専念できるでしょうか。若手研究者は次の就職先を探すために多大な精力を割かねばならなくなるのですから。
 こうしていま日本では、「マケレレ会議の原則」「旧植民地を大英帝国の属国として維持するためにまとめられた諸原則」が、小学校から大学にいたるまで、大手を振ってまかりとおっているのです。そして、その究極の到達点を示したのが、TPPの調印文書だったのではないでしょうか。
 カナダ政府がケベック州の公用語がフランス語だという理由だけで仏語版の協定文書もつくるよう要求したにもかかわらず、日本政府は正式文書として日本語版を要求せず英語版だけで、しかもその内容を国会議員に明らかにしないまま、批准を強行しようとしたのです。「英語の帝国」の属国として面目躍如たる活躍ぶりです。

 ところで、インターネットで調べていたら、『英語の帝国』の書評が東京新聞(2016年11月13日)にも載っていることを知りました。その一節に次のように文言がありました。

各地域・各時代の言語政策についての分析はどれも興味深いが、とりわけ示唆に富むのは、インドとアフリカの例である。ガンジーは英語が「文化的簒奪者(さんだつしゃ)」であり社会階層の分断を招くため「国民語」にはなり得ないと考えたが、それに反して子供の将来を案ずる親たちは英語教育に熱心であった。ここには、英語帝国主義が「上からの強制」だけでなく「下から迎合」して「文化的自殺」を遂げる者がいて完成するという残酷な原理がある。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2016111302000184.html


 確かに『英語の帝国』は、このような“英語帝国主義が「下から迎合」して「文化的自殺」を遂げる者がいて完成する”という事例を数多く紹介していることに、その特徴のひとつがありました。しかし、そのことを強調しすぎると、英語帝国主義が広まっていったのは民衆がバカだったからだということになりかねません。
 私が昨年の夏、お盆の墓参りに能登半島へ行ったとき、そのついでに亡くなった母の実家を訪ねたところ、私の従妹(いとこ)が「近くの部落に英会話スクールができたので、孫がそこに通っている」という話をし出して私を驚かせました。こんな田舎にまで英会話スクールが進出したことに驚かされたのです。
 しかし私は、その家族が「英語の帝国」に「下から迎合」して「文化的自殺」を遂げているとは思いませんでした。むしろ「英語の帝国」に「上から迎合」して「文化的自殺」を遂げているのは政府文科省であり、その犠牲者が「孫を英会話スクールに送り出している一般民衆」ではないかと思い、憤りと悲しみを禁じ得ませんでした。
 上記の評者は自分の書評を次のように締めくくっています。

アメリカ主導の「新自由主義」的グローバル資本主義の時代に、そのシステムに最もよく適合する人的資源たらんとして「英語熱」に浮かされること。それは「自己植民地化」にほかならない。「英語の帝国」史の警告である。


 このような批評は一見すると、私たちに警告を発するように見えるのですが、よく考えてみると、「英語熱」を煽っている政府・文科省と、それに便乗して儲けようとしている教育産業を免罪することになりかねない、と私に思われました。
 まして、このような「英語熱」を煽っている政府・文科省の背後には、更にもっと大きな怪物がいて、その「英語の帝国」が、現在の世界の流れ、すなわち新自由主義的グローバル資本主義をつくりだしているのであれば、そのことをきちんと指摘することこそ、評者の勤めではないでしょうか。
 というのは、英語教育を通じてアメリカによる文化工作がおこなわれ(拙著『英語で大学が亡びるとき』で1950年代の京都大学の例を示しました)、それを政権転覆につなげようとする動きが、いまだに世界の各地で存在するにもかかわらず、日本の大手メディアはそのような動きに全く無自覚・無防備であるように私には見えるからです。
 たとえば、ブログ「マスコミに載らない海外記事」の「フェトフッラー・ギュレンとは、一体何か?」という翻訳記事(2016年9月5日)には次のような事実が紹介されていました。

 MIT(トルコのCIA)の元外国諜報部長で、1990年代中期に、タンス・チルレル首相の首席諜報顧問をつとめたオスマン・ヌリ・ギュンデシが、2011年、トルコ語のみで本を刊行した。
 そのときギュンデシは85歳で、すでに引退していたが、その本で、1990年代にユーラシア中に広がっていたギュレン学校が何百人ものCIA工作員の基地になっていたことを暴露した。彼ら工作員は「母語として英語を話す、英語教師」を装っていた。
 ギュンデシによれば、キルギスタンとウズベキスタンの学校だけでも、ギュレン運動は「130人のCIA工作員を匿(かくま)っていた」。しかも彼らアメリカ人の「英語教師」全員がアメリカ外交官のパスポートを持っていたという。
 これは、普通の英語教師にとって到底ありえないことであり、実に示唆的だ。(和訳は寺島がいちぶ改訳した)


 上記で「ギュレン学校」「ギュレン運動」と言われているのは、「アメリカ在住の亡命トルコ人フェトフッラー・ギュレン」というイスラム教指導者が、CIAの庇護のもと、世界的に展開している運動で、今度のトルコにおけるクーデターも、この人物が陰の立て役者だったと、原文のウィリアム・イングドールは主張しています。
"What is Fethullah Gülen?"
http://journal-neo.org/2016/07/25/what-is-fethullah-gulen/
 ことの真偽は別にして、いずれにしても、CIA工作員が「英語を母語とする英語教師」を売り物にして(しかも外交官のパスポートを持って)ユーラシア大陸で暗躍していたという事実だけは間違いないようです。
 ここでも、1961年にウガンダのマケレレ会議で確認された「理想的な英語教師は英語を母語とする話者である」という原則が、みごとに活用されていることに、私たちは留意すべきではないでしょうか。
 それこそが「英語の帝国」史から私たちが学びとるべき教訓ではないのか。そのように私には思われました。


 
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迎春2017―- 激動・激変する世界、混乱・混迷を深めるアメリカ

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 昨年は、正月早々から義母が救急車で緊急入院することから始まり、それ以来、入退院を繰りかえしながら、ついに6月11日に他界しました。
 入院するたびに悪くなっていくので、安保徹氏の言う「医療が病いをつくる」を実感する日々でもありました。ディサービスに復帰できるまでに回復していた時期もありましたから、なおさら、その思いが募りました。
 他方、これと並行して『寺島メソッド 英語アクティブラーニング』の出版をすすめていたので、編集会議、原稿集め、加筆修正の要請、初校・再校・三交・念校などが切れ目なく続き、その合間に入院している義母への見舞いを兼ねた毎日の看護も重なって、本当に疲労困憊した1年でもありました。
 最終的に『寺島メソッド 英語アクティブラーニング』が出版されたのが11月20日で、その直前まで「再念校」をせざるを得ず、それが終わった後は、12月2日に予定されていた和歌山講演(「高英研」和歌山市支部)への準備に追われました。
 実はその前に思いもかけず「しんぶん赤旗」から『英語の帝国』(平田雅博、講談社)の書評依頼があり、11月30日の締切を講演後の12月5日まで延ばしてもらえるようお願いせざるを得ないという突発的な出来事もありました。
 もうひとつの突発的な出来事は、長周新聞から「先生の『ヒラリー・クリントンとは誰か』上・下(11月2日・4日)の反響が大きかったので、2017年新年号の記事もぜひお願いしたい、締切は12月13日ではどうでしょうか」という依頼があったことでした。
 もうすでに疲労が極致に達していたので断ろうかと思ったのですが、編集部からの強い要請に屈して、「締切を12月末日にしてもらえるなら」という条件で引き受けることになってしまいました。「NOといえない日本人」の典型です。
 こうして昨年は、最後の最後まで仕事に追われることになり、ついに喪中の葉書すら書く余裕がなくなってしまいました。
 そういうわけで、「謹賀新年2017」ではなく「迎春2017」という題名のハガキをつくり、せめて元旦当日に届いた年賀ハガキに応えることにしました。これが本日のブログで紹介する新年の挨拶状ということになります。
 前回のブログを載せた日付を確かめると、2016年12月15日になっていましたから、もう1か月近くにもなっています。私のブログを待っておられた方には本当に申し訳なく思っています。
 しかし、元旦当日は届いた年賀状の返礼をつくるのに追われ、翌日はその宛名書きに追われ、さらに昨日は長周新聞新年号の原稿校正に追われていましたので、私の窮状に免じて、何とかお許しをいただければ有り難いと思います。
 いずれにしても良いお年をお迎えください。



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