電脳技術の天才Aaron Swartz の死を考える(3)――アーロンがめざした理想の図書館 "Open Library" とは? 論文の「著作権料」は本当に必要?、NHKの「録画回数の制限」は?

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Anonymous Operation Last Resort
政府「量刑委員会」ホームページに送りつけられた宣言:「"最終手段"作戦」


http://www.youtube.com/watch?v=WaPni5O2YyI
(動画9分:アーロンを死に追い込んだ政府にたいする怒りの強さが伝わってきます)
http://www.youtube.com/channel/UCmZ76YHMkwfWlyvXPHAtg6Q?feature=watch

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前回のブログ「電脳技術の天才 アーロン・スウォーツ Aaron Swartz の死を考える(1)」で私は次のように書きました。

しかし、このようなかたちで彼を死に追いやったのは [多くの識者が指摘しているように]アメリカ政府ですから、これもオバマ氏が得意とする「暗殺」の一種とも言えるでしょう。

では彼が逮捕された理由として挙げられている「MITやJSTORから文書を不当にダウンロードした」とする事件とは一体どんなものだったのでしょうか。彼は何を目的にダウンロードしたのでしょうか。それは本当に犯罪だったのでしょうか。


私は上記で「このようなかたちで彼を死に追いやったのは [多くの識者が指摘しているように]アメリカ政府ですから、これもオバマ氏が得意とする『暗殺』の一種とも言えるでしょう」と書きましたが、すでに同じような趣旨の声明が多く出されています。

その一端はRTの下記報道「アーロンは政府に殺されたのだ」にみることができますし、またRemember Aaron Swartz というサイトにも多くの声が寄せられています。。

「アーロンは政府に殺されたのだ」
http://www42.tok2.com/home/ieas/AaronSwartz.pdf
Remember Aaron Swartz
http://www.rememberaaronsw.com/

では、彼が逮捕された理由として挙げられている「マサチューセッツ工科大学(MIT)から非営利団体JSTOR(一種の「電子図書館」)の文書を不当にダウンロードした」とする事件とは一体どんなものだったのでしょうか。

彼は何を目的にダウンロードしたのでしょうか。それは本当に犯罪だったのでしょうか。

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JSTOR(Journal Storage)というのは大学や研究所などの学術雑誌を電子化して、それを有料で全国・全世界に頒布・配信している団体です。
http://en.wikipedia.org/wiki/JSTOR#cite_note-29

それをMITが購入して、大学校内で自由に閲覧できるようにしていました。アーロンはこの制度を利用して、MITからもらったID番号を使って、JSTORの文献をダウンロードしたわけです。

しかしあまりにもダウンロードの量が多すぎるのでJSTORが不信感をつのらせ、そのID番号を差し止めたのですが、別のID番号を申請して、また大量の文書をダウンロードするといったことが重なったので、今回の逮捕となったのでした。

とはいえ、今回の事件はダウンロードの量が多すぎただけで、MITの規則を破ったわけでもありませんでした。MITは「情報へのオープン・アクセス」を売り物にしていた大学だったからです。

アーロンは例え話として、連れ合いのタレンに、「借りる権利がある図書館から、本や論文をあまりにたくさん借りすぎて、告訴されたようなものだ」と語っていたようです。

"..., he likened it to arresting—charging somebody for borrowing too many books from the library, which—you know, all of the articles, he had the right to access individually."
http://www.democracynow.org/2013/1/17/exclusive_aaron_swartzs_partner_expert_witness

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連邦検察官Carmen Ortiz


ところが連邦検察官Carmen Ortiz女史は「バールを使おうがパソコンを使おうが、文書を盗もうが金を盗もうが、盗みは盗みだ "Stealing is stealing." 」「盗んだものを売ろうがタダでひとにやろうが、被害者にとっては同じことだ」と言って、はばからなかったのです。
http://www.justice.gov/usao/ma/news/2011/July/SwartzAaronPR.html

しかし既に述べたように、図書館から本を借りたのとは違って、被害者はいません。JSTORはMITからライセンス料をもらっていますから直接的な被害はありません。またダウンロードしたからといって元の文献は消えてはいませんから、それを読みたいひとがJSTORにアクセスすれば、それを読むことができます。ですから、ここでも被害者は生じていません。

おまけに、ダウンロードした文献を返却することで、JSTORとアーロンの間で和解が成立し、JSTORはアーロンにたいする告訴を取り下げているのですから、マサチューセッツ工科大学MITも連邦検察官も、これ以上、告訴を続ける意味はまったくありませんでした。
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<註> 連邦検察官Carmen M. Ortizの発言の英文は次のとおりです。

United States Attorney Carmen M. Ortiz said, "Stealing is stealing whether you use a computer command or a crowbar, and whether you take documents, data or dollars. It is equally harmful to the victim whether you sell what you have stolen or give it away."
http://www.justice.gov/usao/ma/news/2011/July/SwartzAaronPR.html

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既に述べたように、図書館から本や論文を借りていけば、その間は他の人がそれらを読めなくなりますが、電子化された文献をダウンロードしても、本体はJSTORに残っているのですから、このことによって被害・迷惑をこうむるひとは誰もいません。

それどころか、ダウンロードされた文献が無料で公開されれば、それによって利益を受けるひとは無限です。またそれがアーロンの目的でもありました。

また事実、JSTORは、アーロンが自殺する数日前に、アーロンの主張どおりほとんどの文献の無料公開を発表していました。

ただ残念なことに、その知らせがCreative Commonsの創始者レッシグ氏(ハーバード大学教授)にEmailで届いたとき、氏は別のことに忙殺されていて旅行中であり、不覚にも、それをアーロンに知らせるのが遅れてしまいました。その数日後にアーロンは自殺してしまったのです。

レッシグ氏は、DemocracyNow!のインタビューで、「もう一度アーロンに会いたかった、この知らせをアーロンと一緒に祝福したかった」「私たちにはもっとできることが何千とあったし、それをしなければならなかったのだ」と語っています。

ここまで事情を説明したとき思わず氏の目から涙がこぼれ、口から次のことばが出なくなりました。私もDemocracyNow!を視聴しながら、この場面でつい貰い泣きしてしまいました。

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<註> 上記の英語原文は次のとおりです。レッシグ氏がことばを詰まらせてしまう場面はこの放送の最初から30分くらいのところ(このセクションの終わりから5分前あたり)です。時間のある方は是非ご覧ください。

I received an email from JSTOR four days before Aaron died, from the president of JSTOR, announcing, celebrating that JSTOR was going to release all of these journal articles to anybody around the world who wanted access—exactly what Aaron was fighting for. And I didn’t have time to send it to Aaron; I was on—I was traveling. But I looked forward to seeing him again—I had just seen him the week before—and celebrating that this is what had happened. So, all of us think there are a thousand things we could have done, a thousand things we could have done, and we have to do, because Aaron Swartz is now an icon, an ideal. He is what we will be fighting for, all of us, for the rest of our lives.
http://www.democracynow.org/2013/1/14/an_incredible_soul_lawrence_lessig_remembers

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すでに前々回のブログでも書きましたが、このクリエイティブ・コモンズ(Creative Commons)という団体は、著作権をもつ作品・制作物をできるだけ公共のものにするために作られた団体です。

天才アーロンは14歳の時からCreative Commonsをインターネット上に構築するためにレッシグ氏に協力していました。アーロンが自殺する前に、JSTORは彼にたいする告訴を取り下げていたのですから、レッシグ氏の悲しみがどれだけ大きいものだったか、想像するに余りあります。

他方、マサチューセッツ工科大学MITは元々「情報へのオープン・アクセス」を売り物にしていただけに(JSTORと違って)告訴を取り下げようとしないMITへの、レッシグ氏の憤りもまた、想像するに余りあります。

それは同時に、裏でMITに強い圧力をかけてきたオバマ政権司法省=検察当局にたいする憤りでもありました。それをレッシグ氏は次のように述べています。
http://www.democracynow.org/2013/1/14/an_incredible_soul_lawrence_lessig_remembers

アーロンは「信じがたいほどの魂の持ち主」"An Incredible Soul" だ。彼は今や、我々の聖像であり理念だ。彼はわれわれ皆のために闘ったのであり、われわれの未来のために闘った人物だ。

彼は「いわば政府によるいじめ」(a kind of bullying by our government)によって崖っぷちに追い詰められたのだ。

いじめが悲劇につながったとき責任者は問い糾(ただ)される。それと同じように、この事件でも何が起きたのかを独立した調査機関が調査し、その結果を国民に説明することを強く要望する。

これが合衆国政府のありようなのか?政府とはこんなものだったのか?

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<註> 原文は次のとおりです。
"An Incredible Soul": Larry Lessig Remembers Aaron Swartz After Cyberactivist’s Suicide Before Trial
http://www.democracynow.org/2013/1/14/an_incredible_soul_lawrence_lessig_remembers
(前略)Aaron Swartz is now an icon, an ideal. He is what we will be fighting for, all of us, for the rest of our lives.(中略)This was somebody—this was somebody who was pushed to the edge by what I think of as a kind of bullying by our government. A bullying by our government. And just as we hold people responsible when their bullying leads to tragedy, I...ask somebody independent to look at what happened here and explain to America: Is this what the United States government is?

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いま学校では「いじめ」が大きな問題になっていますが、私は常々こどもの「いじめ」よりも大人社会の「いじめ」の方がはるかに深刻であり、こどもによる「いじめ」は大人社会の反映にすぎないのではないかと思ってきました。

しかし、どうもそれは日本だけでなく、アメリカではもっと深刻なようです。レッシグ教授は弔辞で次のようにも述べています。

覚えておこう。この世では、経済危機を恒常的に引き起こした張本人が、ホワイトハウスで優雅に食事をしているのだ。そこでは、たとえ「裁き」の場に引き出されようとも彼らは決して悪事を認める必要はないし、ましてや「重罪」に処せられることなど決してない。


オバマ大統領は新しい財務長官Secretary of Treasuryとしてウォール街の住人ジャック・ルー Jack Lew氏を選びましたが、巨大銀行CityグループのCEOだった彼こそ金融危機を作りだした張本人でした。

しかし、金融危機のため多くのひとが路上に放り出されたり自殺したりしましたが金融危機をつくりだしたひとたちの誰一人として牢屋に入っていません。

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<註> 弔辞の原文およびJack Lew についての典拠は次のとおりです。
Prosecutor as bully「いじめっ子としての検察官」
http://lessig.tumblr.com/post/40347463044/prosecutor-as-bully
......For remember, we live in a world where the architects of the financial crisis regularly dine at the White House — and where even those brought to “justice” never even have to admit any wrongdoing, let alone be labeled “felons.”......

Obama Nominates Chief of Staff, Ex-Citi Exec Jack Lew for Treasury
http://www.democracynow.org/2013/1/11/headlines#1119
 President Obama has nominated another former Wall Street executive to become treasury secretary, picking his own chief of staff, Jack Lew, to replace Timothy Geithner. ......Lew was an executive at Citigroup from 2006 to 2008 at the time of the financial crisis and a longtime proponent of deregulating Wall Street.
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故ハワード・ジンは、ベトナム戦争中の1970年に「市民的服従こそが問題だ」という講演をおこなっています。要するに「市民が間違った法律を遵守するから問題なのだ」と言っているのです。

ジンは、「この世は全てあべこべだ。心正しき者が牢屋に入れられ、悪徳業者や殺人者が巷(ちまた)を闊歩している」という話から、この講演をスタートさせています、そして彼は次のように話を続けています。

私が提示する仮定は、私たちがこれについて多くを語る必要がない、ということです。私たちがすべきことは、今日の世界の状態について考え、物事がみな逆さまだと認識することだけだからです。

ダニエル・ベリガン神父は、ベトナム戦争に反対するカトリック司祭で詩人ですが、[アメリカの法律を破ったとの理由で] 投獄されています。他方、FBI長官J・エドガー・フーバーは、ご存じのとおり自由の身です。

またデイビッド・デリンジャーは、司祭だったときからずっと戦争に反対し、自分のエネルギーと情熱のすべてを戦争反対のために使ってきた人物ですが、いまでも投獄の危険に晒(さら)されています。

ところが他方、ベトナムのミライ村大虐殺の張本人たちは裁判中ですらありません。(『肉声でつづる民衆のアメリカ史』下巻、274-275頁)

現在のアメリカでも同じような例はいくらでもあげることができます。その典型例が、「米軍によるイラク市民の虐殺事件」を内部告発したとして逮捕されたブラッドリー・マニング上等兵と、その内部告発をウィキリークスで発表したとしてエクアドル大使館への亡命に追い込まれたジュリアン・アサンジでしょう。

米軍がイラクで起こした事件は「ヘリコプターからロイターの記者とカメラマンを銃撃し、その援助に車で駆けつけたイラク市民を、その子どもと一緒に虐殺した事件」ですから、明らかに戦争犯罪です。

しかし、その事実を黙視することができず勇気をもって告発した人物を、オバマ大統領は告訴も裁判もせず長期間、拷問に等しい状態で、独房に閉じこめてきました。しかも理由が「スパイ防止法」に違反したからというのですから呆れてしまいます。

また、マニング上等兵から得た情報をウィキリークスで発表したとして、アサンジ氏はアメリカ政府から追われる身となっています。しかし、こんなことが許されれば、あらゆる特ダネ報道は死に瀕してしまうでしょう。

なぜなら政府の悪事を暴いた新聞記者はすべて「敵を利する行為」として逮捕されてしまうからです。最近は新聞でもオンライン版がありますが、ウィキリークスがおこなっている行為は、特ダネ専門の巨大なオンライン新聞と言ってよいからです。

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<註> その一方で、オバマ氏は無人爆撃機(Drone)を使って世界各地で爆撃=殺人行為を繰り返しています。これは戦犯(War Crime)の疑いが強いとして国連(UN)さえもその調査にのりだしていることに注目してください。

U.N. to Probe Alleged War Crimes in U.S. Drone Strikes
http://www.democracynow.org/2013/1/25/headlines#1256
  The U.N. Office of the High Commissioner for Human Rights has announced a new investigation of the civilian toll of U.S. drone strikes overseas. ......
  The U.N. probe comes as the Obama administration appears to be escalating its drone warfare abroad, launching more than a dozen attacks in Yemen and Pakistan already this year. This week, the United States launched at least five drone strikes in Yemen in as many days. According to some reports, the latest attack mistakenly killed two Yemeni children.

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Screenshot from www.ussc.gov
Anonymous Operation Last Resort

http://www.youtube.com/watch?v=WaPni5O2YyI
http://www.youtube.com/channel/UCmZ76YHMkwfWlyvXPHAtg6Q?feature=watch

ではアーロン・スウォーツのおこなった「文献のダウンロード」とは何をめざしたものだったのでしょうか。アーロンはそれを講演で次のように語っています。

(これは2010年10月にイリノイ州立大学Urbana-Champaign校でおこなったもので、多くの大学生や他の人たちが国中で利用している非営利講読サービスJSTORについて語ったものです。)

 アメリカの主流大学の学生であるというおかげで、君たちは多種多様な学術雑誌にアクセスできると思う。アメリカのほとんどすべての大きい大学は、学術雑誌へのアクセスを得るために。JSTORやThomsonやISIのような組織にこの種使用料を支払っている。

 それは世界の他の人たちがなかなか読むことのできないものだ。というのは、この料金は相当な高額だから、アメリカで研究しているのではなくインドで研究している人はこの種のアクセス権を持っていない。彼らはこうした雑誌から完全に閉め出されている。科学的な全遺産から閉め出されているのだ。それには啓蒙主義の時代にまで遡る文献すらも含まれている。

 誰かが科学論文を書くそのたびに、それはスキャンされ、デジタル化され、これらのコレクションに入れられる。それは人々が興味深い仕事をしたという歴史であり、我々にもたらされた遺産だ。それは科学者の歴史だ。それは庶民としての、民衆としての我々に属すべき遺産だ。

 ところが、それは一握りの利益追求型の企業によって閉じ込められ、オンライン上に置かれ、それら企業はそこから最大限の利益を上げようとしている。

 他方いまでは、これをオープン・アクセス運動で変革しようとする民衆がいる、良き民衆がいる。将来は、すべての学術雑誌がオープン・アクセスのかたちで公表されるよう、それらの企業・組織に働きかけている。

 そうすればインターネット上にオープンになり、すべての人がダウンロードできるし、無料でコピーすることも可能になる。出典や著者名を明記すれば、おそらく修正しながら利用もできるようになるだろう。


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<註> 上記の英語原文は下記に紹介されています。分量が少し多いので引用は割愛させていただきます。
Exclusive: Aaron Swartz’s Partner, Expert Witness Say Prosecutors Unfairly Targeted Dead Activist
http://www.democracynow.org/2013/1/17/exclusive_aaron_swartzs_partner_expert_witness
 
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以上で、アーロンが「JSTORの文献をダウンロード」した裏にどのような願いがこめられていたのかが、よく分かっていただけただろうと思います。

考えてみれば、2006年に、"Open Library"すなわち「これまでに出版された本に無料でアクセスできるウェブページ」を作るためのオンラインプロジェクト=「皆に開かれた図書館」を起ち上げたのもアーロンでした。

ですからアーロンがイリノイ州立大学で講演したことの意味が、少なくとも私には本当に納得できるのです。それどころか私がこれまで漠然と考えていたことが、若いアーロによって、明確なことばで語られていて、感銘をうけました。

私は地方の国立大学で全学図書館委員会の委員を何度か務めたことがありますが、そのときに大きな問題になっていたのが、「デジタル化された論文や雑誌」をJSTORのような企業から、大金をはたいて購入しなければならないという問題でした。

地方の弱小国立大学の予算ではとても簡単に買える値段ではなかったのです。というのはJSTORの場合は人文社会系の論文が中心でしたが、私のいた大学は医学を中心とした理系学部が中心でしたから、Elsevier(エルゼビア)などからどうやって科学論文の購入予算を工面するかが話題の中心でした。

Elsevierだけでも購入する予算を確保するのが大変なのに、Springerなど、それ以外の企業から購入すると、文系の論文が買えなくなりますし、図書館の本体であるべき書籍そのものが買えなくなることになってしまいます。結局、各学部の予算を削って図書館に回すことになりますが、こうなると各学部の負担率が紛争の種になるだけでなく、削られた分だけ個人の研究費が減らされますから、これも大きな問題でした。

東京大学や京都大学のように予算規模の大きいところであれば、まだゆとりがあるのかもしれませんが、地方の弱小大学では、とても手が出ません。こうして、電子化された文献を購入できる豊かな大規模大学だけが、世界の全分野を網羅する最先端の研究に接することができ、大学間の格差がますます深刻化していくことになります。

そして同じ事態が国家レベルでも生じますから、貧しい「発展途上国」は永遠に浮かび上がることができません。まさにアーロンが言うとおりなのです。このような事態を打ち破るために構想されたのが、アーロンの言う "Open Library" でした。

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<註> Open Libraryについては下記サイトを御覧ください。ここには無料で利用できる書籍・児童書もたくさん納められていますから、英語教育にとって「自主教材の宝庫」とも言えるでしょう。
http://openlibrary.org/
http://ja.wikipedia.org/wiki/Open_Library

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私のいた学部では、毎年1~2回の頻度で発行される研究紀要は電子化され、紙媒体の研究紀要や抜き刷りは原則として廃止になりました。その代わり電子化された紀要や論文は学部または大学図書館のホームページから無料で読むことができるようにしました。

同じことを全国の各大学で実行すればアーロンの願っていたことは簡単に実現できることになります。私立大学でさえ、国家から大きな補助金を得ながら運営されているのですから、そこでの研究成果も当然ながら公有化されるべきものでしょう。

私が『英語教育が亡びるとき:「英語で授業」のイデオロギー』を書いたときも、多くの論文や書籍のお世話になりました。そのなかにはやはり地方の国立教育大学の研究者のホームページに載せられていた貴重な論文もありました。

それをインターネット検索で発掘し読むことができたからこそ、私は『英語教育が亡びるとき』が書けたとも言えるのです。たとえば、その論文の一つは、公刊された書籍では述べられていない、フィンランドの英語教育・教師教育について論及していたからです。

ですから [JSTORのような企業によって集積され頒布・販売されていなくても] 研究成果がオンラインで公開されていさえすれば、それを無料で利用することが可能になるのです。問題は各大学や研究機関がこのような努力をしているかどうかです。

(実は、マサチューセッツ工科大学MITは「オープンキャンパス」「オープンアクセス」を売り物していたのですから、アーロンの願う方向へとその先頭を走っている大学――のはずでした。そこに、この事件の悲劇性と深刻さがあります。)

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それはともかく、国立情報学研究所がこのような研究成果を網羅する施設・組織として機能するようになれば、JSTORやELSEVIER(エルゼビア)のような企業が存在しなくても、少なくとも国内研究に関しては、お金を払う必要もなくなります。

国立情報学研究所がそのような機能をはたせないのであれば別の機関をつくるべきでしょう。アーロンが構想し創立した"Open University" はまさにそのようなものをめざしたものでした。

またJSTORもこのようなアーロンの理念が正しいと認めたからこそ、アーロンが自殺する数日前に、その多くの文献を無料で公開することを発表したのでしょう。

そして各国が "Open University" に類似したものをもつようになれば、世界はもっと公正で平等な(かつ豊かな)社会になるでしょう。

ところが今はそれと逆行する事態が進行しているのです。たとえば、NHKの制作したドキュメンタリーなどは、今までは自由に録画して学校で見せることができましたが、NHKテレビのデジタル化が進行してからは、録画の回数も制限され、しかも過去のものについてはお金を払わないと見れなかったりDVD化されたものを購入しなければならなくなりました。

NHKは営利を目的とする団体ではありませんし、その運営資金の大半は国家予算から出されています。ですから視聴料は無料にすべきですし、そこで制作された作品も無料にすべきではないでしょうか。ところがNHKは上で述べたように有料化の方向へと逆行し始めているのです。

アーロンの自殺が私たちに問いかけているのは、「このような事態をこのまま放置しておいてよいのか」ということだと私には思えてなりません。

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実は、アーロンの自殺事件は単に「知的所有権」の問題だけでなく、背後にもっと大きな問題がひそんでいたのではないかと私は思っています。

さもなければ、「オープン・キャンパス」「オープン・アクセス」を売り物し、アーロンの願う方向へとその先頭を走っている大学で、このような事件が起きるはずがなかったのです。

JSTORが告訴を取り下げ、アーロンの理念に沿った改革をすすめていたにもかかわらず、MITが告訴をとりさげなかったのは何故なのか。そこにこの事件の謎・本質を解く鍵がひそんでいる、と私は考えています。

しかし、もう十分に長くなりすぎていますので、次回に回したいと思います。そのときには、それが原発事故と英語教育にどう関わってくるのかも(気力・体力が許せば)、言及できればと思っています。
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狐狸庵居士(田舎の国立大学を2010年に定年退職)

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