「英語で授業」を考える(その1)――「国家は国民を守らない」、“たてまえ”だったはずが、いつのまにか“強制”へと変身! [緊急情報] オバマ政権による(国内と国外の)二つのスパイ事件

────────────────────────────────────────

『英語教育原論―英語教師:三つの仕事、三つの危険』


────────────────────────────────────────
私はかつてブログで、福島原発事故のあと文科省が「年間20ミリシーベルト以下」であれば問題ないとして福島の子どもたちを疎開させることに強い抵抗を示し、その意向を受けた福島県教育委員会は福島市内の子どもたちが弁当持参で登校することを禁じて給食を強制的に食べさせようとしてきたことを紹介しました。

瓦礫を拡散させるな! いま高校生に「突然死」が現れ始めた!? 
ベラルーシからの警告「日本政府が今の政策を続ければ、日本人という国民はわずかになる」

http://pub.ne.jp/tacktaka/?monthly_id=201203 (2012.3.23)

また文科省が管理するSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)は福島原発事故のときのような非常事態のために設けられたはずなのに、その情報は隠されたままになり、多くの福島県民は放射能が流れていく方向に逃げることを余儀なくさせられました。

(事前に情報が与えられていれば、飯舘村のように、避けることができたはずの被曝を、強いられた村落もありました。)

このように今回の福島原発事故を通じて、日本の政府・文科省が「子どもたちを含め、国民の命や生活を守る気持ち」をほとんど持っていないことが露呈されてしまいました。

それと同じことが、英語教育を通じて、再び日本国中に広がっています。それが新高等学校学習指導要領「英語の授業は英語でおこなう」という政策です。

────────────────────────────────────────
英語の授業を「英語でおこなう」というのは普通に考えると当たり前のことのようにみえます。

日本の英語教育がうまくいっていないのは教師が英語で授業しないからだという俗説を信じて、私がかつて勤務していた国立大学でも「共通教育の英語授業をすべて外人教師にしてしまえばよい」と言った副学長(専門は自然科学)がいました。

しかし、ことはそれほど単純ではありません。というのは、私が経験したかぎりでは、非常勤講師として外国人を雇った授業は必ずしもうまくいっていないからです。授業のようすを学生に聞いてみると、出欠の管理が杜撰(ずさん)だったり、成績評価も納得いかないことが多いという声を聞きました。

日本語を話せる外国人であれば、学生の表情を見ていて、分からない顔つきをすれば、少し日本語で補足することもできますが、日本語を巧く話せない外国人教師が多いので、学生も教師が何を言っているのか分からないまま過ぎていくことも少なくないからです。

他方、外国人教師も学生の反応が鈍いのでイライラしてしまう。そこで結局のところ授業をゲームで誤魔化したり、学生を野外に連れ出してお茶をにごすという外国人教師も出てくることになります。ところが学生に聞くと「小・中学時代から外国人講師が来るたびにゲームをやらされているので、大学に来てまでゲームをやりたくない」というのです。

────────────────────────────────────────
以上に挙げた事例は、私が英語科主任をしていたときに雇った外国人教師も含まれていますので、私自身の自戒も込めて、「外国人を雇って授業させれば」、つまり「英語の授業を英語でおこないさえすれば」万事OK―とはならないのだという例証として述べたつもりです。

ところが新高等学校学習指導要領では俗説を真に受けて「英語の授業は英語でおこなう」ということを決めてしまいました。この指導要領の作成に当たったひとたちの中には英語教育の専門家もいたはずなのですが、どういうわけか「英語でディベート」を強く主張する松本茂氏の意見に押し切られてしまったようにみえます。

当然このような方針をめぐって賛否両論が日本全国を席巻しました。朝日新聞も何度かこの問題を取りあげて賛成論者・反対論者を登壇させましたし、大修館書店の月刊『英語教育』の「英語教育時評」でも、東大の斎藤兆史氏を初めとする著名人から、「英語で授業」にたいして厳しい批判が提出されました。

私も『英語教育が亡びるとき:「英語で授業」のイデオロギー』(明石書店、2009)で、新高等学校学習指導要領が学校現場にどのような影響をもたらす恐れがあるかを(指導要領の逐条ごとの検討も含めて)詳細に論じました。

たとえば、教師が置かれている労働条件、フィンランドなどと比べた教員養成の問題点、欧米と比べて外国語の授業のクラスサイズが大きすぎること、生活指導で追いまくられている学校現場の問題、中学校の教科書が会話中心になってから生徒の英語力が低下している事実、だから「英語で授業」がおこなわれたときに予測される「更なる学力低下」などなど。

このような動きのなかで「英語の授業」という流れはいったん退いたかにみえました。朝日新聞や月刊『英語教育』でも、賛成論者の意見は急にトーダウンし、「“英語で授業”というのはあくまで基本であって授業のすべてを英語でやるという意味ではない」という論調になっていきました。

当時の文科省教科調査官だった菅正隆氏でさえ「先生方はマスコミに踊らされてはいけない」と言いだす始末でした(『亡びるとき』213頁を参照)。これではまるで、指導要領を書いた文科省に責任はなく、問題はすべて「誤解した」教師やマスコミにあるかのようです。

────────────────────────────────────────
<註> 拙著『亡びるとき』の中で、名指しで詳細に批判したにもかかわらず、「英語でディベート」を掲げる松本茂氏から、一度も正式にディベートを挑まれたことがなかっただけでなく、一度も、どこでも拙著にたいする反論が書かれなかったというのも、考えてみれば不思議なことでした。

────────────────────────────────────────
先にも述べたように、当時の文科省教科調査官だった菅正隆氏は、「先生方はマスコに踊らされてはいけないし、教育委員会も、英語の授業は文法事項まで全て英語でやるというような指導をしたら、英語ぎらいの生徒を作るだけです」と述べているのです。

しかし「言語活動を英語で行う」と指導要領に書いてあるからには授業をすべて「英語で行う」かのようなイメージを、上記のような事情を知らない各県教育委員会が思い描いても、それは当然ではないでしょうか。

それどころか、私は既に、1999年に成立した「国旗国歌法」を例にしながら、将来にたいする不安を、『亡びるとき』(221-222頁)で次のように書きました。

このように、公にされた文書は独り立ちして強い力を持ち始めます。だらこそ、議論を尽くして「決めたことは守る」、ただし「守れないことは決めない」ということが、民主主義の大原則として大切にされなければならないのです。>

もし「言語活動を英語で行う」という文言を、単なる「努力事項」だと分かっていれば、誰もこんなに大まじめに議論しなかったでしょう。現行の指導要領は、フィンランドのように現場教師に大幅な裁量権を与えるものではなく、非常に拘束力の強いものです。だからこそ、その文言は慎重にも慎重を重ねて言葉が選ばれねばなりません。

なぜなら、いみじくも中嶋[洋一]氏が上記で述べているように、「いったん私たちの口から言葉が出てしまったら、それは相手に委ねるしかない。言い直すことはできない。書いてしまったら書き直すことはできない」のですから。それによって教科書の内容が変わったり、現場教師が右往左往したり縛られたりするわけですから。また、だからこそ日の丸・君が代問題で東京都の教員に厳しい処罰が下されているのではないでしょうか。


────────────────────────────────────────
私が上記で「日の丸・君が代問題」を持ち出したのは、次のような事情があったからです。同じく『亡びるとき』221頁から引用します。

1999年夏の国会で「国旗国歌法」が成立しましたが、「日の丸を国旗とする。君が代を国歌とする」というだけの簡素な法律で、「学校教育の現場で強制はしない」「学校教育の現場に影響は与えない」と当時の小渕総理と野中官房長官は何度となく国会で答弁しました。

ところが一度文章化されてしまうと、法律は大きな力を持ち始めます。それを利用して、当時の小渕総理と野中官房長官の国会答弁を真っ向から踏みにじったのが東京都教育委員会でした。


上記で「小渕総理と野中官房長官の国会答弁」とあるのは次のような事実を指します。これも『亡びるとき』で詳しく書いておきましたので、次に引用しておきます(247-248頁の註3)。

当時の首相であった小渕恵三氏は、一九九九年六月二九日の衆議院本会議において、日本共産党の志位和夫氏の質問に対し以下の通り答弁した。

「学校におきまして、学習指導要領に 基づき、国旗・国歌について児童生徒を指導すべき責務を負っており、学校におけるこのような国旗・国歌の指導は、国民として必要な基礎的、基本的な内容を 身につけることを目的として行われておるものでありまして、子供たちの良心の自由を制約しようというものでないと考えております。」

「国旗及び国歌の強制についてお尋ねがありましたが、政府といたしましては、国旗・国歌の法制化に当たり、国旗の掲揚に関し義務づけなどを行うことは考えておりません。したがって、現行の運用に変更が生ずることにはならないと考えております。」

また、二〇〇四年秋の園遊会に招待された東京都教育委員会委員を務める米長邦雄氏は、天皇の前で「日本中の学校において国旗を掲げ国歌を斉唱させることが私の仕事でございます」という発言を行った。これに対し、天皇は「やはり、強制になるということでないことが望ましいですね」と返答している。それにもかかわらず現在の事態が起きていることも記憶に止めておいてよいことだろう。


────────────────────────────────────────
<註> ところで、上記引用を書いていたとき、日弁連(日本弁護士連合会)が「子どもの権利条約に基づく第二回日本政府報告に対する日弁連の意見書」(2007年6月1日)および「公立の学校現場における『日の丸』『君が代』の強制問題に対する意見書」(2007年2月16日)などを発表し、政府・文科省の方針に対して厳しい批判・警告を発していることを知りました。私の不明を恥じるのみです。各意見書のURLは次のとおりです。.
http://www003.upp.so-net.ne.jp/eduosk/nitibennrenn.htm
htt p://www.nichibenren.or.jp/ja/opinion/report/070216.html

────────────────────────────────────────
私がこんなことを急にブログで書きたくなったのは、ある英語教育研究会から次のような講演依頼があったからです。

「いよいよ新高等学校学習指導要領を本格的に実施する時期が近づいてきましたが、最近、教育委員会が主催する研修会に参加したところ、『英語の授業は英語でする』ということを厳格に守るよう厳しい口調で言われました。この点についてどう考えたらよいのか是非お話を願いたい」

講演会場で現場の先生がたと話をしていたら、もっと驚くべき事実があることを知りました。というのは、校長あてに「いよいよ新指導要領が本格化するから英語で授業するよう教師を指導せよ」とい通達があったらしく、朝礼で校長から「先生方も大変でしょうが頑張ってください」との訓示があったというのです。

さらにもっと驚いたことは、上記の先生方が教育委員会主催の研修会に出席したら、「今は『英語で授業』の是か非かを論じている場合ではない。法律で決まったことだから守っていただかねばなりません」と強い口調で指導されたというのです。

私が『英語教育が亡びるとき』で予言していたことが、幸か不幸か的中してしまったのでした。これでどうして教師や生徒が救われるのでしょうか。

────────────────────────────────────────
「国家は国民を守らない」ということは、アジア太平洋戦争の末期でみごとに証明されました。

中国の満州では開拓民を置き去りにしたまま真っ先に逃げ出したのは関東軍でした。沖縄でも米軍が猛攻撃をかけてきたときガマと呼ばれる洞窟に逃げ込んできた住民を、「敵兵に知られてしまうから」という理由で赤ん坊と一緒に外へ追い出してしまったのも、現地の日本軍でした。

いま福島県では行政が必死になって親や子どもたちの集団疎開を阻止しています。私の知り合いの英語教師も、夫や子どもたちが北海道に移住したにもかかわらず、自分は脱出できず未だに福島にとどまっています。やはり「国家は国民を守らない」のです。

英語教育の現場でも、いま同じことが起きようとしています。

────────────────────────────────────────
スパイ工作の現場で逮捕され、取り調べを受けている CIA要員Ryan Christopher Fogle

(捕まったときにはカツラをつけて変装していた)
http://rt.com/news/spy-fsb-warning-cia-437/

────────────────────────────────────────
緊急情報:オバマ政権による(国内と国外の)二つのスパイ事件

オバマ氏が初めて大統領になったとき、「アメリカ初の黒人大統領」が誕生したとして、アメリカ国内はもとより世界中が熱狂しました。

しかし氏が上院議員だったときの言動を知っていたチョムスキーは、初めからオバマ氏の未来には懐疑的でした。それは時を経るごとに明らかになってきました。

たとえば、悪名高い元大統領ブッシュ氏でさえやらなかった無人機による一般市民の殺戮とイエメンやマリなどへの戦争拡大です。

あるいは、160人をこえる囚人を10年以上もグアンタナモに閉じこめて(無実だと確定したひとが90人近くもいる)いまだに釈放せず、囚人がそれに抗議して死をも覚悟した100日をこえるハンガーストライキをしているにもかかわらず、それを無視している冷酷な態度です。

こうしてオバマ氏の評判は国際的にも日に日に落下するばかりです。

────────────────────────────────────────
つい最近その評判をさらに落下させる事件が発覚しました。それはオバマ氏によるスパイ事件が国内と国外でほぼ同時に暴露された事件でした。

その一つはAPという通信社をスパイして100人にも及ぶ記者その他の通信記録を盗み出そうとした事件です。これは新聞社の「報道の自由」を真っ向から踏みにじるもので、他国に民主主義をお説教したり輸出したりしてきた行為が、まったく偽りのものだったことを示すものでした。

Chris Hedges: Monitoring of AP Phones a "Terrifying" Step in State Assault on Press Freedom
http://www.democracynow.org/2013/5/15/chris_hedges_monitoring_of_ap_phones

『ペンタゴン・ペーパーズ』を内部告発したことで有名になったダニエル・エルズバーグ氏をニクソン大統領が弾圧した頃に、ニューヨーク・タイムズ紙の総合弁護士だったジェイムズ・グッデイル氏は、現在のオバマ氏を「ニクソンよりも悪い大統領」とまで言っています。

Obama Worse Than Nixon? Pentagon Papers Attorney Decries AP Phone Probe, Julian Assange Persecution
http://www.democracynow.org/2013/5/17/obama_worse_than_nixon_pentagon_papers

────────────────────────────────────────
もう一つのスパイ事件は,ソ連大使館の3等書記官が実はCIAの要員で、ロシアの情報を盗み出そうとしただけでなく、ロシア諜報部員に大金を渡して内部通報者としてCIAに雇い入れようとしたことが暴露された事件です。

FSB: CIA crossed ‘red line’ with agent Fogle
http://rt.com/news/spy-fsb-warning-cia-437/ (May 17, 2013)

しかも、さらに驚いたことには、このスパイ事件は初めてのことではなく、これで3度目だったということです。それでもロシアは、オバマ氏とちがって、Ryan Fogle 氏を刑務所に収監することはしませんでした。

しかし今度ばかりは堪忍袋の緒が切れたロシアは、これを公表したうえで「国外追放」という処置をとったのでした(同じスパイ工作を中国がおこなったとしたら、アメリカはどうしていたでしょうか)。

Russia Expels Alleged CIA Spy Caught Recruiting
http://www.democracynow.org/2013/5/15/headlines#5153

────────────────────────────────────────
<註> チャベス氏が癌で死んだ後おこなわれたベネズエラの大統領選挙で、マドゥロ氏が当選したとき、オバマ氏は選挙に不正があったとして票の数え直しを要求しました。
 このときマドゥロ大統領は「アメリカが大使館を拠点にしてベネズエラを撹乱する工作をしている」として大使を放逐しましたが、そのことが正しかったことを傍証するようなオバマ氏のスパイ事件でした。
 ちなみに、マドゥロ氏が当選したときの選挙は、カーター元大統領がひきいる国際的な選挙監視団でさえ、ベネズエラの選挙を「世界で最も公正な選挙のひとつ」と評したものでした。
関連記事
スポンサーサイト
検索フォーム
プロフィール

狐狸庵居士(田舎の国立大学を2010年に定年退職)

Author:狐狸庵居士(田舎の国立大学を2010年に定年退職)

リンク
最新記事
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

カテゴリ
月別アーカイブ
最新コメント
RSSリンクの表示
QRコード
QR