「英語で授業」を考える(その5)――英語力 は "貧困力" その3: 中東を席巻した "アラブの春" が示したもの、現在のエジプト大統領モルシが示しつつあるもの

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エジプト大統領モルシの退陣を求める、史上最大のデモ "Biggest protest in Egypt’s history"


Protesters opposing Egyptian President Mohamed Mursi use lasers to write "Egypt" on the Mogamma building, Egypt's biggest administrative building at Tahrir Square in Cairo July 2, 2013
http://rt.com/news/egypt-milllions-protest-morsi-458/

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私は前回のブログ(2013.6.18)「緊縮政策は殺人行為だ」で、経済学者デイビッド・スタックラーと医師・疫学研究者サンジェイ・バスの共著『The Body Economic: Why Austerity Kills』)を紹介し、次のように結びました。

 彼らの膨大な調査・研究によれば、アメリカ流の経済運営がもたらした経済危機のあと、各国政府が緊縮政策を導入した結果、多くの悲劇・惨状が現出しました。
 たとえば、欧州と米国で自殺者が1万人以上、うつ病患者は最大で100万人増加しました。公衆衛生費が40%削減されたギリシアでは、HIVの感染率が200%上昇し、1970年代以来初めてマラリアが発生しています。
 この調査・研究の結果、彼らが達した結論は次のとおりです。

 「歴史上の経験と現在の景気後退を通じて、別の選択肢があることが分かった。人間とその健康を景気回復の中心に置くことは、経済をより早く回復させ社会に持続的な利益をもたらす。」
 「公衆衛生プログラムに1ドルを投資することは、経済成長に3ドルを与えるのと同じだ。公衆衛生への投資は景気後退のときに命を救うだけではなく、景気回復に拍車をかける。」

 詳しくは、ニューヨークタイムズ(2013/05/13)に掲載された次の小論「緊縮政策は殺人行為だ」[拙訳による]を読んでください。
http://www42.tok2.com/home/ieas/HowAusterityKills.html
 そうすれば、「日本が停滞しているのは国民が英語を話せないからだ」「国家の成長戦略は国民を英語漬けにすることにある」という政策がいかにバカげたものか、いかに税金の無駄づかいかが、よく分かっていただけるのではないかと思います。

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以上で見てきたように、「英語力=貧困力」(その1,その2)では、次のことを指摘してきたつもりです。

英語を母語とするアメリカが、豊かなのは「1%」の特権階級だけで「99%」の民衆にとっては「貧困大国」に転落していること、またEUの新しい言語政策で英語が爆発的に広がったヨーロッパでも、英語と共に広がったのは貧困だった。


では地中海を通じてヨーロッパに接しているアラブ諸国はどうなのでしょうか。

スローガン"We are the 99%" を掲げて「貧困大国アメリカ」を告発した "Occupy Wall Street Movement" は、いわゆる「アラブの春」がスペイン等における運動を経由してアメリカに至ったものでした

このチュニジアに端を発しエジプトの政権転覆をもたらした民衆運動「アラブの春」は、何を契機に広がったものだったのでしょうか。

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エジプトのカイロ「タハリール広場」を占拠する若者たちの映像が全世界に流れて注目を集めましたが、その映像やインタビューを視聴していて不思議に思ったのは、インタビューに応じる若者の英語があまりにも流暢だったことでした。

これはリビアやイエメンで蜂起している若者にも共通する現象で、「貧しい生活に追いやられている若者や民衆が、腐敗した政権に抗議して蜂起したにしては不自然なくらいに英語が巧すぎる」というのが、まず頭に浮かんだ印象であり、素朴な疑問でもありました。

というのは、生活が貧しければ学校にも行けないのが普通であり、高等教育を受けない限り英語学力も熟達しないのが当然だと思われるのに、エジプトその他でインタビューに応じる若者の英語があまりにも流暢すぎることに強い違和感を覚えたのです。

エジプトの識字率は極めて低いはずだったのに、「タハリール広場」でインタビューに応じる若者は、顔つきや話し方も高等教育を受けたもののように見えたことも、私の疑問を大きくしました。

アラビア語は、英語と同じインド・ヨーロッパ語族に属していますから、日本語と英語の「言語間距離」の大きさと比べれば、アラビア語と英語の「言語間距離」は、はるかに小さいものです。したがってアラブのひとたちにとって英語は日本人よりもはるかに学びやすい言語であることは事実です。

しかし、だとしても、エジプトその他の中東諸国における識字率の低さを考えると、中東で蜂起している若者の「英語の流暢さ」は、彼我(ひが)の「言語間距離」のみに帰することはできないのではないか。私はそう思ったのです。

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そこで考えられるのは、「英語が中東に広がっていった」のと「貧困が中東に広まって行った」のが同時進行であり、その結果として高学歴のものでさえ仕事につけない状況が「アラブの春」を生み出したのではないか、という仮説です。

言い換えれば、「新自由主義」というアメリカ流の経済運営が広がっていったのと、貧困が中東に広まって行ったのが同時進行であり、それによって「アラブの春」が勃発したのではないか、という仮説です。

なぜなら、英語の広まりは真空のなかで生まれるのではなく、それを伝達する媒介物なしにはあり得ないと思うからです。

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いわゆる「アラブの春」では、FacebookやTwitterと呼ばれる新しいメディアが大きな役割を果たしたと言われています。しかし、このような機器を自由に操れる若者は、日本の状況を考えると、高等教育を受けたもの以外には、あまり考えられません。

というのは、日本のようにIT産業が発達し、アジアの他の諸国と比べれば、はるかに豊かで高等教育も広く行きわたっている国でさえ、インターネットやFacebookあるいはTwitterを駆使している若者はそれほど多くはいません。

少なくとも私が教えてきた大学で、このような機器を使いこなして学習に役立てている学生はわずかしか見かけませんでしたし、同業者ですら「家では高速インターネットに接続していない」と言っているひとが少なくなかったからです。

このような現状を考えると、エジプトの民衆蜂起でFacebookやTwitterが大活躍したと言っても、それを駆使していたのは裕福な家庭で育ち、高等教育を受けたもの以外には考えられないのです。

しかも、「接続時間」「接続料金」を気にしながら仕事をしていたのでは、インターネットを駆使して情報を集めたり、FacebookやTwitterで自由に情報を交換したりできません。

だとすれば、「アラブの春」で活躍した若者は、そうとう豊かな環境だったはずです。つまり、かなり豊かでないかぎりIT機器を本当に生かして使うことはできないのです。

少なくとも高卒程度の学歴で、就いている職業も肉体労働や派遣業だったりする若者が、しかも深夜まで残業に追いまくられ家やアパートに帰っても後は寝るだけといった若者が、FacebookやTwitterを駆使している姿は想像できません。

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しかし他方で、エジプトでは貧富の格差が極端に広がり、失業率も極めて高かったことが、民衆蜂起の原因になったことも広く知られている事実です。だからこそ次のような疑問が生まれてくるのです。

「では、このような失業や貧困と、FacebookやTwitterを使いこなす豊かさとは、どのようにして同居できるのか」「この矛盾をどう説明するのか、それと彼ら若者の英語の流暢さは、どのように関係するのか」


そこで私の頭に浮かんだ仮説が次のようなものだったのです。

すなわち、「英語が中東に広がっていった」のと「貧困が中東に広まって行った」のが同時進行であり、その結果として高学歴のものでさえ仕事につけない状況が「アラブの春」を生み出したのではないか、という仮説です。

言い換えれば、「新自由主義」というアメリカ流の経済運営が広がっていったのと、貧困が中東に広まって行ったのが同時進行であり、それによって「アラブの春」が勃発したのではないか、という仮説です。

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エジプトの民衆蜂起に参加した若者のなかには、イギリスやアメリカで学位を得て帰国したけれども仕事がないひとも少なからずいたのではないでしょうか。英米で学位を得た若者であれば、英語が流暢であっても何の不思議もありません。

私が大学院で教えていた頃の留学生は、すべて留学するだけの経済的ゆとりをもっていた若者でしたが、それでも「中国人で豊かなひとはアメリカに留学する」「僕の家はあまり豊かではなかったから日本に来た」と言っていましたから、アラブ諸国の若者も豊かな家庭の子弟は留学先としてアメリカやイギリスを選んだはずです。

若者の失業率が高ければ高いほど、より良い就職口を求めて留学しますし、学歴も「学士」よりも「修士」、「修士」よりも「博士」を求めて留学します。その典型が韓国で、韓国では失業率が深刻ですから、アメリカ留学を目指す若者のほとんどは大学院を目指します。日本でアメリカ留学を目指す若者の大半が大学院ではなく学部レベルなのと対照的です。

日本人学生がTOEFLを受験したときの点数が韓国と比べて非常に低いということが、よく日本の英語教育を批判するときの口実に使われています。しかし、それはある意味で当然なのです。韓国人は大学院をめざしてTOEFLを受験しますから当然ながら得点が高くなります。TOEFLで高得点をとらないと大学院に入学を許可されないからです。

つまり逆に言えば、日本の若者のTOEFL得点が低いのは、韓国よりも就職難が深刻でないことの表れなのですから、むしろ喜ぶべきことだとも言えるわけです。

それを何を血迷ったのか、自民党は選挙の公約として「日本人の英語力が貧弱だから、大学入試にTOEFLを!などと大声をあげ始めました。嘆かわしいかぎりです。

それとも日本を、韓国並みの失業率の高い国、韓国並みの「首切り自由」の国にしようというのでしょうか。

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<註> 韓国の英語力と貧困力については、京都大学国際シンポジウム「大学のグローバル化と複言語主義」で発表した下記論文を参照ください。

*大学における英語教育を再考する、
はたして 「英語力=研究力」「英語力=経済力」「英語力=国際力」 なのか

(日本フランス語教育学会『紀要』Vol.6, No.2, 2011:166-72)
http://www42.tok2.com/home/ieas/kyotoUniversitySymposium2010.pdf

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モルシ大統領の退陣を求めるエジプト民衆


Egyptian protesters calling for the ouster of President Mohamed Morsi react as they watch his speech on a screen in a street leading to presidential palace early in Cairo on July 3, 2013.
http://rt.com/news/egypt-milllions-protest-morsi-458/


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いま(2013/07/03)エジプトでは再び全土を揺るがす巨大な民衆運動が起きています。独裁者ムバラクが「アラブの春」で退陣させられ、あらたに登場したモルシ大統領でしたが、エジプトは以前よりも貧困度が増しているからです。

最近のDemocracyNow!(2013/07/01)によると、デモ参加者は「今の政府は前よりも悪い。少なくとも、こんな問題は以前にはなかった。俺たちには水も電気も燃料もない。何もない。毎日、悪くなるばかりだ」と言っています。

"This regime is worse than its predecessor. At least we didn’t have the problems we are seeing now, with no water, electricity, fuel. There’s nothing. It gets worse every day. "
http://www.democracynow.org/2013/7/1/sharif_abdel_kouddous_millions_protesting_morsi

しかし、このような事態になることは最初から予想されていたことでした。というのは、モルシ大統領はアメリカ政府からの強い要請もあってIMFから巨額の資金援助を受け入れるさい、ギリシアその他の南欧諸国が受け入れたと同じように、庶民への増税や福祉の切り捨てなど、緊縮政策の実行を条件づけられていたからです。

前々回のブログ「緊縮政策は殺人行為だ」をお読みいただいた方には既知のことですが、庶民への増税や福祉の切り捨てで「庶民の購買力」を奪っておきながら景気回復=経済改革をするというのは、不可能だからです。ものを作っても庶民にはそれを買う力がなくなっているのですから景気は回復するはずがありません。

要するに、エジプトに英語を話せる若者がどれだけ増えようがエジプトの経済力に何の関係もないのです。むしろIMFからの資金援助を口実に「新自由主義」というアメリカ流の経済運営を押しつけられた結果、いっそうの貧困化が進行したと言った方が真実に近いのです。

‘Moderate Islamist regimes are effectively neoliberal regimes’
http://rt.com/op-edge/moderate-islamist-regimes-effectively-neoliberal-355/

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ところが残念なことに、日本では「大学入試にTOEFLを!」と叫ぶ政権が、またもやアメリカ流の「新自由主義経済政策」を復活させ、それが「アベノミクス」としてもてはやされています。

このままいくと、日本も早晩、エジプトと同じようになるのではないかと考えると恐ろしくなります。

いま話題になっているTPPも、日本の主権と経済的土台を踏みにじり、アメリカ巨大多国籍企業の利益だけを守る内容になっているのですが、ここではそれを詳述しているゆとりがありません。別の機会にしたいと思います。

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<註> エジプトとほぼ時を同じくして、トルコでもブラジルでも巨大な民衆運動が起きています。これもよく調べてみると、エジプトと同じ経済構造をもっていることが分かりました。しかしそれも、ここでは詳述しているゆとりがありません。
Report from Turkey: A Taste of Tahrir at Taksim
http://www.globalresearch.ca/report-from-turkey-a-taste-of-tahrir-at-taksim/5337342
Brazil burning: The story of an illusion gone sour
http://rt.com/op-edge/brazil-protests-world-cup-014/

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