W教研を終えて思ったこと反省したこと(補遺)

昨日はカテーテル検査をしてくれた病院,一昨日は手術後の痛みが取れないのでペインクリニック専門病院へ行ってきました。

愛犬タックが他界するまではして自分をかまっている暇がなかったのですが、「お父さん、そろそろ僕は向こうへ行くから、今度は自分のことに集中してね」と言ってくれた気がしたのです。

記号研会員のひとりから「ペットって、イヌでもネコでも、大切なご主人の身代わりをするってよく聞きます。きっとタック君は、先生の健康をすごく願ってくれたのではないかなあ・・・と思っております」というメールをいただきましたが、そのとおりかも知れないと思うようになりました。

愛犬タックが他界して落ち込んでしまい、前回のブログで講座報告を締め切るつもりでした。しかし同時に、書き残したことがあり気になってもいました。他界したタックに励まされて(次年度の講座で同じ間違いを犯さないためにも)もう少しだけ頑張って書き続けることにします。

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前回のブログでは、「構造読み」のワークショップにおける失敗を述べ、授業の組み立てというものは本当に難しいという思いを書きました。日々の授業・講義というのは、このような繰り返しによって成り立っています。

ところで、全国英語教育学会ワークショップ「要約指導法定式化への挑戦」で課題英文として取りあげられたこの教材は、「Critical Reading」「批判読み(意地悪読み)」をしてこそ意味のある教材であるように私には思われました。

というのは、拙著『英語教育が亡びるとき』で述べたように、説明的文章は書かれている文章の「論理」「事実」に歪みや間違いがないかを読む、すなわち「Critical Reading」「批判読み」(意地悪よみ)をしてこそ、本当に読んだことになると思うからです。

<註:先のブログでも書きましたが、「構造読み」さえできれば、ワークショップで取りあげられた課題文の「要約」「要旨」を捉えることは、さほど難しいことではありません。ですから課題文は「要約読み」の練習教材としては疑問が残ります。しかし「Critical Reading」「批判読み」の教材としては抜群だと思います。>

だからこそ、3時に帰らなければならない先生にも、この「意地悪よみ」の醍醐味を味わってもらってから会場を後にしてもらう必要があったわけです。唯々、申し訳なさで一杯です。

ちなみに当日取りあげられた課題文を私の下記HPに掲載しておきますので、この文章のどこに「論理」「事実」に歪みや間違いがあるかを、読者の皆さんも検討していただきたいと思います。

全国英語教育学会2010ワークショップ「要約読み」課題英文
http://www42.tok2.com/home/ieas/essay_for_summarization.pdf

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この教研講座の報告初回で、午前は「自己紹介」を兼ねた「教育実践相談」だったことを紹介しましたが、毎年の講座で「自己紹介」をしてもらうのは、私の方が参加者の名前だけでなく職場の様子を知りたいからです。

名前を知るのは午後からのワークショップで指名して発言してもらうときに非常に便利ですし、参加者も「名前で指名される」のと「名無しで指名される」のとでは受講しているときの雰囲気・満足度が全く違ってくるのではないかと思うからです。

生徒にしても、きちんと名前を覚えておいてくれる先生とそうでない先生とでは親近感が全く違ってくるのではないでしょうか。ですから私は大学での講義でも座席は出席簿順に座ってもらうことにしていました。

こんなことをすると「大学に入ってまでも、なぜ座席順に座らなければならないんですか」という苦情が必ず学生から出てきますが、「君たちの名前を少しでも早く覚えたいから。授業の度に座る場所が違っていると永遠に名前を覚えられない」と言うと、反対の声は消えてしまいます。

話しが少し横に逸れましたが、この教研講座でも私は自己紹介をしてもらいながら座席表の大まかな見取り図を書き、そこに名前と勤務校をメモしながら話しを聞くことが毎年の習慣になっています。そして、そのメモを見ながら、覚えたばかりの固有名詞を使って話題を展開する努力をすると同時に、ワークショップその他での指名に利用してきました。

しかし今回は、映像資料を使った講演や「記号づけによる直読直解」など、やりたいことが盛りだくさんでしたから、「自己紹介」を兼ねた「教育実践相談」を今年度は省略した方が良かったのではないか。これが今年の反省点でした。では名前を覚えるにはどうすればよいのか。この悩みが解決できなかったので今年も迷いながら「自己紹介」を兼ねた「教育実践相談」で午前は終わってしまったのでした。

ところが、このブログ原稿を書いているうちに突然ひとつの案が頭に浮かんできました。それは学生に出席簿順どおり座ってもらうのと同じように参加教師の座席を参加者受付簿どおりに決めておくことです。組合には予め参加希望者の名簿があり、講座当日はそれを元に受付をしているのですから、それを利用すればよいわけです。そのコピーがあれば私も名前や勤務校をメモする手間を省くことが出来ます。

大学の教師どころか現場教師でも生徒の名前を覚えていないひとが少なくないように思いますし、この傾向は非常勤講師になれば更にひどくなります。学校を幾つも掛け持ちで教えざるをえない非常勤講師では、覚えろという方が無理なのかも知れません。拙著『英語教育が亡びるとき』でも書きましたが、塾やコンビニなど夜のバイトをしなければ食えない非常勤講師も増えているのですから。

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座席表のことで、もう一つ書いておきたいのは、どうせ参加者の座席を決めておくのであれば、それを予めグループ学習ができる形態にしてテーブルを組み合わせておくように、主催者に御願いしておくべきだったということです。こうすれば「構造読み」の議論をするときに、このグループをそのまま利用することができたわけです。

たとえばK先生は、前回のブログでも書きましたが、当日の様子を下記のように報告しています。

<文章の構造について,[理論学習の]資料を輪読しながら,寺島先生の説明を受けました。その後,ワークショップ形式で英文と格闘することになります。
 8つのパラグラから成る文章を,前文,序論,本論,結論,後文に分けていく作業ですが,その前段階の「記号づけ」に悪戦苦闘している私たちがいました。
 読み終えた人からホワイトボードに自分なりの解答を書いて,ディスカッションです。5,6の異なる意見を寺島先生にうまくまとめていただいて全員が納得できる答にたどり着くことができました。これまでの自分の「読み」の浅さに気づかされました。>

ご覧のとおり、当日は自分の「構造読み」案を各人で黒板に(白板?)書き込んでもらい、それを元に討論したのですが、自分の案をグループで出し合い、班内で話し合った結果を黒板に書いてもらった方がはるかに討論は盛り上がります。全体の場で発言する勇気がない人でも班内での話し合いなら気楽にできますし、全体討論は個人の意見ではなく班同士の討論になるので、討論も非常に活気を帯びたものになるからです。

最近,再び「協同学習」が見直され、東大教育学部でも埼玉県教委と連携して「協調学習・グループ学習」の研究と教材開発が進んでいるようですが(埼玉新聞2010年4月20日)、グループ学習をしさえすれば教育効果が上がるわけでもありませんし、それどころか私が高校教師に成り立ての頃は、学習集団・グループ学習の研究がもっと大流行をしていたように思います。

大西忠治の実践と研究を元にして私が『学習集団形成のすじみち』を明治図書から出版したのが1976年だったことを見ても、そのことは理解していただけると思います。その当時は「発言競争」をグループ単位でおこなうなど、むしろ弊害的側面が目立ち始めていた頃でした。ですから、「どのような教科の」「どのような教材のときに」グループ学習が有効なのかを実践的に研究したのが拙著『学習集団形成のすじみち』でした。

そして大西忠治の国語教育の実践から生まれた「構造読み・要約読み・形象よみ」が、「班討論」を踏まえた「全体討論」でこそ真に花開くことも、ずっと以前に検証済みのはずでした。それが今頃になって「協同学習」が再流行するのは、日本の教育が過去の遺産を継承し、それをきちんと発展させていないことの表れであるとしたら、これほど不幸なことはありません。

それはともかく、今回の教研講座では、私が心臓手術をした直後でもあり(昼食後も別室の和室で小一時間ほど横になる時間と空間をつくってもらいました)、K先生との十分な打ち合わせをする精神的肉体的ゆとりがなく、「班討論」→「全体討論」の面白さを体験していただくことができなかったことも、大きな反省点の一つでした。

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