もう一つの京都大学事件(5)―『現代世界で起こったこと、ノーム・チョムスキーとの対話1989-1999』日経BP)

英語教育(2013/10/12)
チョムスキーとの対話、現代世界で起こったこと

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前回のブログで、ナンシー・スノー『プロパンガンダ株式会社:アメリカ文化の広告代理店』(明石書店、2004)が次のように述べていることを紹介しました(下線は私が付けたものです)。

 文化事業のコンサルタントとして、私は、世界各国からやってきたゲストたちの世話をする機会をたびたびもった。彼らの全員が親米派となる資質をそなえているわけではなく、なかには、明らかに強烈な反米感情の持主であることを理由に選ばれた人たちもいる

 だが、それにもかかわらず、こうした海外からの訪問客を説得してアメリカ合衆国の国益と外交政策を支持してもらうために、アメリカの納税者から集めた数百万ドルもの資金が彼らの「接待費」として支出されてきたのである。

 エリートに反発を覚える向きもあるというのに、USIAが教養あるエリート層を宣伝活動の対象としているのは、利権誘導に力を発揮する一握りの有力者に照準を絞るときに宣伝効果が最大になると考えられているからである。

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上記で非常に興味深かったのは、「彼らの全員が親米派となる資質をそなえているわけではなく、なかには、明らかに強烈な反米感情の持主であることを理由に選ばれた」と書かれていたことでした。

このような「明らかに強烈な反米感情の持主」も選ばれたのは、二つの理由があると思います。一つは明らかに反共右派だと思われているひとたちばかりを招待すれば、「アメリカは私たち日本人を洗脳・煽動するために文化活動をしているのではないか」と疑われる恐れがあるからです。

藤田文子(2003)「1950年代アメリカの対日文化政策―概観」(『津田塾大学紀要』35巻:1-18頁)という論文にも、次のような叙述があって驚かされました。というのは、岩井章といえば左派的労働運動の指導者として非常に有名な人物だったからです。

アメリカの対日心理作戦は日本の各界の指導者への働きかけを重視したが、人物交流プログラムは,その重要な手段のひとつだった。[中略] 1955会計年度に、フルブライト交流計画とスミス-マント法に基づく人物交流計画の双方で渡米した日本の指導者と専門家は542人だった。そのなかには、総評の書記長に選ばれたばかりの岩井章を含む総評と全労の労働組合代表者11人もいた。(前掲書7頁)


また他方では、明らかに左派だと分かっている知識人を招待したとしても、それがまったくの無駄金に終わるとも限りません。というのは、すでに前々回のブログでも書きましたが、土屋由香(2013)「アメリカ情報諮問委員会と心理学者マーク・A・メイ」『インテリジェンス』13号:15-29)には次のような事例も紹介されているからです。

〔事例6〕社会党右派の顧問を務めていた大学教授への支援
 この教授が英語学習のためにUSISに接触したことをきっかけに日本語を話せるUSIS職員との間に友好関係が築かれ、社会党の左右統合の際には新しい党綱領を共同で英訳した。
 この教授はUSISとイギリス大使館の計らいで英米両国に派遣され、帰国後は両国について多くの著作を発表したほか、反共主義を唱えた思想家シドニー・フックの著作を日本語に翻訳した。
 思想的な不一致を越えた人間関係が日米協力に結びついた例として「マーク・メイ報告」はこの事例を高く評価している。


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ナンシー・スノーを読んでいて私の頭に浮かんだもうひとりの人物がいます。それは元東大教授(教育学部)藤岡信勝氏で、彼は左派的な教授として有名でした。

また氏は、板倉聖宣氏が開発した理科教育の方法である「仮説実験授業」「授業書方式」を、社会科教育に取り入れて教材開発をしている人物としても知られていました。

ところが在外研究でアメリカに行き、帰国したとたんに(私の目にはそのように映りました)、「自由主義史観研究会」「新しい歴史教科書をつくる会」「全国教室ディベート連盟」などをつくって、今までとは180度ちがった活動を始めました。

この氏の転向が在外研究とどのような関係があったのか分かりません。しかし帰国したとたんに今までの価値観とは正反対の活動を始めたので、私は何らかの関係があったのではないかと疑っています。しかし、それを立証する材料がないので今のところ私の仮説の域を出ません。

とはいえ、「ディベート」というアメリカ仕込みの、今まで日本で実践されたことのない討論方法を教育現場に持ち込み、その手法を使って「南京虐殺は本当に存在したのか」などとという「自由主義史観研究会」の主張を大々的に展開し始めたことは、非常に興味深い注目すべき事実だと思います。

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東京大学教育学部で9年間同僚だった元学部長の佐藤学氏が、『世界』1997年5月号の座談会「対話の回路を閉ざした歴史観をどう克服するか?」で次のように発言していることも、私の仮説の傍証になるかもしれません。

藤岡氏は1991年に文部省の在外研究員として渡米するにあたって「アメリカの教室におけるナショナリズムを、文化人類学の方法で研究して1年で学位論文を書く」と言っていたが、挫折して帰国。「自虐的な日本人ということが語られるのはその頃からです。けれども、僕から見ると、彼のほうがよっぽど自虐的です。ロシアやアメリカの陰謀説に自分自身の歴史や日本の歴史を重ねてしまっている。戦後の日本人の一部が抱き続けた報復感(ルサンチマン)と屈辱感が凝縮して表れていると思えてしかたがない」[出典:WikipediaJapan]


また、もうひとつ注目すべき事実に、「新しい歴史教科書をつくる会」をめぐる内紛があります。2002年2月から、アフガン戦争をめぐるアメリカへの評価などをめぐって反米色を鮮明にする理事待遇の小林よしのり氏や理事の西部邁氏と対立し、小林氏らが退会したという事実です。ここでも、藤岡氏がアメリカから帰国して親米に転向したことが分かります。

ですから私は、藤岡氏のアメリカ滞在中に何が起きたのか、それを知りたいと思っています。 文科省による在外研究であったとしても、ふつう在外研究には受け入れる大学が必要だからです。そこですぐに浮かんでくる疑問は次のようなものです。

Q1:藤岡氏を受け入れた大学はどこの大学か。受け入れた研究者は誰だったのか。
Q2:その大学や研究者を藤岡氏はどうして知ったのか、あるいは誰に紹介されたのか。
Q3:藤岡氏はアメリカで研究できるだけの英語力をどのようにして身につけたのか。
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<註> 私がQ3のような疑問をもったのは、既に土屋由香氏の論文で紹介したような〔事例6:のような事件があったからです。御承知のように、この社会党右派の顧問を務めていた大学教授がアメリカの文化工作に引き込まれたのは、英語学習のためにUSISに接触したことがきっかけでした。

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話が少し横道にそれたので、元のナンシー・スノーの『プロパンガンダ株式会社』にもどります。先に引用した箇所の続きは次のようになっています。

 著名な理論言語学者で、最近はアメリカを批判する政治的発言で注目を集めているノーム・チョムスキーも次のように述べている。
 「教養のない人よりある人を対象にしたほうが宣伝の効果が高まるのは、一つには教養人のほうが活字に触れる機会が多いため、その分、多くの宣伝メッセージを受け取るからである。
 「もう一つの理由は、彼らが管理的な仕事をしていたり、マスコミ関係者や学者だったりするため、宣伝機関の代理人として一定の権能をもって行動するということだ。そして、彼らは、宣伝機関が彼らに信じてもらいたいと思うことを信じる。
 「概して、彼らは特権的エリート層の一部であり、権力の座にある人々の関心と認識を共有している。」


このチョムスキーの発言でとくに注目を引いたのは次の箇所でした。

彼らが管理的な仕事をしていたり、マスコミ関係者や学者だったりするため、宣伝機関の代理人として一定の権能をもって行動するということだ。そして、彼らは、宣伝機関が彼らに信じてもらいたいと思うことを信じる。


これを読んでいて私の頭に真っ先に浮かんだ人物がオバマ大統領でした。以下にその理由を説明します。

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オバマ氏と言えば「シカゴで地域運動をしていた黒人が大統領になった」というイメージがありますが、彼は実はハーバード大学ロースクール[法科大学院]を卒業し、のちにはシカゴ大学ロースクールの講師として、合衆国憲法を講義していた学者でもありました。

ですからアメリカ支配層からすれば、「あの有能な黒人活動家を自分たちの側に抱き込むことができれば」と考えたとしても、何の不思議もありません。そして、その作戦は見事に成功しました。

しかも彼を支配層の側に引き込む大きな役割を果たしたのがハーバード大学ロースクールではなかったのか、と私は考えています。というのは、チョムスキー『現代世界で起こったこと:ノーム・チョムスキーとの対話 1989-1999』(日経BP、2008)に次のような説明があるからです。

ここでチョムスキーは、体制に逆らう人間をエリート大学に送り込んで「家畜化」する方法について述べているのですが、それには「さりげない管理方法」「露骨な管理方法」のふたつがあるとして、前者については次のような例をあげています。

まず、さりげない方法から見ていきましょう。例をひとつあげます。私はペンシルバニア大学を卒業したあと、ハーバード大学の「ソサエティ・オブ・フェローズ」というプログラムに進みました。ここはエリートの教養学校のようなところで、ハーバードやイェールの教授になることの意味や、正しいワインの銘柄や適切な発言の内容など、いろいろなことを教わります。ハーバードの施設をどこでも自由に利用でき、やることといえば週に一回夕食会に顔を出すだけです。そうしたければ、好きなだけ研究に打ちこむこともできます。しかし、この本当の存在意義は仲間同士で交流し、正しい価値観を新入生に教えこむことです。(前掲書392頁)


上記の下線部は私がつけたものですが、ここでチョムスキーは、ハーバード大学の本当の存在意義が新入生に「正しい価値観」を教え込むことにあったことを知って驚いた自分の体験から語り始めています。

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「実はもっとずっと重要な事例もあって、それはエリート校の役割をいっそう明らかにしています」と言いつつ、チョムスキーが次に紹介しているのが、ハーバード大学ビジネススクールの導入した「労働組合プログラム」です。

たとえば、一九三〇年代はアメリカで大規模な労働争議と労働紛争が起きた時代で、国内の実業界は恐れおののいていました。(中略)この動きを覆そうとする多大な努力が払われたのですが、そのひとつにハーバード大学が導入した「労働組合プログラム」があります。

労働運動で活躍している若者で次の年に支部長に選ばれそうな青年をビジネス・スクールの寮に入れて、学生や教授たちと交わらせるのです。そしてエリートの価値観や考え方を身につけさせ、「私たちの仕事は力を合わせて働くこと」「私たちはみな運命共同体」などというスローガンを教えこみます。

こうしたスローガンは必ず二枚舌で、世間一般に対しては「私たちは運命共同体、経営陣と労働組合は協力し、和の精神で共同事業に取り組んでいる」などと宣伝します。そのかたわらで、企業は労働者に対して激しい階級戦争を仕掛けます。どれだけ成果を上げたのかきちんと調べたわけではありませんが、組合の活動家を自分たちと交流させて懐柔する試みが大成功したのはたしかです。

このやり方は、私がハーバードの教育システムで身をもって経験したのと瓜二つでした。


私は先に、「ロックフェラー報告書『人物交流計画』にそって渡米した日本の指導者のなかに、総評の書記長に選ばれたばかりの岩井章を含む労働組合代表者が11人もいた」ことを紹介しました。これはアメリカ国内でおこなわれていたことを国外で実施したにすぎなかったことが、上記の説明でよく分かるのではないでしょうか。

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さていよいよ最後に紹介するのが、オバマ大統領が在籍していたハーバード大学のロースクールです。

彼はシカゴで地域活動をしていた後、ロースクールに入学し、その年の暮れに「ハーバード・ロー・レビュー」の編集長に、2年目にはプレジデント・オブ・ジャーナルの編集長に選ばれています。

そのハーバード大学ロースクールについて、チョムスキーは次のように述べているのです。

もうひとつ、二〇年ほど前にハーバード・ロースクールに通っていた黒人の公民権運動家から聞いた話を紹介しましょう。このエピソードからは別の形の圧力が明らかになると思います。

彼の話によると、ハーバード・ロースクールに来る学生たちは、最初は長髪でバックパックを背負い、「公共事業法を専門にして世界を変える」などと意気込んでいる、これがロースクール一年生のときです。それが半年たって春になると、ウォールストリートの法律事務所のリクルーターが、条件のいい夏休みのアルバイトの勧誘にやって来ます。

そこで学生は「ちょっとくらいヒゲをそってネクタイと背広姿になってもいいか。あんな割のいいバイト、やらないわけにはいかないからな」と言って面接のために身なりを整え、アルバイトの契約をします。そしてひと夏をニューヨークで過ごして秋にもどってくるころには、ネクタイとジャケットに身をつつみ、すっかり従順になって、イデオロギーも一八○度転換している、というのです。人によっては、ここまで変わるのに二年かかることもあるそうです。(前掲書394頁)


上記のような作戦がオバマ氏についてもみごとに成功したのではないか、と私は強い疑いをもっています。というのは、大統領としての氏の「業績」、あの悪名高いブッシュ氏をもしのぐ悪行の数々は、それ以外に説明のしようがないのではないかと思うからです。

日本の大手メディアの多くは、すでに「家畜化」されてしまっているので、大統領としてのオバマ氏の「業績」、あの悪名高いブッシュ氏をもしのぐ悪行の数々をほとんど報道していません。ここでその詳細を説明したい誘惑に駆られるのですが、長くなりすぎるので割愛させていただきます。

いずれにしても、京都大学の「外国人100人雇用」計画や、TOEFLを入試や卒業試験に使いながら日本の若者をアメリカに留学させようとする安倍内閣の政策が、何か別の狙いがあるのではないか ― と私が疑っている理由が、上記の事例で少しは理解していただけたのではないでしょうか。

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なお最後にひと言。

田中美佳子氏が訳出した『現代世界で起こったこと:ノーム・チョムスキーとの対話1989-1999』の原題は下記のとおりです。
Understanding Power: The Indispensable Chomsky

この原題を忠実に和訳するとすれば『権力を理解する:必読チョムスキー』のようなものになるはずです。あるいは『権力との闘い方:チョムスキー理解の必読書』といった題名にしたほうが、チョムスキーの真意が読者によく伝わるのではないでしょうか。

しかし、このような題名ではあまりに強烈すぎるというので出版側に自己規制がはたらいたのではないかと想像します。ここにも「自己家畜化」の典型例をみる思いがします。せっかく数々の民衆集会でチョムスキーが参加者と対話した膨大で貴重な記録が、このような抽象的な題名をつけられて皆の注目をひかないまま埋もれてしまうことが残念でたまりません。
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