[翻訳] 暴力、それはアメリカの生活様式だ――アメリカを「国際標準」とした秘密保護法は国家の安全に役立たない(3)

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国連の人権担当者でさえ抗議声明を発表
アメリカの無人爆撃機、イエメンで「結婚式パーティ」を大量殺戮


http://rt.com/news/un-us-yemen-drones-860/
Fatal error in ‘wedding party’ drone strike prompts UN condemnation
Tribesmen stand on the rubble of a building destroyed by a U.S. drone air strike, that targeted suspected al Qaeda militants in Azan of the southeastern Yemeni province of Shabwa February 3, 2013. (Reuters/Khaled Abdullah)


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 安倍内閣の日本版NSCがさっそく稼働し始めました。南スーダンに派遣されているPKO韓国軍に弾薬1万発を無償譲渡することを決めたからです。
 新聞報道でも明らかなように、これは「武器輸出3原則」を大きく逸脱するもので、アメリカと同じような「死の商人」への道を歩む、そのための地均(じなら)しが、いよいよ始まったものと思われます。
 アイゼンハウアーが退職時におこなった有名な演説で「アメリカはすでに軍産複合体への道を歩み始めている」と警告しましたが、現在のアメリカはこの警告どおり、戦争なしでは経済が成り立たない国になっています。国内に残っている製造業と言えば武器・兵器の生産ぐらいしかなくなってきているからです。
 日本も、アメリカと同じように、「新自由主義」「市場原理主義」の結果、国内の産業が疲弊し、いまや安倍首相自身が「危険な原発を海外に売り出すためのセールスマン」になりさがっています。消費税を上げ福祉を削れば、国内の購買力が激減することは目に見えていますから、次に売り出すものは、アメリカと同じように武器・兵器しかなくなるでしょう。
 ただし、それを売るためにはアメリカに協力して戦争を継続・拡大する以外にはありません。そのための絶好の口実となるのが「集団的自衛権の行使」です。ただし、そんなことをすると国民の怒りが爆発します。ですから「秘密保護法」の制定が必要不可欠でした。そして今や「秘密保護法」も実質的に稼働し始めています。
 それを如実に示すものが、「テレビの生中継もなく傍聴者も傍聴しにくい深夜に、秘密保護法案が参議院で強行採決されたとき、これに靴を投げて抗議した人物が国会内で逮捕され、いまだに釈放されていない」という事件です。イラクでは嘘をついて侵略戦争にのりだした元大統領ブッシュ氏に靴を投げて抗議した新聞記者は、たちまち英雄となりましたが、日本のメディアは、この事件をほとんど取りあげていません。
(Aさんへの救援運動は下記サイトを御覧ください。)
http://himitsuhokyuen.wordpress.com/
 ところで私はこれまで一貫して「アメリカと一緒になって集団的自衛権を行使すれば、日本は自動的に戦争に巻き込まれる」と主張してきました。いまアメリカは毎日のように銃による殺傷事件が起きています(平均87回/毎日)。一昨日も下記のような銃乱射による殺人事件が報じられています。
Colorado Teen Dies After School Shooting; 3 Killed in Chicago Shootings
http://www.democracynow.org/2013/12/23/headlines#122317
 このような国に安倍内閣は「教育再生」と称して大量の留学生を送り込もうとしているのです。しかも国内のGun Violence(銃による暴力)が、そのまま国外のGun Violenceへと併行移動しているのがアメリカの特徴です。このようなアメリカの特質を見事に生き生きと描きだした論説を、Global Researchというサイトで見つけましたので、以下に訳出して紹介することにしました。
 日本の進路を考える際の大きなヒントを与えてくれるのではないかと思うからです。

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殺人(KILLING)に、殺人(KILLING) を重ねても、安全(SECURITY) にはならない

http://www.globalresearch.ca/violence-the-american-way-of-life/5318698

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暴力、それはアメリカの生活様式だ

Violence: The American Way of Life
By John Kozy、
Global Research, November 15, 2013
http://www.globalresearch.ca/violence-the-american-way-of-life/5318698

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 アメリカ合州国は暴力によって身ごもり、暴力によって養育された。
 アメリカ人は暴力に手を染めているだけでなく、暴力を楽しんでさえいる。
 殺人はアメリカで毎日平均87回も起きている。戦争のためアフガニスタンに行くほうが、シカゴで暮らすより危険ではない。
 ローマ人は殺人を観劇するためコロシアムに出かけたが、大都市のアメリカ人は窓の外を眺めるだけでいい。かつて野球はアメリカの国技だったが、温和で退屈なスポーツなので、アメカンフットボールのような、選手の脳を破壊するほど獰猛なスポーツに取って代わられてしまった。暴力映画は「アクション映画」と呼ばれ、映画館とテレビを支配している。子どもたちもビデオ殺人ゲームを楽しんでいる。
 だから 銃規制でアメリカを奇跡的に平穏な国へと変えることができるなんて、本当に信じられるかね?銃の製造と使用を非合法化することでアメリカ人を平和愛好者にできるなんて、本当に可能かね?文化は法律では変えられない。変化は何世代にもわたる息の長い努力が必要だ。アメリカ人にそんな仕事が務(つと)まるかい?

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 キャリー・アミリア・ムーア・ネイション(Carrie Amelia Moore Nation)は、1846年11月25日に生まれた。後に彼女は禁酒運動の過激な一員となった。彼女は、「主キリストの足元を走りまわり主がお好みにならないものに吠えかかるブルドッグ」と自称し、酒場の破壊を禁酒推進の聖なる儀式だと言い張った。禁酒運動を始めたのは、[1874に28歳で再婚し][1889年に]カンザス州メディスンロッジへ移住したあとのことだった。
 そこで彼女は、女性キリスト教徒禁酒同盟(the Woman's Christian Temperance Union)の地方支部を開設し、酒販売禁止令を実行するようカンザス州に求める運動を始めた。彼女は酒場を破壊するということで悪名をはせようになった。しばしば賛美歌をうたう女性たちと楽器演奏者を伴って酒場まで行進していき、うたいながら祈りを捧げながら酒場の備品や酒の在庫を斧(おの)でたたき割った。
 この「斧による破壊」で彼女は1900年から1910年のあいだに30回ほど逮捕された。彼女は、1911年6月9日に亡くなり、ミズーリ州ベルトンで埋葬された。墓には墓標がなかったので、のちに女性キリスト教徒禁酒同盟は石碑を建て、こう記した。「禁酒法を制定させた篤信者。彼女は自らの為し得ることを為した」。もう8年長生きしていたら彼女は禁酒がアメリカの国法となるのを見たであろう。

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  再婚した頃のネイション      斧を持つネイション女史        晩年のネイション女史


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しかし、もちろん長続きはしなかった。禁酒法は1933年12月5日に廃止されたからだ。ほんの14年間つづいただけだった。そして決して社会に有益な影響を与えなかった。それどころか、アメリカに犯罪組織(マフィア)を根づかせる手助けをしただけだった。
 しかしアメリカ人は容易に断念はしない。この知識人なんかいらないとする社会(だから、もっと科学者が必要なんだと言われている国)では、非科学的な慣習がはびこっている。だから、役に立たないと分かっているものが何度も何度もくりかえされる。ニクソン政権が1871年に麻薬戦争を宣言したのも同じ理由だ。
 それから50年後のいま麻薬戦争の塹壕(ざんごう)の壁はまさに崩れはじめている。麻薬禁止というこの長期にわたる努力も、まったく功を奏せず、社会にたいして何の益もなかった。それどころか国内と国外で何千人もの死者をうみだし、数えきれない若者の命を奪うことになった。同時に大量のお金を浪費した。禁酒法がそうであったように、麻薬戦争も、国際的犯罪カルテルの蔓延(まんえん)を助長しただけだった。
 科学的気質をもつ人なら効果がないと放棄するはずのことを、アメリカ人は驚くほどの熱意をもって実行に移してきた。愚劣だと考えるひとが一人くらいはいてもよさそうだが、一人もいない。群衆はふたたび騒ぎたてている。今はその対象が銃だ。
 ただし誤解のないように。私は銃をもっていない。というのは、文明国に住んでいる人に銃が必要だという理由が、私には思いつかないからだ。銃にはただひとつの目的しかない。人殺しだ!文明人には人殺しをする必要も理由もない。もし銃が自己防衛に必要だというなら、その国は国内に平安を保障するという基本的機能において失敗・破綻しているのだ。(合州国憲法を読んでみたまえ!)それさえ提供できない国は完全に失敗国家・破綻国家だ。銃の所持を強固に主張する人がいるという事実が、アメリカ人の性格とアメリカ国家の破綻について、多くを物語っている。銃について論じる以前の問題だ。

 しかし、もう一つの禁止[銃規制]を試みるということがアメリカにおける暴力になんら意味ある効果をもたらさないとしても、何かをしているという気休めにはなるだろう。銃規制法を「気分のいい」法だという人もいた。たぶんそうだろう。「気分の良い」法は「気分の悪い」法よりは良いに決まっている。そして銃規制に反対する充分な理由などないことも分かっている。しかし私が反対しているのは、銃規制さえすればアメリカ社会における暴力が著しく減少するんだという能天気な楽観主義なのだ。銃がアメリカの暴力の原因ではない。アメリカ社会の暴力性が銃偏愛の原因なのだ。
 アメリカ合州国は暴力によって身ごもり、暴力によって養育された。アメリカを植民地にしたヨーロッパ人は寛大だったわけでも文明的だったわけでもない。ヨーロッパ社会の屑だったのだ。そして互いに軽蔑し合っていた。マサチューセッツの、まったく不潔きわまりない(totally impure) 清教徒たち(Puritans) は、ペンシルベニアのクエーカー教徒とメリーランドのカトリック教徒を軽蔑していた。
 ピクォート戦争で英国の入植者たちは、ジョン・メイソンに命令されてミスティック川の大きなピクォート村に夜襲をしかけ、住民を家ごと焼き払い、生き残ったひとたちもすべて殺した。控えめな見積りでも、ヨーロッパ人の植民以前のアメリカの人口は、一千二百万人を超えていた。四百年後には、その数は二三万七千人まで減少させられた。四百年もの間、先住民にたいして絶え間のない暴力がふるわれ、その暴力はいまだに続いている。

 エイブラハム・リンカーンは偉大なる奴隷解放者として崇(あが)められているが、南北戦争で約七五万人のアメリカ人が殺された。戦争以前には耳にしたこともないような暴力によって、奴隷解放がおこなわれた。これとは対照的に、しかも同じ頃、ロシアの専制皇帝アレキサンダーⅡ世は、たった一人も殺さないで、二三万人以上の農奴を解放した。あの忌々しいロシアの専制君主が!
 南北戦争の後、アメリカ人は辺境地をひたすら突き進んで太平洋に至った。それを銃で使ってやったのだ。ウィンチェスターモデル1873自動連発銃とコルト連発ピストル1873「ピースメーカー」(平和をつくる!という名の銃だ!)は、俗に「西部を手に入れた銃」として知られている。西洋からやって来た植民者の手に握られ、圧倒的な役割を果たしたわけだ。こうしてアメリカ人はミシシッピから太平洋まで銃を撃ちまくって西進したのだ。

 アメリカの外交政策は何十年もの間、ほとんどが軍事的火遊びの連続だった。つまり砲弾外交だ。いま銃は、無人爆撃機(Drone)とそれから発射される弾丸、あるいはヘルファイア[地獄の火]ミサイル(=短距離空対地ミサイル)へと代わった。
 アメリカで名誉勲章を二度も受けた将軍はたった二人しかいない。そのうちのひとりがスメドレー・バトラー将軍(1881-1940)だ。その彼が次のように書いている。
 「在職のあいだ私は、大企業、ウォール街、銀行などの最高級用心棒として時をすごした。要するに私は、資本主義に奉仕する恐喝者でありギャングの一員だった。
 ・・・1914年に私はメキシコとくにタンピコで、アメリカ石油業界が安全に動けるよう手伝った。ハイチとキューバを、ナショナル・シティバンク行員たちが収奪しやすい場所にするよう手伝った。私はウォール街の利益のために、中央アメリカで六つの共和国の略奪に手を貸した。恐喝の記録は長い。
 私は1909年から1912年にブラウン・ブラザーズという国際的投資銀行のために、ニカラグアの浄化を手伝った。1916年には、アメリカ砂糖会社のために、ドミニカ共和国に焦点を当てた。中国では、スタンダード石油会社が思いどおりにできるように手伝った。」
 もちろん今は、中東と東南アジアを「民主主義のために」「安全な国」にするために銃を使っているが。

 しかしながらアメリカのこのような暴力的試みは、いま功を奏していない。

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 暴力はこの国の文化に浸透している。アメリカ人は暴力に手を染めているだけでなく、暴力を楽しんでさえいる。アメリカでは毎日、太陽が昇るよりも頻繁に殺人が起きている。今では毎日の平均が87回だ。アフガニスタンの戦場に行くほうが、シカゴで暮らすより安全だ。
 だからほんとうに信じられるかね? 銃規制でアメリカを奇跡的に平安な国へと変えることができるなんて。ほんとうに信じられるかね? 武器の製造と使用を非合法化することで、アメリカ人を平和愛好者にできるなんて。文化は法律では変えられない。法律の唯一の機能は復讐を正当化することだ。歴史の記録を見るかぎり、何かを減少させるつもりで制定された法律で、それを根絶させた例はない。有史以来、[マグナカルタのような]最も古い[人権]宣言でさえ今や死語とさせられ効力を失ってしまっている。それが現状だ。だから実のところ、法律に基づいた社会とは無法社会のことなのだ。

 アメリカ社会が暴力的なのは、銃のせいではない。アメリカ人の生き方のせいなのだ。ヨーロッパ人が最初に南北アメリカにやって来たとき、新世界を発見したと考えた。しかし彼らが発見した土地には、すでに独自の生き方・生活様式をもった人々が住んでいた。不寛容なキリスト教徒にとって暴力の使用は不可欠だった。ヨーロッパの欲しい地域をローマ人が略奪したのと同じように、移住したヨーロッパ人は南北アメリカを略奪した。暴力は彼らの骨の髄までしみこんでいる。今日のアメリカ人はその遺伝子を受けついでいるのだ。
 全米ライフル協会(NRA)のスポークスマン、ウェイン・ラピエール(Wayne LaPierre)は言った。「銃を持つ悪人を阻止できるのは、銃を持つ善人だけだ」。そう言っている彼こそが銃を持つ悪人なのだということを、誰かが教えてやらねばならない。
 だから、銃の拡散を規制する法をつくるのはたしかに結構だが楽観は禁物だ。そんな法は助けになるかもしれないが当てにはならない。アメリカ人の性格を変えることができないかぎり我々の粗暴さは自らを絶滅させてしまうまで続く。だから**に従って生きよ。おっと、この**が何かは言わずとも知れたこと。文化は極めて変え難い代物(しろもの)だから、それを変えるには何世代にもわたる息の長い努力が必要だ。アメリカ人にそんなことができるのかね?
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<註1> 上記で引用されているバトラー将軍の詳しい陳述は下記の拙訳にあります。参照いただければ幸いです。
 『肉声でつづる民衆のアメリカ史』明石書店、2012
  上巻、第12章、第4節、スメドレー・バトラー『戦争はペテンだ』
また上記の翻訳は単独で次のサイトにPDFファイルとして掲載されています。
http://www42.tok2.com/home/ieas/translation_index.html
http://www42.tok2.com/home/ieas/ViolenceTheAmericanWayOfLife.pdf

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<註2> ジョン・コーズィは哲学・論理学の元教授で、退職した今は社会的・政治的・経済的な諸問題について健筆をふるっている。朝鮮戦争中にアメリカ陸軍に服したあと、州立大学教授として20年間をすごし、退職後の20年間は作家として働いている。形式論理学の教科書を公刊し、学術誌や商業雑誌にも執筆している。また新聞のゲスト論説をたくさん書いてきた。彼の論説は下記サイトで読むことができるし、そのホームページから彼宛にメールを送ることもできる。
http://www.jkozy.com/
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