私たちは若者をどのような国に留学させようとしているのか(下)――三重苦[授業料の高騰、学生ローンの利子高騰、就職難と最低賃金]が渦巻くアメリカ

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アメリカの卒業式風景――「俺を雇ってくれ!」と書いた帽子をかぶった卒業生

http://rt.com/usa/record-high-us-student-debt-775/

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 前回のブログでも述べたように、安倍内閣の教育再生実行会議の案では、日本人学生を外国に送り込むことが大きな柱のひとつになっています。そして送り込む第一の対象国としてアメリカを念頭においていることは間違いないでしょう。だからこそ「大学入試にTOEFLを使え!」という政策が出てきたりするわけです。
 しかし安倍氏が送り込もうとしているアメリカは、本当に日本の学生を留学させるのにふさわしい国なのでしょうか。それを前回のブログではアメリカ国内に渦巻く「三つの暴力」という視点で考えてきたわけですが、今回はアメリカ国内に渦巻く「失業と貧困」「学生の借金地獄」という観点で、この問題を考えてみたいと思います。

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 というのは、アメリカでは多くの学生が高額の授業料を払えずに借金地獄に陥り、卒業してもその借金(ローン)を払い続けるためにだけ働くというのが実態です。それどころか、その借金の取り立てで家を失い路上生活者になるということも珍しくなくなってきているからです。
 なぜそのようなことになるかというと、今のアメリカでは製造業のほとんどは海外に行ってしまっていますから大学を卒業してもまともな仕事がなく、あるのは低賃金で働くサービス産業のようなものしかなくなってきているからです。よほどの高学歴と幸運がなければ金融街で働くことは無理でしょう。
 そこで、いまアメリカでは学生の間にカナダに脱出するという新しい現象が生まれつつあります。というのは、このような高額の授業料を払う余裕のないひとにとってカナダは、はるかに安い費用で大学に行き、博士号や修士号などの学位を手に入れることができる国だからです。
 ところが今の自民党政権の教育政策は、皮肉なことに、「低賃金と高失業率、暴力と銃乱射事件が渦巻くアメリカ」「多くの学生がカナダに脱出し始めているアメリカ」へ、日本の学生を送り込もうとしているのです。以下では、具体的事実にそくして、その実態を紹介してみたいと思います。

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 まず第一に、アメリカの学生がいかに借金地獄に陥っているかは、次の記事(Democracy Now!、August 20, 2013)からも明らかです。
U.S. Student Loan Bubble Saddles a Generation With Debt and Threatens the Economy
http://www.democracynow.org/2013/8/20/matt_taibbi_us_student_loan_bubble

 このインタビュー番組で政治記者マット・タイビMatt Taibbiは、ローリング・ストーン誌で発表された新たな記事"Ripping Off Young America: The College-Loan Scandal"(『搾取される米国の若者:大学ローン・スキャンダル』)を下敷きにしながら、次のように述べています。
 「学生ローンの不当な高金利は米国の高等教育の暗い秘密だ。問題なのは、インフレ率の2、3倍もの高騰を見せている、あきれるほどに高い学費だ。
 この高騰は、2008年以前の数年間に急騰した住宅価格の動きに不気味なほどに似通よった上昇傾向を見せている。
 これは、州立大学でここ数年にわたって若者世代に対して体系的に行われてきた、恥ずべきで弾圧的な暴虐だ。」

 タイビは、オバマ政権は次の10年間で、学生の借り手たちに何の抜け道を与えることなく、学生ローンで1850億ドルを捻出しようとしていると言います。政府の財政赤字のつけを学生ローンでまかなおうとしているというのです。
「ギャンブラーですら破産宣告をすることができる。それなのに学生ローン地獄に入った若者たちは、この負債から決して逃れることができない。学生は、就職に失敗しても、あるいは在職の途中で首を切られて失業しても、借金地獄から逃れられないのだ。」

 つまり学生にだけは「自己破産宣告を許さない」とする法律をつくったのです。これが、弱者=「黒人」を売り物して大統領に当選したオバマ氏の教育政策なのです。

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<註> 競争主義をあおりたてる "Race to the Top"という教育政策を提出したのもオバマ氏でしたから、これも、いかにもオバマ氏らしい政策だとも言えます。
 これでは、あの悪名高いブッシュ氏が提出した "No Child Left Behaind Act"「落ちこぼれゼロ法案」の方が素晴らしく思えてきます。
 なおローリングストーン誌に発表されたマット・タイビ氏の記事(August 15, 2013)は次のサイトから読むことができます。
Ripping Off Young America: The College-Loan Scandal
http://www.rollingstone.com/politics/news/ripping-off-young-america-the-college-loan-scandal-20130815


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「今すぐ借金の棒引きを!」と訴えるプラカード
A woman holds a placard on Hollywood Boulevard while protesting the rising costs of student loans for higher education on September 22, 2012. (AFP Photo / David Mcnew)
http://rt.com/usa/record-high-us-student-debt-775/

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 学生が授業料のために借りたお金の返済にいかに苦しんでいるかは、RT(RussiaToday)
の次の記事でも明らかです。
Delinquent US student loans hit record high, with over $100 billion past due
(アメリカの学生ローンの滞納者は歴史的な高さにのぼっている。期限を過ぎても未納になっている額は1000億円にもなる)
http://rt.com/usa/record-high-us-student-debt-775/(May 25, 2013)

 この記事によると、2013年度学生の70%は平均35200ドルの借金を抱えて卒業するそうです。借金の額はもちろんのことですが、もっと大きな問題は、それにかけられている不当に高額な利子です。
 政府による学生ローンでさえ現在の3.4%という利率は、すでに2倍の6.8%という高利子になることが決まっていますし、将来的にはさらに値上げをして、10.5%を上限とする案も検討されているそうです。
 政府が大手銀行に金を貸すときには0.75%の利子なのですから、なぜそれと同率ではいけないのでしょうか。。これでは政府の役割は単なる「高利貸し」と何ら変わらないことになります。
 それでも「大学を卒業すれば高額の給料取りになれる」というのであれば何の問題もないでしょう。しかし、アメリカの現実はまったく逆です。次のRT記事によれば、最近の卒業生の半分は正規の仕事(full-time work) についていません。
Half of recent grads can’t get full-time work, study shows
http://rt.com/usa/college-grads-recent-percent-763/(April 23, 2012)

 しかも次の記事によれば、何十万もの学生が、卒業しても手にできる仕事は、最低賃金のもの(minimum wage jobs)しかないのです。この記事は、卒業生の50%近くが大卒の資格を必要としない仕事につき、その38%は高卒の資格すら必要ないと報じています。
Hudreds of thousands of college graduates work minimum wage jobs
http://rt.com/usa/college-graduates-minimum-wage-174/(April 01, 2013)

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 先にも述べたように、アメリカの新しい法律では、学生ローンは唯一「自己破産」を許されないものとなっていますから、政府は住宅ローン会社やクレジットカード会社よりも強力な「貸し剥がし」の権力を持っています。
 ですから、学生たちは大学を卒業して就職できたとしても、学費ローンの返済に追われ、車を買ったり、家を買ったり、結婚したり、子どもをもったりすることを、後回しにせざるを得なくなっているのです。
 この状況をさして次のRT記事は、「学生借金と雇用市場が 『賃金奴隷の世代』をつくりだしている」と述べています。
Student debt, job market creating 'generation of wage slavery'
http://rt.com/usa/student-debt-generation-wage-slavery-903/(May 06, 2013)

 こうしていまアメリカでは、大卒の学生が高卒を職場から追い出していますから、高卒の資格しかない若者の失業率は、いまや19.1%にも上っています。
 その結果、いまアメリカの若者は、大学を出ても学士号に見合う仕事がないにもかかわらず大学を出ざるを得ないという矛盾に直面しています。
 その一つの解決策が、アメリカを逃げ出して(flee)、学費の安いカナダの大学に行くという方法でした。次のRT記事は、その間の事情を詳しく説明しています。
Americans flee to Canada for college education
http://rt.com/usa/american-canada-education-drain-473/(April 26, 2013)

 この記事によれば、アメリカの大学では毎年平均32000ドルの学費が必要ですが、カナダでは5000ドルで済みます。アメリカでは、学期ごとに50000ドルも払わねばならない大学もあるのですから、いかに安いかがよく分かります。
 もう一つ具体例をあげるとすれば、カナダのモントリオールにあるMcGill Universityは「北のハーバード」と称されるくらいに有名な私立大学ですが、ここの4年間の学費が、アメリカの首都ワシントンにあるGeorge Washington Universityの1年分です。
 ですから、上記のRT記事によれば、いまマギル大学の6%がアメリカ人ですが、このまま事態が推移すれば、近い将来その比率は倍加するだろうとみられています。

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 このようにアメリカでは自国を逃げだす若者が増えているにもかかわらず、安倍内閣は、大学入試の科目としてTOEFLを受験させ、日本人学生を大量にアメリカへ送り込もうとしています。
 しかし、よく考えてみると「自国を逃げ脱す若者が増えている」「にもかかわらず」ではなく、「自国を逃げだす若者が増えている」「からこそ」なのかもしれません。
 というのはアメリカとしては、若者に逃げ出されたままで放置しておくわけにはいきません。何らかの方法で逃げ出した学生の穴埋めをしなければならないからです。そこでターゲットになったのが日本だった!というわけです。
 これは私の「仮説」ですが、拙著『英語教育原論』で詳述したように、いま日本全国の学校に配置されているALT(外国語指導助手)が貿易摩擦の解消策だったことを考えると、まったく荒唐無稽の仮説だとは思えないのです。
 アメリカの赤字財政を穴埋めするために無理やり買わされた商品が、ALTという「英語人」だったとすれば、その次に買わされるものがTOEICやTOEFLという商品だったとしても何の不思議もないからです。
 TOEICという「ビジネスイングリッシュ」の能力を測るはずの商品が、全国の大学に、理系学部を中心とする大学・学部にまで、研究費を削ってまでも購入を強制されるようになってから10年近くが経ちます。
 そしてTOEICを強制していた舌の根も乾かないうちに、今度は「TOEFLを受験させろ!」「海外に送り出す留学生を倍増して12万人に!」と大声で叫んでいるのが、今の政府・文科省なのです。
 こんな理不尽なことががまかり通っているのは、教育の論理ではなく別の論理(政治・経済の論理)が働いているから、としか考えられません。
 というのは、学費が安いとされている州立大学でも、州民と州外の学生では授業料は格段の開きがあります。さらに国外から来る留学生の授業料は州民の3倍になるところも珍しくありません。ですから、カナダに逃げ出した穴埋めに、日本から何万人もの留学生が来るとすれば、アメリカにとってこんなに美味しい話はありません。
 そのうえ、州立大学でさえ最近の学費の高騰ぶりはすざまじいものですから、その3倍もの授業料を払ってくれるお客がいれば、アメリカは逃すはずはありません。それどころか、ALTの時と同じように、裏で日本政府に圧力をかけてでも留学させようとするでしょう。私の「仮説」が出てくるゆえんです。
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