ウクライナ情勢の読み方(6)-何がクリミアをして住民投票に走らせたか: その歴史、そしてキエフ新政府の民族浄化政策

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 相変わらず腰痛が完治せず、パソコンに向かうのが苦痛なのですが、ウクライナ情勢が緊迫していて座視しているわけにはいかず、今やっとベッドから起き上がってきたところです。
 というのは、自治を求めて立ち上がった東ウクライナの住民が、キエフから派遣された軍団によって(これにはアメリカの有名な傭兵部隊ブラックウォーターも密かに参加していると言われています)蹂躙・殺戮される危険性も出てきたからです。

 前回のブログで私は次のように書きました。
次回のブログでは、Nさんとの次のやり取りについて考察するつもりです。
>「オバマ政権の偽善は、史上空前の記録をつくる」を拝見しても、ロシアがクリミア併合をしていい理由についてはまったく分かりませんでした。
Q: クリミヤにはウクライナから独立する権利はないということでしょうか。自分たちの帰属を自分たちで決める権利はないということでしょうか。沖縄も 同じでしょうか。また「ロシアによる軍事制圧下による選挙」という根拠はどこにありますか。国際監視団は単なるお飾りだったと言いたいのですか。

 そこで今回は「何がクリミアをして住民投票に走らせたか: その歴史、そしてキエフ新政府の民族浄化政策」について詳しく調べてみたいと思います。

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 Nさんは私が「大手メディアの報道をそのまま受けいれてはいませんか」と言ったことに対して、「 "オバマ政権の偽善は史上空前の記録をつくる" を拝見しても、ロシアがクリミア併合をしていい理由についてはまったく分かりませんでした」と述べています。
 しかし、そもそも、「ロシアが軍事力にものを言わせてクリミアを併合した」という見方そのものが、アメリカや大手メディアの言い分をそのまま受け入れていることを示しています。
 結論から先に言うと、ロシア人が多数を占めるクリミア自治共和国は、ソ連邦崩壊以来、一貫してロシアへの帰属を求めて運動を続けてきたのですから、「クリミア併合」のため、いま改めてロシアが軍事力を行使する必要はまったくありませんでした。
 むしろ逆に、キエフで武装集団によるクーデターが起きて、暫定政府が「ウクライナではロシア語を公用語として認めない」とする法律をつくったことが、クリミアの独立=ロシア編入の運動を再燃させてしまった、というのが事態の真相に近いと思います。
 今回の事件を受けてクリミアの歴史を調べてみたのですが、調べれば調べるほど、私の判断が正しいと思うようになりました。

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 ロシアが帝政時代だったときもロシア革命後のソ連邦時代も,クリミアに住む人たちの大部分はロシア語を話す人々であり、自分たちはロシア人だと思っていました(それ以前に、実は帝政ロシアのルーツはキエフ大公国にあるのですが、ウクライナの歴史を述べだすと長くなるので省略します)。
 フルシチョフがソ連書記長になった翌年(1954)に、ロシアのひとつの州だったクリミアは、住民の相談なしに、ソビエト連邦最高会議幹部会の決定で、ウクライナに移管されました。フルシチョフがウクライナ出身だったから、ウクライナへのお土産だったのだと言われていますが、それでもソ連邦の一員でしたから大きな問題にはなりませんでした。
 しかしソ連邦が崩壊してウクライナが独立した国になってからは、クリミアの多数を占めるロシア人たちは再びロシアへの帰属を求めるようになりました。そして1992年5月5日、ウクライナ共和国クリミア州議会はウクライナからの独立を決議し、クリミア共和国を宣言したのも、このような運動の一環でした。
 詳しい経過は省きますが、ロシアがクリミア独立運動への支援を取りやめた結果、クリミア内での独立運動も後ろ盾を失って急速に沈静化し、またウクライナ側でもロシアに敵対的な民族主義政党の活動が和らいだため、クリミア議会もウクライナ共和国内の「自治共和国」であることで妥協するようになりました。
 ところが今度のクーデターで成立した暫定政権は、極右民族主義者やヒトラー信奉者が武装して議会を占拠し、選挙で選ばれていたヤヌコーヴィチ大統領を放逐しました。そしてウクライナ全土でウクライナ語を公用語とし、ロシア語の使用を禁止するなど、過激な民族主義的政策をとることを発表しました。

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 この間の事情を、小手川大助氏(キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹)は自社研究所のホームページで「ウクライナ問題について」という論考を発表し、次のように述べています。
 以上にもましてロシア当局を震撼させたのは、新政府の大臣ポストにいわゆる「ネオナチ」として知られていた「スボボダ」などの極右の党の幹部が次々に任命されたことである。副首相、農業大臣、環境大臣、教育大臣、スポーツ大臣、国家安全保障及び国防会議議長がそれである。
 更に2月23日に新政府の代表者たちは「ウクライナ民族社会」の設立を発表した。その内容は、ロシア語を使用する者は全て、ウクライナ民族社会の正当な権利を有するメンバーという地位を剥奪され、市民権及び政治上の権利が差別されるべきであるとするものである。(中略)
 今回、政権の一角についた政党のスローガンのうち、特に目を引くものとして以下のものがある。 「ウクライナは至高の存在」、「ウクライナ人のためのウクライナ」、「ウクライナに栄光あれ、敵には死を」、「モスクワの連中を刺し殺せ、ロシア人を削減せよ、共産主義者を絞首刑に」
http://www.canon-igs.org/column/network/20140320_2453.html

 小手川氏は元大蔵官僚であり元IMF日本代表理事も務めたことのある人物です。このような一般的には保守的とみなされるような人物でさえ、事態を正しく認識しているのに、日本の大手メディアは、EUやNATO、特にアメリカ政府の主張をそのまま垂れ流しているだけです。
 上記で小手川氏は「以上にもましてロシア当局を震撼させたのは」と述べていますが、新政府の政策で真っ先に大きく心を震撼させられ強い恐怖心をいだいたのは、実を言うとロシア当局よりも、ロシア語を日常語としているクリミヤやウクライナ東部のひとたちでした。

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ウクライナ&クリミアにおけるロシア語話者の分布図

http://www.globalresearch.ca/crimea-putins-triumph-now-the-confrontation-moves-east-to-new-russia/5374710

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 それはともかく、上記のような事態が、クリミアだけでなくウクライナ東部など、ロシア語話者が多数を占める地域のひとたちの危機意識を急速に高めることになりました。その結果、クリミアではウクライナから独立したいという運動を再燃させることになり、ウクライナ東部ではキエフ新政府から自立した強力な自治政府をつくらなくてはならないという意識と運動をかきたてることになりました。
 ですから、ロシアが軍隊を出動させ銃剣の下で住民投票などを強制する必要もなく、クリミアで住民の自由意志による住民投票が実施さえすれば、その結果は初めから分かっていたとも言えます。実際その投票結果は、独立賛成が96.77%、反対が2.51%、無効票は0.72%となり、投票率は83.1%でした。
 クリミアは住民投票をおこなう際、国際監視団の参加を要請しました。監視団のなかには、オーストリア、ブルガリア、フランス、ドイツ、ハンガリー、イタリア、ラトビア、ポーランドなどが含まれています。こうして23カ国135人の監視団が監視するなかでおこなわれた投票で、不正行為は報告されていません。
「国際監視団:クリミアの "銃剣下でおこなわれた住民投票" というのは作り話」
Crimean ‘referendum at gunpoint’ is a myth – intl observers
http://rt.com/news/international-observers-crimea-referendum-190/

 少数民族であるタタール人が大挙して投票ボイコットするという予想もありましたが、その予想も外れました。
 もしこの投票結果を認めないというのであれば、「住民投票」を盾にとってセルビアからコソボを分離させた行為、スーダンから南スーダンを分離させた行為、イギリスがアルゼンチンからフォークランド諸島をもぎ取った行為なども同じように非難されるべきです。
 しかし、NATO諸国は、一向に自分たちの二重基準(ダブルスタンダード)を認めようとはしていません。

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 ところがアメリカでは面白い現象が起きています。ソ連邦が崩壊するまでの数年間(1987―1991)をソ連大使として務めたジャック・マトロック氏が、DemocracyNow![2014/03/20]で次のように述べているからです。
 「現在のロシアの動きは、アメリカがソ連邦との約束を破って旧ソ連圏に手を伸ばし、それらの国々に次々と米軍基地を拡大して、ロシア包囲網を強化していることにたいする当然の反応だ。」
 「中国やロシアが、カリブ海やメキシコにミサイル基地をつくったり、アメリカ国境に向けて軍隊を移動し始めたら、アメリカはどう反応するか。それはキューバ危機を見れば明らかだ。ところがそれと同じことを、いまアメリカはロシアにたいしておこなっている。」

出典「前ソ連大使:クリミア危機の背景にはアメリカのロシアにたいする永年の敵対政策がある」
Former U.S. Ambassador: Behind Crimea Crisis, Russia Responding to Years of "Hostile" U.S. Policy
http://www.democracynow.org/2014/3/20/fmr_us_ambassador_behind_crimea_crisis

 しかし、もっと驚いたのは、マトロック氏が「歴史的事情から、ロシアによるクリミア併合は認めざるを得ない」と断言しつつ、「むしろ心配なのはウクライナ本土が分裂することだ」「いま緊急に必要なのは内戦になるのをくいとめることだ」と述べていることでした。
 いまウクライナではマトロック氏が心配していたとおりの事態になりつつあります。
 ロシア語話者が多数派を占めるウクライナ東部では、ウクライナから分離独立しようとする動き(あるいは自治共和国をつくり連邦制国家に移行する要求)が強まりつつあり、それが阻止しようとするキエフ新政府との間で、流血の惨事、内戦へと発展しかねない状況が生まれているからです。
 それはともかく、アメリカでは超右派だと思われていた共和党大統領レーガン、ブッシュ両氏のもとでソ連大使を務めていたひとから、このような発言を飛び出してきたのですから、驚かざるをえません。

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 同じことは、共和党から有名になったロン・ポール氏についても言えます。チョムスキーは「今のアメリカに2大政党は存在しない。共和党左派(=民主党)と共和党右派だけだ」と言っていますが、好戦的であるはずの共和党からロン・ポールのような人物が大統領候補に出馬して、反戦論をぶっているのですから驚きです。
 ポール氏は、「ウクライナ&クリミア危機はウクライナ国内の問題であり、内政干渉すべきではない」「アメリカにとって何の脅威も与えていないロシアに経済制裁を課すのは、一種の戦争行為だ」と述べているのです。ところが,こういう事実も大手メディアはいっさい報道しません。
「ロン・ポール:経済制裁は戦争行為だ」
Economic sanctions are an act of war – Ron Paul
http://rt.com/shows/sophieco/sanctions-war-ron-paul-769/

 一般的に民主党はハト派、共和党はタカ派だと思われているのですが、先のチョムスキーの言にもあるとおり、今は両党ともにタカ派です。そのなかでの発言だっただけに、マトロック氏やロン・ポール氏の発言は、オバマ大統領の好戦ぶりが浮き彫りにすることになりました。

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 もう一つだけ、私の興味を引いた事実を紹介しておきたいと思います。それは1990年にソ連で最初で最後となる大統領に就任し、同年に「マルタ会談で冷戦を終結させた」としてノーベル平和賞を受賞したゴルバチョフが、今回のクリミヤ独立を明確に認める発言をしていることです。
「クリミアは、以前にソビエトの法律で、ウクライナに併合された。もっと正確に言えば、
当時の共産党最高幹部会の決定だった。これは住民の意向をまったく無視しておこなわれた決定だった。いまクリミアの住民は、住民投票を通じて、その過去の過ちをただす決定をした。」「これはクリミア住民の熱望を現れだ。」「これは歓迎されるべきことであって制裁されるべきことではない。」
http://rt.com/news/mistake-fixed-crimea-gorbachev-422/(March 17, 2014)

 ゴルバチョフといえば、日本を含む西側諸国では絶大な人気を誇り、ゴルビーの愛称で親しまれたものの、ロシア国内ではアメリカと並ぶ二強国であったソ連を崩壊させたことから評価が分かれている人物です。その彼がインターファックスを通じてこのような声明を発表したことは、注目に値する事実です。
 氏が冷戦を終結させた際アメリカとの間に「NATOは旧ソ連圏、東欧諸国に勢力を拡大しない」という約束を取りつけたものの、見事にその約束を裏切られた怒りが、このような声明を発表させたのでしょうか。あるいはアメリカと並ぶ二強国であったソ連を崩壊させロシアを弱体化させた責任感がこのような声明を発表させたのでしょうか。

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<註> ゴルバチョフの発言の原文は次のとおりです。
The people of Crimea fixed a Soviet-era mistake with the Sunday’s referendum and the will of the people should not be punished by sanctions, said former Soviet leader Mikhail Gorbachev.
“Earlier Crimea was merged with Ukraine under Soviet laws, to be more exact by the [Communist] party's laws, without asking the people, and now the people have decided to correct that mistake. This should be welcomed instead of declaring sanctions," he told Interfax on Monday. Gorbachev praised the referendum, stating that it “reflects the aspirations of Crimea's residents."

出典>「クリミアの住民投票はソビエト時代の過ちをただした」
Crimea’s referendum corrected Soviet-era mistake - Gorbachev
http://rt.com/news/mistake-fixed-crimea-gorbachev-422/(March 17, 2014)

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 いずれにしても、アメリカおよびNATOがウクライナでゴリ押している戦争挑発政策に、このようなかたちでもの申す動きが出てきていることは嬉しいことです。
 さもなければ、今のままではウクライナは内戦になるからです。それがNATO軍とロシア軍との戦闘に拡大していけば、世界的惨事になることは間違いありません。
 NATO(北大西洋条約機構)は元々、ソ連邦を中心とする東側諸国を仮想敵国とする欧米諸国の軍事同盟でした。ですから、チョムスキーが『現代世界で起こったこと』(日経BP社 2008)その他の著書でたびたび述べているように、ソ連邦が崩壊した時点でNATOは解散すべきだったのです。
 しかし次々と新しい敵をつくりだしたり、「人道的介入」などという口実をもうけたりしながら、NATOは生きのびてきました。そうしないとアメリカの軍事産業・軍産複合体は生き残れないからです。
 それがアフガンを荒廃させ、リビアを壊滅させました。さらにNATOはシリアの内戦に手を貸し、そして今やウクライナにまで戦火を拡大しようとしています。あわよくば、ロシアをウクライナ内戦に引きずり込み、プーチン政権の弱体化・政権転覆につなげたいのかもしれません。


<追記> 今日のDemocracyNow! を見ていて非常に気になることに気づきました。それは、キエフでのクーデター政権に抵抗して、ウクライナ東部で新しい自治政府を求める運動をしているひとたちを、「分離主義者」Separatistsと呼称し、アメリカ政府の言い分を大きく報道していることです。
 しかし、ウクライナ東部で活動しているひとたちの主張は、キエフ暫定政権が主張する過激な民族主義的主張(ウクライナ語を話す人たちだけの「ウクライナ民族社会」の設立)に抵抗し、強力な自治国家をつくってウクライナを一種の連邦国家にすることです。
 彼らは、キエフ暫定政権による一種の「民族浄化政策」に抵抗しているのであって、今のところ、ウクライナから分離することを求めているわけではありません。
 ですから、名づけるのであれば「連邦主義者」FederalistsまたはPro-federalization Activistsとすべきであって、「分離主義者」とすべきではありません。その点、RTは彼らを正しく「連邦主義者」と呼称しています。
 詳細は省きますが、DemocracyNow!は、アメリカの外交政策については、しばしばアメリカサイドから見た記事を中心にした報道を続けています。これはリビア爆撃の時も同じでしたし、現在のシリアの内戦についても同じです。これではアメリカの大手メディアとあまり変わらなくなってしまいます。
 クーデターに手を貸したNGOと同じ運命を、DemocracyNow! も辿るのでしょうか。とすれば非常に悲しいことです。(2014/04/23)
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