劉暁波氏へのノーベル平和賞によせて(上) ― チョムスキーの中国論

ノルウェーのノーベル賞委員会は10月8日、2010年のノーベル平和賞を、中国共産党による一党独裁の見直しや言論・ 宗教の自由などを求めた「08憲章」起草者の一人で、作家・詩人の劉暁波(Liu Xiaobo)氏(54歳)に授与すると発表しました。

朝日新聞(10月8日)によれば、同委員会は授賞理由の中で「中国は世界第2位の経済大国になったが、その新しい地位には増大する責任が伴わなければならない」と指摘し、劉氏について 「20年以上にわたり、中国での基本的人権の適用を唱えるスポークスマンとなってきた」と評価、また厳罰に処せられたことで、「中国での人権を求める幅広い闘いの最大の象徴になった」としています。

しかし、大国には「その地位にふさわしい責任が伴わなければならない」とすれば、世界第一の大国は米国ですから、人権抑圧に対する責任を先ず第一に問われるのは米国です。なぜならグアンタナモ収容所を思い浮かべればすぐ分かるように、発達した資本主義国で、米国ほど無実の人を大量に、しかも無期限に収容している大国はないからです。

アムネスティ・インターナショナルやニュージャージー州にあるセトン・ホール大学の調査によれば、グアンタナモに収容されているテロ容疑者の98%が、報奨金ほしさ(最高5千ドル=50万円)の民間人通報者によるものだとしています。(堤未果『アメリカから<自由>が消える』扶桑社新書、2010:70-71)。

これでは無実の人が逮捕されるのも当然で、その9割以上が無罪だと言われていますが、グアンタナモでの厳しい拷問に耐えきれず自殺者も後を絶ちません。Democracy Now! も下記のように、膝の骨を折られたりして17回も自殺を試みた人物の記事「カフカのような悪夢」を載せています。

Former Guantánamo Prisoner Sues US Citing "Kafkaesque Nightmare"
http://www.democracynow.org/2010/10/11/headlines

A Syrian man who was held at Guantánamo for seven years has filed a lawsuit against the United States. In the suit, Abdul Razak al Janko describes his time at Guantánamo as a "decade-long Kafkaesque nightmare." Janko was detained by the US in 2002 after he was held for eighteen months by the Taliban or al-Qaeda on suspicion that he was a pro-American Israeli spy. While at Guantánamo, his lawyers say that he suffered a broken knee and other injuries during interrogations and that he has tried to commit suicide seventeen times. The thirty-two-year-old Janko is the first man who was released through a Guantánamo habeas petition to file a civil case.

ご覧のとおり、Abdul Razak al Janko という囚人は、最初はアメリカのスパイとしてタリバン(またはアルカイダ)に捉えられた後、今度は米軍に捉えられ、グアンタナモで拷問を受けながら7年間を過ごし、その間、17回も自殺を試みているのです。

しかし最近はグアンタナモやアフガンにおける拷問の評判が悪いので、拷問を「遠い異国にアウトソーシング」して、政府も軍も罪を問われないようにしているそうです。今はシリア、ヨルダン、エジプト、モロッコが中心であることも,『アメリカから<自由>が消える』(2010:71-72には述べられています。

数々のクーデタを起こさせて他国の政府を転覆し、代わりに独裁政権を据え付けてきたのも米国でした。つい最近でも、2010年7月9日にホンジュラスでクーデタが起き、9月30日にエクアドルでもクーデタが起きましたが、エクアドル大統領を襲った首謀者は、悪名高い米国軍事学校「スクール・オブ・ジ・アメリカーズ」(SOA:the School of the Americas)で訓練を受けた軍人であることが明らかになっています。

SOA Graduate Implicated in Attempted Coup in Ecuador
http://www.democracynow.org/2010/10/11/headlines

In news from Ecuador, one of the three police commanders who has been charged in the recent unsuccessful coup attempt against President Rafael Correa has been identified as a graduate of the School of the Americas in Ft. Benning, Georgia. According to SOA Watch, Colonel Manuel Rivadeneira Tello was a graduate of the SOA’s combat arms training course. Rivadeneira was the commander of the barracks where President Correa was attacked by protesting police.

以上はアメリカがグアンタナモなど国外でおこなっていることですが、国内での抑圧・弾圧も最近はブッシュ大統領の時と負けず劣らずひどいものです。たとえば、つい最近でもアメリカ国籍のイスラム教徒だけではなく、反戦運動や環境運動をしているひとまでもがテロリストとして家宅捜索を受けたり逮捕されたりしています。下記はそのほんの一例に過ぎません。

FBI Raids Homes of Antiwar and Pro-Palestinian Activists in Chicago and Minneapolis
http://www.democracynow.org/2010/9/27/fbi_raids_homes_of_anti_war

ですから、ノーベル平和賞の委員会が、大国の人権抑圧を糺(ただ)すために投獄されている活動家にノーベル平和賞を授与するのであれば、米国ですぐに頭に浮かぶのは黒人活動家ムミア・アブ=ジャマールや先住民の活動家レオナルド・ペルティエです。前者の場合は死刑判決でしたし、後者の場合は終身刑でした。だとすれば、ノルウェーのノーベル賞委員会は、米国の人権姿勢を糺すために、なぜ彼らにノーベル平和賞を授与しなかったのでしょうか。

たとえば昨年、オバマ大統領がノーベル平和賞を受けたとき、パキスタン系イギリス人で世界的に有名な評論家タリク・アリは、Democracy Now!の番組で、司会者Amy Goodmanの質問に答えつつ、私ならば[アメリカ人に与えるのであれば]ノーム・チョムスキーかムミア・アブ・ジャマールに平和賞を授与するとして、次のように語っています。

I mean, I could have given them two candidates who are very deserving of the Nobel Peace Prize this year. One is, of course, Noam Chomsky, who has fought for peace all his life. And the other is Mumia Abu-Jamal, who has been peacefully sitting in prison, waiting for justice for the last twenty-five years. Now, that would have given people something to think about.
http://www.democracynow.org/2009/10/9/as_us_continues_afghan_iraq_occupations

ところが、昨年のノーベル平和賞は、平和に対して何の実績もない、それどころか国内でも人権侵害を重ね、国外ではアフガン戦争をパキスタンにまで拡大したオバマ大統領、しかも無人爆撃機で(タリバンよりも、むしろ)多くの民間人を殺しているオバマ大統領に与え、今年は人権抑圧をしている代表国として中国を選び、その人権活動家にノーベル平和賞を与えるのでは、余りにも平衡感覚が狂っているしか考えられません。

このままでは、米国は「黒人すらも大統領に選ばれる」ような「民主主義の代表国」であり、それにたいして中国は人権抑圧が当然の共産主義独裁国家であるという、絵に描いたような図式を世界中に刷り込む働きを、ノルウェーの平和賞委員会は果たすことになりかねません。

しかし、以下のインタビューでチョムスキーも述べているように、米国ほど他国を侵略し、大量虐殺をしてきた国はありません(なお、「少なくとも戦後の米国大統領で、戦争犯罪の罪を免れることのできるひとは、そんなに多くない」というのも、チョムスキーの口癖です)。

翻訳 チョムスキー・インタビュー100822 チョムスキーの中国論「中国は脅威か」
http://www42.tok2.com/home/ieas/Chomsky%20in%20China.pdf

以下に、インタビューに対するチョムスキーの答え(の一部だけ)を紹介します。詳しくは上記の翻訳または原文を読んでいただければ幸いです。

SMD: Do you think the rise of China will change the world order? Will China play the role that the US is playing now?

Chomsky: I don't think so; neither do I hope so. Do you really hope to see a China with 800 overseas military bases, invading and overthrowing other governments, or committing terrorist acts? This is what the America is doing now. I think this will not, and cannot, happen on China. I do not wish it to happen neither.

(中略) A few days before I left for China, the US States Department warned China in a very interesting way. It said China has to bear international responsibilities, i.e. follow US orders. This is China's international responsibilities.

ところで、上記の Southern Metropolitan Daily[China] によるチョムスキーへのインタビューは、チョムスキーが北京大学で講演をする際におこなわれたものですが、興隆する中国に、いわゆる「国際社会」が要求する「国際的責任」なるものがどのようなものか、それをチョムスキーがどのように考えているのかを示す、非常に興味あるインタビューではないかと思います。

SMD紙のインターネットには、インタビューの全体像が示されていなくて、中国に関する部分のみしか掲載されていませんでしたが、一刻も早くインタビューの全てを読みたいものです。

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<註> 
私の上記コメントは決して中国の行為を擁護するのものではありません。

私がつい筆を執りたくなったのは、ノーベル平和賞の在り方が、昨年に引き続き、余りにも政治主義的で均衡を欠いているように思われたので、その「対称性の崩れ」を少しでも糺(ただ)すことができないかと思ったからです。

中国が劉暁波氏を逮捕し投獄する根拠となった「国家政権転覆扇動罪」は、かつての日本における「治安維持法」と同じ類(たぐい)のもので、劉氏が一刻も早く釈放されるべきなのは当然のことです。

しかし実は、米国のいわゆる「愛国者法Patriot Act」は、この「国家政権転覆扇動罪」に負けず劣らずの悪法です。それがいかに多くの人権侵害をおこなっているかについて、私が紹介した事実だけでは足りないと思われる方は、堤未果『アメリカから<自由>が消える』をぜひ読んでいただきたいと思います。

大国となった中国を諫(いさ)めるために劉暁波氏にノーベル平和賞を授与するのであれば、その前になぜ超大国米国を諫めるような受賞の仕方を、昨年のノーベル賞委員会は工夫しなかったのか。これが今回のブログの趣旨でした。

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