ポール・ロバーツと梶村太一郎、両氏の「ウクライナ危機論」を考える

平和研究(2014/09/27)
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 キエフ政府と東ウクライナの抵抗勢力との間で休戦協定が結ばれ、ウクライナにもやっと小康状態が訪れました。
 ガザでもイスラエルが思う存分に破壊した後、イスラエルにたいする戦犯追及の声が強くなり休戦となりました。
 これらはいずれも「市民の殺戮」「民族浄化」をやめろと要求する世界の世論の勝利と呼ぶべきでしょう。これでやっと「二つの民族浄化」に少し歯止めがかかったようで正直ホッとしています。
 しかしウオール・ストリート・ジャーナルの元共同編集者ポール・ロバーツ氏は(Paul Craig Roberts:レーガン政権で財務次官補を務めたこともある)、この停戦に大きな疑問をいだき次のように述べています。
 「しかし、停戦は維持できるだろうか? メンバがナチスの記章をつけていることが多いキエフの右翼民兵を、キエフ政権が完全に掌握しているわけではない。こうした民兵は容易に停戦に違反するし複数の違反の報道が既に存在している。更にアメリカがキエフにウクライナ大統領として据えつけた億万長者のオリガルヒも、プーチンが彼をひどく怖がらせない限りはもちろんアメリカの命令で停戦違反をするだろう。」
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2014/09/post-8b86.html

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<註> 上記でロバーツ氏が「アメリカがキエフにウクライナ大統領として据えつけた億万長者のオリガルヒ」と言っているのは、チョコレートメーカー「ロシェン」の設立者で大富豪のポロシェンコのこと。彼は「チョコレートキング」の異名をもつ。彼のような「寡頭新興財閥」は、「寡頭制 (Oligarchy) にちなみ、オリガルヒ (Олигархи, oligarch) と呼ばれる。

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 ではロバーツ氏は、どうすればこのウクライナ危機を終わらせることが出来ると言っているのでしょうか。それには「ロシアからEUに送られているガスを止めるだけでよい」というのです。氏は上記ブログの最終部分で次のように述べています。
 「キエフ政権は、アメリカ政府の傀儡なのだから、ウクライナとロシアに、アメリカ政府が引き起こした紛争に対する解決策を、彼等に期待できるわけがない。
 アメリカが作り出した、ウクライナの困難な問題を解決することを拒否しているのは、アメリカ政府だけではなく、EUもそうなのだ。アメリカ政府の隠れみの機構=欧州理事会の議長であり、アメリカ政府の傀儡であるヘルマン・ファン・ロンパイが、もしマスコミ報道が正しければ、滅多にそういうことはないのだが、欧州連合は、ロシアのエネルギー企業、ロスネフチ、ガスプロムネフチと、トランスネフチや、年間、70億ドル以上の売上高をもつ国営企業に対し、経済制裁を課している。
 この無謀さに対するロシアの対応は、冬、警告無しにガスを遮断することだろう。全てのガスを。プーチンの関心は、ヨーロッパを、アメリカの支配から引き離すことなのだから、これでそれが実現できよう。西欧と東欧の全てとウクライナは、モスクワに、エネルギーを再び流してくださいと、跪いて懇願することになろう。プーチンが言う必要があるのは“NATO非加盟国だけが、ガスを得られる。”だけだ。
 これで、アメリカのロシア攻撃を終わらせることができるだろう。」

http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2014/09/post-8b86.html

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 しかし私の考えではプーチン大統領は、そのような「警告なしのガス遮断」という手段をとらないでしょう。というのは、これまでもロバーツ氏は以前から次のように主張してきましたが、プーチン大統領は外交に徹してきたからです。
 「今回のウクライナ危機はアメリカが仕掛けたものだ。東ウクライナ住民が無差別の爆撃を受け大量の死傷者が出ているのだから、このような戦争犯罪・民族浄化をくいとめるためにも、ロシアは軍隊を出して民衆を救うべきだ。」
 「東ウクライナのロシア系住民を見殺しにしているという理由でロシア国内で反プーチン勢力の声が強まる。それをアメリカはロシア国内のNGOを使って後押しをするだろう。そうなってからでは遅い。一刻も早く行動すべきだ。」

 これを見ただけでも、EUやアメリカの大手メディアが「プーチンはウクライナに軍隊を出動させている」と言って非難してきたことが、いかに嘘だったかがよく分かるはずです。それどころかプーチン氏は、ロシア議会が「ロシア軍を使え」という議決をしたにもかかわらず、それを取り下げるよう要求し、国境近くで待機していた軍隊を撤退させたくらいでした。
 これは前回のブログで紹介したように、ドネツク人民共和国(東ウクライナ)ザハルチェンコ首相のインタビュー発言とも符合するものです。インタビューでザハルチェンコ首相は、「ロシア軍の加勢があれば地元で苦しい自衛の戦いをする必要はなかった。我々はずっと以前に首都キエフを陥落させ、西ウクライナの都市リボフ(ポーランド国境近く)にまで迫っていただろう。」と語っていました。
「ドネツク人民共和国(東ウクライナ)ザハルチェンコ首相―メディアに初めて登場して語る衝撃と感動のインタビュー 」(09/14)


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<註> ロバーツ氏は「ドネツク人民共和国の民兵集団がやっと体制の整った軍隊組織になり今やウクライナ政府軍を徹底的に壊滅できる機会が訪れているまさにこのときに停戦とは!?」とも言っています。これは上記の記者会見でザハルチェンコ首相が民兵集団がやっと体制の整った軍隊組織になったと言っていたこととも符合します。また自分の父祖たちが第2次大戦中にこの地でナチスの部隊「Galicia SS Division」と戦ったが、我々は今また、ナチスの記章を付けた連中と、同じ戦いをこの地でしていると語っていました。

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 では、もし逆にプーチン大統領がロバーツ氏の忠告・進言にしたがって正規軍を出動させていたらどうでしょうか。そのときは確かにザハルチェンコ首相の言うように「首都キエフを陥落させ、西ウクライナの都市リボフ(ポーランド国境近く)にまで迫っていた」かもしれません。
 しかし、それこそアメリカとNATO軍が望んでいたことです。彼らは「待ってました!」とばかりに、これを口実にしてロシアへの全面攻撃に移っていたことでしょう。彼らはマレーシア航空MH17機の撃墜事件を口実に攻撃したかったのですが、出てくる証拠は自分たちにとって不利なものばかりでした。ですから、次はロシア軍の侵攻を口実にしようとしたのですが、残念なことにそれも失敗に終わりました。
 以上のようなことを考えると、ポール・ロバーツ氏の言行にも疑問が生じてきます。彼はプーチン大統領の政策に全面的な同情を寄せるふりをしながら実はロシアを全面戦争に引きずり込もうとしているのではないかとすら思えてきます。これは邪推だとしても、少なくとも氏の善意にもとづく忠告・進言は、裏目に出たであろうことだけは確かです。(それにしてもロシア=プーチン大統領の外交力には本当に感心させられます。)

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 ところで、ここで思い出されるのが「明日うらしま」というブログです。このブログはドイツ在住の梶村太一郎というひとが書いているものですが、「原発を廃止し再生エネルギーをめざすドイツ」から脱原発を中心とした話題を発信しているというので、最近とみに有名になりつつあります。
 このブログを書いている梶村氏をIWJ代表の岩上安身氏がベルリンまで行ってインタビューしているというニュースを偶然にも『マスコミに載らない海外記事』で知りました。そこでさっそくIWJの無料記事になっているインタビューを視聴してみました。そして二重の意味で驚きました。
 というのは、ブログ「明日うらしま」に載っていた自己紹介によると、「74年以来ベルリン在住。86年作家小田実と市民運動交流団体『日独平和フォーラム』立ち上げ、2001年ドイツ人良心的兵役拒否者の日本での兵役代替役務を実現」などと書いてあったので、梶村氏から大手マスコミと違った意見が聞けると思って期待していたからです。
 ところが梶村氏の意見はアメリカのオバマ大統領でさえ言っていないようなことを平気で(?)紹介して、そのことにあまり疑問をもっていないようなのです。普通のひとがそんなことを信じているのはある意味で当然だとしても、いわば進歩的と目されているひとの発言だっただけに、二重に驚いたのです。
 イギリスのキャメロン首相は、「プーチンはクリミアを武力で奪い取った。軍事侵攻してしてオーストリアをドイツに併合したヒトラーと同じだ」と言って心あるひとの顰蹙(ひんしゅく)を買ったのですが、氏はドイツでも同じような世論だと述べ、プーチンの行動は弁護しようもないという口調でした。
 メルケル首相の携帯電話やその閣僚の電話までもアメリカによって盗聴されていることが暴露されているにもかかわらず、なぜドイツがアメリカに同調してロシアとの緊張関係を強める方向に動いているのか、これまで私にはよく分からなかったのですが、このインタビューで、その謎の一端が解けたような気がしました。

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 しかし、調べる気が少しでもあれば、ウクライナ危機は次のような諸要因が絡んでいることはすぐわかったはずなのです(これらについては、これまでのブログで書いてきたので、典拠は割愛させていただきます)。
(1) ロシアのルーツはキエフ公国にある。しかもクリミアは旧ソ連時代にフルシチョフが住民との相談なしに勝手にウクライナに併合した。だからウクライナに住むロシア語話者にとってウクライナは、感情的には今でもロシアの一部である。
(2) ソ連が崩壊する直前にゴルバチョフ氏が東ドイツを西ドイツに併合することを認める代わりに、レーガン大統領が「NATOは一寸たりとも旧東欧に侵攻しない」と約束したにもかかわらず、アメリカはそれを踏みにじって次々と東欧に勢力を拡大した。
(3) 旧東欧諸国を次々とNATOに加盟させただけでなく、そのロシア周辺諸国にアメリカの軍事基地やミサイル基地を築いてきた。そして政変後のウクライナにも軍事基地やミサイル基地をつくろうとしている。
(4) それだけでなく、アメリカは NED「アメリカ民主主義基金」(National Endowment for Democracy)などを資金源としたいわゆる「カラー革命」と称するクーデターで政権転覆を謀った。今回の政変もさまざまなアメリカのNGOが絡んでいたことは、今や公然の秘密になっている。
(5) しかも、選挙で選ばれていたヤヌコービッチ大統領を今回の政変で暴力的に追放するにあたって大きな力を発揮したのは、第2次大戦後も西ウクライナに勢力を残存させてきたネオナチ勢力や極右勢力だった。その功労で新しい政権の閣僚に多くのネオナチ勢力や極右勢力の人物が据えられた。
(6) 新しいクーデター政権は、ウクライナの公式言語はウクライナ語であると宣言し、東部・南部に住むロシア語話者から今まで公用語として認められてきたロシア語を剥奪しようとした。そして極右・ネオナチ勢力の閣僚たちからは「民族浄化」「ロシア語話者をウクライナの地から一掃すべし」と声高に叫ばれるようになった。
(7) 実際、ネオナチ勢力や極右勢力はヤヌコービッチ大統領の追放劇にあたって、武器を手にして敵対者を脅迫したり傷つけたりした。またネオナチ勢力や極右勢力はキエフ政府軍とは別の特殊部隊をつくって東ウクライナにのりこんで行っている。彼らはしばしばキエフ政府の統制を無視し休戦協定を破って市民を攻撃してきた。

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 私が非常に深刻だと思ったのは、ウクライナからはるか遠くにいる日本の私でさえ知っていることを、ドイツ在住の活動家・進歩的ジャーナリストを自称する梶村氏が知らないことでした。
 ドイツと言えば、アメリカとは一定の距離を置いている国ですから、アメリカと違った視点でウクライナ危機を見ているメディアやジャーナリストがたくさん存在していても不思議はないはずなのに、梶村さんはどうもようすが違うのです。
 今まで「ロシア=ソ連」「プーチン=スターリン」という図式でウクライナ情勢を語る記事は、しばしば見たことはあるのですが、「プーチン=ヒトラー」という図式で今の情勢を分析し、それにたいしてほとんど何の疑問も批判も提示しない梶村氏の姿勢に、私は心底、驚かされてしまいました。
 現在のNATO軍の体制やウクライナ情勢は、アメリカに置き換えてみれば、アメリカと地続きのメキシコやカナダにロシアの軍事基地やミサイル基地を置くのと同じ状況なのです。キューバにミサイル基地があるというだけで当時のケネディ大統領は恐怖感に襲われてあわや核戦争のボタンを押しそうになったのです。
 だとすれば、メキシコのアメリカ国境近くにロシアの軍事基地やミサイル基地ができたらアメリカはどうしていたのでしょうか。梶村氏にこのような想像力が働かないというのが私には信じられません。
 氏には、「2001年ドイツ人良心的兵役拒否者の日本での兵役代替役務を実現」などといった平和運動家としての経歴があるだけに残念でたまらないのです。
 ドイツは日本よりもウクライナはずいぶんと近い距離にありますし、言語的にもドイツ語と英語は親戚関係にある言語ですから、梶村氏にとっては私たちよりも英語の文献ははるかに読みやすいはずです。知る気になれば、アメリカによるプロパガンダに毒されない情報を、Global Research その他で、いくらでも手に入れることができるはずなのです。
 にもかかわらず何が梶村氏をして今のような思考状態に追い込んでいるのか。これは真剣に検討してみる価値がありそうです。



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