劉暁波氏へのノーベル平和賞によせて(下)―モルデハイ・バヌヌ氏[イスラエル]の受賞拒否

11月7日(金)の京都大学シンポジウムで発表する同時通訳用原稿の締め切りが先週末だったので、ブログの続きを書くゆとりが全くありませんでした。「15分で読み上げることができるようにまとめて欲しい」という要求だったので、非常に苦しい思いをしました。
http://www.momiji.h.kyoto-u.ac.jp/MUP2010/ja/

何十頁にも及ぶ元原稿を削りに削って、それを何度も何度も読み上げては、締め切りぎりぎりまで縮小・修正を重ねました。拙著『英語教育が亡びるとき』では「長く書くより短くまとめる方がはるかに難しい」と述べましたが、それを改めて追体験した次第です。
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日本メディアでは相変わらず毎日のように中国の反日デモの報道が繰り返されていますが、不思議なことにその発端となった中国漁船の拿捕や船長の逮捕・拘留をした民主党政権・菅内閣の対応については、最近ほとんどふれられていません。沖縄問題への対応について連日のように鳩山・小沢政権を批判していたことを考えると実に奇妙な感じがします。

世界で初めて「平和学」というものを提唱したことで著名なヨハン・ガルトゥング氏の理論は、コスタリカ[軍隊を持たないことで有名]に設置された国連平和大学(修士号を出す)でも講義されていると聞いていますが、そのガルトゥング氏は『平和的手段による紛争の転換―超越法』(平和文化, 2000年)という本を出しています。

その氏の紛争解決法でいけば、今度の事件は、中国漁船を警告・威嚇して領海から追い出すだけに止め、あとは外交的に話し合えば,双方のナショナリズム・愛国心をいたずらに煽り立てる事態にはならなかったはずです。

もっとも、菅内閣が、漁船を拿捕した方が日本人の愛国心をくすぐり、内閣の支持率が上がると思ったのかもしれませんが、裏で経団連から「経済関係も考えろ」と釘を刺されて慌てて船長を釈放するくらいなら [ただし、これは私の推測です]、最初からガルトゥング氏の紛争解決法に従っていたほうが良かったのではないでしょうか。

そんなわけで、「劉暁波氏へのノーベル平和賞によせて(中)」として「ガルトゥングの中国論」を紹介しようと以前から考えていたのですが、京都大学シンポジウムのための準備に時間が取られ、下記のインタビューを翻訳し紹介する余裕がありませんでした。

Johan Galtung on the Wars in Iraq and Afghanistan, Mideast Peace Talks, and Why Obama Is Losing His Base
http://www.democracynow.org/2010/9/16/johan_galtung_on_the_wars_in

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しかし、前回「劉暁波氏へのノーベル平和賞によせて(上) ― チョムスキーの中国論」を載せたとき、<付記> に、イスラエルの核兵器所有を勇気をもって内部告発して牢獄に入れられたモルデハイ・バヌヌ氏を下記のように紹介したことを思い出しました。

<現在の混乱する中東情勢の発火点となっているのはパレスチナ問題ですが、イスラエルはガザ地区を巨大な牢獄にしているだけでなく、ガザ地区への援助船を公海上で襲撃し多くの死傷者を出しました。これは先日の国連調査団でも厳しく非難されています。またイランですらIAEAによる核査察を受け容れているのに、米国を後ろ盾にして、それを公然と拒否しているのもイスラエルです。
 ところがイスラエルの核兵器所有を、勇気をもって内部告発した核技術者モルデハイ・バヌヌ氏は、1986年にイタリアで特殊部隊モサドに拉致されて、18年間の獄中生活を送りました。そのうちの11年間は過酷な独房生活でした。釈放された後も自宅軟禁状態でしたが、2010年5月23日、外国人と接触したことを理由に再び独房に収監されました。もし人権抑圧を糺すためにノーベル平和賞を授与するのであれば、モルデハイ・バヌヌ氏も、当然その受賞対象者にあげられるべきでしょう。>

 そこで今回は、イスラエルの核開発に携(たずさ)わっていた核技術者モルデハイ・バヌヌ氏について、もう少し詳しく紹介して、ノーベル平和賞のあり方について再考する機会になれば、と考えました [しかし考えてみれば、平和賞のみ「スウェーデン」ではなく「ノルウェーが授与主体である」というのも奇妙な話しです]。

自然科学の場合は理論が実験で証明されるまでは非常に時間がかかりますが、しかし実験で実証された理論に与えられた科学賞はそれだけ信頼性があります。その意味でも「平和賞」というものの信頼性(逆に「いかがわしさ」)は、オバマ氏の受賞で露骨に示されたように、発表されるたびに試されているように思います。

佐藤栄作氏へのノーベル平和賞も同じ類(たぐい)ではないでしょうか。日本への「核持ち込み」が密約で認められていたことが明らかになった現在では、なおさら「平和賞」への信頼性は揺らいでいます。
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100309/plc1003091538018-n1.htm

そのことを改めて思い知らされたのが、2010年5月23日のモルデハイ・バヌヌ氏の再逮捕・投獄ではなかったかと思います。それを人権団体として有名なアムネスティ・インターナショナルは次のように伝えています。

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アムネスティ発表「国際ニュース」2010年6月18日

投獄されているイスラエルの核の内部告発者、モルデハイ・バヌヌが独房に監禁されている。アムネスティ・インターナショナルはイスラエル当局に対し、この処遇が残虐、非人道的あるいは品位を傷つけるものであると非難した。

 1986 年に英国の新聞にイスラエルの核兵器工場の詳細を暴露したために18年間服役した56歳のモルデハイ・バヌヌは、5月23日、外国人と接触したという罪状で、3カ月間再び服役することとなった。そして収監直後に独房に監禁された。アムネスティは彼の即時無条件釈放を要請する。

「そもそもモルデハイ・バヌヌが投獄される理由はまったくない。まして、暴力犯罪者収容棟に独居拘禁されるいわれはない。彼は1986年に投獄されてから11年間独房に監禁されて、大いに苦しんだこともあり、彼をまたしてもそのような状態に戻すことは、残虐で非人道的、あるいは品位を傷つけることに他ならない」と、アムネスティの中東部長マルコム・スマートは述べた。

バヌヌは現在、イスラエル中部のアヤロン刑務所に拘禁されている。弁護士はアムネスティに対し、他の囚人から保護するためというのが、独房監禁の表向きの理由であると述べた。

バヌヌは長年にわたり、イスラエルの一部のメディアや政治家たちに、核兵器開発の詳細を暴露した国家の裏切り者、敵とみなされており、本人によれば、殺害の脅迫を受けたこともあると言う。

「モルデハイ・バヌヌは良心の囚人である。刑務所当局は他の囚人たちからの襲撃の危険から守るために独房に入れたと主張するかもしれないが、もしイスラエル政府が本当に彼の安全を懸念するならば、直ちに彼を釈放すべきである。彼を再投獄したことは苛酷な措置であり、正当化することはできない」とマルコム・スマートは述べた。

南部の町ディモナの近くにあるイスラエルの核施設の元技術者であったバヌヌは、イスラエルの核兵器工場の詳細を英国の新聞『サンデー・タイムズ』に暴露した。

その後、1986年9月30日にイタリアでモサドの諜報員に拉致され、密かにイスラエルに連れ戻された。そして裁判にかけられ、18年の刑を言い渡された。このうち最初の11年間は、独房監禁だった。

2004年に釈放されてから、バヌヌは厳しい軍令に基づき、警察の管理下に置かれている。この処分は、半年ごとに延長されている。

この軍令によって、バヌヌはジャーナリストを含む外国人との通信を禁止されている。国を離れることもできないし、外国の大使館に近づくことも禁じられている。また、住所を変えたい場合は、当局に知らせなければならないことになっている。

「イスラエル当局はモルデハイ・バヌヌに対し、移動、表現、結社の自由の権利を恣意的に制限している。これは国際法違反であり、このような制限は解除されなければならない。バヌヌは自由な人間として人生をやり直すことが許されるべきである」。マルコム・スマートはそのように語った。

2010年6 月17日、モルデハイ・バヌヌの弟、メイヤー・バヌヌはアムネスティに対し、「再び独房に収監され、嫌がらせにあうことは、兄にとって大変な苦痛です。以前、18年の刑期に服していた時と同じ状態であり、24年に及ぶ苦しみの末にこんな処遇をすることへの正当な理由は何もありません。私たちは兄の健康状態 が悪化するのではないかと心配しています。今こそ兄が真の自由を得る時であり、出国が許可されるべきです。そもそも最初から、兄はこのような状況に置かれるいわれはなかったのです」と語った。

アヤロン刑務所の暴力犯罪者収容棟での拘禁状態は過酷で、バヌヌが独房を出ることができるのは、刑務所の庭を1日1時間散歩する時だけである。

現在バヌヌは、外部に電話をかける際には、刑務所当局に相手についての情報を提出しなければならない。しかし彼はそのような情報を提供することを、主義として拒否している。そのため、今回収監されて以来、友人や家族との通信が途絶えている。

バヌヌと面会する機会を得たバヌヌの弁護士であるマイケル・スファードは、アムネスティに対して次のように述べた。「モルデハイ・バヌヌは孤独な状況に置かれている。他人から敵視されていることを理由に、代償を払わされるべきではない」。
http://www.amnesty.or.jp/modules/news/article.php?storyid=810

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ところで、モルデハイ・バヌヌ氏は毎年のようにノーベル平和賞候補にノミネートされていますが、イスラエルの世界的にも有名な新聞Haaretz紙は、バヌヌ氏がノーベル財団に対して候補指名を拒否したと伝えています。[註]
http://www.haaretz.com/hasen/spages/1068957.html

氏はその理由を、ノルウェーのノーベル財団あての手紙で、「核開発の背後にいたシモン・ペレス(現イスラエル大統領)までも受賞者に含むような賞の一覧表に載りたくない」と述べています。

Vanunu said in a letter to the Norwegian Nobel Committee that he did not wish "to belong to a list of laureates that also includes [President] Shimon Peres, the man behind Israeli atomic policy."

氏はまた「前国防省長官ペレスはディモナの原子炉を作り上げイスラエルの核兵器開発を進展させた。ペレスは[パキスタンの核科学者カーン博士と同じように]南アフリカ共和国など他の国々への核拡散の背後にいた人物だ。彼はまた1978年の南アフリカ共和国の核実験の背後にもいた」とも語っています。

Vanunu added: "Peres established the reactor in Dimona and developed Israel's nuclear weapons program... In the same way as Pakistan's Dr. Khan [a nuclear scientist], Peres was the man behind the proliferation of nuclear weapons in South Africa and other states. He was also behind the nuclear test in South Africa in 1978."

上記で南アフリカ共和国のことが出てきます。これは490万人の白人が約2500万人の黒人を支配し弾圧していた、有名なアパルトヘイトの時代で、白人政府はイスラエルなどの援助で1970年代から1980年代にかけて密かに核開発をしていました。

しかし、黒人の粘り強い闘争と世界の世論に押されて、「テロリスト」として投獄されていたネルソン・マンデラ氏を釈放せざるを得なくなった白人政権は、マンデラ政権が誕生する前に核兵器を廃棄しておこうということで、それを密かに廃棄しました。

前大統領デ・クラーク氏とマンデラ氏がノーベル平和賞を授与されたのは、その後の1993年ことです。

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モルデハイ・バヌヌ氏は「核開発どころか核拡散にも手を染めたペレスが貰うような賞であれば、こちらから願い下げだ」と言ったわけです。

だとすれば、劉暁波氏も「戦争をアフガンどころかパキスタンやソマリアまで拡大し、罪のない一般人を無人機で爆撃したり暗殺を公認したりするオバマ氏、そんな大統領が貰うような賞は、こちらから願い下げだ」と言って断る道もあったように思います。

というのは、私のような凡人は、もしバヌヌ氏にノーベル平和賞が授与されれば、それを武器に獄中から出るという道もあるのに、と思うのですが、バヌヌ氏はそれを拒否し自宅軟禁や独房に戻る方を選んだからです。

だとすれば、劉暁波氏も米国などに亡命する道もあったにもかかわらず中国にとどまって闘う道を選んだのですから、「オバマ氏がもらうような賞ならお断りします」と言った方が、氏の権威がより高まるし、世界の平和と民主化に貢献するのではないかと思ったのですが、これは氏に対して余りにも酷な要求でしょうか。

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