大学教育の「国際化」は、「創造的研究者」「グローバル人材」を育てるか、その3

英語教育、大学の「国際化」「英語化」(2014/12/15)
京都大学シンポジウム:大学教育の国際化とはなにか 「基調講演」184

 前回のブログでお知らせしたとおり、私の主宰する研究所の研究員(MK氏)のおかげで、京都大学国際シンポジウム「基調講演」の文字起こしができましたので、以下に紹介させていただきます。
 講演ではあらかじめ原稿に書いてなかったこともアドリブで話していますので、「文字起こし」原稿に誤字脱字など若干の手直しを加え、それを以下に載せます。この場を借りてMK氏に改めて御礼を申しあげたいと思います。


基調講演
大学教育の「国際化」は、「創造的研究者」「グローバル人材」を育てるか
国際シンポジウム「大学教育の国際化とは何か」
主催: 京都大学、人間・環境学研究科 学際教育研究部(2014. 11. 24.)


寺島隆吉
(国際教育総合文化研究所)


 ご紹介頂きました、寺島です。二、三日前に、腰痛・ぎっくり腰になって、椅子に座っていると辛いので、立ったままでお話させて頂きます。
 原稿を用意してありますので、それを読み上げる形でお話させていただきます。私は、原稿無しでしゃべり出すと止まらなくなって、話しがあっちに行ったりこっちに行ったりと収拾がつかなくなるので、原稿を読む形で基調講演をさせて頂きます。

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このシンポジウムにお招き頂き、非常に光栄に思っております。以下、西山先生が冒頭で述べられた趣旨に沿って、私見を述べ、みなさんの参考に供したいと思います。

 さて、グローバル化の加速する現代世界において、留学生は年を追う毎に増加し、研究者の交流も年々活性化しています。これに加えて、西山先生も述べておられるように、「大学ランキング」の隆盛は、大学教育の市場化に拍車をかけています。

 こうして今や、大学の国際化は、教育者・研究者だけではなく、経済界の注視の対象ともなっているわけですが、「大学ランキング」の隆盛、大学教育の市場化ということは、教育がビジネス、すなわち利潤追求の対象、利潤追求の道具になっているということでもあるわけです。

 名著『民衆のアメリカ史』の著者であり、歴史学者として有名だった故ハワード・ジン氏は、かつて、「アメリカの大学はもう、ビジネス産業になってしまっている」と述べたことがありますが、今や日本の国立大学でさえ、法人化されてからは、経営中心のビジネス産業になりつつあります。その典型例が、コンビニ経営です。

 私が勤務していた岐阜大学も、大学生協でほとんどの物が買えるのに、新しくコンビニ店を構内の正門近くに建てて、営利・儲けを主目的にする経営を始めました。

 私が国際会議で北京師範大学を訪れた時、大学構内に銀行やホテルやレストランなど、様々な店があって、大学は儲けを主目的にした様々な建物・施設を持っていることに驚かされました。社会主義を標榜しているはずの中国の、その国立大学でさえこのような状態なのですから、資本主義・日本の大学が、ビジネス化していくのは当然なのかもしれません。

 このように、大学が教育・研究を中心とする機関ではなく、経営を中心とする機関に変わりつつあることは、組織編成の在り方にも現れています。今まで岐阜大学は、学部教授会と全学評議委員会が大学の機関組織であり、学長がその組織のまとめ役でした。今は学長と理事会あるいは経営評議会が巨大な権限を振るい、元の全学評議委員会は 教育研究協議会という地位に低められてしまいました。しかも小さな地方大学なのに、驚いたことに8人もの副学長がいるのです。
 このように現在の大学は、文科省の指導によって民間会社と同じように、階層構造を何重にもして、経営重視の体制に変えられてしまっています。

 このような経営重視の体制と、学長の権限強化とは、1セットで進められています。民間会社では社長の権限は絶大ですから、このようなビジネス・モデルを法人化された国立大学にそのまま移植しようとしているのです。
 このような現象は、ずっと以前からアメリカの大学では典型的に現れて来ていましたが、チョムスキーは、「理事や副学長の数を増やして上意下達の体制を強化することが、州立大学の財政を圧迫して、授業値上げの原因を作っている」と批判しています。
 それと同じことを日本でもやろうとしているのでしょう。
 しかも、「授業料を値上げした分の多くの場合、学長や理事の給料の値上げに使われている」とチョムスキーは憤っています。「ビジネス・モデルは大学を駄目にする」というのがチョムスキーの意見です。

 このように大学は教育の場ではなく、営利ビジネスの場となりつつあるのですが、それに拍車をかけているのが、「大学ランキング」ではないでしょうか。ランキングで上位に位置し、大学名がブランド化すれば、学生がその大学に集中しますから、大学経営者としては、学生集めに苦労することがなくなるからです。外国からの留学生が来れば、ますます儲けが増えます。
 アメリカの州立大学の場合、州内の学生・州外の学生・国外の学生は、それぞれ授業料が異なり、国外の学生が一番授業料が高くなっているのが普通です。ですから留学生が増えることは大きな利潤をもたらします。だから、大学ランキングで「国際化=留学生比率」という指標が設けられていることは、アメリカの大学にとっては非常に好都合な訳です。
 また、「国際化=外国人教員の比率」という指標があることも、アメリカにとっては、非常に有利です。毎年のように、大量の留学生が流れ込み、優秀な留学生が博士号をとってそのまま大学教員として居残る確率が、最も高いのがアメリカだからです。

さらに頭脳流出の行き先として最優先的に選ばれているのもアメリカです。ナチスの迫害を逃れて多くの優秀なユダヤ人学者がヨーロッパからアメリカに流れてきて、今までヨーロッパ中心だった理論物理学を、一挙に、アメリカ中心に変えることになりました。ノーベル賞受賞者の中村修二、南部陽一郎、などの諸氏も、日本では居場所がないとして、アメリカに頭脳流出した人達です。
 こうして、外国人教員の比率という指標があることによって、ますますアメリカの大学は、ランキングの順位を上げ、そのブランド力で留学生を集めることができます。

 そういう意味では、この「国際化」という指標、すなわち「留学生の比率」「外国人教員の比率」は、アメリカの大学経営者にとって便利この上ない指標だと言えます。

 もう一つ、アメリカの大学の経営効果を上げるのに役立っている指標に、「論文の引用数」があります。その研究者の論文がどれくらい他の研究論文で引用されているかを示す数値です。
 しかし、引用されるのは英語で書かれた論文が圧倒的に多く、これもアメリカやイギリスの大学の経営者にとって圧倒的に有利ですし、英語話者の研究者にとっても、母語で論文を書けるわけですから、便利この上ない指標です。
 言い換えれば、アメリカやイギリスの大学ランキングは、高くなるように仕組まれた格付けシステムの中で、競争させられているのです。

 文科省から「世界ランキングが極めて低い」と声高に批判されている東大・京大の順位は、このようなデータを基にしたランキングです。文科省の、世界ランキング状況として提示されている資料を見ると、日本のランキングを引き下げている最も大き要因は、やはり「留学生の比率」「外国人教員の比率」その次が「論文引用数」です。しかも、これらはいずれも、アメリカとイギリスの格付け会社による数値だということにも留意すべきでしょう。

 しかし大学は本来、教育と研究が本分なのですから、基本的にはこの2つの指標だけで、評価されるべきでしょう。この2つの指標(教育と研究)で大学ランキングを計算し直せば、日本のランキングは急上昇するはずです。
 研究が優れたものであるなら引用数も上昇するはずですから、「引用数」という指標は不要なはずで、この指標を入れることによって、ダブル・カウントしているのと同じことになります。

 この指標のもっと矛盾が目立つのは、研究と引用数がしばしば逆転現象を起こしているという事実です。研究が優れたものであれば、引用数も上昇するはずなのに、実際の数値は研究の数値が高くて引用数が低かったり、また逆の場合もあったりと........。

 こんな不思議なことがなぜ起きるのか?『英語への旅』というフランス人が書いた本を読んでいて、その謎が解けました。なんとそこには、「引用数を増やすために、知り合いの研究者同士で引用しあって引用数を上げるという弊害も生じている」「今や、英語で発表し友人をつくるのが一番の仕事となりました」と書いてあります。

 今年ノーベル賞受賞者の3氏、赤崎勇、天野浩の2氏は名古屋大学、中村修二氏は徳島大学です。しかし名古屋大学は、アメリカの格付け機関では99位、徳島大学は初めから対象外で、載っていません。またイギリスの格付け機関では、名古屋大学は150位以内にすら入っていないのです。「世界大学ランキング」によっても、格付けがあまり信用できないものであることがこれで良くわかるはずです。だとすれば、政府・文科省は、こうした不公正で不確かな「世界ランキング」によって振り回されて大学に不要な圧力をかけるべきではないのです。

 ちなみに、格付け会社の評価がいかにいい加減なものであるかは、かつてトリプルA(AAA)で評価されていた超優良企業のアメリカ・エンロン社が、あっという間に破産しまった事実が示しています。「大学の世界ランキング」と言っても、この程度のものであると認識しておくべきではないでしょうか。

 それはともかく、政府・文科省は、国際化を断行する大学に高額の補助金を出すことに決めたわけですが、そのほとんどは旧制帝大・有名私立大学に集中しています。これでは、中小の大学の研究はやせ細るばかりで、地方に埋もれている宝を発掘できないまま捨て去ることになりかねません。
 例えば、頭脳流出した中村修二氏は徳島大学、山中伸弥氏も神戸大学出身で、大学院は大阪市立大学です。東大・京大に比べれば、超有名ではありません。田中耕一氏は東北大学出身ですが、島津製作所という企業で研究し、大学院を出ていませんから修士号すら持っていませんでした。

 こういった事実にもっと注目すべきでしょう。大学を能力別学級にして、エリートだけ育てるというのでは、長い目でみれば、結局、こういう貴重な人材をドブに捨てるということになりかねないのです。

 これに関して注目しておきたい事実があります。最近のノーベル賞受賞者は、赤崎勇、天野浩、小林誠、益川敏英の諸氏を見ればわかるように、名古屋大学に集中しているのです。これは、坂田昌一という有名な物理学者がいるのですが、坂田昌一研究室が、戦争直後に提唱した「名古屋大学物理学研究室憲章」というものがあって、その精神が物理学教室だけではなく、理学部・工学部の全体に広がっていった結果ではないかと推察されます。「このような学風のおかげで、研究室内に上下の隔てがない、自由な討論が保障され、そのことが自分達の研究の幅と質と深さを、広め・高め・深めた」と、益川敏英氏自身が述べているのです。
(坂田昌一氏は湯川秀樹氏との共同研究者で共著論文もたくさんあり、彼自身もノーベル賞級の物理学者だったのです。小林誠、益川敏英氏はその坂田氏の門下生でした。)

 だとすれば、政府・文科省は、「英語化」「留学生の比率」「外国人教員の比率」などといった「国際化」に無駄なお金とエネルギーを使うのではなく、研究者に自由な討論を保障する体制、自由な研究ができる財政的保障にこそ、財源とエネルギーを、精力を集中すべきでしょう。

ところが事態は全く逆の方向に向かっています。現在、多くの大学は、文科省の指導で、教員の自由な意見表明を抑え、学長の権限を強化することにのみにエネルギーが割かれ、教授会は単なる上位下達の機関になりつつあるからです。
 このような環境からは、独創的な研究も、グローバル人材も生まれて来ないのではないでしょうか。

 今年度のノーベル受賞者の赤碕氏も、「自分のやりたいこと、いつ結果が出るかわからない研究に打ち込むことができたことが、今回の受賞に繋がった」と述べているのです。今後このような自由な空間は生まれてこないのではないでしょうか。

 国際ランキングを上げるために、すぐ結果の出る研究にテーマを絞り、お互いに論文を引用し合う環境から一体どんな研究が生まれると言うのでしょうか。(このような風潮は理化学研究所のような論文捏造事件につながりかねない。)

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 さて、ヨーロッパでは確かに、1999年のボローニャ宣言に基づき、欧州高等教育研究空間が創設され、大学の「国際化」が進行しています。しかし、これはEUが一つの経済共同体・政治共同体であることに伴って、EU加盟国の教育制度も共同体にふさわしいものにしなければならない、という事情や要請がもたらしたものだと思われます。しかし、日本はこれと全く違った環境でありますから、「国際化」という名の下に、大学を「英語化」に追い込む理由や必然性は全くありません。

 教養部の時(教養課程)から英語漬けにすれば、辞書繰りに追われて学生達は疲弊し、むしろ学力は低下するのではないでしょうか。また日本語でたっぷり教養を身につける時間を奪われますから、国際人、あるいはグローバル人材になる土台が崩れてきます。苦労しながら原書を1冊読んでいる間に日本語では10冊から20冊本を読めるのです。

 ですから、結局、大学の英語化は、赤字解消の一環として「英語」や「英語話者」を輸出したいと思っているアメリカを利するだけです。(英語教師がこんな事を言ったら怒られるかもしれないですが。[笑])

 日本にTOEFLという高額商品を購入させ、英語で教える外国人教員を日本に輸出したいと思っているアメリカにとっては、絶好の機会なのです。

 先に紹介した『英語への旅』というフランス人(ビュス・エルヌフ)が書いた本には、次のような興味深いエピソ-ドが載っています。以下は要約です。
 <EUが拡大するにつれて、共通言語として「英語」が選ばれていった。これは「イギリス英語」を売り込み、英語教師として「イギリス人」を買わせる最高の商機だ、とイギリスは考えたが、結果としてEU各国が購入したのは「アメリカ英語」と「アメリカ人」ばかりで、まったく当てが外れてしまった。> (80頁)
 すなわちEUの場合、「加盟国が増えるにつれてアメリカ語とアメリカ人の売れ行きだけが良くなり、イギリス語とフランス語を衰退させることになった」というのです。

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 それはともかく、京都大学では、「外国人教員100人計画」に代表される「大学の国際化」が進みつつあります。しかし、外国人教員を採用し、共通教育の半分は英語による授業を開講する―そういったことで京都大学の「真の国際化」は進展するのでしょうか。

 今までノーベル賞といえば、すぐ京都大学が思い浮かんだものです。しかし、私は、「国際化」という名の「英語一極化」は、大学本来の使命を投げ捨てることになるだけでなく、今後は京都大学からノーベル賞は出ないのではないかと危惧しています。その証拠に、先述の通り、最近のノーベル賞は名古屋大学に集中しています。山中伸弥氏は、なるほど京都大学教授ですが、出身は神戸大学で、大学院は大阪市立大学です。

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 本質的には、研究力は「英語化」「国際化」とは何の関係もありません。研究力に関係あるものと言えば、むしろ「国語力」「数学力」でしょう。これらはいずれも<自然>と<社会>を読み解くための<基礎言語>だからです。
 ですから、大学を「英語化」「国際化」で競争に駆り立て、「世界ランキング」第何位に入るなどという目標で尻を叩いても、そのような競争から意味のある成果を期待できないことは、韓国が良いモデルになるでしょう。韓国は国を挙げて「英語化」を断行しています。が、未だにノーベル賞の受賞者は0(ゼロ)です。それどころか韓国では、「日本では母語で深い思考ができるからノーベル賞受賞者が続出している」という反省すら起きています。大学の博士課程も、母国語で行っている日本というのは、アジアでは希な存在なのです。
 
 赤崎勇氏や益川敏英氏など、歴代のノーベル賞の受賞者の多くは、留学すらしていません。益川氏は、「俺は英語はできないから」と言って、ノーベル賞の受賞講演を日本語で行って話題を呼びました。
 また、「好きな研究を好きなだけやらせてもらえたことが今回の受賞に繋がっている」と語った赤崎氏、彼も受賞のインタビューで、「英語よりも国語をやれ」と言っているのです。
 ですから、大学の公金を削って大学財政を危機に追い込みながら、もう一方で億単位の補助金をえさにして「国際化」を断行する大学を作らせるやり方は、今まで日本の大学が持っていた「豊かさ」を削り取り、大学教育を劣化させるだけでしょう。
 これは、「窮乏化する過疎地」とか「財政難に悩む地方自治体」を札束で誘惑しながら、原発を受け入れさせていったやり方と本質的には同じです。日本を危機に陥れる「亡国の道」であると私は思います。

 ですから、文科省が気にすべきなのは、「大学の世界ランキング」なのではなくて、「教育にかける公的割合・公費の割合の世界ランキング」こそです。なにしろ、公教育への支出は、OECDの31カ国の中で、日本は最低水準なのです。日本は30位で、その下にはイタリアがいるだけなのです。

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 そもそも「国際化」「グローバル化」とは、「人や物が国境を越えて自由に交流する時代になったこと」を意味するわけですが、「英語化」「アメリカ化」は、だから、<真の国際化>とは無縁なものです。

 今、世界は多極化しつつあります。最近ロシアが、中国やブリックス諸国と手を繋いで、世界銀行やIMFに代わる新しい国際的金融機関を作るという発表を行いました。更に、アメリカを追い越して中国が、世界経済第1位になったというニュースも流れました。
 しかもロシアからは、これまでの恣意的な格付け機関に代わる、新しい国際的な格付機関を設立するという動きすらも出ています。(ですから大学ランキングも作るならば、もっと真っ当なものにすべきだと思います。)
 つまり、ドルの一極支配が終わりを告げつつあるということです。英語の強さは、ドルの強さと一体になっています。そのドルの強さに翳りが見え始めているのです。にもかかわらず、日本の大学を英語一極化にするということは、このような世界の動きが見えない人材を育てるということです。これはグローバル人材を育てるという趣旨に逆行するものです。なぜなら、「グローバル人材」とは、「世界の動きが見える人」を指すはずです。世界がグローバル化しているからこそ、大学は多言語・多文化であるべきなのです。沈没しつつあるドル船と一緒に日本も沈没させられてはたまりません。

 最近、ポルトガルの人口2万人の小さな市が、中国語を小学校教育に取り入れるというニュースが流れましたが、このような判断のできる人のことを、「グローバル人材」と言うのではないでしょうか。

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 ところで、政府・文科省は、「外国からの学生・教員・研究者を受け入れるためにも、大学の英語化は不可欠だ」と言っています。しかし、留学生は、「どうせ英語で授業を受けるくらいなら、日本ではなく英語話者の国に行きたい」と言うでしょう。その証拠にアメリカにどんどん流れています。

 『英語への旅』(48頁)によると、ベトナムのホーチミン市に、フランス系の大学があるらしいのですが、最近、そこで講座を英語でやることにしたら、学生達は、アメリカ系大学へ鞍替えしてしまいました。これはベトナムで起きた現象です。

 留学生が日本に来たいのは、日本に興味があり、日本のことを知りたい、日本から学びたいと思っているからに他なりません。昔は日本の科学技術、今は日本の漫画やアニメを通じて、多くの若者が日本に興味を持っています。

 私が中国の旧満州国を訪れた時、大連でも長春でもハルビンでも、大学の日本語教師や
日本語学科の院生にお世話になりましたが、右傾化・軍国化する日本政府のせいで反日感情が強まっているはずなのに、日本文化や日本語に対する熱い情熱を感じました。

 考えてみるとそれは、宮崎駿氏らによる優れたアニメ文化のおかげなのです。先ほどお話した『英語への旅』の本によると、パリのオペラ座近くのカラオケ・バーでも、たくさんの若者達が、日本語字幕の付いたカラオケ画面を見ながら、大声で歌っている光景が見られるそうです。

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 同書(137頁)には、更に次のような記述があります。

しかも最近、パリ大学の国立東洋言語文化院で、日本語学科の生徒数が、再び中国語学科のそれを追い越しました。中国の経済力が伸びるにつれて、数年前から中国語学科の生徒数が日本語学科の生徒数を追い越していたのですが、結局は日本の文化(映画・文学・漫画・アニメ)が、中国の経済を押さえたのです。

 このように世界中で多くの若者が、日本語・日本文化に興味を持っているのにもかかわらず、英語だけで卒業する環境を創るというのは、留学生から日本語・日本文化を学ぶ貴重な機会を奪うことになるのです。
 日本語・日本文化・日本の科学技術を学んだ留学生が自分の国へ戻った時に、彼らは、日本の企業進出のために大きな戦力になってくれるでしょう。ですから、英語だけの授業で卒業できるようにするということは、留学生の祖国と日本を結ぶ貴重な人材を失うことでもあります。
 これは国益に反する行為であり、税金の無駄遣いです。日本政府は、日本文化がフランスで中国の経済を押さえているという事を知らないのかもしれません。
 ですから、日本政府は、予算をかけて日本の文化を保護すること、世界に輸出することに、あまり熱心ではありません。これは、フランス政府がとってきた姿勢とは正反対です。日本の政府の眼は、アメリカにしか向いていないのです。
 これは、外国留学に役立つからという理由で「TOEFLなどの外部試験を大学入試に入れる必要がある」という政府・文科省の主張とも符合します。しかしTOEFLは、アメリカ留学のために開発された試験ですから、外国への留学生を倍増すると言っても、その外国は第1にアメリカなのです。
 このようなことを考えると、政府が大学の国際化というのは表向きの理由であって、むしろ政府が心配しているのは、アメリカへの生徒の激減ぶりだったのではないか、「英語化」はそれを食い止める口実ではないか、とすら思えてきます。

 しかし、研究力は英語力でも留学でもないことは、先程述べたように、ノーベル賞受賞者の多くが留学経験すらないことからも明らかです。これはすでに何度も述べた通りです。
 中村修二、南部陽一郎の諸氏がアメリカに頭脳流出したのは、日本の大学に彼らのような異才を受け入れる度量と包容力がなかったからに他なりません。
 南部氏らがアメリカの大学で教えているのは、英語ができたからではありません。物理ができたからです。同じようにイチローがアメリカで活躍しているのは英語ができたからではありません。[笑]野球ができたからこそ、アメリカの大リーグでプレーができているのです。[笑] 英語はその後を追いかけてきたに過ぎないのです。

 にもかかわらず政府は、留学や英語力を煽り、国際化の名の下に外国人教員を輸入することに血道をあげています。その典型例が、先程述べられたように、「京都大学の外国人教員100人計画」です。
 しかし、これは日本の優秀な研究者100人が職を得る機会を失うことに導きます。これではますます頭脳流出が進むだけです。しかも、100人などと人数まで決めて採用するのですから、人数を満たすためには、優秀ではない外国人まで採用しなければならなくなります。[笑]
 さらにこの計画は、何年までにという期限付きなのですから、なおさら、アメリカの大学では採用されなかった人物を雇う機会も大きくなります。[笑]
 そもそも、優秀な外国人を欲しければ、公募して優秀な日本人と競わせれば済む話で、その方がはるかに公明正大で、京都大学の世界ランキングを高めるのに成功するでしょう。それはまた、優秀な日本人の頭脳流出を食い止めることにも役立つ訳です。

 2010年にノーベル化学賞を受けた根岸英一氏は、アメリカで学位をとって、日本に戻って日本の大学で仕事を探したのですが、結局どこも採用してくれなくて、やがてはアメリカに戻ってしまいました。

 上記の様な事態になるのは、「国際化」、すなわち「英語で授業」「外国人教員の採用」ということを最優先にしているからです。言い換えれば、外国から英語話者を輸入することがまず第一にあるからです。
 かつて貿易摩擦の解決策としてALT(外国人英語指導助手)を強制的に輸入させられたのも、同じ構造です。

 しかし、現場教師の強い反対を押し切ってALTをどれだけ輸入しても、日本の英語教育は良くなりませんでした。外国語学習では、授業時数やクラス・サイズが決定的な要因ですが、それを放置したまま、ALTの輸入だけを強行したのですから、当然の結果でもあります。
 また文科省は2002年度から、スーパー・イングリッシュ・ランゲージ・ハイスクール(SELHI)というプロジェクトを立ち上げて、これもまた補助金を餌にして、全国の高校に立候補を呼びかけました。しかし、その成果はどうだったのでしょうか。このSELHIが成功していれば、今さら「指導要領」を改訂して、「英語の授業を英語で行う」などという新指導要領を作る必要もなかったはずです。

 今、大学で「スーパー・グローバル大学」という名の下に同じ愚を繰り返そうとしているのではないか、と私には危惧されます。
 授業で「難しいことを易しく説明するのは小学校の先生が一番上手い」「易しいことを難しく説明するのが大学教師だ」とよく言われますが、[笑] だから大学の教員は小学校の先生より、授業が下手なのだけれども[笑])、
 だとすると、高校で、日本語を使ってですら、上手く生徒に説明できない教師が、日本語で説明してもきちんと理解できない生徒を相手にして、英語で授業をしたら、どんな悲惨な結果になるか、想像に難くないでしょう。[笑]
 ところが今度は、大学で、国際化を理由に、日本語のできない外国人教員が、英語を速読すらできない学生を相手に講義する、それを学生が速聴しなければならない、これはまたどんな悲惨な結果が待ち受けているか........。[笑]

 先述の『英語への旅』(48頁)では、「マレーシアの大学でも、講座をマレー語の代わりに英語ではじめたら、学生の成績が悪くなり、中止されたという例もあります」と書かれています。同じことが日本でも起きる可能性が極めて大きいと私は思います。

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 私は家で連れ合いと話をしていて、お互いに些細なことを聞き違えて喧嘩になることがよくあるのです。で最後に、日本語ですらこういう状態なのだから、英語で授業したらどんなだろうと[笑]、大笑いして結局終わりになります[笑]。

 しかし、英語で授業を受ける生徒にとっては笑い事では済まない、深刻な事態です。[笑]
同時にこれは日本の未来を左右する重大事でしょう。にもかかわらず、政府・文科省は、このような愚策を強行しています。だからこそ、何か別の意図があるのではないかと疑いたくなるのです。

 政府・文科省を疑いたくなる理由のもう一つは、そもそもアメリカの大学は、留学するのに値するのかということです。その理由を述べます。
 OECD22カ国の学力調査があります。16歳から24歳を対象にした学力検査の結果、数学力は、イタリアが21位、アメリカは22位です。22カ国ですよ。22カ国の調査の結果です。[笑] 
 読み書き能力・リテラシーは、アメリカは21位、イタリアは22位、だからビリから2番目です。問題解決能力は、ポーランド19位、アメリカ20位、これは21位・22位がないのは、20カ国しか問題解決能力の調査には参加しなかったからです。

 平和学の創始者で有名なヨハン・ガルトゥングという人がいます。彼は招かれて、アメリカのあちこちの大学で教えた経験を持っている人です。その彼が、アメリカの大学は高校レベルだと言っているのです。博士課程だけは別格だけれども、修士課程も全然駄目だと。
 だから、もし留学するのだったら博士課程ならまだ許せるでしょう。けれども、日本の文科省が「留学倍増12万計画」と言っているのは、学部レベルの留学計画を言っているのです。
 しかも、日本人のノーベル賞受賞者19人のなかで、アメリカで博士号をとった人はたった3人しかいません。他の人は全くアメリカの大学院すら出ていない。アメリカの博士課程すら出ていなくてもノーベル賞を受賞しているのです。行く必要がないんですよ。母語で最高レベルの授業・研究を院生に教えて、ノーベル賞をとらせる力を、日本の大学は持っているのです。

 だから、留学、留学、という風に文科省が煽りたてるのは、僕は別の理由があるとしか考えられない。

 もう一つ理由を言います。
 現在のアメリカは毎日のように、どこかで銃の乱射事件が起きています。1日87件です。毎日どこかで人が殺されています。それも普通の市街地ではなくて、小学校から大学に至るまで、学校のような安全なはずの場所でさえ、日常茶飯事なのです。
 そのうえ高校や大学でのレイプ事件も後を絶ちません。女子学生の5人に1人はレイプされています。しかも、ハーバードやプリンストンのような有名大学でも、そういう事件が珍しくないのです。そのため、たまりかねて、バイデン副大統領を委員長にして、特別対策委員会すら立ち上げねばならい程、深刻な事態になっています。
 日本政府は、このような事実を知っていて、学生にアメリカ留学を勧めているのでしょうか。もし知らないで勧めているとすれば、極めて無責任ですし、知っていて勧めているとすれば、極めて悪質です。外国への留学生を倍増にして12万人にすると言っていますが、このままでは、アメリカ人の地で多くの日本人の被害者を出すことになりかねません。
 
 もう一つだけ、理由を言います。
 今アメリカの大学生の学費は、世界最高レベルなのです。金がかかり過ぎ。だいたい一人、2万5千ドルから10万ドルの学費が4年間でかかります。だいたい日本円で1千万円くらいの借金を背負って卒業するのです。ところがそれを返還できなくて、結局、身ぐるみ剥がれれて、路上生活している若者が増えているのです。しかも大学を出ても、最低賃金の就職口しかないのです。これがアメリカの現実です。
 そういう高い授業料を払えないからと言うので、今、アメリカからカナダへ流出している学生が続出しています。カナダのマギル大学という有名大学の4年間の授業料が、アメリカのジョージタウン大学の1年分なのです。だから、アメリカの大学から学生がどんどん逃げて行っている。その穴埋めに、日本人を送り込もうという訳ですか。どんでもない話しでしょう。
 だから、今の日本政府・文科省の言っている「国際化」「留学生12万倍増計画」というのは、信じがたい、何の根拠もない。私が「これは亡国の道だ」と言う理由は、こういう事実に基づいて言っている訳です。
 英語教師をしながらこんな事を言うと、どこか後ろから矢か何かが飛んできそうな気がしますけれども[笑]、これは敢えて言わなければいけない様に思います。
 
 最後に、もう一つだけ言わせて下さい。
 今、日本語で会話ができない学生が増えているんです。もうひとつ深刻なのは、日本語で会話できない学生だけでなくて、患者の症状が聴けない医者、歯医者、顧客と会話のできない弁護士、会計士が多くいるのです。ある大学の歯学部などでは、チュートリアル教育で、「どうやったら日本語で患者の悩みを聴いてあげられるか」という教育まで始めているという現状です。
 
 それから、高校入試で、日本語でのヒアリング試験が増えているのです。それくらいに日本語の学力が深刻だということですよ。そんな事態を放置しておいて、英語、英語という風に叫んでいる政府・文科省の真意が僕にはわかりません。だとすれば、「何か他の意図があるにちがいない」としか考えられないのです。そういう憶測の根拠を今まで述べてきたわけです。

 他にも色々と述べたいことはありますが、もう時間も過ぎているようなので、いったんここで切らせて頂きます。ありがとうございました。

<註> この記号[笑]は、聴衆からの笑いです。寺島先生が笑って話しているのではありません。念のため。


<寺島の註> すでに書いてあったが時間の関係で話せなかった元原稿に、アドリブで話したことを盛り込んだ講演増補版は、下記にあります。時間と興味がある方は、上記のものと比較していただければ幸いです。ただし時間の関係で話せなかった部分は、<註>として最後のNOTESに一括して載せてあります。
http://www42.tok2.com/home/ieas/kyoto-u.simpo.taka141124s.pdf


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狐狸庵居士(田舎の国立大学を2010年に定年退職)

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