翻訳 チョムスキー「TPPとオバマの暗殺リスト―誰のための機密保護? 」

環太平洋パートナーシップ(TPP:Trans-Pacific Partnership)、マグナカルタ、推定無罪(Presumption of Innocence)、無人爆撃機Drone、オバマが決める「無罪」「有罪」、アメリカ理解(2015/04/28)


 いまアメリカ主導の「環太平洋パートナーシップ」(TPP:Trans-Pacific Partnership)が大詰めを迎えています。この協定は肝心のアメリカの国会議員でさえその内容を知らされていません。ところがオバマ大統領は議員に内容を知らせないまま、「これを他の法案と抱き合わせの一括審議で無条件に承認しろ」と圧力をかけています。
 しかしこれにはさすがの民主党議員も我慢がならず内部から反乱が起きています。さらに面白いのは保守党のシンクタンクであり、財界寄りと思われていたCATO研究所からも、このTPPに異論が出ています。この法案が通ると外国の企業がアメリカ政府を訴えることができるようになり主権侵害の恐れが出てくるからです。
 ところが日本の大手メディアは農産物の問題だけを取りあげ、このような重大な問題に一切ふれようとしていません。TPPが大企業や投資家の利益を保護するだけで、一般庶民にとっていかに危険な条約であるかは、この条約の内容がいっさい公にされることなく、極秘の中で交渉が進行していることに端的に表れています。
 そこで今回はチョムスキーのSecurity(安全確保、機密保護」)に関する論考を訳して紹介することにしました。しかし、このような翻訳・紹介も、このTPPの法案が可決・批准されれば、「非・親告罪化」して、自由にできなくなる恐れがあります。
 チョムスキーは、自分の論考がブログで翻訳・紹介されても、著作件違反で訴えることは絶対にしません(むしろ広めて欲しいと思うでしょう)が、チョムスキーの意見を知られると困るひとたちが訴える権利をもつことになるからです。だからこそTPPが民衆のまったく知らないところで進行中なのです。


誰のための機密保護?
政府の機密保護で、一般民衆は闇のなか
ノーム・チョムスキー、April 6, 2014
http://www.informationclearinghouse.info/article37877.htm


 国際関係理論の指導的原理によれば、国家の最優先事項は安全の確保(そして機密の保持)です。冷戦時代の戦略家ジョージ・F・ケナンがその標準的見解を公式化したとおり、政府は「秩序と正義を保護し、共同防衛に備えるために」つくられています。
 その主張はもっともらしく、ほとんど自明のことのように思われます。ただしそれも、さらに詳しく点検して、「誰のための安全? 一般国民のため? 国家権力そのもののため? 国内の支配的な有権者のため?」と訊ねてみるまでの話ですが。
 私たちがSecurity(「安全の確保」「機密の保護」)ということばで何を言おうとしているかに応じて、その主張の信頼性は、取るに足らないものから非常に高度なものにまで変動します。
 国家権力のための機密保護は、その最たるもので、国家が自国民の監視の目から自らを保護するために発揮する努力が、彼らの言う「安全の確保」「機密の保護」です。
 ドイツのTVでのインタビューで、エドワード・J・スノーデンはこう言いました。自分が「忍耐の限界」に達して内部告発しようしたのは、「国家情報局長官ジェームズ・クラッパー」が国家安全保障局NSAによっておこなわれた国内スパイ工作の存在を否定して、「議会に宣誓しておきながら、堂々と嘘をついたのを見た」からだったと。
 スノーデンはこう詳述しました。「国民はこのスパイ工作について知る権利があった。国民は政府が国民の名においておこなっていることを知る権利があった。それは政府が国民に敵対しておこなっているスパイ工作だからだ」
 同じことは、当然のことながら、ダニエル・エルズバーグ、チェルシー・マニングその他の勇敢な人物たちについても言えます。彼らも、同じ民主主義の原理に基づいて行動したのですから。
 政府の立場はそれとは全く異なっています。国民は知る権利がない、なぜなら、そんなことをしたら国家の機密と安全が土台から掘り崩されるからだ――と政府の当局者たちは主張します。
 政府のそのような言い分に、私たちが疑いをいだいてよいだけの充分な理由があります。第1の理由は、それがまさに政府の真っ先に言い出しそうなことだからです。政府は自分の行動が暴露されると反射的に機密は保持されねばならないと主張します。したがって当然の成り行きとして情報を出さないということになります。
 政府の言い分に疑いをいだかざるを得ない第2の理由は、政府が提示する証拠の性格です。国際関係論の学者ジョン・ミアシャイマー(John Mearsheimer)はこう書いています。「驚くことではないが、NSAによる国民へのスパイは、アメリカに対する54のテロ計画を阻止するにあたって重要な役割を演じたと、オバマ政権は、当初は主張していた。それは暗に、我々は憲法修正第4条を侵害したが、それには充分な理由があったからだ、と言っているに等しかった。」
 ミアシャイマーは続けてこう書いています。「しかしながら、これは嘘だった。というのは、結局のところNSA長官キース・アレクサンダー大将が議会で、テロを阻止したと認めたのは、たった1件だけだったからだ。ソマリアのテロ集団に8500ドルを送金していた、サンディエゴに住むソマリアの移民1人と共犯者3人を捕まえただけだった」
 「プライバシーと市民的自由の監視委員会」Privacy and Civil Liberties Oversight Boardによる調査も同じ結論でした。この委員会は、NSAの仕事を調査するために政府によって設置され、機密事項と機密当局者を広範囲に調査する権限が与えられていました。
 もちろん、国民が知ることによって国家の機密が脅かされるという意見があります。――ただし暴露されて困るのは国家権力の機密なのですが。
 上記の代表的見解はハーバード大学の政治学者サムエル・P・ハンチントンによって表明されています。ハンチントンは次のように言っています。「米国における権力の建築士たちは、感じられるだけで、見ることのできない権力をつくりださねばならない。権力は闇の中にあってこそ強い。光に晒されると蒸発し始めるからだ。」
 他の国と同様に、米国でも、権力の建築士たちはそれをよく心得ています。機密指定を解除された膨大な量の文書、たとえば公式のアメリカ国務省史『米国の外交』をつかって研究してきたひとたちのほとんどが見逃しようのない事実がああります。それは、政府の最大の関心事がつねに国民から権力者の秘密を保護することであって、いかなる意味においても、国民のための機密保護ではないことです。
 秘密を保持しようとする場合、しばしば、国内の強力な勢力の秘密保持が動機になっています。その良い例が、「自由貿易協定」という名の、いかがわしい協定です。なぜ「いかがわしい」かというと、それらは自由貿易の原則を根本的に侵害し、実質的には貿易についての協定ではなく、むしろ投資家の権利だけを守るものだからです。
 これらの協定文書は秘密裏に交渉がおこなわれるのが常套手段です。最近の環太平洋パートナーシップ(TPP)がその好例です。しかしもちろん、それは完全な秘密ではありません。なぜなら、その詳細な条項を書いている何百人もの企業ロビイストや企業弁護士にとっては、当然ながらそれは秘密ではないからです。ところが最近、ウィキリークスによってその条項の一部が暴露され、国民に衝撃が走りました。
 経済学者ジョセフ・E・スティグリッツの結論も非常に理にかなったものです。つまり、TPPの交渉に当たっているアメリカ通商代表部は、「企業の利益を代弁」しているのであって、国民の利益を代表しているわけではない、と言っているのです。だから、TPPの「次回の会合で決められる協定が、普通のアメリカ人の利益になる見込みは非常に低い。まして他の国の一般市民にとって、その見通しはなおさら暗い」というのがスティグリッツの結論です。
 政府の政策の最大関心事は、ふつう企業の秘密を保持することです。そもそも政策を立案する政府の役割を考えれば、それはさほど意外なことではありません。

 一方、国民の秘密保持は国策にとっては高い優先順位ではありません。しかし“national security”「国家の安全や機密保持」 は本来、「国民の秘密保持」として理解されるべきです。これには充分な証拠があります。
 たとえばオバマ大統領の無人爆撃機ドローンによる世界規模の暗殺計画は、ぞっとするような世界最大のテロ計画ですが、同時にそれはテロを生み出す計画でもあるのです。スタンリー・A・マックリスタル将軍は、軍を退職するまでは、アフガニスタンにおけるアメリカとNATO軍の最高指令官だった人物です。その彼が、「反乱者の数学」について話しています。無実の人間を1人殺せば10人の新たな敵をつくりだすことになる、と言っているのです。
 この「無実のひと」という概念は、マグナカルタ以来、過去800年間で私たちがどれほど進歩したのかを物語るものです。マグナカルタは、「推定無罪」(Presumption of Innocence)の原理、すなわち「疑わしきは罰せず」「有罪が確定するまでは無実」の原理を確立したもので、かつては英米法の基礎であると考えられていました。
 ところが今日、「有罪」というのは、「オバマによって暗殺の対象になった」ことであり、「無実」ということばが意味するのは、「まだ暗殺の対象になっていない」ことなのです。[しかも、この暗殺リストは「誰が対象になっているのか」「それはどのような理由か」を議会すら知りません。]
 ところで、ブルッキングス研究所は『アザミの花と無人爆撃機ドローン』“The Thistle and the Drone” という本を出版したばかりです。これは、アクバル・アフメド(Akbar Ahmed)による部族社会の人類学的研究で、高く評価されている本です。副題は『いかにしてアメリカの対テロ戦争はイスラム部族社会に対する地球規模の戦争になったか』となっています。
 この本の中で、アフメドは警告しています。―この地球規模の戦争は、いくつかの抑圧的な中央政府に圧力をかけ、ワシントンの敵(イスラム部族社会)への攻撃に着手させる。その戦争はいくつかの部族を「絶滅」に追い込むかもしれない。その戦争は攻撃する側の社会自身にとっても厳しい犠牲を伴う。このことは、アフガニスタン、パキスタン、ソマリア、イエメンでいま見られるとおりである。そして究極的にはアメリカでも。
 さらにアフメドは指摘しています。―部族文化は尊敬と復讐に基盤を置いている。だから「これらの部族社会においては、暴力的攻撃を受けるたびに反撃が起きる。部族民に対する攻撃が強ければ強いほど、反撃はもっとひどく血塗られたものになる」
 テロを攻撃対象にすることは、攻撃する側の本土にも致命傷を与えるかもしれません。英国誌、『インターナショナル・アフェアーズ』で、デイビッド・ヘイスティングス・ダン(David Hastings Dunn)が概説しているのは、高性能の無人爆撃機ドローンがますますテロ集団にとって完璧な武器になっているということです。なぜならドローンは、テロリストにとっては、[復讐の念に満ちた多くの自爆テロを生み出すという点で] 安価で入手しやすく、「その利点が合わさると、21世紀におけるテロ攻撃=テロによる反撃の理想的手段になる多くの特質をもっている」とダンは説明している。
 上院議員アドライ・スティーブンソン3世(Adlai Stevenson III)は、自分がアメリカ上院情報委員会に長年所属していたことに言及して、次のように書いています。「インターネット監視とメタ情報の収集は、911にたいする継続的な対応の一部だ。しかし、テロリストがその収集された情報に現れることはなく、万人の怒りや批難を呼び起こしただけだった。そして今やアメリカは、対スンニ派だけでなく対シーア派の戦争、すなわち対イスラム全体にたいする戦争をおこなっていると広く理解されるようになってしまった。しかも地上戦だけでなく、空からのドローンを使った攻撃だ。そしてパレスチナでは代理戦争。そのうえ戦争はペルシア湾から中央アジアまで広がっている。ドイツとブラジルはアメリカによる世界各地への侵入に憤慨している。結局この戦争は何をつくり上げたのか?」
 答えはこうです。それらがつくり上げたのは、アメリカの国際的孤立だけでなくテロの脅威の増大だ。
 無人爆撃機ドローンによる暗殺作戦は、国の安全を―それと知りつつ―危険にさらす政策です。同じことは、残忍な特殊部隊の作戦にも当てはまります。事実、イラク侵略は西側におけるテロを急増させました。これは英米の情報機関が当初から予測していたことでした。
 これらの侵略行為は、ふたたび、政策立案者たちにとっては何の懸念材料でもありません。彼らは、Security(安全と機密保護)という概念に、まったく違った理解をもっているからです。核兵器による一瞬にしての破壊すら、為政者にとっては重大な関心事ではないのです。――ただしこれについては、あとで、もう一度でふれたいと思います。


<註1> この記事は、2015年2月28日のチョムスキー講演に少し手を加えたものです。この講演は、カリフォルニア州サンタバーバラにある財団法人「核時代の平和」(Nuclea Age Peace Foundation)の後援によるものであり、ここに掲載したのはその前半部です。

<註2> TPPについて詳しくは下記を御覧ください。
「TPPは貿易協定の衣を着た企業による世界支配の道具」
「米国でふたりの上院議員がTPPの秘密主義と巨大資本との癒着をを批判する文書をオバマ大統領に」
「環大西洋協定と、ヨーロッパ民主主義の埋葬」


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