翻訳 ダグラス・ラミス「沖縄は緊急事態だ!」

沖縄、辺野古、普天間飛行場、「平等負担の会」、平和研究、国際理解(2014/06/14)


 いまアメリカは世界で大きく言えば「三つの戦い」を展開しています。
 一つは中東でイエメンからイラク、シリアに至るまで無人爆撃を繰りかえしながら各地を瓦礫に変えています。イエメンを瓦礫の地に変えているのはサウジアラビアですが、このサウジに高性能爆撃機やクラスター爆弾(国際的に禁止されている残虐兵器)を提供しているのもアメリカです。
 もう一つはウクライナで表向きは停戦協定を結びながら、実質はアメリカがウクライナ政府軍に武器や戦車などを提供してウクライナ東部のドンバス地方を攻撃させているのもアメリカです。政府軍の実働部隊はネオナチ・極右勢力で、アメリカが特殊部隊を送り込んで軍事訓練をほどしています。
 このウクライナ情勢はチョムスキーが「核戦争3分前」と言っているくらいに緊迫した情勢にあるのですが、日本の大手メディアはそれについてほとんど報道していません。左翼あるいはリベラルと言われている新聞でも、ウクライナ危機をつくり出したのはロシアだとして、裏でクーデターを仕組んだアメリカに言及することはほとんどありません。
 最後は中国近海、とりわけ魚釣島を舞台にした中国包囲網で、中国を攻撃するための実働部隊として自衛隊を利用するために、いまアメリカは日本政府に圧力をかけ、戦争法規を急ピッチで完備させようとしています。TPPも中国包囲の一貫であることを安倍首相はアメリカ議会で公に認め、その締結に全力をあげると宣言しました。
 このたびの総選挙で沖縄の小選挙区すべてにおいて政府与党勢力が全敗したにもかかわらず、安倍首相が「粛々と作業を進める」と言って、アメリカ軍の辺野古基地移転を頑として取り下げようとしないのは、上記のような背景があります。
 しかし「民主主義」というのは「民意を尊重する」ということですから、それを堂々と踏みにじって恥じない安倍政権は、いまや「独裁的ファシズム政権」に変質しつつあると言っても過言ではありません。このまま事態が推移すれば、沖縄がとるべき道はイギリスのスコットランドが掲げているのと同じように「独立」しかなくなるでしょう。
 ところで沖縄現地の辺野古では、基地移転の工事を阻止するために、地元の住民が連日のように、陸と海の双方で体をはって警察や海上保安庁職員と闘っています。その生々しいようすを、アメリカ人学者ダグラス・ラミスが沖縄からの現地レポート「沖縄は緊急事態だ!」を書き、本土やアメリカの心あるひとに支援を訴えています。
 いま私の主宰する研究所の研究員から、その翻訳が届きましたので以下に紹介させていただきます。このレポート(檄文)が書かれたのは2月18日ですが、アメリカ海兵隊の垂直離着陸輸送機オスプレイが5月17日にハワイで墜落し多数の死亡者を出している今、ラミス氏のレポートが新たな意味をもって甦ってきたように思います。
 ベトナム戦争時に元海兵隊員だったダグラス・ラミス氏が、津田塾大学を退職したあと沖縄に移住し、非常勤講師を勤める傍ら反戦平和運動をおこなっている姿に(1936年生まれですから、やがて80歳です)、私はある種の感動をおぼえています。名著『イデオロギーとしての英会話』(晶文社, 1976年)も、私にとっては忘れがたい本です。

<註> アメリカが三つの地域(中東、東欧・ウクライナ、中国近海)を中心として世界中で展開している汚い戦争については、その分析の根拠をいちいち明記しませんでしたが、それらについては私の今までのブログおよび下記サイトを御覧ください。
http://www42.tok2.com/home/ieas/translation_index.html
チョムスキー 「世界の誰もが知っている:アメリカは世界最強=最悪のテロ国家だ」 
「櫻井ジャーナル」
「マスコミに載らない海外記事」



沖縄は緊急事態だ!
C.ダグラス・ラミス
The Asia-Pacific Journal、2015.2.18
https://zcomm.org/znetarticle/okinawa-state-of-emergency/

────────────────────────────────────────
警官との衝突でけがをした女性
辺野古Injured_woman

沖縄北部辺野古の米軍海兵隊キャンプ・シュワブのゲート前で、一つの看板に、座り込みが220日に及んだことが示されていた。その隣で、老人が、「沖縄を差別するな!」と書かれた幟(のぼり)を掲げて立っていた。「これはどこの組織からもらったものでもない。俺が自分の金で作ったんだ」と彼は言った。「これなんだ。これが問題なんだ」と彼は思い詰めたように私に言った。

幟(のぼり)に書かれた文字「「沖縄を差別するな!」は、沖縄の反基地運動がこの15年ほどに潜り抜けてきた激変を象徴している。それは大きな考え方の変化であり、それが現在の大きな政治的再編に導き、それが今度は、現地で起きているすさまじい政治的対立に、ますます影響を及ぼしつつある。

簡単に言えば、長年このかた沖縄の政治は、反戦反基地の革新派と、人数は少ないが金持ちの保守派との対立だった。金持ちはお金が入ってくるのだったら基地のことを気にかけない。その後1995年沖縄の女子小学生が米軍兵士3人に集団暴行され、島中が怒りの炎に燃えあがった。保守も革新も参加して、全沖縄抗議集会が開催された。130万人の人口で約7万人の参加は、膨大な人数だった。アメリカと日本政府は、何かしなければいけないと覚悟した。

彼らが思いついたのは、沖縄中部、人口密集地域の宜野湾市中心部にある普天間海兵隊航空基地閉鎖を約束することだった。人々が喜んだのは、1日だけだった。その翌日、航空基地が県外に出て行くのではなく、北部の名護市辺野古村に移転するだけだと知ることとなった。喜びは、怒りに変わったのだ。

その時から、ほぼ20年が経過した。普天間飛行場が開いている間、これまで反基地抗議運動が、新しい基地建設を阻止してきたのだ。当時しばしば繰り返し聞かれたスローガンは、「沖縄は日本領土の0.6%しかないのに、在日米軍基地の74%が存在している」だった。興味深いことに、これは反戦スローガンではないことだ。それは沖縄の全ての米軍基地撤去を要求しておらず、露骨に不平等な扱いに対する抗議だった。この不平等な扱いが沖縄人の意識を変えたように、これは反基地活動家の考え方にも変化をもたらした。沖縄人の熱烈な平和主義に、彼らが日本の植民地(又は、日本と米国の二重植民地とも言われるが)として扱われているという意識が加わり、それがますます大きくなっている。「差別」という用語は、政治的用語には入っていなかったが、みんなの考え方の中心におかれたのだ。この情況を把握する方法の変更が、保守派にも反基地運動に参加する扉を開け、そして多く者が、保守派陣営を割って参加したのだ。みなが差別されているとき、侮辱されていることを免れる保守派はいないのだ。

抗議運動を推し進めるもう一つの要因は、この新しい基地計画が、大量の土砂とコンクリートを大浦湾に捨てるからだ。そこは、沖縄と日本の最後の原生珊瑚の楽園で、絶滅危惧種ジュゴンを含む何千という希少海洋生物の豊かな生息地でもあるのだ。革新派のみならず多くの保守派も、その計画の悪辣な破壊に本当に心を痛めていた。徐々に新しい連帯が形成され、これはイデオロギー的には革新陣営抱いていたほど純粋ではないが、政治的にさらに力強いものとして登場した。

2010年に在職中の保守派知事仲井眞弘多は、彼の主席アドバイザーのひとり、当時那覇市長の翁長雄志に「もし次の選挙で反基地の立場をとらなかったら、選挙で負ける」と言われた。従って彼は自分の立場を変えて、海兵隊空軍基地を辺野古に移転しないで、本土へ移すべきだと言った。それで彼は選挙に勝つことができた。4年間この気むずかしい老人は、辺野古での新たな基地建設に反対して、見事にやってのけた。その後、彼の任期の終わり頃、突然意見を変え、基地移転の許可を出した。この彼の選挙公約への裏切りによって、その約束を説得した翁長那覇市長を含めて大勢の怒りが渦巻いた。2014年に行われた次の選挙で、翁長氏は反基地の立場で仲井真氏に対抗して立候補し、約10万票差で彼を打ち負かした。翁長氏の歴史的勝利の少し前、反基地派の名護市長も、安部晋三政権による猛烈な支援にもかかわらず再選された。さらに、衆議院選挙で、沖縄の基地賛成派候補4人が全員が、小選挙区で見事に敗れた。沖縄の選挙民が、新たな基地建設に反対の意思を示したことは、極めて明白であり、繰り返し行われた意識調査でも証明された。

日本とアメリカ政府は、この圧倒的な沖縄人の新基地反対の意思を無視することに決めた。安部首相は、選挙は基地建設になんら影響はないと繰り返し述べた。それは、沖縄に対する政府の政策が、深い差別によって打ち立てられていると考える者を説き伏せるために計算された行動のように思えた。そして今、私たちは現在に至る。建設準備の現場は、衆議院選挙中は中断されていたが、1月15日に再開された。沖縄ではその伝統的難題がいま試されている。つまり「有無を言わさぬ勢力」が、「動かしがたい対象」に出会う時、何が起こるのか。

「動かしがたい対象」の側では、まず最初に、1月15日から1週間に7日、24時間続けられているキャンプ・シュワブ第1ゲート前の座り込みがある。この示威行動の目的は、基地建設に関連したトラック本部への搬入を阻止して、それが失敗したら、工事を遅れさせることだ。「有無を言わさなぬ勢力」の側では、2台に分乗した機動隊がいて、トラックの正面にデモ隊が座ったり、横たわったりするとき、彼らを引きずり出し、退去させることが彼らの仕事だ。夜は昼間よりデモ隊が少ないため、今やほとんどのトラックが、ちょうど夜明け頃、または時には真夜中でも入ってくる。デモ隊は、ビニルシートとポールで、脆くて漏れるテントをつくり、そこで彼らは寝たり、あるいは、とにかく寝ようと試みる。それはひどいもので、特に夜に雨が降ったときは惨めだと聞いている。それにもかかわらず多くの人々が、そこで何日も寝泊まりした。座り込みをしている人々のほとんどは、中年かお年寄りで、70歳や80歳代の人々もいる。これは、彼らがほとんど退職していて、毎日自由にそこへ行けるからでもあるが、さらに沖縄戦を耐え抜き、戦争や、戦争に結びつくもの全てに深い恐怖や嫌悪がある世代だからである。辺野古基地に対するこの闘いは、この世代の沖縄人の最終的な意思表示であり、歴史的な遺産であると言っていいだろう。

第2の対決は、大浦湾で起こっている。そこはキャンプ・シュワブに隣接し、新しい空港予定地だ。ここで日本の海上保安庁沿岸警備隊が、非常に広大な地域をオイルフェンスと呼ばれる一連の大型浮具を張り巡らした。これは多分海でオイル漏れを抑えるために使われるものだと思われる。そして彼らは、そのフェンスの中へ入らないように命じた。毎日12人かそれ以上の抗議者たちがシー・カヤックに乗り込み、フェンスの周りを行ったり来たりしている。ある者は建設を阻止しようとしてフェンスを乗り越えたりするのだ。

彼らを阻止するために、政府は沿岸警備隊のカッターや高速モーターボートの大群を配備した。カッターは船首をみな建設現場に向けて並んでいて、まるでGreat White Fleet(訳注:白い大艦隊=1907年~09年、ルーズベルトがアメリカの新興海軍力を誇示するために、世界一周巡航に派遣した白塗りの艦隊)のようである。これは抗争中の尖閣諸島/钓鱼岛群岛問題で中国と大きな対決場面になったときに送ったのと同じ部隊を、これらのシー・カヤック隊を追跡するために派遣したのかも知れない。海岸から見ると、それはまるで沖縄がまさに侵略されるかも知れないように見える。これらの堂々とした白いカッター(white cutters訳注:coast guardに属する軽武装の沿岸警備用の小型船)からけたたましい何十隻かの黒いゴムの双発高速ゴムボートが出てくる。それぞれ逞しそうな、ヘルメットをかぶった沿岸警備隊員を乗せている。身体は救命胴着や様々な装備をつけて、ある者はスキューバ・ダイビング用のタンクや足ひれを付けて、抗議側が泳ごうとしたらすぐ飛び込めるように準備していた。
カヤック隊はオイルフェンスを乗り越える技術をマスターした(背を反らせて舳先を海上に上げ、強く漕いでフェンスに乗り上げ、それから身を乗り出して、カヤックを滑り込ませる)。しかし乗り込んだ人々は、すぐさまこれらの巨大な水生の虫けらどもの一群に取り囲まれてしまう。「安全確保のための適切な警備」と彼らは説明するが、彼らがカヤック隊をカヤックからたたき出し、背後から跳びかかり、彼らの頭を水中に沈める行為の説明にはなっていない。それはまた、なぜ彼らを海岸から4km離れた所に連れて行き、珊瑚礁より遥か沖で、彼らのカヤックを外洋に捨て去り、戻れるものなら戻ってみろと言うのか、説明がつかない。カヤック隊の人数が不足して、力負けするけれど、彼らを追い出すためにとても多くのエネルギーが費やされるので、あまり仕事が進まず、彼らは大きな阻止力の主役となっている。そして政府が抗議側に対抗するために組織した巨大な勢力は、政府がいかに彼らを恐れているかという明白な指標である。しかし政府が10~45トンのコンクリートブロックを海に投げ入れ始めているので、建設を止めるための緊急性が増している。

だからカヤック隊もあきらめずに、毎日戻ってくる。


湾内での対決
辺野古canoes
  
第3の対決地点は知事庁舎だ。反基地革新派と反基地保守派の同盟で、座り込みやカヤック抗議行動を実行したのは主に革新派だが、知事庁舎をコントロールしたのは主に保守派だ。そしてこれらの保守派が反基地感情においてどれほど真剣でも、彼らはこの種の対決政治には慣れていない。ゆっくり動き、書類を整理して、普段通り働き、取引をするのが彼らの生活スタイルなので、彼らが新しい情況に適応することは難しことに気づいている。

翁長知事は彼の選挙の後すぐに、慣例に従って、首相と他の官庁を表敬訪問をするために上京した。そして彼らは翁長知事をホテルの部屋にとどまらせたまま、彼に会うことをきっぱり拒否したのだ。脅しに屈せず、彼は2度目の上京をしたが、会えたのは2・3の下級官僚だけだった。大多数の沖縄人は、これが翁長知事個人への侮辱のみでなく、沖縄人全体への侮辱であると判断した。その侮辱が意味するところは、翁長氏の反基地公約が地滑り的勝利をおさめたとしても、阿部政権による政治的意志は、それは顧慮に値しないという扱いを受けるということだった。東京は直ちに過去5年連続増加していた沖縄予算を4.6%削減し、3340億円にすることを明確にした。

現在、翁長知事が直面している大きな問題は、空港施設建設に関する防衛省の大浦湾埋め立て許可申請に対して、前知事の公式承認をどうするかということである。日本の法律では埋め立ては県知事の承認なしでは行うことはできない。そして仲井真前知事がそれを承認した。そして日本の法律では、知事はすでに許可されたものを失効させたり、撤回したりする力を持っている。失効は、結婚の破棄のようなものだ。つまり過程に法的不備があったので、関係は一度も成立しなかった。つまり結局あなたは一度も結婚しなかったということだ。撤回は離婚のようなものである。つまりあなたは法的には結婚した。しかし何か重要なことが変化して、今あなたはそれを終わらせる。埋め立て許可の場合、前者(失効)は法的根拠を持っており、より強力で、より決定的だ。しかし説得力のある方法で失効させるためには、まず全ての法的プロセスが、法律の専門家によって注意深く調査される必要がある。後者(撤回)は法律にもとづかず、むしろ知事の裁量でなされる政治的判断に基づく。それ故、直ちに行うことができるが、東京の政府によって無視される危険性も大きい。

知事は、法律専門家や環境問題専門家の委員会を設立した。埋め立て失効を本気で正当化するために、埋め立て許可の発行過程で、法的不備があったかどうかを調査するためだ。委員会の委員長は、この調査を完成するには6月末までかかると言っている。それはとても長い期間で、カヤック隊が毎日の海の闘いを続け、座り込み隊が24時間の監視を続けられるか心配だ。さらに大浦湾の貴重な珊瑚の楽園の破壊がすでに始まっていて、7月までに珊瑚がどれくらい残っているかわからない。だから工事撤回命令を直ちに出すように、知事に大きな圧力がかかっているのは、まったく当然のことなのだ。しかしこれに対して、たとえそのような命令が出されたとしても、東京の政府がそれを無視するだけだ、ということはありそうなことだ。これまで知事がしてきたことを彼らが全て無視してきたのだから、その可能性がある。このことは、カヤック隊と座り込み隊がどんなことがあっても抗議活動を続けなければならないことを意味する。それに加えて、もし失効命令が7月に出されたとき、いま撤回命令を出すことが、法廷では有効でなくなってしまう、という弁護士の意見もある。

これを書いている時点で、この厳しいジレンマがどれほど解決されるかはっきりしない。しかしキャンプ・シュワブで抗議する者たちの負担が、すぐ軽くなるという見込みは余りない。

私が住んでいる那覇から、辺野古の座り込みに行くバスが毎日出ている。それは観光バスなので、マイクがある。そして1時間半の旅は、かなり面白い政治討論の場になっている。先週私がそのバスに乗っていたとき、ひとりの女性が「とにかく何が起ころうとも、私たちはこの闘いに勝たなければならない。もし私たちが勝てなかったら、それは沖縄の終わりだ」と言っておられた。多くの人々がそう感じている。この闘いは違うんだ。東京の政府は、これまでの方法、つまり、お金、裏取引、約束破り、分割支配が通用しないとわかり、あらゆる正面攻撃を、沖縄や、それを支持し、信じる者達に仕掛けてきた。彼らはこの勇敢で独立精神豊かな人々を、今度ばかりは打ち破ろうと狙っているようだ。政府側は失敗するか、それに近い結果になると私は思う。

もしこの記事の読者で、この危機にある沖縄の人々へ支援をしたいとお考えの方がいたら、あなた方にできる様々なことがある。まず、あなた方の声を上げることができる。マイクや手紙やプラカードやビラなどで、誰かと個人的にそれぞれ可能な方法で声を上げることができる。もし国外に住んでいるのなら、あなた方の声を日本大使館や領事館に行って、または通りの外から届けることができる。もしあなたがアメリカに住んでいるなら、あなたの考えを国会議員や下院軍事委員会委員長や米軍海兵隊司令官や大統領(正確には苦情処理担当)に知らせることができる。(もしあなたがアメリカ政府の人に接触できるなら、現在の方針を続けると、彼らが沖縄へ出入りする権限を全面的に失う現実的な危機があるということを彼らに気づかせられるかも知れない。私は全くかまわないのだが、彼らにはもう少し慎重に自分たちが何をしているかを考えさせる刺激になるかもしれない。確かに普天間基地を移転する最高の場所は、アメリカ本土なのだから)。もしあなたが日本に住んでいて、可能なら沖縄に行って、自分でその情況を見て、そしてさらには座り込みに加わることができる。

そしてもしあなたが沖縄の外に住んでいる日本国民なら、あなたはもう一つの極めて強力な武器をもっている。全ての沖縄運動の中心的な命題は、米軍基地の不平等な分布(75%が小さな沖縄にある)が正しいことではなく、差別的であるということなのだ。いま沖縄と連帯する行動は、この命題「沖縄を差別するな」に連帯して行動することだ。そして連帯する簡単な方法は、自分の住んでいる地域で「平等負担の会」を結成し、米軍基地を好きではないが(少なくとも日本の世論が米軍基地を日本の外へ移転させることを支持するまでは)沖縄の負担を軽減するために普天間海兵隊航空基地を自分の地域に受け入れる用意があると宣言するのだ。このような宣言が、辺野古に基地を押しつける政府の理由、すなわち「どこも普天間基地を受け入れるところはない」という口実を打ち砕く効果を持つ。そしてこれが沖縄人の運動を非常に元気づけることになるのだ。

もちろん他の行動もたくさんある。もしあなたが沖縄を支援したいと思ったら、今がその時なのだ。


ダグラス・ラミスは元沖縄の米国海兵隊員、現在は沖縄に在住して、沖縄国際大学講師、著書に『ラディカル・デモクラシー』、その他、日英両語で書かれた著書が多数。Japan focusの寄稿・編集者者であり、津田塾大学の元教授。


関連記事
スポンサーサイト
検索フォーム
プロフィール

狐狸庵居士(田舎の国立大学を2010年に定年退職)

Author:狐狸庵居士(田舎の国立大学を2010年に定年退職)

リンク
最新記事
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

カテゴリ
月別アーカイブ
最新コメント
RSSリンクの表示
QRコード
QR