ギリシャの選択、アイスランド金融危機から何を学ぶべきか(3)―国民が投票で政策を選択した

国民投票Referendum、ネット預金「アイスセーブ」、民間銀行「ランズバンキ」、トロイカ [EU、IMF)、欧ECB]、緊縮政策Austerity、国際教育(2015/07/26)

 ギリシャでは富裕層が新聞・テレビなどのメディアを独占し、トロイカの要求する緊縮政策を受け入れるよう大規模な宣伝を繰り広げました。これを評して「アメリカのFOXニュースさえも中立に見える」と言ったひとがいましたが、そのようなメディア攻撃にもかかわらず、ギリシャ国民は圧倒的多数でトロイカの要求にNO!を突きつけました。ところが驚いたことに、自分たちが呼びかけたはずのNO!を裏切って、ツィプラス首相はトロイカに屈服する法案を議会に提出してしまいました。連載(2)の末尾で、アイスランドの次期保健局候補だったグジョン・マグナッソンは、「IMFと吸血鬼の違いは何だと思う? 相手が死んだら血を吸うのをやめるかどうかってところだよ」と言っていますが、ツイプラス首相は、自分の交渉相手が吸血鬼よりも悪いということを知らなかったのでしょうか。これでは「急進左翼連合」というものに失望した民衆は、極右勢力へと流れていく大きな危険性があります。日本でも民主党に失望した結果、自民党極右政権が誕生してしまいました。しかし、ギリシャ国民がこのまま黙って引き下がるも思えません。彼らはアイスランドから大きな教訓を引き出すことができるのですから。その証拠に、いまギリシャでは強力な抗議運動が続いています。


連載予定
第一回:アイスランドが隆盛から凋落へといたる過程
第二回:IMFへの支援要請とネット預金「アイスセーブ」問題
第三回:国民が投票で政策を選択した
第四回:アイスランドから学ぶべきこと

<註> ネット預金「アイスセーブ」は、アイスランドの民間銀行「ランズバンキ」が始めたネット預金で、6%を超える高金利を掲げていた。イギリスBBCがこれを「今最も有利な預金先」と報じたことも手伝って、ランズバンキの海外支店に申し込みが殺到した。これが問題の始まりだった。―これについては連載の第1回を読み直していただければ幸いです。


第三回:国民が投票で政策を選択した

 大統領の拒否権発動にいたる流れは、一年以上前の国民の抗議デモから始まっていたと言っていいだろう。抗議デモは二〇〇八年末以降に繰り返し行われたが、次第に人数が増え、二〇〇九年一月にはとうとう三○○○人規模になり、機動隊ともみ合う騒ぎとなった。とはいえ、全体的に見れば穏やかなデモで、人々は鍋や釜をたたいて訴えたし、国会議事堂に向かって投げたのは火炎瓶ではなく、卵やトマト、あるいは履き古しの靴だった。彼らが求めたのは銀行破綻の、原因究明と責任者の引責辞任、事態を傍観していた内閣総辞職、解散総選挙などである。デモ参加者の一人はレポーターにこう述べた。「今ここに集まっているのは"活動家"や"過激派"ではありません。みんなごく普通の市民ですよ」
 デモ参加者が三〇〇〇人というのは少ないように思えるが、考えてみれば人口の一パーセントである。これがアメリカだったら三〇〇万人に相当する人々が抗議したわけで、ある議員がこう述べたのもうなずける。「抗議の声ははっきり届いています。国民が変化を求めていることはわかっています」。そしてその声に押されるようにして、その後内閣は崩壊し、ホルデ首相は辞任した。
 こうして国民の抗議の声が大きな流れを生み、二〇一〇年二月に中道左派政権が誕生し、続いて三月六日にはアイスセーブ問題への公的資金投入の是非を問う国民投票が行われた〔その是非は緊縮策受け入れの是非とも結びついていた〕。アイスランドで国民投票が行われたのは、一九四四年にデンマークからの独立を決定したとき以来のことである。リスクの高い投資や口座に手を出した銀行や投資家、預金者に対して、税金で補償する必要があるのか? そのために必要以上の予算削減までのまなければならないのか? この問いに対し、国民投票で九三パーセントがノーと答え、その結果アイスセーブの預金者保護に関する法案は退けられた。
 この投票の結果に対し、株式市場はすぐに否定的な反応を.示した。その背景には、一九世紀の思想家アレクシス・ド・トクヴィルが指摘した「多数派の専制」への危惧や、おなじみのミルトン・フリードマンの「経済は市場に任せるべきだ」といった考え方が働いていたに違いない。複雑な経済を理解できるのは一部の知識人だけであって、それを"怒れる群衆"の手に委ねてもうまくいかないと考えた人もいただろう。あるいは、緊縮策のように痛みを伴う政策は、それがいかに将来のために必要だと説いたところで一般市民には納得できないのだから、国民投票などに委ねるべきではないと考えた人もいるだろう。そうした考え方が正しいとすれば、国民に決定を委ねたアイスランドの政治家たちは舵取りを間違えたことになる。
 その一方で、アイスランド国民を後押しする声も寄せられた。たとえば、今回の世界的な経済・金融危機を事前に予測し、警鐘を鳴らしていたロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)のロバート・ウェイド(政治経済学)は、アイスランドのメディアに次のような意見を述べた。ニューディールのような公共事業政策にこそ金をかけるべきで、そうすればただ失業手当に頼るだけの人々が増えることもない。仕事に復帰できる人が多ければ多いほど、その人々が収入を消費に回して景気回復に一役買ってくれる。特に若い世代に関しては、失業が長引けば、一度も働いたことがないという一種の"失われた世代"が生まれかねないし、あるいは海外に移住したまま戻ってこなくなる恐れもある。また、人々を労働市場の外に追い出さないことが肝心で、企業も解雇ではなく、労働時間の縮小で対処するのが望ましい。さらに、政府は高齢者の基本的ニーズを満たすべく、年金を維持しなければならない。
 結局、アイスランドの有権者はアイスセーブ返済にもIMFの緊縮策にもはっきりノー(アイスランド語ではネイ)と言い、その選択の是非は現実の世界で試されることになった。彼らは正しかったのだろうか? それとも彼らはただ利己的な判断をしただけで、経済に暗く、間違った道を選んでしまったのだろうか? ウォール街やIMFが.言うように、緊縮政策という苦い薬をのむべきだったのだろうか?

(『経済政策でひとは死ぬか― 公衆衛生学から見た不況対策』草思社2014、pp.125-127)


<註1> 原書『BODY ECONOMIC: Why Austerity Kills 』(『いのちの経済学―緊縮政策は殺人行為だ』2013)
<註2> 時間がある方は、下記の翻訳も併せて読んでいただければ理解が深まると思います。最初のものは、『BODY ECONOMIC: Why Austerity Kills 』(『いのちの経済学―緊縮政策は殺人行為だ』)の著者がニューヨークタイムズに寄せた論考です。
「緊縮政策は殺人行為だ― 医療・福祉への1ドルは、3ドルの経済成長をもたらす」
チョムスキー「ヨーロッパ福祉国家の解体」


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