「英語が話せないのは日本人だけ」という神話、その2

言語間距離、「ザルみず効果」、英文法の幹・英音法の幹、OECD「国際成人力調査」、記号研方式、英語教育(2015/09/06)

目次
1 はじめに
2 EUでも6割のひとが英語を解しない
3 何が英語学習・外国語学習を促すのか
4 教育を破壊する、「ザルみず効果」の英語教育
5 英語の害悪―公教育の民営化・差別化



3 何が英語学習・外国語学習を促すのか
 話しが少し横道にそれたので本題に戻します。これまではEUの推進する言語政策が「母語プラス2言語」であるにもかかわらず、EUのなかで英語を知らない・話せないひとが6割強もいることをみてきました。
 文字も文法もほとんど同じであり「言語間距離」がきわめて小さい言語を母語とするひとたちが生活している言語空間で、しかも通貨も統一され人間の移動も自由になった政治経済空間なのですから、もっと英語が話せるひとが増えてもよさそうなのに、それが38%にとどまっていることは、やや信じがたい気もします。
 しかしEUのひとたちの6割もが英語を解せないという事実は、もうひとつの数字を見ると納得できないこともないという気になります。それは、この世論調査「ユーロ・バロメーター」の「学習状況」という項目が示す数字です。この先の論文では2005年と2012年の調査結果が載せられています。
 この二つの調査は設問が異なっていて、2005年は、「この2年間に言語学習をおこったか」「来年以降に言語学習を始める予定はあるか」という質問に「はい/いいえ」で回答する形式になっていますが、2012年は選択肢のなかから当てはまるものを選ぶ形式となっています。その結果は次のとおりです。

                   あり  なし   わからない
この2年間の言語学習      18%  81%   1%
来年以降の言語学習の予定  21%  75%   4%

表3 :学習状況(2005年)

この2年間に新しい言語の学習を開始 7%
この2年間に言語学習を継続 14%
最近の言語学習はなし、来年以降開始予定  8%
最近の言語学習はなし、来年以降の開始予定なし 44%
母語以外の言語の言語学習の経験なし     23%
わからない 8%

表4 :学習状況(2012年)


 上の表3(2005)で、まず驚かされるのは、「この2年間の言語学習」で「なし」と答えたひとが81%、「来年以降の言語学習の予定」も「なし」と答えているひとが75%にも上っていることです。
 では、表4(2012)ではどうでしょうか。二つの調査は設問が異なっているため単純に比較することはできませんが、先の表3で「この2年間の言語学習」「なし」に該当するものを、この表4で探すとすれば、次の三つを合計したものになりそうです。

最近の「言語学習はなし」、来年以降開始予定      8%
最近の「言語学習はなし」、来年以降の開始予定なし 44%
母語以外の言語の「言語学習の経験なし」        23%
                               合計 75%


    
 この三つを合計すると75%になり、表3の「この2年間の言語学習」「なし」の81%に近くなります。それでも「言語学習はなし」が81%から75%に減ったのですから、EUが多言語主義を掲げ「母語プラス2言語」という政策を打ち出して旗を振った効果が少しはあったとも言えます。
 しかし2012年の時点でも、「言語学習はなし」が75%にも上っているのですから、やはり「EU人口の6割」は「英語を話せるほどには知ってはいない」というのは本当だったのです。国境を越えて人間の移動が自由なEUでさえこの状態なのですから、日本人が英語を話せないからといって何ら恥じることはありません。
 このことは、表3(2005)と表4(2012)を次のように組み替えて比較してみると、もっと歴然としてきます。

              2005年    2012年
この2年間の言語学習  18%    7%(開始)+14%(継続)=21%
来年以降、開始の予定   21%     8%
            合計  39%    29%



 ご覧のとおり「この2年間の言語学習」「来年以降開始予定」の合計は、2005年度では39%だったのに、2015年には29%にまで減少しているのです。つまりEUが多言語主義を掲げ「母語プラス2言語」という政策を打ち出しても、「笛吹けど踊らず」という状況なのです。
 国境をこえて自由にひとが移動できる環境にあるはずのEUで、なぜ外国語学習が停滞しているのか。その理由を先の論文では次のように分析しています。

いずれの年も「言語を学習している/始める予定である」と回答したのは2割程度にとどまっている。またそれぞれの調査では、年代別、社会階層別の比較も行っているのだが、肯定的な回答の割合が高いのは、前者では最若年層(15-24歳)、後者では学生と管理職である。
 つまり学業を終えた人の大半は言語学習を行わないということである。これは、2005年と2012年の学習方法についての調査(複数選択可)で、「学校の授業」という回答が6~7割であったのに対し、「語学学校に通う」「CDやDVDを使って一人で学習」といった学外での学習については軒並みl割程度に過ぎなかった結果からも明らかになっている。
 このように学校教育のみに依存した言語学習が、先に紹介した各言語のレベルが横ばいであることと各年代の「母語プラス2言語」の割合が上昇していないことのもうひとつの説明要因になっていると考えられる。(前掲論文45-46頁)


 つまりEUでは、学校を卒業すると、ほとんどのひとは言語学習・外国語学習をしていないのです。しかしそれでも言語学習に熱心な国もあります。その事情を先の論文は次のように述べています。

これまで述べてきたように多くの市民が意識レベルでは多言語能力を職業能力や経済性と関連づけているにも関わらず、実際はそれに十分な水準に達していないことが明らかになった。こうした現状を説明するのが、その言語使用が主に高い水準も頻度も求められない余暇に限ったものであることと、言語学習の学校教育に対する極度なまでの依存であったことはこれまでに述べてきた通りである。(中略)
 しかし[意識レベルすなわち「学習目的」にかんする] 2012年の調査結果には、もうひとつ、近年の欧州金融危機に始まる景気の低迷や雇用の不安定といった社会情勢も影響していると考えられる。例えば、EUの財政支援を受けたギリシアと現在支援を検討中のスペインは、2012年の調査で、「国外で仕事をするため」の回答がそれぞれ73%、79%、「自国で良い仕事に就くため」の回答がそれぞれ69%、60%で参加国中の1、2位であった。(48頁)


 要するにEUでは「母語プラス2言語」の旗が大きく振られていたにもかかわらず、多くの人はそれほど言語学習に熱心ではないのです。ただし経済的に大きく落ち込んでいて失業率が極めて高いスペインやギリシアなどでは言語学習にたいする意識が極めて高いことが分かります。
 私が退職する年(2010年)に訪れたギリシアでは経済危機が始まったばかりの頃でしたが、ストライキが頻発し、私がギリシアから帰国しようとしたときもタクシー会社のストとで、一時は空港までたどりつけるか危ぶまれる状態でした。このような状態では、「国外で仕事をするため」あるいは「自国で良い仕事に就くため」の外国語学習が盛んになるのは当然とも言えます。
 現在のギリシア経済は当時よりもさらに深刻ですから、国外脱出への流れはさらに強まっていることでしょう。これを逆に言えば、日本人が英語を話せないのは、危機感がそれほど強くないということであり、それは幸せなことだとも言えるわけです。本当に必要があれば、私がベトナムで出会ったストリート・チルドレンが学校に行けないにもかかわらず英語で観光客に土産物を売っていた状態になっていたでしょうから。
 それどころか彼らは私が日本人だと分かると即座に日本語に切り替えてきました。要するに生活に追い詰められれば学校に行かなくても外国語を話せるようになるのです。

4 教育を破壊する、「ザルみず効果」の英語教育
 私は先に、EUでは、国境をこえて自由に移動できる条件があるにもかかわらず、学校を卒業すると、ほとんどのひとは言語学習・外国語学習をしていないことを紹介しました。それに引き替え、日本の英語学習熱は燃えさかる一方です。
 インターネット上では様々な英会話教材の宣伝であふれていますし(中には50万円以上もするものもあります)、「小学校低学年に英語教育を実施する」を選挙公約の目玉にして市長に当選する人物も出てくる始末です。まさに「英語狂育」であり「英語狂騒曲」とも言うべき状況です。
 このような現象を生み出している第一の元凶は政府文科省にあると言うべきでしょう。なぜなら「英語が話せないのは日本人だけ」という言説を振りまいて、「英語ができないひとは人間ではない」かのように日本人を劣等感や強迫観念で満たしつつ英語学習に駆り立てているからです。このような文教政策は教育産業を儲けさせることに貢献しても、日本人の創造力・研究力を高めることに貢献しません。
 というのは、日本のような言語環境では、学校で(あるいは塾・英会話スクールときには市販教材で)いくら会話学習をしても使い機会がありませんから、憶えてもすぐ忘れてしまいます。私の言う「ザルみず効果」です。ザルに水をどれだけ入れても溜まっていきません。お金と時間と精力の途方もない浪費です。ですから、いま文科省が進めている言語政策は「1億総白痴化」「亡国の文教政策」というべきです。
 ですから日本の学校教育で必要な英語教育とは、いざ必要になったときに役立つ基礎学力、すなわち「英文法の幹」「英音法の幹」を身につけさせることだけです。このようなちからさえ身につけていれば、いざ必要になったとき集中訓練で、すぐに話す力をつけることができます。
 私が勤務していた岐阜大学では、ほとんどの留学生(院生・研究生)は留学生センターで3ヶ月の集中訓練を受けただけで大学の事務職員と日本語で意思疎通ができるようになりました。学習目的が明確で、環境さえ整えば、誰でも生活に必要な程度の会話力は身につけることができるのです。先の論文でも同じことを次のように述べています。

また学校教育で習得した異言語能力の持続性についても、今回の分析結果を見る限り疑問が残る。そこで考えられるのが生涯教育としての成人の言語学習である。学習状況の調査結果からも明らかなように、大半の市民は修学期間以降、言語学習を行っていない。
 ユーロ・バロメーターでは言語学習を阻害する理由と促進する理由についても調査しているが、前者については、「時間がない」「十分なモチベーションがない」「費用がかかりすぎる」の3つが、後者については、「授業が無料であること」「金銭的な補助が受けられること」の2つが常に上位に挙げられている。
 確かに2003年の行動計画には、「生涯を通じた言語教育・学習の推進」が挙げられているが、現状ではそれが十分に実行されているとは言い難い。(48-49頁)


 つまり学校教育だけでは「時間がない」「十分なモチベーションがない」「費用がかかりすぎる」の三つが言語学習の阻害要因となって効果が上がりません。だからこそ学校教育では「英文法の幹」「英音法の幹」を身につけさせてることだけに専念すべきなのです。また、これだけを習得させるのであれば中学・高校の授業だけで十分です。
 これは私の現場体験からも十分に立証することができます。手前味噌になりますが、私たちの研究会が現場で苦闘しながら研究・開発した「記号研方式」「寺島メソッド」で教えれば、英語を小学校から教える必要はありません。英語を読み書きする基礎学力、英語を聴解・発話する基礎学力は、中学・高校だけで教えることができるからです。<註>
 また学校教育に、それ以上のことは必要ありませんし、それ以上のことを学校に期待すると、学校教育がゆがんできます。学校教育は英語教育のためだけに存在しているではないからです。(その証拠にJapan As Number Oneと言われていた頃の企業は、すべて自前で、必要な社員に英語力を身につけさせていました。)
 なぜなら学力の土台をつくる言語力は、国語力(自然言語)と数学力(人工言語)の二つから成っていますが、英語学習に焦点をおいた学校教育・大学教育では、ともすれば暗記力や機械的練習だけに膨大な時間と精力を奪われることになりがちだからです。これは生徒・学生から、国語力・数学力だけでなく、「思考力」「創造力」すなわち「疑問を生み出す力」「批判的に考える力」を奪うことになります。
 何度も言うように、これは「亡国の教育政策」と言うべきです。いま日本はOECDの「国際成人力調査」で、国語力・数学力のいずれにおいても世界一の高学力を誇っていますが、このままでは早晩その地位を他者に明けわたさなければならなくなるでしょう。先述のとおり、ノーベル賞の受賞者数をみても、自然科学分野では世界のトップレベルなのですが、このような英語偏重の文教政策を続けていれば、この地位も危うくなるでしょう。
 繰りかえすようですが、英語が話せなくてもノーベル賞が取れることは益川敏英氏が証明してくれましたし、歴代受賞者のなかでアメリカで学位をとったひとは3人しかいないのです。私が調べた限りでは、受賞者のなかで子供の頃から英語に血道を上げた人はひとりもいません。ですから、むしろ小さいときから英語に血道をあげていたらノーベル賞はとれなかっただろうと考えるべきなのです。
 それどころか、「はじめに」で述べたとおり、ノーベル賞受賞者には、子どもの頃の遊びの重要性、たとえば「子どもの頃に山野をかけめぐったことが見る力・考える力を育ててくれた」(白川英樹)と言っているひとが多いのです。
 すでに日本は世界第二位だった経済力の地位を今や中国に明けわたすようになっているのですが、以上のことを考えれば、このような英語偏重の教育政策をとっていると(それは結果としてアメリカ追随の経済政策をとることにつながるわけですが)、日本の経済力にさらなる転落が待ち受けていることは間違いありません。


註: しかも、この「記号研方式」「寺島メソッド」は暗記力を必要としません。詳しくは拙著『英語教育が亡びるとき』の巻末に載せてある参考文献、あるいは山田昇司『英語教育が甦えるとき-寺島メソッド授業革命』明石書店2014、を参照ください。>

(次号に続く)

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狐狸庵居士(田舎の国立大学を2010年に定年退職)

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