『英語で大学が亡びるとき:"英語力=グローバル人材"というイデオロギー』、その2

OECD国際成人力調査で日本は一位、ヨハン・ガルトゥング「アメリカの学部教育は見るべきものは何もない」、英語教育(2015/11/14)

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 いま日本の大学は、安倍内閣がつくりだした「英語化」「国際化」という大嵐に見舞われ、大揺れに揺れています。このような教育「改革」を進めていけば、OECD国際成人力調査で世界第一位、ノーベル科学賞では二一世紀以降アメリカに次いで世界第二位を誇る日本の教育も、早晩、亡びるでしょう。
 このような教育改革という名の「改悪」にたいする批判として、すでに『英語化は愚民化』(集英社新書)、『英語の害悪』(新潮新書)という本が出ています。しかし私は、それらの著書と全く違った視点で、日本が抱えている教育の危機について論じてみたいと思いました。それが近く刊行予定の『英語で大学が亡びるとき』(明石書店)です。
 本書には「まえがき」はありません。その代わりに「あとがき」で、私が何を根拠にそのような主張をしているか、その概要をまとめてみました。ここでは、本書の執筆後に起きた新しい情勢も盛り込みながら、現在の教育にたいする疑問・批判だけでなく未来の教育にたいする私の願い・展望をも記したつもりです。
 以下に紹介する「あとがき」は、それを一挙にすべて載せると読むのが負担になるかたがみえるかも知れないと考え、3回に分けて載せることにしました。今回は、その第二回目です。しかし、逆に「細切れで読まされるとかえって面倒」というかたのために、寺島研究室HPでは全文を一挙に掲載する予定です。

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あとがき(続)


 私が本書を書き終えてから新しく起きた出来事で、私にとって最も印象的だったのは、今年(二〇一五年)もまた、日本人が二人もノーベル科学賞を受賞したというニュースでした。しかも、物理学賞を受賞した梶田隆章氏も医学生理学賞を受賞した大村智氏も、いわゆる旧制帝大の卒業生ではなかったのです。
 梶田氏は大学院は東京大学ですが学部卒業は埼玉大学でしたし、もっと興味深かったのは大村氏が山梨大学学芸学部自然科学科を卒業し、最初は東京都立工業高校(夜間定時制)で理科教諭として勤務していたという事実でした。
 しかも大村智氏が大学院で得た学位は、定時制高校に勤務するかたわら通った東京理科大学の修士号のみです。博士号は東京大学(薬学)、東京理科大学(理学)から得ていますが、それぞれの大学の博士課程を出ているわけではありません。いわゆる「論文博士」です。
 政府・文科省は「国際化を断行する大学」と称して英語化を推進する大学に巨額の補助金を出すことに決めたわけですが、「スーパーグローバル大学」のタイプA「トップ型」として選ばれた大学のほとんどは、旧制帝大か有名私大の慶応・早稲田のみでした。
 それどころか、タイプB「グローバル牽引型」として選ばれた国立大学のなかにも、梶田隆章氏や大村智氏が卒業した埼玉大学や山梨大学は入っていません。したがって当然のことながら、大村氏が定時制高校に勤務しながら通っていた東京理科大学(大学院)や、大学院卒業後に助手として勤務した山梨大学工学部、その後に異動した北里大学は、タイプBにすら登場しません。
 このような財政支援の仕方にたいして、私は本書で、「優れた人材はどこでどのように眠っているのか分からないのだから、能力別学級をつくるような財政支援のしかたをしていると、日本全国に埋もれている宝・逸材を取り逃がすだけでなく、莫大な血税をどぶに捨てることになりかねない」と批判してきました。その批判を改めて見事に証明してくれたのが今回のノーベル賞の受賞人事ではなかったのかと思うのです。
 また政府・文科省は、「グローバル人材」を育て、同時に「世界大学ランキング上位に入る大学」を目指せと主張しつつ、「TOEFLを大学入試に使え」とか「留学生を倍増して一二万人にする」という政策を打ち出したりしています。
 しかし、このような政策に対しても、私は本書で、「アメリカ留学用の資格試験であるTOEFLを大学入試に使うというのは、大学生全員が留学するわけでもないのだから、学生に無用な負担を強いるだけであり、高額の受験料をアメリカに献納するだけに終わりかねないという意味でも、無駄である」と批判してきました。
 また留学に関しても、私は本書で、「日本の大学では博士課程までも日本語で教授できる、しかもノーベル賞受賞者の大多数は留学すらしていない。アメリカで博士号を得たのは受賞者のうち三人しかいない。だから高額の留学費用をかけて、しかも銃乱射やレイプが渦巻くアメリカの大学に、危険をおかしてまで留学する価値はない。武者修行をしたければ日本の大学で博士号を取り、研究テーマがはっきりした段階で、研究員や招聘教授として遊学したほうがはるかに有益だ」と述べました。
 このことを再び見事に証明してくれたのも、梶田隆章氏や大村智氏の受賞ではなかったかと思うのです。というのは梶田氏は、埼玉大学を卒業したあと進学した東京大学大学院で、博士号も得ただけで、一度も留学していません。研究員や招聘教授としてすら留学していないのです。それでも世界最先端の研究ができ、ノーベル賞が取れるのですから、わざわざ高額の費用をかけ、銃暴力にあうかも知れない危険をおかしてまで留学する必要はないのです。
 大村智氏の場合も基本的には同じです。先述のとおり大村氏は大学院の博士課程すら出ていません。氏は、東京理科大学で修士号を取り、山梨大学工学部で助手を務めたあと、北里研究所に移り、そこで技術補として研究した成果が認められて北里大学の助教授となりました。います。しかし氏が東京大学で薬学博士号を得て、さらに東京理科大学でも理学博士号をとったあとアメリカに遊学したのは、米国ウェズリアン大学の客員教授としてであって院生でも研究生でもありませんでした。
 何度も言いますが、日本で質の高い研究をしていれば、院生や研究生としてすら留学する必要はないのです。私が本書で「武者修行をしたければ日本の大学で博士号をとり、研究テーマがはっきりした段階で、博士研究員(いわゆるポスドク)や招聘教授として遊学したほうがはるかに有益だ」と述べたことの正しさが、ここでも改めて証明されているのではないでしょうか。

 ところで、私がアメリカ留学をする必要はないと述べた背景には、(その詳細は本書で説明したので省きますが)アメリカの大学の学部教育や修士課程は外から見るほどレベルは高くないという事情もあります。
 平和学の創始者であるヨハン・ガルトゥング氏は「学部教育は見るべきものは何もないが博士課程だけは別格だ」と述べていますが、博士課程に留学しても、TA(ティーチングアシスタント )として授業の補助やレポートの採点をしたり教員の代わりに学部の授業を担当したりする仕事に追われ、自分の研究時間が大幅に削られるということも少なくありません。
 だからこそ私は、「TOEFLで高得点をとるために苦労して英語学習に励み、高額のTOEFL受験料と莫大な留学費用を払ってまで留学しても、銃暴力や性暴力におそわれる危険もあるアメリカへ、なぜ学生や院生として留学しなければならないのか」と、本書で繰り返し疑問を呈してきたのです。
 まして学部レベルや修士レベルでは日本の大学で学ぶことと大して差のないことを、あるいはそれよりもレベルの低いことを、英語で苦労しながら学ぶとなれば、なおさらのことです。
 それどころか、英語学習にエネルギーを奪われ、研究力・創造力は枯渇してしまう恐れさえあります。その証拠に、梶田隆章氏や大村智氏の経歴を調べてみても、英語学習に多大なエネルギーを注いだ痕跡はほとんど見つけることができませんでした。
 梶田氏は、ウィキペディアによれば、小中学校ではトップクラスの成績だったが、埼玉県川越高校の成績は中の下程度で、埼玉大学理学部に進学後も高校から続けていた部活動(弓道)に熱中し、大学院の入試も全く解けなかったそうです。このように埼玉大学でも、副将を勤めるほど弓道に熱中していたのですから、氏がTOEFLなどの英語学習に精力を注いだとは、とても考えられません。むしろ大学院の研究が面白くなってきて、それが英語論文を読み書きするちからを育てたと考えるほうが自然でしょう。
 他方、山梨県北巨摩郡神山村(のちの韮崎市)生まれの大村氏は、韮崎高校ではスキー部と卓球部で主将を務めるなどスポーツに熱中し、特にスキーは、大学生のときに国体出場したほどの腕前だったそうです。しかし氏の場合も、英語学習に没頭した形跡は見当たりません。五年間勤務し、物理や化学の授業で教鞭を執った夜間定時制高校でも、TOEFLの受験学習をした形跡はありません。
 というよりも、働きながら東京理科大学修士課程を修了するのに精一杯で、またその後の山梨大学工学部助手を振り出しに研究者としての生活を始めた後も目の前の研究に没頭し、留学そのものが念頭になかったのでしょう。北里研究所で技術補として抗生物質ロイコマイシンの構造を解明していたとき、研究に熱中するあまり精神科を受診したというエピソードが、そのことをよく物語っています。(『日経新聞』二〇一〇年七月一四日)
 ですから大村氏の場合も、他の多くのノーベル賞受賞者と同じく、英語は研究の後に付いてきたのであって、英語力が氏の研究力を培ったわけではなかったのです。氏がウェズリアン大学の客員教授を兼任することになったのも、カナダの国際会議で知り合ったアメリカ化学学会会長(マックス・ティシュラー)に対して留学を打診したところ、研究業績が高く評価されて客員教授採用に至ったもので、氏の会話力が優れていたからではありませんでした。
 このことをみても、私が本書で何度も述べたこと、すなわち「日本人は世界の最先端をいく学問を日本語で学ぶことができる」「文科省は留学し研究力をつけるためにこそ英語力をつけろと言っているが、TOEFLなどの受験勉強で精力を奪われることは時間とお金の無駄遣いだ」「武者修行をしたければ日本の大学で博士号をとり、研究テーマがはっきりした段階で、ポスドク研究員や招聘教授として遊学したほうがはるかに有益だ」と述べたことの正しさが、改めて証明されているのではないでしょうか。
 ウィキペディアによれば、二十一世紀以降、自然科学賞部門の国別で、日本は米国に続いて世界第二位のノーベル賞受賞者数を誇っているのです。ですから、「大学世界ランキング」で日本の地位が低いと大騒ぎして「国際化」を断行し(そのうえTOEFLなどの外部試験を導入して入試制度を改悪し)いま世界トップクラスにある日本の学問的地位を引き下げる必要はまったくないのです。
 それどころか、OECDの国際成人力調査でも日本は世界第一位の「読解力」「数学力」を誇っているのです。しかも本書第3章で詳述したように、この調査は世界二四か国で一六歳から六五歳の男女を対象におこなわれたものですが、その結果は日本の中高年齢層のほうが若者よりも学力が高いことを示しています。つまり旧制度の教育を受けたひとのほうが学力が高いということです。これには調査結果を分析したOECDの解説者自身が驚いているくらいです。
 これを逆に言えば、日本は教育改革を重ねれば重ねるほど学力が低下しているとも言えるわけです。これは、文科省の「改革」が実は「改悪」であったこと、現在の「改革」を重ねる教育を受けた世代からはノーベル賞の受賞者は出てこない可能性があることを、示唆しているとも言えるのです。
 考えてみれば、日本の歴代のノーベル賞受賞者は、文科省が改悪を重ねる以前に教育を受けたひとたちばかりです。大学入試も全教科を受けねばなりませんでしたし、英語の聞き取りテストもありませんでした。もちろん小学校で英語学習をうけることもありませんでした。
 にもかかわらず、昨年度の日本人による受賞に引き続き、今年度(二〇一五年)も、大村氏や梶田氏がノーベル賞を受賞したことは、日本人がノーベル賞級の研究をするためには留学する必要もないし、小さい頃から英語学習にうつつを抜かす必要もないことを、みごとに示してはいないでしょうか。

 ここまで書いてきたとき、ふと気になって手元にあった松尾義之『日本語の科学が世界を変える』(筑摩選書)を読み直してみました。驚いたことには、そこには次のように書かれていたのです。
 「なぜ日本の若い研究者は外国に留学しないのだろう。古い人にはたぶん分からないと思うが、その一番の理由は、十中八九、日本の研究レベルが高くなってしまい、留学するメリットが薄れてしまったことだ」(二一三頁)
 氏は右のように述べる理由として次のような事実をあげています。
 「ネイチャー誌などを読めば薄々わかるのだが、昔に比べて、本当に、アメリカやヨーロッパから出てくる論文がつまらなくなった。(中略)私はここ数年、『ネイチャー誌で日本人の論文が出たら、まず間違いなく、質が高くておもしろいですよ』と科学者に申し上げてきた。トーマス・クーンのいう普通の論文、つまり今の科学のパラダイムの中のこまごまとした論文ではなく、少しでもその殻を破ろうとするものを探すと、多くが日本人科学者の論文だということだ」(二一〇~二一一頁)
 科学雑誌として有名な『ネイチャー』(週刊)は、日本独自に『ネイチャー・ダイジェスト』という月刊誌を発行していて、前掲書の著者・松尾氏は二〇〇九年から四年半、その実質的な編集長を務め、一貫してネイチャー誌に載った英語論文を追い続けてきた人物です。その氏が言うことだけに、私には極めて説得的でした。
 この本が出たとき私はざっと通読して「私と同じことを考えているひとがここにもいた」という印象が強くて、その細部までを記憶していませんでした。というのは、題名『日本語の科学が世界を変える』が示すように、この本の主張は、日本人が日本語で思考するからこそ世界の先端を行く科学をつくりだすことができたのだという点にあり、、それを多くの例をあげて実証していたからです。
 たとえば、湯川秀樹の「中間子」という概念・考え方も、西洋的な思考からは生まれなかったものですし、昨年度(二〇一四)のノーベル物理学賞を受賞した「青色発光ダイオード」の発明も、松尾氏によれば、実は元東北大学総長を務めた西澤潤一氏の研究がなければ生まれようがなかったものでした。松尾氏によれば「工学分野ではノーベル賞を二つもらってもいいかな」と思われるほどの大天才です。いわば理論物理学における南部陽一郎のような存在です。
 またニュートリノの研究で今年度の物理学賞受賞者である梶田隆章氏は東京大学の大学院で小柴昌俊氏と戸塚洋二氏の指導を受けたのですが、その戸塚氏は東京大学宇宙線研究所長として一九九八年、スーパーカミオカンデでニュートリノ振動を確認し、ニュートリノの質量がゼロでないことを世界で初めて示した人物ですから、二〇〇八年に癌で死亡していなければ、梶田氏よりも先に(あるいは梶田氏と一緒に)ノーベル賞を受賞して当然の人物でした。
 このように日本にはノーベル賞候補者がきら星のごとく存在しているのです。松尾氏によれば『日経サイエンス』が一九九一年一〇月号で「日本の頭脳――ノーベル賞に限りなく近い人たち」という大特集を組んだとき、その時点ですでに「候補者」は五〇人近くいたそうです(前掲書九一頁)。とりわけ技術や工学の分野では、日本は間違いなく世界のトップレベルを走っていて、少し紹介したいと思っただけでも、あげるべき人物は一〇〇人は下らない、しかし「絶対に外せない人」という条件をつければ、先に紹介した西澤潤一博士を置いていないだろう――これが松尾氏の意見でした(前掲書一六〇頁)。
 つまり松尾氏によれば、日本の研究者が海外に出ようとしないのは留学が必要ないからなのですが、だからといって氏は、海外に武者修行にでかけることは意味がないことだと言っているわけではありません。「ある程度の基礎固めができた段階」で海外に出かけることは、それなりに有意義であるし、「日本語による科学の充実にも貢献する」と述べているのです。
 だとすれば政府・文科省が今こそ積極的に考えるべきことは、若手研究者が「海外に出ることを支援する仕組み、外に出ると得をする仕組み」であり、「小学生の英語教育よりも、こちらの方がまず優先されるべき」(二一四頁)だと松尾氏は言うのです。これも私が本書で述べてきたことと符合していてまさに我が意を得たりという思いでした。ここで氏は明言していませんが、学生や院生への留学支援策についても同じ思いだったと思われます。つまり、まず考えるべきは若手研究者の遊学であって学生・院生ではないのです。
 ちなみに松尾氏は前掲書で、ノーベル賞を受賞した朝永振一郎氏も、プリンストン高等研究所の元所長オッペンハイマー氏も、「科学者の英語はブロークン英語だ」と言っていたことをも紹介しています。これも記憶に止めておくに値する事実ではないでしょうか。
(次号に続く)

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