『英語で大学が亡びるとき:"英語力=グローバル人材"というイデオロギー』、その3

銃暴力世界ランキング、言語学者・鈴木孝夫「日本の良さ(地救原理)を広め、世界をタタミゼ(畳化)する言語教を」、教育原理(2015/11/15)

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 いま日本の大学は、安倍内閣がつくりだした「英語化」「国際化」という大嵐に見舞われ、大揺れに揺れています。このような教育「改革」を進めていけば、OECD国際成人力調査で世界第一位、ノーベル科学賞では二一世紀以降アメリカに次いで世界第二位を誇る日本の教育も、早晩、亡びるでしょう。
 このような教育改革という名の「改悪」にたいする批判として、すでに『英語化は愚民化』『英語の害悪』という本が出ています。しかし私は、それらの著書と全く違った視点で、日本が抱えている教育の危機について論じてみたいと思いました。それが11月末に刊行予定の『英語で大学が亡びるとき』(明石書店)です。
 本書には「まえがき」はありません。その代わりに「あとがき」で、私が何を根拠にそのような主張をしているか、その概要をまとめてみました。ですから一種の「終章」とも言えます。ここでは、本書の執筆後に起きた新しい情勢も盛り込みながら、未来の大学教育にたいする私の願い・展望をも記したつもりです。
 そこで以下にその「あとがき」を紹介したいのですが、それを一挙にすべて載せると読むのが負担になるかたがみえるかも知れないと考え、3回に分けて載せることにしました。今回は、その最終回です。逆に「細切れで読まされるとかえって面倒」というかたのために、下記の寺島研究室HPでは一挙に掲載してあります。ご利用いただければ幸いです。
http://www42.tok2.com/home/ieas/English-destroy-univesity-education-Publish-postscript.pdf

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あとがき(完)

 ところで昨晩、散歩に出たとき立ち寄ったコンビニ店で、何気なしに売られていた新聞を見ていたら、「留学生先しぼむ米人気」という大見出しが目に飛び込んできました。見ると朝日新聞の夕刊(二〇一五年一〇月二八日)で、日本の学生の留学先としてはアメリカよりも中国のほうが多くなったというのです。そして「日本の学生、中国行き、逆転」という中見出しで、次のような説明が付けられていました。
 「留学先の内訳では、〇四年には米国が約四万二千人で全体の半数を占めていたが、一一年には半減し、全体に占める割合も約三五%に落ち込んでいる」「〇四年をピークに下がり続けていた留学者も一二年の最新統計では久々に盛り返したが、米国留学の減少に歯止めがかからない」「対照的に増え続けているのが中国で、一二年にはついに米中が逆転した」
 私は本書第1章で、「嘘をついてイラク侵略を開始(〇三年)して以来、アメリカの威信は大きく失墜し、それに比例してアメリカに対する嫌悪感と英語嫌いは増大する一方だ」「政府・文科省が小学校から大学に至るまで英語熱をあおり立てているのは、このような危機感の現れではないか」と述べました。「〇四年以来、米国留学の減少に歯止めがかからない」という朝日新聞の記事は、この私の仮説が正しかったことを証明しているように見えます。
 この記事で不思議なのは、現在の日本政府が反中国感情を煽り立てているのに、中国への留学生数がアメリカ留学の人数を超えたという事実です。「グローバル人材」の育成を掲げ、英語を学んでTOEFLを受験しアメリカ留学することが「国際人」の証であるかのように、文科省は言い立てているいるのですが、肝心の学生は冷ややかにそれを眺めているということなのでしょうか。
 ロシアや中国を核とするBRICS諸国が、今や世界で大きな存在感を示すようになりました。中国が主導するアジアインフラ投資銀行にイギリス・フランス・ドイツ・イタリアのようなEU諸国まで雪崩を打って参加するようになり、今までアメリカが覇者として君臨していた世界も多極化し始めています。
 政府・文科省はアメリカの方しか顔を向けていませんが、留学生の人数が米中で逆転したということは、学生の方がグローバル化する本当の世界像が見えているのかもしれません。もしそうだとすれば、政府が反中感情を煽って中国包囲網を強化しているにもかかわらず、文科省よりも先に学生の方が、すでに「グローバル人材」として育っていると言うべきでしょう。
 それはともかく、朝日新聞は先の記事で、アメリカへの留学が減少している理由として経済的要因をあげ、それが米国留学に二の足を踏ませることになっているという解説をつけています。「高い学費と円安」という小見出しをつけ、「一一年時点での米国大学の年間平均授業料は、私立大学も州立大学も、日本の大学のほぼ倍で、これがさらに増額傾向にある」「円安ドル高が、これに追い打ちをかけている」というのです。
 もちろん、これがひとつの大きな要因であることは事実でしょう。だからこそアメリカの学生は学費の安いカナダに逃げ出しているのです。それを私は本書第3章で詳述しながら、安倍政権は留学生倍増計画と称し「カナダに逃げ出した学生の穴埋めとして、日本の学生をアメリカに送り出そうとしているのか」と批判したのでした。
 しかし、アメリカ留学が激減しているもっと大きな要因に、アメリカの国内事情があるように思います。というのは私が本書で詳述したように、アメリカ国内では学校や大学の構内ですら「銃の乱射」「性的暴行」が蔓延して、たくさんの被害者が生まれているからです。このような内情を知れば、学生はもちろんのこと、親も自分の息子や娘をアメリカに送り出すことに不安を覚えるでしょう。
 銃による殺人事件は毎日八九人にも及び、毎週どこかの学校または大学で、四人以上の死傷者が出る銃乱射事件が起きているのです。日本の学生・院生は日本語で世界最先端の研究ができるのですから、そのようなアメリカに、なぜ好きこのんで留学しなければならないのでしょう。二の足を踏むのは当然のことではないでしょうか。ところが朝日新聞は、このような事実には一言もふれていないのです。
 私は本書第3章で大学における銃乱射事件についても、かなり詳しく説明したつもりですが、その後もスクール・シューティングは収まる気配を見せません。
 つい先日(二〇一五年一〇月一日)、オレゴン州のコミュニティカレッジ(公立短期大学)で、銃器で武装した男が九人を射殺したあと、警察の銃撃戦のなかで自殺しました。ところが、その後二週間もたたないうちに二つの大学で(アリゾナ州とテキサス州)、またもや銃撃事件があり、ふたりが死亡しているのです。
 下の図表は「Everytown for Gun Safety」という銃規制を求める団体のホームページに載せられているものですが、人口一〇万人あたりの銃による殺人事件を棒グラフにしたものです。これを見れば分かるように、文明化した世界で、アメリカの銃による殺人率は他の諸国の二〇倍以上なのです。
銃暴力 世界ランキング アメリカ USGunViolenceTrends_Chart1
 このようなことを知っていて政府・文科省は、TOEFL受験を煽りアメリカ留学を勧めているのでしょうか。本書でも繰り返し述べたことですが、知らないで勧めているとすればその無知を恥じるべきですし、知っていて勧めているのであれば殺人罪に荷担することになりかねません。
 まして、アメリカにおける大学の教育内容が、メディアでもてはやされているほどの質の高さをもっていないとすれば、留学には、なおさら意味がないことになります。これも本書で詳しく説明したので、これ以上は繰りかえしません。

 私に許された「あとがき」の紙幅が残り少なくなってきましたが、どうしても書いておきたいことが、あとひとつだけ残されています。そのひとつが大学における研究資金の問題です。
 大村智氏がノーベル賞を受賞したとき、氏の研究がアメリカの製薬会社メルクから資金提供をうけたものであり、産学協同の先端を走ってきた人物であるかのように紹介され、メディアでも、もてはやされました。
 しかしこれは客員教授として研究していたウェズリアン大学から帰国するとき、「戻っても研究費はない」と言われ、やむを得ずアメリカで製薬会社を回って共同研究を打診して資金を獲得したのでした。政府・文科省が将来性のある研究や研究者にきちんとして援助をする仕組みをつくっておけば、このような苦労は必要なかったはずなのです。
 ところが文科省は大学への交付金は毎年のように削る一方で、「スーパーグローバル大学」として認められた大学にだけは、破格の資金を大盤振る舞いすることにしました。このような「能力別学級」だけを育てるようなやりかたをすれば、大村氏が助手として研究生活を始めた山梨大学、あるいは氏が後に職を得ることになった北里大学のような、地方の小さな国立大学や中小の私立大学は、永遠に陽の当たらない存在となってしまいます。
 これでは、何度も述べてきたように、全国各地に埋もれている貴重な人材を発掘しないまま投げ捨てることになるでしょう。青色発光ダイオードの発明でノーベル賞を受賞した赤崎勇氏は「自分のやりたいこと、いつ芽が出るかも分からないことを、自由に研究できたことが受賞につながった」と言っていますが、今や名古屋大学や京都大学のような旧制帝大でさえ文科省の交付金だけでは研究できない状況に追い込まれているのです。新しく京都大学の総長に選ばれた山極氏も京都大学新聞のインタビューで「企業・個人から寄付金を集めないかぎり研究できない状況に追い込まれている」と述べていました。
 いわゆる旧制帝大のような巨大国立大学をも、このような状況に追い込んでおきながら、他方で「国際化を断行する大学」「英語一極化を推進する大学」には「スーパーグローバル大学」のようなかたちで莫大な資金を提供するわけです。これは、財政難にあえいでいる過疎地の自治体の弱みにつけ込んで原発を受け入れさせたやり方と同じです。これでは、「いつ芽が出るかも分からないことを自由に研究できる環境」は、拡大するどころか減少・消滅する一方になるでしょう。
 なぜなら「スーパーグローバル大学」として認められれば申請した期日までに申請したとおりの成果をあげなければなりませんし、企業との共同研究も企業の望むような成果を出さなければ将来の資金提供はありえないからです。これでは真に画期的な基礎研究はできないことになります。このような弱みにつけ込んで新しく登場したのが防衛省による研究資金の提供でした。
 防衛省は、一件あたり年間三〇〇〇万円で超高速エンジンや無人車両技術など二八分野で公募をかけ、一〇九件の応募から東京工業大学など四大学を含む九研究機関を指定しました。アメリカでは無人飛行機が殺人爆撃機として使われ、パキスタン、アフガニスタン、イエメンなどで数多くの民間人犠牲者を生み出してきましたが、このようなことに日本も大きく足を踏み出そうとしていることに、私は大きな危惧を覚えざるを得ません。
 憲法九条をもつ国が、まさかこれほどまでに大きく右旋回することになろうとは、かつては想像だにできませんでした。日本は、「フクシマ後の世界」を生きているにもかかわらず、原発輸出や武器輸出にうつつをぬかす「普通の国」になろうとしているだけでなく、今や大学までもが研究費ほしさに軍事研究にまで乗り出そうとしているのです。
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 しかしこれは、現在の政府・文科省が、憲法九条を解釈改憲してアメリカと集団的自衛権を行使するための戦争法案を強行採決したり(これは与党が推薦した憲法学者すら国会で違憲だと証言)、「国立大学は、式典では日の丸を掲げ、君が代を斉唱せよ」という通達を出しつつ政府批判の温床となりかねない人文系・社会科学系学部の縮小廃止を指示したりしているのですから、ある意味で現政権にとっては当然の流れとも言えるわけです。
 とはいえ、「グローバル人材の育成」という視点から見れば、そのような政府の行為は、私にはまさに天に唾する行為に見えます。なぜならグローバル化する世界は、今やアメリカと英語・ドルの一極支配からBRICS諸国を初めとする多言語・多極化する世界へと大きく転換しようとしているからです。
 このようなグローバルな勢力転換は、アメリカが米州機構(OAS)で孤立し、キューバと国交回復せざるを得ないように追い込まれたことに典型的に表れています。チョムスキーがデモクラシーナウのインタビューでも述べていることですが、南北アメリカとカリブ海の全独立国三五か国が参加する米州機構は、アメリカがそれらの諸国を単なる自分の「裏庭」だとみなしてきたにもかかわらず、今やアメリカの統制がきかない組織になってしまっているのです。
 アメリカが米州機構どころか世界で孤立し始めていることは、先日(一〇月二七日)の国連総会でも露呈しました。キューバに対する経済制裁を解除するようアメリカに求める決議が圧倒的多数で採択されたからです。キューバと国交回復するなら、当然のことながら経済制裁も解除しろというわけです。同様の決議は一九九二年から採択されており今年で二四回目なのですが、とりわけ今年はアメリカの孤立が目立ちました。この決議に反対したのはアメリカとイスラエルの二カ国だけだったからです。
 ですから、「グローバル人材の育成」を掲げながら、アメリカの戦争政策に荷担していくのは、グローバルとしての世界の流れが全く見えないからとしか言いようがありません。『肉声でつづる民衆のアメリカ史』(明石書店)を読めば分かるように、アメリカは建国以来、一貫して武力でものごとを解決してきましたが、現在の中東の混乱ぶりを見れば分かるように、武力では平和を勝ち取れないこと、国土を瓦礫に変え、死傷者と難民を激増させるだけだということは、ますます歴然としてきています。
 だからこそ、「今まさに日本の出番なのだ」「日本の良さ(地救原理)を広め、世界をタタミゼ(畳化)せよ」というのが、言語学者・鈴木孝夫氏の主張でした。
 鈴木氏の言う「地救原理」「タタミゼ」について詳しいことは本書第3章第3節をぜひ読んでほしいのですが、氏によれば、日本人はもともと争いを好まない草食民族であり、肉食民族が得意とする英語ディベートは性格的に合わないだけでなく、日本人の良さを殺してしまいかねないというのです。その意味で憲法九条はまさに日本人にぴったりの条文だというわけです。
 いまロシアとアメリカ、中国とアメリカの間で新しい冷戦が始まりつつありますが、それがいつ熱戦=核戦争に変わるか分かりません。そのように地球が丸ごと破壊されかねない危機にあるとき、憲法九条をもつ日本は、「武力」によってではなく「言力」によってものごとを解決する以外にはないし、そのような日本の良さ(地救原理)を広め、世界をタタミゼ(畳化)することこそが今の日本に求められている、と鈴木氏は主張しているのです。
 しかし「攻撃的な言語である英語」を学ベば学ぶほど、日本人も攻撃的な人間にかわってしまう危険性がある。したがって『武器としてのことば』を使った戦いは、現代の防人(さきもり)すなわち外交官や、「私のような風変わりのな人間」「相手をいじめることを無上の喜びみたいに感じる連中」に任せるべきで、すべての日本人が「防人」集団になってしまったら「日本人の良さ」が死んでしまう――これが鈴木氏の主張でした。

 だとすれば、日本の良さ(地救原理)を広め、世界をタタミゼ(畳化)する大学教育は、どうすれば可能になるのでしょうか。「日本人の、日本人による、日本人のための英語教育」は、どのようなかたちをとる必要があるのでしょうか。
 鈴木氏の言う「今や下山の時代」だからこそ、このような議論が、いま緊急に求められているのではないかと思うのです。
 また、そのような議論が緊急におこなわれなければ、そして今の文教政策がこのまま進行すれば、日本の大学教育だけでなく、日本の公教育全体が確実に亡びるでしょう。
 英国のタイムズ紙の高等教育情報誌THE(Times Higher Education)が一〇月一日に発表した世界大学ランキング二〇一四~二〇一五で、日本の大学がランクを下げて話題になりましたが、調べてみると、低下した一番の理由は在籍する外国人学生の数の少なさによるものであって、研究者の実力とは、ほとんど何の関係もありませんでした。
 現在の日本は、本書第3章でも詳述したように、OECD国際成人力調査の「国語力」でも「数学力」でもトップの位置を占めていますし、ノーベル科学賞の受賞者数も二一世紀以降はアメリカに次いで世界第二位です。
 しかしこれは、これまで積み重ねられてきた現場教員・研究者の血のにじむような努力に支えられて生み出された成果でした。
 いま極めて深刻なのは、文科省が教育改革という名の「改悪」をすればするほど、教員が置かれている教育・研究環境が悪くなり、生徒・学生の学力は低下しているという事実です。文科省自身による最近の調査でも、「高校三年生の英語力は中卒程度」でした(一〇月一日発表)。
 ですから、何度も言うように、このまま事態が進行すれば、OECDにおける日本の地位も、ノーベル賞受賞者数も、確実に転落・減少するでしょう。そんな不安を私はどうしても拭い去ることができません。私が本書を緊急に出版したいと思ったゆえんです。
 くりかえしになりますが、日本の良さ(地救原理)を広め、世界をタタミゼ(畳化)する大学教育は、どうすれば可能になるのでしょうか。「日本人の、日本人による、日本人のための英語教育」は、どのようなかたちをとる必要があるのでしょうか。本書がそのような議論の「たたき台」になれば、私としては、これほど嬉しいことはありません。


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