続「時代は変わる」(その3)――チョムスキーが語る「サルバドル・オプション」「磔にされたエル・サルバドル」

国際教育(2016/01/27)、サルバドル・オプション、オスカル・ロメロ大司教、リオ・スンブルの虐殺、「穏健派」大統領ドゥアルテ、死の部隊、アトラカトル大隊

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私は前回のブログで、1980年代に軍による残虐行為がグアテマラで荒れ狂ったこと、その当時、グアテマラに調査に入り、そのような作戦を指揮した将軍ペレス・モリーナに現場でインタビューしたアラン・ネイアン(Allan Nairn)が、これについて次のように述べていることを紹介しました。

 いまISIS(イスラム国)が話題になっているが、グアテマラ軍がやったことは、まさにISISがやったのと同じ行為だ。そのような戦術・作戦があることを世界はISISのビデオを通じて、ようやく理解し始めている。
 首を切ったり、ひとを磔(はりつけ)にしたり、奴隷にしたり、集団レイプ(強姦)したり、市民を大量虐殺したり、といった残虐行為をISISは公然と誇示・自慢したりしている。
 他方、グアテマラ軍も彼らを訓練した米軍将校も、そのような残虐行為の遂行を隠し続けてきた。しかし実は彼らも、グアテマラで[主として先住民の部落で]ISISと同じ作戦を使ったのだ。
 彼らはそれを「サルバドール・オプション」 "Salvador Option." と呼んだ。これは今や世界中いたるところで応用されている作戦だ。
http://www.democracynow.org/2016/1/8/18_ex_military_guatemalan_leaders_arrested


 アラン・ネイアン氏には当時の取材を元にした『CIAと暗殺部隊』"C.I.A. and Death Squad"という著書があるのですが、氏によれば、「このような作戦は今やアメリカが世界中いたるところで用いている作戦だ」というのです。
 だからこそ、いま同じ作戦で中東が「殺戮と難民の荒野」となりつつあるわけです。ISISなる組織は裏でアメリカが育て上げたものだからです。それをトルコ、イスラエル、サウジアラビアといったアメリカの同盟国が資金その他の後方援助で支えています。

 ところで、前回ブログの<追記>でも指摘したとおり、グアテマラで虐殺行為を現場で指揮したペレス・モリーナは、スクール・オブ・ジ・アメリカズ(米州軍事学校)の卒業生です。
 この学校は米軍がラテン・アメリカ諸国の軍隊に対して、拷問や殺害の技術を訓練する悪名高い施設です。ジョージア州のフォートベニングにあり、現在は「国際協力のための西半球研究所」と改名していますが、実際は、アメリカとその利権を守るための拷問・暗殺学校のようなものです。
 このような過去を持つモリーナが、軍事独裁者リオス・モントの政権下で、反体制運動撲滅を、軍幹部として現場で指揮したのですから、グアテマラがチョムスキーの言う「虐殺の荒野」となったのも当然のことでした。
 しかし実は、このような作戦は、グアテマラだけでなくエル・サルバドルやニカラグアでも用いられ、とりわけエル・サルバドルの残虐行為は凄惨を極めたので、「サルバドル・オプション」と呼ばれるようになったのです。
 とはいえ、このような簡単な説明だけでは、エル・サルバドルでおこなわれた虐殺行為がどれほど凄惨なものだったかは、おそらく理解できないでしょう。そこで以下では、チョムスキー『アメリカが本当に望んでいること』(現代企画室)の第2章第2節「磔にされたエルサルバドル」を紹介することにします。
 これを読んでいただければ、「サルバドル・オプション」なるものが、いかに背筋が凍るような残虐な作戦であったかが、よく理解していただけるはずです(ただし和訳として一部不明な部分は寺島が改訳した)。
 前回のブログでも紹介したことですが、ユナイテッド・フルーツ社(現チキータ社)などの企業利益を守るために、アメリカは、このようなテロ行為を手段として、中米を支配してきたのです。
 最近のアメリカは「テロとの戦い」を声高に叫んでいるのですが、「テロterror(恐怖)」という手段で世界を支配してきたのは、実は当のアメリカであることが、このチョムスキーの叙述を通じて、すなおに納得できるのではないでしょうか。

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チョムスキー『アメリカが本当に望んでいること』
第二章第二節 (はりつけ)にされたエルサルバドル

 エルサルパドルでは、米国が擁立し支援している政府が、何年にもわたって弾圧や拷問、殺人を行なってきたが、米国内では関心をもたれなかった。エルサルバドルの状況はほとんど全く報道されなかったが、一九七〇年代後半に米国政府はいくっかの点に関心を向けるようになった。
 一つは、隣国ニカラグアの独裁者ソモサが国内での支配権を失いつっあったことである。これにより、米国は中米地域での軍事介入の基地を失いつつあった。二つめの問題は、それ以上に重大であった。一九七〇年代にエルサパドルで「民衆組織」といわれるもの―農民組合、共同組合、労働組合、教会の聖書研究会から発展した互助組織など―が成長した。これらが「民主主義の危機」をもたらしたのである。
 一九八〇年二月にエルサルパドルのオスカル・ロメロ大司教はカーター大統領に手紙を送り、エルサルパドルを支配していた軍事政権に軍事援助を行なわないよう嘆願した。彼は、米国からの軍事援助が「本当に基本的な人権の尊重のために」奮闘している「人々の組織に対する不正と弾圧を強化する」ために用いられていると述べた(これはもちろん、ワシントンにとってはニュースとはならなかった)。
 数週間後、ミサの最中にロメロ大司教は暗殺された。ネオ・ナチのロベルト・ダビッンンが(ほかの多くの虐殺に加えて)この暗殺にも関わっていると言われている。ダビッンンは現在エルサルバドルを支配しているARENA党(民族主義共和同盟)の「終身党首」であり、現エルサルバドル大統領のアルフレド・クリスチャニを始めとするARENA党の党員は、彼に血の忠誠を誓う必要があった。
 十年後、ロメロ大司教暗殺の記念ミサには、海外から多くの司教が参加したほか、何千もの農民や都市の貧しい人々が集まったが、その中で、米国の参加がなかったことは注目に値する。エルサルパドルの教会は、ロメロ大司教を聖人とする申請を正式におこなった。
 これらすべての出来事は、ロメロ大司教の暗殺者に援助を行ない訓練をほどこした米国ではほとんど紹介されなかった。「公式記録の新聞」であるはずの「ニューヨーク・タイムズ」紙は、暗殺について、それが起こった年にもそれ以降にも社説を掲げなかったし、また記念ミサに関しては社説はいうまでもなく記事すらなかった。
 ロメロ大司教が暗殺される二週間前の一九八〇年三月七日に、エルサルパドルでは戒厳令が出され、国民に対する戦争か(米国の支持と関与のもとに)本格的に始まった。最初の大規模な攻勢は「リオ・スンブルの虐殺」である。
 これはホンジュラスとエルサルバドルの軍隊が共同で行なったもので、少なくとも六百人が惨殺された。子どもたちは屶(なた)で切り刻まれ、女性は拷問されたうえで水中に沈められた。その後何日にもわたって、川では人体の切れはしがみつかった。教会関係者が虐殺を目撃していたため、情報はすぐに国外に伝えられたが、米国の主要メブィアは掲載価値なしと判断した。
 この戦争の最大の犠牲者は農民で、さらに、労働運動家や学生、聖職者など、人々の利益のために働いているという疑いをかけられたすべての人が狙われた。カーター政権の最後の年である一九八〇年には犠牲者の数は一万人にのぼり、レーガンが政権についた一九八一年には犠牲者は一万三千人に増えた。
 一九八〇年十月に、エルサルパドルの新しい大司教は、治安部隊が行なっている「無防備な一般市民を絶滅させる戦争」を非難した。その二ヵ月後に、米国が支持する「穏健派」ホセ・ナポレオン・ドゥアルテが軍事政権下で文民大統領に任命されたが、そのときにドゥアルテは、治安部隊を「政府転覆を押さえるために人々と共に勇ましく活動している」と褒め賛えた。
 「穏健派」大統領ドゥアルテの役割は、軍部支配の実情を隠してエルサルバドルに対する米国の軍事援助を維持することにあった。というのは、ロメロ大司教が殺されたあと米国籍の尼僧四人も軍に強姦され殺され、この事件に対しては米国内でも抗議の声があがったからである。エルサルパドル人を殺すのは許せるとしても、米国の尼僧を強姦して殺すことは情報捜査上としては明らかに不都合だというわげである。カーター政権とその調査委員会の指導に従って、メディアはこの事件を正面から扱うのを避け、軽く扱うに止(とど)めた。
 次いで登場したレーガンとその仲間たち、特に国務長官アレクサンダー・ヘイグと国連大使シーン・カークパトリックは、さらに一歩進んで虐殺の正当化をはかった。それでも、何年かのちに、裁判ショーを行なう意義があると認められはしたが、裁判ショーの裏で、残虐な軍事政権とその後ろ盾である米国政府は免罪となった。
 これらの虐殺を報道したはずだったエルサルバドルの独立系新聞は破壊されていた。それらにせよ財界寄りだったのであるが、それでも軍事政権にとっては独立し過ぎていたのである。軍事政権は、独立系の新聞が引き起こす問題を一九八〇年から一九八一年のあいたに解決した。すなわち、治安部隊を用いて一紙の編集者を暗殺し、別の新聞の編集者を亡命に追い込んだのである。いつも通り、これらの出来事については、米国の新聞では数語以上費やす価値はないとみなされた。
 一九八九年十一月には、六人のイエズス会司祭とその料理人および料理人の娘が軍隊に殺された。同じ週には少なくとも二十八人のエルサルパドル市民が殺されたが、その中には、ある有力な労働組合の委員長、大学の女性組織のリーダー、インディオの農業組合の九人のメンバ―、十人の大学生が含まれていた。
 AP通信社の特派員ダグラス・グラント・マインは、これに関して記事を書き、兵士たちが首都サンサルバドルの労働者が住む地域に侵入して六人の男と(おまけとして)十四歳の少年を壁に向かつて並ばせ射殺した様子を本社に送信した。マインは、殺された人々は「聖職者でも人権活動家でもなかつたので」「彼らの死はほとんど注目されなかつた」と書いたが、彼らの死だけでなく、マインの報告もほとんど注目を浴びなかつた。
 六人のイエズス会士を殺害したのは、米国が創設し、訓練し、武器を供給したエリート師団、アトラカトル大隊(the Atlacatl Battalion)であつた。この大隊は、一九八一年三月、米軍特殊部隊学校から十五人の対ゲリラ戦専門家がエルサルバドルに送り込まれたときに創設された。創設当初から、この大隊は大量虐殺に関与していた。ある米国の訓練士によると、アトラカトル大隊は「特別に残忍で……彼らに耳ではなく捕虜を取つてくるよう教えるのに苦労した」ほどであつた。
 一九八一年十二月に、アトラカトル大隊は、殺人と強姦、放火の祭典を行ない、千人以上の一般市民を殺害した。その後も、村への爆撃に参加したり、射殺や溺死などによつて何百もの市民を殺したりした。犠牲者の大多数は女性や子ども、老人であつた。
 アトラカトル大隊は、イエズス会士を殺害する直前に米国特殊部隊の訓練を受けていた。こうした「米国による訓練の直後に最悪の虐殺がおこなわれる」というパターンは、何度か繰り返された。
 米国政府のいわゆる「巣立ちつつある民主主義の国」エルサルバドルでは、十三歳の少年たちが貧民街や難民キャンンの掃きだめからすくい取られて、強制的に兵士にさせられる。彼らは、ナチス親衛隊から学んだの儀式によつて洗脳され、これを通して、暴力と強姦はもちろんのこと、しばしば性的および悪魔的性格をおびる殺害行為への道が準備されるのである。
 エルサルバドル軍の訓練の性質については、ある脱走者が述べている。彼は一九九〇年にテキサス州で政治亡命者として認められた。米国国務省は彼をエルサルバドルへ強制送還するよう要請したにも拘わらず。(彼の名はエルサルバドルの「死の部隊」 death squadsから守るために法廷で発表されなかつた。)
 この脱走者によると、徴兵された人々は、犬や禿鷹の咽を噛みちぎり、その首を捻り取って殺すよう強制され、また、兵士が反体制派の疑いをかけられた人々を拷問して殺害する場面―爪を剥ぎ頭を切り離して体をばらばらにし、切り取った腕で遊ぶといった場面―を見なくてはならなかった。
 また、アトラカトル大隊と関係の深い「死の部隊」の隊員だったセサル・ビエルマン・ホヤ・マルチネスは、「死の部隊」の活動に米国の軍事顧問とエルサルバドル政府が関与していることを詳細に述べている。ブッシュ政権は、彼を黙らせるためにあらゆる努力をし、人権組織の請願や彼に証言させるべきだという議会の要請にもかかわらず、マルチネスを(おそらくは死がまっている)エルサルバドルへ送還した。(イエズス会士の暗殺に対する証人も米国で同様に扱われた。)
 エルサルパドル式軍事訓練の効果については、エルサルバドルで仕事をしていたカトリックの司祭ダニエル・サンチアゴが、イエズス会の雑誌『アメリカ』の中で生々しく述べている。彼は、ある農婦の例をあげている。ある日その農婦は、家に戻ってきて、三人の子ども、母そして妹の胴体がテーブルを囲んでおり、テーブルの上のそれぞれの胴体の前には切り取られた頭が注意深く置かれ、さらに、あたかも「自分自身の頭を叩いているように」その上に手がのせられているという光景に出会ったのであった。
 エルサルバドル治安部隊の殺人者たちは、十八ヵ月の赤ちゃんの頭をきちんとテーブルに据えることができなかったため、手を頭に釘で打ちつけていた。テーブルの真ん中には血をたたえた大きなプラスチックの容器が、おいしそうに置かれていた。
 サンチアゴ師によると、このようなおぞましい光景は特に珍しくない。

 エルサルバドルでは、死の部隊はただ人々を殺すのではない。人々は切り刻まれ、頭は槍に剌されて目印のように置かれる。エルサルバドル特殊警察はただ男のはらわたを抉りだすだけでなく、切り取ったペニスを口に突っ込む。治安部隊はただ女性を強姦するだけでなく、子宮を体から切り取って顔に被せる。ただ子どもを殺すだけでは足りないので、肉が骨からそげ落ちるまで有刺鉄線にこすりつけ、それを親に強制的に見物させる。


 サンチアゴ師はさらに、教会が貧しい人々を組織化するために農民組合や互助組織を作り初めてから、こうした暴力が激増したことを指摘している。
 米国の対エルサルバドル政策はおおむね成功した。ロメロ大司教が予測したように、いまやエルサル。パドルの大衆組織は壊滅寸前となった。何万もの人々が屠殺され、百万を越す難民が生まれた。これは米国史上最も卑劣なエピソードの一つであるが、悲しいことに、これに匹敵するエピソードは他にも沢山ある。


<註> 拷問と暗殺を訓練する米軍の学校「スクール・オブ・ジ・アメリカズ(SOA:School of the Americas、別名“School of Assassin” 暗殺学校)」を簡潔に紹介する動画が下記にあります。
*動画「テロリストは誰?」約13分
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