アリゾナ州の惨劇(続)―銃乱射事件とオバマ大統領

既に何度も書いてきたことですが、いま、Howard Zinn &Anthony Arnove『Voices of a People's History of the United States』の翻訳に取り組んでいるところです。昨日、やっと17章の公民権運動のところまで来ました。

これはハワード・ジンの名著『民衆のアメリカ史』の資料編に当たるものですが、民衆の生の声がそのまま収録されていて、読んでいると『民衆のアメリカ史』にも勝るとも劣らない感動をおぼえます。

また同時に、これを読んでいると、アメリカの歴史は暗殺に彩られたものであることを、改めて認識させられます。この17章でも、黒人の投票権を確立するためにアメリカ深南部に北部からやってきた青年二人と、それを地元で受け容れて一緒に活動する黒人青年が、地元の白人集団に惨殺される事件が出てきます。

映画『ミシシッピ・バーニング』は、この事件を描いたものですが、3人が惨殺された後、FBIが捜査に乗り込んできて犯人を捕まえるという筋立てになっています。しかし実際には、FBIは南部で黒人が暗殺されてもほとんど捜査らしい捜査をしたことがありませんでした。

この3人が行方不明になったときも、暗殺されたことがほぼ確実だったにもかかわらず、夫と一緒に南部で活動していた妻が捜査願いを出しても全く動こうとしませんでした。この17章では、この活動家の妻が南部でどのような活動をしてきたか、日々どのような脅迫の中で生きてきたかを切々と述べていて、心を揺り動かされます。

この事件では、3人を惨殺したグループは「白人至上主義」を掲げるグループで、その裏には地元の保安官すら関わっていました。それが当時の南部では当たり前のことだったというのですから、本当に恐ろしいことです。ですから、南部では黒人を殺しても罪に問われることはなかったのです。まさに「テロ国家、アメリカ」でした。

(映画『ミシシッピ・バーニング』では、その地元保安官の妻が苦悩の末、FBIに協力するという筋立てになっているのですが、この映画自体が事実にそくしたものではないので、多分これもフイクションだと思われます。)



丁度この17章を訳し終わったときに、やはり南部のアリゾナ州で、「6人死亡 下院議員らが重体」という銃の乱射事件が起きました。銃を乱射したのは、地元トゥーソンのコミュニティ・カレッジの学生でした。ただし「精神不安定」という理由で停学処分を受けていました。

いま危篤状態に陥っているガブリエル・ギフォーズ下院議員(民主党)は、昨年末におこなわれた中間選挙で、共和党の相手候補から僅差で勝利を勝ち取り、1月から始まった議会で、合衆国憲法の修正第1条「表現の自由」を朗々と読み上げて、選挙中におこなわれた彼女に対する脅迫を非難したばかりの出来事でした。

というのは、選挙期間中にも彼女の選挙事務所のガラスが銃撃されて粉々にされたり、銃を持った男が事務所に乱入してきて脅迫する事件が起きていました。もう一人の民主党地元議員ラウル・グリハルバの事務所でも同じような事件が頻発し、事務所を閉じざるを得ないほどでした。

このような事件が起きる背景には、オバマ政権の「ウォール・ストリートの住人(金持ち)だけを救い、メイン・ストリート(貧乏人)は見捨てる」という政策に対する民衆の不満があり、それを最大限に利用したのが「ティー・パーティ」と呼ばれる共和党の最右翼集団でした。その先頭に立っていたのが、共和党の副大統領候補だったサラ・ペイリンという女性です。

この「ティー・パーティ」という集団は、一般の大手メディアでは「保守派の草の根運動」として紹介されていますが、この運動に資金を提供しているのが,アメリカで一二を争う大富豪であることは、ほとんど知られていません。

サラ・ペイリン元アラスカ(Alaska)州知事の選挙事務所は、昨年11月、中間選挙の際、自分のウェブ上で、接戦が予想される選挙区にライフルの「標的マーク」である「照準線」を記した米国地図を公開していました。そしてギフォーズ議員の選挙区にも「照準線」が合わせられていただけでなく、「Don't Retreat, Reload(撤退せずに再装填しろ、弾を込め直せ)」が政治スローガンでした。



<註>

ニューヨーカー誌報道:億万長者のコーク兄弟 1億ドル以上を右翼の運動にこっそり寄付
http://www.democracynow.org/2010/8/25/the_new_yorker___billionaire

• Tea Party Backer David Koch Becomes Wealthiest New Yorker
September 24, 2010 | Headline



もうひとつ、ここで指摘しておきたいことは、暗殺を暗示していたのはサラ・ペイリンだけではなかったという事実です。このアリゾナ州でギフォーズ女史と激戦を演じた相手候補は、ジェシー・ケリーという若者で、彼は選挙中に、次のように「俺とともに、M16自動小銃を手にして、ギフォーズを消せ!」と呼びかけていました。

"Get on Target for Victory in November. Help remove Gabrielle Giffords from office. Shot a fully automatic M15 with Jesse Kelly."
(出典:グリハルバ議員が銃撃事件を語る「アリゾナ州の政治は憎しみと怒りに覆われている」)
http://www.democracynow.org/2011/1/10/politics_in_arizona_have_become_fueled

ここでもう一つ注意しておきたいのは、「俺とともに、M16自動小銃を手にして、ギフォーズを消せ!」と呼びかけたジェシー・ケリーは、イラク戦争に従軍し、それを売り物に立候補していましたし、ポスターも銃を持って立っている姿を大写しにしたものでした。




ところで、銃を乱射した青年ジャレド・リー・ロフナー22歳は、重度に心の病んだと若者だとメディアでは報道されていますが、その裏にはアリゾナ州が次々と企業減税・金持ち減税をした結果、財政難に陥り、教育・福祉・医療を次々と切り捨ててきたという事実です。このことを、きちとんと取りあげているメディアはほとんどありません。

重度の「精神不安定」を理由に、コミュニティー・カレッジを停学に追い込まれたジャレド・リー・ロフナーも、精神医療サービスに対して2010年に大幅な予算削減を行ったアリゾナ州の精神治療を取り巻く問題と、決して無関係ではありません。このように精神を病んだ若者がテレビやインターネットなどのメディアを通じた暗殺の呼びかけに大きく心を動かされたであろうことは、容易に推察できるからです。

ジャレド・ロフナー、精神障害、そして予算削減で低下したアリゾナの精神医療サービス
http://www.democracynow.org/2011/1/11/jared_loughner_mental_illness_and_how

アリゾナ州保安官「精神的に不安定な人はこの国で使われているレトリックの影響を受けやすい」
http://www.democracynow.org/2011/1/10/pima_county_sheriff_clarence_dupnik_people

このアリゾナ州の財政難については既に下記の私のブログでふれていますので、詳しくはそちらを参照ください。

アリゾナ州の惨状とチョムスキー講演、そして日本
http://pub.ne.jp/tacktaka/?entry_id=3065751

以下、上記からの引用を再録しておきます。

<アリゾナ州では右翼的民衆運動「Tea Party」のスローガンが「税金で金融界を救済する政府を拒否し、納税拒否または減税要求をすること」を基本としているため、アリゾナ州が財政難に陥り、公教育や年金など様々な社会保障の削減に乗り出していること、それどころか州議会の建物を初めとして、州庁舎を次々と売り払い、その建物を売却相手から賃借りして議会を開いているなど、信じがたい惨状が展開されています。>

議員定数削減、チョムスキー講演、そしてマイケル・ムーア(上)
http://pub.ne.jp/tacktaka/?entry_id=3091859

ご覧のとおり、アリゾナ州では財政難を解消するために、議員定数の削減や議員報酬の引き下げ、州庁舎の売却と州議会の賃貸など、目もあてられない惨状が展開していましたが、その惨状に追い打ちをかけたのが今回の乱射事件でした。

名古屋の河村市長もアリゾナ州と似たような政策を打ち出していますが、アリゾナ州の惨状を見れば、このような政策がいかに危険極まりないものか、よくわかるのではないでしょうか。



<註>
ところが、このような事件があったにもかかわらず、アリゾナ州議会は(全米でも有数の銃規制が緩い州とされているにもかかわらず)銃の規制をさらに緩めて、「大学などにも自由に銃を持ち込めるようにする案」が与党共和党で検討されているというから驚きです。

ギルフォード銃撃事件直後、アリゾナ州議会は銃規制を引き続き緩めるのか?
http://www.democracynow.org/2011/1/11/in_wake_of_giffords_shooting_will



オバマ大統領は、1月12日(水)にアリゾナ州立大学で開かれた追悼式の演説で、事件の背景として指摘されている過激な政治対立に言及し、今回の事件が新たな分裂を招くようなことがあってはならないとし、国民の結束を呼びかけました。

そして、あれは狂信的個人の犯行であって、それを理由に共和党(特に最右派のティー・パーティ)の選挙戦術や政治路線を問題にするのは誤りであるとして、「一瞬立ち止まって、対話が互いに傷付ける方向にではなく解決する方向に向かっているかどうかを確認する必要がある」と述べたそうです。

米銃乱射事件で追悼式、オバマ大統領「結束」呼びかけ
2011年01月13日 12:56 発信地:トゥーソン/米国
http://www.afpbb.com/article/politics/2782242/6659871

オバマ演説を素直に受け取れば「なるほど」と思える内容ですが、しかしよく考えてみると、極めて奇妙な主張です。相手候補を口汚く罵り、暗殺さえ示唆するようなメッセージをインターネットに載せているにもかかわらず、それを正しく非難しなければ、相手はますます付けあがるだけでしょう。

これは、オバマ氏が大統領に就任したとき、ブッシュ氏やその側近の「戦争犯罪」に対する処罰要求が出てきたときの演説と酷似しています。

ブッシュ氏が嘘をついて戦争を始めたり、アブグレイブ刑務所(イラク)やグアンタナモ刑務所(キューバ)や世界に散らばっている秘密の刑務所で凄惨な拷問をおこなってきた人たちへの訴追要求が、国内からも国外からも強く出されているにもかかわらず、オバマ氏は「過去にこだわるのではなく、未来を見つめて前進しよう」と演説しました。

しかし、よく考えてみれば、オバマ氏が、サラ・ペイリン元アラスカ州知事や「俺とともに、M16自動小銃を手にして、ギフォーズを消せ!」と呼びかけたジェシー・ケリーなどを非難できないのは当然とも言えます。

というのは、ブッシュ氏が「オサマ・ビン・ラディンを “capture or kill” しろ」と言っていたのですが、それをオバマ大統領はさらに一歩進めて、「アン ワル・アウラキを “capture or kill” しろ」と言い始めたからです。

CIA の米国民暗殺命令は合法か?
http://www.democracynow.org/2010/4/8/is_the_cia_assassination_order_of

<米当局は、 イエメンを拠点とするイスラム聖職者が、CIAの生死を問わない追跡対象者リストに加えられた初の米国民であることを認めました。米国生まれの聖職者アン ワル・アウラキは、クリスマスに起きた航空機爆破未遂事件とフォート・フッド基地乱射事件につながりがあるとされています。多くの司法専門家が、この暗殺 命令が米国法あるいは国際法のもとでのこの暗殺命令の合法性に疑問を呈しています。>

ですから、今度の事件の背景を徹底的に掘り下げて議論し究明すれば、その矛先はいずれオバマ氏も向かって行くはずです。そうなっては、オバマ氏としては非常に困るわけで、事件の背景をさぐるのではなく、単に「国民の結束」を呼びかけるにとどめざるを得なかった理由もそこにあったのでしょう。



そもそも、「オサマ・ビン・ラディンを “capture or kill” しろ」と命令するのも、超法規的・恣意的処刑に当たるわけですから、国際法違反です。なぜなら、当時のタリバン政権も「証拠を見せていただければ、ビン・ラディンを引き渡します」と言っているにもかかわらず、問答無用にアフガン攻撃に踏み切ったのがブッシュ元大統領でした。

(証拠がなかったから出せなかったのかもしれません。なにしろ911事件はブッシュ政権の自作自演ではなかったかという強い疑念も出されているくらいですから。)
http://zoome.jp/xanthou/diary/1

このブッシュ氏がやったことを、外国人ではなくアメリカ国籍の人間にまで拡大してしまったのがオバマ氏でした。ですから、アメリカ国民が「アメリカの国益に反するものは殺してもよい」と考えても何の不思議もないわけです。そんな雰囲気がブッシュ時代から醸成され、それがオバマ氏によってさらに深化・拡大されているのです。

(暗殺の対象とされている米国生まれの聖職者アン ワル・アウラキの父親が、「暗殺してもよいとする客観的基準」を明確にしてくれと裁判所に提訴しているにもかかわらず、オバマ政権は未だに何の回答も示していません。)

既にウィキリークスの創始者ジュリアン・アサンジ氏に対しても、議員という公の立場に立つすらがテレビで堂々と「始末しろ」と発言して、何のお咎めもないくらいに今の米国は倫理的に腐敗しています。そのような動きに歯止めをかけるどころか助長してきたのがオバマ氏でした。

そもそもジュリアン・アサンジ氏は、内部告発者から情報を得て、それを公に知らしめる仕事をしているわけで、これは新聞社や放送局がやっているのと同じことです。その媒体が新聞か、放送か、あるいはインターネットかの違いだけです。

もしアサンジ氏のやっていることが有罪であり、暗殺に値するのであれば、アサンジ氏からの情報を新聞に載せた世界的新聞(英国のガーディアン、独国のシュピーゲル、米国のニューヨークタイムズ)も同罪ですし、その内容を放送したDemocracy Now!なども牢獄に入れられるか、極端な場合、暗殺に値することになります。

ところが、有名なペンタゴン・ペーパーズを新聞社に漏洩させた国防総省(元)高官ダニエル・エルズバーグ氏は、最終的には無罪になっています。今回の事件で言えば、ウィキリークスに情報を渡したブラッドリー・マニング氏がそれに当たります。ところがオバマ氏はマニング氏ではなく、アサンジ氏を「暗殺しろ」と密かに指示しているわけです。ですからテレビで公人が堂々とそのことを口にしても、それを止めないわけです。

ダニエル・エルズバーグ氏も「当時はFBIが(飲み物に毒物を入れるなどして)密かに私を暗殺しようとしていたが、それを公言することはしなかった。それをオバマ氏は恥ずかしげもなく公言するようになったと憤っています。

ペンタゴン内部告発者ダニエル・エルズバーグ:ジュリアン・アサンジはテロリストではない
http://www.democracynow.org/2010/12/10/whistleblower_daniel_ellsberg_julian_assange_is

ですから、何度も言うように、今度のトゥーソンにおける銃撃事件は、「テー・パーティ」運動が、精神を病んでいる若者を利用して起こした事件とも言えるわけですが、その背後には、「ブッシュ氏から引き継いだ暴力的政治風土をオバマ氏がいっそう深刻化させた」という事実があったことを決して見逃してはならない、と私は思います。



<註1>
アサンジ氏は、英国の裁判所が決定を下すまで事情聴取のために拘束が続きます。「スウェーデン当局から性犯罪の告発を受けて引き渡しを要請されている」というのが、その口実です。しかし、スウェーデン当局からの正式な告訴状はいまだに届いていません。

アサンジ氏の弁護士によれば、オバマ政府がアサンジ氏を米国で勾留・拷問あるいは死刑にする準備が整うまで引き留めるか、スウェーデン政府経由でアメリカに引き渡すことができるようにするための勾留だそうです。だからこそ、元情報部員や元政府職員らで構成する国際的グループがアサンジを支持する声明を発表しているわけです。

We Support WikiLeaks
http://salsa.democracyinaction.org/o/592/p/dia/action/public/index.sjs?action_KEY=5343



<註2>
年賀状の追加後半部分「オバマ政権は・・・どころか、愛国者法案を延長して国民を監視し(イスラム教徒はもちろんのこと)平和運動や環境運動の活動家すら、逮捕・拘禁する事態に至っています」と書いたことに対して、次回のブログで典拠を示す予定だと書きましたが、ここまで書いてきたら、もう1月14日(金)の午前1時になってしまいました。

そこで詳しく紹介することは諦めて、平和運動に関するもののみ下記に示します。これは1月13日付けの Democracy Now! に載った最新ニュースです。他にもたくさん紹介したい情報があるのですが、体力の関係で今回はこれだけしか紹介できません。どうかお許しください。

Government Spy Infiltrated Antiwar Groups Before FBI Raids
http://www.democracynow.org/2011/1/13/headlines

FBI Expands Probe into Antiwar Activists
http://www.democracynow.org/2010/12/23/fbi_expands_probe_into_antiwar_activists
December 23, 2010 | Story



<註3>
1月12日(水)にアリゾナ州立大学で大きな追悼式が開かれました。この銃撃事件では9歳の子どもを含む6人が殺されました。しかしオバマ氏が引き継いだアフガン・パキスタン戦争では、これ以上の一般人が毎日のように殺されています。

アフガンやパキスタンの人たちからすれば、「たった6人の死者なのに、大統領も参列するあんなに大きな追悼集会が開かれている。しかし俺たちはどうだ。それ以上の人数が毎日のように殺されていても、オバマは、そんなことを一顧だにせず、戦争を拡大し続けている。俺たちは虫けらか!?」と思うのではないでしょうか。

ブッシュ氏も嘘をついてイラクに侵攻し、100万人以上もの一般市民を殺害し、ファルージャという町では、劣化ウラン弾や黄燐弾などの残虐兵器を使用し、ほとんど町ごと破壊したと言われています。隣国に流出した難民は数百万人にも上ります。

ウィキリークスによって暴露された武装ヘリコプターに殺害は、ロイター通信社の記者だけでなく、多くの一般市民をも、空から銃撃するものでした。しかも、その負傷者を自家用車で病院に連れて行こうとする民間人までも、機関銃で襲いかかる様子は、目を背けさせるほど残酷なものでした。

しかしオバマ氏は、このような戦争犯罪を反省するどころか、このような映像を暴露したウィキリークスを「テロ機関」とし、創始者アサンジ氏をテロリスト=犯罪者扱いしています。ダニエル・エルズバーグ氏が、アサンジ氏の暗殺を心配しているのも無理からぬことです。

もしイラク戦争前にウィキリークスが誕生していて、ブッシュ氏やブレア氏による戦争の捏造計画(たとえば「ダウニング・メモ」など)が暴露されていれば、アフガン戦争やイラク戦争のような悲惨な事態は避けられていたでしょう。

このように考えれば、ウィキリークスは「犯罪機関」どころか、まさに「人道機関」と言ってもよいくらいではないでしょうか。


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