オバマとは誰か―「アメリカ大統領による史上初の広島訪問」を考える

国際教育(2016/05/20)、ジョージ・オーウェル、小説『1984』 「戦争は平和、自由は隷属、無知はちから」 War is Peace, Freedom is Slavery, Ignorance is Strength」


小説『1984年』    小説『1984』


 オバマ大統領が、広島を現役のアメリカ大統領として初めて訪問する予定だということで大手メディアの話題を呼んでいます。
 しかし、そこで論議されているのは「原爆投下を謝罪するか」だけで、今までオバマ氏が大統領として何をしてきたかではありません。大統領としてやってきたことを調べてみれば、彼が謝罪するはずがないことは明白なのに、あたかも広島訪問が画期的であるかのように議論されているのです。
 彼の経歴を調べてみれば、ずっと以前に「ノーベル平和賞」を返上すべき人物であり、このような「戦争犯罪人として国際刑事裁判所で裁かれてしかるべき人物」を広島訪問に招待することそのものが、原爆犠牲者にたいする侮辱であるはずなのに、そのことを指摘する大手メディアはほとんどありません。
 以下そのことを、もう少し詳しく検証してみることにします。その手始めにカウンターパンチというサイトに載っていた次の論文引用から始めたいと思います。

Thank You Barack Obama for Showing Us That Peace is War
by George Katsiaficas(CounterPunch、May 11, 2016)
http://www.counterpunch.org/2016/05/11/thank-you-barack-obama-for-showing-us-that-peace-is-war/

 この論文の著者ジョージ・カシアフィカスは、「平和は戦争であることを教えてくれてありがとう、オバマ」という皮肉たっぷりの題名をつけて、オバマ大統領の経歴を次のように見事な簡潔さでまとめています。
 

彼は世界の多くの場所で称賛されている。特にアフリカ諸国民の間では神のごとく崇拝されるまでになっている。
 ところが、イラクでの戦争を拡大しアフガニスタンでの戦争を引き延ばした事実にもかかわらず、彼は大統領就任初年にノーベル平和賞を受賞した。
 彼はウクライナでクーデターを起こしてネオナチ政権を支援し(2014)、東欧諸国のロシア国境近辺にNATO軍と攻撃的兵器を配備して緊張を高めた。
 またリビア政府を転覆して破綻国家を生み出すのに手を貸しただけでなく(2011)、シリアに全面戦争と大量難民をもたらし(2011~)、少なくとも25万人の国民が死亡した。
 さらに、ケニヤとエチオピアに金をやってソマリアを攻撃させ(2011)、サウジアラビアに爆弾を供給してイエメン国民を爆撃させた(2015~)。こうして、ここからも大量の難民と死者をうみだした。
 彼は、多くの中南米の困窮した人々に惜しみない支援を提供した国ベネズエラの転覆を画策した(2002、2015)。そのうえ、ホンジュラスでの右翼クーデターを指揮・監督し(2009)、ブラジルでは新自由主義政策をおしすすめる政治家連中にルセフ大統領を追放するようけしかけた(2016)。
 さらに、米軍の“基軸”をアジア重点とする政策転換により、第二次世界大戦中におこなった行為(特に10万人以上の女性を拉致し日本軍の慰安婦にしたこと)を決して謝罪しようとしない日本の、軍事的重要性をよみがえらせた。
 彼は、この「中国封じ込め政策」を推進するため韓国に日本政府と妥協するよう圧力をかけ、それと同時に中国近海を航空母艦で航海しながら挑発的な上空飛行をくりかえして中国を恫喝している。


 この著者は、ジョージ・オーウェルの小説『1984年』から、「戦争は平和だ、自由は隷属だ、無知はちからだ」という有名な標語を引用して、この論文を次のように書き始めていました。

何十年も前、ジョージ・オーウェルは、小説『1984年』で、「戦争は平和だ、自由は隷属だ、無知はちからだ」と警告した。オーウェルが考えていたことを、長年私はかいま見てきた。だが彼の予測が完全に正しかったと私が思えたのは、ようやく2016年になってからのことだ。そうしてくれてありがとう、バラク・オバマ。


 そして著者は、この論文を次のように結んでいます。

だから、バラク・オバマよ、平和が戦争であると我々全員に教えてくれてありがとう。戦犯行為の隠蔽に、マーチン・ルーサー・キングのマントを利用できたのは、あなただけだ。ジョージ・オーウェルの予言を実行・完成してくれて、本当にありがとう。


 まさにオバマ大統領にとって「戦争は平和、自由は隷属、無知はちから」だったのです。しかし世界中のひとは、ノーベル平和賞の受賞者であり黒人解放運動の指導者であったキング牧師とオバマ大統領を重ね合わせて、その幻影を彼に追い求めたのでした。
 そして大手メディアも、いまだにその幻影から脱却できないからこそ、オマバ氏が広島を訪問すると言っただけで画期的なことだという評価をくだしたのでしょう。また、だからこそ安倍政権も、参議院選挙を有利に導くための戦略として利用すべく、オバマ氏を強力に広島訪問へと招待したのではないでしょうか。

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 したがって「原爆投下への謝罪」など政府は初めから要求するはずもなかったのです。それどころか物理化学者・藤永茂氏(カナダのアルバータ大学理学部名誉教授)は、「私の闇の奥」という、知る人ぞ知る有名なブログで、次のように、「広島も長崎もオバマ大統領を進んで招致すべきではない」とすら述べています。

私見ですが、広島も長崎も、オバマ大統領を進んで招致すべきではありません。たとえ彼が何らかのギミック(gimmick=策略)で広島、長崎で原爆犠牲者慰霊のポーズをとったにしても、彼の脳裏に政治的な計算以外のものがあるはずがありません。彼には慰霊の資格がありません。「米国大統領の来訪そのものが、世界の反核運動の促進に、ひいては核廃絶に役立つ」という考えがあるとすれば、私はそれにも反対します。核廃絶を政治の場の問題として考えていては、核廃絶は達成できないでしょう。
http://blog.goo.ne.jp/goo1818sigeru/e/2b5a235ccfe0381efff9c46b06941419(2016-04-19)


 藤永氏が、上記のように述べたのには深い理由があります。
 第二次大戦中に原発開発計画で中心的な役割を果たした研究所にロス・アラモス国立研究所がありますが、アメリカの産軍共同体はブッシュ政権に対して、このロス・アラモス国立研究所および新しいプルトニウム“ピット”製造工場コンプレックスの増強を強く求めていました。
 しかし反対意見も根強く、足踏み状態が2007年、2008年と続いていました。それが、オバマ大統領の出現で、一挙に前に進んだからです。広島・長崎の原爆を製造したロス・アラモス研究所のあるニューメキシコ州の現地新聞によれば、オバマ大統領は2011年度の核兵器関係予算として70億ドルの増加を計上しています。
 こうして、オバマ氏の大盤振る舞いによって、ロス・アラモス国立研究所は、1944年以来最大の、22%の予算増加を見ることになりました。とりわけ、新しいプルトニウム“ピット”製造工場コンプレックスに対する出費は2倍以上にのぼり、今後10年間、新しい核兵器の生産に打ち込むことを明確に示しているのです。
 先に紹介した藤永氏の上記ブログでは、現地新聞『ナショナル・キャソリック・リポーター』という新聞(2010年2月9日)に、ジョン・ディア神父が次のように書いていることも紹介されています。  

ニューメキシコはこのニュースで沸き立っている。間もなく、このあたりのきびしい風景の中に、ピカピカに新しい、最高技術水準を誇るプルトニウム爆弾製造工場が立ち上げられるだろう。
 予算書類に署名し、このプロジェクトに祝福を与えたオバマ大統領は、一年前プラハで、核兵器なしの世界を目指す声明をしたその人だが、実のところ、彼の新しい予算をもってすれば、ロナルド・レーガン以来のどの大統領よりも核兵器の生産を増強することになるだろう。
 ここに、ジョージ・W・ブッシュさえも上回る偽善の一編がある。新しい核兵器施設のプランを立てる一方で、軍縮をうたい上げる。希望のヴィジョンを高く掲げるその舞台裏で、希望の死を確実のものとする。これぞ、ジョージ・オーウェル風の悪夢だ。


 藤永氏は上記の引用に続けて、「ノーベル平和賞を受賞することになったプラハ講演で、核廃絶を悲願としてきた日本人の心をメロメロにしてしまったバラク・オバマという人物が、政治家として「稀代の大嘘つき」「稀代のコン・マン」(コンフィデンス・マン=詐欺師)であることを、これほど冷徹な筆致で断定した文章は、ざらには見当たらないでしょう」と述べています。
 あの温厚な藤永氏が、オバマ氏のことを「稀代の大嘘つき」「稀代のコン・マン」と述べていて驚かされましたが、それほど藤永氏の怒りが大きかったことを、この言葉遣いが示しているように思います。
 ところが、日本の大手メディアは、このような怒りをオバマ氏にたいして示すことは、ほとんどありませんでした。むしろ、その逆だったのです。「広島を訪問するアメリカ史上初の大統領」というわけです。
 しかし、DemocracyNow!(May 17, 2016)によれば、いつもは体制順応的な報道しかしないニューヨーク・タイムズ紙が、オバマ大統領がほとんど知られていない重要な節目を超えたと報じました。
 つまり「広島を訪問するアメリカ史上初の大統領」ではなく、ジョージ・W・ブッシュ、フランクリン・D・ルーズベルト、エイブラハム・リンカーンを上回る「米国史上最も長く戦争を行っている大統領」と報じたのです。
 オバマ大統領はこれまで、少なくとも7カ国で軍事行動を行ってきました。イラク、アフガニスタン、リビア、シリア、パキスタン、イエメン、ソマリアです。4月には、特殊作戦部隊250人のシリア派兵を宣言し、米国のシリアでの正式な派兵規模を2倍近くに伸ばしました。
 こうして、オバマ大統領によって世界中に戦争が広まるなか、昨年は、6000万人という記録的な数の人々が家を追われました。
 しかも、オバマ氏によって無人爆撃機によって多くの民間人が殺戮されるという新しい戦争形態が誕生し拡大しただけでなく、オバマ氏は小型核兵器の開発にも乗りだしています。小型だから核兵器が使いやすくなり、今後どこで使われるようになるか分かりません。かくして新しい核軍拡がひっそりと始まっていることを、チョムスキーはおおいに危惧しています。

Chomsky on Obama's Visit to Hiroshima & Presidential Legacy: "Nothing to Rave About"
チョムスキーが語るオバマの広島訪問と大統領の残したもの:「ほめることは何もない」
http://www.democracynow.org/2016/5/17/chomsky_on_obamas_visit_to_hiroshima(May 17, 2016)

 こうしてオバマ大統領は、新たな軍拡競争に世界を引きずり込むことさえ始めました。アメリカで新大統領を選ぼうとしている年にこのような複合的危機が世界で起きているのです。
 G7を迎えるに当たって「オバマとは誰か」を考えたとき、「広島を訪問する史上初のアメリカ大統領」ではなく、ジョージ・W・ブッシュ、フランクリン・D・ルーズベルト、エイブラハム・リンカーンを上回る「最も長い戦争をおこなっている史上初のアメリカ大統領」を抱えているのが、アメリカの現実なのです。
 私たちは、このようなアメリカの現実を見据えながら、オバマ氏の広島訪問を考え、来るべき参議院選挙に立ち向かう必要があるでしょう。
 さもなければ、憲法9条をもつにもかかわらずアメリカの属国として行動する度合いがますます強くなっている日本は、かつての豊かさを今後ますます削り取られていくことは目に見えているからです。


<註1> 上記で紹介した「平和は戦争であることを教えてくれてありがとう、オバマ」という題名の論文は、「マスコミに載らない海外記事」というサイト(2016.05.17)で読んで初めて知ったものですが、今回の拙論に載せた和訳は、すべて私の責任によるものです。
<註2> 最近ブラジルで起きた政変(=武器を使わないクーデター)で暫定大統領になったミシェル・テメル氏は、元CIAの要員であったことがウィキリークスで暴露されています。詳しくは下記の櫻井ジャーナル(2016.05.14)を御覧ください。
http://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201605130000/
<註3> この南米ブラジルでのクーデターをみれば分かるように、オバマ大統領は中東だけでなく中米・南米でも政権転覆をいくつも企ててきました。あの悪名高い元大統領ブッシュ氏でさえ攻撃したのはアフガニスタンとイラクだけだったのに、オバマ大統領の魔手は世界的な規模に達していることが、これを見ても分かります。
 藤永氏がオバマ大統領を、「言っていること」と「していること」がまったく違う、「稀代の大嘘つき」「稀代のコン・マン」と評した理由が、よく分かる事例でもありました。その意味でも「ありがとう、オバマ」と言うべきかも知れません。



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