書評 『英語の帝国』 ― 植民地化の言語政策を自ら求めた文科省

書評(2017/01/09)、マケレレ(ウガンダ)、ブリテン連邦会議、マケレレ原則、ロバート・フィリプソン『言語帝国主義』

赤旗書評『英語の帝国』
                       出典:「読書文化欄」『しんぶん赤旗』2016年12月11日
 

 前回のブログでは、昨年末は講演や書評などの新聞原稿に追われて、ブログを書くどころか喪中ハガキすらも出しそびれてしまったお詫びを書きました。
 上記に掲げたのは、出典にも示したように、『しんぶん赤旗』の求めに応じて書いた、その書評です。660字という制約があったため非常に苦労しました。短い記事を書く方がはるかに難しいことを改めて実感しました。
 たとえば書評で私は次のように書きましたが、実はマケレレ会議で確認された原則は三つではなく五つでした。しかし字数の関係で、どうしてもその全てを紹介することはできませんでした。

というのは、一九六一年にウガンダのマケレレで開かれたブリテン連邦会議で、次のような信条が確認され、イングランド語を「英語の帝国」として拡大していく際の原則とみなされるようになったからである。
「英語は英語で教えるのがもっともよい」
「理想的な英語教師は英語を母語とする話者である」
「英語学習は早いにこしたことはない」…


 とはいえ、この三つを紹介するだけでも、私が主張したかった次の論点は、何とか読者には納得していただけるのではないかと思って、残りの二つの紹介は断念することにしました。

不幸なことに、旧植民地を大英帝国の属国として維持するためにまとめられた諸原則が、いま日本で小学校から大学にいたるまで大手を振ってまかりとおっているのである。


 では「残りの二つ」とはどんな内容だったのでしょうか。『英語の帝国』(200頁)によれば、それは次のような二項目でした。

「英語に接する時間は長いにこしたことはない」
「英語以外の言語の使用は英語の水準を低下させる」


 これもまた、いま文科省が導入しようしている英語教育政策そのものです。「英語に接する時間は長いにこしたことはない」という間違った論拠に従って、来年度から小学校英語は三年生から導入され、五年生からは「教科化」されるからです。
 このような風潮が続けば、あと数年もしないうちに「三年生から導入してもあまり教育効果が見られないから一年生から導入すべきだ」という声が強くなることは目に見えています。
 あまり教育効果が見られないのは、導入時期の問題ではなく、小学校英語というのは、その性格上、私の言う「ザルみず効果」に終わるしかないからです。
 拙著『英語教育原論』第三章「小学校の英語教育を再考する」で詳述したように、日常的に使う場のない日本では、丸暗記を強要された単語や言い回しは、「ザルに水を入れる」のと同じく、脳に溜まっていかないからです。
 しかも英語を丸暗記するのに浪費された膨大な時間は、小学校における他教科の時間を削減させることにつながり、必然的にノーベル賞を生み出した基礎学力、国語力や数学力といった基礎学力を低下させることにつながるでしょう。
 また、「英語以外の言語の使用は英語の水準を低下させる」という原則をひとつの口実として、大学では第二外国語の学習は必修から外されてしまいました。実際、私が定年まで勤務していた大学では、主として工学部から「教養科目でドイツ語や中国語をやる必要はない。英語だけ使えるようにしてくれればよい」という強い声がありました。
 こうして、それに代わって登場したのが文科省の「専門科目や大学院までも英語で教えろ」という政策でした。そして、このような方向で「国際化」をはかる大学に巨額の補助金を出すという、間違った「国際化=アメリカ化」が、いま強力に推進されているのです。
 そして他方で、全国の国立大学への交付金は毎年のように削減され、今では非常勤や期限付きの教員が全教員の過半数を占める勢いになってきています。
 これで、どうして腰を落ち着けて研究や教育に専念できるでしょうか。若手研究者は次の就職先を探すために多大な精力を割かねばならなくなるのですから。
 こうしていま日本では、「マケレレ会議の原則」「旧植民地を大英帝国の属国として維持するためにまとめられた諸原則」が、小学校から大学にいたるまで、大手を振ってまかりとおっているのです。そして、その究極の到達点を示したのが、TPPの調印文書だったのではないでしょうか。
 カナダ政府がケベック州の公用語がフランス語だという理由だけで仏語版の協定文書もつくるよう要求したにもかかわらず、日本政府は正式文書として日本語版を要求せず英語版だけで、しかもその内容を国会議員に明らかにしないまま、批准を強行しようとしたのです。「英語の帝国」の属国として面目躍如たる活躍ぶりです。

 ところで、インターネットで調べていたら、『英語の帝国』の書評が東京新聞(2016年11月13日)にも載っていることを知りました。その一節に次のように文言がありました。

各地域・各時代の言語政策についての分析はどれも興味深いが、とりわけ示唆に富むのは、インドとアフリカの例である。ガンジーは英語が「文化的簒奪者(さんだつしゃ)」であり社会階層の分断を招くため「国民語」にはなり得ないと考えたが、それに反して子供の将来を案ずる親たちは英語教育に熱心であった。ここには、英語帝国主義が「上からの強制」だけでなく「下から迎合」して「文化的自殺」を遂げる者がいて完成するという残酷な原理がある。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2016111302000184.html


 確かに『英語の帝国』は、このような“英語帝国主義が「下から迎合」して「文化的自殺」を遂げる者がいて完成する”という事例を数多く紹介していることに、その特徴のひとつがありました。しかし、そのことを強調しすぎると、英語帝国主義が広まっていったのは民衆がバカだったからだということになりかねません。
 私が昨年の夏、お盆の墓参りに能登半島へ行ったとき、そのついでに亡くなった母の実家を訪ねたところ、私の従妹(いとこ)が「近くの部落に英会話スクールができたので、孫がそこに通っている」という話をし出して私を驚かせました。こんな田舎にまで英会話スクールが進出したことに驚かされたのです。
 しかし私は、その家族が「英語の帝国」に「下から迎合」して「文化的自殺」を遂げているとは思いませんでした。むしろ「英語の帝国」に「上から迎合」して「文化的自殺」を遂げているのは政府文科省であり、その犠牲者が「孫を英会話スクールに送り出している一般民衆」ではないかと思い、憤りと悲しみを禁じ得ませんでした。
 上記の評者は自分の書評を次のように締めくくっています。

アメリカ主導の「新自由主義」的グローバル資本主義の時代に、そのシステムに最もよく適合する人的資源たらんとして「英語熱」に浮かされること。それは「自己植民地化」にほかならない。「英語の帝国」史の警告である。


 このような批評は一見すると、私たちに警告を発するように見えるのですが、よく考えてみると、「英語熱」を煽っている政府・文科省と、それに便乗して儲けようとしている教育産業を免罪することになりかねない、と私に思われました。
 まして、このような「英語熱」を煽っている政府・文科省の背後には、更にもっと大きな怪物がいて、その「英語の帝国」が、現在の世界の流れ、すなわち新自由主義的グローバル資本主義をつくりだしているのであれば、そのことをきちんと指摘することこそ、評者の勤めではないでしょうか。
 というのは、英語教育を通じてアメリカによる文化工作がおこなわれ(拙著『英語で大学が亡びるとき』で1950年代の京都大学の例を示しました)、それを政権転覆につなげようとする動きが、いまだに世界の各地で存在するにもかかわらず、日本の大手メディアはそのような動きに全く無自覚・無防備であるように私には見えるからです。
 たとえば、ブログ「マスコミに載らない海外記事」の「フェトフッラー・ギュレンとは、一体何か?」という翻訳記事(2016年9月5日)には次のような事実が紹介されていました。

 MIT(トルコのCIA)の元外国諜報部長で、1990年代中期に、タンス・チルレル首相の首席諜報顧問をつとめたオスマン・ヌリ・ギュンデシが、2011年、トルコ語のみで本を刊行した。
 そのときギュンデシは85歳で、すでに引退していたが、その本で、1990年代にユーラシア中に広がっていたギュレン学校が何百人ものCIA工作員の基地になっていたことを暴露した。彼ら工作員は「母語として英語を話す、英語教師」を装っていた。
 ギュンデシによれば、キルギスタンとウズベキスタンの学校だけでも、ギュレン運動は「130人のCIA工作員を匿(かくま)っていた」。しかも彼らアメリカ人の「英語教師」全員がアメリカ外交官のパスポートを持っていたという。
 これは、普通の英語教師にとって到底ありえないことであり、実に示唆的だ。(和訳は寺島がいちぶ改訳した)


 上記で「ギュレン学校」「ギュレン運動」と言われているのは、「アメリカ在住の亡命トルコ人フェトフッラー・ギュレン」というイスラム教指導者が、CIAの庇護のもと、世界的に展開している運動で、今度のトルコにおけるクーデターも、この人物が陰の立て役者だったと、原文のウィリアム・イングドールは主張しています。
"What is Fethullah Gülen?"
http://journal-neo.org/2016/07/25/what-is-fethullah-gulen/
 ことの真偽は別にして、いずれにしても、CIA工作員が「英語を母語とする英語教師」を売り物にして(しかも外交官のパスポートを持って)ユーラシア大陸で暗躍していたという事実だけは間違いないようです。
 ここでも、1961年にウガンダのマケレレ会議で確認された「理想的な英語教師は英語を母語とする話者である」という原則が、みごとに活用されていることに、私たちは留意すべきではないでしょうか。
 それこそが「英語の帝国」史から私たちが学びとるべき教訓ではないのか。そのように私には思われました。


 
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Author:狐狸庵居士(田舎の国立大学を2010年に定年退職)

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