「戦争は国家の健康法である」その2

国際教育(2017/06/05)、ランドルフ・ボーン、ジョージ・クリール、クリール委員会(アメリカ広報委員会)、プロパガンダ、パブリック・リレーションズ(PR)

クリール委員会委員長ジョージ・クリール、          ドイツ兵の残虐性を宣伝するのポスター
Creel.jpg クリール委員会ポスター

 安倍内閣の推進する「共謀罪」が衆議院で強行採決され、日本がアメリカ軍の指揮の下で戦争できる体制がますます強固になってきました。
 アメリカのDeep State「闇国家」は、トランプ大統領を目下の家来として使いながら、北朝鮮や中国を口実とした戦争を着々と準備しているように、私には見えます。
 G7やEUの会議で露呈されてしまいましたが、いまアメリカは世界で孤立しつつあります。このような状況を一挙に解決してくれるのが戦争です。
 アメリカの、911事件を口実としたアフガニスタンへの爆撃と、大量破壊兵器を口実としたイラク侵略も、ブッシュ大統領の支持率が最底辺に落ち込んだときに始まりました。そしてアメリカ国民も大手メディアもこれを熱狂的に支持し、それに反対する人たちは「国賊」扱いされました。
 実はアメリカの第1次世界大戦にたいする参加も、同じような戦術が駆使されました。国民の大多数は欧州大陸で始まった第1次世界大戦にアメリカが参戦することに反対でした。そこで国内の世論を誘導すべく立ち上げられたのが、ウィルソン大統領が設立した政府広報機関クリール委員会でした。
 これはアメリカ政府として初の専門職・知識人による広報集団・宣伝扇動機関で、ジャーナリストのジョージ・クリール (George Creel)を委員長としていたため「クリール委員会」とも呼ばれています。この委員会にはアメリカを代表する有名知識人も総動員され、当時のアメリカを代表する哲学者・民主的教育者として名高かったジョン・デューイまでも、この委員会にからめ取られていきました。
 コロンビア大学で学びデューイを師として尊敬していたランドルフ・ボーンが、苦渋の決断の結果、勇気をもってデューイを批判し恩師と袂(たもと)を分かつ道を選んだことは、前回のブログで紹介したとおりです。30代の若いボーンが、デューイを批判した論拠は、論文「国家-戦争は国家の健康法である」に鋭く かつ完膚なきまでに展開されていて、ボーンの才能に驚嘆せざるをえません。ボーンの夭折は本当に残念極まりないものでした。
 とりわけ今号で紹介する次の部分を読んでいただければ、いま正念場を迎えている「共謀罪」の本質がみごとに展開されていて、皆さんも驚かれるのではないでしょうか。

 このように、戦争が始まると、国家の内部で衝突がおこる。戦争は追う者と追われる者のあいだのスポーツになる。心理的魅力という点では、国外で敵を攻撃するよりも、国内で敵を追及するほうが重要になる。国家は凄まじいほど全力で異端者を抑圧する方向へすすむ。
 国家は異端者狩りで沸き立ち、それは確実に持続する。平和主義者、社会主義者、敵性外国人に、国家の手で激しいテロリズムが実行される。そして敵と関係があるとされる人物や運動には、表には出ないが持続的な迫害が加えられる、「国家の健康」であるべき戦争は、すべての有産階級と一般民衆を一体化し、そこからはみ出した人々を法律の保護外におく。





戦争は国家の健康法である(中)

ランドルフ・ボーン

 戦争、少なくとも強力な敵にたいして民主主義国が遂行する現代の戦争は、その国に必要なほとんどすべてを達成してくれるように思われる。それは燃えたぎる理想をかかげる政治家なら、誰でも手に入れたいと望んでいるものだ。
 ほとんどの市民は、もはや政府に無関心ではいられない。それどころか政治的な体の各細胞は生命と活動に満ちあふれる。我々はついに、あの(理想として心に描いてきた)集団主義的共同社会を完全に実現させることになるのだ。そこにはともかくも「一人がみんなのために」という価値観がある。
 戦時体制の国では、あらゆる市民が自分を全体に一体化・同一化し、それを認識することによって限りなく強くなったと感じる。集団主義的共同社会の目的と願望は、戦争の大義に全身全霊を捧げる個人のなかに息づき、社会と個人のあいだを妨げる区別はほとんど消し去られる。
 戦争中、個人は社会とほとんど同一になる。個人は飛び抜けた自信、つまり自分の理念と感情がすべて正しいという直観をいだく。その結果、個人は反対者や異端者の弾圧にさいして無敵の強さを発揮する。集団主義的共同社会の力を背後に感じるからだ。社会的存在としての個人が、戦時にその典型を達成したかにみえる。
 アメリカ国民が、このような集団的な献身、このような犠牲と労働を、たとえ世界に示すことができたとしても、それは宗教的衝動からではない。アメリカ国民が、自分の財産と生命を注ぎこんだり、国民のお金と人員を徴集するといった、国民の反感を買う強制的措置まで承諾したとしても、それは普通教育のような世俗的善や自然の征服のためでもない。
 そうではなく、それは自衛の戦争という攻撃をするためなのだ。それなしには、「民主主義」という困難な大義をアメリカ国民が支持することもないし、これまでにない最高水準の集団活動に達することもないだろう。
 労働者階級の人々は、少なくとも自分は「知識人」「重要階級」に属しているとは思っていない。むしろ、そのような階級を見習って上昇に努めているのだが、国家という象徴的なものに振り回されないので、「知識人」「重要階級」からは悪評が高い。言い換えれば、労働者階級は「知識人」「重要階級」ほど愛国的ではないのだ。彼らにとっては権力も栄光も無縁だからだ。
 戦時の国家は彼らに退歩の機会を与えない。彼らは社会的に大人として扱われたことがなかったから、大人として扱われる機会を失い、子どもに戻ることはないからだ。
 労働者は、一九世紀の産業体制のときと同じように、徒弟奉公で鍛えられ従順にしつけられていれば、喜んで御国(おくに)のために出征して戦ったかもしれないが、彼らは国家にたいしてそのような「親にたいする子としての感覚」は全く持っていない。普通なら「年長者」を前に非常に強力に作用する、「愚者」対「知者」の感覚さえももたない。
 労働者は、産業的農奴制のなかで毎日を暮らしているので、名目上は自由だが、実際には機械生産体制に束縛された階級だ。資本家体制は自分の所有物ではないから、自分の生産物の分配にわずかな発言権すらもない。ときにはストライキなどの公的に認められていない脅迫手段を用いて雀の涙ほどの分け前をもらえるだけだ。徴兵制度はこのような農奴制とさして変わりはない。
 労働者階級は軍事的企てに参加はするが、「知識人」「重要階級」のような熱狂に煽られて赴おもむくのではない。「知識人」「重要階級」の本能が戦争を強力に煽(あお)っているだけだ。それどころか労働者は、嫌悪感をもって戦地に赴(おもむ)くのだ。それは、彼らが企業に入り働きつづけるときにもつ嫌悪感(けんおかん)と全く同じ嫌悪感だ。
……
 このように、戦争が始まると、国家の内部で衝突がおこる。戦争は追う者と追われる者のあいだのスポーツになる。心理的魅力という点では、国外で敵を攻撃するよりも、国内で敵を追及するほうが重要になる。国家は凄まじいほど全力で異端者を抑圧する方向へすすむ。
 国家は異端者狩りで沸き立ち、それは確実に持続する。平和主義者、社会主義者、敵性外国人に、国家の手で激しいテロリズムが実行される。そして敵と関係があるとされる人物や運動には、表には出ないが持続的な迫害が加えられる、「国家の健康」であるべき戦争は、すべての有産階級と一般民衆を一体化し、そこからはみ出した人々を法律の保護外におく。
 勤労市民・労働者階級は、このような「一体化」につよく抵抗し、すでに見たように、心理的にも、このような流れに距離をおく。だからこそ世界産業労働者組合(IWW)のような団体は容赦(ようしゃ)なく追求され弾圧されるのだ。しかしIWWの抵抗は、国内の団結を乱す原因なのではなく、政府の弾圧政策の結果にすぎない。迫害は労働者の反抗心を増大させ、摩擦を減らすどころか増強するだけだからだ。……
(下線は寺島。以下、次号に続く。『肉声でつづる民衆のアメリカ史』上巻521ー524頁)


<註1> クリール委員会は、アメリカ国外の敵国を悪魔化するために国民にたいして徹底的な「プロパガンダ」「宣伝洗脳工作」がおこないました。
 たとえば、アメリカ国民のドイツに対する敵意を増幅させるため、ドイツ兵を「野蛮なフン族のアッティラ(注:フン族の王)」として描き出し、漫画や新聞報道でもドイツ兵の残虐性をことさら強調するものが氾濫していました。
 この手法は「イラク戦争」まで引き継がれていて、現在のシリアや北朝鮮にたいする攻撃も、「アサド大統領=独裁者」「北朝鮮=気の狂った国」という描き方であり、基本的には何も変わっていません。

<註2> クリール委員会の正式名称は、アメリカ政府・広報委員会(CPI:Committee on Public Information)ですが、この委員会に参加して、有名になった人物にエドワード・バーネイズがいます。彼は第2次世界大戦後、「プロパガンダという技術をプロパガンダする」目的で、『プロパガンダ』という本を出版しました。
 これは今では、W・リップマン『世論』と並び、広告関係者必読のバイブル的な存在となっていますが、嘘をついてアメリカ国民を第一次世界大戦へと引きずり込んだ悪いイメージが「プロパガンダ propaganda」という用語に定着してしまったため、リップマンは後に「プロパガンダ」の代わりに「パブリック・リレーションズ」(PR:Public Relations)という用語を使うようになりました。



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