揺れうごく貧困大国アメリカ―高校生までもが立ちあがる

現在、3月11日(金)です。翻訳が思うように進んでいないので、ブログで書きたいことがあっても禁欲をしてきましたが、今の米国ウィスコンシン州の状況を見ていると、どうしても書かずにはいられなくなって、パソコンに向かっています。

しかし、同時に東北地方で地震があり、原子力発電所の危険性など、それについても思うところが多々ありますが、両方について書いているゆとりがないので、今回は米国の問題だけにしぼって(日本の問題に関わらせつつ)所感を述べることにします。

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さて、そのウィスコンシン州ですが、昨日10日に州議会は公務員の団体交渉権を制限する法案を賛成53,反対42で可決しました。この法案については既に下記のブログで紹介しましたが、この3週間、エジプト民衆蜂起にも匹敵する運動が、マディソン市の州議会議事堂を埋め尽くし、市民が籠城を続けるかたちで展開されてきました。

エジプトの民衆蜂起から何を学ぶか(4)
―ウィスコンシン州で爆発したアメリカ民衆の闘い
http://pub.ne.jp/tacktaka/?entry_id=3514053

一般の大手メディアでは、海外のニュースとしてリビア情勢ばかりが取りあげられ、上記のウィスコンシン州の闘いが、全米に拡大していることは、ほとんど紹介されていません。

逆にいえば、社会福祉や教育の切り捨て、公務員の首切りや団体交渉権の制限(剥奪)などの攻撃が、シガン州・アイダホ州・インディアナ州・オハイオ州・アイオワ州・フロリダ州・テネシー州など、全米に広がっていることをも意味します。

もっと紹介されていないことは、この「公務員の団体交渉権を制限または剥奪する」口実が州の財政難だったのですが、実はウィスコンシン州の財政はウォーカー知事が提案した時点では黒字だったことです。

彼が予算案で金持ち減税や企業減税を打ち出したから、その時点で赤字になる見込みが出てきただけでした。何度も言いますが、彼が知事に当選した時点では、州財政は黒字だったのです。

ウォーカー知事がFOXテレビなどで繰り返し言ってきたことは、「公務員は民間企業の労働者よりも恵まれた生活をしているのに、組合を盾にして既得権を守ることだけを主張して,州の財政立て直しに協力する気が全くない」という攻撃でした。
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<註> ウォーカー知事は、当然のことながら、金持ち減税や企業減税には全くふれません。それどころか、お仲間の州上院議員が、国民の税金から300000ドル以上もの補助金をもらって農場経営にかかわっているにも関わらず、それは非難せず、公務員を「税金泥棒」だと非難しているのです。
http://www.democracynow.org/2011/3/9/headlines

「ウィスコンシンの誤報」 
労働者の年金は納税者が負担という知事の偽りの主張を鵜呑みにするメディア
http://www.democracynow.org/2011/3/3/really_bad_reporting_in_wisconsin_media

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「公務員の賃金は高い」といった言い方で公務員を攻撃するやり方は既に日本でお馴染みのものですが、日本の大手メディアはもちろんのこと、組合ですら、このような攻撃にきちんと反論しているのを見たことがありません。

しかし、米国のメディア監視団体FAIRは次のように反論しています。

「公務員と同じ学歴や同じ規模の民間企業で働く労働者の賃金と比較すれば、決して公務員の賃金は恵まれているわけではない」
http://www.fair.org/blog/2011/02/28/what-union-voices-mean-to-the-wisconsin-debate/

そう言われてみれば、確かに民間企業から「天下り」して大学教師になったひとが、「今の大学での給料は、あまりに低くて、かつての同僚には恥ずかしくて言えない」とこぼしているのを聞いて驚いたことがあります。

そのひとは私立大学の教師になり、国立大学と比べれば、はるかに高い給料をもらっているのですが、それにもかかわらず上記のような言葉が飛び出してくるのですから、民間企業にいたときの給料は並みのものでなかったことだけは想像できます。しかし「公務員の賃金は高い」と攻撃されるのです。

ちなみに米国の教員賃金が「高い」どころか、いかに低いかは、その平均年収が3万5千ドル(約280万円)であることを見ても明らかでしょう。だから教師がもう一つの仕事を持たないと、まともな生活ができないのも当然なのです。これで教育が良くなるはずがありません。

ところが他方で、アメリカの財政破綻は46州を合計すると$126 billionだそうです。アフガニスタンでオバマ政権が、毎日のように民間人を殺しながら浪費している軍事費は、毎週 $2 billionですから、この戦争をやめさえすれば、1年強で赤字は解消されてしまいます。
http://www.democracynow.org/2011/3/8/womens_rights_are_workers_rights_kavita
(アフガン戦争は10年以上も続けられている戦争です!)

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ところで、米国でも日本でも主たる攻撃の対象になっているのは教職員組合であることは全く同じです。どちらの国も民間企業には組合がほとんど存在していませんし、存在しているものも御用組合と化しているのが両国の現状です。

つまり米国でも日本でも、大企業と為政者による長い弾圧と工作の結果、まともに組合として残っているのは [大企業の組合と]公務員の組合だけになっています(これはハワード・ジンの名著『民衆のアメリカ史』に詳しく述べられています)。

そこで今回のウィスコンシン州における攻撃となったのですが、では、なぜ教職員組合が主たる攻撃対象になったのでしょうか。それは米国では今、公立学校をつぶしてチャータースクールにする動きが強まっていますが、それに最も強く抵抗しているのが教職員組合だからです。同時にそれは「民主党の地盤つぶし」にもなります。

そして公立学校をつぶす口実として使われるのが「共通学力テスト」です。そのテストで良い成績を上げないからという理由で、点数の低い学校をつぶしてチャータースクールに変え、それを政府の補助金付きで民間企業に引き渡します。それに最も強く抵抗しているのが教職員組合です。

日本でも大阪府知事が同じような動きをして、「共通学力テスト」と教職員の給料を連動させようとしているようですが、それを更に極端に押し進めようというのが、米国のチャータースクールでした。

ニューオーリンズがハリケーン「カトリーナ」で壊滅状態になったとき、市の再建を口実に公立学校の全てを解体してチャータースクールにしたのですが、同時に組合に結集していた教員も全て解雇されました。今回は「州財政の赤字」を口実に同じことをしようとしたのがウォーカー知事だと見てよいでしょう。

カナダの著名な女性評論家ナオミ・クラインは、「台風や戦争などの惨事を利用して、ドサクサ紛れに大企業の願うような経済体制をつくりあげていく政策」として、これを「ショック・ドクトリン」と名づけています。

ノーベル経済学賞を受賞したPaul Krugman教授(プリンストン大学)は最近、New York Timesのコラムで、ナオミ・クラインの古典的名著『ショック・ドクトリン:惨事活用型資本主義の台頭』(The Shock Doctrine: The Rise of Disaster Capitalism)を引用しながら、「このショック・ドクトリンが全面展開されているのがウィスコンシン州だ」と書いて話題になりました。

ナオミ・クラインが語る 反組合法案と米国式ショック・ドクトリン
「これは民主主義に対する正面攻撃 企業クーデターのようなもの」
http://democracynow.jp/dailynews/11/03/09/1

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ウォーカー知事が裏で財界からお金をもらいながら、財界の指導のもとで今回の法案を提出したことが暴露されてから、ウォーカー氏の支持率は一挙に急落し、今は30%台にまで落ち込んでいます。

右翼の億万長者コーク兄弟 ウィスコンシン州知事選と反組合推進に資金を提供
http://democracynow.jp/dailynews/11/02/24/5

ウォーカー知事は、分裂工作のため、今回の公務員攻撃(団体交渉権の制限・剥奪)をするにあたって、警官と消防士を除外しました。しかし、警官と消防士は「彼らへの攻撃は我々に対する攻撃でもある」として、デモや集会に積極的に参加し、州議会議事堂の籠城にも参加しました。

しかも時間が経てば経つほど、抗議に参加する人数は増えるばかりですし、ウォーカー知事の法案に反対する世論も、今では50%をはるかに超えるようになりました。だからこそ、世論の風向きが圧倒的に変わらないうちに、ということで3月10日(木)の上院における不意打ち採決となったのでしょう。

それまでは、民主党議員の不参加で定足数に達せず、上院の採決ができませんでした。そこで予算案と公務員の団体交渉権を切り離して、後者だけを独立の法案として提出して採決に持ち込んだのでした。しかし、真夜中の採決で、「独立の法案」なるものも、文書としては民主党議員の誰も見たことのないものだったそうです。

ウィスコンシン州で怒りのデモ 
上院共和党の不意打ち投票で公務員団体交渉権剥奪法案が可決
http://www.democracynow.org/2011/3/10/outrage_in_wisconsin_thousands_flood_capitol

さすがにこの暴挙には市民の怒りが高まり、高校生からも「授業を放棄して抗議行動に参加する」との声が、映画監督マイケル・ムーアのところにまで届いているというから驚きです。(ムーアは3月5日にウィスコンシンに駆けつけて応援演説をしています。)
http://www.democracynow.org/2011/3/10/this_is_a_class_war_michael

マイケル・ムーア、ウィスコンシン州労働デモで演説「米国は破産なんてしてない」
http://www.democracynow.org/2011/3/7/michael_moore_joins_wisconsin_labor_protests

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この高校生の授業放棄で思い出すのが、アイダホ州の高校生による授業ボイコットです。
アイダホ州でも教師の解雇と団交権縮小の案が共和党の知事から出されていましたが、この計画に抗議して高校生数百人が授業をボイコットしました。

アイダホ州の高校生たち 教師の解雇と団体交渉権制限に反対して授業ボイコット
Idaho Students Stage Walkout to Oppose Teacher Layoffs, Collective Bargaining Curbs
http://www.democracynow.org/2011/3/2/idaho_students_stage_walk_out_to


今度の教員攻撃は、単に教員の賃金カットや大量の人員削減だけでなく、「共通学力テスト」の点数が教員給料(さらには、首切りやチャータースクールへ)へと連動する仕組み(いわゆる「能力給」Merit Pay)になっていることが大きな問題になっています。

また教員の大量解雇は同時に「クラスサイズの拡大」に直結します。30人以下の学級が当然だったものが、今度からは60人学級になると言われています。

拙著『英語教育が亡びるとき』(pp.119-122)では、米国における「学級規模と教育効果」の研究を紹介したばかりなのに、これでは荒廃している米国の教育は、ますます暗いものになるでしょう。

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それはともかくとして、アイダホ州の高校生ジョニー・サンダーズは、Democracy Now!の司会者Amy Goodmanに対して、授業ボイコットの理由を次のように語っています。

「算数や国語(英語)の点数だけで生徒の進歩が計られるようになれば、教師は創造的なカリキュラムにもとづいて教育することを放棄せざるを得なくなる。」

When you have standardized testing, especially math tests, in particular, and tests like that that are the only metric of how student progress is measured, the teacher can give up on their creative curriculum.

「まして、それが能力給merit payとして給料に跳ね返るようになれば、点数をあげるための暗記主義的ドリル一辺倒になり "drill and kill"、生徒と教育を殺すことになる。自分は教師を責めるわけではないが、そのことが教師に不正行為を働かせる誘因にもなる。」

And what merit pay does is it incentivizes teachers to "drill and kill" the test answers, or sometimes they will---it literally gives them an incentive just to increase test scores, and so they can---I’m not claiming any teacher of being dishonest, but it does incentivize cheating.

長くなるので、以下は省略しますが、とても高校生の発言とは思えないような内容です。大阪府の橋下知事に、この高校生の爪の垢でも飲ませてやりたいと思うのは、たぶん私だけではないでしょう。

ところが、彼はこのような意見を見透かしたかのように、次のように述べています。

「ぼくたちがこのような言動をすると、教師に洗脳・扇動されて妄動しているかのように言う政治家がいる。言語道断だ。これはあくまで自分たちの意志であり、法案をちゃんと読んだ上で、その内容に反対しているんだ。」

The general attitude of students today is that we’re kind of caught in the crosshairs, so to speak, that we are being blamed by politicking senators that we are the ones that are being abused by our teachers or something like that. And we just wanted to show that it was our free will, and we chose to oppose the bill---it wasn’t the evil teachers that were brainwashing us---that we had read the bill, and we oppose what it said.

これを読んだとき、私は思わず自分が高校教師をしていたときのことを思い出しました。というのは、かつて私が勤務していた進学校で、生徒たちが「ここは受験予備校ではないのだから、受験問題を解くだけの授業ではなく、もっとまともな教育をしろ」というビラを各教室に貼るという事件が起きたからです。

そのグループの一人が、たまたま私が顧問をつとめる部員だったことで、あたかも私が扇動したかのように同僚から手ひどく非難され、校長訓戒という処分を受けるはめになったのでした。

昔も今も、同じことを言う人間がいる者だと苦笑せざるを得ないのですが、もっと深刻なのは、今や大学でさえ、TOEICを全員に受験させたり、その受験対策授業をセールスポイントにする雰囲気が強まり、それに反対すると有形無形の圧力を受けるようになってきているということです。

また、そのことに嫌悪感を示せば、「来年からは来ていただかなくてけっこうです」と言われかねず、涙をのんでTOEIC対策の授業を、砂を噛むような思いでやっている、という非常勤講師の声も聞こえてきます。

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いま翻訳しているで本で、ちょうど「ヘイマーケット事件」(イリノイ州シカゴ市)で無実のまま死刑に処せられた人物の、裁判における陳述を訳し終わったばかりのときに、ウィスコンシン州議会の強行採決のニュースが飛び込んできたので、思わずブログの方にエネルギーを拡散することになってしまいました。

この「ヘイマーケット事件」は、1886年5月1日に「8時間労働制」を求めるストライキとデモがおこなわれ、それは双方に死傷者を出すような弾圧事件となりました。しかし、全く無実の罪で絞首刑になった4人の遺志は、「メーデー」として現代にまで受け継がれていますが、今またウィスコンシン州で民衆蜂起が起きました。

いまウィスコンシン州マディソンを震源地とした勤労者の運動は、エジプトのカイロで起きた運動「世界を揺るがした18日間」が中東に大きなうねりを引き起こしたのと同じように、「マディソンを揺るがした3週間」として全米に大きなうねりを引き起こしていくのではないかという予感がしています。
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<註> ヘイマーケット事件の引き金となった5月1日は、今では「メーデー」として全世界的に祝われていますが、当のアメリカでは、9月の第1月曜日を「レイバーデー」としています。これも、「5月1日」では「寝た子を起こしかねない」という、為政者の「深い配慮」の現れでしょう。
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狐狸庵居士(田舎の国立大学を2010年に定年退職)

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