歌と映像で学ぶ私の原発学習(3) ―「歌を忘れたカナリア」「怒りを忘れた日本人」VS「東大教授・児玉龍彦」「俳優・山本太郎」

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東電に入ろう、元歌詞:高田渡
http://protestsongs.michikusa.jp/japanese/touden.html

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せめて「10日に一度はブログを」と思っているのですが、前回のブ゙ログから既に20日が過ぎました。しかし親戚の33回忌や両親の墓参り、さらには鹿児島講演などで全く時間が取れませんでした。

さて、このブログは前回が「歌と映像で学ぶ私の原発学習(2)」だったので、「その3」として「東電に入ろう」を取りあげました。

この歌を聞くとき、1回目は「歌詞」だけを楽しんでいただき、2回目に聞くときは、ときどき歌を停止させながら背景に流れている映像資料を注意深く読んでみてください。

音楽&歌詞のなかみと背景に流れる映像資料が見事に融合しています。「よくぞ!こんな資料を集めたものだ」と、この動画を創りだした才能・才覚・ユーモアに脱帽させられました。
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ところで鹿児島講演に出かける前に、私の主催する英語教育研究会の会員ISさんから、下記のようなメールが届きました。(ちなみに、彼女は定年退職後に私が研究・開発したTMメソッドで英語を教えています。)

<いつもブログでいろいろ勉強させていただいていますが、3.11以後のブログで最初の頃紹介された平井憲夫氏の「原発がどんなものか知って欲しい」は特に印象的で心を打たれました。
 英語教室の生徒やら退職教の人やらいろんな知り合いにコピーを渡したり、これを読んで学習会をしたりしましたが、まだ原発についての情報が氾濫していなかった頃ですので、「原発って難しくてわからないと思っていたけどこれを読んでよくわかった」「自分たちだけで読んでいるのはもったいない。もっと皆に知ってもらいたい」と皆から感謝されてきました。
 これは20部以上はコピーし、また孫コピーも出回っているようです。(先生の原発資料集にはこれが載っていないのでどうしてだろうかと思っていますが。)
ブログを見て日本にもいろいろな独立系放送局(と言ったらよいのでしょうか)があることを知りました。コンピューターやらインターネットやら、なかなかついてゆくのが大変ですが、せめてブログで紹介されたものは見たいものだと頑張っています。>
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このメールを見て、慌ててホームページの「福島原発資料」を調べてみましたが、確かに平井憲夫氏の「原発がどんなものか知って欲しい」が載っていません。

福島原発資料
http://www42.tok2.com/home/ieas/fukusima.html

ブログを書き始めた頃は、まだ「福島原発資料」を独立したサイトにしていませんでしたので、新しく「福島原発資料」をつくる際に抜け落ちてしまったようです。そこで慌てて下記を追加しました。

[必読!] 平井憲夫「原発がどんなものか知ってほしい」
http://www.iam-t.jp/HIRAI/

平井憲夫氏は、1級プラント配管技能士 として原発現場で20年働いたあと、原発の悪に耐えきれず、自ら職を辞し、余生を被曝労働者の救済に尽くした人です。

上記は氏の講演を文字化したものですが、「私は原発反対運動家ではありません。20年間、原子力発電所の現場で働いていた者です」という出だしで始まり、読み出したら思わず引き込まれてしまう不思議な力を持っています。

ぜひ読んで見てください。そして良ければISさんのように友人・知人に広めてください。

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平井氏について、もう一つ紹介しておきたいものがあります。というのは、ISさんに言われて平井憲夫氏のことを調べ直しているうちに下記のような動画も、YouTubeにアップされていることを知ったからです。

平井憲夫氏の遺言 内部告発-原発1-10、[YouTube]
http://www.youtube.com/watch?v=0x1AQ5HRu0o

この動画の解説には「1996年10月12日 この講演の3ヵ月後に他界」と書いてあって、原発反対運動の陰にはこのような無名の人たちの地道な活動があったことを改めて思い知らされました。

この動画のコメント欄に次のような書き込みがあり、私が過去のブログで紹介した「原発がどんなものか知ってほしい」という講演記録が「怪文書」と言われてきたことを初めて知りました。

<書き込みA>
 平井文書をインチキ呼ばわりしてた自称理系サイトがあったけど、今もあるんでしょうか?あるならあるでいいんだけどね。もし福島の原発事故がなかったら、ああいう低劣なデマゴーグがいまだに大手を振って歩いていたのだろうなあ。

<書き込みB>
 「平井さんは実在していない」などとネットで言われ、「怪文書」と言われてきましたが、実際の映像があることを知って興味深く拝聴いたしました。フクシマ事故以前に警鐘をならす人がいたことそのものが、日本の原子力行政が「想定外」という言い訳をさせない大きな力となると思います。

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ところで、平井氏は上記の動画講演のなかで次のようなことを言っていて、非常に興味深く感じました。

「選挙をバカにしてはいけない。なぜなら議員は有権者の意見を非常に気にしているからだ。だから選挙で原発議員を落選させること、反原発議員を当選させることも極めて重要だ。」

私がこの平井氏の話を非常に興味深く思ったのは、小出裕章氏がしばしば「私は政治が嫌いだ」と発言し、「たね蒔きジャーナル」というラジオ番組でも「海江田大臣(の秘書)から電話がかかってきたが断った」と述べていたからです。

テレビや新聞によれば、原発再稼働を叫ぶ民主党の若手議員が「我々の意見を無視して菅首相は勝手に脱原発を言っているがけしからん。すぐに首相の座から引きずり下ろさせねばならない」と叫んでいるそうです。

このような現状では、そういう議員の名前を公表させ、選挙で叩き落とす運動をしなければ、「脱原発」の展望は開けてこないでしょう。

ハワード・ジン『民衆のアメリカ史』も示しているように、アメリカ公民権運動の勝利も裁判闘争によって得られたものではなく、民衆が「非暴力直接行動」などで闘った(それは、しばしば死をも伴った)結果として得られたものでした。

私が今、Howard Zinn &Anthony Arnove『Voices of a People's History of the United States』の翻訳・出版に総力を注いでいるのも、権利は上から与えられるものではなく下からの民衆運動で勝ち取るものだということを歴史が示している、そのことを知ってほしいと思うからに他なりません。
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ですから小出裕章氏には酷な話かも知れませんが、「私は政治が嫌いだ」などと言っている限り「脱原発」の展望は得られるはずもないと、私は思うのです。

そもそも政治家になって何かの利権に有りつこうと思っているひと以外に「政治が好きだ」というひとは普通いません。黒人が公民権運動に乗り出したのも「政治が好き」だからではなく、そうする以外に道がなかったからです。

もちろん裁判闘争も無視できませんが、黒人の公民権運動を見れば明らかなように、黒人に公民権を与える最高裁判決が出たのは、「バスボイコット運動」など血のにじむような運動の結果でした。

平井氏の「原発がどんなものか知ってほしい」という講演記録の解説には、下記のような略歴が載っていました。

<略歴> 1997年1月逝去。1級プラント配管技能士、原発事故調査国民会議顧問、原発被曝労働者救済センター代表、北陸電力能登(現・志賀)原発差し止め裁判原告特別補佐人、東北電力女川原発差し止め裁判原告特別補佐人、福島第2原発3号機運転差し止め訴訟原告証人。「原発被曝労働者救済センター」は後継者がなく、閉鎖されました。

数々の裁判闘争を経て平井氏が到達したのは、「政治は嫌いだ」などとは言っていられない現実だったのではないでしょうか。平井氏の「選挙をバカにしてはいけない」ということばも、このような体験から生まれたものだと思えてならないのです。
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上記の「平井憲夫・略歴」で、平井氏が北陸電力能登原発(現・志賀原発)差し止め裁判原告特別補佐人だったことを知り、私がまだ高校教師だったとき能登半島の志賀町に何度も足を運び団結小屋にも泊まり込んだことを改めて思い出しました。

そして団結小屋で法律や原子力について学習している村の古老たちの姿を見て、「これこそ本当の学問だ」と思ったものでした。

また先日、帰郷した折、能登半島に残してある今は誰も住んでいない我が家を掃除をしていたら、小野周(監修)『原発はなぜこわいか』高文研という本を見つけました。その当時、私が学習したものですが、いま読んでも全く内容が古くなっていないことに驚きました。
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ところで、一貫して反原発を貫いてきた小出裕章氏によって、「汚染されたものは原発を許した大人が食べるべきだ」といった発言が何度も繰り返されると、それは全く別の政治的影響を持ち始めます。

原発反対運動の英雄によって何度も繰りかえされるこのような発言は、政府と東電はさぞかし大喜びでしょう。氏の発言は政府と東電に絶好の「免罪符」を与えることになりかねないからです。

他方、衆議院厚生労働委員会の参考人として、「私は法律を犯しています!」「いったい国会は何をしているのか?」「国の原発対応に満身の怒りを表明します!!」と怒りをあらわにした学者もいました。

動画:東大教授・児玉龍彦、国会で怒りの訴え(2011/07/27、約16分)
http://peacephilosophy.blogspot.com/2011/07/blog-post_29.html

「御用学者しかいないのか」と東大への幻滅感が広がりつつあるときだっただけに、児玉氏の怒りの声は、ツイッターなどを通じて、日本全国に共感の大津波を広げました。

しかし小出氏の発言には上記の児玉氏のような怒りが感じられないのです。原子炉をめぐる分析の鋭さに感心しつつも、「たね蒔きジャーナル」を聞くたびに、それが私を大きく失望させてきました。

それに引き替え、怒りをかたちしながら子どもを守るために奔走する俳優・山本太郎氏の真摯な発言と行動は、私に何か未来に明るさを感じさせました。約30分にわたるものですが、時間を見つけてぜひ見ていただきたいと思います。

山本太郎が見た“福島の現実”(2011年7月21日、32分)
http://www.dailymotion.com/video/xk1bxv_20110720-yyyyyyy-yyyyy_news

(「騙した連中よりも騙された方に責任がある」とも受け取られる小出氏の言説については時間をかけてゆっくり詳しく論を展開しなければならないのですが、今日はこれで力が尽きましたので、機会を改めて書きたいと思います。)

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<註> 先に紹介したISさんは、「ブログを見て日本にもいろいろな独立系放送局(と言ったらよいのでしょうか)があることを知りました。コンピューターやらインターネットやら、なかなかついてゆくのが大変ですが、せめてブログで紹介されたものは見たいものだと頑張っています」と書いていました。
 確かに、書斎で30分以上の動画を見ることは、なかなか大変なことです。いつぞやのブログでも紹介しましたが、茶の間で動画を見れるよう、ぜひ環境を整えていただきたいと思います(簡単にできます)。テレビでは意味のない番組が余りにも多すぎますし、テレビを見ると逆に間違った情報で洗脳されてしまうことにもなりかねませんので。
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