書評『英語で大学が亡びるとき』に寄せて(その5)――ノーベル賞・大隅良典氏の軌跡から学ぶ

英語教育(2017/10/04)、ノーベル生理学・医学賞2016、オートファジー (自食作用)、OECDの世界「成人力」調査、生命体の「同化作用」と「異化作用」

ノーベル生理学・医学賞2016年を受賞した大隅良典氏大隅良典


 前回のブログから既に1ヶ月が経ってしまいました。
 この間、チョムスキーの新著Requiem for the American Dream: The 10 Principles of Concentration of Wealth & Powerの翻訳・出版に追われる毎日でした。そのためブログに割ける時間が全く取れませんでした。
 今日ついに。10月15日発売の『アメリカンドリームの終わり あるいは、富と権力を集中させる10の原理』(ディスカバー・トゥエンティーワン)が自宅に届きました。これで、やっと心置きなくブログに専念できます。

 シリアと北朝鮮をめぐって相変わらず、アメリカとロシア、アメリカと中国の熾烈な闘いが続いています。表面だけを見ていると、シリアのアサド大統領とアメリカのトランプ大統領、北朝鮮とアメリカが一触即発の闘いをしているように見えますが、裏の構造をよく見てみると、アメリカがロシアや中国への包囲網をいかに強く締め上げつつあるかが、この間の要点であることがよく分かります。
 その意味では、トランプ大統領は「アメリカ・ファースト」「他国の争いには口を出さない」を公約に掲げて選挙戦を勝利したにもかかわらず、いざ当選してみると、「裏国家Deep State」に進路を阻まれ、今や彼らのいうがままになっています。「アメリカ大統領とは、裏国家の単なる御神輿(おみこし)・操り人形にすぎなかったのだ」ということが、非常によく分かる事態になりました。
 イスラム原理主義集団ISISも、アメリカが裏で操っていた集団だったということも、この間ますます明らかになってきました。次の記事は、そのことを如実に示すものです。
*US to obscure arms exports after Pentagon ‘pipeline’ to Syria exposed
「アメリカはシリアへの『パイプライン』が暴露されて武器輸出を隠蔽しようとしている」
 
https://www.rt.com/op-edge/404311-us-pentagon-arms-exports-syria/

 それはともかく、今回のブログは、ずっと以前から書きたいと思っていた「書評『英語で大学が亡びるとき』に寄せて(その5)――ノーベル賞2016受賞者(大隅良典)の軌跡から学ぶもの」を書く予定ですので、混乱するアメリカの国内・国外情勢については、今回も割愛せざるを得ません。
 この間、私が一貫して追及してきたテーマは「文科省・安倍政権が強制している英語教育政策は日本を救うか」でした。私の著書『英語で大学が亡びるとき―「英語力=グローバル人材」というイデオロギー』の題名が、その結論をすでに暗示しているのですが、ノーベル賞2016年度の受賞者=大隅良典氏の軌跡・言動を通じて、そのことを論証しようというのが、今回のブログの目的です。
 大隅氏の経歴をウィキペディアその他で調べてみると、驚いたことに私と生まれた年が1年しか違わないのです。彼は1945年2月生まれ、私は1944年7月生まれですから、全く同じ世代です。しかも福岡県立福岡高等学校を卒業後、東京大学理科二類に進学したそうですから、ひょっとして教養部時代は、どこかで出会っていた可能性もあります。
 というのは、私は湯川秀樹の自伝『旅人』に憧れて前年に京都大学理学部物理学科を受験したのですが、みごとに蹴落とされて、物理学者になることを諦めました。『旅人』には「物理学は若い優秀な頭脳でなければだめだ」という趣旨のことが書かれていたからです。そこで翌年は東大教養学部に新設された基礎科学科に入ろうと思って東大を受験し、運良く理科二類に合格していたからです。
 しかし、私がここで言いたかったことは、私と同じ世代の若者は、特に理系の若者は、今と違って英語学習に血道を上げるということはなかったというこです。私が理科二類に入った時のクラスは第2外国語の選択でクラス分けされていて、ロシア語選択の学生が極めて多かったことが印象的でした。理系の学生にとっては、それほどロシア語熱が盛んだったということでしょう。
 ちょうどソ連が世界初の人工衛星スプートニクを打ち上げたばかりでしたから、そのショックで、アメリカでさえロシア語教育に力を入れ始めた頃ですから、受験勉強として英語を学ぶことはあっても、英語=科学力という考えは、まったく感じられませんでした。
 大隅さんの高校時代をいろいろ調べてみても、「幼い頃から、兄の和雄に贈られた自然科学の本に親しんだ。特に八杉龍一の『生きものの歴史』、マイケル・ファラデーの『ろうそくの科学』、三宅泰雄の『空気の発見』などに心を動かされ、科学に興味を持った」(ウィキペディア)という記述はあっても、英語学習に没頭したという記録は見つかりません。
 実を言うと、私もマイケル・ファラデーの『ろうそくの科学』、武谷三男『科学入門 科学的なものの考え方』などを高校時代に読んで科学に興味を持ち始めたのですが、少なくとも私は、丸暗記しなければならない単語・熟語が多すぎて、おぼれ死ぬような思いで英語の海を浮いたり沈んだりしていただけでした。
 それはともかく、大隅氏は、教養学部基礎科学科を卒業したあとは、そのまま東京大学大学院理学系研究科相関理化学専攻(同専攻の場所は駒場)に進学したそうですから、私が最初の希望どおり、基礎科学科に進学していれば、ますます大隅氏と顔を合わせる機会が多かったはずなのです。
 しかし残念ながら、私は教養部在籍中に科学史により大きな興味をもつようになり、当時 「教養学部教養学科」に開設されていた「科学史・科学哲学コース」に進学することに決めました。この「科学史」に興味をもつようになったきっかけも、武谷三男の影響でした。湯川秀樹の高弟かつ共同研究者であった武谷三男の著書『科学入門 』は、ガリレオなどの研究を紹介しながら科学史への興味とエンゲルス『自然の弁証法』の世界へと私を誘ってくれたからです。
 私がこのような私事を細々と記しているのは、私の回りの友人や、当時の理系学生のようすを見ているかぎり、英語学習に入れ込んでいる学生をほとんどみたことがなかったという事実を紹介したかったからに他なりません。それにもかかわらず、大隅氏はノーベル賞を受賞するような研究業績をあげ、それを英語論文でも発表しているのです。拙著『英語で大学が亡びるとき』でも書いたことですが、英語力→研究力ではなく、研究力→英語力だったのです。
 つまり自分の研究が進み、その結果、進んだ研究を日本語で読み尽くして、それでも知りたいことがあれば、英語やその他の言語で書かれた先行研究を読まざるを得ません。そして自分に必要な研究を英語論文を読み続けていれば、自然と論文の書き方や発表の仕方も、その論文で身につけることになります。だからわざわざアメリカの大学院に行く必要すらありません。もし武者修行したければ、日本で博士号を取り、自分の研究窮したいテーマが明確な輪郭を結んだ時に、博士研究員としてアメリカの大学に行けばよいのです。
 これが私が拙著『英語で大学が亡びるとき』で主張したことでした。同書では、日本人のノーベル賞受賞者を何人も取りあげながら、そのことを例証したつもりです。そして調べてみると、大隅氏も私が主張したとおりの軌跡を描いているのです。ウィキペディアによれば、氏の軌跡は次のとおりです。

1967年 東京大学教養学部基礎科学科卒業
1969年 東京大学大学院理学系研究科相関理化学専門課程修士課程修了
1972年 東京大学大学院理学系研究科相関理化学専門課程博士課程単位取得満期退学、東京大学農学部農芸化学科研究生
1974年 東京大学から理学博士の学位を取得、ロックフェラー大学ジェラルド・モーリス・エデルマン研究室「博士研究員」
1977年 東京大学理学部植物学教室「生体制御研究室」助手
1986年 東京大学理学部植物学教室「生体制御研究室」講師
1988年 東京大学教養学部・大学院理学系研究科「相関理化学専攻生物学教室」助教授
1994年 相関理化学専攻は「科学史・科学基礎論専攻」とともに理学系研究科から東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻に移管・統合された
1996年 岡崎国立共同研究機構・基礎生物学研究所「分子細胞生物学研究部門」教授 兼 総合研究大学院大学「生命科学研究科基礎生物学専攻」教授
以下、省略


 要するに、ノーベル賞を受賞するような研究をするにあたって必要なのは、語学力・英語力ではなく、科学する心であり、母語で思考しながら疑問をつくり出し、未知のものを創造する力なのです。
 ところが文科省・安倍政権は、御存知のとおり、日本の大学や研究のレベルを世界ランキングに押し上げるためと称して、大学の授業を英語でするよう強制したり、そのような方策をとった大学に巨額の研究資金を出す一方、今まで各大学に交付してきた研究費を毎年のように削り続ける政策を続けているのです。
 こういうバカな政策を続けているかぎり今後、日本からはノーベル賞は出ないだろうと、私は拙著『英語で大学が亡びるとき』で書きましたが、調べてみると、大隅氏も私とまっったく同じ意見であることがわかり、我が意を得たりの思いでした。大隅氏はそれを日経新聞のインタビュー(2017/9/3)で次のように言っています。

――日本の基礎科学力の低下にかねて警鐘を鳴らしておられますが…
 「日本は豊かになったが、精神的にゆとりがない社会になってしまった」
 「日本の大学はすべてを効率で考えるという袋小路に陥り、科学の世界に『役に立つ』というキーワードが入り込みすぎている」
 「研究費が絞られれば絞られるほど、研究者のマインドは効率を上げることに向かうが、自由な発想なしに科学の進展はない」
 「一流誌に論文を出そうとすると、みんなが飛びつく話題の方がいい。そうでないと研究費も確保できないが、自分がおもしろいと思うことをやるという原点が忘れ去られていく」
 ――日本人がノーベル賞を次々に受賞する一方で基礎科学を支える予算は伸び悩んでいますが…。
 「かつての日本の大学は基礎的な研究活動を支える講座費という制度が充実し、みんなが好きなことをやれた時代があった」
 「今は研究できるポジションも少なくなり、親が子どもに大学院進学を止めさせるほど、研究職は将来が見通せない職業になった」
 「このままでは将来、日本からノーベル賞学者が出なくなると思っている。(日本人の連続受賞は)過去の遺産という面もある。」
 「世界的な学術誌に論文が出たからといって新しいコンセプトは生まれない。発想を転換しないといけない。オートファジーの研究には30年近くかかった」
https://www.nikkei.com/article/DGKKASDZ27I6E_Z20C17A9EA3000/



 日本には次のノーベル賞候補者が目白押しだと言われていますが、その多くは現在、60~70歳代です。大隅氏の言うように「過去の遺産」なのです。
 同じことは、OECDの世界「成人力」調査でも示されています。この調査でも日本人は世界でトップの位置を占めているのですが、年齢別の分析によると、断トツなのが高齢者なのです(拙著『英語で大学が亡びるとき』260-274頁を参照)
 大隅氏は、上のインタビューで、「かつての日本の大学は基礎的な研究活動を支える講座費という制度が充実し、みんなが好きなことをやれた時代があった」「一流誌に論文を出そうとすると、みんなが飛びつく話題の方がいい。そうでないと研究費も確保できないが、自分がおもしろいと思うことをやるという原点が忘れ去られていく」と述べています。 しかし安倍政権は、一方で研究費を削減しながら、他方で世界ランキングを上げろと言っているのです。これでどうして世界を驚かす研究ができるのでしょうか。
 学術誌に載る論文を増やすための研究では、ノーベル賞は生まれないのです。大隅氏も学生時代から「論文のための研究」をしていませんし、ノーベル賞をとるために研究したのではありませんでした。この間の事情を産経新聞(2016.10.10)は次のように伝えていました。

 長男の和雄さんが文系に進んだだけに、父親(九大工学部教授)が1人ぐらいは理系に進んでほしいと期待していることを「折に触れて感じていたこともあった」と話す。
 だが、父がいる九大にはどうしても行く気になれず、東京大の理科2類へ進学。できたばかりの教養学部基礎科学科で、科学の全分野を学んだ。「新設学科はやる気にあふれた雰囲気で、実に楽しかった」と振り返る。
 大学院では大腸菌のタンパク質合成というテーマに取り組んだ。当時としては革新的な課題で実験も楽しかったが、大した成果は出なかった。それでも「自分が面白いと思える研究をしているのだから、いいやと思ってのんびり過ごしていた」という。
 大学院時代に同じ研究室の後輩だった妻、萬里子さんに「運命の出会い」を感じ「つい勢いで」学生結婚。子供も2人できた。
 ただ、大隅さんは論文も書かずにぶらぶらしていた。博士課程を修了後、「国内では就職先がない」と米ロックフェラー大へ留学したが、生活は実質的に萬里子さんが支えていた
http://www.sankei.com/premium/print/161010/prm1610100025-c.html


 ご覧のとおり、大隅氏は大学院で「大腸菌のタンパク質合成というテーマに取り組んだ。当時としては革新的な課題で実験も楽しかったが、大した成果は出なかった。それでも自分が面白いと思える研究をしているのだから、いいやと思ってのんびり過ごしていた」「論文も書かずにぶらぶらしていた」というのです。
 何度も言うように、ノーベル賞級の研究は、「自分が面白いと思える研究をしている」こそ生まれるのであって、論文数を増やすための研究からは生まれないのです。まして最近の安倍政権のように、文科省の研究予算を削りながら他方で防衛省の巨額の軍事費から研究費を出そうとする政策から、自由で独創的な研究が生まれるはずがありません。

 以上で、大学で英語に血道を上げているかぎりノーベル賞は生まれないし、論文集をふやすための研究からもノーベル賞は出ないということは、お分かりいただけたかと思います。
 そこで、ここであとひとつだけ書いておきたいことがあります。それは、滅多に単独受賞者が出ないと言われているノーベル生理学・医学賞を、大隅氏が単独受賞することになった研究、細胞の「オートファジー」(自食作用)についてです。
 この「オートファジー」と呼ばれる細胞の仕組みと、受賞理由となった研究について、ウィキペディアは次のように説明していました。

細胞が自らのタンパク質を分解し、再利用する「オートファジー」(自食作用)の仕組みを解明し、悪性腫瘍の特効薬を発明した功績が認められ、2015年にガードナー国際賞を受賞。また2016年10月3日には、飢餓状態に陥った細胞が自らのタンパク質を食べて栄養源にする自食作用「オートファジー」の仕組みを解明した」卓越した成果が認められ、ノーベル生理学・医学賞を単独受賞した。


 私が大隅氏の受賞と研究内容を知ったとき、まず第一に頭に浮かんだのは、日本で古くからおこなわれている断食療法についてでした。この「少食・断食療法」を使って難病を次々と治していったのが甲田光雄医師(医学博士)でした。
 この流れを受けて、独自の「少食・穀菜食」「少食・断食療法」を研究開発し、癌を初めとする難病を、次々と治す成果をあげているのが、森下敬一医師(医学博士、国際自然医学会会長)で、86歳になる現在も、精力的な活動を続けています。
 森下氏は、飢餓や断食で栄養状態が悪化すると、「体細胞→万能細胞(血球細胞)→栄養素(食物)」への変化が起きるという現象(異化作用)ことを、30年以上も前に発見し観察し、それを医療に応用し、成果をあげてきたのでした。
 つまり、「栄養素(食物)→万能細胞(血球細胞)→体細胞」への変化(同化作用)と全く逆の道すじをたどるのが、上記の「異化作用」なのですが、この理論やそれに基づく医療活動は、今までは全く異端視されてきました。
 しかし、大隅氏のノーベル賞受賞は、この異端視されてきた医療活動「医食同源」「玄米・菜食療法」「少食・断食療法」が、にもかかわらず、なぜ成果をあげてきたのか、その理由の一端を解明してくれたように思います。
 日本は、敗戦後のアメリカによる占領政策、主として学校給食を通じた「洗脳洗舌」工作、すなわち「肉食・牛乳パン食」の食生活を、知らないうちに一般的な生活様式として受け入れるようになりました。が、その結果として大量に生まれてきたのが肥満児と癌患者でした。
 いま安倍政権は、大量の肉と米を、アメリカを初めとする外国から輸入し、米作・野菜づくりを中心とした日本の農業をさらに破壊しようとしています。これでどうして私たち日本人の健康を守っていけるのでしょうか。
 大隅氏のノーベル賞(生理学・医学賞)受賞は、そんなことも私に考えさせてくれたのでした。


<註> オートファジー (自食作用Autophagy)における auto-は、ギリシャ語の「自分自身」を表す接頭語、phagyは「食べること」の意で、クリスチャン・ド・デューブ(ノーベル生理学・医学賞1974)により1963年に定義された。素粒子の多くもギリシャ語で命名されている。ノーベル物理学賞の受賞者=益川敏英氏は、「おれは英語よりもギリシャ語の方が好きだ」と言ったそうですが、それは、こんなところに理由があったのかも知れない。


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